『核大国ニッポン』堤 未果

世界の核兵器と原発を論じている。
LAタイムズに、2016年8月、映画監督のオリバー・ストーンらによる原爆投下に関する意見が掲載された。解禁された公文書に基づく見解である。
「アメリカ人がこれまで学校で教えられてきた、原爆投下を正義だとする歴史が事実ではないこと。原爆投下ではなく、ソ連軍の日本への侵攻が戦争を終わらせる要因であったこと。連合国側の諜報機関がそれを知っていたにもかかわらず、政治的理由から原爆を投下したこと」
この記事は米国内に大きな波紋を呼んだが、自国の名誉を貶める「修正主義」と批判する意見もあった。

スミソニアン航空宇宙博物館の館長らは、広島に原爆を投下したB29の展示を原爆投下の歴史的背景を知らしめる機会にしたいと考えた。ところが多くの反対で内容の変更を余儀なくされた。

核大国ニッポン (小学館新書)
核大国ニッポン
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堤 未果
小学館新書
2017年8月

2009年4月プラハで、オバマ大統領が「核なき世界」を訴える演説を行った。同年10月、オバマはノーベル平和賞を受賞したが、オバマは果たしてノーベル賞に値することを行ったのか。
今ある核兵器を近代化するためにオバマ政権がつけた予算は向こう30年間で1兆ドル(100兆円)である。オバマは古いものを減らしながら、安全で効果的な核は維持すると明言している。米露両国は、その8割が劣化して使い物にならなくなった核弾頭をせっせと在庫整理し、削減したと発表して政治アピールを行っている。
オバマは「核を減らしていつかゼロにできるといいね」と言っただけ。ノーベル賞委員会がオバマを買いかぶったのだ。

劣化ウランとはウラン238を含む原発からの廃棄物。劣化ウランで作られた砲弾は、分厚い戦車の剛板を貫通し、ガス化するときの高熱で戦車の兵士を即死させ、放射性物質を放出する。
アメリカは劣化ウラン弾の使用によってイラクとアフガニスタンを放射能まみれにした。イラク戦争がもたらした最大の悲劇は、「がん」と「障害児」。給付有資格者のイラク帰還兵50万4千人中、約半数が体調不良を訴え、37%は病気や障害で就労不能。
劣化ウラン弾は核兵器廃絶の削減リストに入っていない。劣化ウラン弾を核兵器とするよう、定義を変える必要がある。

2011年3月の福島第一原発の事故は、核兵器と原発が危険な双子であることを世界に知らしめた。もはや日本が唯一の被爆国ではない。
チェルノブイリの原発爆発によるウクライナも、劣化ウラン弾が投下されたイラクもアフガニスタンも、使用された劣化ウラン弾で帰還兵が健康被害に苦しむアメリカも被曝国である。→人気ブログランキング

『宇宙探偵 マグナス•リドルフ』 ジャック・ヴァンス

本短篇集に収録されている作品は、主に1948年から1952年に発表されたと「訳者あとがき」で紹介されているが、古さを感じるどころか斬新ですらある。訳者の才も関係すると思うが、AIすら存在する現在に斬新と感じられるのは、時代を先取りするアイディアがそこらじゅうに散りばめられているからだ。

Photo宇宙探偵 マグナス•リドルフ

ジャック・ヴァンス
浅倉久志・酒井昭伸  訳
国書刊行会
2016年


マグナス・リドルフは、白髪・白髭でスラリとした体型の哲学者然とした中年過ぎの男。悪党どもは「老いぼれ山羊」と陰口を叩く。
頭脳明晰で、身に降りかかる難題や危機を、常人なら想像だにしない方法で切り抜ける。それだけでは収まらず、悪人どもに再起不能のダメージを与えて締めくくる。
マグナス・リドルフは、分不相応な巨額の投資を行い投資した分を回収できないことがしばしば。収支はいつも赤字で、金をかせぐためにTCI(地球情報局、テレストリアル・コー・オブ・インテリジェンス)に依頼される、非公式エージェントとしての活動する。言ってみれば宇宙をまたにかけたその日暮らしの探偵稼業である。

登場するのは、魑魅魍魎のごとき異星人と人間。
異星人たちの奇怪な姿がなんとも不思議な味わいを醸し出す。
意表をついた奇妙ながらリアルな異世界を舞台に、異星人たちと癖の強い人間たちが織りなす物語には、著者特有の気障な風あいが加味されている。→人気ブログランキング

収録されているのは以下の10篇。
「ココドの戦士」「禁断のマッキンチ」「蛩鬼乱舞」「盗人の王」「馨しき保養地」「とどめの一撃」「ユダのサーディン」「暗黒神降臨」「呪われた鉱脈」「数学を少々」

『スペース・オペラ(ジャック・ヴァンス・トレジャー)』ジャック・ヴァンス/国書刊行会/2017年
宇宙探偵マグナス•リドルフ』ジャック・ヴァンス/国書刊行会/2016年
『天界の眼:切れ者キューゲルの冒険』ジャック・ヴァンス/国書刊行会/2016年
『奇跡なす者たち』ジャック・ヴァンス/国書刊行会/2011年

『ねじ曲げられた「イタリア料理」』 ファブリツィオ・グラッセッリ

著者はかつて日本の大手ゼネコンに建築家として1年間招聘された。日本が気に入り、慶応大学で都市論や建築史・西洋美術史を教えたり、イタリアの食や文化についての本を書いたりマルチな活躍をしている。ダンテ・アリギエーリ協会の東京支部長。
本書はイタリアの食についての近代史。

まずはトマトについて。
16世紀新大陸からヨーロッパにもたらされたトマトは、18世紀の半ばに初めて貴族の食卓に上り、19世紀の終わり(日本では明治の中頃)に、やっとイタリアの南部でトマトソースが登場した。トマトの水煮缶詰が市場に出回るようになり、イタリア料理にトマトソースが定着した。
フランス人科学者のパスツールが発明した低温加熱殺菌法(パスツール法)により、トマトの水煮缶詰が可能になった。

ねじ曲げられた「イタリア料理」 (光文社新書)
ファブリツィオ・グラッセッリ /水沢透 訳
光文社新書
2017年9月

次はピッツァ。
ピッツァの元祖は壊れたようなパンに具材を乗せ塩を振りかけたもので、ナポリの日雇い労働者のファーストフードだった。「現代ピッツァの誕生」は、1889年、王妃マルガリータがナポリを訪問したときに、庶民の食べ物を所望したことによる。
バジリコとモッツァレラとトマトソースで、新しい国として統一された(1871年)ばかりの三色旗を表した。のちに「マルガリータ」と呼ばれる創作ピッツァが献上されたのである。しかし、この三色旗ピッツァはイタリヤではあまり広まることはなかった。
ピッツァを広めたのはアメリカのイタリア人移民である。1905年にニューヨークでピッツェリアが売り出した三色旗ピッツァが、瞬く間に全米に広がった。
イタリアにマルガリータを広めたのは、第二次世界大戦で敗戦したイタリアに駐留したアメリカ人兵士である。またイタリアで伝統的なピッツァが広まったのは1970年代に入ってからのこと。
ちなみにピッツァの消費量は、ノルウェーが1位、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリアの順、日本は9位。

オリーブオイルについて。
まだ熟していないオリーブから生産されるエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルは、かなり最近になって登場した。その基準をEUが1991年に規定し、化学的な処理を行わず、他のオイルを混ぜることなく、酸度が0.8g以下(ヴァージンオイルは2.0%以下)のもので、苦味とピリピリした辛味が強い。
なお日本のエクストラ・ヴァージンのJAS規定は酸度が2.0%以下。
1960年代までイタリアでは、食用油としてラードやバターが用いられていた。オリーブオイルは、熟したオリーブから作る味がライトなものが用いられていた。1970年代に入ってイタリア料理が世界に普及し始めた頃、アメリカのイタリア系移民がイタリア料理に影響を及ぼした。エクストラ・ヴァージン・オイルを用い、それ以前のイタリア料理に比べて、素材に火を通しすぎない「クチーナ・モデルナ」と呼ばれる現代風のイタリア料理が流行った。
EUの規制では、エクストラ・ヴァージン・オイルとヴァージン・オイルは、原産地と製油所を明記することが義務付けられている。ただイタリア産という表記しかなかった場合には、イタリア国内で瓶詰めしただけという製品かもしれない。さらに、日本ではエクストラ・ヴァージン・オリーブオイル至上主義がまかり通り、偽装がほどこされた製品が出まわっている可能性が高い。

次はエスプレッソについて。
イタリア式コーヒーが、他のどこの国とも違ったアロマと独特な味わいを持っているのは確かだと著者は言う。エスプレッソ、カプチーノ、カフェラテ、マキアート、バリスタ、さまざまなイタリア語がいまやカフェ文化の「公用語」として用いられている。コーヒーが西洋世界に伝わったのはヴェネツィアが最初だった。近代コーヒー文化はイタリアで誕生したといっても過言でない。

イタリア人が自国の食に誇りを感じるようになったのは、そんなに昔のことではないという。いまや食に最も厳しい目を持っているのはイタリア人ではないだろうか。
日本で売られているハムの添加物の多さを例に挙げ、食の安全に関して、日本人はもっと関心を持つべきと提言する。→人気ブログランキング

『冬のフロスト』R.D.ウィングフィールド

フロスト警部シリーズはストーリーの大枠がパターン化されている。
順序が逆のこともあるが、女性(今回は売春婦)の連続殺人事件が起き、次に少女の誘拐事件が起きる。
フロストが狙いをつけた容疑者(今回は夜ごと娼婦を漁る歯科医)が連行され尋問をうけるが、フロストの説はことごとく覆される。
シリーズごとに、デントン署内に個性豊かな警官(今回は強烈な上昇志向の持ち主の女性リズ・モード警部代行)が配置され、フロストとの間に何かと軋轢を生じる。一方、見栄っ張りでいけ好かないマレット署長は、フロストをデントン署から追放しようとあらを探している。フロストの手柄を横取りしようと、何かと口出しもする。超過勤務手当をなんとか安く押さえようと躍起となっている。
そんな、なか別の殺人事件(今回は古い人骨)が起こり、フロストたちは多忙の極地に追い込まれる。
なにかの拍子に、それはページでいうと大体3/4のところで、五里霧中だった事件がひとつ解決する(今回は人骨事件)。そのあと芋づる式に解決するかと思いきや、足踏み状態となり紆余曲折を経て、フロストはなんとか事件を解決に持っていくというのが、シリーズのパターンである。

チェーンスモーカーでズボラで不潔だが愛すべきフロストが、ヨレヨレになりながらも、見込み違いの捜査をしてくじけそうになるが、アイディアを絞り出して、あるいは神からの啓示のようなひらめきに助けられ、なんとか事件を解決に導くというのがパターンである。そんなストーリー展開にもかかわらず、どの作品も引き込まれてしまうのだ。

冬のフロスト 上 (創元推理文庫)
冬のフロスト 上
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R.D.ウィングフィールド
/芹澤恵訳
創元推理文庫
2013年6月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
冬のフロスト 下  (創元推理文庫)
冬のフロスト 下
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R.D.ウィングフィールド
創元推理文庫

『冬のフロスト』なので、架空の街デントンの冬がどの程度に厳しく描かれるのか大いに興味があったが、気候に関する描写が少なく、少しばかり残念である。→人気ブログランキング

フロスト始末
クリスマスのフロスト
フロスト日和
夜のフロスト
冬のフロスト
フロスト気質
夜明けのフロスト

『院長選挙』久坂部 羊

大学病院長の急死を機に繰り広げられる、4人の副院長の選挙戦と殺人犯探しがテーマ。
天都大学病院の院長が急死して、新しい院長を選ぶ院長選が行われる。そんなおりフリーライターの吉沢アスカは「医療崩壊」をテーマにしたノンフィクションを書こうと取材のため、天都大学病院循環器内科の徳富教授の部屋を訪ねた。
4人いる副院長のなかでもっとも院長に近い人物と目される徳富教授は、「臓器ヒエラルキー」による循環器内科至上主義を口にしてはばからない。心臓を扱う内科が一番えらいに決まっているというのが口癖である。かつてヨーロッパでは外科は床屋を兼ねていたし、看護師は売春婦を兼ねていたと言ってはばからない。

院長選挙
院長選挙
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久坂部 羊
幻冬舎
2017年8月 ☆☆☆☆☆

アスカはもうひとりの副院長・消化器外科の大小路教授にインタビューする。大小路教授は、おのれの手術技量に自らがアートと惚れこむほど自信を持っているうぬぼれ屋だ。
大小路教授も、たかが◯◯科という上から目線の「医療科ヒエラルキー」に凝り固まっている。聴診器をあてて薬を出しているだけの内科より、消化器外科が上だとうそぶ。

次は、若手の改革派、副院長の整形外科の鴨下教授は「天都大の狂犬」と呼ばれる激しい性格の持ち主である。大学病院の研究と診療を分けることと、内科と外科の整形外科蔑視に怒りをまくしたてた。

最後は、「銀髪の守銭奴」と呼ばれる眼科の百目鬼教授は、最年長の副院長で白内障を手術しまくる病院の稼ぎ頭であるが、周りから大顰蹙を買うドケチである。

前院長が夜中に突然死したとき夫人は救急車を呼ばす、まず准教授を呼んだ。そして准教授は4人の副院長を呼び、循環器内科の徳富教授が心房細動発作による死と断定した。前院長は病院経営に悩んでいたから自殺説もあるが、病院改革達成のため続投の意思表示をしていたから他殺説もある。

看護部長は4人の副院長をボロクソにこき下ろした。
それとは対照的に、低姿勢な事務部長は4人への歯が浮くような賛辞を並べ立てる。
大学病院という閉鎖社会において、診療科や職種のそれぞれの思惑を大いに誇張させながらストーリを展開させる。読者をさもありなんと納得させる著者の医師ならでは視点が冴えている。→人気ブログランキング

『ラノベ古事記』小野寺 優

ウェブデザイナーの著者は古事記が大好きで、ライトノベル風訳古事記のサイトを立ち上げたところ、「わかり易い」と評判になった。
古事記は天武天皇の命を受けて、天才の語り部・稗田阿礼の頭の中にある日本の伝承を、太安万侶が記述し、元明天皇(天智天皇の娘)に献上したもの。

本書は、元明天皇に古事記を献上するところからはじまる。
『ラノベ古事記』の編集ミーティングの場面。
「えぇと?・・・天地初發之時於高天原成神名天之御中主神訓・・・解読するのに、35年くらいかかりそう・・・ラノベみたいに面白おかしく読みたいのよ」と献上された古事記をめくりながら元明天皇が言う。
「献上した古事記の内容は無視していいですよ・・・神様たちに勝手に変なキャラ付けしてふざけても怒りません。なんなら盛っちゃってください」と安万侶。
「おぉ!そうか、それなら得意だ。任せろって‼︎」と阿礼。
阿礼が脱線したりふざけすぎたりするのを、安万侶が制御しながら、『ラノベ古事記』は執筆されていった。

ラノベ古事記 日本の神様とはじまりの物語
ラノベ古事記
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小野寺 優
KADOKAWA
2017年7月    ☆☆☆☆☆

「山幸彦と海幸彦」の章で、オオワダツミノカミ(海の神)が山幸彦(アマテラスの三つ子の曾孫ひとり)に出会って声をかける。
「かなり前になりますが、アマテラス様から『三つ子の曾孫が生まれました」って、写真付きの年賀状が送られてきましたよ」と、限りなく軽く、盛られたエピソードが語られる。
神々がいい男かそうでないか美人かブスかの見たくれが大問題なのだ。男女が出会うとすぐに惚れた腫れたの展開となり、まぐあうという、エロ満載である。

あまりの軽さで、『古事記伝』を書いた本居宣長も小津安二郎(宣長の子孫)も眉をひそめているに違いない。また古事記を研究テーマにしている国文学のお歴々は苦虫を噛み潰しているだろう。ところがこの軽さがピタリとくる。著者の慧眼といえるだろう。→人気ブログランキング

『フロスト日和』 R.D.ウィングフィールド

スマートな捜査手法のアレン警部と、行き当たりばったりの危なっかしい捜査をするフロスト警部のせめぎ合いがテーマ。
前の勤務先で上司を殴って左遷され警部から刑事に降格された髭面ウェブスター刑事が、フロスト警部の下につく。ウェブスターはもちろん不貞腐れている。
ウェブスターは、アレン警部は文句なしの一流の警察官であり、一晩排水溝で過ごしたとしか思えないような風体のフロスト警部と比べること自体が、間違っていると思っている。

フロスト日和 (創元推理文庫)
フロスト日和
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R・D・ウィングフィールド/芹沢恵 訳
創元推理文庫
1997年10月

公衆トイレに男の死体が発見され、つづいて覆面の連続婦女暴行魔が6人目の女を襲った。老人がひき逃げされ病院に収容された。車はナンバープレートを現場に落としていった。金持ちの15歳の娘が友達のと一緒に映画を見に行ったあと、帰宅後行方不明となっていた。
そんなおり、娯楽センターで5000ポンドが強奪される事件が起きる。

重要な事件はたとえフロストが手がけていても花形警部のアレンに担当が変更なり、どうでもいい事件や、捜査がうまくいかなければ出世に不利となりそうな事件はフロストに回ってくるのだ。
捜査から外されようと、マレット署長やアレン警部が嫌みを言おうと、ウェブスターが制止しようと、真夜中過ぎであろうと、フロストは思いついたら行動をおこす。そんなわけで、ストレスフルなフロストは、所かまわずタバコに火をつける。フロストは超過勤務の連続で、睡眠不足で疲労困憊の状況にある。それが読者にも伝染し読者は疲労困憊してしまう。

フロストの捜査手法は、クラッシュ・アンド・ビルド。つまり立てた仮説が次々に外れていく。それでも結局はフロストが事件を解決するのだ。→人気ブログランキング

フロスト始末
クリスマスのフロスト
フロスト日和
夜のフロスト
冬のフロスト
フロスト気質
夜明けのフロスト

クイズ番組

デイヴィット・ダゲットは、夫婦間のいざこざでは決して引き下がらなかったといっていい。間違っていようがいまいが自説を押し通す。それは深く誓ったことのように頑なだった。
己が法律だと思っている傲慢な男に性根を変えさせることは容易でない。デイヴィットは強引さをあくまで押し通すつもりでいたのだが、ここ数年はちょっとばかり事情が違ってきた。旗色が悪くなってきたのだ。
妻のエリーは物事を順序どおりに進める慎重派で、新聞をじっくり読むし雑誌も深く読む。ベストセラーは欠かさず購入してきた。そんな積み重ねの甲斐があって、いつの間にか物知りになっていた。たとえば地球温暖化問題について短期的な見方もするし、地球の歴史という大局的な見地に立つこともできた。歳をとりすこし体重が増えた分、知識も大いに増したといえるだろう。
エリーが〈別にあんたと結婚しなくたって、引く手あまただったんだから〉と心の中でつぶやくようになったのは、最近のことだ。エリーは若かりし頃につき合っていた男たちを思い出しながら、浮かびかけた笑みを口に手を当てて隠した。ちょっと遅かったかもしれない。食卓についたデイヴィットが眉間にしわを寄せてエリーを一瞥した。
「なにか言いたいことがあるの」
「いや、別に」
デイヴィットはテレビのニュース番組に目をやった。番組が終わりに近ずいて天気予報が流れてる。数日の雨は明日には上がり、明日からは爽やかな秋晴れの日が続くと、いう。最近、中年の男性から変わった若い女性天気予報士が媚を売るかのような口調で話している。

ダゲット家のダイニングキッチンは、大きなL字のテーブルの一端が壁に固定してあって、その壁を背にソニーの薄型45インチテレビが置かれている。いつの頃からか、食事中にテレビをつけるのが習慣になってしまった。
テレビを見ながら食事をすることは行儀が悪と、エリーは何回も主張してきた。デイヴィットはテレビを見ながら食事をすることが当たり前の家庭で育った。というより、テレビにスイッチを入れるのは、食事のときとその後のちょっとしたくつろぎの時間に限られていた。
デイヴィットは非難されても、テレビを見ながら食事をすることがなぜ行儀が悪いのか理解しようとしなかった。食事にだけ集中してガツガツ食べるほうがよっぽど動物じみていて、行儀が悪いと反論したこともあった。
食事は生物の命をいただく神聖な儀式、テレビは娯楽、それを一緒にするのは生命を冒瀆する野蛮人の行為というのが、エリーが育ったメソジストの生活が染み込んだ家の方針であった。
エリーの主張に、デイヴィットは、むさぼるように食べる、むさぼるようにセックスする、むさぼるように眠るというように、本能的な行為はむさぼるものだと、胸を張って説得力に欠ける自説を展開した。さらに、石器時代の話を持ち出して、本来食事は生命を維持するための動物の本能であり、神聖とは程遠いものだと反論したものだった。

今夜は7時から人気クイズ番組がある。
番組がはじまり、MCの女性コメディアンがテンポよく回答者を紹介していく。細身の黒のスーツに身を包みグレイの髪をショートカットにした中年のコメディアンは、出で立ちからしてレスビアンである。何年か前にレスビアンであることをカミングアウトしたことで、しばらくの間テレビから姿を消していたが、アカデミー賞の司会に抜擢され、軽快なトークで大物俳優たちを自在に操りながらの絶妙の進行ぶりが高く評価された。いまや、売れっ子MCとして引く手あまたである。

「では、さっそく問題です」
デイヴィッドはステーキをほうばりながらテレビ画面に目をやる。
「面積が世界第5位をほこる国はどこでしょう?」
デイヴィットは付け合わせのマッシュポテトを口に運ぼうとして、
「ブラジルだよ」
と小声で言う。
「あのさー。テレビを見ながら食事をする人はどれくらいいると思う」
「わかからないわよ」
テレビでは女性MCが言う。
「面積が5位の国はブラジルです。3人ともに正解です。これは幸先がいい」
「あのね、テレビをつけながら食事をするのは4割だってさ」
「そんなに多いの。意外だわ」
エリーは「こぼしすぎだろう」と言おうとするのを飲み込んだ。
「とくに夜の7時から8時は、50%の比率だって、国民生活時間調査の報告書が出てるんだよ」
「びっくりだわ」

デイヴィットの両親は雑貨屋を営んでいて、食事時は交代で店番をしなくてはならなかった。だからデイヴィットの家では食事は手早く済ませるもので、テレビは食事時に見るものであった。

「では問題です。世界の三大テノールをお答えください」
「えーと、プラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッティ、ホセ・カレーラスだったかな」
エリーがぼそりとつぶやく。
「さて、いかがでしょうか。正解は、パヴァロッティ、ドミンゴ、ホセ・カレーラス です。またしても3人ともに正解、お見事です。いやー、よく勉強してるね」
3人の回答者の顔がクローズアップされ、MCは驚いた顔を作る。
「クラシックはさっぱりわからないよ」
デイヴィットはエリーを見て言う。
「たいしたもんだな」
「3人ともCDもっているから」
エリーは食事を中断して、テレビの画面に映る三大テノールが歌う映像に見入っている。
「フルネームで答えなけりゃ、正解じゃないでしょう」
小声で言った。
「で、さあ。今テレビを消すってのはどうかな」
デイヴィットはサラダをむしゃむしゃやって笑いながら言った。
エリーは思い出した。結婚したばかりの頃、ふたりでチェスに没頭したことがあった。はじめはデヴィッドが勝ち続けたが、1週間もするとエリーが勝つようになった。ある日の対戦で形勢不利となったデイヴィットは、チェス盤をひっくり返したのだった。それ以来ふたりがチェスをやることはなくなった。
「冗談だよ」
いくつになってもこの男には年相応の分別というものが身につかないなと、エリーは思いながら、サラダのトマトを口に運んだ。

「では、最終問題、超難問です。キャデラックのふたつの背びれはなぜつけられたのでしょうか?」
「えーっ」
デイヴィットがすっとんきょうな声をあげる。
「キャデラックの背びれだって?」
「車を買い替えさせるため、売るためじゃないの」
エリーが口を出す。
「車を買い替えさせるためにモデルチェンジを繰り返し、技術の進歩を怠ったせいで、日本車に負けた。それが、自動車産業の衰退の大きな要因なのよ」
エリーはデイヴィットに説明する。
「さて、3人のお答えは。スピードを上げるため。走行を安定させるため。とくに意味はない。3人とも不正解です。正解は販売促進のため、売るためです」
デイヴィットはエリーがステーキを頬張る姿を眩しそうに見つめながら言った。
「エリーが番組に出てりゃ、賞金をごっそりいただきだったな」

『フロスト始末 上下 』R.D.ウィングフィールド

今回はフロスト警部の左遷がテーマ。マレット署長と新任のスキナー主任警部はフロストの署からの追い出しを画策する。
ガソリン代のちょろまかしがばれ、フロストの悪運もここまでかと思わせる展開になる。数字を書き変えた給油領収書の束が州警察本部に提出されれば、フロストは退職処分になるかもしれない。
スキナーに転勤依願書のサインを迫られるフロストの運命やいかに?

フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)
フロスト始末〈上〉
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R・D・ウィングフィールド
芹沢恵 訳
創元社推理文庫
2017年6月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)
フロスト始末〈下〉
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R・D・ウィングフィールド
芹沢恵 訳
創元社推理文庫

犬がくわえていた足首がデントン署に持ち込まれ、金持ちの少女が行方不明となり、別の少女もいなくなる。赤ん坊が誘拐され、食品に毒物を混入されたスーパーマーケットは恐喝犯の餌食になり、さらに若い女性の腐乱死体が発見される。
いくつもの事件が持ち上がるなか、スキナーはフロストの手柄をかっさらおうとし、根性のねじくれたマレットは責任をフロストに押し付けようと小細工する。

いつものことだが、何も解決していないというのに、てんてこ舞いのフロストのもとに、容赦なく次々と事件が舞い込でくるのだ。
ところが、意地の悪いスキナーはフロストを捜査から外したり、さんざん嫌がらせをした挙句、肝心なところでやり残した仕事があると古巣に舞い戻ってしまう。

卑猥な冗談がお得意のフロストは、超がつく愛煙家でそこらじゅうに煙草の灰を撒き散らし、吸い殻のポイ捨ての常習犯である。仕事に関しては己の能力の限界まで働くというスタンスだ。というより、次々に持ち上がる事件に対し、身を粉にしてふらふらになるまで働かないと追いつかない。フロストの事件を扱うプライオリティは、上司が強要するものとは異なる。あくまでフロスト流の順番で動くのだ。

不潔な風体でインモラルなフロストだが、
〈いやしくも人の上に立つものは、気が進まない仕事を気が進まないという理由で、下位の者に押しつけてはならない。それが上の人間の仁義というものである。〉という部下たちの信頼を得るに十分な、心意気がフロストにはある。
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フロスト始末
クリスマスのフロスト
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夜のフロスト
冬のフロスト
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夜明けのフロスト

『「ストーカー」は何を考えているか』小早川明子

犯罪被害学によると、ストーキングとは、正当な理由なく故意に悪意を持って繰り返し相手をつけまわし、待ち伏せや監視などによって意思を伝達しようとすることで、相手に不安感や恐怖を与える行為。
著者は今までに500人のストーカーと向き合ってきた。

ストーカー被害の半分は女性というデータがあるが、被害を受けている男性は警察に届け出ないことが多い。男性ストーカーが女性のプライベートな空間を攻撃することが多いのに対して、女性ストーカーは男性の公的な場面を狙う。

「ストーカー」は何を考えているか(新潮新書)
小早川 明子
新潮社新書 2014年4月

用もないのに1日5回以上もメールをよこすような人とは付き合わないほうがいい。メールを出した相手から3日待っても返事がなければ、好かれていないと理解すべき。「5回ルール」と「3日ルール」は、著者がカウンセリングにくる人に提案していること。

重要なのは、危険行動をどうやって見分けるかである。加害者がどの程度危険な精神状態にあるかを見抜くこと。
ストーキングすることによって心理的報酬を得ようとする「ストーキング依存症」と、妄想的な恨みの感情に支配され、殺意を肯定するまでに至っている「ストーキング病」に分けて、異なる対応をする。
ストーカー病の因子として自己愛性反社会性パーソナリティ障害が挙げられていて、医学的な治療を要する場合もある。

ストーキング行為は3段階に分けられる。1.マナー違反、2.不法行為(民事訴訟相当)、3.刑事事件。
さらに、ストーカーの心理レベルでの危険度とその対応についても、3段階に分けられる。1.リスク(可能性):「やり直したい」などの場合は「当事者同士」で解決する。2.デインジャー(危険性):切迫したメール、待ち伏せなどの場合は、「第三者の介入」が必要である。3.ポイズン(有毒性):脅迫メール、住居侵入などの場合は、「警察力」に頼るしかない。ポイズンの段階になると、殺人や自殺にまでエスカレートする可能性がある。

ストーカーに対してどう対応するのか未だ手探りの状態であるが、ストーカーによる殺人やストーカーの自殺を防ぐためにも、ストーカーの病理の解明と理解、法律の見直しが必要である。 →人気ブログランキング

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