『ピラミッド』ヘニング・マンケル

北欧警察小説の金字塔・クルト・ヴァランダー警部シリーズのスピンオフ版。ヴァランダーが警察官になったばかりからベテラン警部になるまで、つまりシリーズ第1作の『殺人者の顔』の手前までが描かれている。読者からの「若い頃のヴァランダーを描いてほしい」という要望に著者が応えたという。

スウェーデン南部の中核都市にあるマルメ署で警察官なりたての血気盛んな頃を描いた「ナイフの一突き」、マルメ署から小さな町のイースタ署に移る30歳頃を描いた「裂け目」。その後の3編「海辺の男」「写真家の死」「ピラミッド」と進むにつれ、中堅どころからベテラン警部として署での重要な立場を占めるようになっていく。

ピラミッド (創元推理文庫)
ピラミッド
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ヘニング・マンケル/柳沢由実子
創元社推理文庫社
2018年4月 売り上げランキング: 20,331

最初の「ナイフの一突き」は、ヴァランダーが警察官になったばかりの頃の話である。
ヴァランダーは同じ若者として後ろめたさを感じながら、ベトナム戦争反対のデモ隊の警備にあたる。
アパートの隣人が自殺する前にダイアモンドの原石を飲み込んでいた。隣人が自殺した後に何者かが原石を探しに忍び込み、そのあとアパートに火をつけたのだ。
ヴァランダーは自分の推理が当たっているかを確かめるために単独で行動した。上司から秘密裏の捜査は許されないと叱責され、捜査のイロハを教えられる。

恋人のモナと結婚しリンダが生まれる。リンダはふたりを繋ぎとめる絆となるが、それはリンダが幼い頃までのこと。警察官という職業柄、夫婦はすれ違いが宿命だった。ついには別居し、リンダは高校を中退してモナについて行き、ヴァランダーはひとりになってしまう。ヴァランダー家の変遷を書くことで、時間の経過を表す手法をとっている。

本書のタイトルにもなっている最後の「ピラミッド」では、父親がエジプトに一人旅に出て事件を起こし警察に捕まる。身元を引き取りにヴァランダーはエジプトに行く羽目になる。
本作では、シリーズに引き継がれる、ヴァランダーの元妻への未練、若い女性新任検察官への片思い、父親との確執などが描かれている。→人気ブログランキング

→『ピラミッド
→『霜の降りる前に
→『北京からきた男
→『ファイアーウォール
→『リガの犬たち
→『背後の足音
ヘニング・マンケルを追悼する/2016年4月

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』若林正恭

『週刊新潮』の「ヤツザキ文学賞」は、書評家・豊﨑由美が文学賞受賞作を紹介するコラムである。6月14日号には、第3回斎藤茂太賞を受賞した漫才コンビ「オードリー」 の若林正恭が書いた『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』というタイトルの「4泊5日弾丸キューバ旅行紀」が紹介されている。文学賞ウォッチャーを自認する豊﨑が知らなかった同賞は、日本旅行作家協会が2016年に作ったできたてほやほやの文学賞だ。

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
若林 正恭
KADOKAWA 2017年7月
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2016年6月、著者はマネージャーから、今年は5日の夏休みがとれると告げられた。
航空券の予約サイトでたった一つの空席を見つけたあと、宿を予約し、入国のさいに必要なツーリストカードを取りに、東麻布にある調剤薬局のようなキューバ大使館領事部に出向いたりして、準備を整えた。マネージャーからの後輩を連れていったらどうかという助言を却下した。

新自由主義の東京と共産主義のハバマを対比しつつ、苛立ちながら生活している自らの心情を率直に表現しているところが大いに共感できる。純文学といっていい。
本書を読んでの結論、若林は残る。→人気ブログランキング

→『表参道のセレブ犬とヴァーニャ要塞の野良犬』KADOKAWA 2017年
→『完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込』角川文庫 2015年

『合成生物学の衝撃』須田桃子

2010年3月、ワシントン州ロックビルにあるベンダー研究所で、人工ゲノムを移植した細菌(マイコプラズマ・ジェニタリウム)の培養皿に明るい青色のコロニーが出現した(表紙写真)。コロニーのゲノムには、前もって組み込んでおいた「すかし」(研究者のたちの名前やメールアドレスなど)があることが確かめられた。生命の維持に欠かせない最小のゲノムは何かを追求する「ミニマル・セル・プロジェクト」が、20年の歳月をかけて、人工ゲノムから生物を誕生させたのだ。→クレイグ・ベンダー:人工生命について発表する(TED Ideas worth speading)

合成生物学ついて、STAP細胞の騒動の顛末を記した『捏造の科学者』で大宅壮一ノンフィクション賞や科学ジャーナリスト大賞を受賞した著者が、精力的なフィールドスタディをもとに合成生物学の現状を解説する。

合成生物学の衝撃
合成生物学の衝撃
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須田 桃子
文藝春秋  2018年4月
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MITの学生トム・ナイトは、1990年頃までに、「ムーアの法則」に物理的な限界がきていることに気づいていた。「ムーアの法則」とは、集積回路の上のトランジスターの量(ICの処理能力)は18か月ごとに倍になるというもの。「ムーアの法則」の限界は生物を使えば乗り切れるかもしれないと考えた。
ナイトがやろうとしたことは、トランジスターとシリコンチップに代えてDNA入れ、細菌(大腸菌)を用いて生物マシンを作ることであった。そして、規格化したDNA部品「バイオブリック」を考案した。
今や、毎年、生物版のロボコンである国際学生コンテスト「iGEM」が開催されている。
カタログに登録されたバイオブリックを利用して生物マシンを作り競う。当初は100個余りだったバイオブリックは、2017年現在2万個以上が登録され、機能的に分類されている。バイオブリックはプログラミング言語と同じであり、今は言語開発のごく初期の段階にいるという。

遺伝子の中には次世代へ50%以上の確率で受け継がれる利己的遺伝子(ジェンキンスが唱える利己的遺伝子とは異なる)がある。代を重ねていけばその種は利己的遺伝子で占められることになる。これが遺伝子ドライブである。
ゲノムを自在に編集する技術「CRISPR-Caa9(クリスパー・キャスナイン)の開発により、ゲノムの編集作業が飛躍的に簡素化された。人工的にはRNAとクリスパー機能(遺伝子を切断して別のDNAを差し込む)を持った遺伝子を組み込むことにより、人為的に遺伝子ドライブをを起こさせる。
例えば兵士を派遣した場合、兵士を感染症から守るために、その地域に生息する有害な昆虫を遺伝子ドライブするようなことが行われるかもしれない。

合成生物学の最大の資金源はDARPA(国防高等研究所)である。国防総省が合成生物学に投資することが、生物兵器の開発につながりはしないかという点で問題である。DARPAを取材した著者は、アメリカの多くの研究開発が防衛目的の予算で賄われていることは大きな問題をはらんでいると指摘する。DARPAは、終身雇用資格を獲得した大学教授がその身分をなげうって集まるような魅力的な職場だという。

合成生物学は倫理上のさまざまの問題にぶつかる。臓器移植用のクローン人間たちを描いていたカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』について述べ、研究者たちが倫理的課題を解決しないまま突っ走る現状に著者は警鐘を鳴らしている。→人気ブログランキング

合成生物学の衝撃/須田桃子/文藝春秋/2018年
ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃/小林雅一/講談社現代新書/2016年
エピジェネティクス/仲野 徹/岩波新書/2014年
破壊する創造者ーウイルスがヒトを進化させた/フランク ライアン/ハヤカワNF文庫/2014年
生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007年

『壬生義士伝』浅田次郎

武士の世の終焉を舞台に、新撰組隊士として生きた吉村貫一郎と彼に関わった人物たちを描いた著者渾身の大傑作。南部藩の下級武士の息子だったふたりの男の友情と家族愛が貫かれている。

大阪の南部藩蔵屋敷に、刃がこぼれ曲がって鞘に収まらない刀を握りしめた満身創痍の吉村貫一郎が現れた。貫一郎は6年前に南部藩を脱藩し新撰組に入隊した。鳥羽伏見の戦いで負傷し、蔵屋敷に現れ帰参を願い出たのだ。蔵屋敷を仕切っていた大野次郎右衛門(次郎衛)は名刀・大和守安定を与え、切腹を命じた。

壬生義士伝(上)
壬生義士伝(上)
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浅田次郎
2012年
文春文庫
✴✳✴✳✴

同じ足軽長屋で育った貫一郎と次郎衛は親友だった。それが次郎衛は大野家の嫡男の急逝により、 妾腹の身ながら大野家の跡取りとして迎えられた。大野家の養子になったことで、400石の御高知(おたかち、上級武士)となり、一方は二駄二人扶持の足軽と、あまりに身分が違いすぎて、人前では親しく言葉もかわせない関係になってしまった。
しかし、貫一郎が脱藩し京へ上ると決意した時、次郎衛は泣いて止め、最後は道中手形と紋付袴を用意して密かに送り出したのだ。

本書で再三使われる「二駄二人扶持」とは、家禄が馬二頭に積める米と二人扶持の米という意味である。具体的には、一年に玄米が四俵と御倉米が十俵、しめて十四俵。これに薪と塩と味噌とがつくが、他のことはすべて米で賄わなければならない。貫一郎にとって妻子を食べさせていくには、二駄二人扶持はあまりにも少なすぎた。
貫一郎は金を稼げるように、学問に剣術の稽古に必死に励んだ。そして北辰一刀流の免許をいただいて御指南代を務め藩校の助教も務めるようになったが、見返りはなく、かえって内職する暇がなくなった。いくら文武両道に優れていても金にならない。貫一郎の脱藩の理由は金だった。

新撰組は、京都において反幕府勢力を取り締まる武装勢力である。新撰組は会津藩お預かりとはいえ、もとをただせば、食い詰め浪人と俄侍の寄せ集め、乱暴で行儀が悪い。内紛による粛清や切腹の強要などが行われていた。新撰組が京に構えた屯所が壬生にあったため、新撰組隊士は壬生にたむろする浪人・壬生浪(みぶろう)と呼ばれていた。新撰組には会津藩からの潤沢な金があったのだ。

貫一郎と関わった4人(新撰組隊士の生き残り3名、大野家の中間)が、新聞記者に語る形で、新撰組の内情や貫一郎の人物像が明らかにされていく。
新撰組の中で剣の腕が五本の指に入る貫一郎は、見習い隊士に剣術の稽古をつけ読み書きも教えていた。しかし守銭奴が度を越していたという。自らは粗末な服を着てひたすら金を郷里に送り続けた。

新撰組三番隊長の人斬り斎藤一(新撰組三部作『一刀斎夢録』の主人公)の次の言葉が、貫一郎の人となりを見事に表している。
「人の器を大小で評すなら、奴は小人じゃよ。侍の中で最もちっぽけな、それこそ足軽雑兵の権化のごとき小人じゃ。しかしそのちっぽけな器は、あまりにも硬く、あまりにも確かであった。おのれの分というものを徹頭徹尾わきまえた、あれはあまりに硬く美しい器の持ち主じゃった。世の行く末など、奴にはどうでもよいことだったのじゃ。人間獣の一頭の牡として妻子を養うこと、それだけがやつの器じゃった。」

そして、新聞記者は、次郎衛の子どもや貫一郎の子どもにも取材を行って、物語は穏やかに終わる。→人気ブログランキング

壬生義士伝
『一刀斎夢録』
『輪違屋糸里』

『世界のすべての七月』 ティム・オブライエン

1960年代後半のベトナム反戦運動に国が揺れる時代に、大学生活を送った若者たちは、今や50代前半になっている。ダートン・ホール大学1969年卒業生の30年目の同窓会が、2000年7月にミネアポリスにある母校の体育館で開かれている。翌日は物故者の追悼式が予定されている。実は幹事がうっかりしていて30年ではなく31年目になってしまった。アポロ11号が月に向かっている暑い7月の頃だ。
登場人物は、男3女7名、そして亡くなった男女1名ずつと、それぞれの人物に関わりのあった人たち、いわゆるベビーブーマーである。

ロバート・アルトマンの映画のような群像劇の手法で物語は進行する。つまり、複数の人物が同じ時間に別のシークエンスで行動する。時間軸は過去と現在を行ったり来たりして、卒業生たちの人生の転機となったエピソードが描かれる。形としては連作短編になっている。

世界のすべての七月 (文春文庫)
世界のすべての七月
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ティム オブライエン/村上春樹
文春文庫
2009年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

50歳を過ぎた男女が、久しぶりの再会に心躍らせ、呑んだくれて、歌ったり踊ったり、話し込んだり大声で笑ったり泣いたりする。女同士は男との出会いや別れを打ち明けあい、境遇を嘆いたりうらやんだり、目の前で夫が溺れて死んでしまった女は涙を流して悲嘆にくれたり、あるいは離婚や再婚が話題にのぼる。かつて振られた男は未練がましくねちねちと振った女に絡んだり、ベトナム戦争で片脚を失った男がいたり、乳がんで片方の乳房をなくした女がいたりする。肥満で心臓病がいつ爆発するかわからない状況で呑んだくれ踊ろうとする男は、果たせなかった性的関係をまたしても成就できなかったり、その対象の女は相変わらず男たちに笑顔を振りまいてそこらじゅうを飛び回っている。LSDでラリった者や、あるいは隠れてセックスをするカップルを、周りは見て見ぬ振りをする。

なにしろ50歳を超えて人生の黄昏にさしかかっているのだ。若いとはいえず、さりとて年寄りともいえない卒業生たちの「いったい私たちに何が起こったんだ」みたいなことばかりをぐだぐだと言っている往生際の悪さは、同世代として共感できる。

二日酔いの男女が参列する追悼式では不規則な言動がまかりとおった。
町のバーでは、鼻に銀をつけた青白い若い男から、「60年代のめそめそしたゴミみたいな音楽」をジュークボックスでかけまくるのはやめてくれないかと苦情を言われたりした。
そして呑んだくれた2日間もいよいよ別れの時が訪れようとしている。
最後は、卒業生たちが、三三五五、車であるいはジェット機であるいは歩いて日常に戻っていく姿が、スライドショーのように描き出される。→人気ブログランキング

『翼を持つ少女 BISビブリオバトル部 上下』 山本弘

ビブリオバトルをテーマにしたライトノベル。
ビブリオバトルとは、本について意見を戦わせたり語り合うことが、新たな読書に向かわせるという考えのもとに、立命館大学の谷口忠大によって考案された知的書評合戦のこと。

【ビフリオバトルの公式ルール】ビブリオバトル普及委員会
知的書評合戦ビブリオバトル公式サイト
1.発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる。
2.順番に一人5分間で本を紹介する。
3.それぞれの発表の後に参加者全員でその発表に関するディスカッションを2〜3分行う。
4.全ての発表が終了した後に、「どの本が一番読みたくなったか」を基準とした投票を参加者全員で行い、最多得票を集めた本を『チャンプ本』とする。

本書の主人公、伏木空(ふしきそら)は、中学生の時に、好きな男子にラブレターを送ったことが原因で、いじめられるようになった。
いじめを知っている生徒がいない高校へ進学したかった空は、公立高校へは進学せず、私立の美心国際学園(BIS)に入学した。BISは制服がなく髪の色も自由、おおらかな校風なのだ。
空は無類のSF好き。そんな空が同じクラスの埋火武人(うずめびたけと)に誘われて入部したのが、ビブリオバトル(BB)部である。
女性のSF好きは珍しいが、空のSFに対する知識も情熱も生半可なものではない。

武人は埋火酒造の御曹司で、武人の祖父の蔵書にはSF小説が多数あった。武人はSFにはまったく興味がなくノンフィクションしか読まなかったが、空の影響でSFに目を向けるようになる。

BISビブリオバトル部1 翼を持つ少女 上 (創元SF文庫)
創元SF文庫
2016年
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BISビブリオバトル部1 翼を持つ少女 下 (創元SF文庫)
創元SF文庫
2016年
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ビブリオバトルのデビュー戦で散々な結果に終わっった空が悔やんでいると、武人は空を諭した。
「ビブリオバトルで選ばれるのはあくまでチャンプ本であって、チャンピオンではない。チャンプの栄誉はその発表者ではなく本に与えられる。発表者の良し悪しを競っているわけじゃない。あくまで、本が主役なのだ」と。
というのは建前で、チャンプ本をプレゼンテーションした選手は、当然、勝利の栄誉に浴する。

BIS高のBB部の色の黒い混血の女子部員が、双子沢高校社会学研究会の部員から、人種差別的な言葉を投げかけられた。この事件が発端となって、両校はビブリオバトルで戦うことになった。

空は出場しない予定だったが、やる気満々で自分から出場を志願した。空が取り上げた本は、本書で何度か取り上げられるエドモンド・ハミルトンの『フェッセンデンの宇宙』。フェッセンデン博士が実験室内に宇宙を作り出すSFの短篇である。

本書にはビブリオバトルのほかにもうひとつのテーマがあり、それは人種差別である。
関東大震災時の朝鮮人の虐殺について語られ、この事件にこだわりすぎるきらいがある。また、性的な描写も掲載され話題にのぼった『アンネの日記 増補版』がバトル本に取り上げられている。
なにしろ、144冊の本について触れられていて、本好きには見過ごせない内容になっている。本好きというのは、本のタイトルが並んでいるだけで、その本を読んでみたいと思うもなのだ。→人気ブログランキング

翼を持つ少女
『世界が終わる前に』
『幽霊なんて怖くない』
『君の知らない方程式』

『ネバーホーム』 レアード・ハンド

農場で暮らす主婦コンスタンスは、夫バーソロミューの代わりに北軍の兵士として南北戦争(1861〜1865年)に出征した。理由は夫の体が弱かったから。
女性が南北戦争に参加した記録はいくつもあり、そうした女性の手記を著者は片っ端から目を通したという。
コンスタンスが語るかたちで描かれていて、文法的には頼りないところもあるが、そのたどたどしさによって、かえって主人公の不安な胸の内や出口の見えない戦争の理不尽さが伝わってくるようだ。男の集団の中で、女であることを見破られてはならない、あるいは弱みは見せられないという状況が、特異な視点を生みだしている。

ネバーホーム
ネバーホーム
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レアード・ハンド/柴田元幸
朝日新聞出版 2017年12月
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コンスタンスはダーク郡出身のアッシュ・トムソンと名乗った。アッシュは射撃の腕前が優れていて、腕ずもうでは簡単に相手をやっつけた。

野営地の近くの沼の水を飲んで腹痛に見舞われ、10分に1回しゃがみこまなければならなくなったときに、バーソロミューから農場の土を送ってもらい、それを食べて治した。軍服を着た写真を送ったり、近況を報告したり、何度も書簡で夫とのやりとりをする余裕はある。
女性とバレはしまいかと気がかりで、2度にわたって同性に見破られはしたが、主人公の主観では男たちにはばれていない。
ある朝アッシュは人を撃った。まわりの男が撃たれて死んでいくことにも遭遇した。

戦闘で腕を負傷し腕がどんどん腫れた。意識が朦朧としたなか、もと看護婦の家にたどり着き。3週間たつと腕が使えるようになった。看護婦は一緒に暮らさないかと持ちかけた。そのレスビアン女の執拗な要求に従わなかったばかりにスパイに仕立て上げられ、瘋癲院での悲惨な生活を強いられた。

戦争は泥沼化し終わる気配がなかったので、コンスタンスは故郷に帰ることにした。
帰途の途中で、将軍のいとこが埋葬されている屋敷を尋ねると、品のいい女主人が手厚くもてなしてくれた。女主人の弟である中尉の手紙を見せてくれた。
「わが隊にには男に変装した若い女がいて、勇敢に戦い功績をあげていたが、女と発覚すると、いじめを受けた。その女がお前に会いに行く気がする」と書いてある。コンスタンスは高く評価してくれていたことに感激する。

郷里の牧場は無残に荒れ果て、ゴロツキの男たちがバーソロミューを顎で使っていた。コンスタンスはゴロツキどもを銃で撃とうと作戦をたてる。 →人気ブログランキング

『逆襲の地平線』 逢坂剛

前作『アリゾナ無宿』で結成された3人組の賞金稼ぎが、コマンチ族にさらわれた少女を奪還しようとする。3人組の賞金稼ぎとは、早打ちのストーン、ハコダテから来たサムライのサグワロ、17歳の娘ジェニファの3人である。今回は血気盛んな若いキッドが加わった。
ジェニファが一人称で語る形になっていて、角のとれた抑え気味なトーンでストーリーが展開される。

逆襲の地平線 (中公文庫)
逆襲の地平線
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逢坂 剛
中公文庫 2016年
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4人は、アリゾナ準州の第一の都市トゥサンで、牧場主のミセス・マキンリーに雇われる。
10年前に、マキンリー一家を乗せた幌馬車隊がコマンチのゲリラに襲われ、4歳の娘エミリがさらわれた。10日前に、コマンチ族の中に白人の娘がいるのを見たという情報がもたらされたのだ。
エミリと思われるこの白人娘を奪還するのが、このたびのミッションである。報酬は1万ドル。そのほか必要経費、成功報酬などが支払われるという破格なもの。

ミセス・マキンリーは金髪で飛び抜けた美貌の持ち主である。殺された夫の後を継いで広大な牧場を運営している。隣の牧場主トライスターは、ミセス・マキンリーの牧場を手に入れようと、あれこれ仕掛けてくる。ミセス・マキンリーの夫を殺したのは、トライスターの手下だった。

賞金稼ぎのチームにジェニファがいる理由を説明しなくてはならない。
南北戦争が終わった翌年(1865年)、ケンタッキーのジェニファの農場が南軍のゲリラに襲われ、ジェニファとスー族の子守のペチュカ以外は殺された。ジェニファはペチュカとともにワイオミングでスー族と4年間暮らした。10歳のとき、今度は騎兵隊の襲撃を受けスー族の集落は全滅した。ジェニファは斥候をしていたラクスマンに引き取られた。
ジェニファはラクスマンとアリゾナ準州の川のほとりで暮らしていた。賞金がかけられていた強盗殺人犯のラクスママンは、8ヶ月前にストーンに殺された。その時点からジェニファはストーンと行動を共にするようになった。

スー族の言葉を理解し話せる、あるいは手話ができるという能力は、賞金稼ぎチームにとってかけがえのない武器なのだ。

厄介なことにトライスターたちもコマンチ族を追っている。トライスターはエミリを奪還した暁には、賞金もさることながら、ミセス・マキンリーに結婚を迫り、牧場をも手に入れようとの思惑があるのだ。
エミリの行方を捜索して中央アメリカの乾燥地帯を北上するストーンたちは、コマンチ族と戦うだけでなく、妨害行動に出てくるトライスター一味も相手にしなければならない。→人気ブログランキング

アリゾナ無宿
逆襲の地平線
果てしなき追跡

『ならずものがやってくる』 ジェニファー・イーガン

元パンク・ロッカーの音楽プロデューサー・ベニーと、その部下である35歳のサーシャという盗癖のある女性が登場し物語がはじまる。ふたりに関わる多くの人たちに焦点があたる12章からなっていて、すべての章に別の主人公が当てられている群像劇である。
およそ50年という時間軸のなかを行きつ戻りつしながら、ニューヨーク、サンフランシスコ、アフリカ、ナポリと舞台が変わる。そして、視点も三人称だったり、一人称だったり、あえて二人称だったりして、さらに、サーシャの娘がパワーポイントのスライドだけで書いた日記の章や、ページを上下に分けて下に長い注釈を載せた章のように実験的な試みもなされている。音楽を通して見える現代社会の人間模様が多彩な切り口で語られている。
横溢せんばかりの著者の才能が感じられる短篇集である。

ならずものがやってくる (ハヤカワepi文庫)
ジェニファー・イーガン/谷崎由依
ハヤカワepi文庫  2015年✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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べニーは、高校生の頃、モヒカン・ヘアーのパンク・ロッかーだった。その後、辣腕の音楽プロデューサーになっている。ベニーの下で働くサーシャは、盗癖があり心理治療を受けている。今は、ベニーには息子がいて、妻はベニーの浮気の気配を察知している。
17歳の頃家出してナポリにたどり着いたサーシャは、買春して泥棒して生き延びてきた。今は、外科系の医師と結婚してふたりの子供の母親として暮らしている。
若い頃ベニーの面倒をみていたルーは、いざこざを生み出し続ける種類の男であり、幾度かの結婚に失敗し、今は2度目の脳卒中を患い病床に臥している。

波乱の日々を送った者にとって、時間はならずものだという。それがタイトルの由来だ。
本書は、2011年のピューリッツアー賞を受賞している。→人気ブログランキング

『10の奇妙な話』 ミック・ジャクソン

切ないが変でユーモアのある独特の味がある短篇が10篇収録されている。つい引き込まれてしまう現実には起こりがたいことが違和感なく語られて余韻が残る。また装画の出来が鋭い。描かれた人物はそれぞれの物語の切なさとユーモアを背負っている。

10の奇妙な話
10の奇妙な話
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ミック・ジャクソン/ 田内志文
東京創元社 2016年
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「ピアース姉妹」 海で遭難した青年を助けた姉妹は青年に容姿を酷評された。ふたりはに男がいると楽しいことに気づいた。
「眠れる少年」 少年が10年眠り続けた結果起こること。
「地下をゆく舟」 定年男が地下室で舟を完成させるが、入り口から出せないことに気づいた。
「蝶の修理屋」 時計の修理器具のような蝶の修理器具を見つけた話。
「隠者求む」 裕福な夫婦が地所の洞窟に隠者を住まわせる広告を地方紙に出した。住まわせた隠者を制御できなくなる。
「宇宙人にさらわれた」 宇宙船に音楽の先生をさらわれた子供たちは、先生を取り戻そうと、市庁舎に押しかける。
「骨集めの娘」 話をなんでも聞いてくれた祖父が死んだ。少女はそれまで掘って集めた骨を穴に埋めた。
「もはや跡形もなく」 母親と喧嘩した男の子が家出し森の中で暮らす。
「川を渡る」 葬儀屋一家と死体が入った棺を乗せた車が親族とはぐれてしまい、舟で葬儀場にたどり着くようにした。
「ボタン泥棒」 馬にボタンを食いちぎられた少女がボタンを取り戻そうとする話。→人気ブログランキング

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