『ジョイランド』スティーヴン・キング

年老いた編集者が、1973年の夏から秋を回想するかたちの青春小説。
大学生の「ぼく」ことデヴィンは、結構うまくいっていた恋人と「あれ」に至らなかったことが原因ではなさそうだが、振られた。
傷心のデヴィンは、夏休みいっぱい、ノースカロライナの海辺の遊園地ジョイランドで、犬のぬいぐるみを着て動き回る体力勝負のバイトに励むことになった。
そこで、大学生のトムとエリンと親しくなる。

ジョイランド (文春文庫)
ジョイランド
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スティーヴン・キング/土屋 晃 訳
文春文庫  2016年7月

デヴィンは、かつて遊園地の〈ホラーハウス〉で起きた若い女性の殺人事件が頭から離れなくなる。トムは〈ホラーハウス〉で、殺された女性の幽霊を目にしたという。未解決の殺人事件は、ほかの遊園地でも起こっていた。
デヴィンは1年間休学してジョイランドで バイトを続けることにした。表向きは恋人のこと、なにより女性の幽霊を見たかったし、連続殺人鬼を突き止めたいとも思った。

デヴィンはジョイランドへの通勤のさいに、人懐っこそうな車椅子の少年と犬、若い母親に会った。やがて豪邸で暮らすこの美人のシングルマザーに惹かれていく。

キングお得意の、ユーモアとジョークと、たっぷりの皮肉が込められた言いまわしで繰り広げられる純愛ホラーミステリ。『スタンド・バイ・ミー』や『63/11/22』に通じる古き良き時代を舞台にした、切なく心暖まる恋愛物語である。

ジョイランド
11/22/63
書くことについて
幸運の25セント硬貨
1922
ビッグ・ドライバー
スタンド・バイ・ミー』(DVD)

『ラブラバ』エルモア・レナード

マイアミが舞台のせいが、切羽詰まった感がなく大らかに感じられる。フランク・シナトラやロバート・ミッチャムなどが出演する過去のノアール映画のシーンが重ね合わせられ、事件の核心を暗示する。アメリカ探偵作家クラブ賞(MWA、Mystery Writers of America)最優秀長篇賞受賞作(1984年)。

ラブラバ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エルモア レナード
鷲村達也 訳
ハヤカワ文庫 1988年

マイアミ・ビーチでホテルを経営者する老紳士モーリスが、息子ほど年の離れたカメラマンのラブラバを画廊経営者の女性に売り込むところから物語ははじまる。
モーリスは往年の銀幕女優ジーン・ショーンにコンドミニアムを提供している。
30代後半の優男ラブラバは、カメラマンの前は大統領のシークレット・サービスだった。その前は国税疔の査察官(マルサ)だった。
ラブラバが、生涯で初めて夢中になって恋い慕った映画スターがジーンだった。
ラブラバとジーンは、映画の話題で盛り上がる。主人公と結ばれないのは悪女役が多かったからと、ジーンは言う。ラブラバはシークレットサービスだった頃の感がよみがえって、ジーンには危険なことが起こりそうな予感がした。

ジーンには、怪しい男がつきまとう。
大男のノーブルズは、ジーンが住むコンドミニアムの警備会社の警備員で、ジーンと話すようになった。ジーンはノーブルズをキュートと言っているが、ラブラバには危険人物にしか見えない。典型的な社会病質者で、精神的な発達がどこかで止まっていて、何をするかわからない不気味さが漂う男だ。ラブラバはジーンとノーブルズの関係に疑問をもった。
ノーブルズと組むキューバ人のグンドーは、殺人で刑務所に入り脱獄してマイアミにやってきた。悪党でないときは、ゴーゴーダンサーとしてバーで踊っている。
ノーブルズとクンドーは女優を騙して金を巻き上げようとしている。

そして、ジーンのもとに、いかにもノーブルズが書いたと思わせる60万ドルの脅迫状が届く。
ラブラバは後ろで糸を引く人物がいるのではないかと思った。脅迫の手口がジーンが出演した映画に似ているとも思った。

『小暮荘物語』三浦しをん

小田急線の世田谷代田駅から徒歩5分、木造2階建のオンボロアパート小暮荘に関わる人びとを描いた短編連作集。なにかが終わりなにかが始まる、登場人物たちのそれぞれの人生の一コマが、凝縮されて描かれていて、厚い長編の読後感がある。
性が隠れたテーマだ。

木暮荘物語 (祥伝社文庫)
木暮荘物語
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三浦 しをん
祥伝社文庫
2014年10月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

小暮荘の大家は、70歳過ぎにもかかわらずセックスをしたいという強い願望で悶々としている。
同棲中の繭は花屋に勤めている。3年前に姿を消したカメラマンの並木が突然現れて、小菅荘の繭の部屋に居候する奇妙な状況になる。
サラリーマンの神崎は、屋根裏から複数の男が出入りする女子大生の部屋を覗き見することが日課となった。神崎には、だらしないバカ女子大生としか思えない光子は、神崎が覗いていることを知っている。
以上の4名が小暮荘に住んでいる。
その光子のもとに、同級生が生んだばかりの乳飲み子を預けていった。小暮荘の住人はその赤ん坊に振り回される。

トリマーの美彌は、小暮荘の前を通るたびに、庭を走り回る犬にシャンプーをしたいと思っていた。駅の柱に水色のキノコのような突起物が見える者同士の、美彌とヤクザの男は、ヤクザの愛犬を通して交流する。
最近、夫の入れるコーヒーは泥の味がすると、繭は花屋の妻から打ち明けられた。繭と妻は深夜に家を抜け出す夫の後をつけた。
並木は、繭が勤める花屋をストーカーと疑われない程度にチェックしていた。謎の金持ちのニジコは並木に声をかけ、並木はニジコのマンションで寝泊まりするようになる。ふたりは繭の小暮荘からの引越しを遠巻きに見届けて、並木は繭のことが吹っ切れる。

小暮荘物語
舟を編む
舟を編む』(DVD)

『破壊する創造者 ーウイルスが人を進化させた』 フランク・ライアン

ウイルスは、ゲノムの中に入り込んで生物の進化に重要な役割を演じているという「ヒトーウイルス共生進化論」が、本書のメインテーマである。
上橋菜穂子は、本書を読んで2015年度の本屋大賞に輝いた『鹿の王』のアイデアが芽生えたという。

破壊する創造者――ウイルスがヒトを進化させた (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
フランク ライアン/夏目 大 訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫
2014年12月

ヒトゲノム(DNA)は全体で31億文字ある。設計図のDNAからタンパク質を作る過程で作業用のコピーであるメッセンジャーRNAが働く。この「DNA→mRNA→タンパク質」という流れは生命現象の基本で、「セントラルドグマ(中心教条、分子生物学の中心原理)」と呼ばれている。
ところが、「セントラルドグマ」に関わる機能遺伝子は、ゲノム全体のたった1.5%でしかない。そのほかは、過去に感染したウイルスの名残とされるHERV(Human Endogenous RetroVirus ヒト内在性レトロウイルス)が9%、何のために存在するのかわからない LINE(Long Interspersed Nuclear Element 長鎖散在反復配列)が21%、同じく存在理由がわからないSINE(Short Interspersed Nuclear Element 短鎖散在反復配列)が13%、さらに不明な部分が52%もある。
かつてはヒトゲノムの98%は、「ジャンクDNA」と不名誉な呼び方がされていたが、いまでは過去の遺伝子進化の名残、将来の遺伝子進化の予備軍、あるいは遺伝子機能のオン・オフ調節の役目を担っていると見直されている。

現時点で知られているウイルスは、同位種も含めて5000株ほどである。海もウイルスで満ちているとわかったのはほんの最近のことだ。現在では生物の大部分にウイルスが侵入していることがわかっている。その多くが、レトロウイルスと呼ばれるRNAウイルスの一種である。レトロウイルスは、自らのRNAゲノムを逆転写酵素と呼ばれる酵素によって同等のDNAに逆転写し、宿主のゲノムの中に入り込む。
こうした共生体によって進化が起こり、新たな種が生まれたり、器官が形成されることを「共生発生」という。

ネオダーウィニズム(1940年〜)の基礎となったのが「総合説」。「総合説」の3つの要素(自然選択説、突然変異説、メンデル遺伝学)のうち、化学的理論と言えるのは自然選択説だけであり、あとの2つは理論ではなく事実の記述である。
進化遺伝学では突然変異以外にも「遺伝可能な変異」をもたらし得るメカニズムがいくつも見つかっている。例えば、遺伝子は親から子へと垂直に移動する突然変異だけでなく、種から種へと水平にも移動するという。
現在の進化遺伝学は、4つの推進力(突然変異や共生発生、異種交配とエピジェネティクス)と自然選択との相互作用で起きる現象として、進化を捉えている。
カンブリア爆発は、古生代カンブリア紀のおよそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に、突如として今日見られる動物の門が出揃った現象である。カンブリア爆発は、突然変異の時間的なスピードを上げる異種交配が盛んに行われた結果ではないかとの説が有力である。

エピジェネティクスとは、ジェネティクス(遺伝子の働き)を操作するメカニズムであり、本書では「魔神」と呼んでいる。この「魔神」により、個々の遺伝子や時には染色体全体のもつ機能が、DNA配列に変化を生じなくても、生物は変化し得るという。エピジェネティクなプロセスによって遺伝子のスイッチが適切なタイミングでオン・オフされているという。
DNA→mRNA→タンパク質の「セントラルドグマ」は、最近になって何通りもの流れがあることがわかってきた。その流れを決めるのがエピジェネティクスであるという。

また、進化の主体は個体ゲノムではなく、ホロゲノムこそが進化のユニットとする「ホロゲノム進化論(宿主と微生物を合わせて進化ユニットにする)」という仮説を著者は支持している。

なお、解説者によれば、著者が主張する「ヒトーウイルス共生進化論」には未だに賛否両論があり、また比較的新しい概念の「ホロゲノム進化論」は、「総合説」で否定された獲得形質が遺伝するという「ラマルクの進化論」が復活しかねず、根強い反対意見があるのが現状だという。


『そして誰もいなくなった』 アガサ・クリスティー

イギリスの孤島に招待された10人が、マザーグースの童謡のとおりに、次々に殺されていく。しかも、殺されるたびにダイニングにおかれた10個の人形が、ひとつずつ消えていくというクローズド・サークル物の代表作。
原著は1939年に発刊された。原題は、And Then There Were None。
日本語訳は、同年、清水俊二により『死人島』というタイトルで、雑誌『スタア』に連載された。

招待主が姿を現さないまま、初日の晩餐がはじまった。 晩餐が終わる頃、「あなた方は、次に述べる罪状で告発されている」と、レコードから甲高い声が流れた。誰もが脛に傷もつ身なのだ。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー/青木久惠 訳
ハヤカワ文庫
2010年11月

晩餐のあと無軌道な若者(自動車で子ども2人を轢き殺した)が毒殺された。翌朝、執事の妻(発作を起こした老女を見捨てて死なせた)がベッドの中で死んでいた。海は荒れ始め、残った者たちは島から脱出できないことを知る。
海辺にいた退役将軍(妻の愛人の部下を死地に向かわせた)が後頭部を殴打され殺された。
殺人が起こるたびに人形がひとつずつ減っていく。
残った7名は、島へ招待されたのは自分たちを殺すためであり、自分たちの中に犯人がいると思うようになった。
そうこうしているうちに、蜂の刺傷騒ぎに乗じて、年増女(使用人に厳しく当たり自殺に追いやった)が毒薬を注入され殺された。
翌朝、執事(妻と同じように、発作を起こした老女を見捨てて死なせた)が洗濯室で後頭部を斧で割られて殺された。老判事(陪審員を誘導して無実の被告に死刑判決を出させた)がピストルで額を撃ち抜かれ殺された。そして医師(酔って手術をして患者を死なせた)が海で溺死した。
残った3人はそれぞれが殺人鬼ではないかと疑心暗鬼に陥る。
元警部(無実の人物に銀行強盗の罪を負わせ死に至らしめた)は大理石のクマに押しつぶされた。元陸軍大尉(アフリカで食料を奪い21人を死なせた)は女教師とのピストルの奪い合いで射殺された。
そして女性教師(病弱な子供を泳がせ溺死させた)は首を吊って自殺した。

スコットランド・ヤードが館を捜査すると、首を吊るために足台として使った椅子が、壁際に片付けられていた。殺害されたもののうち何人かが日記を書いて、おおよその謎が解決したが、どうしても辻褄が合わないことがあった。 そして、トロール船の船長から犯人の手記と思われる文書がスコットランド・ヤードに送付され謎が解ける。

恐怖感や緊迫感が希薄なのは翻訳のせいだろう。言い回しが軽い。
女性教師が過去の事件を振り返る場面を、青木久恵と清水俊二との訳と比較してみると、それがわかる。
〈夏休み前の学期は、本当にしんどかった。ヴェラ・クレイソーンはつくづく思った。〉青木久恵 訳
〈はげしい教師の勤めに疲れきっていたヴェラ・クレイソーンはいつも考えるのだった。〉清水俊二 訳
京都弁の「しんどかった」はイエローカードだろう。

そして誰もいなくなった』1939年
さあ、あなたの暮らしぶりを話して』1946年
アクロイド殺し』1926年

『露の玉垣』乙川優三郎

頻繁に水害に見舞われる越後の小藩・新発田藩が舞台。
藩は水害や飢饉による財政難に喘ぎ、藩主も武士も農民も経済的に逼迫した状況から逃れられない。
実在の人物であった溝口半兵衛(1756〜1819)は、新発田藩の正史『御記録』を編纂し終えた後、藩士たちの家系譜の編纂にとりかかった。家系譜『露の玉垣』の誕生までには20有余年がかかった。
著者はこの生きた史料をもとに、彼らの魂に忠実な物語を書こうと思ったという。

露の玉垣 (新潮文庫)
露の玉垣
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乙川 優三郎
新潮文庫  2010年7月

(表紙絵は雪の清水園を描いたもの)

「乙路 」 天明6年(1786)
外様の小藩・新発田藩が直面している問題は水害と財政難だった。
31歳の溝口半兵衛は、いきなり家老役組頭を仰せつかった。
半兵衛は、勘定奉行の板倉平次郎とともに借金の普請に近郷の豪農に向かう途中、家臣の譜を編むことを告げた。
「新しい命」寛文8年(1668)
岡四郎右衛門のお役目は掛蔵地区の細工所預かり。周囲から吝嗇と嫌われているのではないかと思うようになった。
そんな四郎右衛門の家から出火し、本丸まで焼けた。切腹を覚悟したが、所払いの沙汰で済んだ。夫婦の出立にあたり、思ってもみない多くの人から声をかけられ、餞別も受けた。
「きのう玉蔭」宝永3年(1706)
代官になった遠藤吉右衛門は、足軽長屋から中曽根に越して来て、ここなら野菜をたっぷり作れると喜んだ。吉右衛門は、下僕だった頃、新造の橘(きつ)に想いを寄せていた。すでに結婚をし7歳の息子がいる吉右衛門は、庭で野菜を作って親しい人におすそ分けをすることが楽しみであった。離縁された橘が病気で臥していると知った吉右衛門は、野菜を担いで見舞いに出かけていった。
「晩秋」享保15年(1730)
清左衛門は、53歳で元〆役を御役御免となった。かつては用人として家老を罷免するという役目を果たしたこともあった。清左衛門は余生の生き方を模索する。
「静かな川」元文元年(1736)
加治川の土手が決壊したが藩には金がない。二人の奉行の内密の話に佐治右衛門も同席せよという。佐治右衛門が感じたことは、贅肉をそぎ落とした二人の奉行の生き様だった。
「異人の家」寛保元年(1741)
茫洋として捉えどころのない元中老の男・山庄小左衛門は有能な半面・恐ろしく薄情で気短な異人として知られていた。
「宿敵」宝暦11年(1761)
夫の弟が自分の弟を切り殺したと、年は聞いた。実弟の横死と義弟の断罪に心が揺れる。その事件の根底には逃れられない貧困があった。
「遠い松原」寛政元年(1789)
家臣の譜を編みはじめて4年になる。
水損は5万石を超えた。5万石の藩で5万石を失えばどうなるか。水難に完膚なきまでにやられても前に進むしかない。半兵衛は家系譜『露の玉垣』の編纂を遂行した。

『がんー4000年の歴史ー』シッダールタ・ムカジー

著者は1970年インド•ニューデリー生まれのがん研究者。スタンフォード大学・オックスフォード大学・ハーバード•メディカル•スクールを卒業し、現職はコロンビア大学准教授という華々しい経歴の持ち主である。
著者が「がんの自伝」と位置づけする本書は、次がどう展開するかわくわくさせる上質のミステリようだ。2010年ピューリッツァー賞受賞作。
著者の究極の目的は、いつかがんが終焉を迎える日がくるのかという疑問を投げかけることにあるとする。 上巻の巻末には著者へのインタビューが載っている。

がん‐4000年の歴史‐ 上 (ハヤカワ文庫NF)
シッダールタ•ムカジー
田中 文 訳
早川NF文庫
2016年6月
がん‐4000年の歴史‐ 下 (ハヤカワ文庫NF)
シッダールタ•ムカジー
早川NF文庫
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紀元前2625年前後に活躍したエジプト人医師イムホテプの書いた本に、はじめてがんについての記載がある。乳房の隆起するしこりについて「治療法はない」と書かれている。
紀元前400年頃、医聖ヒポクラテスは、人体は四つの主要な液体、血液、黒胆汁、黄胆汁、粘液で構成されていると提唱した。そして、がんを「カルキノス(カニ)」と名づけた。周囲の拡張した血管をしっかりとつかんでいる腫瘍の姿から、脚を伸ばし、輪を描きながら砂を掘り進んでいくカニを連想したのだ。
このあと、紀元160年前後のローマ帝国時代に活躍した医者で著述家のクラウディウス・ガレノスが、がんはヒポクラテスの唱えた黒胆汁が貯留し密度の高い塊になったものであるとし、18世紀までこの珍説がまかり通っていた。

19世紀になって、熱血宰相ビスマルクの政敵であった病理学者のルドルフ・ウィルヒョウによって、「がんは細胞の異常な増殖による〉と、やっと正しく理解されるようになった。
20世紀に入ると、がんの本質を理解することなく、医師たちは根治的な治療を試みようとした。外科医のウィリアム・ハルステッドは、乳がんに対し大胸筋を剥ぎ取り、腋窩•頸部•鎖骨窩リンパ節まで徹底的に郭清する根治的乳房切除術を行った。しかし、根治手術を信奉するあまり、正しい手術が施されれば、患者の病気は間違いなく局所的には治癒するわけで、外科医が責任を持つべきは唯一その点だけであると、外科医のおごりともいうべき無責任なことをハルステッドの弟子は言った。
内科医のシドニー・ファーバーは白血病に細胞毒を極限に近い量を用い、一時的にあるいは生涯の寛解を得た。このあと、白血病を中心に次々と薬剤が試され、多剤併用療法へとつながっていく。
手術や化学療法のほかに、放射線照射も早くから試みられた。レントゲンがX線を発見してほぼ1年後の1896年に、シカゴの医学生エミール・グラッペは乳がんの局所再発に対しX線照射を行ない、腫瘍は潰瘍をつくり硬くなり縮むことを経験した。
一方、がんと戦うには膨大な資金が必要であり、そのためには政治を動かさなければならないと、慈善家のメアリ・ラスカーは八面六臂の働きをした。

がんの原因を排除する動きも出てきた。
1950年代なかば、リチャード・ドールとブラッドフォード・ヒルはイギリスの医師59,600人にたばこと疾患に関する調査票を送付して、40,1024人から回答を得た。肺がんで亡くなった38人は全員喫煙者であった。
こうして肺がんにたばこが関与していることが明らかになったにもかかわらず、そのあとたばこ業界との長い期間のうんざりするほどタフな闘いがあった。
さらに、肝がんや子宮頸がんを誘発するウイルスが同定されワクチンが作られた。
1980年代になると、きわめてまれなカポジ肉腫がゲイの男性エイズ患者に多発した。
そして、批評家であり作家であるスーザン・ソンタグは、がんと同じくエイズも、ただの生物学的な疾患ではなく、もっとずっと大きな何かー懲罰的な隠喩に満ちた、社会学的、政治学的な何かーになりつつあると書いた。

20世紀末から21世紀にかけて、分子生物学の進歩により、がんの根本的な原因が明らかにされるに至った。
がんが成立するには、遺伝子の突然変異が複数個生じる必要がある。
最近では次世代シークエンサーという、DNAの塩基配列を効率よく決定する装置が開発され、網羅的な解析が可能となった。
また、がんをがんたらしめている「ドライバー変異」と呼ばれる主要な遺伝子変異をみつけ(意義が少ない変異は「パッセンジャー変異」)、そこに照準を定めて分子標的治療薬を選んで使用するようになってきている。

著者は冒頭で投げかけた疑問に応えている。がんはその特性から撲滅されることは永遠にありえない、がんと人類は永遠に戦い続ける運命にあるという。
われわれは死を排除するよりも、生存期間を延ばすほうに集中したほうがいいのかもしれない。がんとの闘いに「勝つ」最良の方法は、勝利を定義し直すことなのかもしれない、という。

『ふたり女房』京都鷹ヶ峰御薬園目録 澤田瞳子

豊富な知識に裏付けされた緻密な設定で、移り変わる京都の四季のなかに物語が展開される。溢れでんばかりのアカデミズムが魅力だ。
京都鷹ヶ峰御薬園目録シリーズの第一弾。

ふたり女房: 京都鷹ヶ峰御薬園日録 (徳間時代小説文庫)
澤田 瞳子
徳間文庫 2016年1月

主人公・真葛(まくず)の母方の祖父・従四位下左兵衛佐・棚倉静晟(しずあきら)は、娘の倫子(のりこ)と南山城の農家の出身である医師・玄巳(げんい)との仲を激怒し、娘を義絶した。
夫婦が水入らずの暮らしを始め、娘の真葛を授かり3年がたったときだった。玄巳が何日か留守をしたさいに、倫子が流行風邪をこじらせて、あっけなく亡くなった。
玄巳は、3歳の真葛を鷹ヶ峰御薬園の名医・藤林信太夫に預け、勉学の目的で長崎に向かい行方知れずとなった。
真葛が5歳のときに、信太夫が書をしたため、それまでの経緯を棚倉家に伝えたが、静晟からの回答はなかった。その代わり、年に1度米1俵と味噌1樽の真葛の食い扶持を、一方的に届けてくるようになった。

「人待ちの冬」
成田屋は先代が亡くなり娘婿に代わってから、すこぶる評判が悪い。
成田屋の奉公人お雪からの便りは絶えたまま。棚倉に仕える平馬は、真葛に、お雪が人に会わない理由を探ってくれるようにと願い出る。
「春愁悲仏」
患者は、真葛の煎じる薬が効かないと、仏像を削って薬として病人に与える坊主・忍円に頼っているという。
「為朝さま御宿」
匡のひとり息子・辰之助が、疱瘡に罹った。三条西家の次男実季の疱瘡は重篤である。辰之助の容態は山越えたが、実季は亡くなった。そして、実季の乳母が姿を消した。
「ふたり女房」
浪人の広之進は、江戸で狼藉者に絡まれていた男を助けたのが縁で、男の娘である強烈な気性の汐路の婿になった。新発田藩京詰めのお役目となったが、京には夫の帰りを待ち光穏寺で病気療養をする妻がいた。光穏寺の様子を伺う不審者が出没していた。
「初雪の坂」
氷室屋のご隠居が薬草園の薬を飲んで殺された。
薬を渡したのは安養寺の住職・範円。範円に毒芹を渡したのは年長の孤児•小吉だった。
「粥杖(かゆづえ)打ち」
禁裏の粥杖打ちの行事で、粥杖で伏見宮様に尻を 叩かれたお竹が妊娠したという。
書肆・佐野屋の娘・お竹は、医者になりたくて産医の賀川満定にその旨を願い出ていたが、満定は断っていた。いったい父親は誰なのか?お竹は産むという。

師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間書店/2015年
ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間文庫/2016年
京都はんなり暮らし/徳間文庫/2015年
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記/光文社/2015年
若冲/文藝春秋/2015年
満つる月の如し 仏師・定朝/徳間文庫/2014年
泣くな道真 ―太宰府の詩―/集英社文庫/2014年

『赤ひげ横丁』人情時代小説傑作選 縄田一男選

時代小説・歴史小説の評論の第一人者・縄田一男によるアンソロジー。
名だたる書き手による江戸時代の「医」にまつわる短編を集めた珠玉選。

赤ひげ横丁―人情時代小説傑作選 (新潮文庫)
縄田一男 選
新潮文庫  2009年10月

「徒労に賭ける」山本周五郎
療養所の医師・新出去定(にいできょじょう)は、ボランティアで岡場所の娼婦たちを検診をしている。ところが娼家と結託した医師たちが去定を妨害する。去定は5人の暴漢を手荒すぎるほどに返り討ちにした。
「介護鬼」菊地秀行
妻の高は夫・景八郎の手を借りて厠へ行く以外は寝たきりの老女になってしまった。
景八郎が介護する。3年経ったある日、娘が介護人の志代を連れてきた。志代は高の介護と景八郎の世話に働いた。武士の親子が景八郎に女(鬼)をかくまっていないかと訊く。
「向椿山」乙川優三郎
庄二郎は、5年前に種痘の技法を学ぶために水戸に留学した。
16歳だった美佐生とは夫婦の契りは交わしていないものの、待っていてくれると思っていた。ところが、美佐生は生け花の師匠と関係を持ってしまっていた。
「眠れドクトル」杉本苑子
長崎の丸山遊郭に検梅所を設立し運営しようとするイギリス人・ニュートン先生と娼婦たちの攻防をユーモラスに描く。
「鬼熊酒屋」『剣客商売2 辻斬り』より 池波正太郎
死と隣り合わせの壮絶な喧嘩人生を送る居酒屋主人を描く。

『師走の扶持』澤田瞳子

薬草を育成し乾燥させ販売したり、調合して服用させたりする薬草師という特殊な職業の女性を主人公にした、澤田瞳子の短編連作集第2弾。
元岡真葛(まくず)は、京都鷹ヶ峰で幕府直轄の薬草園を営む藤林家に養われている女薬草師。その技量は医師すら一目おく。
まだ23歳の真葛がそうした技量を習得したのは、幼い頃から、飽くなき探究心を持って、薬草園の仕事に好んで携わったからに他ならない。

真葛の父・玄巳(げんい)は、3歳の真葛を薬草園の藤林信太夫(のぶだゆう)に託し、医術の研鑽のため長崎に赴く途中で行方知れずとなった。それ以来、信太夫が養父となった。
子持たずの信太夫は、匡(ただす)を妻子ぐるみで養子に迎え藤林家6代を継がせた。
信太夫が亡くなると、後を追うように妻が亡くなり、真葛は薬草園を出ることを考えたが、匡から懇願され薬草園にとどまることになった。

師走の扶持: 京都鷹ヶ峰御薬園日録 (文芸書)
澤田 瞳子
徳間書店
2015年11月

「糸瓜の水」
小石川御薬園の岡田家と隣り合わせの芥川御薬園の芥川家は犬猿の仲。道端で倒れている岡田家の奉公人・辰次の母親を真葛は芥川家に連れていって、薬草を煎じて飲ませた。ところが、処置のあとその母親が瀕死の容態となる。
「瘡守」
餅屋で見かけた旅籠千鳥屋のお佐和は梅毒にかかっていた。夫に冷たくされているという。真葛が千鳥屋の夫を見る限り、妻を邪険にするような人物ではない。真葛は夫婦の危機を救う。
「終の小庭」
真葛は隠居を控えたお供の喜太郎を娘夫婦の家に連れて行く。娘夫婦が居留守を使う理由は?
「撫子ひともと」
義姉の初音が持ってきた縁談の唐突さに、23歳の真葛は鼻を曲げた。そんな真葛のもとに、妊娠した娘が相手からもらった丸薬を持って現れる。奇しくも真葛の縁談の相手が娘を妊娠させた男だった。
「ふたおもて」
定平はもと加賀藩藩医だった。30過ぎに職を辞し、京で薬屋亀甲屋をはじめた。店を息子に任せ、もっぱら生薬の仕入れに諸国を旅していた。定平は藩医だった頃、世話になった医師・影山の妻お通に出会う。落ちぶれて旅籠の飯炊き女に身をやつしていたお通の面倒をみることにした。
「師走の扶持」
真葛は、咳の止まらぬ患者の往診を頼まれた。患者は真葛の叔父御にあたる人物。深刻な後継問題を抱えていた。

師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間書店/2015年
京都はんなり暮らし/徳間文庫/2015年
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記/光文社/2015年
若冲/文藝春秋/2015年
満つる月の如し 仏師・定朝/徳間文庫/2014年
泣くな道真 ―太宰府の詩―/集英社文庫/2014年

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