バサラ将軍 安部龍太郎

南北朝の争いによって朝廷の権威が失墜した南北朝時代は、人々が己の力だけを頼りに生き始めようとした時代である。その象徴的な言葉がバサラ(婆娑羅)だ。バサラとは梵語で金剛石のこと。この時代に、バサラは神を恐れぬ勝手放題、贅沢三昧な振る舞いを指す言葉になっていた。その典型的な人物が足利尊氏の配下の高師直や佐々木道誉である。
本書には、南北朝の不安定な時代を背景に描かれた、視点の異なる珠玉の短編6編が収録されている。
Photo_20210727142901バサラ将軍
安部龍太郎 
文春文庫 
1998年

「兄の横顔」
尊氏は心のままに振る舞い、実務はからっきしだめで、もっぱら弟の直義が実務にあたったといわれている。
直義は隠岐から戻った後醍醐天皇の寵姫阿野廉子に大塔宮(護良新王)が、皇位を奪う野心があると吹き込んだ。尊氏は六波羅に残り、直義は大塔宮を奉じ関東武士を統率するために、執権として鎌倉に入った。大塔宮の動きが不穏である。父・後醍醐天皇によって大塔宮は鎌倉に幽閉され、直義は大塔宮を土牢に入れた。
信州から北条の残党が鎌倉に攻め上がってきた。数で及ばない直義は尊氏に援軍を要請したが間に合わず、直義は大塔宮を殺害して鎌倉から逃れた。直義が尊氏と合流したのは、三河であった。直義は尊氏に大塔宮を殺害したことを告げた。これで足利一族は朝敵となったのだ。尊氏が全ての責任を直義に取らせるために、大塔宮を鎌倉に下したのではないかと疑った。

「師直の恋」
高師直は、公家の牛車に嫌がらせをしている佐々木道誉の家来を叩き斬り一喝した。その牛車には妙齢の女性が乗っていた。十指に余る側室を抱えた38歳の師直はその女性に一目惚れをした。師直の妻は父から強引に押し付けられた女だった。
後醍醐天皇に仕えていた侍従の話から、師直が恋する女性は葵といい、30歳ばかり歳上の塩冶判官高貞の妻だとわかった。占部兼好に恋文を代筆してもらうことになった。葵はその手紙を半分読んで捨てたという。
侍従が、3人の子持ちの化粧を落とした面相を一度まともの見た方がいいという。そして師直は湯から上がった葵の姿を目にした。

「狼藉なり」
高師直の盟友土岐頼遠が酔って上皇に狼藉をはたらいた。重臣たちが評定を行ない死罪と結論を出した。切腹ではなく斬首である。師直は頼遠に結果を告げると、頼遠は受け入れるという。師直はどうにかするから美濃に逃れていろという。南朝派が兵を蓄えているが師直は放っておいた。いずれ合戦で武勲をあげてきた頼遠の力が必要になると踏んでいた。しかし、頼遠は大殿(足利尊氏)に判断を仰いだ。

「知謀の淵」
新田義興は南朝の後醍醐天皇側についた。竹沢右京亮は畠山国清から新田義興にとり入り騙し討ちにせよと命じられたのだ。足利側で生きるためにはこの機会を逃してはならない。恩賞は望みどおりにとらすという。
竹沢右京亮は、義興の乗った舟に水が入るよう細工を加え義興を討ち取った。勝利の宴で重鎮たちは右京亮を揶揄うような言動をした。かつての主人新田義興を騙し討ちにした自分を快く思わない者がいる。右京之介は卑怯者と罵られ馬鹿にされ、それは止まるところを知らなかった。卑怯者はいつまでたっても卑怯者だった。

「バサラ大名」
後円融帝と足利義満は同じ27歳、従兄弟の関係にある。義満は帝の寵愛深い三条の局をなんとかものにしたいと思っている。日野資康に何とかならないかと持ちかけた。資康はバサラな望みだという。義満の祖父尊氏が北朝を擁立した。幕府の武力無くしては一日たりとも立ち行かない。その弱みに漬け込んでの横暴である。義満は帝の座を狙おうとすらしている。後円融帝は、三条の局の息子6歳の幹仁親王を幼帝にしたて上皇として政治を操ろうとする。三条の局は義満を招いて息子を幼帝にすることを交換条件とした。義満は興醒めし、三条の局を無視することになる。
義満の叔母である崇賢門院が、義満の一連の狼藉を叱責した。あなたが力を失えばあなたに従う者はいなくなるが、帝は徳をもって民の上に立たれている。徳のある者であり続けようと努力することができる。帝が背負っているのはそういう宿命なのだ。帝に誓書を書けという。義満はそれに従った。

「アーリアが来た」
5日前小浜湾に南蛮船が着いた。象が乗っているという。5人の手下を持つ馬借の源太に、若狭屋から象を京に連れていく手配をしろと声がかかった。源太は若狭屋の荷の5分の1を扱えるようにと条件を出した。
幕府には南蛮人が来るのを喜ばぬ勢力がいるという。義満は天皇の座につくつもりだったが、突然死んだ。義嗣と義持が跡目を争い義持が勝ち将軍の座についた。義持は小浜で明との貿易を行おうとしていたが、この計画が義嗣派に漏れたのだ。
黄竹青という少女が象のアーリアの背に乗って操っている。敵は竹青を遠矢で射殺しようとするだろう。そして道中、一行が襲われる。→ にほんブログ村

平城京/安部龍太郎/角川文庫/2021年
信長の革命と光秀の正義 真説本能寺/安部龍太郎/幻冬社新書/2020年
姫神/安部龍太郎/文春文庫/2018年
等伯/安部 龍太郎/文春文庫/2015年
バサラ将軍/安部龍太郎/文春文庫/1998年
婆娑羅/山田風太郎/講談社文庫/1993年

ルート66を聴く アメリカン・ロードソングはなにを歌っているのか 朝日順子

シカゴからロサンゼルスに至るルート66に関連したブルース、カントリー、ロックンロールの楽曲のそれらが生まれた背景と歌詞の意味、果たした役割を探る。「アメリカの真ん中の道」ルート66には、語るべき数多のエピソードがある。
著者は子どもの頃から洋楽に親しみアメリカ在住経験が何回かある。職業は翻訳家、音楽ライター。イベント出演や執筆の仕事に携わってきた。ロックの歌詞を解説するトークイベントを行なっている。
本書では日本であまり知られていない、アメリカ中西部と南部の風土や文化、そこに住む人々が何を考えているかを歌詞から紐解き、著者自身の体験も記したという。本書の情報は幅広く深くマッシブだ。著者の音楽を語る熱量は凄まじい。
66ルート66を聴く アメリカン・ロードソングはなにを歌っているのか
朝日順子(Junko Asahi
青土社 
2021年 234頁

第1曲目は、『On the Road Again』(ウィリー・ネルソン)を紹介する。本書のテーマ「アメリカン・ロードソングはなにを歌っているのか」を表す象徴的な曲だ。
オン・ザ・ロードの生活とは、音楽家が主に車両で長距離を移動する状態を示す。一番の稼ぎ時である夏は、フェスティバルでのライヴに出演するためにアメリカ全土を移動する。真冬以外は、ライヴハウスだけでなくグリルのような大きめのレストランからホテルのラウンジまで、文字通りドサ回りをする。
ローリング・ストーンズのようにスタジアム級のコンサートをやるバンド、小さな会場でのツアーを何年も続けるバンド、昔は大規模なコンサートをやっていて、今は小規模なギグを地道に続けるバンドとさまざまだが、いずれにしても彼らのロードは果てしなく続く。 

スタインベックの『怒りの葡萄』は、30年代にオクラホマ、テキサス、アーカンソーなどの中西部の州の人々(オクラホマの人が多かったためオーキーと呼ばれる)が、砂嵐で耕作不能となった土地を捨てて、ルート66を進行しカリフォルニアに向かう物語である。
ボブ・ディランに影響を与えたウッディ・ガスリーはオクラホマの出身で、オーキーたちと共にカリフォルニアを目指す旅に同行した。そのあとニューヨークに戻ったウッディはスタインベックと友達になり、『怒りの葡萄』についての曲をアルバムに載せたという。

ブルースはミシシッピー州を中心にしたディープサウスで生まれ、北上しシカゴで花開いた。一方、ロッックンロールは、それほど単純ではない。
アメリカンロックの源泉は路地裏だという。どんなに成功して金持ちになっても、ルーサー精神を失ったら、もうそれはロックではない。エルヴィス・プレスリーに代表される音楽ジャンル「ロカビリー」は、白人を蔑視する言葉「ヒルビリー」とロックンロールを合体して名づけられた。

自由であるからこそ逆に不自由であることが、反抗の文化であるロックがアメリカで発展した理由の一つだと思っているというのは示唆的だ。日本では世間体を大事にする親が多いが、アメリカでは自分の嗜好や思考を押しつける親が多いことが、反抗を生み出しているという。

“motor (車)”と“hotel (ホテル)”を組合せた造語「Motel」と呼ばれる世界初のモーテルがカリフォルニアに誕生したのは1925年。これはルート66が開通した翌年というトリビアが楽しい。→人気ブログランキング

ルート66を聴く アメリカン・ロードソングはなにを歌っているのか/朝日順子/青土社/2021年
ルート66をゆく―アメリカの「保守」を訪ねて/松尾理也/新潮新書/2006年

探偵稼業はやめられない

雑誌『ジャーロ』に掲載された探偵ものの短編12編を集めたアンソロジー。男性探偵6、女性探偵6と気を遣っている。
難問に直面して、苦しんだりあっさり解決をしたり、さらに難しい事件が続発したり、お馴染みの探偵の行動は、とりあえず安心して読んでいられる。初めてお目にかかる探偵は、お手並み拝見というところ。いずれにしても、いい企画の短編集だ。
塩井浩平のカバーイラストもいい。
E59a7e5202784ff9a00cf508f0155c16探偵稼業はやめられない
光文社文庫 
2003年 471頁

「フォト・フィニッシュ」サラ・パレツキー(V・I・ウォーショースキー)
ミズ・ウォーショースキーが依頼されたのは、著者の得意分野である依頼人の親族に絡む事件だ。

「空の青(エアロ・アズール)」マイクル・コナリー(ハリー・ボッシュ)
全裸の若い女性の遺体が発見され、ハリー・ボッシュはFBIプロファイラーに協力を仰いだ。ボッシュが46人の容疑者から選んだ2人は、プロファイラーが選んだ2人と一致した。そしてシリアルキラーが逮捕される。ボッシュは死刑が執行される前に犯人に面会し、全裸で殺された少女の身元を聞くが答えない。その数日前にプロファイラーも犯人に面会していた。

「スカーレット・フィーバー」ジャング・レープ(ジェニー・ゴードン、C・J・ガン)
11月のテキサツ州オースチン。ジェニー・ゴードンとC・J・ガンのふたりの女性に依頼が舞い込む。祖父が遺した小さな農場をやっているビローは踊り子に一目惚れをした。10日前に姿を消した踊り子を探してくれという。

「噛み合わない視線」ジェレマイア・ヒーリイ(ジョン・フランシス・カディ)
ストーカーに悩まされている美女が依頼人だ。犯人は警察の人間かもしれないという。下着が送られてきて、そのあと大人のおもちゃが送られてきた。会社の同僚や浮浪者、こういう人たちに私立探偵を雇ったってことをわからせてほしいという。依頼人が襲われる事件が起こる。

「ほぼ完璧な殺人」キャロリン・G・ハート(ヘンリー・O)
ヘンリー・Oが新聞記者当時、辣腕のAP通信記者として一緒に事件を担当したシルヴィアから電話がかかってきた。夫のゴードンが来たからと電話が切れた。シルヴィアの豪邸に向けてレンタカーを走らせた。ところが家には誰もいなかった。そして翌朝、シルヴィアが崖から転落して死亡した新聞記事が載った。夫は一歩も外に出ていないという。シルヴィアの過去の著作が謎を解くヒントなる。

「動物病院の怪事件」 エドワード・D・ホック(サム・ホーソン)
無人の動物病院のケージに入っていた猫が首を絞められて殺された。ホーソン医師にクリスティー動物病院長から、真相を解き明かしてほしいと依頼がくる。

「温泉は飛行機で」マーシャ・マラー(シャロン・ マコーン)
カリフォルニア行きの飛行機にゴージャスな2人の女性が乗り込んできた。麻薬の運び屋ではないかとの証拠をつかむために、シャロンは一緒に飛行機に乗り込んだ。ふたりはシロだった。セスナ機からKFCのテイクアウトを入れた袋が出てきて、なかに麻薬が隠されていた。

「懺悔」ジョセフ・ハンセン(バック・ボハノン)
5年前に行方不明に女の骨が出てきて、40歳も年上の夫が逮捕された。ボハノンは捜査に走り回る。ボハノンが手に入れたのは殺された女のノート。絵心があった女が何人かの人物を描き、金銭の出納を書いていた。

「十一時のフィルム」S・J・ローザン(リディア・チン、ビル・スミス)
パトリシア・リンが殺されて犯人は逮捕されたが無罪になった。セックスの最中か後にリンは殺されたのだ。中国人好きのミッチと付き合っていた女が、ミッチはセックスがエスカレートすると暴力を振るうという。ビデオテープを撮っているはずだという。そのビデオを手に入れるためにハニートラップを仕掛けようとするが、相手は殺人犯だ。

「南部の労働者」ローレン・D・エスルマン(エイモス・ウォーカー)
妻の浮気の調査を依頼され、相手を突き止め逢瀬のモーテルを突き止めて依頼人に報告した。数日後、妻と浮気相手が同じモーテルでショットガンで射殺された。夫が捕まり自白する。
探偵ウォーカーは殺人はプロの仕事と目星をつけ、夫の自白を撤回させようとする。

「消えた死体」 ジャネット・イヴァノビッチ(ステファニー・プラム)
変態サミーが全裸で額を撃ち抜かれ地下室で死んでいた。ステェファニーとルーラは近くのセブンイレブンで警察に連絡して戻るとすでにパトカーが来ていて、死体がなくなっていた。死体は車に乗せられて悪臭を放っているところを発見された。真犯人を突き止めたが、家族に暴力を振るう町の厄介者の男を犯人に仕立るか、ステファニーたちは思案する。

「レッツ・ゲット・ロスト」ローレンス・ブロック(マカット・スカダー)
スカダーに女友達から、ポーカーをしていた5人のうち一人が亡くなったから、力になってほしいという。部屋を訪ねると4人の男がいた。遺体の胸には細身のナイフが刺さっていた。誰かが訪ねてきてフィルが出ると刺されたという。酢いも甘いも噛み分けたアル中探偵のスカダーの手腕が発揮される。→人気ブログランキング

姫神 安部龍太郎 

推古天皇の御世。遣隋使を派遣する目的は、厩戸皇子が望む朝鮮半島三国と倭国の和平だった。遣隋使の水先案内と護衛の役を仰せつかったのは、宗像水軍。
遣隋使派遣に至るまでの1年間を、宗像水軍に関わる人々を中心に描く。
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安部龍太郎
文春文庫
2018年 269頁

607年8月、宗像水軍をひきいる宗像君疾風(むなかたのきみはやて)は、遣隋使として派遣された小野妹子ら一行を渡海させる任務を厩戸皇子から仰せつかり、隋の都洛陽に向かっている。
今回の遣隋使団は朝鮮半島の三国(高句麗、新羅、百済)と倭国で組織し、四カ国が隋皇帝の冊封下に入る(属国となる)ことで相互の争いを防ぐことを目的としている。厩戸皇子の呼びかけに応じ、高句麗と新羅は使者と皇帝への貢物を送ることにしたが、百済は新羅に奪われた土地を取り戻すまでは、いかなる和平にも応じないと、使者は送らず、貢物だけを送った。かくして、4国の足並みはそろわず、それぞれの国内に和平に反対する勢力が、遣隋使の派遣を阻止しようとする。

遣隋使渡海の前年、606年の初夏、宗像の海は荒れて避難が遅れた船・三艘が海にさらわれた。村長は、伽耶に大島の遥拝宮に参籠して沖ノ島の田心姫神に、波風がしずまるように祈るように頼んだ。祈りが通じたのか嵐はおさまった。
主人公の伽耶は韓子(からこ)である。韓子とは任那に住んでいた倭人と百済人や新羅人との間に生まれた子供のことである。伽耶の母親は宗像一族の長の娘で、南加羅の新羅人の豪商に嫁いだ。伽耶は5歳まで幸せに暮らしていたが、新羅が突然任那に攻め込んできたため命からがら脱出した。両親の消息は定かでない。今は巫女の修行をしている。

大島の海岸に朝鮮人と思われる大怪我を負った若い男が漂着した。伽耶は男を助けるべく宗像に運び薬師に預けた。伽耶はなぜかその男に惹かれものを感じていた。外科処置が行われたが、創が治っていないにも関わらずその男・円照は姿を消した。新羅からの諜報ではないかと疑われた。

大和からの使者が逗留している屋敷を何者かが襲った。屋敷にいた円照は無事だった。使者は宗像水軍に隋への渡航の案内を依頼しにやって来たのだ。厩戸皇子の計画に反対する者の仕業であろう。円照は厩戸皇子と和平の道を探るため倭国に向かったが、途中で何者かに襲われ傷を負って大島に流れ着いたのだった。円照は新羅の真平王の弟である。

大和では二つの勢力が駆け引きをしていた。百済と手を組んで新羅から任那日本府を奪還しようと目論む、蘇我馬子・蝦夷親子。一方、厩戸皇子は朝鮮半島と倭国の和平を望んでいた。

朝鮮半島にたどり着く前に、遣隋使を護衛する宗方水軍は、蘇我馬子と通じている糸島水軍と戦わなければならない。宗方水軍に伽耶も同行することになったのだが、遣隋使の行く手は前途多難である。
ちなみに、沖ノ島には、本作で円照が伽耶に贈ったとされる金製の指輪が伝えられている。→人気ブログランキング

平城京/安部龍太郎/角川文庫/2021年
信長の革命と光秀の正義 真説本能寺/安部龍太郎/幻冬社新書/2020年
姫神/安部龍太郎/文春文庫/2018年
等伯/安部 龍太郎/文春文庫/2015年
バサラ将軍/安部龍太郎/文春文庫/1998年

ストリート・キッズ ドン・ウィンズロウ

上手い文章の小説を読みたい。読み手が唸るような言葉遣いとか、会話の妙味とか、予想を超える比喩とか、意表を突く小咄の挿入とか、真似したくなるような文章を読みたい。本書はその要求に答えてくれる。
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ドン・ウィンズロウ/東江一紀 訳 
創元社推理文庫 
1993年

ドン・ウィンズロウのデビュー作。ニール・ケアリー探偵シリーズ第1作。
父親は姿を見せず母親はヤク中だったから、ニールは文なしで、11歳の頃から探偵の技術をニールが「父さん」と呼ぶグレアムに仕込まれた。グレアムは朋友会に属している。
朋友会は、ロードアイランド州プロヴァンスの代々銀行を経営するキタリッジ家が、私的な厄介事の処理に作った組織だ。

頭がいいニールの朋友会における待遇は破格だった。アイビーリグの大学に通い、そのあと大学院に行き、学費は全部会長持ち。いつまでもで会で働く気はないと会長に手紙を書いた。それなのに英文学のゼミの試験の2週間前に呼び出された。ニールは英文学の教授になりたいのだ。単位を落とせば落第の憂き目にあうが、そこはなんとかなるといわれた。

ニールに課せられたミッションは、3ヶ月前に家出したチェイス上院議員の娘アリー(アリソン)を連れ戻すことだ。ロンドンで元同級生が修学旅行中にアリーを見かけて話しかけたが、逃げたというのが最後の目撃情報だ。
17歳の娘が行方不明になっているというのに、警察には知らせていない。
チェイス上院議員は副大統領に指名されると見込んでいる。つまり醜聞は隠蔽したいということだ。母親のエリザベスによれば、アリーは大好きな父親に性的虐待を受けたことが原因で、家出をし麻薬に手を出したという。アリーは主人の子じゃない、それは夫も知っているという。

アリーに会った同級生の話によれば、アリーは麻薬の売人に囲われて売春をしているという。今は5月29日、アリーを見つけてヤク抜きをして、8月1日の民主党全国大会 には連れ戻さなければならない。アリーを連れ戻したら、復学が認められる。

そんなわけで、ニールはイギリスに渡りロンドンをうろついてアリーを探すが、1週間は情報なし。そして、レストラン窓ガラスの向こうについにアリーを見つけた。他に2人の男と、女1人がつるんでいた。
4人に近づき、探偵修行で培った手練手管で4人の信用を勝ち取った。

稀覯本売買の儲け話を持ちかけてアリーを誘拐する計画だ。母親がヤク中だから、ニールは麻薬からの脱却法も脱却の際の苦しみも、十分に知っている。
アリーを中毒から脱却させる過程はふたりの愛が育まれていく過程だ。本書はハードボイルドであり恋愛小説でもある。→人気ブログランキング

壊れた世界の者たち/ハーパーブックス/2020年
ボビーZの気怠く優雅な人生/角川文庫/1999年
ストリート・キッズ/創元推理文庫/1993年

五郎治殿御始末 浅田次郎

明治維新で、武士が高い地位から引きずり下ろされた。
武士だった人のなかには、変化になんなくついていける人も、ついていけない人も、変化に抗う人もいた。そこには悲惨な話もあるが、心が温まる話もある。
本書は『歴史・時代小説縦横無尽の読みくらべガイド』(皆川博子)に紹介されていた。
新しい西洋定時表示に面食らう男は、「1日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つで終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の1日が長く、冬の1日が短いのは道理であろう」(「遠い砲音」)と述べた。まったくその通りで、論理的な破綻はない。
不定時法で暮らす江戸の人々は季節を感じながら暮らしていただろう。定時法に縛られて暮らすわれわれは、季節感が薄れてしまった。
121ef962652c4abe9dad03ce23e6ba56五郎治殿御始末
浅田次郎 
中公文庫 
2021年

「椿寺まで」
御一新から六年、天涯孤独の身の十歳の新太は、小兵衛に連れられて椿寺に向かう。武士から商人に転じた小兵衛は十蔵を丁稚として引き取った。やっと辿り着いた山寺にいる女性の存在は、新太にとっては心躍ることであった。

「箱館証文」
大河内を訪ねてきた警官が、証文を出した。五稜郭の戦いで、大河内と相手は組み合ったまま坂を転げ落ち、大河内は馬乗りに組み伏せられ脇差を喉元に当てられ、相手は命を千両で売らないかと問うた。今見せられた証文が大河内の書いたその証文だった。明治4年の新貨幣条例で1両は1円に換算された。1週間の猶予を申し出た。月給10円の官吏がどうして1000円を工面できようか。

「西を向く侍」
成瀬勘十郎は30歳、七十俵五人扶持の御徒の身分。世が世ならば出世を果たすにちがいない異能の俊才である。子供の頃から神童と目され和算術と暦法を極めた。
御一新の後、御家人たちの身の振り方は三通りあった。武士を捨てて農商に帰するか、無禄を覚悟で将軍家とともに徳川家のお膝元、駿河に移り住むか、それと新政府に出仕する道である。
勘十郎は、五年の猶予で自宅待機している。妻と子どもは先祖のいる甲府で農家暮らしをしている。暦法の専門家として新政府に出仕していた成瀬は、失職ではなく待命であり、5年間、旧録の10分の1というわずかな給与をもらっている。
駿府に越していった一家の老婆が取り壊された屋敷を終の住処といって譲らず、居残ることになった。勘十郎は屋敷の離れにお婆を住まわせることにした。
明治5年12月2日をもって晦日とし、12月3日を新年とするとの、政府からの天朝様からの通達があった。勘十郎は、薩長者が要職についている文部省に乗り込んだ。
そこで、暦の変更は人々の暮らしを混乱させとりわけ農家に混乱をもたらすと、理路整然と持論を述べるが、何も変わらない。
勘十郎は婆様を駿府に届けて甲府に去るという。御徒という名のみ残して、皆この地を去ってしまう。因みに御徒とは、いざ江戸城内で事が起これば足で駆けつけられるところに住んでいるという意味だ。
「覚え方は西向く武士」と勘十郎はつぶやく。小の月を順に並べると、二、四、六、九、侍は「士」で十一。婆様は「勘十郎はさすがにおつむがよいわ。なるほど西向く侍か」といって娘のようにころころ笑った。

「遠い砲音」
倅に肩を揺すられて、土江彦蔵は目覚めた。父に似ず倅・長三郎は聡明だ。夜ごとお殿様のご相伴にあずかるものだから、彦蔵は二日酔いだ。下屋敷に他の御家来衆がいないのだから相手をせざるを得ない。
武芸の腕を買われお馬周り役を務めていた彦蔵は近衛砲兵隊の将校に推挙された。妻は死に13歳の息子と二人暮らしである。殿は19歳。誰にも先んじて髷を落とし、刀を捨て、西洋趣味の自由な暮らしを楽しんでいるように見える。
近衛法兵営は7時に砲術調練が始まる。西洋定時を受け入れがたい彦蔵にとっては、「1日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つで終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の1日が長く、冬の1日が短いのは道理であろう」という心境なのだ。時計を見るにしても、短針と長針の組み合わせが頭に入ってこないのだ。仕える殿は19歳、西洋定時ネイティブだ。

「柘榴坂の仇討」
御一新以来、世の中は全て変わってしまったが、侍の上だけは時が止まっているようだ。
彦根藩の志村金吾は井伊直弼を襲った佐橋十兵衛を追いかけ行列を離れ、その間に直弼は水戸浪士たちに暗殺されてしまった。主君を守れなかった大罪を犯した金吾に対し、彦根藩は、直弼の墓前に水戸浪士の首を捧げることを命じた。
十兵衛は車夫になっていた。十兵衛の居場所を突き止めたその日に、新政府は「仇討禁止令」を布告した。
十兵衛の引く人力車に金吾は乗った。柘榴坂を登り切ったところで十兵衛は車を止め、「自分を討ってくれ」と願い出る。金吾は自分の刀を与え、十兵衛に一騎打ちを申し出た。
侍にとって切腹と断首とは天と地のちがいがある。正しくは死罪とは断首のことであり、切腹は死を賜るのである。
「命懸けで国を想う者を無下にするな」という直弼の言葉と「国を憂うる者の無私の心情を、おろそかにしてはならぬ。それを踏みにじって断首を下せば、命をかけて国を憂うる者がいなくなる」という上司の言葉を思い出し、金吾は一騎打ちを止めるのだった。金吾は十兵衛に「新しい人生を生きてくれ」と諭し、十兵衛はその言葉を聞き泣き崩れる。

「五郎治殿御始末」
岩井の家は代々桑名藩11万石松平越中守の家来あった。明治の時代がやってっきて桑名は天皇陛下に弓を引いた賊名を蒙って、ひどい有様になった。
父は飛び地の柏崎で北越の戦いで死んだ。
母は尾張の出で、御一新で尾張は薩長に伍したゆえ、岩井の家と母の実家は敵味方になってしまった。母は姉と尾張の家に戻り、祖父と惣領である私は桑名に残った。
屋敷は荒れ家来は逃げ遅れた老夫婦だけだった。
明治四年廃藩置県で、桑名藩は桑名県となり、翌年三重県になり、県庁は四日市に移った。祖父・岩井五郎治は桑名の役所に勤めていたが、翌年お役御免なった。桑名の上士であった祖父は、旧藩士の職を解く役目を担い、人々の恨みを一身に買っていた。
祖父は若くして禿げ上がり月代を剃る必要がなくっけ髷をつけているように見えた。
御役御免なった日、いくらか支払われる金子を断ったという。
祖父はお前は尾張の母の元に行けという。
幼い私にも噂は届いていた。父は立派な桑名藩士だが、祖父は算盤勘定しか知らぬ腰抜けだと。
そして、道具屋にすべてを売り、その金を寄る辺のべのない藩士に与え、使用人の老夫婦には多すぎる新券紙幣を当人たちが驚くほど過分に手渡した。私は尾張の母の実家の世話になりたくないといった。
死出の旅になった。祖父が脇差で私の喉を刺そうとしたとき、尾張屋忠兵衛と名乗る男が現れ、祖父を説得した。
私は尾張屋で丁稚奉公を始めた。ある日、尾張屋に警察が祖父の遺品を届けにきた。祖父は西南戦争で政府側の兵士として勇敢に戦ったという。遺品は脇差ではなく、つけ髷だった。→人気ブログランキング

ファイト 佐藤賢一

モハメド・アリのボクサーとしての運命を変えた4試合を、戦っているアリの目線で書いたユニークな作品。
その試合は、1964年の対ソニー・リストン戦、これはアリの世界戦初挑戦である。第二試合は、アリが徴兵を拒否し、ボクシング・ライセンスを剥奪され復帰後、1971年、ジョー・フレージャーとの世界チャンピョンタイトル戦。第三試合は、1974年、アフリカ・コンゴ共和国で行われたジョージ・フォアマンとの一戦。「キンシャサの奇跡」と呼ばれた。
第四試合は、1980年、対ラリー・ホームズ戦。ヘビー級タイトルマッチ。
アリは3回世界チャンピョンに返り咲いている。この4試合はいずれもチャレンジャーとして戦った試合である。
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佐藤賢一
中公文庫
2020年

アリは、1942年1月17日、ケンタッキー州ルイビルで、普通の家庭の子供として生まれた。小学校でボクシングをはじめ、その後めきめき頭角を現し、1960年のローマオリンピックで、ライトヘビー級の金メダルを獲得した。

第一試合
1964年2月24日、マイアミビーチで、アリはヘビー級チャンピオンのソニー・リストンに挑戦した。リストン32歳、アリ22歳
試合前にロリンズの家に、朝の4時に押しかけ、口汚く罵り挑発をする。
セコンドは名将アンジェロ・ダンディだ。 
第1ラウンド、蝶のように舞い蜂のように刺した。自陣コーナーに帰ってきて生き延びたことに安堵した。  
第6ラウンド、TKOで勝った。
翌日、それまでカシアス・クレイと名乗っていたアリは、イスラム教徒であることを発表し、1週間後、モハマド・アリに改名した。

1966年1月、アリに徴兵令状がきたが、アリは徴兵を拒否をした。世論はアリに非難を浴びせた。それだけでなく、ニューヨーク州ボクシング委員会がライセンスの停止を通告し、各州がこれに倣い、アリがアメリカで試合ができなくなるまで1ヶ月とかかからなかった。世界タイトルも剥奪され、6月には裁判で懲役5年が言い渡された。
しかし、1970年にボクシングライセンスの停止は憲法違反と裁判所の判断が示された。世界戦は復帰3戦目だった。

第二試合
1971年3月8日、ジョー・フレージャー戦。NY、マジソン・スクエア・ガーデン。
世界チャンピオン同士、二人とも無敗である。アリ(29歳)31勝無敗、ジョー(23歳)26戦無敗。
フレージャーは、1964年の東京オリピックの重量級で金メダルを獲得した。シュシュと息を吐きながら小刻みに体を揺らし闇雲に突進してくる戦闘スタイルは、「機関車ジョー」と呼ばれた。
死闘と呼ぶにふさわしい試合だった。アリは判定負けを喫したがダメージはさほどでなく、一方、フレージャーは1週間の入院を強いられた。

第三試合
1974年10月30日、ザイール共和国のキンシャサで行われた。ジョージ・フォアマンとのヘビー級タイトルマッチ。
6万人収容の「5月20スタジアム」で行われた。特設リングからリングサイド席にかけて雨よけに硝子の屋根がかけられた。
リング入場は午前4時だった。アメリカのゴールデンタイムに流すための都合だった。
ジョセフ・モブツという軍人上がりの独裁者がいて、売出し中のプロモーター、ドン・キングがモブツ大統領の誘致話に飛びついた。

「ザイール74」と題した音楽イベントが企画された。ジェームス・ブラウンやB・B・キング、ザ・クルセダーズのライヴをやると、話が大きくなっていく。ファイトマネーは破格の545万ドル。このときフォアマン25歳、アリ32歳だった
ケン・ノートンもフレージャーも、第二ラウンドでノックアウトをくらっている。
試合が始まるとマットはふわふわで足を取られ、ロープがゆるくロープに寄りかかると腰をかけるような姿勢になった。ロープにもたれていれば的が遠くなり相手のパンチの当たりは浅くなる。だから効かない。攻め続ければ疲労の色が濃くなる。この戦術を使ったのがフォアマンのセコンドについている男アーチー・ムーアー。50歳近くまでボクサーを続けた。アリはこの戦法を「ロープ際の愚か者(rope a dope)」と名づけた。
第8ラウンドでアリのKO勝ち。「キンシャサの奇跡」と呼ばれている。

第四試合
1980年10月2日、ラスベガス。
アリがリタイアして丸2年経ってのカンバック戦。アリ38歳。ラリー・ホームズ30歳。 
ラリー・ホームズは長い間アリのスパーリングパートナーをつとめていた。
10ラウンド、ラリー・ホームズのTKO勝ち。→人気ブログランキング 

拡がる環 ロバート・B・パーカー

私立探偵のスペンサーは、上院議員に立候補した共和党のミード・アリグサンダー下院議員の警護を引き受けた。アリグザンダーに、妻のロニーが若い男とベッド上で戯れているビデオテープが送られてきた。アリグザンダーは上院議員選挙の立候補を止めて、対立候補のロバート・ブラウンを応援するようにと脅されている。
スペンサーに与えられたミッションは、ロニーに気づかれることなく解決すること。そのためにはアリグザンダーは上院議員戦から撤退し、相手の応援に回ることも辞さないという。
7fe04fe2066b4f0d8c7e755268298a4e拡がる環
ロバート・B・パーカー/菊池光 
ハヤカワ文庫
1991年

スペンサーは、ボストン・グローブ紙の友人にロバート・ブラウン候補についてのあらゆる情報を要求した。その資料を隈なく調べると、ブラウンの演説会の写真に映るギャングの手下を発見した。

アリグサンダー陣営のビラ配りの大学生がふたりの男に妨害された。ビラ配りを邪魔するごろつきををスペンサーは駐車区域で殴り倒した。その1人から、指示を出したルイスにたどり着き、その上にギャングのジョウ・ブロウがいることをつきとめた。

ロニーのフィルムを公開されればアリクザンダーが当選する可能性はゼロになる。
彼はそれを乗り越え、場合によっては逆効果になって、人々がブラウンの仕業と考え、同情票が集まるかも知れない。警察とFBIが乗り出してくるかも知れない。しかし、当選はできないだろうというのがスペンサーの予想だ。

スペンサーはアリクザンダーのオフィスで、ロニーのセックスビデオを何回か見た。筆立てに使っているジョッキーにジョージタウン大学の友愛会のロゴがあった。スペンサーは窓に映る建物から、そのフィルムが撮影されたアパートを割り出した。その部屋に住むのはジョウ・ブロズの息子ジェリイだ。浴室の鏡が片面素通しの鏡だった。ビデオはそこから撮影されていた。

ジェリイを尾行してつかんだことは、自分のアパートで高校生を相手にコカインを売りその代金が払えないと、セックスで払わせる。コカインを売りさばき、中年の女と未成年をアパートに集め乱行パーティをやり、ポルノ・フィルムを撮っている。

スペンサーは父親のジョウ・ブロズに直接交渉する。
父親に認めてもらいたいというジェリイの単独行動だった。ジョウ・ブロウは二つの道をとることができる、スペンサーを殺して、息子に関する証拠を誰にも渡していないことを願う。もうひとつはスペンサーの要求を認めて脅しを止めることだ。→人気ブログランキング

歴史・時代小説縦横無尽の読みくらべガイド 皆川博子

本書で紹介している作家は176名、取り上げている小説は488作。すごい数だ。
本書は【時代劇は楽しい!】【こんなテーマで読み比べてみた】【幕末・明治を読む】【今とつながる物語】【この作家はこれを読め!】の五部からなる。
0fe6a53645174ca2afdb491c8d867432歴史・時代小説縦横無尽の読みくらべガイド
皆川博子
文春文庫
2017年

第1部から第4部までは、ダジャレ仕立てのタイトルが目立つ。
たとえば、「シャモナベイビー!」の項で取り上げるのは、池波正太郎の『鬼平犯科帳』と司馬遼太郎の『龍馬がいく』。『鬼平犯科帳』には五鉄の「軍鶏鍋」が何回も出てくるという。『龍馬がいく』では風邪をひいた龍馬が、峰吉少年に軍鶏肉を買いに行かせる。ところが峰吉は「鳥新」という店で30分も待たされる。話は進んで龍馬の暗殺に至ってしまう。そこで著者が話題にするのは書かれていない軍鶏のゆくへ。暗殺はおいておいて軍鶏がどうなったかを推理している。

話は広がる。池波正太郎は詳しい調理法を書かないという。そこで、池波作品に登場する料理を解説したり再現したりする本が登場する。『池波正太郎 鬼平料理帳』(佐藤隆介)を紹介したあと、料理時代小説の代表格である高田都の『みをつくし料理帖』をとり上げる。
ダジャレがちゃんと機能しているのがいい。ダジャレは本文中にもちりばめられている。著者は気の利いたダジャレを飛ばすが、流行り言葉にも敏感な万能型だ。

【幕末・明治を読む】の「豆は夜更け過ぎに餅へと変わるだろう〜旧暦新暦大混乱」や「時の名前に身をまかせ〜暮れ六つって何時?」の項は、太陽暦導入に伴う混乱を描いた作品を挙げている。明治初期ならではテーマだ。
西洋定時を受け入れがたい人にとっては、「一日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つの鐘で終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の一日が長く、冬の一日が短いのは道理であろう」(『五郎治殿御始末』浅田次郎)という心境なのだ。

【この作家はこれを読め!】の章では、「巨匠を読む」には、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平を取り上げている。「名手の世界を味わう」では、山本兼一、葉室麟、北原亞以子、宮部みゆき、平岩弓枝、宇江佐真理、杉本章子を紹介している。さらに、「今を代表する実力派たち①男性作家編」「今を代表する実力派たち②女性作家編」、「読み逃すな!注目の新進作家」「現代小説からの参入」、さらに「文庫書き下ろし時代小説①武家・剣豪編」「文庫書き下ろし時代小説②市井・伝奇編」という具合に、第五部だけでも、蟻一匹も逃さぬような網羅ぶりだ。まさに縦横無尽だ。

ところで、飛鳥時代、奈良時代の作品の紹介が手薄なのは、元々この時代の作品が少ないからだろう。本書をめくっているとつい小説を買いたくなる。本書が優秀な時代小説解説本である証拠だ。→人気ブログランキング

平城京 安部龍太郎

文武天皇が25歳の若さで亡くなり、天皇の母君である元明天皇の御世(707年〜715年)が始まった。
遣唐使の船長であった主人公の阿倍船人(ふなびと)は、唐から帰国の際、船の故障と偽って港に戻り、3年後に白村江の戦いで捕虜となった人々を乗せて帰ってきた。この行為が命令に反いたとされ、謹慎処分になっていた。
Photo_20210526140901平城京
安部龍太郎
角川文庫
2021年

船人を兄の阿倍宿奈麻呂(すくなまろ)が訪ねてきて、唐の長安を模した平城京を奈良山の麓に造ることになったから、手伝って欲しいという。2年で都を造る現場の責任者になれという。権力者である藤原不比等の命令である。阿倍家にとっては白村江の戦いの汚名を挽回するチャンスだ。父の阿倍比羅夫は新羅征討軍の後将軍として闘った。

奈良の盆地を地ならしして大路小路を造らなければならない。それを1年で仕上げるためには、1日1万人の役夫が必要である。まずは役夫たちの宿舎の屋根をふく葦を難波潟で集める。船人が白村江の戦いの捕虜を助けたことは尊い行為として人々は受け止めていた。船人に協力しようと総勢四百人が集まった。

しかし問題は山ほどある。まずは平城京予定地にある古墳の移動である。豪族たちの立退きの説得を舩人がやらねばならない。さらに、冤罪によって滅ぼされ都を追われたと信じている葛城一族の立退き、もうひとつは土木工事のノウハウと膨大な労働力が期待される行基率いる宗徒が大宝律令の僧尼令により都に入れないことである。
さらに、海からの資材運びには百済の泊を利用するが、百済の泊には白村江の戦いで亡命してきた百済の民が住んでいる。白村江の戦いで百済が敗れたとき、天智天皇が多くの亡命百済人を引き受けてた。百済の泊の人々は天智天皇派のためなら労を厭わないのだ。阿倍船人はこうした難題を一つ一つ解決してゆく。

正体の知れない勢力が遷都を邪魔する。根底には天智天皇派と天武天皇派の確執がある。天智天皇派は、唐とは距離を置く方針をとる壬申の乱で敗れた一派だ。天武朝廷の流れを覆して天智天皇の系統に戻そうと心に誓っている人たちだ。一方、天武天皇派は、日本が唐の冊封国(同盟的な隷属国)となることで、白村江の戦い以来悪化している両国の関係を正常化しようと考えている。そのために行わなければないことは、大宝律令を制定し、史書の編纂を行い、都となる王城を建設することである。
船人は奈良への天皇行幸の裏警護を任されることなった。そして行幸の日、事件は起こる。

大化の改新(645年)、白村江の戦い(663年)の倭軍の惨敗、壬申の乱(672年)の後、平城京建設を描く歴史小説であり、事件の黒幕は誰かという謎を解くミステリでもある。→人気ブログランキング

平城京/安部龍太郎/角川文庫/2021年
信長の革命と光秀の正義 真説本能寺/安部龍太郎/幻冬社新書/2020年
姫神/安部龍太郎/文春文庫/2018年
等伯/安部 龍太郎/文春文庫/2015年
バサラ将軍/安部龍太郎/文春文庫/1998年

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