『緋色の研究』コナン・ドイル

1887年に発刊された、シャーロック・ホームズ・シリーズの記念すべき第1作目。
冒頭で、ワトソン医師がロンドンでホームズと一緒に暮らすに至った経緯が語られる。
第2次アフガン戦争(1878年〜80年)に軍医として出兵したジョン・H・ワトソンは、肩を射抜かれ、その後腸チフスに罹り、ひどく憔悴してイギリスに帰国した。
〈大英帝国の隅々から暇をもてあました有象無象が流れこんでくる。巨大な汚水溜めともいうべき大都会〉という状況のロンドンにホテル住まいをしていたが、軍からの給与では足りなくなり、手頃な家賃の下宿を探すことになった。

緋色の研究 (角川文庫)
緋色の研究
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コナン・ドイル/駒月雅子
角川文庫  2012年
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ワトソンは友人からシャーロック・ホームズを紹介され、「ベーカー街221B」の一軒家をふたりで借りることになった。ホームズは、鋭い観察眼をもち、バイオリンを愛し、化学実験を趣味とする博識家であり、しかも棒術・剣術、ボクシングに熟達している。スコットランド・ヤードから一目置かれ、捜査の依頼が舞い込む異才の男である。

アメリカ人男性の遺体の検分をスコットランド・ヤードから依頼されるが、気乗りのしないホームズはワトソンにせっつかれて、やっと重い腰をあげたのだ。やがて、2人目のアメリカ人男性が殺される。

舞台は殺人事件人のロンドンから、一気に、屈強な男と5歳の少女が流浪するアメリカの大平原に飛ぶ。時間も20年ほど後戻りする。乾燥地帯をさまよう2人は、西部をめざして進む1万人のモルモン教徒の大集団に助けられ、ソルトレーク・シティで暮らすようになる。

男はモルモン教の一夫多妻制を嫌った。一夫多妻は女性が足りなくなるのは目に見えている。長老に睨まれた男たちはいつの間にか殺されていなくなる。いなくなった男の妻たちは、長老の意のままに配分されるというようなことがまかり通っていた。

意に沿わないながらモルモン教徒となった男(義父)と娘の前に、若者が現れ、娘と婚約する。ところが、教祖のブリガム・ヤングは異教徒との結婚は許さないという。義父は殺され娘は無理やりモルモン教徒に嫁がされるが、1週間も経たぬうちに娘も命を落としてしまう。
異教徒の男は婚約者を死に追いやった2人のアメリカ人を追いかけて、産業革命が進むロンドンに現れたのだ。
という強引なストーリーなのだ。

本書でのモルモン教への批判は痛烈である。のちに著者はソルトレーク・シティを訪れ、モルモン教指導者と和解しているという。
ところで、『緋色の研究』というタイトルは何を意味しているのか?
〈・・・(この事件の解決は、)名づけて『緋色の研究』だな。この気取った美術用語もまんざら捨てたもではないだろう?人生という無色のもつれた糸の束には、殺人という緋色の糸もまじっている。僕らの仕事は、糸の束を解きほぐして緋色の糸をより出し、端から端までつまびらかにすることなんだ。〉というホームズの言葉からきている。→人気ブログランキング

『マンモスを再生せよ』ベン・メズリック

ハーバード大学のジョージ・チャーチ教授の研究室では、約4000年前に絶滅したケナガマンモスの再生プロジェクトが進行している。本書はプロジェクトの進捗状況やライバルチームの動向、チャーチの生い立ちや取り組んできた様々な研究について、物語風に描いている。

合成生物学分野の第一人者であるチャーチの研究室には世界中から優秀な研究者たちが常時90人ほど集まっている。チャーチが手がけた多くの研究は常に時代の最先端を行く研究である。

マンモスを再生せよ ハーバード大学遺伝子研究チームの挑戦
ベン・メズリック
文藝春秋
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チャーチが取り組んできた、あるいは現在も取り組んでいる、研究のテーマには次のようなものがある。
短時間に低価格でDNA解析ができる「次世代シーケンサー」の開発。
大勢の有志のゲノムを解析してデータベース化し、病気や健康状態に特化した治療法を開発する「個人ゲノム研究計画」。
ブタにヒトの肝臓の遺伝子を埋め込み臓器移植用の肝臓を作る。
マラリアを媒介しないよう遺伝子操作された蚊を巨大なドームの中で試す(遺伝子ドライブ)。
老化に逆行するハダカデバネズミの研究。
人工合成生物の作成。(→『合成生物学の衝撃』須田桃子/文藝春秋/2018年)

具体的なケナガマンモス再生計画は次の手順で進められる。
シベリアの凍土の中に冷凍された状態で発見されるケナガマンモスのDNAの解析をする。できるだけダメージの少ない良質なサンプルが必要である。
ゲノムのうち、ケナガマンモスの特徴的な毛、耳、皮下脂肪、ヘモグロビンの遺伝子を探す。これらの遺伝子の役割をノックアウトマウスで確認したのち、アジアゾウの幹細胞に埋め込み、人工子宮に着床させるというもの。アジアゾウをケナガマンモスに近づけていこうとする計画である。

チャーチは絶滅動物のうち、なぜケナガマンモスを再生させるのかという、確固たる理由が欲しかった。ロシアの北東科学センター所長セルゲイ・ジモフの研究から、ケナガマンモス再生プロジェクトを前に進める根拠を得たのだ。
現在、地球温暖化により永久凍土が溶けつつある。永久凍土が溶ければ、そこに何万年も前から凍りついていた有機物を微生物が分解し、二酸化炭素とメタンが発生し地球温暖化が加速される。永久凍土層の崩壊を止めるためには、永久凍土を踏み固めて、温度を下げておく必要がある。その踏み固め役としてケナガマンモスをはじめとする寒冷地で生息する草食動物が必要なのだ。それがセルゲイ・ジモフのいう「氷河期パーク」である。今は戦車で踏み固めているという。
この説は説得力に欠けるが、環境保護の観点からケナガマンモス再生は意義があるというのだ。

ケナガマンモス再生計画を推し進める上で新たに見えてきたことがある。
それはゾウのDNAに隠された癌への抵抗力である。ゾウやクジラなど巨大な動物には癌が発生しにくい。これは癌治療に結びつく謎が隠されている可能性がある。
もう一つは、悪性のヘルペス・ウイルスによりアジアゾウが絶滅の危機に瀕していることがわかった。チャーチたちはゾウのヘルペス・ワクチンを作ろうとしている。→人気ブログランキング

マンモスを再生せよ/ベン・メズリック/文藝春秋/2018年
合成生物学の衝撃/須田桃子/文藝春秋/2018年
ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃/小林雅一/講談社現代新書/2016年
マンモスのつくりかた/ベス・シャピロ/筑摩書房/2016年
サイボーグ化する動物たち/エミリー・アンテス/白揚舎/2016年

『IQ』ジョー・イデ

通称IQと呼ばれるアイゼイア・クィンターベイは、ロサンゼルスに住むもぐりの探偵である。アイゼイアがどのようにして探偵になったかの過去(2005年〜06年)と、事件を捜査する現在(2013年)のふたつの時間軸で物語は進行する。
本作は、2017年、ミステリ文学賞の最優秀新人賞を立て続けに受賞した。さらにアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞および英国推理作家協会(CWA)賞にもノミネートされた。登場人物のキャラクターがよく書けている傑作だ。
すでに第3弾まで出版されている「IQシリーズ」の第1弾。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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ジョー・イデ/熊谷千寿 訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
2018年6月
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頭脳明晰なアイゼイアは目の前で兄が交通事故で亡くなってから経済的に立ち行かなくなり、高校を中退せざるを得なくなった。中退後は様々な職業に就き、探偵業に必要なノウハウを身につけていった。ボランティアのつもりで揉め事をm引き受けているうちに、評判が評判を呼んで、大きな事件の解決を頼まれるようになった。
相棒を組むドットソンは、兄亡き後、家賃の支払いに苦労していた時に、アパートに転がり込んできた高校時代の同年生。腐れ縁でつながるチビの小悪党だが憎めない性格だ。

依頼された事件は、ラップ・ミュージシャンの超大物カルの命を狙う相手を突き止めること。スランプに陥っているカルは、アルコールと薬漬けで自宅に引きこもる日々が続いている。レコード会社のオーナーや取り巻きはニューアルバムの作成に取り掛からせようと躍起となっているが、カルは使い物にならないくらいに憔悴している。

アイゼイアとドットソンは、ロサンゼルスの高級住宅地にあるカルの豪邸に向かう。そこで見せられたのは、防犯カメラのビデオに収められた、巨大なビット・ブルに襲われ間一髪で逃げおうせたカルの姿だった。カルはこの襲撃の裏には前妻がいると見ていた。

アイゼイアはシャーロック・ホームズばりの推理で犯人をつきとめた。犯人は犬のブリーダーで殺人巨大犬を飼っている、銃のコレクターの自称スキップ。高校生の時から犯罪歴があって、叔父の銃砲店に勤めたことがあるが、銃の横流しで逮捕されている。なんでもやらかすソシオパスだ。スキップを操る黒幕がいる。
巨大犬はシャーロック・ホームズ・シリーズの『バスカヴァル家の犬』をイメージしているのだろう。

アイゼイアには悔やんでも悔やみきれないことがふたつある。これは次作に受け継がれていくのだろう。
ひとつは、兄を目の前で死なせてしまったこと。もうひとつは、黒人とメキシカンのギャング同士の攻防戦で、幼かったフラーコの頭を流れ弾が貫き、半身不随にさせてしまったことである。
アイゼイアはグループホームから社会に出てくるフラーコの面倒をみるために、コンドミニアムを手に入れようとしている。そして兄を轢いたホンダ・アコード・プレミアムに乗っていた人物を必ず探し出すと心に誓っている。→人気ブログランキング

『ナンシー関の耳大全 77』武田砂鉄 編

ナンシー関の芸能評論はもはや伝説である。
かなりきつめの芸能人評には、一言一言にごもっともとうなづいてしまう。切り口は鋭く独創的で、比喩は的確、神がかっているといってもいいくらいの説得力だ。時差はあっても古さはない。それだけキモを掴んでいたということだ。
もちろん現れるはずもないのだが、未だにをナンシー関に比肩するテレビ批評家は現れていない。芸能人を誰彼かまわず俎上にあげて切りまくり、見方によっては喧嘩を売っているという意味でだ。
ナンシー関の代名詞だった消しゴム版画は多色刷りになり、プチジャンルとして確立されつつあるようだが。。

ナンシー関の耳大全77 ザ・ベスト・オブ「小耳にはさもう」1993-2002 (朝日文庫)
ナンシー関
朝日文庫
2018年8月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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本書は『週刊朝日』に掲載されたコラム「小耳にはさもう」の450編ほどから、選りすぐりの77編を、武田砂鉄が選んだ。武田砂鉄は何者なのか? 以下wikipediaより。
〈フリーライター。……2015年4月、初の著作『紋切型社会』を上梓。同書で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。2016年3月には第9回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞した。〉
巻末には、編者が本書を編むに至った経緯が、「わたしたちの大切な公文書」というタイトルで、長めに書かれている。〈半永久的な(ナンシー関の)文書の賞味期限を更に先延ばしにしたいと思った。〉というのが動機だ。

ナンシー関らしさが横溢する文章を以下にピックアップする。
1993年に、川崎麻世との不倫が発覚したときに、斉藤由貴の記者会見について書いたもの。
〈こういう言い方はどうかと思うのだが、(斉藤由貴)は「目がイッてしまっている人になっていたのである。
今回の記者会見でも、斉藤由貴は「イッた目」をしていた。何か質問をされると、斉藤由貴は視線を虚空にさまよわせたまま、どことなくポエジーな言葉つきの答えを「イッた目」のまま発するのだ。……
芝居の役を演じたときに、"人が変わる""何かが憑く""トランス状態になる"というようなことを、特に舞台役者においては「天賦の才」と尊ぶようである。……
斉藤由貴の目のイキ方はそうゆう職業病のレベルではなく、もっと大変なものだ。何つったらいいのか、自己を過剰に認識するあまりに、とでも言おうか。それは演劇部の女子高生なんかにもいるタイプである。技術がないから臭い新劇じみた表現になってしまったりするのと同じように、斉藤由貴も器量がないから目にばかりが出ちゃうんだろう。〉そして、斉藤由貴に詩を書くことを勧めてコラムは結ばれる。
このコラムの行間には、〈こいつまたやるぞ、きっと。〉というニュアンスが隠れているように思う。 →人気ブログランキング

ナンシー関の耳大全 77/武田砂鉄編/朝日文庫/2018年
語りあかそう/ナンシー関/河出書房文庫/2014年

『予告された殺人の記録』 G・ガルシア=マルケス

27年前に起こった殺人事件を、住民の証言をもとに力強い文体で描写する中篇小説。そのジャーナリスティックなアプローチは、トルーマン・カポーティの『冷血』を彷彿とさせる。
1987年に、フランスとイタリアの合作で同名のタイトルで映画化されている。
新装されたカラフルないかにもラテン風のカバーが物語を象徴的に表している。

舞台はコロンビアの辺鄙な河沿いの町。
衆人環視の中で殺人が起こる。しかも、人びとは殺人が起こることを知っていた。双子の兄弟は人を殺すことをあたり構わずに何人もに話をしていて、むしろ誰かに犯行を止めてもらうための努力を思いつく限り試みたというのが真相らしい。兄弟は犯行前に多量のアルコールを摂取した。

予告された殺人の記録 (新潮文庫)
G. ガルシア=マルケス/野谷文昭
新潮文庫
2001年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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町を上げての婚礼の翌朝、処女でないことを理由に新婦が実家に帰された。母親が娘に問い詰めると、ハンサムな青年の名前を口にした。玉の輿にのせようとした母親らの説得に負けた形の意にそわぬ結婚であったから、産婆から新婦の初夜での戦略を伝授されたにもかかわらず、娘は開き直ったのだ。
過去に、娘とその青年が会っているところを目撃した者は誰もおらず、娘は大切にしていた男を守ったのだ。

よそ者の新郎だけが金持ちの裏切り者として人びとの記憶に刻まれた。彼以外の悲劇の登場人物たちは、自分たちに割り当てられた役回りを、ある種の威厳をもって演じたと言える。濡れ衣かもしれないが、殺された青年は陵辱の罪を死によってあがない、兄弟は自分たちが男であることを証明した。その結果、辱しめをうけた娘は名誉を回復した。

話はここで終わらない。
人目を避けてひっそりと暮らす出戻り女は、あろうことかその金持ち男に恋をしてしまう。そして手紙を送り続けた。
何年も経ったある日、船から一人の男が降り立ち、袋から大量の手紙を取り出した。女の前に姿を現わした男は今は初老となったかつての新郎であった。

後半に明らかにされる生々しい殺害のシーンで、ナイフで滅多刺しにされて腸をぶら下げて断末魔の苦しみにあえぐ男の壮絶な様は、『壬生義士伝』(浅田次郎著)で、満身創痍の主人公が自害する最期に重なる。どちらも、面目を保つための「大義」が死に至らしめる理由である。→人気ブログランキング

『新撰組の料理人』 門井慶喜

主人公の菅沼鉢四郎は、剣の方はからっきしダメで、妻を手助けするため、離乳食を作ることで料理の腕を磨いたという、いささか強引な設定。
厨房から見た新撰組記である。

京の南半分が焦土と化した蛤御門の変(1864年8月)で、鉢四郎は妻子と生き別れになる。十番組組長の原田左之助に賄い役として新撰組に強引に入隊させられた。
被災者に薩摩藩が粥を振舞ったことに対抗して、会津藩も炊き出しをやるという。
鉢四郎は粥ではなく握り飯を振舞うことにした。大好評だったが、近藤勇は鉢四郎に切腹を命じた。握り飯はやりすぎで、新撰組が大金持ちと民に思われてしまったというのが理由。トリックの切腹で難を免れた。「新撰組の料理人」

新選組の料理人
新選組の料理人
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作者: 門井慶喜
出版社/メーカー: 光文社
発売日: 2018/5/17
メディア: ソフトカバー
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鉢四郎に嫁の消息を調べる大阪行きのチャンスが巡ってきた。過激浪士の活動拠点であるぜんざい屋に、鉢四郎が密偵として住み込むという計画。ぜんざい屋で交渉をしているうちに素性がばれて這々の体で逃げ出す。
それより、妻が船問屋の牧野屋の嫁に収まっているという、鉢四郎にとってあまりにもショッキングな現実が判明したのだ。「ぜんざい屋事件」

隊士は独り者でなければならないと言って憚らなかった原田左之助が、なんと屯所で祝言を挙げた。婚礼の宴の後、二次会で近藤と新郎たちが寺田屋に訪れた。その後も、左之助は坂本龍馬の動向を探るために寺田屋に出かける。
近藤は寺田屋に現れた龍馬を新撰組に誘ったが、返事をもらわないまま襲撃された龍馬は薩摩屋敷に逃げ込むのだった。これで龍馬は新撰組の敵になる。「結婚」

左之助の3カ月の息子がさらわれた。
左之助は子どもを可愛がらないから、自作自演ではと疑われる。隊士の中に犯人がいると鉢四郎はにらむ。さらわれた子どもを巡って、もともと仲の悪い斉藤一と左之助が斬り合ったが、犯人は意外な人物だった。「乳児をさらう」

粛清だの自己批判だので殺傷沙汰や切腹が日常的に行われる新撰組の屯所は、近くに引っ越してこられたら、これほど迷惑なものはない。はじめは壬生に、次に西本願寺社内に、そして洛南の不動村に移った。
鉄砲や大砲が戦闘の主流を占めるようになり、広い場所が必要になったのだ。剣の腕がいくら凄くとも大砲や鉄砲には勝てない。組から隊に変貌する必要がある。
そんな折、大政奉還(1867年11月)となった。2日後、会津藩より新選組に、京洛の地を引き払えという命令が下された。300名の隊士たちはとりあえず大阪の天満宮へ向かう。「解隊」
という連作短編の新撰組盛衰記。→人気ブログランキング

新撰組の料理人/門井慶喜/光文社/2018年
マジカル・ヒストリー・ツアー/門井 慶喜/角川文庫/2017年
銀河鉄道の父/門井 慶喜/講談社/2017年
家康、江戸を建てる /門井慶喜/祥伝社 2017年

『アムステルダム』イアン・マキューアン

中心にいる女性と関わっていた男たちの目線から物語が語られる。
2月のロンドン、極寒の中で行われたモリーの葬儀に参列したかつての恋人たちの様子から物語は始まる。モリーは夫がいる身だが奔放だった。
恋人たちとは、イギリスの国民的作曲家のクライヴ、大手新聞社の辣腕編集長のヴァーノン、外務大臣のガーモニー。

アムステルダム (新潮文庫)
アムステルダム
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イアン・マキューアン/小山太一 
新潮文庫  2005年
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金に不自由のない出版社社長のジョージはモリーから冷たくされたが、夫として認知症が急速に進行したモリーを看取った。人々がまだモリーを見舞いたがった病気が初期の頃、ジョージは見舞客を選別した。外務大臣と同様、クライヴとヴァーノンは見舞いを許されなかった。ふたりはジョージを恨んでいる。

発行部数を伸ばすために悪戦苦闘するヴァーノン、千年紀までに交響曲を完成させなければならないクライヴ、そうした中で苦悩するふたりの日常が描かれる。クライヴはモリーのようになったら、最期は旧友のヴァーノンに看てほしいと言うくらいふたりの仲は穏当だった。

ヴァーノンはガーモニー外相のスキャンダラスな写真を手に入れる。
そもそも今の政権は長すぎて、経済的、道徳的、性的に堕落していて、ガーモニーはその象徴であるとヴァーノンは思っている。ガーモニーを政権から引き摺り下ろすチャンスである。
しかし、いくらスクープとはいえタブロイド紙の真似事をしていいのか、社内で侃々諤々の議論が起こる。ガーモニー陣営は掲載を阻止しようと手を打ってくる。
さらに写真の掲載を巡ってクライヴとヴァーノンの間に亀裂が入ってしまう。

タイトルのアムステルダムは、クライヴがミレ二アムを記念して作曲する交響曲が最初にお披露目される都市である。そこは安楽死が法的に認められているところでもある。
1998年、ブッカー賞受賞作。→人気ブログランキング

『遭難信号』キャサリン・ライアン・ハワード

アイルランドの小都市からバルセロナに出張したことになっている恋人のサラと、主人公のアダムは連絡がとれなくなった。サラの仕事仲間から、サラには別に好きな男がいて、その男と一緒ではないかというショックッキングな話を聞かされる。10年も待たせているのだ。サラは「糟糠の恋人」の境遇に嫌気がさしたのかもしれないと、アダムは猛省する。
そんなアダムの元に、サラのパスポートとともに「ごめんなさい―S」という意味深長なメモが送られてきた。

遭難信号 (創元推理文庫)
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キャサリン・ライアン・ハワード/法村里絵
創元推理文庫
2018年6月 ✳︎✳︎✳︎✳︎
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折しも、脚本家志望のアダムが書いた作品がハリウッドで採用され、エージェントから早急にリライトを求められているという千載一遇のチャンスに、事件が起こったのだ。アダムは、エージェントからの再三の連絡を無視してバルセロナに向かう。乗客2000名の地中海クルーズの豪華客船に乗り込み、サラの消息を追う。

豪華客船の客室係としては年をとりすぎた女性の話になったり、幼児期から問題を起こし、親から見放されたソシオパスの話が出てきたりして、3つの場面を軸にストーリーは進んでいく。

国際海洋法が謎を解く鍵になっている。公海を航行する船の乗客は、その船の旗国の管轄下におかれるというもの。つまりパナマ船籍であれば、地中海で起こった事件でも、地球の裏側から捜査員がのこのこやってきて捜査するという、なんともまだるっこい法律に縛られている。
クルーズ船の評判を護るため、何か事件が起きてもたとえそれが殺人事件でも、外にもれないようにする。つまりクルーズ船での犯罪はほとんどがもみ消されるという特殊な事情がある。

いつになったら核心に迫るのか助走が長すぎる感があるが、終盤は予想外の事態が次々に起こり、ちょっとやりすぎな結末に向かう。→人気ブログランキング

『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』都甲幸治ほか

世界8大文学賞とは、ノーベル賞、芥川賞、直木賞、ブッカー賞、ゴンクール賞、ピュリツアー賞、カフカ賞、エルサレム賞。
それぞれの文学賞について3名の鼎談形式で語られる。鼎談に参加するのは、文学部教授や小説家、翻訳家、書評家などの文学の専門家である。すべての鼎談に登場するのがアメリカ文学者である都甲幸治。『オスカー・ワオの短くて凄まじい人生』を翻訳した人物だ。
世界の文学の動向が把握できる小説ガイド。
□内は、各鼎談で取り上げられた本。

世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今 (立東舎)
都甲幸治
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ノーベル賞は国別対抗戦あるいは地域別対抗戦の様相がある。受賞者の特徴は圧倒的に高齢者が多い。何よりヨーロッパ主要言語しか読めない人が選考委員だからそうした言語で書いている人が有利。
アリス・マンローは間違って受賞したとする。カナダ人ではアリスより先にノーベル賞を獲らなければならなかった、マーガレット・アトウッドがいる。
ノーベル賞を受賞してほしい作家に、ボブ・デュランが挙げられているのはさすがだ。

ノーベル賞
『無垢の博物館』(早川書房)オルハン・パムク
『小説のように』(新潮社)アリス・マンロー
『サバイバル 現代カナダ文学入門』御茶の水書房 マーガレット・アトウッド
『僕の違和感』(早川書房)オルハン・パムク
『神秘な指圧師』草思社
『ミゲル・ストリート』(岩波書店)V・S・ナイポール
ブッカー国際賞
『菜食主義者』(cuon)ハン・ガン
国際ダブリン賞
素粒子』(ちくま文庫)ミシェル・ウエルベック
『私の名は赤』(ハヤカワepi文庫)オルハン・パムク
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ
『馬を盗む』(白水社)ペール・ペッテルソン
『世界を回せ』(河出書房新社)コラム・マッキャン
『物が落ちる音』(松藾社)ファン・ガブリエル・バスケス
全米批評家協会賞
『2666』(白水社)ロベルト・ポラーニョ
『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)トラーナ・アレクシェーヴィチ
『ノンフィクション選集』ホルヘ・ルイス・ボルヘス

ブッカー賞は最も信頼に足るという。サブタイトルにあるように「当り作品の宝庫」。作品に与えられる賞なので、同一作者が複数回受賞できる。2005年には、他言語の英訳に与えられるブッカー国際賞が設けられた。
癒着や依怙贔屓を排除するために選考委員は毎年変わり、委員は100冊以上読まなければならないというから大変だ。
10月に受賞作が決まるが、3ヶ月前にロングリストが発表され、1ヶ月前にショートリストが発表される。何ヶ月もの間イベントとして機能している。

ブッカー賞
『マイケル・K』(岩波文庫)クッツェー
日の名残り』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『終わりの感覚』(新潮社)ジュリアン・バーンズ
『ヴァーノン・ゴッド・リトル』(ヴィレッジブックス)DBCピエール
『海に帰る日』(新潮社)ジョン・バンヴィル
わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『美について』(河出書房新社)セイディー・スミス
『いにしえの光』(新潮社)ジョン・バンヴィル
『昏い目の暗殺者(早川書房)マーガレット・アトウッド
『贖罪』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『またの名をグレース』(岩波書店)マーガレット・アトウッド
『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫)マーガレット・アトウッド
『ウルフ・ホール』(早川書房)ヒラリー・マンテル
『真夜中の子供たち』(早川書房)サルマン・ラシュディ
『マンスフィールド・パーク』(ちくま文庫)ジェイン・オースチン

ゴンクール賞は1903年に始まったフランスの賞。
『愛人(ラマン)』(マルグリッド・デュラス)、『地図と領土』(ミシェル・エルベック)、『暗いブティック通り』(パトリック・モディア)の3冊について解説している。どれもレベルが高いという。

ゴンクール賞
『愛人(ラマン)』(河出文庫)(マルグリッド・デュラス)
『地図と領土』(ちくま文庫)ミシェル・エルベック
『暗いブティック通り』(白水社)パトリック・モディア

ピュリツァー賞は、アメリカ小説の典型らしいのが並んでいる。
歴史絵巻みたいに長くないといけない。成長物語のパターンも多い、なんとなくいい話で終わるのが多い。

ピュリッツァー賞
オスカー・ワオの短くてすざましい人生』(新潮社)ジュノ・ディアス
『煙の樹』(白水社)デニス・ジョンソン
ならず者がやってくる』(ハヤカワepi文庫)ジェニファー・イーガン
『停電の夜に』(新潮文庫)ジュンパ・ラヒリ
オリーヴ・キタリッジの生活』(ハヤカワepi文庫)エリザベス・ストラウト
『ヘビトンボの季節に自殺した5人の姉妹』(ハヤカワepi文庫)ジェフリー・ユージェニデス
『低地』(新潮社)ジュンパ・ラヒリ
『マーチン・ドレスラーの夢』(白水Uブックス)スティーヴン・ミルハウザー
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ

カフカ賞
ノーベル賞の一歩手前の賞という位置づけで有名になった2001年創設のチェコの賞。
村上春樹が2006年に本賞を受賞してから、彼がノーベル文学賞候補といわれはじめた。

カフカ賞
『海辺のカフカ』(新潮文庫) 村上春樹
『プロット・アゲインスト・アメリカ』(集英社)フィリップ・ロス
『愉楽』(河出書房新社)閻連科
『グルブ消息不明』(東宣出版)エドゥアルド・メンドサ

エルサレム賞
世界文学で、非常に有名かつ、ノーベル文学賞を獲っていなかったり、獲る直前の作家に与えられる賞といった感じだ。クールな作品が多いという。

エルサレム賞
恥辱』(ハヤカワepi文庫)J・M・クッツェー
『未成年』(新潮社)イアン・マキューアン
アムステルダム』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『愛の続き』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『甘美なる作戦』(新潮社)イアン・マキューアン
『夢宮殿』(創元ライブラリ)イスマイル・カダレ

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→『ノーベル賞の舞台裏

『恥辱』 J・M・クツェー

J・M・クツェーは南アフリカ出身。本作『Disgrace』(1999年)にて2度目のブッカー賞を受賞している。1回目は、1983年『Life & Times of Michael K』(『マイケル.K』)。さらに、2003年にはノーベル文学賞を受賞している。

2度の離婚歴がある52歳の男が主人公。
デイヴィット・ラウリーは現代文学の教授だったが、大規模な合理化の結果、旧ケープタウン大学付属カレッジのコミニュケーション学部とやらの准教授に格下げされた。それで、やけになっているようなところがある。
デイビットは娼婦のもとに通っているうちに、その娼婦に入れあげてしまい、探偵を使って住所を調べ女の前に姿を現したが、けんもほろろに拒否されてしまう。

恥辱 (ハヤカワepi文庫)
恥辱
posted with amazlet at 18.08.09
J・M・クツェー/鴻巣友季子
ハヤカワepi文庫
2007年 ✴✳✳✳

この失態にも懲りずに、次にデイヴィットが手を出したのが教え子だった。
セクハラで訴えられ、学内の査問委員会での反省のないデイヴィットの態度に旗色は悪くなり、やがて新聞沙汰になり、しまいには、大学の職を失うことなる。
ここまでは、イントロである。

かつてすったもんだがあった娘・ルーシーは田舎で農地を所有していて、年長のドイツ人女性と一緒に住んでいる。市場で農作物を売ったり、犬を預かって世話をしたり、動物病院の手伝いをして生計を立てている。デイヴィットはルーシーのもとに転がり込む。
そして、ボランティアのような、懲罰のような、奉仕活動のようなことをすることになる。飼い犬の餌の肉を切ったり、犬の安楽死の助手をしたり、市場で農産物を売ったり、ともかく農家の暮らしを体験する。

そこてまかり通っているのは、力のあるものの庇護を受けなければ、女は生きていけないという土着の論理である。具体的には、地元の胡散臭い男の第3夫人になるという選択だった。デイヴィットは、理不尽な古い慣習のもとに、恥辱も何もかも受け入れて生きていくことを決意しているルーシーを、どう理解していいのか戸惑う。

一時、ケープタウンに戻ると、デイヴィットはメラニーが出演する演劇をそっと観劇したりする。反省していないような初老の男に周りの目は冷たい。

読後、殺伐とした気持ちになるのは、元教授の少しも好転しない転落の人生を見せられているからだろう。→人気ブログランキング

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