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2019年10月10日 (木)

古今亭菊之丞を聞く

1月の日曜日に、新潟日報メディアシップで催された寄席に出かけた。
以前、テレビで古今亭菊之丞の落語を聴いて品も艶もある落語家だとすっかり気に入り、生で聴くチャンスをうかがっていた。
独演会の数日前に、コンビニでコード番号を告げると、店員がキーボードを操作し、数分でマルチコピー機からチケットが出てきた。便利になったものだ。

会場に着くと開演40分前だというのに、すでに長蛇の列ができていた。会場の壁は黒と緑と柿色の幕で覆われ、正面の高座には紫色の分厚い座布団が敷かれていて、すっかり寄席らしい雰囲気が漂っていた。
やがて『元禄花見踊り』の出囃子にのって、満面の笑みを浮かべた古今亭菊之丞が登場した。
マクラは落語界の重鎮たちの話。落語は話の内容が決まっているから、マクラでいかに客を惹きつけるかが勝負である。爆笑につぐ爆笑のうちに居酒屋での落語家仲間との話になった。そして、いつのまにか1席目の『親子酒』に入っていた。酒好きの大旦那と若旦那の禁酒の話である。

2席目の『太鼓腹』は、ありきたりの遊びに飽きた若旦那が自己流の鍼を始め、幇間を実験台にする話。近くの席に笑いっぱなしのオバさんが数名いて、大声で豪快に笑う。見渡すと大声で笑っているのは女性が圧倒的に多い。女性は長生きするはずだと思った。

15分の仲入りのあとは、菊之丞が俳優としてデビューする話で始まった。
4月にNHKで放映されるピエール瀧主演の『64 ロクヨン』に出演するとのこと。『64』は1964年に起こった幼女誘拐事件が、現在捜査中の事件と絡み、ストーリーの鍵となる横山秀夫原作の警察小説である。嫌味たっぷりの警察庁長官を演じるという。ついに古今菊之丞にとって飛躍のチャンスがやってきたのだ。ささやかながらエールを送りたい。
そして羽織を脱ぎ、3席目の人情話『芝浜』が始まった。凄みはないものの適度に笑わせじわりと泣かせて出来は良かった。
会場には若者が数えるほどしかいない。最近のプチ落語ブームは年配者に支えられている。(2015年3月)

2019年10月 5日 (土)

ヒロ子さん

券売機の前で食券を買っている集団のうちのひとりが、ヒロ子さんと大きな声で言ったものだから、車椅子に座ったヒロ子さんは、わたしと同じ名前だわと目を輝かせた。
高速道路のサービスエリアの食堂は昼時なので混み合っている。
車椅子のヒロ子さんは、介護施設利用者と思われる15名ほどの一行とともにテーブル席についている。介護施設利用者つまり老人たちのテーブルには、お茶や水が入った紙コップが人数分おかれている。

水色の半袖のポロシャツを着た3人の介護人が、カウンターから出てくる注文品を運んできては老人たちの前におく。デジタルカメラでスナップ写真を撮ったり、注文品を食べやすい位置におき直したり、こぼした水を拭いたり、老人に話しかけたりと、世話を焼いている。

ヒロ子さんは、自分より先に他の老人たちの注文品が運ばれてきたのが気に入らない。ソースカツ丼を頼んだのにとぶつくさ言っている。
ヒロ子さんの向いの席の比較的若い、とは言っても老人であることに違いがない大柄な女性にソースカツ丼が運ばれてきて、ヒロ子さんはそれは私の注文したものだと主張する。大柄な女性は、ミニサイズだから私が注文したのよと穏やかに言う。
ヒロ子さんが頼んだのは普通サイズでそれが後回しになっている。

ヒロ子さんの隣の車椅子に座った小柄で覇気がないカヨさんには、介護人がなにかと声をかける。カヨさんは、坐高が低すぎてラーメン丼の中に箸が届かない。ヒロ子さんは、介護人がカヨさんのためにラーメンを小鉢に取り分けてやったのが面白くなくて、ふんと鼻を鳴らした。

やっと運ばれてきたヒロ子さんの普通のソースカツ丼は、ミニの3倍もある。ヒロ子さんはその量に満足げで、すごいでしょと周りに自慢げに言うが、周りは取り合わない。食べ始めるとソースが足りないと言い出す。ソースソースソースと介護人に向かって叫ぶ。介護人はヒロ子さんを無視し、順番どおり別の老人のそばセットを運んだりする。そのあとでソースをカウンターから持ってきて、ヒロ子さんに手渡す。
ヒロ子さんがドバドバドバとソースをかけ過ぎなくらいにかける。ところが、ソースに浸ったカツを箸でつまんで小皿に移動して、カツの下に敷いてある千切りキャベツとその下のごはんを箸でつまんで口に運んだ。

ヒロ子さんはいっぱしの化粧をしている。黒髪がいくぶん残ってほとんどが白髪はショートカットにきれいに切りそろえられていて、眉を細く長めにひいて、口紅も光っている。いかんせん、肌はシワだらけでたるんでいる。身なりが整っているので金持ちなのだろう。だがらわがままで横柄なのかもしれない。

皆がおおよそ食べ終えたころ、ヒロ子さんの小皿には積み重ねられたソースに浸ったカツがそのまま放置され、介護人は残すのと訊く。ヒロ子さんが旨くないだの硬いだの量が多いだのと言うが、介護人は取り合わない。
介護人は食べ終わった皆のトレイと紙コップを片付けはじめる。テーブルの上に何もなくなったところで、介護人がごちそうさまをしますと言うと、老人たちは手を合わせて、ごちそうさまでしたとばらばらにぼそぼそと言う。

そして一同が食堂から退散し始める。
いつになったら全員が食堂からいなくなるのかとほかの客が見守る中、介護人たちは老人たちを急かせるでもなく淡々と仕事をこなす。ヒロ子さんは車椅子を介護人に押してもらっていて、なんだかんだと言っているが、介護人は取り合わない。

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