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2018年8月 8日 (水)

レッドカーペットで繰り広げられていたこと

今年の米アカデミー賞授賞式のTV放送を見ていて感じたことがあった。
会場に向かうレッドカーペットのところで、4人のインタビュアーが、着飾ったスターたちを待ち構えていてマイクを向ける。インタビュアーが早口に質問を浴びせると、スターはこれまた早口でジョークを交えて陽気に応える。それからお約束の衣装やアクセサリーのブランドを訊ね、終わりというのがインタビューの流れ。このやりとりをどこかで見たことがあるなと思ったら、ゲイ諸氏が出演するTVのバラエティ番組だった。

大げさな身振りや手振りといい、しゃべるテンポといい、気の利いたシャレといい、似ている。洗練されているようでどこか泥臭い、わざとらしくて、約束ごとで流れていくようなやりとりである。スターに上り詰めるには茨の道であっただろう。そこはゲイ諸氏とて同じ、艱難辛苦を乗り越えて手に入れたのが、フルメイクの術と立て板に水の話術だった。引き出しにはジョークがふんだんに入っていて、話の成り行きには臨機応変に対応できる。ゲイ諸氏はいつの間にかハリウッドを身につけていた。

スターたちのファッションは庶民とは何の関係もない事象のように思われがちだが、そうではない。蝶が羽ばたくとはるか彼方で竜巻が起こるバタフライエ・フェクトのように、有形無形でじわじわと庶民にたどり着き、流行となるのだ。

さて、授賞式の司会を務めた俳優でありコメディアンの女性には驚嘆させられた。彼女は、絶対にスカートをはかないという硬い意志がにじみ出たボーイッシュでシックな上下のスーツに身を包み、機転の効いた早口の話術で並み居る大物スターたちをからたったり持ち上げたりして、その度に場内には爆笑が起こった。50歳を少し超えたくらいのその女性をネットで調べると、同性の配偶者が明記されていた。

式の合間には宅配ピザ配達人がピザを届けるオーマイゴッドの演出もあって、蝶たちがてんでばらばらに羽ばたくようなハリウッドの放つものすごいエネルギーに、ただただ脱帽してしまいました。

2018年8月 4日 (土)

早弁禁止です!

柔道部顧問の渡辺先生に張り倒されるので、誰も早弁をしなくなっていた。なにしろ渡辺先生はネアンデルタール系の強面で矢鱈がっしりしている。
進級して担任が西部先生に代わってから、早弁が横行するようになった。
「最近、午前中の休み時間にお弁当を食べる人がいますが、いけません」と、白いブラウスの襟を立て濃いグレイのタイトスカートをはいた西部先生は、体を上下に揺すりながら教室をぐるりと見回した。リズムをとるように体を揺するのは西部先生の癖だ。こほんと小さな咳払いをしてから、「職員会議で、このクラスが問題になっています。規則を守ってください。禁止ですよ!いいですね!」と、最後のところで語気を強めて声が裏返った。新婚の西部先生は生徒に舐められないようにと大きな声を出すが、それが裏目に出てしまう。あえて早弁という言葉を避けていた。

ご飯は弁当箱に詰められるだけ詰めた。
夏場はご飯の中央に腐敗防止の効果がある梅干がのせられた。アルマイトの弁当箱の蓋が梅干で腐食されると言われていたが、表面に腐食防止の加工が施されているらしく、そんな変化は一向に見られなかった。
弁当の包み紙は新聞紙だった。カバンの中でおかずの汁が染み出して教科書やノートにシミを作ったことがあってからは、厳重に包んだ。

底なしの食欲をもっていた年頃だから到底昼までもたず、2時間目の授業が終わる頃には空腹を覚え、10分間の休み時間に弁当を三分の一ほど腹に詰め込んだ。未来はなんとかなるとしか考えていなかったから、3限の終わりで弁当が空になることもしばしばであった。そういう時は友達の弁当をあてにした。
早弁する奴はひとりではないから、教室は弁当の臭いがこもって、誰かがたまらず窓を開けるのだった。
こうした状況に、不規則分子を摘み取ろうと、学校側は「早弁禁止令」を出したものの、効果は数日だけだった。
理由なく何かにつけむしゃくしゃする年頃で、「早弁禁止です!」と品行方正な女子が言ったところで、早弁を止めるはずもなかった。

ところが、ある朝、教室に西部先生とともに渡辺先生が現れた。
学年主任から教頭に昇格した渡辺先生は、風紀維持に圧倒的な強制力を持っていた。なにしろ有無を言わせずぶん殴るのだ。
「早弁禁止は、わかっってるな」と渡辺先生は普通のトーンで言った。誰も返事をしない。朝だというのに爛々と光る出目金気味のギョロ目で教室を見回し「早弁は禁止だ。わかったな!」と力でねじ伏せるように語気を荒めた。このままでは、鉄拳制裁に発展しかねないと判断した幾人かが、「はーい」と間が抜けた声をあげた。
西部先生は体を上下に揺すっている。渡辺先生は再度教室全体を見回し、数度うなづいて出ていった。
その日はわがクラスで早弁する者はいなかった。

2018年8月 1日 (水)

リムジン故障す

7月の連休に学会に出席するため鹿児島に向かった。連日、日本列島が火にかけたフライパンのような猛暑に見舞われた頃だ。乗り換えの伊丹空港では、「気温は36℃です。水分補給を…」と高温注意情報がアナウンスされていた。伊丹空港からはプロぺラ機になり、気流の乱れで機体は揺れたが、無事に鹿児島空港に到着した。気温は32℃で、36℃に比べれば納得がいく暑さだった。

リムジンバスを待つ列に並ぶと、先頭が老女とゴールデン・レトリバーの盲導犬、2番目が4歳くらいの男児と若い母親、私は3番目であった。盲導犬は毛につやがなく尻の肉が落ちていて若くはなさそうにみえた。男児がちょっかいを出そうと盲導犬に近づいていったが、母親に止められて残念そうに踏みとどまった。盲導犬はバスのステップを楽々と登り、老女は係員の手を借りて登った。男児は手摺りにつかまりながらひとりでなんとか登った。老女と盲導犬が運転席の後ろの優先座席に、私はその後ろの席にすわり、母子は反対側の優先座席に陣取った。その後に、乗客が次々に乗り込んできて、補助席を出して隣りの客と肩が触れ合うくらいの寿司詰め状態になった。バスが発車し、シートベルト装着のアナウンスが流れたが、隣りの客にぶつかりそうなので、装着しなかった。高速道路に入る前に再びシートベルトのアナウンスが流れたが無視した。

快調に飛ばしているバスの中でブシュッという聞き慣れない音がした。前の席の盲導犬がくしゃみをしたと思った。いくら従順な盲導犬とはいえ不意に襲う生理現象にはお手上げだなと思った。程なく先ほどより控えめな音がした後、バスは高速道路の路肩に停車した。運転手がバスから降りて右前のタイアの周辺を点検した後、携帯電話を取り出して困惑顔で話しはじめた。乗客は誰も文句を言わず、ざわつきすらしなかった。唯一の例外は、男児が「パンク、パンク.‥」という歌らしきものをくりかえし口ずさみ、のべつに喋っていたことだ。他人のことなど少しも顧みないで意の赴くままに行動する4歳児は、まるでサイコパスだと思った。
運転手がマイクで、このバスは電気系統の故障で走行できないので、乗り換え用のバス2台が向かっていると説明した。大事に至らなかったが、シートベルトを装着しなかったことを大いに反省した。バスが路肩に停まってから40分で代替のバスがやってきて、乗客の乗り換えもバスの胴体部分に積んだ荷物の移動もスムースに行われた。
バスが高速を降りて市街地に入ると、街が火山灰で霞んでいることに気づいた。繁華街にバスが着くと、老女は尻尾を振る盲導犬に誘導されてゆっくりと歩きだした。男児は母親に手を引かれて飛び跳ねながら歩いていった。雨がポツリポツリと落ちてきて、かすかに硫黄の臭いを含んだ風が吹き、少しだけ涼しくなっていた。

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