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2019年5月 4日 (土)

セゾン近代美術館

セゾン現代美術館は、国道146号線・通称日本ロマンチック街道を白糸の滝に向かい、星野エリアを過ぎたあたりで左折し山に少し入ったあたりの道路沿いにある。
門をくぐるとなだらかな斜面の向うの建物まではほぼ200mあって、鉄製の橋にしても立ち入り禁止の芝生の中に点在する彫像たちにしてもすでにアートが始まっている。

本館は名前からわかるように、セゾングループが運営する美術館である。
1962年に西武グループの創業者堤康次郎が収集した美術品を保存および一般公開する目的で、東京に高輪美術館が開館された。その後1981年にセゾングループの創業者の堤清二により軽井沢に移転した。1991年にはセゾン現代美術館と改名し、展示する作品を現代美術に絞った。

現代美術は理解できないことがしばしばで、馴染めないのが本音である。
今回のコレクション展「魂の場所」を監修した文芸評論家の三浦雅士氏によれば、美術の世界が大きく変わったのは、写真の発明であるという。画家たちは写真をきっかけに、絵画とは何かという問題に直面せざるを得なくなったという。
このあと小冊子は難解な表現が混じり馴染みのない固有名詞が出てきて私には理解できなくなるのだが、結局は1917年に既製品の小便器を『泉』というタイトルで展示したデュシャン以来、美術の世界はなんでもありになったということらしい。

展示されている作品のうち、名前を記憶している作家は、山口俶子の夫だったイサム・ノグチ、シュールレアリスムのコラージュを多く残したマン・レイ、同じくシュールレアリスムのミロ、カンディンスキーのリトグラフはアシュレイ・ジャドとトミー・リー・ジョーンズ主演の映画『ダブル・ジョパティー』の中でマクガフィンとして使われた。さらに、便器のデュシャン、色違いマリリン・モンローやキャンベルの缶詰のウォーホル、同じくポップアートのリキテンシュタイン、圧倒的な宗教性を感じさせるポロック、女体と曲面物体の彫像のマイヨールは知っている。しかし日本の作家は全滅だった。

順路のほぼ終点にある廃材を組み立てた縦5m横10m奥行2mほどの巨大なオブジェを見終わって立ち去ろうとしたときに、警備員服の係員が床にあるスイッチを押した。するとそれは動き出した。いくつもある車輪が軋みながら回転し、てっぺんでは鷹がくるくる回り、ドラムや鐘が鳴り、動物の頭蓋骨が口を開閉した。
こうした動きが繰り返され、最後は左端の動きのない大きな鳥が、満を持して羽を広げるのがオチだろうと期待しながら10分待った。ところが、警備員が素っ気ない態度でスイッチを切ると、オチもなくオブジェは止まった。これがジャンティン・ゲリーの『地獄の首都 No.1』である。
どうにも収まらないので、なぜ鳥が動かないかを警備員に訊ねると、「壊れているんです。何カ所か壊れています」とのことだった。ペンチやドライバーを使いこなしハンダ付けができる絵画修復士はそうそういないだろうから、キネティック・アートは壊れたら修繕がままならないのだろう。

見終わったあとに不消化なモヤモヤ感が残った。どうにかしようと、性懲りもなく翌日も本館を訪れたのだが、解消されなかった。
要するに、知らないから入り込めないのだ。その作家の位置、というのは誰々の影響を受けて美術史の中でどの流れにいてどう輝いたかという意味であるが、それがわかると現代美術は理解からかけ離れたものではないと思った(2013年9月23日)。

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