『女ぎらい ニッポンのミソジニー』 上野千鶴子

なんでこんな良書が文庫にならないのかと、嘆いたのが2週前
それが伝わったかのように、『女ぎらい』の文庫が出版された。オリジナルが文庫部門のない紀伊国屋書店からの出版なので、また、オリジナルを手がけた編集者にただならぬ思入れがあって、再三の文庫化のオファーを著者もオリジナル本編集者も断ってきたという。

女ぎらい (朝日文庫)
女ぎらい
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上野千鶴子
朝日文庫
2018年10月 ✳✳✳✳✳
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ミソジニーの主犯は紛れもなく男であるが、共犯者は女だ。男にとっては「女性蔑視」、女にとっては「自己嫌悪」として働く。ミソジニーは重力のように蔓延していて、男も女もミソジニーから逃れられない。
ミソジニーは、「ホモソーシャル」「ホモフォビア」「ミソジニー」の三点セットで成り立っているというのが本書のキモである。文庫には、「諸君!晩節を汚さないようにーセクハラの何が問題か?」と「こじらせ女」の項が追加され、一層、迫力を増した内容になっている。
「諸君!・・・」では、ミソジニーを語るとき、最近日本で頻発するセクハラ関連事件を看過するわけにはいかないというのが著者の姿勢だ。
ハリウッドで起こったセクハラの「#Me Too」運動は、日本でもささやかではあるが引き継いでいる。その実例を列記し、もちろんミソジニーが根底にあるとする。
「こじらせ女子・・・」では、『女子をこじらせて』(雨宮まみ著 2015年文庫化)についての紹介が主な内容になっている。AVを通して理解に難渋する女性のミソジニーが語られている。

巻末にある自らのミソジニー体験を踏まえた中島京子の解説文が、本書を一段と引き立たせている。
本書は、ミソジニー、セクハラ、フェミニスト関連の、間違いなく定本である。→人気ブログランキング

女の機嫌の直し方/黒川伊保子/集英社インターナショナル新書/2017年

『アメリカにいる、きみ』 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

著者はナイジェリア出身の女性。鋭い感性で綴られた知性あふれる文章は読む者を引き込む。ストーリー・テラーと呼ばれるにふさわしい。デビュー以来、旺盛に生み出された作品は、数々の文学賞〈O・ヘンリー賞(2003年)、コモンウェルス賞(2005年)、オレンジ賞(2007年)、米国批評家協会賞(2013年)〉を受賞している。
本書は翻訳者が選抜した日本オリジナルの短編集で、著者のアドバイスを受けたという。

「アメリカにいる、きみ」
きみという二人称で書かれている。
きみはナイジェリアからアメリカに行き公立のカレッジに通うことになったが、おじさんの性的要求を拒んでコネチカット州の小さな町のレストランに転がり込んだ。
大学へは通えず、給料とチップの半分を故郷に仕送りしたものの、手紙は書かなかった。白人の学生と付き合うようになり、やがて両親に紹介され好意的に迎えられた。
首に何かが巻きつくような感じがしてそれが薄れる頃、手紙を書いた。父親が5か月前に亡くなったことを知った。恋人は、6月以内に戻らなければグリーンカードの権利をなくすからと、何度も念を押した。

アメリカにいる、きみ
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ/くぼたのぞみ
河出書房新社 2007年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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「アメリカ大使館」
難民ヴィザを発行してもらうために、ラゴスにあるアメリカ大使館の列に何時間も並んでいる。
その女性は、昨日子どもを埋葬し、一昨日ジャーナリストの夫を国外に逃走させた。その前の日、彼女の生活はいつもと変わりなく、車で勤め先の小学校から帰宅した。その夜、男3人が夫を探して家に乱入してきた。帰り際に息子を銃で撃った。
列のすぐ後ろの若い男から、面接官の目をまっすぐ見ること、口ごもらないこととアドバイスを受けた。息子が殺されたことを何度も訴えるが、面接官は自分の命が狙われている証拠を示すようにという。O・ヘンリー賞受賞作。

「見知らぬ人の深い悲しみ」
チネチェルムは9年前に起こった恋人の悲劇的な事件から人が変わってしまった。
それを乗り越えようと、ロンドンでデートすることになった。同じナイジェリア人のオディンはハンサムで、話はいい具合に盛り上がっていく。長い名前を省略してオディンと名乗っているといった。それを知って付き合うのをやめた。

「スカーフ-密かな経験」
市場で暴動に巻き込まれ無人の家に隠れると、市場に店を出している女と一緒だった。チカはアメリカの医大に通ってると自己紹介した。モスリムの女は子どもが5人いて、授乳のため乳首のひび割れで悩んでいるという。
チカが外に出ようと窓によじ登ったときに腿に傷を負った。女のスカーフを借りて縛った。暴動が収まって別れしなに、スカーフをもらった。

「半分のぼった黄色い太陽」
ビアフラ戦争をテーマにした作品。同名の長編小説がある。
内戦で邸と身分を奪われた裕福だったイボ族の一家を描いている。

「ゴースト」
71歳の元大学教授が年金のことを訊ねるために大学に行ったときに、かつての同僚に出会った。戦争に巻き込まれて死んだと思われていた。
往時の勢いをなくして色あせた大学町で、支給されることのない年金を待ちながら、どのような生活を営んでいるのか知りたいと、その男は訊く。

「新しい夫」
ナイジェリア人の医者と結婚し、ニューヨークに着いた。翌朝キスをされて市場のゴミの山の臭いがした。両親が死んでおじさんに育ててもらい、数週前におじさんに紹介された相手だ。アメリカに住むナイジェリア人で医者だぞと、掘り出し物のような言い方だった。
前に結婚していたことを知らされて嫌になったが、行くところがない。

「イミテーション」
夫婦はアメリカに住んでいる。夫は50人の有力なナイジェリア人実業家の1人に数えられるほど成功している。夫は仕事や休暇でときどきナイジェリアに帰る。ナイジェリアの家に女が出入りしているという噂を聞いた。ママ友は今更国には戻れないという。子ども達をあの中に混ぜることはできないという。
妻はナイジェリアに帰って暮らしたいと夫に言う。

「ここでは女の人がバスを運転する」
ケンは安アパートに住んでいて、稼いだ金のほとんどは仕送りしている。
ある朝バスに乗ると黒い肌の女性運転手がにこやかに話しかけてきた。ケンの生活は張り合いのあるものへと一変する。

「ママ、ンクウの神さま」
主人公はアメリカの大学でアフリカ文学を教えている女性。父親はイボ族、母親はイギリス人。
父親の郷里の祖母のもとで休暇を過ごした幼き日を綴る。→人気ブログランキング

アメリカにいる、きみ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2007年
半分のぼった黄色い太陽/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2010年
明日は遠すぎて/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2012年
アメリカーナ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2016年

『リンカーンとさまよえる霊魂たち』ジョージ・ソーンダーズ

南北戦争中に愛する息子ウィリーを病気で失ったリンカーン大統領は、頻繁に納骨堂を訪れ長時間を過ごしたという。著者はこの逸話から霊魂たちが跋扈する奇想なファンタジーを思いついた。
原題は『Lincoln in the Bardo』。「Bardo」はチベット仏教の言葉で、前世の死の瞬間から来世にいくまでのあいだの霊魂が住む世界をさす。
現世に戻りたいがままならず、来世に行くまでの時間を引き延ばしたい。そんな霊魂たちの思いが、遺体を病体、棺桶を病箱、墓地を病庭と呼ばせている。

リンカーンとさまよえる霊魂たち
ジョージ・ソーンダーズ/上岡伸雄
河出書房新社
2018年 ✳︎✳︎✳︎✳︎

初夜のベッドで、中年のヴォルマンは若い妻に何もしないで友達でいようと提案し、その通りの清らかな関係でいた。それが功を奏したのか妻から誘いがあったのだが、仕事場の梁がヴォルマンに落ちてきて、思いを遂げずに勃起したまま霊魂になった。ゲイの恋人にふられて手首を切って自殺したベヴィンズは早まったと後悔し、人生の楽しみを味わいたいという思いから、たくさんの目や鼻や手があるようになった。
この2人のほかに多数の霊魂たちが発する声と、虚実取り混ぜたと思われる文書や文献の列記によって、物語は進んでいくというユニークな形をとっている。

悲惨な思いをした黒人たち、高貴そうな夫人、あばずれ女や母親たち、経営者や小売人、女に手を出す男、下ネタばかりを口にする男、強盗、牧師など多種多様な霊魂たちが登場する。

リンカーンに対し、霊魂たちは、息子のウィリーの誕生日に仔馬をプレゼントしたことをやりすぎだと突っつき、雨の中をコートを着せないで乗馬をさせた非を論い、ウィリーが重篤にもかかわらず自宅でどんちゃん騒ぎのパーティを開いたことを非難し、あるいは大統領の無能さを嘆いたりするのだった。おりしも、南北戦争が泥沼化し戦死者が何万人にも達するような状況にあった。

深夜、病院地に現れウィリーの遺体を抱きしめ落ち込む大統領に、ヴォルマンとベヴィンズをはじめとする霊魂たちは同情し、ふたりに関わってなんとかしようと大統領の体の中に入ったりした。しかし、大人の霊魂と違って、年端がゆかないウィリーはいつまでもとどまるわけにいかないのだ。霊魂たちはウィリーを手遅れにならないうちに、あちらに旅立たせようと必死の思いで駆けずり回るのだった。
涙と笑いの人情物ゴーストストリーである。
2017年、ブッカー賞受賞作。→人気ブログランキング

『女ぎらい ニッポンのミソジニー 』上野千鶴子

ギリシア語に由来するミソジニー(misogyny)は、日本語では、女嫌い、女性嫌悪、女性蔑視が当てられる。
男女の有り様をミソジニーという観点から解き明かした名著。センセーショナルで核心をついたこのような良書が文庫にならないのは残念だ。
男は女を蔑視し女に嫌悪感を抱いていて、女も女という属性を無意識のうちに嫌悪しているという。ミソジニーは男女にとって非対称に働く。男にとっては「女性蔑視」、女にとっては「自己嫌悪」として働く。
男も女もミソジニーから逃れられない。それは病理ではなく生理であるという。ミソジニーは重力のように蔓延していて、あまりにも自明であるために意識することすらできない。改めて考え直さなくては気づくこともないという。

女ぎらい――ニッポンのミソジニー
上野 千鶴子
紀伊國屋書店
2010年

まずは、文豪たちのミソジニー度をその女性遍歴から分析する。
女好きが看板だった吉行淳之介は、ミソジニー度が高いから女をとっかえひっかえできたという。一方、商売女としか付き合わなかった永井荷風は、ミソジニー度は低いとする。ふたりは女性蔑視の手順が違うだけだという。

男性学者が女性を論じるときに、不用意に使う単語や言い回しに、ミソジニー的発想が顔を出す。著者はそうした動かぬ証拠を列挙して、著名な社会学者たちを小気味いいくらい次々に血祭りにあげていく。こうした男性学者のミスは、ミソジニーが重力ようなものだから仕方がないのかもしれない。

著者はアメリカの文学研究家でジェンダー論・クィア理論を専門とするイブ・セジウィックの助けを借りて考察を進めたというが、そのセジュウィックによれば、女性蔑視こそが男性性の確立なのである。男と認め合った者たちの連帯は、男になり損ねた者と女とを排除し、差別することで成り立っている。

ミソジニーには、女性蔑視ばかりではなく、もうひとつの女性崇拝という側面がある。
性の二重構造とは、男向けの性道徳と、女向けの性道徳が違うことをいう。たとえば男は色好みであることに価値があるとされるが、女は性的に無垢で無知であることがよしとされる。
近代の一夫一婦制が、タテマエは相互の貞節をうたいながら、ホンネでは男のルール違反をはじめから組み込んでいたように、男のルール違反の相手をしてくれる女性が別に必要となる。その結果、女性を二種類の集団に分割することとなった。それが「聖女」と「娼婦」、「妻・母」と「売女」、「結婚相手」と「遊び相手」などの、二分法である。

後半は、女性のミソジニーについて論じている。
女子校文化のダブルスタンダードとは、男ウケする価値と女ウケする価値は違う。凛々しく「男らしい」少女がクラスのヒーローになったり、笑いを取るのがうまい少女が人気者になったりするが、女ウケする女はけっして男ウケしないことを彼女たちはよく知っている。

ここで酒井順子の『負け犬の遠吠え』に触れる。
女には、女が自分の力で獲得した価値と、他人(つまり男)が与えてくれる価値のふたつがあり、前者より後者の方が値打ちが高いと思われているからこそ、結婚していない女は「負け犬」と呼ばれる。なぜなら結婚とは、女が男によって選ばれた登録書だからだ。

女性のミソジニーを語るなら「東電OL事件」を避けて通れないという。
1997年3月、売春婦が絞殺死体で発見された。その女性が慶応大学卒で東京電力の総合職女子社員だった。なぜエリート女子社員が売春婦に身をやつしたのか。
殺された女性は、父親を尊敬していて父親のような立派な人間になろうとしていた。それが父親の急死で、父親の代わりになって母親や妹の面倒をみなければならないと決意した。しかし男でない以上、父親の代わりにはなりえない。そんな女としての自分を罰したい。それが売春に走った理由であるという。
殺されたOLの生き様に共感する女性が少なからずいるというから驚きだ。→人気ブログランキング

→『女ぎらい―ニッポンのミソジニー』上野千鶴子/紀伊国屋書店/2010年
→『西城秀樹のおかげです』森奈津子/ハヤカワ文庫JA/2004年
→『無頼化する女たち』 水無田気流
→『関係する女 所有する男』 斎藤 環
→『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』 斎藤 環

『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ

前作『サピエンス全史』は、人類の過去を歴史学のみならず政治学、生物学、心理学、哲学などの横断的な幅広い知見に基づいて書かれ、世界的ベストセラーとなった。その続編ともいうべき本書は人類の未来を予測したもの。その手法は、前作同様、話題が多方面に展開され、まるでスケールの大きなエンターテイメント小説を読んでいるかのようだ。

飢饉と疫病と戦争は、もはや人類にとって対処が可能な課題になったという。人類に降りかかる災難の多くは政治の不手際がもたらしている。人類は困難を克服しつつあり、テクノロジーをよりどころに、次のステップに進もうとしているという。ちなみに、「ホモ」とは人間、「サピエンス」は賢い人、「デウス」は神の意味である。

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2018年9月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
柴田裕之 訳
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まずは、アルゴリズムについて。
〈アルゴリズムとは、計算し、問題を解決し、決定に至るために利用できる、一連の秩序だったステップのことをいう。アルゴリズムは特定の計算ではなく、計算をするときに従う方法だ。〉
すべての事象は、人間も含めて、アルゴリズムで成り立っているという。つまりデジタル化できて計算式で表しうるということだろう。

人類は不死と至福と神性を手に入れようとするとしている。サピエンスのアップグレードは、次のように進んでいくとする。
〈じつは、無数の平凡な行動を通して、それはすでにたった今も起こりつつある。毎日、膨大な数の人が、スマートフォンに自分の人生をより前より少しだけ多く制御することを許したり、新しくてより有効な抗うつ薬を試したりしている。人間は健康と幸福と力を追求しながら、自らの機能をまず一つ、次にもう一つ、さらにもう一つという具合に徐々に変えていき、ついにはもう人間ではなくなってしまうだろう。 〉

魂などというものは突き詰めていけば存在しない。宗教は人間が都合で考え出したもので、聖典を書きそれを多種多用に解釈した。人間至上主義は、神や宗教は人間がこの世を作り出したものだから、神を冒涜するなどと気遣う必要はないと考えるという。不老不死の手段があれば、セレブたちはあらゆる犠牲わ払って、間違いなく手を出すだろうという。

ポストヒューマンとは、ごく一部のセレブ達だけの話であり、神のように振る舞う一握りの人間のことだ。これらの超人たちは、前代未聞の能力と空前の創造性を享受する。彼らはその能力と創造性のおかげで、世の中の最も重要な決定の多くを下し続けることができる。彼らは社会を支配するという。

残念ながら、庶民は超人たちに支配される劣等カーストとなる。AIたちが人間を押しのけてほとんどすべてのことをやってしまうから、劣等カーストに属する人たちには仕事がない。その余剰の人たちはどうやって生きてゆくのか。
ゲームでもやって時間を潰すことになるかもしれないというのだが、そうもいかないだろう。→人気ブログランキング

ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ  河出書房新社 2018年
『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社 2016年
『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーバー』山岸真編  ハヤカワ文庫 2010年

『緋色の研究』コナン・ドイル

1887年に発刊された、シャーロック・ホームズ・シリーズの記念すべき第1作目。
冒頭で、ワトソン医師がロンドンでホームズと一緒に暮らすに至った経緯が語られる。
第2次アフガン戦争(1878年〜80年)に軍医として出兵したジョン・H・ワトソンは、肩を射抜かれ、その後腸チフスに罹り、ひどく憔悴してイギリスに帰国した。
〈大英帝国の隅々から暇をもてあました有象無象が流れこんでくる。巨大な汚水溜めともいうべき大都会〉という状況のロンドンにホテル住まいをしていたが、軍からの給与では足りなくなり、手頃な家賃の下宿を探すことになった。

緋色の研究 (角川文庫)
緋色の研究
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コナン・ドイル/駒月雅子
角川文庫  2012年
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ワトソンは友人からシャーロック・ホームズを紹介され、「ベーカー街221B」の一軒家をふたりで借りることになった。ホームズは、鋭い観察眼をもち、バイオリンを愛し、化学実験を趣味とする博識家であり、しかも棒術・剣術、ボクシングに熟達している。スコットランド・ヤードから一目置かれ、捜査の依頼が舞い込む異才の男である。

アメリカ人男性の遺体の検分をスコットランド・ヤードから依頼されるが、気乗りのしないホームズはワトソンにせっつかれて、やっと重い腰をあげたのだ。やがて、2人目のアメリカ人男性が殺される。

舞台は殺人事件人のロンドンから、一気に、屈強な男と5歳の少女が流浪するアメリカの大平原に飛ぶ。時間も20年ほど後戻りする。乾燥地帯をさまよう2人は、西部をめざして進む1万人のモルモン教徒の大集団に助けられ、ソルトレーク・シティで暮らすようになる。

男はモルモン教の一夫多妻制を嫌った。一夫多妻は女性が足りなくなるのは目に見えている。長老に睨まれた男たちはいつの間にか殺されていなくなる。いなくなった男の妻たちは、長老の意のままに配分されるというようなことがまかり通っていた。

意に沿わないながらモルモン教徒となった男(義父)と娘の前に、若者が現れ、娘と婚約する。ところが、教祖のブリガム・ヤングは異教徒との結婚は許さないという。義父は殺され娘は無理やりモルモン教徒に嫁がされるが、1週間も経たぬうちに娘も命を落としてしまう。
異教徒の男は婚約者を死に追いやった2人のアメリカ人を追いかけて、産業革命が進むロンドンに現れたのだ。
という強引なストーリーなのだ。

本書でのモルモン教への批判は痛烈である。のちに著者はソルトレーク・シティを訪れ、モルモン教指導者と和解しているという。
ところで、『緋色の研究』というタイトルは何を意味しているのか?
〈・・・(この事件の解決は、)名づけて『緋色の研究』だな。この気取った美術用語もまんざら捨てたもではないだろう?人生という無色のもつれた糸の束には、殺人という緋色の糸もまじっている。僕らの仕事は、糸の束を解きほぐして緋色の糸をより出し、端から端までつまびらかにすることなんだ。〉というホームズの言葉からきている。→人気ブログランキング

『マンモスを再生せよ』ベン・メズリック

ハーバード大学のジョージ・チャーチ教授の研究室では、約4000年前に絶滅したケナガマンモスの再生プロジェクトが進行している。本書はプロジェクトの進捗状況やライバルチームの動向、チャーチの生い立ちや取り組んできた様々な研究について、物語風に描いている。

合成生物学分野の第一人者であるチャーチの研究室には世界中から優秀な研究者たちが常時90人ほど集まっている。チャーチが手がけた多くの研究は常に時代の最先端を行く研究である。

マンモスを再生せよ ハーバード大学遺伝子研究チームの挑戦
ベン・メズリック
文藝春秋
2018年7月  売り上げランキング: 14,229

チャーチが取り組んできた、あるいは現在も取り組んでいる、研究のテーマには次のようなものがある。
短時間に低価格でDNA解析ができる「次世代シーケンサー」の開発。
大勢の有志のゲノムを解析してデータベース化し、病気や健康状態に特化した治療法を開発する「個人ゲノム研究計画」。
ブタにヒトの肝臓の遺伝子を埋め込み臓器移植用の肝臓を作る。
マラリアを媒介しないよう遺伝子操作された蚊を巨大なドームの中で試す(遺伝子ドライブ)。
老化に逆行するハダカデバネズミの研究。
人工合成生物の作成。(→『合成生物学の衝撃』須田桃子/文藝春秋/2018年)

具体的なケナガマンモス再生計画は次の手順で進められる。
シベリアの凍土の中に冷凍された状態で発見されるケナガマンモスのDNAの解析をする。できるだけダメージの少ない良質なサンプルが必要である。
ゲノムのうち、ケナガマンモスの特徴的な毛、耳、皮下脂肪、ヘモグロビンの遺伝子を探す。これらの遺伝子の役割をノックアウトマウスで確認したのち、アジアゾウの幹細胞に埋め込み、人工子宮に着床させるというもの。アジアゾウをケナガマンモスに近づけていこうとする計画である。

チャーチは絶滅動物のうち、なぜケナガマンモスを再生させるのかという、確固たる理由が欲しかった。ロシアの北東科学センター所長セルゲイ・ジモフの研究から、ケナガマンモス再生プロジェクトを前に進める根拠を得たのだ。
現在、地球温暖化により永久凍土が溶けつつある。永久凍土が溶ければ、そこに何万年も前から凍りついていた有機物を微生物が分解し、二酸化炭素とメタンが発生し地球温暖化が加速される。永久凍土層の崩壊を止めるためには、永久凍土を踏み固めて、温度を下げておく必要がある。その踏み固め役としてケナガマンモスをはじめとする寒冷地で生息する草食動物が必要なのだ。それがセルゲイ・ジモフのいう「氷河期パーク」である。今は戦車で踏み固めているという。
この説は説得力に欠けるが、環境保護の観点からケナガマンモス再生は意義があるというのだ。

ケナガマンモス再生計画を推し進める上で新たに見えてきたことがある。
それはゾウのDNAに隠された癌への抵抗力である。ゾウやクジラなど巨大な動物には癌が発生しにくい。これは癌治療に結びつく謎が隠されている可能性がある。
もう一つは、悪性のヘルペス・ウイルスによりアジアゾウが絶滅の危機に瀕していることがわかった。チャーチたちはゾウのヘルペス・ワクチンを作ろうとしている。→人気ブログランキング

マンモスを再生せよ/ベン・メズリック/文藝春秋/2018年
合成生物学の衝撃/須田桃子/文藝春秋/2018年
ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃/小林雅一/講談社現代新書/2016年
マンモスのつくりかた/ベス・シャピロ/筑摩書房/2016年
サイボーグ化する動物たち/エミリー・アンテス/白揚舎/2016年

『IQ』ジョー・イデ

通称IQと呼ばれるアイゼイア・クィンターベイは、ロサンゼルスに住むもぐりの探偵である。アイゼイアがどのようにして探偵になったかの過去(2005年〜06年)と、事件を捜査する現在(2013年)のふたつの時間軸で物語は進行する。
本作は、2017年、ミステリ文学賞の最優秀新人賞を立て続けに受賞した。さらにアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞および英国推理作家協会(CWA)賞にもノミネートされた。登場人物のキャラクターがよく書けている傑作だ。
すでに第3弾まで出版されている「IQシリーズ」の第1弾。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
IQ
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ジョー・イデ/熊谷千寿 訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
2018年6月
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頭脳明晰なアイゼイアは目の前で兄が交通事故で亡くなってから経済的に立ち行かなくなり、高校を中退せざるを得なくなった。中退後は様々な職業に就き、探偵業に必要なノウハウを身につけていった。ボランティアのつもりで揉め事を引き受けているうちに、評判が評判を呼んで、大きな事件の解決を頼まれるようになった。
相棒を組むドットソンは、兄亡き後、家賃の支払いに苦労していた時に、アパートに転がり込んできた高校時代の同年生。腐れ縁でつながるチビの小悪党だが憎めない性格だ。

依頼された事件は、ラップ・ミュージシャンの超大物カルの命を狙う相手を突き止めること。スランプに陥っているカルは、アルコールと薬漬けで自宅に引きこもる日々が続いている。レコード会社のオーナーや取り巻きはニューアルバムの作成に取り掛からせようと躍起となっているが、カルは使い物にならないくらいに憔悴している。

アイゼイアとドットソンは、ロサンゼルスの高級住宅地にあるカルの豪邸に向かう。そこで見せられたのは、防犯カメラのビデオに収められた、巨大なビット・ブルに襲われ間一髪で逃げおうせたカルの姿だった。カルはこの襲撃の裏には前妻がいると見ていた。

アイゼイアはシャーロック・ホームズばりの推理で犯人をつきとめた。犯人は犬のブリーダーで殺人巨大犬を飼っている、銃のコレクターの自称スキップ。高校生の時から犯罪歴があって、叔父の銃砲店に勤めたことがあるが、銃の横流しで逮捕されている。なんでもやらかすソシオパスだ。スキップを操る黒幕がいる。
巨大犬はシャーロック・ホームズ・シリーズの『バスカヴィル家の犬』をイメージしているのだろう。

アイゼイアには悔やんでも悔やみきれないことがふたつある。これは次作に受け継がれていくのだろう。
ひとつは、兄を目の前で死なせてしまったこと。もうひとつは、黒人とメキシカンのギャング同士の攻防戦で、幼かったフラーコの頭を流れ弾が貫き、半身不随にさせてしまったことである。
アイゼイアはグループホームから社会に出てくるフラーコの面倒をみるために、コンドミニアムを手に入れようとしている。そして兄を轢いたホンダ・アコード・プレミアムに乗っていた人物を必ず探し出すと心に誓っている。→人気ブログランキング

『ナンシー関の耳大全 77』武田砂鉄 編

ナンシー関の芸能評論はもはや伝説である。
かなりきつめの芸能人評には、一言一言にごもっともとうなづいてしまう。切り口は鋭く独創的で、比喩は的確、神がかっているといってもいいくらいの説得力だ。時差はあっても古さはない。それだけキモを掴んでいたということだ。
もちろん現れるはずもないのだが、未だにをナンシー関に比肩するテレビ批評家は現れていない。芸能人を誰彼かまわず俎上にあげて切りまくり、見方によっては喧嘩を売っているという意味でだ。
ナンシー関の代名詞だった消しゴム版画は多色刷りになり、プチジャンルとして確立されつつあるようだが。。

ナンシー関の耳大全77 ザ・ベスト・オブ「小耳にはさもう」1993-2002 (朝日文庫)
ナンシー関
朝日文庫
2018年8月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
売り上げランキング: 6,543

本書は『週刊朝日』に掲載されたコラム「小耳にはさもう」の450編ほどから、選りすぐりの77編を、武田砂鉄が選んだ。武田砂鉄は何者なのか? 以下wikipediaより。
〈フリーライター。……2015年4月、初の著作『紋切型社会』を上梓。同書で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。2016年3月には第9回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞した。〉
巻末には、編者が本書を編むに至った経緯が、「わたしたちの大切な公文書」というタイトルで、長めに書かれている。〈半永久的な(ナンシー関の)文書の賞味期限を更に先延ばしにしたいと思った。〉というのが動機だ。

ナンシー関らしさが横溢する文章を以下にピックアップする。
1993年に、川崎麻世との不倫が発覚したときに、斉藤由貴の記者会見について書いたもの。
〈こういう言い方はどうかと思うのだが、(斉藤由貴)は「目がイッてしまっている人になっていたのである。
今回の記者会見でも、斉藤由貴は「イッた目」をしていた。何か質問をされると、斉藤由貴は視線を虚空にさまよわせたまま、どことなくポエジーな言葉つきの答えを「イッた目」のまま発するのだ。……
芝居の役を演じたときに、"人が変わる""何かが憑く""トランス状態になる"というようなことを、特に舞台役者においては「天賦の才」と尊ぶようである。……
斉藤由貴の目のイキ方はそうゆう職業病のレベルではなく、もっと大変なものだ。何つったらいいのか、自己を過剰に認識するあまりに、とでも言おうか。それは演劇部の女子高生なんかにもいるタイプである。技術がないから臭い新劇じみた表現になってしまったりするのと同じように、斉藤由貴も器量がないから目にばかりが出ちゃうんだろう。〉そして、斉藤由貴に詩を書くことを勧めてコラムは結ばれる。
このコラムの行間には、〈こいつまたやるぞ、きっと。〉というニュアンスが隠れているように思う。 →人気ブログランキング

ナンシー関の耳大全 77/武田砂鉄編/朝日文庫/2018年
語りあかそう/ナンシー関/河出書房文庫/2014年

『予告された殺人の記録』 G・ガルシア=マルケス

27年前に起こった殺人事件を、住民の証言をもとに力強い文体で描写する中篇小説。そのジャーナリスティックなアプローチは、トルーマン・カポーティの『冷血』を彷彿とさせる。
1987年に、フランスとイタリアの合作で同名のタイトルで映画化されている。
新装されたカラフルないかにもラテン風のカバーが物語を象徴的に表している。

舞台はコロンビアの辺鄙な河沿いの町。
衆人環視の中で殺人が起こる。しかも、人びとは殺人が起こることを知っていた。双子の兄弟は人を殺すことをあたり構わずに何人もに話をしていて、むしろ誰かに犯行を止めてもらうための努力を思いつく限り試みたというのが真相らしい。兄弟は犯行前に多量のアルコールを摂取した。

予告された殺人の記録 (新潮文庫)
G. ガルシア=マルケス/野谷文昭
新潮文庫
2001年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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町を上げての婚礼の翌朝、処女でないことを理由に新婦が実家に帰された。母親が娘に問い詰めると、ハンサムな青年の名前を口にした。玉の輿にのせようとした母親らの説得に負けた形の意にそわぬ結婚であったから、産婆から新婦の初夜での戦略を伝授されたにもかかわらず、娘は開き直ったのだ。
過去に、娘とその青年が会っているところを目撃した者は誰もおらず、娘は大切にしていた男を守ったのだ。

よそ者の新郎だけが金持ちの裏切り者として人びとの記憶に刻まれた。彼以外の悲劇の登場人物たちは、自分たちに割り当てられた役回りを、ある種の威厳をもって演じたと言える。濡れ衣かもしれないが、殺された青年は陵辱の罪を死によってあがない、兄弟は自分たちが男であることを証明した。その結果、辱しめをうけた娘は名誉を回復した。

話はここで終わらない。
人目を避けてひっそりと暮らす出戻り女は、あろうことかその金持ち男に恋をしてしまう。そして手紙を送り続けた。
何年も経ったある日、船から一人の男が降り立ち、袋から大量の手紙を取り出した。女の前に姿を現わした男は今は初老となったかつての新郎であった。

後半に明らかにされる生々しい殺害のシーンで、ナイフで滅多刺しにされて腸をぶら下げて断末魔の苦しみにあえぐ男の壮絶な様は、『壬生義士伝』(浅田次郎著)で、満身創痍の主人公が自害する最期に重なる。どちらも、面目を保つための「大義」が死に至らしめる理由である。→人気ブログランキング

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