『インディアンの夢のあと:北米大陸に神話と遺跡を訪ねて』 徳田いつこ

著者はアメリカに在住していた頃、ロサンゼルスの歴史の浅さに馴染めなかったという。ロサンゼルスに住むことの収まりの悪さを、インディアンの遺跡に触れる旅で補っていたのかもしれないという。

アメリカの歴史を語るとき、西部開拓史の前は、一気に恐竜が跋扈する2億年前のジュラ紀・白亜紀までさかのぼり、故意にインディアンの歴史は抹消されている。
インディアンは太古からアメリカ大陸に暮らしていた。そこに、白人が新天地を求めてやってきた。黒人は白人の都合でアフリカから連れてこられた。一方、ヒスパニックは自分たちの意思でアメリカにやってきた。

インディアンは、黒人やヒスパニックよりも下、社会の最底辺に追いやられている。ネイティブ・アメリカンとしての誇りをズタズタにされている。
本書の目的は二つ。遺跡を通してインディアンが自然と共存していた過去に想いを馳せ、彼らのおおらかな生き方に触れることと、ネイティブ・アメリカンの友人たちの暮らしぶりを紹介することである。

訪れた遺跡は、〈1054年に起こった蟹座の超新星の爆発を描いた、ニューメキシコのチャコにある岩絵〉〈太陽の陽光と月の光を記録しするための壁に開けられた窓〉〈コロラド河畔に描かれている52メートルの大きさの人の地上絵〉〈サンタフェの岩絵に描かれた背中の曲がった笛吹き男ココペリ〉〈オハイオ州南部ピーブルズにある全長410メートルの蛇の塚〉〈謎のピラミッドと呼ばれるモンクス・マウンド〉など。

遺跡を前にして、〈奇妙に懐かしい場所だった〉と書いているが、それは、あらゆる現代的なものをそぎ落とした、インディアンの素朴な生き様を目の当たりにすると、誰もが感じる懐かしさなのかもしれない。あるいは、著者がインディアンと同じモンゴル民族のDNAをもつ日本人だからかもしれない。
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『正しいコピペのすすめ』宮武久佳

著作権法は時代遅れとなり、新しいルール作りが必要となった。その際、金持ちや政治家などの都合のいい内容にならないように、「みんなの著作権」という意識を持つことが大切だと説く。ネットやSNSの発達により、著作権と向き合って生活せざるをえなくなった一般の人びと、特に大学生向けに書かれている。

著作権(copyright)とは、「無断で私の作品を利用するな」と言える権利であり、コピーする権利である。
極端なことをいうと、レストランで自分のスマホで店員に集合写真を撮ってもらうと、写真の著作権は店員にある。写真を公開するには店員の許可が必要である。

正しいコピペのすすめ――模倣、創造、著作権と私たち (岩波ジュニア新書)
宮武 久佳
岩波ジュニア新書  2017年3月

ではどのようなものに著作権が認められないのか。
自動車の車体や服装のファッションなどは、工業デザインや応用美術に含まれるひとつの形態とみなされ、著作権の対象ではない。ナイフやフォーク、ボールペンと同じ。
料理はアイデアであり著作権はない。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、議論はあるが、著作権はないとされる。だれが書いても同じような文章になってしまうからだ。

著作権法の例外規定として、個人が使用する目的でコピーする場合のほか、公共性・公益性が高い、学校教育の現場、図書館サービス、福祉の現場、報道目的などでの使用がある。
たとえ個人使用であっても、映画のDVDのようにコピープロテクトがかけられていたり、パスワードが設定されたりするソフトについては、プロテクトを外したりすることは違反行為である。

著作権は著作者の死後60年、映画70年。因みに特許権20年、商標権10年。欧米の著作権は現在70年。日本に延長が迫られている。著作権が切れると、パブリックドメイン(公共財)となる。

大学教員の著者は、学生のレポートのコピペに否定的な理由として次を挙げる。
学生が考えることなく他人の考えを鵜呑みにしてしまう、どこからが他人の意見で、どこからが自分の意見か不明瞭になりがちである。他人の作品にフリーライドする違法行為である。
いま多くの大学がコピペ答案を見破る「コピペ監視ソフト」を導入しているという。学生間のペーパーで似たものを探し出す機能もある。抑止力を期待して、課題を出すときに「コピペ監視ソフト」を使うと宣言しているという。

上手なレポートを書く秘訣は、課題の意図を見極め、知らないことを知ろうとする好奇心にあるとする。よくわからない課題が出たら好奇心を高めることが大事。知らないものは書けないのだから、知る努力が必須である。

正しいコピペの仕方は、〈①自分のコンテンツとの脈絡において必要性があること、②自分のコンテンツにパーツとして取り込むこと、③自分の作った部分と引用部分がカギカッコなどによって明確に区別されていること、④自分の作った部分と引用部分のメインとサブの関係が明確であること、そして、⑤一字一句正確にコピペし、引用部分の出所を明示すること。〉→人気ブログランキング

『パット・ホビー物語』F.スコット.フィッツジェラルド

「ロスト・ジェネレーションの旗手」、あるいは、「ジャズ・エイジの象徴」と呼ばれたF.スコット.フィッツジェラルド(1896〜1940年)の最晩年の作品。1940〜42年に雑誌『エスクァイア』に連載された連作短篇。

トーキー時代に引っ張りだこの脚本家だった49歳のパット・ホビーは、ここ5年間は仕事が少なくなるばかりだ。パットは、企画書もまともに読まないくらいでいい加減で通してきた。自分には、まだそれなりの力があるかのような態度を、ことあるたびにとるがが、ほとんどの場合無視される。金の無心をしなければならないほど素寒貧である。いつもジンかウィスキーのパイント瓶を尻ポケットに忍ばせてアルコール臭い。
落ち目のパット・ホビーがヘマをしでかす話がオチがついて並んでいる。
本書に収録されている短篇は、ほとんどが本邦初訳だという。

主人公と同じように、1920年代に名声をほしいままにした著者だが、本作品の執筆の頃は、妻エルダは精神病院に収容され、自身はアルコールに蝕まれどん底の状況にあった。著者はパット・ホビーに自身をダブらせていたのだろう。

パット・ホビー物語
パット・ホビー物語
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F.スコット・フィッツジェラルド
風濤社 (2016
2016年12月

「パット・ホビーのクリスマスイブ」第1話
パットはクリスマスイブだというのに重役に命じられた仕事をしている。新任秘書のヘレンから重役の弱みを握っていると聞かされた。パットは重役をゆすってプロジューサーにしてもらおうと企てるが。。

「パット・ホビーとオーソン・ウェルズ」第5話
撮影所には入構書がなければ出入りできなくなった。警備員に屁理屈を並べてなんとか入ろうとするパットだが、警備員は「たとえオーソン・ウェルズだとおたくが言ったとしても入れるわけにはいかない」と返す。
パットは、映画界の重鎮の車に乗り込み、入構書の発行をお願いする。しぶとく食い下がるパットに、重鎮は新顔のオーソン・ウェルズと会うことになっていると言って、面倒臭そうに名刺入れに手を伸ばした。
金を無心した相手に強要されて、パットはオーソン・ウェルズに変装させられた。急に心臓発作で倒れた重鎮をパットが乗っている車で病院に運ぶことになった。パットは変装がばれてはまずいと、バーに駆け込みカウンターの髭面のエキストラたちに紛れ込んだ。

「パット・ホビーの学生時代」第17話
秘書はパットに机の中のものの廃棄を命じられ、袋に詰めて車で捨てる場所を探していた。大学を舞台とした映画を作ることになって、パットはアイデアを探りに大学を訪れた。教授会の席でとっさに浮かんだ学生の窃盗事件のストーリーを語った。そこに捨てる場所が見つからなかったと、秘書が袋に入った大量の空の酒瓶を持って現れた。→人気ブログランキング

『誰も教えてくれなかった「源氏物語」の面白さ』林真理子×山本淳子

本書が発刊された2008年は「源氏物語千年紀」の年だった。
紫式部が「紫式部日記」の中で、若紫や源氏について書いたのが1008年であることが根拠となっている。

貴族の数は、紫式部が活躍した摂関時代の最盛期で200人程度、家族を入れても1000人程度だったという。
平安朝文学の研究者・山本淳子と林真理子の対談集。

誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ (小学館101新書)
林 真理子 山本 淳子
小学館新書  2008年

〈「源氏物語」は、帝四代70年にわたる歴史小説であり、光源氏と藤原氏をめぐる政治サスペンスであり、六条御息所が躍如するオカルトミステリーである。
「源氏物語」の54帖は、ボリュームは400字詰原稿用紙2300枚、登場人物のべ4百数十人という壮大なもの。
第1帖「桐壺」から第33帖「藤裏葉」までが、源氏の誕生と栄光を描く第1部。第34帖「若菜上」から第41帖「幻」までが、中年光源氏の憂いと老いを描いた第2部。第42帖「匂兵部卿」から第54帖「夢浮橋」までが、源氏の死後、宇治を舞台に光源氏の孫たちが活躍する「宇治十帖」を中心とする第3部、という構成になっている。〉

なお、「桐壺」や「空蝉」などの帖のタイトルとなっているのは、紫式部がつけたものではなく、後世の人々によってつけられたもの。

空蝉は紫式部自身がモデルという説がある。年の離れた受領(ずりょう)の後妻となった点、空蝉が身を寄せる家が紫式部が実際に住んでいたとされる場所に近いということなどが根拠である。ちなみに、受領とは現地に赴任して行政の責任を負う役人の呼称。
また、源氏のモデルは第59代・宇多天皇(867〜931)、桐壺帝は第66代・一条天皇(980〜1011)、桐壺の更衣は皇后定子ではないかという。

受領の妻であった紫式部は、藤原道長にスカウトされ道長の娘の彰子に仕えたことで運が巡ってきたと言える。
紫式部と清少納言は直接会ってはいないが、互いに大いに意識し、それぞれの著書の中で相手をけなしている。

「源氏物語」を原文で読むことは研究者でもない限りむずかしい。
それゆえ、与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、橋本治、瀬戸内寂聴、大塚ひかり、そして最近は角田光代によって、現代語訳がされている。→人気ブログランキング

誰も教えてくれなかった「源氏物語」の面白さ』林真理子×山本淳子/小学館新書
紫式部の欲望』 酒井順子/集英社文庫
源氏物語 千年の謎』DVD
ラノベ古事記』小野寺 優 

『知立国家 イスラエル』米山伸郎

イスラエルは1948年の独立当初、人口が60万人程度だったが、積極的な移民受け入れ政策により現在は868万人となり、さらに増加している。

歴史上、カナンの地(パレスチナ)から追い出されたユダヤ人は、ヨーロッパ各地にディアスポラとして移り住んだ。ユダヤ人は、欧州で賤業とされていた金融業のほか、医師、弁護士、会計士などにつき、さらには仕立て屋や靴屋などの手工業を主な職業としてきた。
ロシアはかつて最大のユダヤ人居住国であり、アシュケナージ(ドイツ人という意味)と呼ばれるロシア東欧系ユダヤ人は優秀な頭脳をもっていた(なぜIQが高い遺伝子が育まれたかについては、『言ってはいけない』〈橘 玲著〉に記載されている)。

知立国家 イスラエル (文春新書)
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米山 伸郎
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イスラエルは、インテル・プロセッサー、 グーグル・サジェストという機能、ページ解析、ライブ・リザルツ、ファイヤー・ウォール、ドローン、電気自動車などの、最先端の科学技術を世界に提供してきた。

「起業家精神」と「イノベーション」はイスラエルの建国の精神であり、イスラエルを発展させてきた原動力といっていい。
イスラエルにイノベーションをもたらしているのはなにか?
それは、移民、ユダヤ人特有の自由な議論を尊重する文化、軍よる理数系エリートの選抜教育といった要素が考えられるという。

イスラエルはユダヤ人の移民を多数受け入れてきた多民族国家である。
資源はない。あくまで人が資源なのだ。
イスラエル人のアイデンティティはヘブライ語と国防である。かろうじて聖職者が書き言葉として使っていたヘブライ語は、ほぼ死語になっていた。それを2000年の時を超えて蘇らせた。国家ビジョンが確立されている国である。
イスラエルの帰還法は「ユダヤ人の母から産まれた者、もしくはユダヤ教に改宗し他の宗教を一切信じない者」をユダヤ人と定義している。

18歳になると、男は3年、女は21~22ヶ月の兵役につく。記憶力、繊細さ知性、性格など、さらに体力、リーダーシップで振り分けられる。
この兵役のあいだに、国防の重要さを徹底的に身につけ、さらに人脈を得るのだ。
軍には、毎年30人程度の理工系最優秀人材を選抜して教育するプログラムがある。

イスラエル人は、質問好きで議論好きである。ルールを守るよりは合理的な方を選ぼうとする。
失敗を恐れない、むしろ糧とするメンタリティは恐れ入るが、性格的には自己主張が強すぎるきらいがあり、人と摩擦を起こしやすいという。→人気ブログランキング

『人工知能の「最適解」と人間の選択』NHKスペシャル取材班

本書は、TV番組NHKスペシャル『人工知能 天使か悪魔か2017』(2017年6月放送)の取材が元となっている。その内容は、将棋の名人と人工知能との対戦「電王戦」を紹介しながら、人間を超える能力を社会のいたるところで発揮する人工知能の現状を追っている。

まずは将棋。2017年4月1日、名人とポナンザの電王戦が行われた。
これまで見たこともない手を指してくる存在に対しては、人間であれ、コンピュータであれ感動を覚えると、名人は言う。
ポナンザは今までに700万局をこなしている。人間が1年に3000局打つとしても、700万局はおよそ2000年かかる計算である。2連敗を喫した名人はポナンザは将棋における神に近い存在だという。

人工知能の「最適解」と人間の選択 (NHK出版新書)
NHKスペシャル取材班
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2017年2月、AIタクシーという「乗車需要予測システム」が公開された。
地域を500m四方の区画に分け、エアリアごとに向う30分間の客数の予測を数字で示す。NTTドコモが、富士通、富士通テンなどとともに開発した。東京23区での予測精度は92.9%である。
本システムを使うと、新米ドライバーで20%の売り上げ増となったという。

アメリカでは18歳以上の人口のうち1/3が犯罪者だという。刑務所に収容されているのは200万人。犯罪を起こす可能性のある人物を見出す方法はないか、あるいは再犯リスクの高い犯罪者を判別できないかは切実な問題なのだ。これらの予測を人工知能が行っている。
犯罪者は人工知能に人生を左右されることに納得がいかないという感想を述べている。

将棋やタクシーなどの限定された機能に特化した「弱い人工知能」は、社会の様々なところでその力を発揮し始めている。一方、「強い人工知能」と呼ばれる汎用性人工知能はまだ「夢のプロジェクト」であり、ひとたび実現すれば社会をとてつもない規模で変革する原動力になると期待されている。

歴代の大統領が軒並み汚職で逮捕されている韓国では、国家運営にAI政治家を導入しようとする計画が持ち上がっているという。
人工知能はどんな人間より完璧でなおかつ慈悲深くなれる。
行き詰まった民主主義を変えるのは人工知能しかないとまで言い切る研究者もいる。

人工知能が登場する業界は瞬く間に変貌し後戻りはできないということを、理解しなければならない。
人工知能がスマートに最適解を導き出せるようになればなるほど、人間の曖昧で非効率的な解を尊いものとする可能性が強まってくるのではないかという。→人気ブログランキング

人工知能の「最適解」と人間の選択/NHKスペシャル取材班/NHK出版新書/2017年
人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊/井上智洋/文春新書/2016年

『紙の動物園』ケン・リュウ

本書は、2015年に発刊された『紙の動物園』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)を、文庫2冊に分割したものの1冊。
ケン・リュウの短篇は説明を極力省いてストレートに表現される。そのため、展開にスピード感がある。テーマはSFの枠を越えて幻想的な世界にも広げている。非凡な才能だ。中国系アメリカ人らしいシノワなテーマが選ばれている。

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)
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ケン・リュウ/古沢嘉通 編訳
ハヤカワ文庫
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「紙の動物園」
父は中国人の母をカタログで買ってコネチカットの片田舎に連れてきた。母は僕に折り紙で動物たちを作ってくれた。
大学生の頃、母は癌で亡くなった。
社会人になり、箱に入った動物の折り紙を見つけた。虎の折り紙は中国語で書かれた僕宛の母の手紙だった。そこには、中国の家族のこと、母が父に買われるまでのこと、コネチカットに来てからのこと、幼い僕のこと、思春期の僕のこと、母の願いが書かれていた。
「月へ」
北京の暑い夏、泣き叫ぶお前をおぶって木をよじ登り月に着いた。月は涼しく、お前は泣き止んだ。ところが田舎者の我々は歓迎されていないようだった。
お前はいま中国系難民のための弁護士をしている。月はアメリカのことだ。
「結縄」
5年前、ト・ムというアメリカの好青年が村に来て、写真を撮り、草花を採取し、村人から情報を得て金を払った。
干魃になると、村人に信頼されたト・ムは干魃に強い稲の作付けを勧めた。予想を上回る収穫が得られたものの、種籾には特許がついていた。
「太平洋横断海底トンネル小史」
日本から米国に通じるの海底トンネル掘削の話。
「心智五行」
細菌が完璧に駆除された高度文明社会に属するタイラは、宇宙船の故障により未調査の惑星に不時着する。原住民の看病により一命をとりとめめたタイラの腸に、細菌叢(フローラ)が形成され、タイラは冒険的に衝動的になり恋をする。→人気ブログランキング

他2篇、「愛のアルゴリズム」「文字占い師」。

→『紙の動物園
→『もののあわれ』

『トラクターの世界史』藤原辰史

トラクターを通して見た近代農業史である。
20世紀に入ると、農業革命ともいうべき変化が各国に起こった、あるいは起こらざるをえなかった。その主役はトラクターであり、トラクターはそれぞれの国の農業形態に適合した仕様で発達し改良が加えられていった。
トラクターの歴史から眺めると、資本主義陣営と社会主義陣営の壁は、それほど高くも厚くもないという。

トラクターの世界史 - 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち (中公新書)
藤原 辰史
中公新書 2017年9月
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1892年、アメリカ・アイオワ州のJ.フローリッチというドイツ系アメリカ人技師が内燃機関を搭載したトラクターをはじめて開発した。それ以前にイングランドで、蒸気機関を動力に用いたものがあったが、重量がありすぎ爆発事故が起こったりして実用的ではなかった。

トラクターは家畜のように糞尿を排出しないから、大量の肥料を農場外から購入しなければならなくなり、有史以来続いていた農場内の物質循環は壊れ、農業は変貌せざるをえなくなった。

アメリカでは、1920年代にトラクターを中心とした農業機械が普及して、農業生産力が著しく上昇した。しかし過剰生産により農作物の値段が下落し、経営不振で農地を手放す農民が続出した。
スタインベックの『怒りのぶどう』には、トラクターが農民たちに襲いかかる魔物のように描かれている。

農業経営の大規模化はアメリカでは銀行主導で、ソ連では国家主導で行われた。
ヨーロッパ諸国のトラクターの普及はアメリカやソ連より小規模だった。ドイツでは狭い耕地用の小さなトラクターが独自に開発された。イタリアでは自動車メーカーの前身となる企業がトラクターを製造した。
第二次世界大戦になると、ほとんどのトラクター企業が戦車の製造を行った。

共産圏において、農業改革は為政者のもっとも重要な課題だった。くしくも、トラクターはソ連では「鉄の馬」と呼ばれ、中国では「鉄牛」と呼ばれた。

日本は、20世紀前半はトラクター後進国、後半は先進国へと劇的な変貌を見せた。
トラクターはさまざまな農作業に対応できることを目指し、着実に改良されていった。
細かい要求を可能にする技術を開発するのは、日本人の得意とするところだった。→人気ブログランキング

『モラルの起源 実験社会科学からの問い』亀田 達也

イントロでは、2015年6月の文部科学省通達に触れ、文系を廃して理系に軸を移しつつある国の政策を憂えんでいる。それならば文系学部の底力を見せてやろうという意気込みで「実験社会学」という新しい研究分野を開拓する試みが、本書の目的だという。
「実験社会学」とは〈経済学、心理学、政治学、生物学など、異なるバックグランドをもつ研究者たちが結集し、実験という共通の手法を用いて、人間の行動や社会の振る舞いを組織的に検討しようとする共同プロジェクト〉だという。

モラルの起源――実験社会科学からの問い (岩波新書)
亀田 達也
岩波新書 2017年3月
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集団意思決定は、ミツバチやアリなどの社会性昆虫のほかにも、魚類、鳥類、哺乳類、霊長類などでかなり広く認められる現象である。
規範といえそうなものは、他の動物にも見られるということである。

生物種としてのヒトにとっての最大の適応環境とは、群れ生活を選んだことであるという。
霊長類学者のダイバーが霊長類の大脳皮質を比べたところ、群れのサイズが大きい種ほど大脳新皮質が大きい。
個体間のだましだまされが頻繁に見られるほど、新皮質が大きい。

そして、既存の実験をいくつか挙げる。
実験はなるほどと思わせる工夫が凝らしているものが紹介され、意外性のある結果は導き出されていない。

新しい分野を歩き始めたという著者の高揚感が伝わってきて、読み物として引き込まれる。既存の論文を集めて解説を行っているが、このような手法は、マスコミに頻繁に登場するの人気の脳科学者たちが、すでに行っていることと変わらない。大上段に構えすぎではないだろうか。→人気ブログランキング

『職業としての地下アイドル』姫乃たま

地下アイドルとは、TVや雑誌等のメジャーなメディアには登場せず、小規模なライブを中心に活動しているアイドルのこと。 別名、インディーズアイドル、ライブアイドル、リアル系アイドルと呼ばれる。 ライブ、CDやTシャツなどのグッズ販売、ファンとのツーショット写真撮影(チェキ撮影)などにより収入を得ている。
著者は地下アイドル歴8年。

職業としての地下アイドル (朝日新書)
姫乃たま
朝日新書 2017年9月
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AKB48のブレイク(2005年12月)と、スマートフォンとSNSが普及したことよって、素人でも簡単に見られる立場に立つことができることようになった。これが膨大な数の地下アイドルが生まれた理由である。
地下アイドルとファンの関係は、人気者になりたい認められたいという地下アイドルの「承認欲求」に対し、ファンは地下アイドルから顔と名前を覚えてもらう「認知」という構図で成り立っている。
当然のことながらファンは地下アイドルに対して恋愛感情を抱くようになる。

著者が行った地下アイドルとファンに対するアンケートによれば、地下アイドルの年齢は平均21.6歳(15〜35歳)、平均月収は12万7千円(3000円から60万円)。ファンの平均年齢35.4歳(18歳〜58歳)。
地下アイドルの世界には、枕営業の見返りになるほどの権力者がいないので、枕営業は成り立たないという。

地下アイドルに共通する点は、両親に可愛がられて育てられ、スクールカーストでは上位に属さず、いじめられた経験がある。
地下アイドルは両親に愛されてきたからこそ人に愛される喜びを誰よりも知っていて、学校で受けたいじめ体験によって、その喜びを喪失してしまった女の子たちであるというのが著者の見解。

地下アイドルは、大体3年で引退する。1年目は右も左も分からないまま無我夢中で活動する。2年目は腰を据えて努力するが、3年目に見切りをつけて業界を去っていく。
年齢的に学業と両立している子が多いので、大抵は進級や進学、就職にあわせて引退しなければならなくなる。

著者は地上アイドルと地下アイドルをひとつのスペクトラムとして捉えている。つまり、「地上アイドル」としてAKB48の中のトップアイドルから、その下層にいてTVやマスコミへの露出が少ないAKBのメンバー、次にある程度の知名度がある地下アイドルがいて、その下に多数の無名の地下アイドルがいるという構図である。→人気ブログランキング

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