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2019年3月15日 (金)

黄金チャーハン

大学1年の夏休みに、実家がある町のレストランで2週間ほどアルバイトをしたことがある。レストランは交差点の一隅の2階にあった。交差点は城下町特有のクランクになっていて、当時、そのあたりは町一番の繁華街だったので、レストランは繁盛していたと思う。

与えられた仕事はホール係で、食器洗いもしたかもしれない。ある日、料理人がチャーハンの作り方を伝授してくれるという千載一隅のチャンスが訪れた。まだそういう呼称はなかったが、それは紛れもなく「黄金チャーハン」だった。

調理の手順は、中華鍋に油をひいて熱したところに、溶き卵を入れて中華おたまでかき回した後、冷えたご飯を入れる。しばし炒め日本酒と酢を入れ、さらに塩とコショウと化学調味料をふりかける。最後に、刻み葱を入れ、香りづけの醤油を鍋肌に沿わせてでき上がりだ。これを実家で作ると大好評で、「○のチャーハン(○には私の名前が入る)、作ってちょうだい」と家族から懇願ないしは命令され、しばしば台所に立った。今の「黄金チャーハン」の作り方と異なるところは、日本酒と酢を入れるところだろう。日本酒はコクを出すため、酢は味をまろやかにするためと教えられた。伝授していただいたチャーハンは「黄金」ではあったが「パラパラ」ではなかった。

チャーハンにパラパラ感が求められるようになったのはいつの頃からだろう。『男のチャーハン道』(土屋敦著 日本経済新聞出版社)によれば、パラパラがもてはやされ出したのは、食漫画『美味しんぼ』(第4巻 1985年)の影響によるという。さらに、1990年代のテレビ番組『料理の鉄人』に出演した周富徳がきっかけとなり、チャーハンは中華鍋をあおって作るというイメージが定着していった。中華鍋でご飯を空中に上げたときに、業務用ガスコンロの炎が直接ご飯を包み、水分を飛ばすというもっともらしい理由がつけられた。業務用コンロの強力な火力がなければ、パラパラチャーハンは作れないとされた。そしてパラパラでなければチャーハンではないという風潮が、まかり通るようになった。「パスタはアルデンテ」といわれ始めたのは、これより少し前のころだ。

火力に関係なく、家庭でパラパラチャーハンを簡単に作る方法を、曽兆明という料理人が喧伝したことがあった。それはあらかじめご飯と溶き卵を混ぜてから炒める方法で、確かにご飯ひと粒ひと粒は卵でコーティングされているものの、パラパラよりはどちらかといえばパサパサという食感であると評価され、さほど流行らなかった。曽兆明はこのチャーハンを「黄金チャーハン」として、ちゃっかり商標登録しているという。

あまりにパラパラチャーハンが人口に膾炙したものだから、店でチャーハンを注文したときに、パラパラでないとその店がまともでないように思えたものだった。それが、最近は、レタスを入れたり餡やスープをかけたりするチャーハンが流行ってきて、パラパラ至上主義は影を潜めつつあるようだ。もっとも、パスタもアルデンテといわなくなった。

最近、わが家ではセブン・イレブンの「極上炒飯 300g」を愛用している。冷凍庫から取り出して袋にフォークを突き刺して穴を開け、電子レンジで6分ほど温める。これで極上のパラパラチャーハンができ上るが、そこにひと工夫する。豚バラ肉と野菜を炒めオイスターソースで味をつけ片栗粉でとろみをつけた餡をかけ、餡かけチャーハンにする。これが絶品なのだ。

2019年3月14日 (木)

キラキラネームが日本を席巻する

いつの頃からか、子どもたちの名前に違和感を覚えることが多くなった。それは、アニメの登場人物の名前や、外国人の名前や、読めない名前や、読み方を知らされて愕然とする名前など、漢字が当て字に使われるようなキラキラネームが増えたからである。キラキラネームの同類にDQN(ドキュン)ネームがある。これはネットで使われている「それ、アウトでしょう」という意味の俗語DQNからきている。DOQネームは、その名前で生きていくのは、さぞや辛いだろうと思わせる名前のことで、名づけた親への批判が込められている。DQNネームは、キラキラネームのなかに含まれて語られることが多い。

親が自らの子どもに名前をつけるときに、ありふれた名前ではなく、と言ってそれほど突飛ではなく、可愛らしい響きを持つ名前とか、将来に期待が込められている名前とか、あれこれと頭を悩ませるのは自然なことである。占い本にあたり、漢字の画数を数えたり、 占いに凝っている親族や知人に相談したりもするだろう。私にも経験がある。
キラキラネームが流行りだしたのは、1990年代の中頃といわれている。ベネッセコーポレーション発刊の『たまごクラブ』が、新しいセンスで名前をつけよう提案し、個性的な名前を紹介してからだという。いまや、子どもの名付け本や命名サイトには、キラキラネームがふんだんに載っている。

キラキラネームをつけた親たちの1割が、後悔しているというから、マタニティ・ハイの状況にある両親が、つい魔が差してキラキラネームに手を出すのかもしれない。某大学教授が、高い偏差値の学部にはキラキラネームの学生はほとんどいないとコラムに書いたり、某大手株式会社の人事担当者が、キラキラネームは採用に悪影響を及ぼすと発言したり、キラキラネームは批判され世間から冷たい目で見られてきた。そんな逆風をもろともせず、キラキラネームは増加し続けている。

親たちはこれくらいのキラキラ度ならセーフだろうとの判断で、「世界で一つだけの花」に特別な名前をつけようとする。それがくり返されて、キラキラ度の閾値は少しずつ下がってきた。今のところ、日本人全体では、キラキラネームはごく少数であるが、子どもたちの間ではすでにマジョリティになっているという。
(2015年10月)

2019年3月11日 (月)

シンギュラリティ

最近、シンギュラリティ(Singularity)という言葉を目にするようになった。物理学でブラックホールを意味するシンギュラリティとは、コンピュータが全人類の知性を超える未来のある時点のことをいう。日本語では、技術的特異点や特異点と訳される。
人工知能(AI)は、2020年代には人間ひとりの脳に、2045年には全人類のすべての脳に比肩するようになるという。つまり1台のパソコンで全人類分の脳と同等の情報処理ができるようになる。これは、今までにいくつかの未来予測を的中させてきた、グーグルのAI研究のリーダーであるレイ・カーツワイルが、論じていることである。ありていに言えば、驚異的にIQが高い人型AIの部長が命じた事業計画を、部下AIたちが迅速かつ正確に遂行するということだろう。これでは人間の出る幕はない。

では、社会はどうなるのか。AIに不向きな仕事の従事者と資本家以外は、職を失うことになる。職業を奪われる人の割合は80%とも90%とも試算されている。資本家は人間を雇うより、効率の良いAIに仕事を回すだろう。AIを導入することで人件費はゼロに近づき、生産効率は飛躍的に良くなり、経済は成長すると予測されている。そうなると、もはや資本主義は終わりだ。では、職を奪われた人びとはどうやって暮らしていくのだろう。井上智洋は著書『人工知能と経済の未来』(2016年)のなかで、ベーシック・インカム(BI)の導入を提案している。BIとは、政府がすべての国民に一定の金額を給付する制度のことである。財源は、莫大な利益を得るだろう資本家からの税金で賄う。

シンギュラリティは人類の進化の通過点なのか、それとも破滅への一歩なのか。そもそも学者たちが描く未来予想図の通りにことは運ぶのか。シンギュラリティをファンタージーと一笑に付す学者もいるが、いずれにせよ、これまでの法則が通用しない時代が迫ってきていることは確かなようだ。(2017年6月)

2019年3月 8日 (金)

nanacoギフトカード

今季最強の寒気団が日本列島を覆い、雪が降って慎重な運転が要求される1月の日曜日だった。公共施設で講習会を主催する側なので余裕をもって家を出たのだが、開催時刻の10分前にどうにかたどり着いた。別の催し物があるらしく、除雪された広い駐車場は混んでいた。駐車スペースを確保したことに安堵していると、カバンの中でスマホが震えた。ショートメールだ。「登録料金の未払いがございます。本日ご連絡頂けない場合、裁判の申し立てを行います。楽天カスタマーサービス」。つい、電話番号を押してしまった。

電話に出たのは、滑舌のよろしくない、声から判断すると真面目そうで若そうな男だった。話の要旨はこうだ。1年前に私が契約したサイトの料金が、昨年の12月末の支払期限までに払われていないので、サイト運営会社が裁判の申し立てをするという。面倒なことになったなと思う。
「あなたの会社はどういう会社ですか」
「総合サイトセリア様の代行を行っています、楽天です」
「あのね、総合サイトセリアなんて知らない、百円ショップのセリアなら知ってるけど。それに楽天から物を買ったことはないよ」
それまで丁寧語で対応するように気を遣っていたが、タメ口で構うものかという心境になった。通販はアマゾンひとすじだから、楽天から物を買ったことがないというのは事実だ。

「金融、証券ですとか、音楽配信、DVDですとか、薬品や衣類、えー、あとはアダルトサイトとか」
アダルトサイトと言われればアクセスしたことがないわけではない。
「あのね、契約した覚えはないし、だいたいスマホはほとんど使ってないから」
スマホは去年の夏に買い換えた。夏に毎年恒例の同級生の旅行があって、メンバーの中でラインに登録していないのは私だけというので、ラインのために新しい機種にしたのだ。前のスマホはラインのアプリをインストールに手こずるほど古い機種だった。
「スマホとパソコンと同期させていませんか」
それは考慮中でまだ同期させていない。

「別のお客様の例ですと、お孫様がスマホをいじっていて外国のサイトにアクセスして料金が発生したケースもございます」
家に猫ならいるけれど、孫はいないからそういうことはありえない。スマホの電池が残り10%になって、さっき低電力モードにしたばかりだ。長引くのは事がこんがらかってまずいと思った。
「取りあえず払うことにして、いくらなの」
「29万8千円です」
「えっ、なんでそんなに高いの」
「毎月の料金と延滞追徴金の合計です。本日3時までに支払わなければ、裁判の申し立てが行われます。セブンイレブン近くにありますか」
「ないよ。これから講習会で、5時に終わるから、その後でいいかな」
主催者だから、今すぐにでも会場に顔を出さなければならない。それに、駐車場を出たら、戻ってきた時に車を停められないかもしれないと思った。

「3時までに書類を提出しないと、裁判の申し立てが行われます」
「メモるから、ちょっと待って」
スマホを助手席において、カバンからノートとボールペンを取り出す動作で目が覚めた。振り込め詐欺だと思った。
「セブンイレブンで、nanacoギフトカードを買っていただきます」
私はセブンイレブンのヘビーユーザーで、毎日のようにカフェラテを愛飲している。週刊誌の『女性自身』と『朝日』と『文春』と『新潮』を発売日に買い、ときどき弁当やサンドイッチやペットボトルの飲み物を買い、そのたびに財布の一番出し入れしやすいところに差し込んであるnanacoカードで支払っている。
「nanacoカードなら持っているけれど」
「nanacoカードではありません。5万円のnanacoギフトカードを6枚買っていただいて、そこに書いてある番号を教えていただければ、こちらで申し立て取り下げの書類を作成し裁判所に提出します」
「その手口、テレビでやってたよ」
「うぎゃー」という声が聞こえたような気がした。

建物の4階に上がると「新春将棋フェステイバル」が行われていて、ホワイエにいる老若男女は誰もがとても楽しそうに見えた。ごった返す中で、俯瞰から冷ややかな他人の目で自分を見ているような、そんな気がした。講習会の会場にはすでに予定の約50人の受講者が集まっていた。控え室で同僚にことの顛末を話すと、「そんなの詐欺に決まってるじゃないですか。クリックしちゃダメですよ」と軽くあしらわれた。
明日の昼休みに、行きつけのセブンイレブンで店員のオバちゃんたちにこの話をすることになるけれど、もう少し早めに詐欺に気づいていたことにしようと思った。

 

 

 

 

2019年3月 6日 (水)

緑のサイフ

1月の晴れた日に、駅の地階へつながるエスカレーターを降りると、うどん屋の自動給水機の前で学生風の男が緑色のサイフがなくなったとカウンターの向こうのオバちゃんたちに訴えている。 「そこで食べたんだけど」と、陣取ったばかりの平穏な座席を指さす。「コラッ、学生風、人を指さしちゃーいけないと親から教わらなかったのか」と心の中で怒鳴った。すでに何回か探した後のようなので嫌疑はかからないはずだが、居心地がよろしくない。学生風もキッチンのオバちゃんたちも、コートのポケットにデジカメを忍ばせた善良な市民のほうにちらちら目をやるものだから、おちおち座っていられない。

学生風は自転車で駅までやってきて、券売機で食券を買ってうどんを食べて店を出た。そのあと緑色のサイフのないことに気づいて、舞い戻ってきたらしい。サイフが見つからないことに未練を残して、学生風はエスカレーターで退場するのだった。

でき上がったぶっかけうどんをテーブルに運んで、ポケットをごそごそやってデジカメを取り出し写真を撮るのは、この場面ではかなり怪しい行動だ。だからといってシャッターを押さないと、ブログに画像つきの記事を書けない。

ここのぶっかけは温かい。冬は温かいぶっかけがいい。温泉玉子と天かすとネギがのっているぶっかけをかき混ぜて、七味唐辛子をふた振りしたら、唐辛子と陳皮のほかに黒ゴマが6粒出てきた。ケシの実が出たら大吉と決めていたが、今日はあまりいい運勢ではなさそうだ。さっさとかっこんでしまおう。

予想を裏切らず、青ざめた学生風が再登場した。立ち寄った店に緑色のサイフはなかったと、オバちゃんたちの同情を買おうとするのだ。うどん好きの善良な市民のコートのポケットは、デジカメのほかに文庫本と手帳と手袋と茶色のサイフでパンパンに膨れているので、早めに退場しよう。(2010年3月)

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