国牢城
『黒牢城』は、季節ごとに4つの事件を描いている。冬は人質の安部自念が殺された密室殺人、春は夜討ちした大津長昌の首をめぐる事件、夏は名品の壺「寅申」を預けた僧侶・無辺の死と「寅申」の紛失をめぐる事件、秋は無辺殺害犯の不審死をめぐる事件だ。

本作の舞台は、荒木村重が1578年(天正6年)、織田信長に謀反を起こして籠城した有岡城。毛利が村重に合流することを頼みの綱として籠城していた。そんな中、村重は説得に訪れた織田方の黒田官兵衛を地下に監禁する。
次々に不可解な事件が起き、疑心暗鬼が蔓延する有岡城で、次第に村重は官兵衛を頼るようになっていく。
究極のところ、荒木村重は優しい人物と描かれている。

配給:松竹
公開日:2026年6月19日
監督:黒沢清
上映時間:147分 4.6 2回観た(6月22、24日)
予告編にリンク
官兵衛は村重が織田軍にいた頃、秀吉や明智光秀らのスター武将に囲まれてさぞ楽しかっただろうと指摘する。また官兵衛は、家臣たちはみな摂津の出身で、織田家に敗れても軍門に降ってこの土地に残れるが、丹波出身の村重はそうではないとも指摘する。そして、地下室での密会で村重と官兵衛の距離は徐々に近くなっていく。

信長の人質となっていた官兵衛の息子の松寿丸が、官兵衛が村重に寝返ったと判断されて殺されたという知らせを受けた時、官兵衛はこれを恐れて村重に自身を殺すように懇願していたが、村重は官兵衛の願いを無視した。なお、織田から謀反者と看做された官兵衛はついに村重に仕えることを受け入れる。一人になった時には泣き崩れるのだった。
「冬:自念」では、弓矢で打たれたと思われていた自念は、灯篭の穴を通した槍の先につけられた矢で刺されていたことが明らかになる。「春:首」では、身元不明の4つの首のうちどれが大津長昌の首かという問いに、手柄を必要としない(=首を持ち帰る必要がない)殿である村重が最初に討った敵が長昌であったことが明かされる。「夏:寅申」では、名器の壺「寅申」を持たせた無辺が殺され、「寅申」を持ち去られたと思われていたが、犯人の能登入道は、護衛の目を逃れるために無辺になりすまして逃げるために、「寅申」を入れていた籠を必要としただけだった。能登は最初から「寅申」は狙っておらず、信長と内通していたことが密書に書かれているのではないかと不安になり、密書を読むために無辺を襲ったのだった。追い込まれた能登入道は、村重が明智光秀と開城へ向けた和睦を進めようとしていたことを家臣たちの前で暴露しようとするが、何者かに撃たれ、さらに雷に打たれて死んだのだった。
「秋:天罰」では、官兵衛の監禁から10ヶ月が経って、すっかり飲み友になっている官兵衛と村重だが、オダギリジョー演じる郡十右衛門の考察から、能登を撃った者は逃げる独りでことが困難であり、城の中に内通者がいた可能性が浮上する。

村重がたどり着いた「黒幕」は、妻の千代保(吉高由里子)だった。千代保は熱心な一向門徒(浄土真宗の信仰者)で、織田軍と本願寺勢力の間で合戦が起きた長島一向一揆の生き残りだった。力を持たぬ民の一人として、長島で地獄絵図を見た千代保は、民に仏はいると信じさせるために一連の事件を仕掛けたことを明かす。
千代保は、軟禁されていたが死にたがっていた人質の自念には、火鉢を与えて座る位置を指定、わざと襖を少し開けて立ち去ると、同じく一向門徒であった家臣の森可兵衛を使って自念を殺させていた。首が入れ替わっていたのも千代保が侍女に指示した。能登を撃った狙撃手を屋根から逃したのも千代保だった。
武士たちは死を恐れていないが、民には死よりも怖いものがある。仏は存在していて、罰は下ると民に知らせることが千代保の狙いだったわけだ。しかし皮肉なのは千代保もまた「進めば極楽、引けば地獄」のスローガンを掲げた僧と同じく、人間の手によって理を作り出そうとしてしまった点だ。だが千代保は、一向一揆を生き延びた自分に与えられた天命なのだと言って憚らない。
村重は、信長に通じていた能登を殺した犯人を信長側に突き出すことで和平を模索する策であったにもかかわらず、その犯人が差し出すことはできなかった。犯人は愛する千代保であったからだ。いよいよもって追い込まれた村重は、やはり官兵衛を頼ることになる。
官兵衛は村重に、毛利の援軍を直接依頼することを提案。その道程を詳細に語り、村重は酒が入っていることもあって、その案に乗りそうになるが、村重は官兵衛に謀られていたことに気が付く。
窮地に陥った段階で助けを求められても毛利は助けないし、家臣たちも村重が城を捨てたと見做す、信長とも交渉できない段階まで来ている。官兵衛は、城中が疑心暗鬼で支配され、信長が村重を放免しない段階が来るまで、10ヶ月の間時間稼ぎをしていたのである。
自念、首、寅申、天罰の四つの事件の謎解きに夢中になっている間に、村重は後戻りできないところまで来てしまっていた。そして、城中の誰もが毛利の援軍が来るはずという淡い期待を背景に、籠城を続けてしまったのだ。
けれど村重は、もはや官兵衛の策に乗るしかなかった。郡十右衛門、雑賀下針、乾助三郎の三人と尼崎へ向かう。尼崎には毛利軍の武将である桂元将がいたためだ。十右衛門と下針は途中で有岡城へ戻る。
最後まで村重と行動を共にすることを誓った乾助三郎は実在した人物で、実際に村重と共に尼崎へと向かった。映画『黒牢城』のラストでは、有岡城は信長の手に下ったが、信長は後に明智光秀に討たれたことが記される。有明城の開城からわずか3年後のことである。
一方の荒木村重は生き延び、茶人になっていると映画は結ばれている。
なお、映画『黒牢城』では、黒田官兵衛のその後が描かれなかった。史実では官兵衛は有岡城の陥落と共に救出されて、後に秀吉に仕えることになる。江戸時代まで生き延びた官兵衛は、隠居後に59歳で亡くなっている。









































