旅行・地域

2021年5月 8日 (土)

神戸北野ホテル

「世界一の朝食」を出すホテルに泊まった。神戸の学会で、学会事務局が斡旋しているホテルの予約が手遅れでとれず、なんとかなったのが神戸北野ホテルだった。テレビや雑誌でしばしば取り上げられるホテルなので、ご存知の方も多いと思う。
なぜ、「世界一の朝食」と名乗るのか。精悍な風貌をした総支配人兼総料理長が師匠のベルナール・ロワゾーから譲り受けたレシピだという。ロワゾーは、フランスの有名な料理人であり実業家である。1950年生まれで2003年に亡くなっている。フランスのスモール・ラグジュアリー・ホテル協会がロワゾーの作る無添加で無農薬、カロリー控えめのロカボ朝食に世界一の称号を与えたという。そのようなことがホテルのパンフレットに書いてある。ゆったりとしたパティオ風の空間でいただくロワゾー直伝の朝食は、雰囲気をひっくるめて世界一ということだと合点した。

5月の朝7時半過ぎの柔らかな陽光を浴びながら待っていると、セルヴーズが巨大なトレイにのせた朝食を厳かに運んできた。ガイダンスのあと、まずは飲むサラダだ。甘いのや、やや青臭いのや、フルーツの香りが鼻をくすぐるのや、5種類もの色とりどりのジュースが並んでいて、これを一通り味見する。パンは7種類もあって、馴染みのクロワッサンを手に取る。これにトマトやハーブ入りのバターをつけて食べる。ジャムも各種あるがそれは後にしよう。次は手前にある生ハムとハムをそれぞれ口に入れる。小粒のタピオカと丹波の黒豆を炊いたという、タピオカ・オ・レをやっつける。ギャルソンが丹波産の牛乳を勧めたが、乳糖不耐症なので丁重に断った。
そして、いよいよ半熟の茹で玉子の殻を割る段になった。エッグシェル・ブレイカーの操作手順は聞いたが、なにしろ初めてなのでぎこちない。エッグシェル・ブレイカーには金属棒の先に小さなお椀がついていて、棒は金属球を串刺しにしている。お椀を卵にかぶせ棒を垂直に立て、球を棒の上の方に持っていき手を離すと球が落下してお椀に当たる。お椀の鋭利な縁で卵の殻を割るという仕掛けだ。うまくいけば殻に丸い窓が開く。たかだか卵を割るのにあまりに大げさな装置なものだから、茹で玉子をとんがった方を割るのか丸い方を割るのかで戦争になった『ガリバー旅行記』を思い出した。ガリバーひとりの活躍で、丸い方派のリリパット国が勝利するのだが、エッグシェル・ブレイカーが窓を開けたのはとんがった方だった。卵のあとは、フルーツの盛り合わせを食べ、カップに入ったポトフとプルーンそしてヨーグルトを平らげ、コーヒーを飲んで、高揚感に包まれたまま「世界一の朝食」を終えた。

ところが問題は翌朝だった。和食がいいなと思ったものの、思い通りにはいかない。すでに料金を支払っていたので、またもや「世界一の朝食」を食べることになった。男性のギャルソンが「昨日とは内容が違いますよ」と言ったものの、まったく同じに見えた。早速、エッグシェル・ブレイカーを操り殻にきれいな丸い窓を開けた。室町時代から伝わる製法で作られたという塩をつけた丹波地鶏の半熟ゆで卵は、和の味がした。

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神戸北野ホテルのサイトから転載

 

2018年8月 1日 (水)

リムジン故障す

7月の連休に学会に出席するため鹿児島に向かった。連日、日本列島が火にかけたフライパンのような猛暑に見舞われた頃だ。乗り換えの伊丹空港では、「気温は36℃です。水分補給を…」と高温注意情報がアナウンスされていた。伊丹空港からはプロぺラ機になり、気流の乱れで機体は揺れたが、無事に鹿児島空港に到着した。気温は32℃で、36℃に比べれば納得がいく暑さだった。

リムジンバスを待つ列に並ぶと、先頭が老女とゴールデン・レトリバーの盲導犬、2番目が4歳くらいの男児と若い母親、私は3番目であった。盲導犬は毛につやがなく尻の肉が落ちていて若くはなさそうにみえた。男児がちょっかいを出そうと盲導犬に近づいていったが、母親に止められて残念そうに踏みとどまった。盲導犬はバスのステップを楽々と登り、老女は係員の手を借りて登った。男児は手摺りにつかまりながらひとりでなんとか登った。老女と盲導犬が運転席の後ろの優先座席に、私はその後ろの席にすわり、母子は反対側の優先座席に陣取った。その後に、乗客が次々に乗り込んできて、補助席を出して隣りの客と肩が触れ合うくらいの寿司詰め状態になった。バスが発車し、シートベルト装着のアナウンスが流れたが、隣りの客にぶつかりそうなので、装着しなかった。高速道路に入る前に再びシートベルトのアナウンスが流れたが無視した。

快調に飛ばしているバスの中でブシュッという聞き慣れない音がした。前の席の盲導犬がくしゃみをしたと思った。いくら従順な盲導犬とはいえ不意に襲う生理現象にはお手上げだなと思った。程なく先ほどより控えめな音がした後、バスは高速道路の路肩に停車した。運転手がバスから降りて右前のタイアの周辺を点検した後、携帯電話を取り出して困惑顔で話しはじめた。乗客は誰も文句を言わず、ざわつきすらしなかった。唯一の例外は、男児が「パンク、パンク.‥」という歌らしきものをくりかえし口ずさみ、のべつに喋っていたことだ。他人のことなど少しも顧みないで意の赴くままに行動する4歳児は、まるでサイコパスだと思った。
運転手がマイクで、このバスは電気系統の故障で走行できないので、乗り換え用のバス2台が向かっていると説明した。大事に至らなかったが、シートベルトを装着しなかったことを大いに反省した。バスが路肩に停まってから40分で代替のバスがやってきて、乗客の乗り換えもバスの胴体部分に積んだ荷物の移動もスムースに行われた。
バスが高速を降りて市街地に入ると、街が火山灰で霞んでいることに気づいた。繁華街にバスが着くと、老女は尻尾を振る盲導犬に誘導されてゆっくりと歩きだした。男児は母親に手を引かれて飛び跳ねながら歩いていった。雨がポツリポツリと落ちてきて、かすかに硫黄の臭いを含んだ風が吹き、少しだけ涼しくなっていた。