日曜の朝

ボブ・ロスの油彩画のような浮き浮きした朝に、「4歳だったよね」とのデイヴィットの言葉に、ブレンダは苛立った。
夫婦の歳の差をいまさら話題にすることもさることながら、過去形で言ったことに、腹が立った。それが、夫のアルツハイマーのはじまりとは思いたくないが、どこかおかしいと思った。
日常の会話で、吟味されない中途半端な言葉が使われることはままあることだが、歳の差に関わるとなるとブレンダは看過することができない。
結婚をして5年が経った頃に、夫婦喧嘩が毎日のように勃発した。もしふたりの喧嘩を一部始終見届ける者がいたとすれば、およそほとんどの場合、悪いのはブレンダと断ずることだろう。喧嘩を仕掛けるのはブレンダだったし、アクセルを踏むのもブレンダだった。「青二才」とか「年増」とか、相手を揶揄する言葉が飛び出して終結するのだが、それが「ハゲ」や「ババア」とエスカレートしていった。喧嘩の収まりどころが年齢差であったことが、決定的な亀裂に至らなかった理由のひとつだとブレンダは思っていた。
生まれた年を比べると差は4歳だが、ブレンダは9月生まれ、デイヴィットは12月生まれなので、9月から12月までの3か月間は差が5歳となる。ある時、デイヴィットはその3か月は年齢差を5歳と明確に認識すべきだと主張し、わざわざ「増大期」と名付けた。
「そんな些細なことに拘って、まるでパラノイアだわ」とブレンダは言ったことがあった。「今は増大期だから、意見が食い違うのは仕方がないよ」などと、デイヴィットはブレンダの神経を逆撫でするようなことを口にした。
やがて、ふたりは売り言葉に買い言葉を実践したところで何も解決しないことを悟った。そして、年齢差について触れることが、ふたりの間でタブーになった。
それが、数か月前にデイヴィットによって久しぶりに持ち出されたのだ。これが尾を引いた。このことをきっかけに、寝るときに電気を消さなかったとか、鍵をかけ忘れたとか、電話の内容を伝えなかったとか、些細な落ち度を指摘しあうようになっていた。

デイヴィットの風体が妙だった。日曜なのに出かける支度をしていて、すでにスーツのズボンを履いていた。ところが中途半端なことに、上はパジャマのままだ。後頭部の髪の毛が馬のたてがみのように突っ立っていた。
ダイニング・キッチンに、タバコをくわえて現れたブレンダにデイヴィットが言った。
「4歳だったよね」
いらついたが、ブレンダは気を鎮めるように間をおいてから言った。
「きょうは日曜よ。会社は休みでしょ」
「ああ、勘違いしたんだよ。夢を見たんだ。ヘンリーから電話がかかってきて、仕事の話になったんだ。今日は朝イチでミーティングをすると言うんだ」
暑苦しい格好だが、それならなんとかつじつまが合う。
ヘンリーはデイヴィットの同僚である。
「この間、ヘンリーが母親の入所する認知症グループホームの見学に行ったんだって。認知症が進んで一人暮らしが難しくなってきたというんだ。
正確にはレビー小体型認知症というタイプだそうだ。物忘れより幻視がひどいらしい。ヘンリーのお母さんは、何年も前に死んだ愛犬の名前をしょっちゅう呼ぶようになって、おかしいと思ってファミリー・ドクターに診せたら、レビー小体型と言われたそうだ」
「ヘンリーのお母さん、おいくつ?」
「さあ、正確なところは知らないけれど、80歳ぐらいじゃないか。2年くらい前に、入居者への暴行事件でマスコミで話題になった介護施設があったじゃない。犯人が20歳そこそこの若い男でさあ、覚えてる? そこを第一候補にしたらしい」
「覚えてないわ。なんで、そんな曰くつきの所を選んだわけ?」
「入居費用を、他の所の80%くらいにダンピングしてるんだって」
「安すぎじゃないの」
「事件のあと入居者が減って、普通にやっていてはジリ貧だからと、ダンピングしたんだってさ。だから、きちんとしていて活気があったと言ってたよ」

デイヴィットが作っていたふたり分のハムサンドが出来上がり、それを皿に盛りつけ、テーブルに並べた。別の器にはケロッグのノンシュガー・タイプのシリアルを盛った。
デイヴィットの作るハムサンドは絶品である。それは、町の繁華街あったダイナー「ホワイト・クロス」の超人気メニューをパクったものだ。姉妹が経営していた「ホワイト・クロス」は、3年前に後継者がいないという理由で惜しまれつつ閉店になった。
「ホワイト・クロス」の妹が作る焼きサンドは芸術的だった。オーブンでトーストを焼いたのち、片面にバターを塗ってスライスしたタマネギとスライスチーズを乗せ、再びオーブンで焼く。そこに2枚のハムとレタスと薄切りキュウリを乗せ、万能調味料のクレイジー・ソルトを振りかけて、もう1枚の焼いたトーストで挟み、爪楊枝を刺してからパンの耳の部分を切り落と出来上がりだ。直角三角柱の断面はあくまでシャープで層構造が美しい。これにクレイジー・ソルトを振りかけて食べると、文句なしに旨い。
ふたつのマグカップにたっぷりのカフェオレを注いで、デイヴィットは椅子に腰かけた。
「起きたばっかりだから、食欲がないわ。せっかくの焼きサンドだけれど、今は食べられない」
ブレンダはサンドイッチの皿を、手甲で押して目の前から遠ざけた。
「きのうだったかな、ダイナーでハンバーグ・ランチを食べたんだけどさ、まずサラダが出てきて、中身はレタスとキュウリと細切りのニンジンだけで、それが新鮮でよく冷えているんだよ。玉ネギのドレッシングが抜群に合ってさ、サラダを平らげてちょっとしたころで、ハンバーグが出てくるわけ、それがいいタイミングでさ。それで、味見のつもりで、フォークで端っこをちょっとだけ切って頬張ると、デミグラス・ ソースが絡んでふわふわで肉汁がじんわり出てきて旨いんだ。
ここでパンを口に入れて、ミネステローネ風スープの優しい味で口直しをして、再度ハンバーグにナイフを入れようとすると、どこも欠けてないんだよ。さっき一口食べて、肉汁の名残が口の中に残っているのにだよ。ハンバーグはフットボールのように完璧な形をしているんだよ」
デイヴィットはレタスが少しだけはみ出たサンドイッチを両手に持ってかぶりついた。
さっきから、ガスコンロの火がついていて、ケトルの注ぎ口から熱湯が溢れ、しゅんしゅんと音をたてている。
ブレンダはタバコの火を灰皿でもみ消しながら言った。
「あなたの勘違いよ。デイヴィット」
デイヴィットは、2口目を頬張りながら、向かいに座っているブレンダの顔をピーターラビット柄のマグカップ越しにちらりと見た。デイヴィットはブレンダが60歳に近いというのに、朝起きがけのすっぴんで、10人並み以上の美貌を保っていることが誇らしかった。5段階評価で5ではないが4ではなんとなく低いので、4.5だなとデイヴィットは思った。ところが、10段階評価では9ではなく8でぴったりくる。どうしてだろう。
「さっきの歳の話だけれど・・・」
言いかけたブレンダだが、いまはデイヴィットよりも若かったのか年をとっていたのか、頭の中がごちゃごちゃしている。
「コーヒーに、もうちょっとミルクが欲しいわ」
席を立ったブレンダは上はパジャマを着ているが、下は下着のままだった。ブレンダは去年死んだ愛猫の名前を呼んで、食器棚の上の方に目をやった。
「だめでしょ、そんなところに登っちゃ」
水道の蛇口から水滴がしたたって、ぼたぼたと気だるい音を立てている。→人気ブログランキング

『ハツカネズミと人間』ジョン・スタインベック

アルバート、故郷に帰る』のなかで、主人公の夫婦が工場のストライキの現場でジョン・スタインベックに出会う。また、スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』(新潮文庫)の前説に、中篇集を発刊する経緯が書いてあって、スタインベックの『ハツカネズミと人間』を下敷きにした作品を描いたことがあると書かれている。
それで本書を読んでみることにした。

まるで舞台劇のように場面と登場人物が変わる。
登場人物の立場や役割がはっきりしているところも、舞台劇風である。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)
ハツカネズミと人間
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ジョン スタインベック /大浦暁生
新潮文庫 1994年

ジョージは体が小さいが賢い、レニーはでかくて働き者だが利口でない。ふたりの夢は農場を持つこと。レニーはウサギの毛の感触に魅せられていている。レニーがハツカネズミを撫でているうちに死んでしまうが、1週間も捨てられないでいるところを、ジョージにたしなめられる。
ふたりは小さい頃からの付き合いで、利口でないゆえに、なにかと災難に巻き込まれ勝ちなレニーの面倒をジョージがみてきた。
ふたりは農場の渡り労働者として、ある農場に雇われた。
農場主の息子カーリーは、立場を嵩にきていばり散らし、雇い人を殴る機会を狙っているようなヤクザな男である。その新婚の妻が気の多い女で、機会があれば従業員に色目を使っている。

ジョージとレニーは、この農場にいると揉め事に巻き込まれそうだから、給料を手にしたらさっさと出て行くことにした。その判断は正しかった。夫婦が絵に描いたような疫病神なのだ。

仕事で右腕をなくしたキャンディ老人は、保証金をもらい、飯場の掃除して暮らしている。いつものように、ジョージとレニーが農場を持つ夢を語っていると、キャンディ老人が話しに加わり、農場を買う金の一部を出すという。三人は夢を語って盛り上がった。
そこに、カーリーが現れてレニーに難癖をつけ殴りかかる。レニーはカーリーの手を握り潰してしまう。

農夫たちが蹄鉄投げに興じているときに、レニーは黒人の部屋に上がり込んで話し込む。蹄鉄投げに加わらないキャンディ老人も加わって話をしていた。そこに、カーリーの妻が現れレニーを誘惑する。レニーは髪に触らせてもらっているうちに、エスカレートして、女の首の骨を折って殺してしまった。

逃亡したレニーを追うカーリーと農夫たちの先頭にはジョージがいた。
早々とレニーを見つけたジョージはレニーに優しく話しかけ、背後から首の付け根に狙いを定め銃をを撃つのだった。
ジョージはわかっていた。農地を手に入れることなど、実現不可能な絵空事であることを。→人気ブログランキング

『キャリー』スティーヴン・キング

『キャリー』の主人公は、念の力でものを動かすことができるテレキネシスをそなえた、いじめられっ子の少女である。クラスメートのスー・スネルは、シャワールームで陰湿ないじめに加わったことの罪滅ぼしに、自分のボーイフレンドを説き伏せて、卒業パーティでキャリーの相手役を務めさせる。このふたりがキング&クイーンに選ばれて、祝福を受けているとき、意地悪なクラスメートのクリス・ハーゲンセンからまたしてもひどい仕打ちを受ける。キャリーは復讐の鬼と化し、テレキネシスを使ってクラスメートの大半と冷酷な母親を殺し、自分も命を落とす。

以上は、『書くことについて』で著者自身が書いた『キャリー』のあらすじである。
キングのデビュー作とされる本書は3度映画化されている。

キャリー (新潮文庫)
キャリー
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スティーヴン キング/ 永井淳 
新潮文庫 1985年

宗教的に狂っている母マーガレット・ホワイトは、悪魔の下僕のような存在である。そもそもキャリエッタ・ホワイトは望まれて生まれてきた子ではなかった。マーガレットは下腹部が膨れてきたのは悪性腫瘍のせいだと思った。やがて天国で待つ夫のもとに行けると信じていた。

マーガレットはキャリーと同じユーイン・ハイスクールの卒業生で、2回停学になっている。停学の理由は、クラスメートを殴ったことと、生徒にダーウィンの進化論を教えた教師に、「イエスは地獄の特別席を用意しておくだろう」と言ったことによる。
マーガレットはキャリーを度を越して厳しく躾け、禁を侵すとクローゼットに閉じ込め祈ることを強制した。

キャリーは体育の授業が終わった後のシャワールームで、初潮を迎えパニックに陥る。初潮のなんたるかを理解していなかった。キャリーをはやしたてタンポンやナプキンを投げつけたクラスメートを制止し、キャリーをなだめたのは体育教師のデジャルダン先生。
キャリーがヒステリーを起こしたとき、ミス・デシャルダンはシャワールームのライトのひとつが消えたことに気づいていた。
本作のテーマは血とテレキネシスである。

クリスの仕打ちに、キャリーはぶち切れた。
チェンバレンの街は、学校は全焼、中にいた教師と生徒たちは焼死。
消火栓はひとりで開き勢いよく水があふれ、消防車が出動しても使い物にならない。ガス本管が爆発し、電線がガソリンに引火し炎を上げた。
ダウンタウン全域が火の海となる。→人気ブログランキング

ダークタワー Ⅱ 運命の3人 下
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 上
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キャリー』(DVD

『煙がにしみる 火葬場が教えてくれたこと』 ケイトリン・ドーティ

米国シカゴ大学でヨーロッパ中世史を専攻した22歳の女性が、サンフランシスコの従業員が数人の葬儀社に就職し、火葬技師として1年間勤務した。葬儀社を退職した後、葬儀学校で学び、葬儀ディレクターの資格を獲得する。その後、いくつかの葬儀社に勤務して経験を積んでいった。
死や遺体を扱うことがテーマなので、勢い暗くなりがちなところ、持ち前の果敢なチャレンジ精神と物事に真摯に取り組む姿勢により、陽気で説得力のある内容となっている。

煙が目にしみる : 火葬場が教えてくれたこと
ケイトリン・ドーティ
池田真紀子 
図書刊行会 2016年8月

死は人間にとって、身近なものであるはずというのがテーマ。
土葬には、大地が遺体を包み込み遺体を浄化してくれるという、人びとの願いが込められている。土葬が禁じられる州が出てきて、自然への畏敬の念が薄れてきた。米国の火葬率は年々増え続けているとはいえ、まだ3割程度である。

著者の、最初の仕事は、70代男性の遺体の髭を剃ること。もちろん、それまで男性の髭を剃ったことなどなかった。さらに、遺体の胸部に埋め込まれたペースメーカーを取り出す作業や、遺伝病で亡くなり大学病院で長期間保管されていたホラー化した女性の火葬などを経験していく。
なぜか、カリフォルニア州法では、遺族に引き渡されるのは原型を残した遺骨ではなく砕かれた骨粉と、定められている。遺骨は火葬の最終プロセスで粉骨機にかけるのである。といったような、日常からひどくかけ離れた世界が待ち受けていた。

こうした経験から著者が訴えているのは、人間の死の自然なあり方だ。
人間は死んだ瞬間から腐敗がはじまる。〈何も処置いない遺体の顔は醜い。少なくとも、私たちの社会のきわめて不寛容な期待からすれば、観るのがつらい光景だ。まぶたは力なく垂れ、どこか遠くを見つめたままの眼球は時間とともに濁っていく。口はエドヴァルド・ムンクの『叫び』のごとく大きく開かれている。顔には血の気らしきもはまるでない。〉
遺体を生きているかのようにエンバーミングを施し化粧を加え、死を美化する風潮をそろそろ見直すべきではないかと、著者は訴える。遺族が遺体を洗い清め、死出の旅支度を整える作業を通して、変化していく死体を目の当たりにする。そうすることで残された人々は、大切な人を失った現実と向き合えるのではないかと訴える。

こうした考えに基づき、2015年に、著者は故人の生前の希望にかなった葬儀など多様なニーズに応える葬儀会社「Undertaking  LA」を設立した。また、マスコミを通じて死や葬儀に関する様々な情報を提供している。なお、YouTubeには、「Ask A Mortician」というチャンネル名で、数多くの動画がアップロードされている。→人気ブログランキング

『アルバート、故郷に帰る』ホーマー・ヒッカム

大恐慌が始まって6年が経った頃の話。
バスルームで炭鉱夫のホーマーはワニのアルバートに食いつかれ、パンツ姿で逃げ回った。ホーマーと妻のエルシーは、アルバートをウェストヴァージニアの炭鉱町から、1000キロ以上離れた生まれ故郷のフロリダに運んで自然に帰すことにした。
ワニはエルシーが付き合っていたダンサーのバディが、結婚祝いに贈ったもの。送られてきたときは15センチだったが、2歳になったいま、1.2メートルに成長し、これからも大きくなる。アルバートは嬉しいときは「ヤーヤーヤー」と声を出し、寝転がってクリーム色の腹をエルシーに撫でてもらうのが好きだ。

アルバート、故郷に帰る 両親と1匹のワニがぼくに教えてくれた、大切なこと (ハーパーコリンズ・フィクション)
ホーマー・ヒッカム
金原瑞人・西田佳子 訳
ハーバーコリンズ・ジャパン 2016年9月

ふたりは、ピックアップトラックの荷台にバスタブを積んで、そこにアルバートを乗せフロリダに向かった。途中で、なぜか雄鶏がホーマーとアルバートを気に入り、旅に加わった。

かつて、ホーマーは高校を卒業するエルシーに求婚したが断られた。エルシーは高校を卒業すると町を出て、金持ちの叔父さんが住んでいるフロリダで暮らした。やがて故郷に戻ってくると、ホーマーの求婚を承諾した。エルシーはバディに未練があった。
ホーマーは2週間で故郷に戻るつもりだが、エルシーは夫がなんと言おうと町には戻らないと決めた。そんなギクシャクした夫婦は、大いに道草をしながら南に向かう。

道草する理由は、エルシーの誰からも受け入れられる気さくな性格と、規格外れの好奇心にある。
エルシーは靴下工場の労働者の先頭に立ち経営者とわたりあったり、ホーマーは銀行強盗に巻き込まれアルバートに助けられたり、詩人の老紳士とムスリムの美女に騙されたり、エルシーは密造酒の運び屋の妻にさせられ警察とカーチェイスをしたり、双翼の飛行機に乗せてもらったり、ホーマーはプロ野球の選手になり、アルバートは球団マスコットに収まり、エルシーは球団オーナーの付き添い看護婦になったりする。さらに、ハリウッドで、ふたりとアルバートは映画に代役として出演したり、ホーマーは漁師になったり、そしてフロリダに着くと、ホーマーは鉄道監視員の仕事に就いた。

はたして、アルバートはフロリダでの安住の地を見つけることができるのか。ホーマーの思い通り、ウェストヴァージニアに戻ることができるのか。なによりも気になるエルシーとホーマーの仲はどうなるのか。

ところで、スタインベックとヘミングウェイの文豪が登場する。
スタインベックは、書き進めている小説のタイトルを、エルシーが提案した『怒りの葡萄』にすると宣言する。本をエルシーに捧げると言ったことになっているが、『怒りの葡萄』の献辞を調べると、残念ながらエルシーの名前はない。→人気ブログランキング

母親のエルシーから聞いた話を、著者の息子が書き綴った形をとっている。
エルシーが話を面白くするために、多少「盛っている」かもしれないと、著者は書いている。小説家になりたかったエルシーのことだからは、ストーリーを面白く仕立てたかもしれない。訳者は「21世紀になって、これ以上面白い小説は書かれていないのではないか」と評しているが、フィクションであるにせよ実話であるにせよ、本書が抜群に面白いことに違いはない。

『亡霊星域』アン・レッキー

舞台は、遠未来の銀河系。前作の『叛逆航路』をかいつまんで紹介すると、
いまや、惑星間国家ラドチが人類世界の大半を支配している。ラドチは従わない惑星を武力で併呑することを繰り返し巨大化してきた。併呑された惑星民にとって、ラドチに対する遺恨の念は拭いきれないものとなっている。
ラドチ圏を3000年前から支配する絶対皇帝アナーンダ・ミアナーイは、何千もの肉体を持ち、ラドチ圏のあらゆるところに存在している。それが、穏便な方のアナーンダとそうでない方のアナーンダに分かれ、敵対しはじめたのだ。

亡霊星域 (創元SF文庫)
亡霊星域
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アン・レッキー
赤尾秀子 訳
創元SF文庫  2016年4月
売り上げランキング: 28,309

主人公のブレクは、2000年前の兵員母艦〈トーレンの正義〉で、あまたの属躰を統率する立場にあったAIであり属躰でもあった。20年前の事件で、〈トーレンの正義〉の属躰はブレクはひとりになった。
属躰とはラドチが侵略した惑星の人間にAIをインプラントし戦闘用に改造したものである。
ブレクの正体を知っているのは、前作で極寒の地で行き倒れになっていたところをブレクが助けたセイヴァーデンだけである。セイヴァーデンは生まれもいいし、気品も備わった艦長にふさわしい人物であると、ブレクは評価している。

本作は、艦隊指揮官の立場にあるブレクが、〈カルルの慈(めぐみ)〉の艦長として、辺境の地アソエクの星系に赴任するところからはじまる。ブレクは、セイヴァーデン副官と新米副官のティサルワットを従えている。ブレクはティサルワットの不手際を強引な方法で修正させた。

ところで、ラドチ圏の特徴的な習慣として、ラドチーナは男女の区別はなく、ジェンダーを意識しない。三人称の呼称は「彼女」が用いられる。性別の意識がないかわりに、人種や家系や階級、宗教や社会的地位などによる差異が、きわだっている。礼儀をわきまえているとかそうでないとか、上下関係によって起こる感情の齟齬が、重大事として扱われるのである。

前作でオマーフ宮殿での暴動事件の後、星系間ゲートは封鎖され軍艦以外は星系の外に出ることも情報のやりとりもできない状況になっている。
600年前にラドチに併呑されたアソエクの星系には、4つの星系間ゲートがあり、ひとつは無人の星系に続くゴーストゲートである。
アソエクはステーションと呼ばれるドームで囲われた緑と湖がきれいなガーデンと、それを支えるアンダーガーデンから構成されている。
ブレクは下層民の居住地区アンダーガーデンに宿泊して、下層民の窮状を知ろうとする。→人気ブログランキング

アソエク星系に以前から駐留している軍艦〈アタガリスの剣〉の艦長は、艦隊司令官のグレクに従わざるをえないことが大いに不満なのだ。
大茶園主に不当な労働条件を強いられる労働者や、不当な扱いをうける下層民の生活を改善しようと、ブレクは行動するのだが、反発を買うことになる。また有力者の子弟が起こした性的虐待が、思わぬ事故に発展する。

『星群艦隊』
亡霊星域
叛逆航路

『ダークタワー Ⅱ 運命の3人 下』 スティーヴン・キング

上巻は、「〈暗黒の塔〉を探していたローランドとエディの行く手に、〈影の女〉と書かれたドアが現れた。」という場面で終わった。

1959年8月、オデッタは地下鉄駅で何者かに後ろから押されて電車に轢かれ両大腿を切断した。事故のあと車椅子の生活となったが、おおかたの場合は、心優しいオデッタが人格を支配していた。しかし、邪悪なデッタがしだいに意識の前面に浮上するようになっていった。デッタの趣味は万引きだった。

ダークタワー II 運命の三人 下 (角川文庫)
スティーヴン・キング
風間賢二 角川文庫 2017年1月

ローランドが〈影の女〉のドアを開けると、黒人女性の中にインプラントした。その女は、デッタとオデッタの性格が混在する2重人格者であった。
デッタはデパートで万引きをして追いかけられ、車椅子で試着室に逃げ込んだ。そしてデッタは砂浜に現れた。

オデッタは風呂からあがって、ローブを着て居間へ行き、ヴェトナムに駐留してるアメリカ軍についてのニュースをテレビで見ていたときに浜辺に来た、という。

ロブスターの毒にやられ衰弱したローランドが生き延びるためには、薬を調達しなければならならなかった。
〈第3のドア〉を探し求めて、エディとローランドはデッタを車椅子に乗せて浜辺をさまよった。
そしてついに、〈第3のドア)を見つけた。ローランドはエディとデッタを海岸に置いて、〈押し屋〉と書かれたドアを開けた。

ローランドは、よりにもよって、無差別殺人の愛好者、公認会計士のジャック・モートの体にインプラントしたのだった。
モートは5歳のオデッタの頭にレンガ塊を命中させ死線を彷徨わせ、成人したオデッタを地下鉄の線路に突き落とした鬼畜だった。
そんなことは構っていられない。ローランドことモートは銃砲店に入り銃弾を調達し、駆けつけた警官から銃をホルスターごと奪い、ドラッグ・ストアに入って抗生物質のケフレックス200錠を手に入れた。
パトカーを運転して地下鉄に行き、オデッタが突き落とされたフォームの線路に降り、電車に轢かれ、薄汚い公認会計士を葬り、1977年のニューヨークで仕事を終えたローランドは浜辺に戻った。

デッタの罠にはまり海岸に縛りつけられたエディは、今まさに怪物ロブスターに襲われるところだった。間一髪、ローランドが銃をぶっ放した。
オデッタとデッタが激しく罵りあった結果、ふたりの人格は消え、第3の女、かつてローランドが心を寄せたスザンナとして蘇った。

ローランドはドラッグ・ストアで手に入れたケフレックスのおかげで、体力を回復した。そして、ローランドとエディとスーザンの3人は、〈暗黒の塔〉を探して果てしない旅を続ける。→人気ブログランキング
という手に汗を握る内容。

ダークタワー Ⅱ 運命の3人 下
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『ダークタワー Ⅱ 運命の3人 上』スティーヴン・キング

『ダークタワー Ⅰ』では、話が複雑で焦点が定まらない感があるが、本書はキングらしさ(ウィットに富んで、饒舌で猥雑、プロットは緻密)が全開で、引き込まれること必至。

目覚めると、ローランド(ガンスリンガー)は海岸の波打ち際に倒れていた。
ロブスターの化け物が襲ってきて、右手の人差し指と中指と右足の親指を食いちぎられた。このあとローランドは右手がうまく使えなり、ロブスターの毒により敗血症に苛まれることになる。
ふたりは毒ロブスターで食いつなぐのだ。

ダークタワー II 運命の三人 上 (角川文庫)
スティーヴン・キング/風間賢二 訳
角川文庫  2017年1月

海岸にはドアがあり、開けると馬不要の車が走る異世界(1980年代のアメリカ)につながっていた。ローランドは、バハマからニューヨークに麻薬を運ぶエディの体の中に入り、ニューヨーク行きの飛行機の客となっていた。エディはヘロイン中毒である。

ローランドはロブスターの毒を消すために、薬を手に入れなければならない。エディが税関で捕まれば、薬を手に入れることができない。
麻薬の運び屋と疑われたエディは、副操縦士の制止を効かずにトイレに駆けこんだ。
エディはドアを通って海岸に行き、コカインの袋を体からはがしトイレに戻った。
税関で2時間、質問攻めにあい証拠不十分で釈放されるが、そのあと尾行をつけられた。
ローランドは、エディが空港の売店で買ったアスピリンを服用し、ペプシコーラを貪るように飲んで、ホットドッグをかじった。やがて体の震えが止まり、熱が下がり、痛みが消えていくのを感じた。

ニューヨーク麻薬界の大物の前に連れて行かれたエディは、またもやトイレに駆けこみ、海岸に行きヘロインを半分の5キロを持って、トイレに戻った。そこで、壮絶な銃撃戦が始まった。
生き残ったのはローランドとエディだけ。→人気ブログランキング

警察がかけつけ、大物の館に踏み込もうとしたとき、ふたりは再び海岸に戻った。
〈暗黒の塔〉を探し求めて歩き出したふたりの行く手に、〈影の女〉と書かれたドアが現れた。
そして、下巻では3人目の運命の人物が登場する。この女が厄介なのだ。

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『ダークタワーI ガンスリンガー』 スティーヴン・キング

主人公は、腰に2丁拳銃をぶら下げたガンスリンガー(拳銃使い)のローランド。
宿敵の〈黒衣の男〉追い続けている。

ローランドは〈タル〉の町に入る。〈タル〉は西部劇でおなじみの、よそ者に極端に排他的な町である。ローランドは、酒場の女アリスと懇ろになったものの、イカサマ女説教師の怒りを買い、ついには〈タル〉の住民すべてを敵に回すことになる。
ローランドが町を出ようとしたときに、住民がローランドの命を奪おうと襲ってきて、満身創痍になりながらも、〈タル〉の住民を皆殺しにした。
負傷したローランドは〈中間駅〉にたどり着いたが、砂漠の暑さで日射病にやられ倒れてしまう。別世界(現代)からやってきた少年ジェイクが介抱する。ジェイクは登校時に車にはねられ、〈中間世界〉にやってきたのだ。
時空が歪んだ〈中間世界〉は、開拓時代を思わせる世界であり、核戦争で荒廃した未来世界でもある。

ダークタワー I ガンスリンガー<ダークタワー> (角川文庫)
スティーヴン・キング/風間賢二 訳
角川文庫
2017年1月 

世界の根幹に存在する暗黒の塔(ダークタワー)が、何者かによって破壊され不具合が生じているのだ。ローランドが〈黒衣の男〉を追いかけるている理由は、ダークタワーについて聞き出すことである。
いよいよ〈黒衣の男〉に出会い、男はダークタワーの話を始めるのだが、その詳細をローランドは聞いていないか理解できないか、宙ぶらりんのまま第1作は終わる。

解説によれば、本シリーズはキングが大学生の22歳の時に書きはじめた7巻から成る大作で、キングのライフワークともいうべき作品だという。キングが、まだ作家として海のものとも山のものともつかない頃に、書きはじめたものだから、キングらしい饒舌さは発揮されているが、荒削りである。
本シリーズは、第2巻以降で第1巻でなにを意味するのか不明な事柄が徐々に明らかにされていくという。例えば、「神の意図するところすべて〈カ〉のなせる技」と書かれているが、これがなにを意味するのかは不明である。
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また、本シリーズはキングの他の作品と関連をもっているという。

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『ヌメロ・ゼロ』ウンベルト・エーコ

昨年2月に亡くなった、イタリアの知の巨人、ウンベルト・エーコの遺作である。
50歳の男・主人公のコロンナが、ある朝目覚めるとシャワーが出なかった。
寝ているすきに誰かが部屋に忍び込み、重要な情報が詰まったフロッピー・ディスクを持ち去ろうとしたに違いないと、コロンナは思った。フロッピー・ディスクは無事だったが、再度、奪いにやってくるに違いない。コロンナがもっている情報が公表されると、窮地に追い込まれる勢力が存在するのだ。という巻末と同じ状況のエピソードから本書ははじまる。

ヌメロ・ゼロ
ヌメロ・ゼロ
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ウンベルト・エーコ/中山エツコ 訳
河出書房新社
2016年9月

『ドマーニ(明日)』というタイトルの新聞を発行する計画のメンバーに、コロンナが選ばれた。メンバーは6名で、いずれもジャーナリストととして挫折した過去を持つ。メンバーがアイデアを出しあい、『ドマーニ』のパイロット版『ヌメロ・ゼロ』を編集しようとする。
いまや、ニュースはテレビやネットにより瞬時に大衆に知られてしまい、新聞に勝ち目がない。『ドマーニ』は週刊誌のような内容の新聞を目指すという。コロンナは『ドマーニ』の試作の経過を、本にまとめるように命じられていた。

読者には、どこまでが真実でどこからがか当てずっぽうなのか見当がつかないまま、イタリアで起こった事件が、メンバーのなかで嫌われている男によって旺盛に語られる。それは取りも直さず、エーコの見解なのだ。「ムッソリーニの最期にまつわる事件」、フリーメイスンが絡んだ「P2事件」、「ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件」などのイタリア近代史の闇について、著者は大胆な見解を述べている。

その嫌われ者のメンバーが、プロの手口で殺害されるに至り、ストーリーは急展開をみせる。
指示を出すだけで姿を見せない新聞社主は、誰からか電話を受けとり、『ドマーニ』紙の発刊が彼にとって危険になったと、企画のとりやめを命じた。社主のモデルとなっているのは、起業家から身を転じスキャンダルにまみれながら9年間もの長きにわたり、イタリアの政権の座にいたベルルスコーニ首相である。→人気ブログランキング

自分を含めた他のメンバーにも魔の手が及ぶのではないかとの疑心暗鬼のコロンナは、わが身の安全のために国を出るべきか思案するところで、巻頭のエピソードにつながり、物語は終わる。

イタリア国民はなぜ「反知性」の象徴のようなベルルスコーニを首相に選んだのかと世界から揶揄されたことがあった。著者が本書で警鐘を鳴らしたこの事象は、いまやフィリピンのドゥテルテやアメリカのトランプの登場によって、増幅された感がある。

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