2022年5月16日 (月)

ポケットにライ麦を(新訳版) アガサ・クリスティー

1953年発刊。ミス・マープル・シリーズの6作目にあたる。『そして誰もいなくなった』と同じようにマザーグースの童謡にみたてた、見たて殺人である。投資信託会社の社長レックス・フォーテスキューが毒を盛られ殺害された。レックスの上着のポケットにはライ麦が入っていた。使われた毒はイチイの実から抽出されるタキシン。
「水松(イチイ)荘」のと呼ばれるロンドン郊外のレックスの館には、レックスより30歳も年下の二番目の妻アデルとその愛人、長男夫婦、娘とその恋人、レックスの死んだ妻の姉、そして使用人たちが、複雑な人間関係のなかで暮らしていた。そこに放蕩息子の次男夫婦がアフリカから帰ってくる。
その日の朝、レックスは、妻、娘そして長男の妻の3人と朝食を共にした。 
D8e58ab99be94e379f1c9c4d0a2483da ポケットにライ麦を(新訳版)
アガサ・クリスティー/山本やよい
ハヤカワ文庫 
2020年

客間での午後のお茶の時間に、犯人の疑いがかけられていたアデルが、マフィンを手にしたまま青酸カリで殺された。そして、おどおどしていた小間使いのグラディスが姿を消し、ストッキングで首を絞められて殺された。
こうして3人が殺されたのだ。

ニール警部は家政婦のミス・タブに話を聞く。
旦那様はきわめて不愉快な方でしたから、誰が犯人であってもおかしくないとミス・タブはいう。それに商売のやり方もアコギだったから、商売相手から恨まれている。
ミス・タブは、若く知性があり、家政婦をさせておくには勿体ないと警部はいう。

長兄は看護婦と結婚というヘマをやらかした。一方、放蕩の弟は曲がりなりにも貴族と結婚したから父親は満足だった。しかも、亡くなる前に父親は長男と、激しい言い争いをしたという。

ミス・マープルは新聞を3紙買って颯爽と汽車に乗り、それを読んで水松荘を訪れた。ミス・マープルは同じ郷里の娘グラディスに行儀見習いを教えたことがあった。その娘が殺されて、犯人は悪ふざけをして、遺体は洗濯ばさみで鼻をつままれていた。それを知ったミス・マープルは激昂した。

事件の様子が、マザーグースに出てくる「クロツグミの歌」とぴったり合うと、ミス・マープルは警部に告げた。
それが告げられたのは、ストーリーの真ん中あたり。→人気ブログランキング
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ポケットにライ麦を(新訳版)/山本やよい/ハヤカワ文庫/2020年(1953年)
葬儀を終えて/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1953年原作発刊)
ナイルに死す/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1937年)
ねずみとり/鳴海四郎訳/ハヤカワ文庫/2004年(1952年)
さあ、あなたの暮らしぶりを話して/深町眞里子訳/ハヤカワ文庫/2004年(1946年)
そして誰もいなくなった/青木久惠訳/ハヤカワ文庫/2010年(1939年)
アクロイド殺し/羽田詩津子訳/早川文庫/2003年(1926年)

2022年5月 5日 (木)

平凡すぎて殺される クイーム・マクドネル

特徴のない面相のポールは殺人の容疑者になってしまい、おまけに命を狙われることになった。ブリジットとともに、姿の見えない殺し屋の手から逃れながら命を狙われる理由を突き止めようとする。舞台はアイルランドの首都ダブリン。
64f276b97bbd42aa84b5a5e0c57cc34b平凡すぎて殺される
クイーム・マクドネル/青木悦子
創元社推理文庫
2022年2月 502頁

ポールはボランティアとして老人介護施設で入居者たちの相手役を買って出て数年になる。相手によって、息子になるし孫にもなる、近所の若者にも、あるいは執事にもなる。
看護師のブリジットがポールに、死にかけた癌の末期患者を宥めてくれるようにとたのんだ。その患者は3年前に癌が見つかったが、すべての治療を拒否して、故郷のこの施設にやってきた爺さんだ。その爺さんがポールを誰と間違ったのかナイフで襲い、ポールの肩を刺した。致命傷にはならなかったが、爺さんはその襲撃で命を絶った。
かくして、ポールは殺人事件の容疑者候補になり、しかも何者かに命を狙われることになった。

爺さんの正体は大悪党のゲーリー・ファロンであった。警察としても関わりたくない厄介な人物だ。さらに悪いことにゲーリーの娘が3発の銃弾で何者かに殺された。
ブリジットはポールの命が狙われる原因を作った負目で、行動をともにすることになる。そんなおり、ポールの車に爆弾が仕掛けられた。

若い頃、ポールは銀行強盗のひとりに似ているという理由で、警察に逮捕されたことがある。ポールを逮捕したのは、型破りのバーニー部長警部だった。ところがポールにはアリバイ中のアリバイがあった。

いまやポールは悪党の親玉に命を狙われていて、その親玉に命を狙われたら100%助からないときかされる。なぜ命を狙われるのか。それがわからなくては話にならない。それを突き止めるべく、ポールとブリジットは悪戦苦闘するのだ。そこにバーニー警部が加わり、ストーリーはスラップスティックな展開をみせる。

映画の場面やセリフ、聖書、または小説の場面、あるいはTVゲームの場面などが頻回に引用され、著者の豊富な知識に圧倒される。さらに饒舌というか多彩で効果的な比喩がそこらじゅうに差し込まれ、ついニンマリさせられる。悲壮感がないところがいい。ノンストップで読み進むことができる。本年の翻訳ミステリ・ベストテン入り間違いなし。

著者のクイーム・マクドネルはアイルランド出身。本書は初の長編で「ダブリン3部作」の1作目だという。本書を発刊したときはコメディアンであった。ダブリンやマンチェスターを舞台としたミステリを中心に描いている。本書は2017年、アイルランドのインディペンデント出版を奨励するCAPアワードの最優秀小説部門にノミネートされた(表紙カバーの著者略歴より抜粋)。→人気ブログランキング
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2022年5月 2日 (月)

アガサ・クリスティー百科事典 数藤康雄 編 

アガサ・クリスティーの全238作品を年代順に、長編・戯曲は1頁に、短編は4行から6行ほどにまとめて紹介している。作品紹介の他に、「作中人物・あいうえお順」「アイテム・あいうえお順」「戯曲初演リスト」「映画化作品」「ドラマ化作品」「年譜」、巻末には「作品索引」が掲載されている。

Photo_20220502082401アガサ・クリスティー百科事典 
数藤康雄 編 
ハヤカワ文庫 
2004年 431頁

編者によれば、作中人物は少なく見積もっても7000人を超えるので、400人だけをピックアップしたという。作中人物ではネタバレに近い解説もみられる。それは作品を読んでわかるのであって、これから読むのであれば問題ない程度だろう。またアイテムについても同様のことがいえる。
さらに、クリスティー作品全般についての編者のエッセイ10編が、「コラム・ティータイム」として、ところどころに挟み込まれている。
アガサ・クリスティーは晩年になっても、筆力が衰えるどころかかえって上がっている稀有な作家と評価されている。このことは江戸川乱歩が最初に指摘した。

年代順に読むもよし興味があるものから読むもよし、本書はアガサ・クリスティー攻略に大いに手助けになる。
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アガサ・クリスティー百科事典/数藤康雄 編/ハヤカワ文庫/2004年
葬儀を終えて/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1953年原作発刊)
ナイルに死す/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1937年)
ねずみとり/鳴海四郎訳/ハヤカワ文庫/2004年(1952年)
さあ、あなたの暮らしぶりを話して/深町眞里子訳/ハヤカワ文庫/2004年(1946年)
そして誰もいなくなった/青木久惠訳/ハヤカワ文庫/2010年(1939年)
アクロイド殺し/羽田詩津子訳/早川文庫/2003年(1926年)

2022年4月19日 (火)

葬儀を終えて アガサ・クリスティー

1953年に発刊。エルキュール・ポアロ・シリーズの25作目にあたる。
イギリス、エンタビーのゴシック風大邸宅に暮らす富豪リチャード・アバネシーが亡くなった。リチャードは68歳で急死した。息子が6か月前に亡くなり弟のゴードンは戦死した。リチャードにとっては弱り目に祟り目の状況であった。
葬儀の後、参列した親族は邸宅内のエンタビー・ホールで一堂に会した。
Photo_20220419085101葬儀を終えて
アガサ・クリスティー/加島祥造 
ハヤカワ文庫 
2003年 482頁

遺言執行を務める弁護士のエントウイッスルから、遺産の分配が伝えられる。遺産はリチャードの弟ティモシー、亡き弟の妻へレン、妹コーラ、甥ジョージ、姪スーザン、姪ロザムンドの6名に均等に分配されると告げられた。遺産のほとんどを手にすると思っていたティモシーは、目もくらむばかりに狼狽えた。その席上でコーラは首をかたむけて、「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」と言い放った。コーラは子供の頃から変わっていて、思ったことをなんでも口にするところがあったから、参列者はその発言をまともに取り合わず受け流したかのようだった。しかし参列者の心にしこりのようなものを残した。この言葉があとあとまで後を引くことになる。言い方を変えると、コーラのこの言葉によって物語が成り立っているのである。

翌日、コーラは自宅で寝ているところを襲われ、斧で後頭部をズタズタにされた惨殺体で発見される。家の窓ガラスが割られていた。亡くなる3週間前に、リチャードはコーラの自宅を訪れ、何事かを話していた。

エントウィッスルは書類を作成するため、遺産相続人たちを訪問し証言を集める。エントウィッスルの調べが進むうちに、遺産相続人たちはそれぞれ金に困っていて、誰もがリチャードを殺害する動機があることがわかった。

そんなおり、リチャードとコーラの話の内容を知っているとみられるコーラの家政婦の毒殺未遂事件が起こる。
そして真相を明らかにすべく、エントウィッスルは探偵エルキュール・ポアロに調査を依頼する。

リチャードはコーラに何を話し、その秘密を知られたくない者によってコーラは殺されたのか?
ストーリーは作者の仕掛けた巧妙なトリックに翻弄され、意外な結末に運ばれていく。
さすがクリスティである。星5。→人気ブログランキング
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葬儀を終えて/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1953年原作発刊)
ナイルに死す/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1937年)
ねずみとり/鳴海四郎訳/ハヤカワ文庫/2004年(1952年)
さあ、あなたの暮らしぶりを話して/深町眞里子訳/ハヤカワ文庫/2004年(1946年)
そして誰もいなくなった/青木久惠訳/ハヤカワ文庫/2010年(1939年)
アクロイド殺し/羽田詩津子訳/早川文庫/2003年(1926年)

2022年4月12日 (火)

理不尽な進化 遺伝子と運のあいだ 吉川浩満

本書で論じる進化論は単なる生物の進化を超えている。進化論を社会学的あるいは経済学的な視点でとらえ、アートに浸透し、宇宙物理学との関連にまでにも及び、哲学的として論じている。名著だ。

私たちは、ふつう、進化論を生き残りの観点から見ている。進化論は勝ち組の歴史である。本書では、逆に絶滅という観点から生物の歴史を捉えている。地球上に出現した生物のうち99.9%が絶滅した。私たちを含む0.1%の生き残りでさえまだ絶滅していないだけである。
生物の歴史は理不尽さに満ちている。大いなる自然は生物たちに恵みをもたらすだけではない。自然は生き物たちを特別な理由なく差別したり、依怙贔屓したり、ロシアンルーレットを強制したり、気まぐれな専制君主のようにふるまう。
地球は何度かの大絶滅を経験し、そのたびに生態系の再構築がなされてきた。その場合、遺伝子が悪いわけではなく、単に運が悪かったのである。
絶滅という観点から見えてくる生物の進化の理不尽さを明らかにすることが本書のテーマである。
7fbe1a955237497386d69a72fc260965理不尽な進化 遺伝子と運のあいだ
吉川浩満 
ちくま文庫(単行本は2014年発刊)
2021年

 かつて、ドーキンスとグールドは、ちょっと長めのエッセイ(著書)で、侃々諤々の応酬を繰り返したので、著者もその轍を踏んで少し長めのエッセイ(試論)を書いた。

進化論が好かれるのは、進化論が生き残った生物の栄光の歴史(サクセス・ストーリー)だからだ。逆に、絶滅の観点から進化をとらえると、理不尽さに満ちた歴史である。絶滅についてもっと語ってもいいのではないかと著者はいう。

恐竜は巨大衛星の衝突で粉塵が舞い上がり、平均気温が10度も下がり絶滅した。ルールが変わったのだ。理不尽な絶滅によって開いた位置に生き残った生物がのし上がる。つまり主役が変わったのである。

進化論の言葉で語るとなんとなく説得力が増すように感じる。「勝ち組/負け組」「ガラパゴス化」「リア充」「婚活」「非モテ」といった流行語も、環境への適応に成功して生き延びる者/失敗して死に絶える者、という進化論的な文脈で見ればわかりやすくなる。
進化論にかかれば、宇宙も宇宙論も進化する物事の一員になる。

アメリカの哲学者ダニエル・C・デネットは、進化論を「万能酸」と呼んだ。万能散とは、どんなものでも侵食してしまうという空想の液体のことだ。従来の理論や概念を侵食し尽くした後に、革新的な世界像、進化論的世界像を残していく。

本書のキーワードはタイトルにある理不尽と、トートロジーである。
生物はあるとき一斉に神が創造したとする創造論者は、進化論への反論として「生き残った者が適者であり、適者が生き残る」という主張は循環論(トートロジー)であり科学ではない、と主張する 。創造論者の牙城は堅固だ。俗説が人びとを魅了する構造を理解することで、進化論の本当のおもしろさを読者に示している。→人気ブログランキング
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2022年4月 2日 (土)

桜の科学 勝木俊雄

今まさに、日本列島を桜前線が北上するなか、桜の木が全国的に伐採されるというニュースが流れている。たとえば、2022年3月には横浜市の海軍道路の200余本の桜が、道路の拡張工事に伴い伐採されると報じられた。植樹から約50年が経ち桜は老木となり、昨年は台風により倒木したことがあったという。ソメイヨシノの寿命は50年なのか?
Photo_20220402084301桜の科学
日本のサクラは10種だけ?
新しい事実、知られざる由来とは
勝木俊雄 
SBクリエイティブ株式会社 
2018年 191頁

染井吉野(本書では漢字で表記している)は染井吉野の花粉では結実できない。それゆえ結実させるには、他の種類の桜の花粉を交配させることになる。そうすると父親の特徴が表に出て、染井吉野ではなくなってしまう。染井吉野を増やすには、挿木や接木、取木で増やす方法で行われてきた。染井吉野がクローンであるというのはここからきている。

染井吉野は、はじめ数輪咲いたあと8割が咲く満開には1週間くらいかかる。染井吉野の場合、すべて同じ遺伝子を持つクローンなので、開花時期のタイミングが揃う。それゆえ一斉に咲くといわれるのである。

染井吉野は明治時代に存在が確認された。その特徴は、成長が早いこと。1年で2メートル以上となり、10年で10メートルに達するという。20メートルくらいになると成長が止まる。成長が止まると、樹木は古い枝を落とし新しい枝を出すが、染井吉野はそれがうまくいかない。古い枯れ枝が目立つようになり、花の鑑賞価値も下がる。そのせいで染井吉野は短命といわれるのではないかという。 

韓国の済州島が染井吉野の原産地であるといわれたことがある。国際的には済州島説は否定されているが、韓国では今でも支持されている。染井吉野は野生種ではなくエドヒガンとオオシマザクラ種間雑種である。しかしどこで雑種が生じたかは諸説あり、誕生の場所は確定されていない。

サクラの管理に「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿」は、サクラは切るとその部分が腐りやすく、ウメは余計な枝を切らないと、翌年花がうまく咲かない違いからいわれる言葉である。その言葉どおりであるが、サクラの古い枝は切ったほうがいい場合もある。

本書にはこうした項目が50ある。

著者は、1967年生まれ。1992年東京大学農学部卒業、農学博士。現在国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所多摩森林科学園 チーム長。樹木学、植物分類学、森林生態学が専門。20年以上サクラを研究している。著書に『桜』(岩波新書)、『生きもの出会い図鑑 日本の桜』(学研プラス)などがある。(本書の著者紹介より抜粋)→人気ブログランキング
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2022年3月29日 (火)

匿名作家は二人もいらない アレキサンドラ・アンドリュース

本書は今年末のミステリ・ランキングで上位に入るのは間違いない。文句なしの大傑作だ。
原題は、「Who is Maud Dixon?(モード・ディクソンは誰?)」である。そのモード・ディクソンとは、アメリカで300万部のベストセラーとなった『ミシシッピ・フォックスロット』の匿名作家のペンネームだ。あらゆるメディアでモード・ディクソンは何者か?が取り沙汰されている。
7237ce68fb9b4bc09e5c2fefddad0f9a匿名作家は二人もいらない
アレキサンドラ・アンドリュース/大谷瑠璃子 
早川文庫 
2022年 536頁

作家を志望する26歳のフローレンス・ダロウは、2年前にニューヨークの出版社に編集アシスタントとして入社した。フローレンスは母親から職を変えるようにせっつかれている。編集アシストなど辞めて不動産関係か銀行関係の仕事の就くようにと再三電話で言われている。母子家庭で育ったフローレンスは、フロリダ大学を優秀な成績で卒業し地元で勤めたが、小説家になることが諦めきれずにニューヨークに出てきて、編集アシスタントになった。

作家になるチャンスを掴もうと上司とベッドを共にするが、焦るあまりストーカー行為に走ってしまい、フローレンスは解雇され、上司およびその家族への接近禁止命令が裁判所から言い渡されたのだ。

職を失ったフローレンスに手を差し伸べたのは、別の出版社のグレタである。
グレタは、匿名作家モード・ディクソンのエージェントである。モード・ジャクソンのアシスタントにフローレンスを推薦したのだ。

フローレンスがハドソン駅に着くと、モード・ジャクソンがオンボロのレンジロヴァーで迎えにきていた。本名はヘレン・ウィルコックスと名乗った。ヘレンは32歳だという。そして、1848年築の古い家に連れて行かれた。

フローレンスの主な仕事は、メールの返事書き、手書き原稿のパソコンへの打ち込み、情報の下調べなどだった。
ヘレンは悪筆だった。どうしても読めない字をヘレンに訊ねると、自分で想像しなさいとヘレンは怒った。そして次第にフローレンスが下書きを勝手に書き換えてしまうようになった。
フローレンスはヘレンの描いている作品は魅力がないと感じた。ヘレンの文章を書き換えることで、ヘレンのアシシタントを超えて共同執筆者になったような気分になった。その書き換えた部分をヘレンは気づかないのか、なんの反応もないのだ。

そんな折、ヘレンは次の小説はモロッコが舞台だという。フローレンスがモロッコの下調べを始めると、突然、ヘレンはモロッコに2週間滞在するのでローレンスも一緒に来るようにという。
そして舞台は、ストーリーが二転三転するモロッコに移る。
上昇志向の強いフロレンスとサイコパス風の行動をとるヘレンの対決は見ものだ。

著者のアレキサンドラ・アンドリュースは、1985年生まれ。マンハッタンのアッパーイーストサイドの恵まれた環境で育った。子どもの頃からアガサ・クリスティなどが大好きだった。大学では比較文学を専攻し、卒業後はジャーナリスト、ファッションブランドのコピーライター、編集者として働いた。2014年に雑誌の編集者と結婚し、夫に同行してパリで生活していた2017年に小説を書きはじめた。現在は夫とふたりの子どもとともにブルックリンに在住し、次の作品を執筆中だという(解説からの抜粋による)。→人気ブログランキング
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2022年3月23日 (水)

グリーンジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす 森川潤 

著者は、新たにエネルギー業界の盟主に躍り出てきた企業を「グリーン・ジャイアント(再エネの巨人)」と呼ぶ。いずれも10〜20年前に、再エネへと舵を切った企業である。そして今、時代が追いつき、彼らは世界のエネルギー変革の主役となっている。
日本ではグリーンジャイアントは生まれていない。
5a4ced4fd5a54eb28e70d81ef783f9d4グリーンジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす
森川潤 
文春新書 2021年

世界の石油会社大手が、再生可能エネルギーを扱う会社に株価で抜かれている。欧米では、政治、エネルギー、金融システム、イノベーション、若者のライフスタイルから資本主義の再構築まで、気候変動をめぐる一つの物語として共有されているという。

日本は先進国に10年遅れ、それを追いかけている状況。京都議定書の再調印を拒否したこと(1998年)、東日本大震災(2011年)さらに太陽光発電バブル(2019年)が遅れを引き起こした。
2012年、野田政権下で再生可能エネルギー特措法が施行された。2019年、異様に高価格で買取が行われることとなり、参入すれば誰でも稼げる太陽光バブルをもたらした。
そもそも、日本政府には地球温暖化を他人事と捉えているような姿勢が感じられるという。

中国は2060年までにカーボンニュートラルを宣言しているが、最大のCO2排出国であり、逆に再生エネルギーでも世界最大の規模を兼ね備え、原発も建設をし続けている。

デンマークのオーステッド社は、もともと石油会社だったが、2008年に化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を宣言した。オーステッド社は世界の洋上風力事業者のトップであり続けている。デンマークは、2025年までにカーボンニュートラルを宣言しており、2023年までに石炭火力を全廃することも明言している。約7兆円に上る時価総額は、日本の電力10社を足した額を上回る。

アップルは2030年までにカーボンニュートラルを目指す。サプライヤーは再エネ100%で部品や素材を製造しないと、アップルに使ってもらえない。
さらに踏み込んだのがマイクロソフトである。1975年創業以来、電力をはじめ排出してきたすべてのCO2をゼロにするという。CO2除去技術に10億ドルを4年間にわたって投資するという。ミレニアム世代やZ世代は、『エシカル(Ethical)消費』という環境や社会に良いことをして企業しか応援しなくなり始めている。

欧州メーカーはこぞって電気自動車(EV)への移行を宣言している。フォルクスワーゲンは2030年までに7割を、欧州販売のスウェーデンのボルボは2030年までに、イギリスのランドローパーは2036年までに、メルセデス・ベンツは今後すべての新型車をEVとするとしている。
しかし、充電池を製造する際に排出されるCO2はかなりの量になる。EVであるテスラのモデル3の方がガソリン車であるトヨタのRAV4と比べて、製造段階で2倍近くのCO2を排出している。CO2排出量は、モデル3が3万3000キロ走行した時点でRAV4と並ぶという。
中国はガソリン車では性能の良い車を作ることができないから、EV車の開発を国家戦略としている。年間2500万台の新車売上台数を誇る、世界最大の自動車市場である。

インポッシブル・バーガーとビヨンド・ミートはアメリカの代替肉の会社。牛のゲップのメタンガスは二酸化炭素よりも温室効果をもたらす度合いが遥かに強い。ミレミアム世代以下の若者は自分達にも気候変動の責任があるとして、代替肉を食べている。

スウェーデン発の代替乳製品生産会社オートリーは、植物性のオーツミルク(燕麦性ミルク)」を展開するメーカである。オートリー社によると、牛乳に比べ1リットルあたりで温室効果ガス排出量を80%、土地使用を79%、エネルギー消費を60%削減することができるとしている。オートリーはコーヒーとの相性が良い。米国ではスターバックスがオートリー製品を全店で展開することとなった。
牛肉も食べるけれど、できるだけ量を減らして植物肉を食べるというフレキシタリアンが増加している。

ビル・ゲイツは気候変動をめぐるあらゆる分野のイノベーションに投資をしている。
ゲイツの原発ベンチャー「テラパワー」では、ナトリウム(水素ではなくナトリウムを用いる小型原子炉)の開発が行われている。ナトリウムとはテラパワーが手がける新型原発の名前であり、ワイオミング州での建設が決まった。
ナトリウムの発電能力は従来の100万キロワットと比べ35万キロワットと少ない。さらにウランの濃縮濃度が5〜20%と従来の5%より高いものを用いる。ウランの濃縮度が低いほど使用後の放射性廃棄物が増える。ナトリウムでは原子炉の冷却に水を使わずナトリウムを使う。ゲイツは複雑さがヒューマン・エラーを起こす原因と考えている。

世界のトレンドはSMR(Small Modular Reactor)と呼ばれる小型原発だ。SMRは工場で作られ、現地での備え付けは簡単な工事だけで済むという。

日本は、2030年までにCO2の削減を50%を目指し、実際には46%の削減を公言した。原発を最大限活用していくことになるだろう。コンパクト原発の建設の議論も出てきている。
日本は原発に対する議論を避けてきたせいで、著者はこの目標は達成困難とみている。目的を達するには2030年30基ある原発を80%稼働させなければ不可能であるという。

著者は日本の体質の弱点をこう分析する。日本は1990年前後の成功体験から抜け出せず、その仕組みを変えたくない、という意識が根底にある。気候変動をめぐる議論も同じである。→人気ブログランキング
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2022年3月14日 (月)

TOKYO REDUX 下山迷宮 デイヴィッド・ピース

単語やフレーズを繰り返す独自のリズムをもつ文体で、迷宮入りした下山事件を描いた上下2段437ページの大作。著者の『TOKYO YEAR ZERO 』(2007年)、『占領都市 TOKYO YEAR ZERO II 』(2012年)に続く東京三部作の最後の作品である。
過去の事件や出来事との繋がりをモチーフとして東京の闇を描いた怪作。白人が日本を描くと黄色人種蔑視の視点が垣間見られることが往々にしてあるが、その視点がない。フラットな目で描いているところがいい。
ランキングは、『このミステリがすごい』海外部門の9位、『週刊文春』ミステリーベスト10海外部門の8位。
C160d4dc36d34260bd77c974eec9672cTOKYO REDUX 下山迷宮
デイヴィッド・ピース/黒原敏行
文藝春秋
2021年 437頁

本書は3部からなり、第1部は、1949年7月5日、アメリカ独立記念日の翌日に起こった下山事件を、GHQに所属する民間諜報局公安捜査官のハリー・スウィニーが身を粉にして調査する。
第2部は、1964年、オリンピックを控えた東京で、私立探偵の室田秀樹のもと行方不明の小説家黒田浪漫が書いた下山事件の作品を手に入れるようにと依頼が舞い込む。
第3部は、1948年に対日工作とのため日本に滞在したドナルド・ライケンバックが、1988年、天皇の病状が伝えられる日本にやってくる。ドナルドは同性愛者だ。

下田定則国鉄総裁は田園調布の自宅を出て車で三越デパートに向かい、開店したばかりのデパートに入店した後に消息を絶った。翌日の午後0時20分ごろ、国鉄常磐線の北千住駅と綾瀬駅の間の線路上に轢死体となって発見された。肢体はバラバラであり、雨が降っており、100人もの人間がうろうろして、鑑識が現れたのは大分経ってからだ。明らかに初動捜査にミスがあった。自殺説と他殺説がせめぎ合って結局迷宮入りとなった。
下田総裁は失踪の前日に3万人強の解雇を発表し、来週には7万人の整理を発表することになっていた。東京の街にはあちこちに下田を殺せのビラが貼られていた。
その下田事件を解明しようと、ハリー・スイニーが同僚のススム・トダと捜査に奮闘する。GHQ上層部のウィロビーから「はやく解決しろ」とプレッシャーがかかる。
ハリー・スイニーの奮闘ぶりと苦悩が描かれる。

1964年、オリンピックを5か月後に控えた東京。元警察官の探偵の室田に、失踪した探偵小説家の黒田の捜索依頼が出版社からくる。期限はアメリカの独立記念日の7月4日まで。
黒田はGHQが下山を殺害したと確証を得たと言っており、その情報をもとに小説を書いたという。黒田の小説に室田が警察を辞めたくだりが描かれている。誰が黒田に話したのか。現実とも室田の妄想ともつかぬ話が展開される。

1988年、12月、病床に臥す天皇の容態が逐一報道されている。CIA工作員として日本に派遣され、日本文学の研究者として東京に住むことになった翻訳家のライケンバックは下山事件の亡霊に苦しめられる。→人気ブログランキング
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2022年3月 7日 (月)

一刀斎夢録 浅田次郎

『一刀斎夢録』は、『壬生義士伝』『輪違屋糸里』に続く、浅田次郎の新選組三部作の最終編。
近藤勇の天然理心流を修めた近衛師団の梶原稔中尉は、剣道の全国大会で警視庁の榊吉太郎警部に勝てないでいた。一方の榊は天覧試合を5連覇していた。
警視庁の道場に上がり込んで稽古を見ていた老人が竹刀の握りのこつを教えてくれたと、榊は梶原に語った。その人物は藤田五郎。4年前に警視庁を退職して、女子高等師範の守衛をしている。
その話を榊から聞いた梶原は、一升瓶の酒を持って藤田五郎に会いにいく。
69歳の藤田五郎の正体は、新選組三番隊組長であった斎藤一。人を斬りまくった経験から、剣の極意を語るという設定で話がはじまる。ちなみに、一刀斎とは斎藤一をひっくり返したもの。
01dacc8e6da540e195c0b9bd174f6bfc一刀斎夢録(上)
浅田次郎
新潮文庫
2013年
F7547b6fa1874f698d0e1603f628736e一刀斎夢録(下)

連夜、梶原は藤田宅に上がり込み、酒を酌み交わしながら藤田の一人語りを聞く。
わしの話を聞いても剣を捨てぬと誓えるかと、藤田は梶原に訊いた。そして斎藤一の語りがはじまる。

斎藤の人斬りの極意は、「一に先手、二に手数、三に逃げ足の速さ。他に何もない」という、なんとも実際的で拍子抜けするもの。

斎藤一は左利きに悩んでいた。どの師匠も右利きに直せと言ったが、近藤勇は違った。左利きが卑怯ではないかと悩んでいた斎藤に、近藤は「剣というものは、畢竟、斬るか斬られるかだ。己が斬られずに相手を斬るためには、さまざまな工夫をしなければなるまい。それを卑怯というてどうするね」説得力のある教えだ。流石、浅田次郎だ。

しかし、人間を糞袋と呼ぶ斜で構えた見方で新選組の隊員を語る斎藤は、隊員たちを褒めようとはしない。
「おぬしのいう天然理心流の大先輩はの、のちの世の弟子に語り継ぐほどたいそうな人物ではなかった。近藤は劣等感のかたまり。土方は見栄坊。沖田は凶暴きわまりない野犬のごとき男であった。」

京都を追われた新選組は破滅への道をたどっていく。
負け戦の連続であった戊辰戦争を語り、御一新の後に警視隊として加わった西南戦争を語る。西南戦争は西郷と大久保が士族の不満を治めるためにうった芝居であったという。そして、反乱軍の長ともいうべき西郷が英雄として上野の山に銅像が建てられたのは、筋を通したからだと、藤田はいう。
そして、明治天皇崩御の翌年、梶原と榊の天覧試合の場面で物語は終わるのである。
浅田次郎の構成の巧妙さと語りの上手さに引き込まれる作品である。 →人気ブログランキング
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