『マルタの鷹』ダシール・ハメット

『マルタの鷹』は、アメリカの大衆向け雑誌『ブラック・マスク』に1929年9月号から1930年1月号に連載され、同年に単行本として発刊された、ハードボイルド探偵小説の嚆矢である。アウトロー探偵サム・スペードが、美女の頼みごとを引き受けたばかりに厄介に巻き込まれる。登場人物のキャラクターが見事に描き分けられていて、早いテンポで話が進んでいく。3度(1931年、36年、41年)にわたって映画化されている。
ただただ傑作と言わざるをえない。

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マルタの鷹
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ダシール ハメット/小鷹信光
ハヤカワ・ミステリ文庫(改訳改訂版)
2012年

女はサンフランシスコの私立探偵サム・スペードに妹の捜索を依頼する。妹と駆け落ちしたというサーズビーと、サーズビーを尾行したスペードの同僚アーチャーは銃で撃たれて殺される。アーチャーの妻と不倫関係にあったスペードは警察に殺人の容疑をかけられてしまう。

妹の失踪は作り話で、しかもその女ブリジッド・オショーネシーは偽名を使っていた。オショーネシーはスペードに近づいた本当の理由を明かさない。
そのあと、スペードにカイロという男が接触してきたのは、スペードがオショーネシーから何かを聞き出しているとみたからだ。カイロはスペードに黒い鳥の装飾品を見つけ出したら5000ドル払うという。

さらに脂肪肥りのガットマンが手下にスペードを尾行させる。
このあたりでスペードの前に現れた人物たちの目的は、マルタ騎士団が所有していたという宝石を散りばめた莫大な価値がある装飾品を手に入れることだとわかる。

ガットマンはロシアの将軍が装飾品を所持していることを掴み、カイロ、サーズビー、オショーネシーを代理人として装飾品を手に入れようとしたが、3人はそれを自分のものにしようと策を弄したという。装飾品の表面には宝石を隠すため黒いエナメルが塗られていてる。
それぞれが自分が掴んでいる情報を明かさず、装飾品をめぐって探り合いを繰り広げている。

やがて、スペードのオフィスに胸に銃弾を受け血を流している男が飛び込んできて、スペードに包みを渡したあと事切れた。その包みから装飾品が出てきた。
3人も殺された事件を警察が黙っているはずがない。
スペードは、ガットマンとその手下、カイロとオショーネシーを前に、3人の殺人事件の犯人を警察に提供して、この事件に幕を降ろすことを提案する。装飾品のことが警察の知るところとなれば、事の収拾がつかなくなるというのが理由だった。
ここから、スペードと悪党たちとの駆け引き、警察の執拗な操作が佳境に入っていく。→人気ブログランキング

『日曜日の午後はミステリ作家とお茶を』ロバート・ロプレスティ

主人公のレオポルド・ロングシャンクスは50歳のミステリ作家。
「事件を解決するのは警察。ぼくは話をつくるだけ」と言いつつ、警察の捜査にしばしば口を出し、ある時は警察に制され、ある時は見事な推理を披露する。そして警察とのやりとりのなかに、作品に使えそうなギミックがないかとアンテナを張っている。
シャンクスの妻コーラはロマンス作家として売り出したばかり。結婚20年目で、適度に仲が良くジャブ程度の軽い嫌味を言いあう。
安楽椅子探偵ものあり、事件の推移を見物するだけのものあり、ショートショートあり、深刻でない内容の牧歌的な14の短篇からなるコージーミステリである。

日曜の午後はミステリ作家とお茶を (創元推理文庫)
高山真由美
創元推理文庫 2018年 ✴8

・シャンクスはロマンス作家としてデビューしたコーラの雑誌インタビューに同席する。インタビューは当たり障りのない内容で進み、カフェの窓の外では詐欺事件が起こり、警察がやってきて犯人が逮捕される。「シャンクス、昼食につきあう」
・ミステリ作家のコンベンションで、素人作家が酒をおごるから謎を解いてくれと数人の作家に持ちかける。議論百出し、シャンクスが誰も使ったことのないギミックを語る。「シャンクスはバーにいる」
・誤認逮捕された知り合いを助けるためにハリウッドに乗り込み、事件の謎を解く。「シャンクス、ハリウッドに行く」
・強盗に財布を盗まれたシャンクスは、凝りに凝った罠で犯人を撃沈させる。「シャンクス、強盗にあう」
・シャンクスが住む住宅街の車上荒らしが捕まる。盗品のマシンピストルがどこの家の車から盗まれたのかシャンクスが推理する。「シャンクス、物色してまわる」
・ミステリファンが集うイベントで起きた『マルタの鷹』の初版本紛失事件。「シャンクス、殺される」
・ATMから金を引き出そうとした男のキャッシュカードが機械に飲み込まれる謎を解く。「シャンクスの手口」
・シャンクスは 先達の文章をオーディブック聴き体に染み込ませ、文章をひねり出した。それが盗作だと電話の主は言う。電話の主は先達のゴーストライターだった。「シャンクスの怪談」
・馬の誘拐事件。「シャンクスの牝馬」
・シャンクスは町の建物の前の状態も前の前の状態も、上書きされずに覚えているという特技を持っている。その記憶力が強盗逮捕に役立つ。「シャンクスの記憶」
・出身大学の図書館で殺人事件が起き、寄贈したジャンクスの本がなくなった。「シャンクス、スピーチする」
・シャンクスはタクシーの運転手に妻の善意を気づかせる。「シャンクス、タクシーに乗る」
・ウィンドウズの技術サーポートから、マルウェアに感染してると電話で言われ、パソコンの遠隔操作を促されるが、シャンクスは詐欺と気づき撃退する。「シャンクスは電話を切らない」
・シャンクスは資産家の未亡人の夫の座を狙う男に忠告する。「シャンクス、悪党になる」
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『未必のマクベス』早瀬 耕

急速に成長を遂げたIT系企業のジャパン(J)プロトコルに勤務する中井優一は、東南アジアの主要都市に交通系ICカードを普及させる仕事に携わっていた。優一は高校の同級生で同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた。優一は娼婦から「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」と告げられ、その後ことあるたびにこの言葉を思い出すことになる。

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)
未必のマクベス
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早瀬 耕
ハヤカワ文庫JA
2017年 ✳︎7

商談を成功させたものの、優一は香港(HK)プロトコルのCEOに出向させられる。HKプロトコルは仕事らしい仕事は何もない、幽霊会社である。優一が手に入れた極秘文書には、HKプロトコルの歴代COEの悲惨な最期が書かれていた。それは行方不明や自殺である。
優一はJプロトコルに対して自分がスケープゴートにされるかもしれないという恐怖を抱くようになり、周りの人間が信用できなくなる。

そんなおり、高校の同級生だった鍋島冬香が優一に宛てたUSBを入手する。
冬香は高校卒業後、大学の数学科に進み、新鋭の数学者として香港大学の准教授となっていた。そしてHKプロトコルで暗号を担当していたが、暗号解読キーに関わるミスで会社から命を狙われるようになった。冬香は優一にJプロトコルを潰して欲しいと訴えていた。そして優一に安全な場所に行くまで誰も信じてはならないと忠告した。卒業以来、優一は冬香を1日たりとも忘れたことはなかったのだ。

優一は殺られる前に手を打とうと、危うい手を使ってHKプロトコルに莫大な利益をもたらす。さらに、自分と冬香の身を守るために大胆な行動に出る。

本書は『マクベス』のストーリーが幾度か語られる。
そのあらすじは、マクベスとバンクォーは反乱軍との戦いで勝利を収める。マクベスは夫人と共謀して王を殺害し王位に就くが、精神的な重圧に耐えきれず暴政を行い、バンクォーを暗殺する。夫人は狂って死に、マクベス自身はバンクォーの家臣らの復讐に倒れる。魔女たちが狂言回しの役割をして物語は進み、マクベスは魔女たちの予言に振り回される。
ここで、『マクベス』の登場人物に、本書の登場人物を当てはめてみる。マクベスは中井優一、バンクォーは伴浩輔だろう。魔女は優一に予言めいたことを囁いた娼婦だ。では、マクベス夫人は誰なのか?それは最後の最後に明かされる。→人気ブログランキング

→『マクベス』W・シェイクスピア

『マクベス』ウィリアム・シェイクスピア

1606年にシェイクスピアによって書かれた戯曲。『ハムレット』『オセロー』『リア王』とともに、シェイクスピアの四大悲劇とされる。
マクベスはマクベス夫人と共謀して王を殺害し王位に就くが 、精神的な重圧に耐えきれず暴政を行い、マクベス夫人は狂い死し、マクベスは貴族たちの手によって殺される。狂言回しの役割をする魔女たちの予言にマクベスは一喜一憂する。実在のスコットランド王マクベス(在位1040〜1057年)をモデルにしている。

シェイクスピア全集 (3) マクベス (ちくま文庫)
マクベス
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W. シェイクスピア/松岡和子
ちくま文庫 1996年
売り上げランキング: 84,902

第一幕
反乱軍との戦いで勝利を収めたマクベス将軍とバンクォー将軍が陣営に戻る途中、ふたりは3人の魔女と出会う。マクベスは「いずれは、王になられるお方」、バンクォーは「マクベスより幸せなお方、王を生みはするが、王にはならぬお方」と予言をされる。
その時点でマクベスは魔女たちの言うことを真に受けなかった。そこにスコットランド王ダンカンの使者が現れ、マクベスの武勲を讃え、領地を与えることを告げる。
夫からの手紙を受け取ったマクベス夫人は、ダンカン王の暗殺をマクベスに持ちかけられ、マクベスは王になるという野心が芽生える。
第二幕
マクベスは自分の城にダンカン王を招き暗殺するが、暗殺に使った短剣を持ったまま、夫人の待つ寝室に戻る。マクベスを叱責する夫人は、短剣をダンカン王の死体がある客間に戻しに行く。
マクベス夫妻の両手は血で赤く染まり、マクベスは「もう眠りはない。お前は眠りを殺した」との幻聴を耳にするほど怯えてしまう。マクベス夫人の思惑どおり、マクベスはスコットランド王となる。
第三幕
マクベスは、バンクォーとその息子に暗殺者を差し向け、暗殺者はバンクォーの暗殺には成功するが、息子を取り逃がししてしまう。マクベスはバンクォーの亡霊に悩まされ、マクベス夫人も次第に精神を病んでいく。
第四幕
魔女たちはマクベスにふたつの予言を告げる。「女の股から生まれたものは、マクベスを殺すことはできない」「森が丘に向かってくるまでは、マクベスは決して滅びぬ」
この予言で、マクベスは安堵するが、王冠を抱いたバンクォーの幻影に悩まされる。
第五幕
マクベス夫人は血に染まった手を深夜に洗い続ける夢遊病者となり、やがて狂死する。
マクベスはバンクォーの家臣らが率いるイングランド軍に攻め込まれる。魔女たちの予言を信じて最後まで城に立て籠るが、イングランド軍が木の枝を隠れ蓑にしていたのが森が動いているように見え、マクベスに妻子を殺され仇と命を狙う貴族にマクベスは殺されてしまう。その貴族は帝王切開で生まれたのだった。
マクベスは魔女たちに翻弄され自分の未来を見誤ったのだ。→人気ブログランキング

未必のマクベス』早瀬 耕 ハヤカワ文庫JA 2017年
『蜘蛛巣城』(黒澤明監督、三船敏郎、山田五十鈴、1957年)は『マクベス』が原作である。

『ベートーヴェン捏造』かげはら史帆

ベートーヴェンの伝記はアントン・フェリックス・シンドラーによって捏造された、というショッキングな内容である。シンドラーとはどういう人物なのか。ベートーヴェンの日常の補佐役を務め、ベートーヴェンの伝記を3冊書いている。ベートーヴェンに出会う前は、学生運動に身を投じウィーン大学を中退している。

著者の文章は軽妙洒脱でユーモアとエスプリの効いている。本書は大学の修士論文に加筆したものだという。著者自らが認めているが、いささか「盛っている」気配がする。

ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく
かげはら 史帆
柏書房
2018年10月 ✳10
売り上げランキング: 10,867

子供の頃からベートーヴェンに憧れていたシンドラーは、ベートーヴェンの身の回りの世話をするようになる。ベートーヴェン51歳、シンドラー27歳のときだ。
ベートーヴェンの、ここ数年の生活ときたら酷い有り様で、息子の代わりに甥はいるが嫁はおらず、家政婦はすぐに逃げてしまう。おまけに耳の病を抱え、不潔で、偏食家で、とんだ癇癪持ちで暴力をふるう、著しく生活スキルを欠いた男だ。

初めは気遣いを見せるシンドラーに好感を持っていたが、やがて気の利かない鈍感な男と毛嫌いするようになる。そのあたりのことは、ベートーヴェンが友人や親族に送った手紙に書かれている。
「シンドラーというこのおしつけがましい盲腸野郎は、あなたもお気づきでしょうが、ずっと私には鼻つまみ者なのです」
シンドラーの秘書の期間は約2年と短い。

ベートーヴェンの筆談のメモ、それをシンドラーは会話帳と呼んだ。
ベートヴェンの死後、シンドラーは400冊の会話帳を持ち出し、そのうち自分に不都合なものや、ベートーヴェンの偏屈で過激な性格が読み取れるものや、改竄したことによって辻褄が合わなくなったものを破棄して残ったのは136冊、そこにシンドラーがでっち上げた1冊を加えた。
シンドラーが、ベートーヴェンを崇拝していたことは間違いない。ベートヴェンが汚い服を着た偏屈な男だと思われることをなんとかしようとした。さらに、実際はベートーヴェンから良く思われていなかった自分のことも良く見られたことにするために、会話帳に様々なことを書き足し、それは伝記の捏造へと繋がっていく。

シンドラーのベートーヴェンに関する会話帳の改竄が公になったのは、1977年にベルリンで開かれたベートーヴェン没後150年の「国際ベートーヴェン学会」だった。
ドイツ国立図書館版・会話帳チームの2人の女性が、『会話帳の伝承に関するいくつかの疑惑』という演題を発表した。

ベートーヴェン通なら知っているトリヴィアは、シンドラーの捏造らしい。
それは、ベートヴェンが『交響曲第5番』の演奏テンポを「運命が扉を叩く」様子にたとえたこと。『ニ短調のピアノ・ソナタ』の解釈について「シェイクスピアの『テンペエスト』を読め」という助言を垂れたこと。生涯でただひとり愛した女性ジュリエッタを「不滅の恋人」と呼ぶ情熱的なラブレターを書いたこと。コーヒー豆をいつもきっちり60粒数えていたこと(これはどうも真実のようだ)。『交響曲第9番』の初演で、聴衆を空前の熱狂に巻き込んだこと(これは大袈裟だがあながち嘘とは言えない)。→人気ブログランキング

『元年春之祭』 陸 秋槎

古代中国を舞台に、ふたりの少女が推理合戦を展開するフーダニットもの。
知的でおおらかでコミカルに始まるものの、話が進むにつれて非情で残酷になっていく。
著者の専攻テーマだった漢籍がところどころに挟み込まれ、前漢時代の中国にタイムスリップさせてくれる、少女コミック風のミステリ。
著者の陸 秋槎(りくしゅうさ)は、1988年、中国・北京生まれ。現在、金沢市在住。2014年、復旦大古籍研究所在学中に短編ミステリ『前奏曲』を発表し、第2回華文推理大奨賽の最優秀新人賞を受賞。2016年、本作で長編デビュー。

元年春之祭 (ハヤカワ・ミステリ)
陸 秋槎/稲村文吾 訳
ハヤカワ・ポケット・ミステリ
2018年 ✳︎6
売り上げランキング: 18,022

古例の見聞を深めるため観家に滞在していた17歳の於陵葵(おりょうき)と、観家の当主の娘・同い年の観露申(かんろしん)は、出会ったばかりなのに友情で結ばれる。露申は葵に過去の一族の凄惨な殺人事件を打ち明ける。

楚国の貴族の末裔であった観家は、漢の世に身の置き所がなく、人里離れた雲夢澤(うんぽうたく)で絶えず居を移していた。傍系の家系は雲夢を離れていったという事情がある。
葵はいくら学問を積んで武道を習得して古代の賢人の真似をしても、育ちを変えることはできないと嘆く。それなのに立派な血筋の露申のあまりの出来の悪さに失望したという。そんな露申を葵はからかったりいじめたりして激昂させたくなる。
このあたりまでは、少女コミックの小説版というノリである。

事件とは、4年前の天漢元年(紀元前100年)、かつて楚国の祭祀を司っていた名門の観家の人々が春の祭の準備をしていたさなか、露申の伯父、伯母、従弟が何者かによって殺された。しかし犯人は見つからないままになっていた。

漢籍の研鑽を積んだ聡明な葵は事件の解決を引き受けるが、目の前で新たな殺人事件が起こってしまう。
そして、葵と露申は事件の全容を解明する推理合戦を繰り広げる。事件のバックグラウンドには、観一族と豪族だった葵のそれぞれの宿命があった。→人気ブログランキング

『ブルーバード、ブルーバード』アッティカ・ロック

東テキサスの田舎町で、シカゴからやってきた黒人の男性弁護士と地元の白人女性の遺体が、町を流れるバイユーで相次いで発見される。白人が殺されてその報復として黒人が殺されるのが通常の順番であるが、逆だった。捜査にあたるのはテキサス・レンジャーに所属する黒人のダレン・マシューズ。

町には黒人の老女が経営するカフェと、大きな通りを挟んで白人の金持ちの邸宅が向き合っている。その白人はバーのオーナーで祖先はこの町を作った。
ダレンは殺された男の妻とカフェで知り合い事件を解決しようとする。黒人の公共施設利用を制限する「ジム・クロウ法」が廃止になって50年たっても、東テキサスの人種差別は以前と大して変わらない。

ブルーバード、ブルーバード (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
アッティカ・ロック/高山真由美
ハヤカワ・ポケット・ミステリ
2018年12月 ✳︎10
売り上げランキング: 49,912

ダレンは伯父が黒人で初めてのテキサス・レンジャーになったという名門の出なのだが、親族同士に確執があり、ダレン自身も妻とうまくいっていない。ダレンの農場で働く管理人の孫娘に嫌がらせをするクズ白人が銃で殺され、事件に関わった嫌疑で、ダレンはレンジャーを停職中なのだ。殺された白人は過激な人種差別組織に属し、その組織の通過儀礼は黒人を殺すことである。KKKよりもタチが悪い組織だ。

被害者の女性は白人が集まるバーで働いていた。殺された男が最後に酒を飲んでいた場所だ。ふたりは話をして男は女を家に送っていった。
妻を迎えにきた夫はふたりの仲を勘ぐって逆上し男をツーバイフォーの角材で殴って殺した。そのあと数日して夫が妻を絞殺したというのがダレンの推理だ。夫は数か月前に刑務所を出所したばかりで、刑務所内で人種差別組織のメンバーと接触したのではないかとダレンは疑った。
しかし、事件の真相は単純ではなく、過去に起こった愛憎劇が複雑に絡んでいた。

6年前にカフェの女店主の夫が銃で撃たれて殺されてるが、犯人は逃亡した3人の白人男性という目撃者の証言により、事件は捜査されないままになっている。人種に絡んだ事件が起こると東テキサスの田舎町の特殊なルールがまかり通るのだ。
ダレンはテキサス・レンジャーの誇りと意地で、妥協を拒否し事件の真相を明らかにしようとする。

物語には、歌詞やジュークボックス、エレキギター、バンドマン、演奏旅行などが描かれていて、まるでBGMにブルースが流れているようだ。
犯罪における人種差別を黒人の目からあぶり出した傑作だ。本作は2018年の3つの主要ミステリ賞(米探偵クラブ賞、英ダガー賞、米アンソニー賞)を受賞した。→人気ブログランキング

『アメリカ』 橋爪大三郎×大澤真幸

アメリカのキリスト教とプラグマティズムについて解説し、日本がアメリカを異常なまで忖度するのはなぜかを、ふたりの著名な社会学者が解き明かす。

罪のある人間を救うか救わないかは神が決めるという救済予定説のカルヴィン派こそ、アメリカ建国のベースを築いた人々であるという。
聖書には曖昧な部分があり、解釈によっては異なる読み方ができてしまう。聖書に忠実であるからプロテスタントには分派ができる。
実践的で人造的で新しいアメリカの性質はどこからきているのか。それはプロテスタントの信仰を源泉としているという。アメリカはあくまでプロテスタントの国である。
アメリカを考えるときに、本気で聖書を信じている人たちがいるという目で見て、初めてアメリカが見えてくるという。

アメリカ(河出新書)
アメリカ
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橋爪大三郎 大澤真幸
河出新書 2018年11月
✳︎7 売り上げランキング: 1,629

アメリカには、聖書が神の言葉と信じている5000万人の福音派(バプティスト)がいるからこそ、そうでない人はキリスト教と距離をとりながら啓蒙的な知識との両立をはかれる。
アメリカ人はまぎれもないキリスト教的な文化だが、同時にこれほど宗教からほど遠い世俗的な人々もいないように思える。宗教的な人とまったくそう出ない人の間を埋めるのがプラグマティズムであるという。

プラグマティズムとは、ある概念がその人の経験によい結果をもたらすのであれば、それは真であり、思うような結果をもたらさないのであれば偽であるという考え方。
なにか複数の真理があるらしいが、どっちが正しいか決着しないでよい。自分の生活にプラスならばそれを受け入れ、マイナスであれば受け入れない。

奴隷制度を除けば、アメリカはヨーロッパ諸国に比べ圧倒的に平等な国である。
奴隷制度は、アメリカのひ弱な産業が国際競争にさらされた結果である。北部は工業でやっていけそうだったが、南部は大農場経営で奴隷の労働力が必要だった。
なぜ奴隷制度になったかというと、カトリックではなくプロテスタントだったからだ。カソリックは教会がひとつしかないので、教会のメンバーは人種や社会階層を問わず同列に扱われる。プロテスタントでは教会がいくつもあるので、人種や社会階層ごとに別々の教会に行くことになる。
アメリカは自発的にアメリカを作ろうとした人々が国をつくり、移民もそれに加わった。このストーリーからはみ出す人々は、ネイティヴアメリカンとアフリカ系の人々で、これをアメリカは克服できない。アメリカにおける根深いブラックの独特の問題は日本人に理解しがたいという。

日本は福祉はいいことだと誰もが思っているが、その感覚はアメリカにはないという。
政府が税金をとって、人々の生活に必要なサービスを行う必要はない。政府がやらなくとも、自分たちが財団を作ってやるからそれで十分だという考え方をする。
アメリカ人には自分の主体性を他人に預けることを極力避けたいという意識構造がある。

アメリカのナショナリズムは、世界中の人々がアメリカ化すればいいと思っている。
いくら日本人が自国が魅力的だと信じているとしても、世界中の人々が日本人のようになるべきだと思ってはいない。ナショナリストはどんなに自分の国が素晴らしいと思っていても、それぞれだというのが特徴なのだが、アメリカは違う。

武士の伝統が途切れてから日本は迷走するようになった。武士は人の生き死にを踏まえて、人々が幸せに生きて行くことに知恵を尽くして考えるということをずっとやってきた。戦後、それをやろうとしないのは日本人の怠慢でしかないという。
アメリカへの精神的な依存度において日本は突出している。なぜこんな状況になったのか。アメリカを知ることが倒錯的なレベルから脱却する一歩である。そうすることで日本が何者であるか知ることになる。→人気ブログランキング

アメリカ/橋爪大三郎×大澤真幸/河出新書/2018年
おどろきの中国/橋爪大三郎×大澤真幸×宮台真司/講談社現代新書/2013年
ふしぎなキリスト教/橋爪大三郎×大澤真幸/講談社現代新書/2011年

『縄文探検隊の記録』夢枕 獏 岡村 道雄 かくま つとむ

日本の新石器時代を特に縄文時代と呼ぶ理由は、世界の新石器時代のスタンダードとは異なり独自性が際立っているからだという。クリ、漆、翡翠、アスファルト、縄文式土器、渡来人、縄文の神と空海の密教との関係など、縄文研究の最先端を紹介する。
縄文時代は1万5000年前から2300年前まで。縄文文化は南は屋久島から北は北海道、そして歯舞・色丹まで見られる。

縄文探検隊の記録 (インターナショナル新書)
縄文探検隊の記録
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夢枕 獏 岡村 道雄 かくま つとむ
集英社インターナショナル新書
2018年12月 ✳︎7
売り上げランキング: 6,672

翡翠はフォッサマグナ(地殻変動)の置き土産。
糸魚川周辺で作られた翡翠の装飾品は、北は礼文島から南は沖縄まで分布している。
翡翠はステータスの象徴のようなものだったのではないか。使節のような立場の人が運んだのだろうという。

近年の縄文考古学のトピックスは「クリ」と「漆」。
クリはカロリーが高く、よく実る年と実らない年の差が少ない。さらに木材としての優位性はクリは飛び抜けていた。大きく育つという理由だけなく加工がしやすく、柱に用いられた。縄文人にとってクリはスーパーツリーだった。
北海道函館垣ノ島から出土した9000年前の漆器は世界最古である。シャーマンのような立場の人が身につけただろう、ヘアバンド、肩パッド、肘当て、腕輪、膝掛けが出土している。
縄文の漆文化は弥生時代よりも高度である。縄文の漆文化は現代につながる重ね塗りで、水銀を混ぜた赤漆も使われている。中国の塗り方はただ上から塗ったもので、弥生時代の漆は中国の手法であった。
縄文時代の漆を塗った弓矢は強く弾力性がある。しかし弥生時代の丸木弓は実用的ではない。催事に用いられたと思われる。

原油が出る地域ではアスファルトが自然に存在する。産出地は、新潟県の上越から山形、秋田県にかけての日本海側と、北海道道南の渡島。鏃とか矢柄の接着剤として用いられた。

アーティスティックな火焔土器はなぜ作られたのか。実在しないような姿に置き換えて神格化するのが縄文の特徴である。新石器時代の中国の土器は動物の写実的な文様が描かれている。縄文文化は、土器にしろ土偶にしろ写実的なものは描かれていない。

弥生時代のきっかけを作ったのは渡来人だったが、実質的な主人公は縄文人だった。
そもそも西日本では、それまで人が少なかった。縄文の全時代を通してみると、「むら」も人口も85%が東日本。弥生時代になるとそれが逆転してくる。縄文人は稲作を取り入れなかったからだ。
どのくらいの人が入ってきたか。一般的に考えられているより少なかったと思われるという。
大陸の秦の統一で敗者が新天地を求める形で、日本列島に渡ってきたのではないか。

草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしつかいじょうぶつ)は、『涅槃経』の言葉で空海が広めた。夢枕 獏は、空海はその当時残っていた縄文的なものの考え方をこの言葉で表現したのだとしている。→人気ブログランキング

『the four GAFA』四騎士が創り変えた世界 スコット・ギャロウェイ

GAFA(四騎士)とは、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのこと。
かつてのビッグスリー、フォード、GM、クライスラーは、GAFAに取って代わられた。これらの4社は、ビッグスリーに比べ従業員数は半分以下だが株価は10倍以上であるという。
2018年8月、アップルの株式時価総額が日本の国家予算に匹敵する1兆ドルに達した。GAFAは世界を支配する手のつけられない怪物というイメージがつきまとう。
本書はGAFAがどのようにして繁栄を手に入れたか、どのようにしてその繁栄を維持していこうとしているのかについて、自らもIT企業を経営する業界の裏側を知る著者が、多視点から解説している。

the four GAFA 四騎士が創り変えた世界
スコット・ギャロウェイ/渡会圭子
東洋経済新報社 2018年8月
✳︎10

【グーグル】
グーグルはいくら費用がかかっても「世界の情報」を整理し、提供することをミッションとしている。
まずは、すでにウェブ上にある情報から始め、その後すべての場所(グーグルマップ)、天文(グーグルスカイ)、地理(グーグルアース、グーグルオーシャン)の情報を集めた。さらに、すでに廃盤になっている書籍コンテンツと情報データを集めている(グーグル・ライブラリー・プロジェクト)。別の言い方をすれば、グーグルは世界中のすべての情報をこっそり集めて自分のものしているのだ。
検索分野で90%のシェアを占めながら、せっせと訴訟とロビー活動に励んで、独占禁止法の適応を逃れている。

【アップル】
2015年12月、カリフォルニア州で28歳の男とその妻が、職場のパーティでライフルを乱射し、14人が死に21人が重傷を負い、容疑者は警察に射殺された。FBIは犯人のiPhoneのロック解除をアップルに要求したが、アップルは裁判所の命令を無視した。これは善良な企業の対応として許されることだろうか。
ジョブスは何億ドルもの資産を持っていながら娘の養育費を支払うことを拒否した。ストックオプションの問題では、ジョブスは偽証したとも言われている。ところがジョブスは神格化されているのだ。

【フェイスブック】
フェイスブックは世界中の20億の人が使っている。モバイルアプリも備えたフェイスブックは、今や世界最大のネット広告の売り手である。ほんの数年前にグーグルが従来のメディアから広告料を奪い取ったばかりであることを考えると、これは驚くべきことである。
利用者たちの何千枚もの写真を分析し、携帯電話を盗聴機として活用し、その情報をフォーチュン500企業に売りつけている。

【アマゾン】
小売業界は大きな転換期にさしかかっている。ここ100年で農業従事者の割合が50%から4%に低下したのと同じ現象が、これから30年の間に小売業で起こるという。
アマゾンの倉庫では、ロボットが管理し人間が働いていないのだ。
売上税を払うのを拒否し、従業員の待遇が悪く、膨大な数の仕事を消滅させながら、事業革新の神と崇められている小売業者がアマゾンだ。

GAFAと他企業の違いは、一見どうということのない1つか2つの特徴であるという。グーグルはシンプルなホームページと検索結果が広告の影響を受けないオーガニック検索、アップルはデザインとアーキテクチャ、フェイスブックは写真、アマゾンは評価とレヴュー・システムである。
私たちはこれらの企業が決して善良ではないと知りつつ、最もプライベートな領域への侵入を無防備に許している。営利目的で使用されていることを知りながら、自らの個人情報を漏らしているのである。例えば、自分のグーグルでの検索履歴を振り返れば分かることだが、誰にも知られたくないことをグーグルには平気で打ち明けているのだ。

GAFAは、あまりにも急速に巨大化したものだから怖いもの知らずで、既存のルールを無視し、約束を反故にし、法律さえ捻じ曲げてしまう強引さを持つようになった。GAFAの株はつり上げられ無限に近い資金と飛び抜けて優秀な人材が世界中から集まる。その結果、GAFAはあらゆる敵を粉砕できる力を手に入れた。→人気ブログランキング

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