時代小説

2022年5月18日 (水)

白村江 荒川 徹

本屋で面陳列されている文庫本を物色する。
「歴史・時代小説ベスト10 第1位」と、書かれた派手な帯をまとい、陳列棚の最上段左端に鎮座する『白村江』を手にとる。「はくそんこう」とルビがふってあるが、「はくすきのえ」と読むのではなかったか。

ページをめくると、百済の幼い王子・余豊璋が兄に追放されて離島に向かう場面から始まる。たまたまその島に立ち寄った蘇我入鹿によって豊璋は斬首を免れ、倭国に連れていかれる。そして孤児に学問や武術を身につけさせようと入鹿が作った「虎の穴」に放り込まれる。この辺りでページを閉じ、キャッシャーに向かう。 飛鳥時代を舞台にした時代小説は初めて読む。人名や地名に画数の多い見慣れない漢字が使われていて、ルビを振っているものの、読み進むのにてこずる。この時代、朝鮮半島と倭国は頻回に行き来があり、特に倭国から近い距離にある百済とは友好関係にあったという。およそ1400年前の出来事である。

数日後に本書の半分に達し、朝鮮半島では高句麗、新羅、百済の覇権争いが繰り広げられ、大国の唐が北の高句麗に攻勢をかける。高句麗はなんとかしのいでいる。一方、100年ほど平和な日々が続いていた倭国では、入鹿が帝の座を奪おうと画策するが、史実どおりに645年に中大兄皇子と中臣鎌足によって入鹿は暗殺される。この辺りから「虎の穴」でたくましく成長した亡命王子・豊璋と、朝廷の策略家である葛城皇子が中心になって話が進みだす。

やがて、新羅と同盟を結んだ唐によって百済が滅ぼされる。母国再興のために豊璋は百済に戻るが、たやすくことは運ばない。倭国は豊璋の要請に応じ、聖徳太子の方針であった半島不介入を反故にし、百済に派兵する。そして、663年8月、唐・新羅連合軍と倭国・百済連合軍の船団が白村江で激突し戦争が始まるが、たった2日で終わってしまう。最後にこの不可解な戦いの謎が解き明かされる。

文庫は巻末の解説を含めて価値が問われるとかねてから思っているが、残念なことに本書には解説がない。物足りなさを感じるが、それはおいておいても、本書は間違いなく傑作である。

2021年11月13日 (土)

『鬼平犯科帳』を復習する

本棚の『鬼平犯科帳』(文春文庫 1976年)は、茶色に変色してシミがつき、かび臭くなっていた。文字が小さいのを我慢して、第一巻の冒頭の「唖の十蔵」を読んだ。鼻がむずむずしてくしゃみが出た。

翌日、ブックオフで文春文庫の「決定版」の「一」を買った。文字が大きくて読みやすい。 解説は、植草甚一が担当している。『鬼平犯科帳』を復習してみようと思い立ったことについて書いていて、私とまったく同じ心境だと思った。植草は復習を思いたったとき、最初にやりたかったのは「料理屋のリストを作ること」だったという。これも同じだ。

植草は電車の中の様子を書いている。乗客の男性が読んでいる『オール讀物』に目がいく。男性が開いているページは、『鬼平犯科帳』の「泥鰌の和助始末」(第七巻に収録)で、別の席に座っているもうひとりの男性も同じところを読んでいた。ふたりは、おそらく池波正太郎のコアなファンに違いなく、自分は初心者の部類だろうと分析する。昭和51(1976)年当時、『鬼平犯科帳』が、当時のサラリーマン男性に圧倒的に人気があったことが窺われる記述だ。
『鬼平犯科帳』を読み直すにあたって、私はふたつのことを意識することした。ひとつは植草と同じように料理や料理屋について、もうひとつは季節である。「旬」とは季節と食べ物が強く結びついた言葉がであるが、『鬼平犯科帳』の食の世界はまさに「旬」に集約される。
池波正太郎は詳しい調理法を書かない。そこで、池波作品に登場する料理の解説本が登場する。佐藤隆介の『池波正太郎 鬼平料理帳』(文春文庫)は、『鬼平犯科帳』に出てくる料理を春夏秋冬に分類して、レシピを紹介している。

ところで、「唖の十蔵」の舞台は冬。十蔵は掛川の太平の手下の夫を殺した女房のおふじを匿うが、身重のおふじと男女の関係を持ってしまう。一味におふじを誘拐され強請られるが、結局、一味は一網打尽にされる。十蔵は平蔵に詫び状を残し自害する。おふじは絞殺体で発見され、生まれた娘は長谷川家の養女になった。「啞の十蔵」には蕎麦屋は出てくるが、そばは描写されていない。