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2016年4月 5日 (火)

追悼ヘニング・マンケル

ヘニング・マンケルが昨年の10月5日に67歳で亡くなった。末期の肺癌だった。マンケルは、翻訳ミステリ・ファンにはお馴染みのスウェーデン出身の人気ミステリ作家である。最近の北欧ミステリ・ブームの嚆矢となった大御所である。マンケルは、1948年にストックホルムで生まれた。父方の祖父は作曲家、父親は裁判官であった。スウェーデンのように第2次世界大戦に参戦していない国でも、この時代はベビーブームだったという。学校とそりが合わなかったマンケルは、16歳で中退して船乗りになった。20歳のときに、ストックホルムで劇場の仕事に就いて、脚本などを書きはじめている。

マンケルは、1991年に、バツイチのさえない中年男クルト・ヴァランダー刑事を主人公にした『殺人者の顔』でブレイクした。『殺人者の顔』は、現在のヨーロッパ各国が頭を悩ませている移民問題をテーマにした作品である。その後は、現代社会が抱える闇を扱ったヴァランダー・シリーズを毎年出版し、数々の文学賞を獲得した。スウェーデンおよびイギリスでは、テレビドラマ化もされた。日本語には、最近出版された『霜の降りる前に』を含めシリーズの11作中9作が翻訳されている。いずれもミステリ翻訳本の年間ランキングで上位を占める傑作である。何年か前に知人に勧められて読みはじめファンになった。忘れた頃に出版される翻訳本を楽しみにしていたマンケル・ファンとしては、残念でならない。

マンケルは児童文学も手がけていて、『炎の秘密』で第49回産経児童出版文化賞を2002年に受賞している。また、アフリカのモザンビークに居を構え、劇場を建て舞台監督を務めたり、アパルトヘイト反対運動やエイズ撲滅に力を注いだ。アフリカはマンケルにとって幼い頃からの憧れの土地だったという。

2010年には、マンケルはイスラエル軍に拿捕されたパレスチナ自治区に物資を輸送する援助船に乗っていた。人道支援グループの一員として加わっていたのだ。マンケルはこうした多岐にわたる活動を黙々と続けていた感がある。

4、5年前に、マンケルがスウェーデンの新聞社のインタビューに応えた長文の記事が日本の新聞に掲載されていた。その中で、将来はミステリ作家の中からノーベル賞受賞者が生まれることを願っていると語ったのが、強く印象に残った。それだけ高い理想を抱いて執筆していたのだろう。

マンケル作品の日本語翻訳を一手に引き受けている翻訳者によれば、「無口で温和な人」だったという。まだまだ書きたいことがあったと思う。ご冥福をお祈りする。(2016年)

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