『炎の中の図書館』スーザン・オーリアン

ロサンゼルス中央図書館が火事で焼け落ちた。7時間以上燃え続け、110万冊の本が燃えるか損傷した。幸い死者は出なかった。
以前より、中央図書館は消防署から20箇所もの不備の指摘を受けていた。その日(1986年4月29日)も火事が起きる前に火災報知機が誤作動し消防署に連絡している。

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炎の中の図書館 110万冊を焼いた大火』

スーザン・オーリアン/羽田詩津子
早川書房
2019年 ✳︎10

 

火事が起こった日に、年配の女性は図書館内で金髪で口ひげを生やした青年が足早に歩いてきてぶつかり、青年は動揺しているように見えたが、彼女が起き上がるのに手を貸してくれた。それから大急ぎでドアに向かったと証言した。
その男ハリー・ピークは、火事の後口髭を剃り落とし、友人に放火をほのめかす話をした。ハリーはハリウッド・スターを夢見る虚言癖が著しい人物だった。ハリーは供述をころころ変え捜査を翻弄した。状況証拠からハリーが放火犯であることは間違いないとみられたが、ふたりの宗教家がハリーと一緒にいたと証言した。この宗教者たちの証言もハリーの証言に呼応するように変わったが、起訴はされなかった。

本書は単なる火事の記録ではない。
出火原因の調査の記録、アメリカにおける図書館の歴史、ロサンゼルス市と中央図書館の黎明期から現在に至る歴史、アメリカで公立図書館が果たしている役割、世界の焚書の歴史などが、鋭い分析と明快な文章で綴られている。
著者が直接インタビューした人もしなかった人も、そしてすでに亡くなった人も、多くの人々がいきいきと登場する。
図書館がどれだけ魅力的で希望が満ち溢れている場所かを余すことなく伝え、著者の図書館への愛が行間から滲み出ている好著である。

日本とは違い地域における図書館の役割は多い。
地域で問題が起こると、図書館が利用される。工場からメタンガスが流れたとき、自宅を追い出された住民の集まる場所となった。鉛汚染が起きたとき、住民の血液検査の場所となった。
移民国家アメリカでは図書館が、福祉や教育に大きく踏み込んでいる。外国人たちの会話クラスや識字クラスが運営されている。教えるのはボランティア。電話の請求書、学校からの通知、税金関係の申請書が理解できるように手を貸し、読み書きを知らない人には個人的な手紙を読んであげ、返事を書くのを手伝うこともあるという。市民権を得る方法を週に2時間指導している。
今は、ホームレスの溜まり場になっているという。

〈図書館では時間がせき止められている。ただ止まっているのではなくて、蓄えられている。図書館は物語と、それを探しに来る人々の貯蔵庫なのだ。そこでは永遠を垣間見られる。だから図書館では永遠に生きることができるのだ。〉という言葉が印象的だ。→人気ブログランキング

『感染症の世界史』石井弘之

人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもあり、各世紀にはそれぞれの時代を背景にして世界的に流行した感染症があった。13世紀のハンセン病、14世紀の「黒死病」と呼ばれたペスト、16世紀の梅毒、17~18世紀の天然痘、19世紀のコレラと結核、20~21世紀のインフルエンザとエイズである。

新型コロナウイルスが世界を席巻するなか、本書は急遽増版されベストセラーになった。コンパクトな文庫ながら感染症の歴史を網羅的に言及し、ある程度深くまで掘り下げている。オマケとして、各項で取り上げられた感染症に罹患した著名人のリストが載っている。

Photo_20200523123501 『感染症の世界史』

石井弘之
角川ソフィア文庫
2018年 ✳10

 

 

歴史上、戦争で死亡した将兵の少なくとも1/3から半数は、病死だったと推定されるという。その中で感染症の占める割合は圧倒的に多い。
日本では、日露戦争で戦死した5万6千人のうち約半数は病死だった。第一次世界大戦中の総死者数972万人中589万人つまり60%が、戦病死者だった。特に連合国軍、同盟国軍の双方にスペインかぜの感染が爆発的に発生した。戦死者の1/3はスペインかぜによるものだった。第二次世界大戦中、日本軍はルソン島で5万人以上、インパール作戦では4万人、ガタルカナルでは1万5千人がマラリアで死亡している。

今後の人類と感染症との戦いを予想する上で、最も激戦が予想されるのは、中国とアフリカであろう。いずれも公衆衛生上の深刻な問題を抱えている。
新興感染症(エマージング感染症)といわれる新たな感染症が、次々に出現している。マールブルグ、リフトレバー熱 、ラッサ、エボラ出血熱、西ナイル熱、エイズ、SARSなど、新興の感染症は1950年代末から約40種類知られている。

これらのウイルスは豚、牛などの家畜や、ネズミ、コウモリ、野鳥などの野生動物が保有するウイルスに由来するものが多い。ウイルスは何回も変異を繰り返しているうちに、宿主から飛び出して他の種に乗り移り、うまく定着できるものが現れる。SARSの原因になったコロナウイルスの仲間が、人間にこれほど恐ろしい病気を引き起こすという認識は全くなかった。動物から人間に移ったときに凶悪化した。

スペインかぜのゼロ号患者には、アメリカ・カンザスシティ説が有力であった。そのほか、フランス説、中国説がある。2013年、カナダのメモリアル大学、マーク・ハンフリー教授は、第一次世界大戦中に英仏軍が西部戦線で9万6000人の中国人労働者を使っていた史実を発掘した。米国の基地で流行する前に、スペインかぜとみられる呼吸器病が中国国内で流行っていた記録があった。
第一次世界大戦の中立国のスペインは、800万人が感染した。他の多くの国が情報を統制していたが、スペインだけは流行が大々的に報じられ、スペインかぜと呼ばれるようになった。
当時の世界の人口は18億人だが、少なくとのその半数から1/3が感染し、世界の人口の3~5%が死亡した。日本は2300万人が感染し、38万6千人が死亡した。
第一次世界大戦はスペインかぜにより終結を早めたといわれている。

熱帯や亜熱帯の森林が伐採され、野生動物と家畜や人間が近づきあるいは接触し、ウイルスによる感染症が家畜や人間に広がり、そして家畜から人間に感染が広がるようになる。ウイルスは変異し感染力が強くなり致死率も上がる。
こうした、パンデミックに至るウイルス感染症は自然災害であるとする。

日本と他の先進地域とのワクチン行政の差は「ワクチン・ギャップ」と呼ばれている。「ワクチンで防げる感染症」の予防についての日本の国際的評価は、先進地域の中で最低レベルにある。はしか、水ぼうそう、おたふくかぜ、結核などが流行するのは、先進国で日本くらいのものだ。→人気ブログランキング

コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
感染症 増補版/井上栄/中公新書/2020
感染症の世界史/石井弘之/角川ソフィア文庫/2018年
ウイルスは生きている/中屋敷均/講談社現代新書/2016年
H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ/岡田晴恵/幻冬車文庫/2019年
隠されたパンデミック/岡田晴恵/幻冬舎文庫/2019年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年
復活の日/小松左京/角川文庫/1975年
ペスト/アルベルト・カミュ/宮崎嶺雄/1969年

『深夜勤務(ナイトシフト1)』スティーヴン・キング

死の舞踏』の冒頭に、〈ホラーが読まれる理由と、ホラーを書く理由について『ナイトシフト』のかなり長めのはしがきで分析を試みている。〉と書いてある。そのはしがきを要約すると。。

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深夜勤務(ナイトシフト1)

スティーヴン・キング/高島文夫
扶桑社ミステリー文庫 1988年

 


ホラー小説に惹かれるのはまともじゃない不健全だという偏見がある。
そんな不健全だと思われている恐怖小説をなぜ書くのか。
誰もが心の底にフィルターをもっていてそれにひっかるもの、それがサイドビジネスというものになっていく。趣味と呼んでもいい。そのフィルターに引っかかるものが、著者にとって恐怖というやつである。それを集めなんとか活用しようと考えている。

次に、人はなぜそのような小説を読むのでしょうかという、恐怖小説を読むのは健全ではないという前提での質問がくる。
興味を引くことは人それぞれだということ。事故を起こした車の脇を通るときに、徐行して覗こうとするのは普通の行為である。
それは性の目覚めに伴うあの疚しさに似ているという。

恐怖小説作家が批判の矢面に立たせられてきたのは、いつも縁起でもないニュースをもたらすからだ。
一流の文学作品にも恐れや死や恐怖そのものを扱った作品は数多くある。ホラー映画は、高校生たちの親に対する不満を爆発させたものである。偉大な恐怖映画は必ずと言っていいほどの寓意性がある。

ホラーの真髄は読者や聞き手を、これまでにもなかったし今後もあり得ないような世界に迷い込ませて、しばらくの間は魔法にでもかけられたような気分にさせる。そういう物語でなくてはならない。

本書に収録されている短編は、
「地下室の悪夢」「波が砕ける海の浜辺で」「やつらの出入口」「人間圧搾機」「子取り鬼」「灰色のかたまり」「戦場」「トラック」「やつらはときどき帰ってくる」「呪れた村〈ジェルサレムズ・ロット〉」の10編。→人気ブログランキング

ファインダー・キーパーズ
ミスター・メルセデス
ジョイランド
11/22/63
死の舞踏 /ちくま文庫/2017年
アンダー・ザ・ドーム1~4/文春文庫
ダークタワー IV1/2 鍵穴を吹き抜ける風
ダークタワー IV 魔道師と水晶球 下
ダークタワー IV 魔道師と水晶球 上
ダークタワー III 荒地 下
ダークタワー III 荒地 上
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 下
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 上
ダークタワーⅠガンスリンガー
書くことについて
ミザリー
キャリー キャリーDVD
幸運の25セント硬貨
ビッグ・ドライバー
1922
第四解剖室
神々のワード・プロセッサ
夕暮れを過ぎて
いかしたバンドのいる街で
スタンド・バイ・ミー(DVD)
ジェラルドのゲーム
ドランのキャデラック
深夜勤務(ナイトシフト1)

『復活の日』小松左京

感染症による人類滅亡の危機、そしてそこからの復活という壮大なテーマに挑んだ歴史的な名著である。本作は、1964年、東京オリンピックの年に書き下ろし作品として発表された。1980年、深作欣二監督により映画化されている。

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復活の日

小松左京
角川文庫
1975年 ✳︎10

 

地球を3種類の感染症が襲っている。
宇宙空間から採取した病原体からイギリスの研究所で作られた生物兵器MM-88が、アルプスの山中で起こった飛行機事故により撒き散らされた。強力な殺人能力をもつ病原体は恐ろしいスピードで世界に広がっていった。しかし、MM菌の存在を知る者は一部の研究者だけであり、その研究者すらもMM菌の病原体としての恐ろしさを知らなかった。

もうひとつは、動物に広がる感染症である。
4月の第1週、イタリアではネズミの大量死が、そして羊が突然死んだ。スイス、オーストリアの乳牛、オランダ、ドイツ、フランスをはじめ各地で家畜の奇妙な死が増え始めた。オーストラリアの羊、アメリカ南西部の乳牛、肉牛が死に、中国江蘇省ではあひるが死んだ。新種の家禽伝染病が日本の九州の養鶏場地帯に襲いかかった。

そして3番目は、潜伏期が異常に短いインフルエンザ(チベットかぜ)が流行しだした。ワクチンの製造には鶏卵が必要だが、鶏の大量死で思い通りには調達できない。全世界の防疫陣は、ワクチン製造を組織培養法に切り替え困難な戦いの準備を進めつつあった。

インフルエンザやニューカッスルのウイルスに、MM菌の核酸が重なりあうと、その効果は単独感染おより著しく強くなる。同じことが普通のブドウ状球菌にも起こる。ブドウ状球菌にMM菌がくっつくと猛烈なスピードで増殖しだす。

日本ではチベットかぜが流行りはじめてから2か月しか経っていないというのに、すでに3000万人が罹患していた。都市部での死亡率は25%になっていた。
そして医師は疑う。ただのインフルエンザじゃない、他に原因がるのではないか。
死者が日本で1000万人を越えた。

世界の人口35億人のほとんどが死に絶えたが、氷に閉ざされた南極には各国から派遣された1万人の観測隊員がいた。この南極の人々が、人類復活に向けて動き出す。→人気ブログランキング

コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
感染症 増補版/井上栄/中公新書/2020
感染症の世界史/石井弘之/角川ソフィア文庫/2018年
ウイルスは生きている/中屋敷均/講談社現代新書/2016年
H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ/岡田晴恵/幻冬車文庫/2019年
隠されたパンデミック/岡田晴恵/幻冬舎文庫/2019年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年
復活の日/小松左京/角川文庫/1975年
ペスト/アルベルト・カミュ/宮崎嶺雄/1969年

『悪女について』 有吉佐和子

一代で財を成した美貌の女性実業家の半生を、27人の証言で描く。それぞれの打明け話により、じわじわと女性の実像が明らかにされていくミステリ仕立ての傑作。

富小路公子が亡くなった。週刊誌をはじめとするマスコミが、ある事ない事を面白おかしく報道する。なにしろ、公子が出演すれば視聴率が上がると、テレビのワイドショーでは引っ張りだこだった。謎に包まれた大金持ちは、週刊誌にとって格好のネタだ。ネグリジェ姿でマンションから転落した。自殺なのか他殺なのか?

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悪女について 

有吉佐和子
新潮文庫
1983年 ✳︎10

 

公子は小学生時代は「鈴木君子」という名前で八百屋の娘だった。中学3年の時に父親が進駐軍のジープにはねられて亡くなり。君子と母親は、同級生の女子の家に転がり込んだ。君子は女中としての仕事をこなし、中学を卒業するまでその家にいた。その間に同じ屋根の下で暮らす同級生の兄と親密になり、君子の母親が「娘に手を出した」と騒ぎ出した。

その後、君子は宝石店に勤め夜間は簿記の学校に通った。そこで知り合った学生と同棲し妊娠した。
6年後に同棲相手の男が別の女性と結婚しようと戸籍を取り寄せると、驚くことに男はふたりの男児の父親となっていた。
君子は男の実家に乗り込み、落ち着いた口調でそれとなく慰謝料を請求した。

君子は、その金を元手に不動産で儲け、宝石を扱う商売をして成功し、いつの間にか富小路公子と名乗るようになった。まわりには、華族のご落胤であるかのように思わせた。ゆっくりと落ち着いた口調と上品な所作、それに気配りが行き届いていて人との付き合いはそつがなく、そうした経歴であってもおかしくないと周りの人々に思わせた。公子を悪く言う人物はいない。

ふたりの息子たちは公子が建てた豪邸で祖母と暮らしている。公子は自分をもらいっ子だと息子たちに伝えていた。公子が人に話す生い立ちと真実は異なる。

公子の展開する事業は順調で、自社ビルの屋上階に女性相手の会員制美容クラブを立ち上げた。若いハンサムな男がマンツーマンでマッサージをすることを売りに、セレブ達がこぞって入会する人気のクラブになった。
そしてテレビのコメンテーターとしてマスコミに登場する。

ふたりの息子の述懐で、ことの真相が明らかになっていく。
はたして、公子は悪女なのか?→人気ブログランキング

悪女について/有吉佐和子/新潮文庫/1983年
華岡青洲の妻/有吉佐和子/新潮文庫/1970年

『信長の革命と光秀の正義 真説 本能寺』安倍龍太郎

本書で著者が強調するポイントは2点ある。ひとつは信長は仕組まれて殺害された。そして光秀が殺害しなかったとしても、ほかの誰かが殺害しただろうということ。もうひとつは、戦国時代は大航海時代でありイエズス会が信長や秀吉に対して、多大な影響を及ぼしていたことである。

朝廷側の人物、近衛前久がフィクサー役として裏で糸を引いていたという。近衛家は五摂家の頂点に立つ家柄。
前久が信長を見限ったのは甲州征伐(天正10年1582年)に同行したときであるとする。前久はかつての織田信長の盟友である武田家に寛大な処分を求めた。しかし信長は武田家を根絶やしにした。
これを機に、前久は各方面と連絡を取り、信長謀殺計画を練り始めたとする。

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信長の革命と光秀の正義 真説 本能寺

安倍龍太郎
幻冬社新書
2020年1月 ✳︎9

 

 

足利幕府の滅亡は元亀4年(1573年)とされていたが、その後も義昭は鞆の浦で権勢を保っていた。最近では、義昭が出家した天正16年(1588年)が、幕府の終焉であるという説が主流になっているという。
光秀が打倒信長と傾いていった事件はいくつか挙げられている。四国問題、家康の接待、秀吉の援軍、転封などである。光秀は信長に追い詰められていた。

信長は武田討伐の功績を盾に、朝廷に対して太政大臣、関白、将軍のいずれかに任じるように強要した(三職推認)。これに対して、誠仁(さねひと)親王は、「三職のうちいずれの職にもつける、すべては上洛したときに」という内容の書状を届けた(1582年 天正10年5月4日)。
5月29日、信長は100人ばかりの小姓衆とともに上洛し本能寺に宿をとった。
本能寺の変(6月2日)の前日、本能寺では大茶会が開かれていた。その正客は近衛前久であった。これは、反信長派が仕掛けた罠だった。

1999年、安土城の発掘調査が行われ、清涼殿そっくりの建築物が出土した。これは歴史的大発見であった。つまり、信長は朝廷を自らの下におくことを企んでいたと推察される。

イエズス会の目的は日本の植民地化であった。信長はそれを阻止するためには戦国時代を終わらさなければならないと考えていた。
アレッサンドロ・ヴァリアーノは母国スペインからの要求である、「明国出兵」と「イギリス、オランダと日本の断交」を信長に伝える。スペインはカソリックであり、イギリス、オランダはプロテスタントである。これを拒否した信長はイエズス会と決別し、信長の政治基盤は不安定化したという。

秀吉は本能寺の変の情報をあらかじめつかんでおり、光秀を討って信長の後継の座についた。黒田官兵衛を通じてのイエズス会ネットワークが深く関わっていて、イエズス会とキリシタン大名たちが、秀吉を天下人に押し上げることに成功した。イエズス会は秀吉に明国出兵という条件を飲ませた。

天皇を超える太上天皇になろうとした信長に対して、朝廷と足利幕府の再興を狙った近衛前久。信長に支えながらも忠誠心を持ちきれず、もともと身をおいていた幕府勢力についた明智光秀。信長打倒計画を知りながら防ごうとはせず、その計画を利用してキリシタン勢力と組んで天下を取ろうとした秀吉、という三者三様の立ち位置がみえてくる。

戦国時代の解釈が大きく変わってきたのは、鎖国政策をとる江戸幕府にとって都合のよい戦国時代や信長、光秀に対する史観が選択されていたからだという。→人気ブログランキング

信長の革命と光秀の正義 真説本能寺/安倍龍太郎/幻冬社新書/2020年
等伯/安部 龍太郎/文春文庫/2015年

『華岡青洲の妻』有吉佐和子

本書は、1804年(文化元年)、世界に先駆けて乳癌の切除術を成功させた華岡青洲と、その偉業を影で支えた妻と青洲の母親を描いている。封建社会の家制度のなかで繰り広げられる嫁姑の静かで壮絶な闘いを、切れ味の鋭い文章で描いた著者の渾身の傑作である。
1966年に発表された本作品は第6回女流文学賞を受賞した。この作品により、医学関係者の中で知られるだけであった華岡青洲の名前が一般に知られるようになったという。

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華岡青洲の妻

有吉佐和子
新潮文庫
1970年 ✳10

 

青洲の母親・於継(おつぎ)の話からはじまる。
於継の実家は地主で、於継は幼いころから才色兼備の誉が高く、一帯で評判の娘だった。皮膚病にかかりどの医者も匙を投げた。華岡直道が必ず治してみせるから、その暁には於継を娶らせて欲しいと言った。こうして於継は貧乏医者の家に嫁入りすることになった。於継が嫁いでから華岡家の格が上がったと囁かれた。

青洲の妻になる加恵の実家は、大名の宿である本陣を営む格式の高い武家の家柄であった。祖父が亡くなったとき、加恵は18歳になっていた。葬儀に参列した於継は、7人も子供を産んで40も超えたというのに、10歳は若く見え気品をたたえていた。

それから3年後、於継が加恵を息子の嫁にいただきたいと言ってきたのである。父親は身分が違うと暗に断ったが、於継に憧れを抱いていた加恵は乗り気であった。
そして、加恵は華岡家に嫁いだ。花婿の青洲は京都に出て半年になる。以後3年間、華岡家は切り詰めるだけ切り詰めて青洲の仕送りにあてた。於継と加恵は親子のようにうまくいっていた。

ところが、青洲が帰ってくると状況は一変した。望まれた嫁と望んだ姑の綺麗ごとの間柄は、青洲の出現によって終わったのだ。それは、少しでも青洲に気に入られようとふたりが競ったことで生じた。

青洲は全身麻酔をかけて乳癌を切ると言って憚らなかった。於継は「昔から雲平(青洲の幼名)さんはできないことをいう人ではなかった、いう通りになる」と言った。

青洲は乳癌の手術のために麻酔薬を開発しようと、多数の犬や猫を飼って実験を行った。実験を始めてから10年の歳月が経って、ようやく麻酔薬の完成の最終段階に入った。
嫁姑は実験台になることで天下晴れての喧嘩ができるのであった。ふたりに対して2回ずつ実験が行われ、実験は何とか成功したが、加恵は目を患いやがて盲目となった。
そのころ、青洲はすでに紀州に並ぶもののない帯刀を許される医者になっていた。

乳房は女の命に繋がっているから、乳房は手術ができないと言われていた。そこに牛の角に突かれ左の乳房が石榴のように割れた百姓女が運ばれてきた。縫い合わせて無事に治った。迷信だったのだ。そしてすべての準備を整え、世界初の乳癌の摘出術が行なわれた。→人気ブログランキング

ふぉん・しいほるとの娘〈上〉/吉村 昭/新潮文庫/1993年
花埋み(はなうずみ)/渡辺 淳一/新潮文庫/1975年(医師国家試験に合格した女医第1号・荻野ぎんの物語)
華岡青洲の妻/有吉佐和子/新潮文庫/1970年

『学校に入り込むニセ科学』左巻健男

教える内容が真実であるべき学校にニセ科学など入り込む余地があるのか?と思って本書を開いた。宗教団体が絡んでいて敵は巧妙である。代表的なものは「水からの伝言」と「EM菌」だという。

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学校に入り込むニセ科学

左巻健男(Samaki Takeo
平凡社新書
2019年 ✳︎8

 

 

「水からの伝言」とは、一部の教職員グループにより学校に持ち込まれたニセ科学だ。
「ありがとう」と「ばかやろう」と書いた紙を、水の入った容器に貼って凍らせると、「ありがとう」と書いた紙が貼られた氷は綺麗な結晶になるが、「ばかやろう」の方の結晶は汚いという、なんともわかりやすいもの。冷却温度によって氷の結晶の形が異なるが、書かれた文字が氷の形に影響を及ぼしたと説明する。これは手品のテクニックだ。

コンポストという箱の中に野菜くずや残飯を入れておくと、「EM(Effective Microorganisms)菌」が分解して良質の肥料になるという。EM菌は、琉球大学教授の比嘉照夫が推奨するもの。もともと「世界救世教」という宗教団体が関係した微生物資材(農業用)である。世界救世教は、国内に100万人の信者をもち、手かざしの儀式、自然農法を推奨、芸術活動を行うことを特徴とする宗教団体。

EM菌で作った肥料によって土が改良され、作物がよく育つとされたが、調べてみると他の肥料に比べて効果が弱い結果も出た。
北朝鮮がEM菌を導入し、比嘉は北朝鮮をしばしば訪れて指導していた。比嘉は「北朝鮮は21世紀には食料輸出国になる」と宣言していたが、北朝鮮はEMの使用をやめてしまった。
かつて、EM菌をネットで調べたが、すっきりした回答が得られなかったことを思い出す。現在もコンポストとともにEM菌培養液が、アイリスオーヤマが販売している。さらに、地方自治体で推奨しているところもある。
EX菌は乳酸菌や酵母などの複合体らしいが、詳細は明らかにされていない。

TOSS(Teachers' Organization of Skill Sharing 教育技術法則化運動) は、教師が自分の教え方の力量をあげ、より良い教育をし、立派な子どもたちを育てることを目標にした団体ということになっている。TOSSは「水からの伝言」を抜きにして語れないという。また、EM菌も推奨している。このようなところから、授業のノウハウを得ている小中学校の教師がいるのである。なんだか背筋が寒くなる。

ニセ科学は、科学を装い、科学っぽい雰囲気を出しているが科学ではないものを指す。ニセ科学は科学への信頼を利用してだます。→人気ブログランキング

学校に入り込むニセ科学/左巻健男/平凡社新書/2019年
給食の歴史/藤原 辰史/岩波新書/2018年

『首都感染』高嶋哲夫

新型コロナウイルス禍に世界中が見舞われている今を見通していたかのような内容である。その著者の先見の明にはただただ驚嘆するばかりだ。
世界がインフルエンザのパンデミック・クライシスに陥るなか、日本は東京を封鎖するという前代未聞の政策により、最悪の事態を免れようとした。その政策断行の先頭に立つ政治家や諮問委員会のメンバー、そして医師や最前線の医療機関で奮闘する人びとを描いた力作である。
なお本書は2010年12月書き下ろし作品として出版されたものの文庫化である。

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首都感染

高嶋哲夫
講談社文庫
2013年 ✳︎10

 

病原体は感染性と致死性が極めて高い新型インフルエンザ・ウイルスである。致死率は60%、サイトカイン・ストームを引き起こし、多臓器不全に陥り死に至る。感染症の専門家たちが、いずれH5N1型による高毒性の新型インフルエンザが猛威を振るうと予測していた矢先の出来事だった。

20✳︎✳︎年6月、北京でW杯サッカーが開かれており、世界のサッカーファンが北京に集まっている。中国チームは怒涛の勢いでイタリアとの決勝にまで進んでいる。
一方、中国雲南省で発生したインフルエンザにより、すでに10の村が全滅し、軍隊が出動し死体の処理を行っている。中国政府はW杯が終わるまで隠蔽しようとしたが、死者数の爆発的な増加により決勝戦を中止する決断に至った。

主人公の瀬戸崎優司は、WHOでインフルエンザの研究をしていたが、今は都内の黒木総合病院に勤務している内科医である。優司の父親は首相の瀬戸崎雄一郎、厚労大臣の高城は優司の元妻の父親である。優司の元妻・里美は現在もWHOに勤務している。さらに優司の同級生の黒木は医学部を卒業した後、基礎分野に進みインフルエンザ・ワクチンの研究をしている。優司の人脈は、インフルエンザを向かえ撃つ体制として万全である。
WHOに勤務していたとき優司はインフルエンザのパンデミックを想定した「都市封鎖」の論文を書いた。感染症対策のプロフェッショナルだ。

優司は新型インフルエンザ対策本部に招聘された。
中国政府が公表する前に、情報を掴んでいた日本は中国からの航空便の乗客を機内で検疫し、帰国後5日の間ホテルに缶詰とし、感染が疑われる人は入院させる方針をとった。
翌朝、新聞は政府が騒ぎすぎと書き立てる。また中国は日本の措置に遺憾の意を表明した。

北京から感染者が自国に帰っていく。案の定、各国でまたたく間に感染者と死者が爆発的に増加するなか、まだ日本では感染者が出ていない。
優司は空港閉鎖、新幹線などによる長距離の移動の禁止を進言した。
そうこうしているうちに、WHOは世界を震撼させる感染者数と死亡者数の発表を行った。
優司は東京封鎖という前代未聞の政策を提案する。→人気ブログランキング

コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年

『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ

著者は25歳の若さでイタリア最高峰の文学賞とされるストレーガ賞を受賞した気鋭の小説家で、大学では物理学を専攻していたという。

本書は27篇のエッセイと著者のあとがきからなる。
COVIT-19の感染について書いた時によって、感じ方は変わっただろう。27篇のエッセイは2月29日から3月4日まで『コリエーレ』紙に掲載された。2月25日に323人だったイタリアの感染者数は、2月29日1129人、3月4日には3089人になった。感染者数が爆発的に増えたのはそのあとである。

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パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介
早川書房
2020年 ✳︎9

 

 

そして、著者あとがきの「コロナウイルスがすぎた後も僕が忘れたくないこと」が掲載されたのが3月20日。イタリアでCOVIT-19の流行が始まってから1ヶ月間を振り返った内容になる。3月20日の感染者数は47,021人、死者数は4,032人。この時点でイタリアの医療は完全に崩壊していた。
最近(4月27日)の状況は、感染者数197,675人、死亡者数26,644人で、感染者数は頭打ちになっているとされている。

イタリアが最悪の事態になる前に書かれた文章は、余裕がありユーモアすら感じられる。
<いったん終息すれば過去に流行した多くの感染症を犠牲者の数で上回ることはないだろう>との予測を述べている。しかし、その予測は必ずしも当たっていなかったことがわかる。
物理学を専攻した著者ならではのテーマを扱ったのが「感染症の数学」「アールノート」である。数学的に感染を減らすにはどのように考えるべきなのかをクリアカットに論じている。いま日本で実践を推奨されている「接触を80%減らす」につながる理論的根拠が示されている。

あとがきの「コロナウイルスがすぎたあとも、僕が忘れたくないこと」は、爆発的に感染が拡大した頃に書かれたもので、説得力があり感動させられる。〈すべてが終わった時、僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのか。もとに戻ってしまわぬように、この苦しい時間が無駄にならぬように、元に戻って欲しくないもののリストを作っておく〉ことを提案している。

本書は世界27カ国で発売されたという。間違いなく世界的ベストセラーになるだろう。著者は印税の一部を医療機関および感染者の医療に従事する人々に寄附するという。→人気ブログランキング

コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
感染症 増補版/井上栄/中公新書/2020
感染症の世界史/石井弘之/角川ソフィア文庫/2018年
ウイルスは生きている/中屋敷均/講談社現代新書/2016年
H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ/岡田晴恵/幻冬車文庫/2019年
隠されたパンデミック/岡田晴恵/幻冬舎文庫/2019年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年
復活の日/小松左京/角川文庫/1975年
ペスト/アルベルト・カミュ/宮崎嶺雄/1969年

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