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2018年3月 4日 (日)

毛沢東がまだ元気だった頃

中華人民共和国の文化大革命の危うさが露呈し始めた頃、僕は大学生だった。その頃、旺文社の受験生向け英単語辞書『赤尾の豆単』にそっくりな赤い表紙の『毛沢東語録』を買った。中国人民や紅衛兵たちを鼓舞するスローガンと思われる文章が、簡素化した「簡字体」で書かれていた。「簡字体」に違和感を覚え、数ページめくっただけで放りだした。違和感の原因は、漢字を生んだ国とは思えないあまりにも強引に簡素化された文字が並んでいたからだ。

1972年9月に、田中角栄が日中国交正常化交渉で訪中した際に、毛沢東に直接手渡した漢詩がTVのニュースに流れ、さすが今太閤の角栄だと、ソツがない配慮に感心した。1976年に82歳で大往生する毛沢東が、政治の第一線から姿を消しつつある頃だった。「国交途絶幾星霜  修好再開秋将到 隣人眼温吾人迎  北京空晴秋気深」がその七言絶句の漢詩で、今も記憶に残っている。漢詩のお返しに、毛沢東は田中角栄に中国の詩の古典を贈った。

同級の台湾からの女子留学生が、「田中角栄のバカヤロウ」と言って日中国交回復を呪った。1971年に、それまで台湾が専有していた国際連合での議席を中国に奪われたのだ。日中国交回復は、日本が台湾を捨てて中国に乗り換えるというふうに、台湾の国民には映ったのだろう。台湾は国際社会の中で埋もれてしまう危機感をもっていた。女子留学生が憤慨する気持ちはよく理解できた。 

その頃、僕が家庭教師していた中学生の両親が自民党員で、田中角栄の色紙が手に入ったので進呈するとのことだった。この歴史的な漢詩が書かれたものと大いに期待したが、「温故知新」だったのでがっかりした。色紙には毛筆で力強く書かれた「温故知新」と田中角栄のサインがあり、朱色の印が押してあった。色紙は先輩や友人たちが回覧しているうちに行方不明となったが、惜しいとは思わなかった。

『毛沢東語録』と同じころに購入したのが、当時中国が大々的に売り出していた万年筆だ。太めのエボナイトの本体に、キャップのクリップは弓矢の形をしていて、ペン先はイリジウム合金で、アメリカの高級万年筆パーカーに酷似したコピー商品であった。「英雄」は500円だったと思う。ダークグリーンとワインレッドの2本を購入した。1本はその日のうちに、もう1本は1週間するとイリジウムのペン先が取れてしまい使い物にならなくなった。長髪の同級生のひとりが1ヶ月使っても壊れないと自慢していた。毛が長いことが当たり前の風潮だった。

筆記用具の主役が、万年筆からボールペンにとって代わろうとしている頃だった。黄色い本体に黒いキャップ、太字のビックボールペンが使いやすかった。受験生のときはもっぱら鉛筆やシャープペンシルを使っていたので、ボールペンで書くことに憧れていたのかもしれない。ボールペンはインクが漏れたり、ペン先のボールが回らなくなったり、ボールが回ってもインクが出なくなったり、ときどきトラブルが起こった。粘着気質の同級生は、インクが出なくなったボールペンで紙に円を10数分もの間書き続けインクを出るようにしたと、円の圧痕だらけの白い紙を誇らしげに掲げていた。

入学してから友人の影響でSFを読むようになった。やがてSFにのめりこみ、数人の友人と「SF同好会」というグループを作った。ガリ版刷りの薄っぺらな同人誌を発行して、繁華街で手売りをしたことがあった。若気の至りとはいえ大胆不敵だったと思う。
あの頃は日本という国にとっても青春だったのだ。

2018年3月 2日 (金)

イヤーワーム

平昌オリンピックが始まると、北朝鮮の美女応援団が歌う楽曲が頭から離れなくなった。『お会いできてうれしいです』というタイトルの北朝鮮では定番の歌謡曲だという。テレビで冒頭の2フレーズぐらいが頻回に流れるので、耳に焼きついてしまった。ハングル語で「パンガプスムニダ」と歌っているらしいが、「◯◯スミダ」と聴こえた。初めのうちは気にしていなかったが、なにかの拍子に頭の中でメロディが流れだすと、止めようとしても止まらなくなった。

そこでネットで「頭から離れないメロディ」を検索すると、「イヤーワーム」という回答が得られた。98%の人がイヤーワームを経験したことがあり、強迫性障害の人はイヤーワームを多く訴える傾向があると書いてある。今までに、何回かイヤーワームを経験したことがあり、演歌だったり、Jポップだったり、洋楽だったり、コマーシャル・ソングだったりしたが、それらはどちらかといえば好きなメロディだった。今回は不快と思ってしまうメロディである。
イヤーワームを止める方法がいくつか挙げられていて、ガムを噛む、他の曲で上書きするなどがあった。早速、都はるみの『あんこ椿は恋の花』を頭の中で繰り返すと、治まる気配をみせた。

オリンピックが始まった当初はマスコミが好意的に報道していた美女応援団だが、神出鬼没な行動にマスコミも視聴者も愛想をつかしたのか、オリンピックの後半は報道される機会がめっきり少なくなった。

SF界の巨星アーサー・C・クラークの『究極の旋律』という短編は、イヤーワームがテーマの作品である。「究極の旋律」を発見した科学者は、繰り返しその旋律を聴いたせいで、植物人間になってしまう。ところが、同じ回数を聴いたはずの助手はピンピンしている。オチは、助手が「究極の旋律」と盛りのついた猫の鳴き声との区別がつかないくらいの音痴だったというもの。

ところで、この文章を書くためにあれこれやっていたら、再び例のメロディが流れだした。今度はイーグルスの『デスパラード』のサビで上書きしてみよう。

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