『オリジン 上下』 ダン・ブラウン

ラングドン・シリーズの第5弾。本書のテーマは「宗教の終焉」。
本書の冒頭には、〈この小説に登場する芸術作品、建築物、場所、科学、宗教団体は、すべて現実のものである。〉と記されていて、舞台となるグッゲンハイム美術館、サグラダ・ファミリア教会の詳細な描写は、本書の魅力のひとつである。

スペインの北、ビルバオにあるグッゲンハイム美術館にVIPを集め、天才的な頭脳をもち世界をリードしてきた未来学者のエドモンド・カーシュが、「人類の来し方と行く末」についての新説を発表しようとしている。カーシュは無神論者として有名である。

オリジン 上 (角川書店単行本)
オリジン 上
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ダン・ブラウン/越前敏弥
2018年2月
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オリジン 下 (角川書店単行本)
オリジン 下
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KADOKAWA / 角川書店
売り上げランキング: 1,907

カーシュから前もって新説を聞かされた、ユダヤ教のラビ、イスラム教の博士、カソリック教会のバルデスピーノ司教は、宗教界ひいては世界を混乱に陥れることを恐れている。発表は1か月後と聞かされていたが、それが早められたのだ。ラビは自殺し、博士も死んでしまう。

カーシュの恩師であるハーヴァード大学教授で宗教象徴学者のロバート・ラングドンや、美術館の館長でありスペイン王子の婚約者であるアンブラ・ビダル、そして多くの聴衆が見守るなか、カーシュは講演をはじめる。これから本題に入ろうとしたその時、カーシュは銃撃され殺される。
近くにいたグランドンとビダルが犯人と疑われ、警察に追われる身となった。ふたりの逃亡を助けるのは、カーシュが開発したAIのウィンストンである。
パルマール教会の宰輔からカーシュの殺害を命じられたのは、スペインの退役海軍提督アビラだった。

講演の内容が世界に流れることを阻止しようとする勢力によって、カーシュは殺害されたのだ。グランドンは、講演のDVDにアクセスするパスワードがサグラダ・ファミリアの地下室にある書物に書かれている47文字と突き止めた。
スペイン警察や暗殺者アビラの追跡を終結させるには、カーシュのビデオを公開すればいいのだ。
この後、二重三重のどんでん返しが仕掛けられている。

新説とは一体どういうものなのか。
抽象的には、宗教の時代は終わりを向かえつつあり科学の時代が幕を開けようとしている、というもの。言い方を変えれば、神ではなく物理で生命が誕生し、将来人間はポストヒューマンとなる。つまり、進化論とレイモンド・カーツワイルの言うシンギュラリティを受け入れることである。→人気ブログランキング

『アリゾナ無宿』逢坂 剛

16歳の娘の目を通して描かれているので、アリゾナの荒野が舞台の賞金稼ぎの話であるのに、汗臭くなく、埃っぽくなく、ギトギトしていない。適度にデオドラント化された和製西部劇である。そのオルタナティブな感じがたまらなくいい。

主人公の賞金稼ぎ3人組はどのようにして誕生したのか?
16歳のジェニファは南北戦争(1861〜1865年)が終わったあと、南軍のゲリラに一家が襲われてひとりだけ生き残り、インディアンのスー族に育てられた。そのあとラクスマンという怪しい男に引き取られてカウガールとして牧場の仕事を続けてきた。
今日は半月に1度の買い出しで、ベイスンの街に、髭ぼうぼうのラクスマンとともに来ている。

アリゾナ無宿 (中公文庫)
アリゾナ無宿
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逢坂 剛
中公文庫
2016年 ✴✳✳✳✳︎
売り上げランキング: 113,309

酒場でふたりのカウボーイに絡まれた黒服の男は、威嚇の銃弾にびくりともしなかった。
ふたりが保安官を殴り倒して黒服の男を撃とうとしたところで、ステットソン帽に鹿革服の男が制止しようとしたのもつかの間、黒服の男は、カウボーイのひとりの眼を吹き矢で刺し、もうひとりは銃を持つ親指の腱を刀で切った。あっという間の早業だった。

人見知りせずおまけに好奇心旺盛なジェニファは、レストランで黒服と鹿革服の男と昼食を共にすることになった。黒服の男はザグワロ(サボテンの名称)と名乗り、記憶を喪失していて、日本のハコダテからやってきたという。一方、鹿革服の男は賞金稼ぎ(バウンディ・ハンター)で、トム・B・ストーン(TOMBSTONE)と名乗った。つまり墓石だ。

ストーンはジェニファをラクスマンの農場に送っていった。
ストーンがお尋ね者のローガンについて訊ねようとすると、ラクスマンは農場から慌てて出て行こうとした。ストーンは、ローガンなら頬に星印の傷があるはずだと、ラクスマンに銃を突きつけて髭を剃らせたが、星印の傷はなかった。しかし、髭剃りに使った象牙のカミソリがローガンの物で、ラクスマンはローガンを殺し3万ドルの金を奪った強盗殺人犯だった。ストーンはラクスマンを射殺した。

自由の身となったジェニファーだったが、天涯孤独となってしまいストーンが拒否するのもお構いなしにストーンに同行すると言いだした。ジェニファは賞金稼ぎの見習いとなった。
こうして、ストーン、ザグワロ、ジェニファの賞金稼ぎのチームが誕生した。→人気ブログランキング

アリゾナ無宿
逆襲の地平線
果てしなき追跡

『ミスター・マジェスティック』エルモア・レナード

『オンブレ』(エルモア・レナード著)の訳者解説のなかで、村上春樹が本書を勧めていた。
マジェスティックという名前は、日本語ならば三文字の漢字で表される由緒正しい公家の名前に相当するのではなかろうか。そんなマジェスティックはカリフォルニアのメロン生産者で、ガソリンを3リットルしか入れないくらい、金回りが悪い。さぞや、ショボくれたオヤジかと思いきや、ページが進むうちにそれが見込み違いだったことがわかる。ベトナム戦争も刑務所暮らしも経験している怖いもの知らずの男だ。

ミスター・マジェスティック (文春文庫)
エルモア・レナード/高見浩
文春文庫 1994年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
売り上げランキング: 492,268

メロン収穫期の農場ではメロン摘みの労働者が大勢必要である。幸い、マジェスティックは、渡り労働者のナンシーたちを雇うことができた。
マジェスティックが警察に検挙されたのは、飲んだくれの白人たちを売り込もうとする悪徳手配師コスパを銃で脅した容疑だという。拘置所には、これまでに7人を殺していて一度も有罪になったことのない黒人の殺し屋レンダがいた。

裁判所への護送途中に、マジェスティックたちを乗せたバスをレンダの手下が襲い、レンダとマジェスティックは逃走した。撃たれた保安官補のポケットから手に入れた鍵でマジェスティックは手錠を外し、手錠をつけたままのレンダを警察に引き渡そうとした。
そこへ、レンダの情婦・白人のワイリーがジャガーで現れ、マジェスティックはワイリーとレンダを銃で牽制しなから警察署に連れて行こうとしたが、逃げられてしまった。

プライドが傷ついたレンダは、手下とともにマジェスティックの命を奪おうと、家とメロン集積所を囲んでいる。警察は今度こそレンダをとらえて有罪にしようと、躍起になって遠まきに監視する。一方、迎え撃つマジェスティックはナンシーと家の中で息を潜めている。

先手の攻撃を仕掛けようと、ナンシーが運転するピックアップの荷台にマジェスティックを乗せて敷地から飛び出す。まんまとレンダたちを山岳地帯に誘い込んだマジェスティックは、レンダの手下を次々に射殺していく。鹿撃ちで山岳地帯の地形は頭の中に入っているのだ。
レンダが逃げ帰った別荘に、ピックアップで乗り付ける。そして、銃撃戦がはじまる。
カリフォルニアの陽光の中で、個性あふれる登場人物たちが躍動する極上のノワール・サスペンス。→人気ブログランキング

オンブレ/新潮文庫/2018年3月
ラブラバ/ハヤカワ・ミステリ/2017年
ラム・パンチ/角川文庫/1998年(『ジャッキー・ブラウン』DVD)
ミスター・マジェスティック/文春文庫/1994年

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『オリーブ・キタリッジの生活』エリザベス・ストラウト

数学教師のオリーヴ・キタリッジ先生は不愛想で高飛車でおまけに癇癪もちである。そんなオリーヴに薬局を経営する夫のヘンリーや周りはどうつき合うのか。体が大きいオリーヴはどんな波乱を巻き起こすのか。しっぺ返しに対してどのように振舞うのか。

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)
エリザベス・ストラウト/小川高義
ハヤカワepi文庫
2012年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 売り上げランキング: 38,866

メイン州の海辺のクロズビーという架空の街で暮らす人びとの生活を描いた13の連作短篇。オリーヴの40歳代から70代の半ばまでが描かれる。短篇の一つ一つに、情報がふんだんに詰まっているので、まるでそれぞれが長編を読んだような重厚さである。上から目線の女性を描く力量に賛辞を送りたい。

オリーヴは、反抗する息子のクリスをかかえて、子育てがうまくいっていないと感じている。人がいい温厚なヘンリーも堪忍袋の緒が切れることもある。教師から解放されたあとも、教師という目を通して物事を見てしまう。
やがて足の医者になった息子が猛獣みたいな女医と結婚する。夫とともに強盗事件の巻添えをくう。夫は脳溢血で介護施設に入り、やがて夫を看取る。音信がなかった息子がいつの間にか離婚し、子持ちの女と再婚している。息子から妊娠中の妻の手伝いを頼まれ、NYに出ていく。狭くて古いアパートに長くはいられない。
60代になって新しい出会いがあるが、なにしろ一筋縄ではいかない性格なのだ。それでも、70歳代半ばになったオリーヴは相変わらずドーナッツ好きで、当然のことながら瞬発力がなくなっている。小躍りして歓喜の声をあげるような楽しいことはなかったけれど、いくつかの困難をなんとか乗り越えてきた。

愛すべきキタリッジ先生を40代から見守ってきた読者にとって、ひと安心というところにたどりつく。
キタリッジ先生と似たような性格の女性はそう珍しくはない。→人気ブログランキング

『利休にたずねよ』山本兼一

利休が秀吉に切腹を命じられた事件を、利休の切腹の場面から、秀吉と利休が険悪となっていく過程、秀吉と利休との蜜月の頃、堺での信長と利休との出会いの頃、利休が思い続ける高麗の娘との出会いというふうに、物語は逆年代記(リバースクロノジー)の形で描かれている。第140回直木賞受賞作(2009年1月)。

秀吉の使者が利休に伝えた切腹の理由はふたつ。大徳寺山門に安置された利休の木造が不敬であること、茶道具を法外な高値で売っていること。謝りさえすれば許すとの上様のお考えだと使者は言う。利休はプライドの高い男、謝罪などするはずもない。

利休にたずねよ (PHP文芸文庫)
利休にたずねよ
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山本兼一
PHP文芸文庫 2011-08-26
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堺の魚屋の放蕩息子だった与四郎(利休)は、高麗からさらわれてきた女に恋をし、その女が持っていた香合を形見として持っていた。
利休が懐にしまい込んでいるその香合を、秀吉は無性に欲しくなった。言い値で買うと利休に迫ったのだが、たとえ関白様でもお譲りできないと突っぱねた。
女と香合のことがことあるたびに触れられ、ストーリーに通底するテーマである。

秀吉の信頼を一身に受け存在が大きくなっていく利休を妬む者もいた。その代表格が、石田三成と前田玄以。
石田三成は、利休を追い落とすために世間が納得するような、罪状をあげつらって逃げ道を塞いでおかなければならないと、周到に準備を進めていた。

本書では、秀吉が利休をうとんじるようになった理由はひとつではない。
1、まずは、木造の件だ。大徳寺の改修に資金を出した利休に恩義を感じた宗陳(蒲庵古渓 ほあんこけい)は、山門の上に利休の木造を安置した。山門をくぐった者が利休に踏みつけられているようなもので、無礼なことだと秀吉が言いがかりをつけた。
2、次は、土塊から出来た器に何千貫も払うようになってしまったのは利休のせいだ。
3、そもそも、茶の湯を始めたのは武野紹鴎で、利休は三畳、二畳、一畳半と茶室を狭くして、侘び茶などといって悦にいっているだけであると陰口を叩く者もいる。秀吉は黄金の茶室を好むような派手好きな男、侘び茶とは相容れない。
4、また、娘を側室に出すことを利休が断った。
5、さらに、利休は秀吉の異父弟である豊臣秀長とも深い関係にあったが、秀長は利休が切腹をする数か月前に病死してる。利休は後ろ盾を失ったのである。

こうしたことの積み重ねが、利休が詰め腹を切らされた理由であるが、秀吉と利休のあいだに齟齬が生じた最大の理由は、宗陳が以前から危惧していたこと、すなわち、育ちの野卑な秀吉を利休が内心軽蔑していることが態度の端々に現れていて、それが秀吉の逆鱗に触れてしまうことだった。→人気ブログランキング

『ラム・パンチ』エルモア・レナード

エルモア・レナード(1925〜2013年)は、味のある悪党を書かせたら右に出る者はいないとされる大御所。最近『ラブラバ』の新訳版(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2017年12月)が出たと思ったら、出版社は違うが、『オンブレ』の訳本(新潮文庫、2018年1月)が突然出版され、レナードのリバイバル・ブームがやってきそうな気配だ。
本書は、映画『ジャッキー・ブラウン』(クエンティン・タランティーノ監督、1998年)の原作である。タランティーノが惚れ込んだ小説というから、面白くないはずがない。カクテルの名前である「ラム・パンチ」は、フロリダからバハマ諸島あたりで「取引」のことを指す。

ラム・パンチ (角川文庫)
ラム・パンチ
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エルモア レナード/高見浩
角川文庫 1998年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
売り上げランキング: 410,526

オーディルのマシンガン・トークからはじまる。
武器売買で荒稼ぎしているあまり黒くない黒人のオーディルと、刑務所から出所したばかりの白人のルイスは、デトロイト出身ということで意気投合した。信用のおける相棒が欲しいオディールは、マックスの保釈金立替会社で、取り立ての仕事をはじめたばかりのルイスを、仲間に引き入れたいのだ。

一方、パームビーチ空港では、バハマ往復便から降りてきた三流航空会社のキャビン・アテンダント、ジャッキー・パーク44歳が颯爽と歩いていく。10歳は若く見える、スタイルも悪くない、かなりいい女だなどと言って、当局のニコレットとタイラーが、ミズ・パークを待ち構えている。ジャッキーはふたりに呼び止められ、持っていたトランクから現金5万ドルと42gのコカインが出てきた。高額な現金の運搬には届出が必要だ。オーディルが1万ドルの保釈金を出して、マックスがジャッキーをむかえに行った。

オーディルは銃を売って儲けた金を、すべてバハマのフリーポートにある貸し金庫に預けている。その金を国境を越えてアメリカに持ち込む役をジャッキーに頼んでいたのだ。それが今回はコカインが紛れ込んでいた。

ところで、オーディルには愛人が3人いて、別々の家に住まわせている。若くて料理の上手い黒人のシェロンダと、セックスの技に長けている熟年の黒人シモーヌ、グラマーな白人女のメラニーだ。

ジャッキーはマックスと組んでオーディルの金をすべていただく計画を立てた。
ジャッキーは、金の運搬は今回で最後にしようとオーディルを丸め込み、ニコレットにはオディールの武器販売の現場を押さえさせると話す。
ジャッキーのシナリオは、オーディルが当局に射殺されることである。そうなればジャッキーとマックスは金の行方についてしらを切り通すことができるのだ。
そして、ジャッキーとマックスの一世一代の芝居がはじまる。

用意周到そうだけれど詰めが甘いオーディル、ムショ暮らしで頭が回らなくなったルイス、手柄を立てようと功を焦りジャッキーに出し抜かれてしまう若いニコレットとタイラー、妻と別れジャッキーに心寄せるマックス、画廊を経営するマックスの妻ルネー、オーディルの3人の女たち、そして冷静沈着で魅力いっぱいのジャッキー。南国フロリダを舞台に個性豊かな面々が繰り広げる極上のクライムサスペンスだ。→人気ブログランキング

オンブレ/新潮文庫/2018年3月
ラブラバ/ハヤカワ・ミステリ/2017年
ラム・パンチ/角川文庫/1998年(『ジャッキー・ブラウン』DVD)
ミスター・マジェスティック/文春文庫/1994年

『したがるオスと嫌がるメス』宮竹貴久

身も蓋もないタイトルだ。『オスとメスの性的対立』くらいの穏当なタイトルの方が、売れたのではないだろうか。
実験結果をつい人間と結びつけてしまう。ヒエラルキー下位の者が上位の者にしかける裏をかく行動は人間社会でも目にするとか、男と女はタイトルどおりの傾向があるとか、女性にマメな奴はよく動き回り女性にちょっかいを出すなどと思いながら、自分のことはさておいて読む。それが本書の楽しみ方のひとつだ。

したがるオスと嫌がるメスの生物学 昆虫学者が明かす「愛」の限界 (集英社新書)
集英社新書  2018年2月
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生物の行動の基本は優秀な子孫をできるだけ多く残すことであるが、生殖に対する戦略がオスとメスではまったく異なる。オスは精子をばらまくことに専念するが、メスはできるだけ優秀なオスの遺伝子を受精するためにあれこれ戦略を立てる。したがるオスと嫌がるメスのせめぎ合い、つまり「性的対立」が生ずる。
子孫にDNAを残すかどうかを最終的に決めるのはメスである。つまり「性的対立」における最終勝利者はメスなのだ。

射精にさいし毒を放ったり、ペニスにトゲを持ったり、あるいはヴァギナを塞いだりと、「性的対立」がエスカレートした種が存在するという。
昆虫の生殖について、著者が試みたいくつかの実験の悪戦苦闘ぶりが書かれていてる。

「クヌストモドキ」という米を好む3mm程度の甲虫の性行動を研究するために、刺激によって動かなくなる虫と刺激を与えても動き続ける虫にグループ分けした。
よく動く個体は捕食者に襲われやすいが、交尾には有利だった。逆にあまり動かない個体は敵に見つかりにくかったが、交尾には不利だった。虫の世界でも「アクティヴとマメさ」がモテるコツだが、それは人間の場合も同じかもしれないという。
ではよく動くメスの場合はどうか。動かないメスと交尾の回数は変わらなかった。メスではたとえ出会いが増えても残せる子供が増えるわけではないからだろうという。

著者は、1990年に沖縄県で、野菜や果実を食べてしまうミバエの幼虫の根絶をテーマに研究を始めた。「不妊虫放飼法」という害虫根絶法は、不妊化された大量のオスをヘリコプターでばらまき、メスと交尾させ卵を産ませるが、卵は幼虫に育たないという方法である。
ここで不妊化したオスと野生のメスが交尾することを確認しなくてはならない。メスが野生のオスとの交尾をする前に、不妊ミバエのオスと交尾させなければならないのだ。ここで体内時計が問題になった。
オスとメスの発情に時間のズレが生じれば、交尾は完結しない。時間がマッチするオスとメス同士の群れを形成することになる。飼育された大量のオスは野生のメスとは発情の時間のズレはなかった。

本研究から、発情する時間のズレでその種が2群に別れれば、ふたつのグループは別々の進化を遂げ、やがて別の種に分化する。交尾のタイミングが鍵となって種分化が起こりうる仕組みを世界に先駆けて発見したのだった。→人気ブログランキング

『書店主フィクリーの物語』ガブリエル・セヴィン

1ページに1冊くらいの割合で本について触れられている。主人公のセリフだったり、比喩に使われたり、本書の中の書店での売れ筋の本だったり、怪獣のことだったり、子供用の本だったり、ともかく本が多く登場する。書店員が選ぶ本屋大賞を受賞するにふさわしい本だ。

書店主フィクリーのものがたり (ハヤカワepi文庫)
ガブリエル ゼヴィン/小尾芙佐 訳 
ハヤカワepi文庫
2017年12月 ****
売り上げランキング: 27,647

島に1軒しかない本屋の店主A・J フィクリーは偏屈な男やもめである。1年半前に妻を交通事故で亡くした。
そんなA・Jに、稀覯本が盗まれる事件と、マヤという2歳の赤ん坊が書店に置き去りにされる事件が起こった。翌日海岸に黒人女性の死体が打ち上げられ、IDカードからマヤの母親と判明した。自殺と断定された。
稀覯本の盗難は警察に届け、手続き上困難なこともあったが、マヤはA・Jが育てることになった。

マヤは人懐っこくって利発。マヤを見に島の人が本屋を訪れ、訪れる口実に本を買う。マヤのおかげで店は繁盛し、さらに、A・Jは本の営業で店をしばしば訪れていたアメリアと結婚にこぎつけた。警察署長のように、それまであまり本を読まなかった人が、本を読むようになった。

やがて、マヤの母親が自殺した理由や父親の正体が明らかになる。
それとは関係なく、マヤはすくすくと育っていく。郡の短編小説コンテストで、20の高校から40の作品が集まり、マヤの作品は上位3編に選ばれた。
母親の望みどおり本好きの少女に育ったのだ。

電子書籍の普及による本屋存続の危機という出版界が抱える問題にも、さりげなく触れている。
クリスマスにA・Jの母親がアリゾナから遊びに来て、3人にプレゼントを渡す。電子図書リーダーだった。A・Jはたちどころに不機嫌になる。アメリアは、母親に感謝の言葉をかけ、A・Jの立腹をなだめ、ふたりの間をとりなそうとする。

物語はハッピーエンドでは終わらない。
やがて、A・Jの持病である、気を失う回数が多くなって、言葉を間違うようになった。島の医者は本土の専門医に、A・Jを紹介した。A・Jの手術にはかなりの金がかかるのだった。
悲しい出来事もユーモアを交えて淡々と描いていて、落ち着いたストーリーになっている。→人気ブログランキング

『等伯 上下』安倍龍太郎

信長の天下取り、秀吉の世、そして家康の台頭までの激動の時代を生きた画家、長谷川等伯の半生を描いた。等伯は自己と戦いながら全身全霊を傾けて絵を描いた。本書は等伯の絵にも通じる力のこもった傑作である。2013年直木賞受賞作。

能登の武士の家に生まれた等伯は七尾の商家の養子となった。
等伯の留守に屋敷に賊が押入り、義父母は捕まり自害した。養父母を死なせてしまったことで等伯は居場所がなくなり、妻と息子とともに七尾をあとにした。

等伯 上 (文春文庫)
等伯
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安部 龍太郎
文春文庫  2015年
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等伯 下 (文春文庫)
等伯
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安部 龍太郎
文春文庫  2015年
売り上げランキング: 43,451

上洛する途中、等伯は比叡山の焼き討ちに巻き込まれ、信長軍に襲われた。その時、子どもを抱いた僧を助けたが、子どもは、のちに有力な公家として活躍する近衛前久の息子だった。このことが後々なにかと、等伯にとって有利に働くことになる。
その後、織田の武士たちは等伯を目の敵にして追い続けため、信長が亡くなるまで、等伯は表舞台に出ることができなかった。

狩野永徳の父狩野松栄は等伯を高く評価し、狩野派の技術を教え、永徳との仲を取り持った。しかし、飛ぶ鳥を落とす勢いの狩野派の総帥永徳は、ことあるたびに等伯に嫌がらせを仕掛けた。

等伯はどのようにして絵師として認められていったのか。義父は、等伯はいずれ京にまで聞こえる絵師に成るだろうと高く評価していた。もともと絵の才能は抜群なものがあったが、等伯は依頼された仕事に対し圧倒的な集中力で描き上げた。依頼主が感動するような仕事をした。等伯の性格を表現するのに著者は次のように書いている。〈等伯の最大の美質は愚直なばかりの粘り強さであった。〉

狩野派の絵は定石通りで面白みに欠けるという利休の助言により、等伯は京都・大徳寺の山門の天井画と柱絵の制作を依頼された。長年この世界に君臨してきた狩野派の牙城を、裸一貫から身を起こした等伯が突き破ったのだ。その後は、利休や秀吉に重用され、狩野派を凌ぐほどにまで上り詰めた。

秀吉の逆鱗に触れ利休が切腹に追い込まれた後、秀吉の嫡男鶴松が亡くなった。利休の祟りだとの噂が流れた。鶴松のために祥雲寺を造ることになり、その襖絵を描く絵師に等伯が命じられた。

事故死と片付けられた息子久蔵の無念を晴らすために、非礼を顧みず等伯が狩野派の陰謀によって殺されたと秀吉に直訴した。誰もが驚くような絵を描いたら、無礼を免じるということになった。
三日三晩飲まず食わずで一心不乱で描き続けたあと、気を失った。そして描きあげた「松林屏風」は、誰もが言葉を失うほど見事であった。→人気ブログランキング

【絵師が主人公の歴史小説】
風神雷神』柳広司 2017年
等伯』安部龍太郎/文春文庫/2015年
北斎まんだら』梶よう子 2017年
眩(くらら)』朝井まかて 2016年
『ごんたくれ』西條加奈 2015年
ヨイ豊』梶よう子 2015年
若冲』澤田 瞳子 2015年
北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ/2014年
フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン 2014年
東京新大橋雨中図』杉本章子 1988年

『小型哺乳類館』 トマス・ピアース

機知に富んだユーモアたっぷりの12の短篇が並んでいる。文章が緻密でうまくて、話の運びがうまい。珠玉ぞろいの素晴らしい短編集だ。なかでも秀逸なのは「実在のアラン・ガス」。
同棲相手の女は夢の中で結婚しているという。相手の名前はアラン・ガスと打ち明ける。男の頭の中でアラン・ガスの存在がどんどんの大きくなっていく。

小型哺乳類館
小型哺乳類館
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トマス ピアース Thomas Pierce/真田由美子
早川書房
2017年12月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
売り上げランキング: 647,585

息子が自宅に小型のクローン・マンモスを連れてくる。息子が出張で家を開けることになり、母親はひとりでマンモスの世話をすることになる。「シャーリー・テンプル三号」

息子が火遊びをした。2回目だ。なんとか息子の気を火からそらそうと、父親は息子をつれてグラスホッパーの会のキャンプに向かう。「グラスホッパー・キング」

イルカ好きのエリーは、男を振りそして振られる。その後バーテンダーと交際し、母の勧めた会社の面接試験を受けるとトップの成績で採用される。小論文の出来がよかったらしい。そして前に振った男とであう。「私たちはなぜ泥を食べたのか」

古い家を購入して修理をすると壁からオポッサムらしき頭蓋骨が出てきた。それを聖ホッシーと名付けた。妻が生物学を教えている同僚に調べてもらうと、得体がしれないという。「聖ホッシー」

コメディアン夫妻が飛行機に乗っている。コメディアンには息子がいて、その息子の母親が結婚式を挙げようとしている。母親はシングルマザーなのだ。母親の夫になる男が空港に迎えに来ている。
コメディアン夫婦と、息子と母親と夫になる男と、母親の両親とが一緒に散歩する。コメディアンは大人気ない行動に出る。「いまだ至らぬフィリークス」

転ぶ人々が次々につながるシチュエーション。つながりは見事に仕組まれている。「転ぶ人々のビデオ集」

気球遊覧飛行を生業にしている女が、ある金持ちの男を乗せる話。男はたったひとりで鳥かごに入れたインコとともに気球に乗る。男はわがままだ。「おひとりさま熱気球飛行ツアー」

鉱物の調査を仕事としていた弟の遺体は政府機関が厳重に管理しているという。死因の調査のため政府機関の女性を介して、隔離された弟の遺体の状況が何年にもわたって伝えられる。地球全体にとっても著しく危険な遺体なのだ。「追ってご連絡差し上げます」

子持ちの女と付き合っている。その子どもを連れて動物園に行き、人気の小動物の列に並ぶ。この子どもが可愛げがない生意気なガキだ。「小型哺乳類館」

アカデミーの会員が太古の骨の化石から巨大生物をでっち上げる見世物師を目の敵にする話。「いまの時代の私たち」

ドーベルマン2頭に餌をやって郵便物を取り込むことを、留守にする知人から頼まれた。妹は事故で高次脳機能がやられた兄とともに食品庫に隠れているのだが、犬をおとなしくさせる魔法の言葉を忘れてしまった。さあどうする。「バーバブーン」
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