『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』都甲幸治ほか

世界8大文学賞とは、ノーベル賞、芥川賞、直木賞、ブッカー賞、ゴンクール賞、ピュリツアー賞、カフカ賞、エルサレム賞。
それぞれの文学賞について3名の鼎談形式で語られる。鼎談に参加するのは、文学部教授や小説家、翻訳家、書評家などの文学の専門家である。すべての鼎談に登場するのがアメリカ文学者である都甲幸治。『オスカー・ワオの短くて凄まじい人生』を翻訳した人物だ。
世界の文学の動向が把握できる小説ガイド。
□内は、各鼎談で取り上げられた本。

世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今 (立東舎)
都甲幸治
立東舎
2016年
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ノーベル賞は国別対抗戦あるいは地域別対抗戦の様相がある。受賞者の特徴は圧倒的に高齢者が多い。何よりヨーロッパ主要言語しか読めない人が選考委員だからそうした言語で書いている人が有利。
アリス・マンローは間違って受賞したとする。カナダ人ではアリスより先にノーベル賞を獲らなければならなかった、マーガレット・アトウッドがいる。
ノーベル賞を受賞してほしい作家に、ボブ・デュランが挙げられているのはさすがだ。

ノーベル賞
『無垢の博物館』(早川書房)オルハン・パムク
『小説のように』(新潮社)アリス・マンロー
『サバイバル 現代カナダ文学入門』御茶の水書房 マーガレット・アトウッド
『僕の違和感』(早川書房)オルハン・パムク
『神秘な指圧師』草思社
『ミゲル・ストリート』(岩波書店)V・S・ナイポール
ブッカー国際賞
『菜食主義者』(cuon)ハン・ガン
国際ダブリン賞
『素粒子』(ちくま文庫)ミシェル・ウエルベック
『私の名は赤』(ハヤカワepi文庫)オルハン・パムク
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ
『馬を盗む』(白水社)ペール・ペッテルソン
『世界を回せ』(河出書房新社)コラム・マッキャン
『物が落ちる音』(松藾社)ファン・ガブリエル・バスケス
全米批評家協会賞
『2666』(白水社)ロベルト・ポラーニョ
『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)トラーナ・アレクシェーヴィチ
『ノンフィクション選集』ホルヘ・ルイス・ボルヘス

ブッカー賞は最も信頼に足るという。サブタイトルにあるように「当り作品の宝庫」。作品に与えられる賞なので、同一作者が複数回受賞できる。2005年には、他言語の英訳に与えられるブッカー国際賞が設けられた。
癒着や依怙贔屓を排除するために選考委員は毎年変わり、委員は100冊以上読まなければならないというから大変だ。
10月に受賞作が決まるが、3ヶ月前にロングリストが発表され、1ヶ月前にショートリストが発表される。何ヶ月もの間イベントとして機能している。

ブッカー賞
『マイケル・K』(岩波文庫)クッツェー
日の名残り』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『終わりの感覚』(新潮社)ジュリアン・バーンズ
『ヴァーノン・ゴッド・リトル』(ヴィレッジブックス)DBCピエール
『海に帰る日』(新潮社)ジョン・バンヴィル
わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『美について』(河出書房新社)セイディー・スミス
『いにしえの光』(新潮社)
『昏い目の暗殺者(早川書房)マーガレット・アトウッド
『贖罪』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『またの名をグレース』(岩波書店)マーガレット・アトウッド
『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫)マーガレット・アトウッド
『ウルフ・ホール』(早川書房)ヒラリー・マンテル
『真夜中の子供たち』(早川書房)サルマン・ラシュディ
『マンスフィールド・パーク』(ちくま文庫)ジェイン・オースチン

ゴンクール賞は1903年に始まったフランスの賞。
『愛人(ラマン)』(マルグリッド・デュラス)、『地図と領土』(ミシェル・エルベック)、『暗いブティック通り』(パトリック・モディア)の3冊について解説している。どれもレベルが高いという。

ゴンクール賞
『愛人(ラマン)』(河出文庫)(マルグリッド・デュラス)
『地図と領土』(ちくま文庫)ミシェル・エルベック
『暗いブティック通り』(白水社)パトリック・モディア

ピュリツァー賞は、アメリカ小説の典型らしいのが並んでいる。
歴史絵巻みたいに長くないといけない。成長物語のパターンも多い、なんとなくいい話で終わるのが多い。

ピュリッツァー賞
オスカー・ワオの短くてすざましい人生』(新潮社)ジュノ・ディアス
『煙の樹』(白水社)デニス・ジョンソン
ならず者がやってくる』(ハヤカワepi文庫)ジェニファー・イーガン
『停電の夜に』(新潮文庫)ジュンパ・ラヒリ
オリーヴ・キタリッジの生活』(ハヤカワepi文庫)エリザベス・ストラウト
『ヘビトンボの季節に自殺した5人の姉妹』(ハヤカワepi文庫)ジェフリー・ユージェニデス
『低地』(新潮社)ジュンパ・ラヒリ
『マーチン・ドレスラーの夢』(白水Uブックス)スティーヴン・ミルハウザー
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ

カフカ賞
ノーベル賞の一歩手前の賞という位置づけで有名になった2001年創設のチェコの賞。
村上春樹が2006年に本賞を受賞してから、彼がノーベル文学賞候補といわれはじめた。

カフカ賞
『海辺のカフカ』(新潮文庫) 村上春樹
『プロット・アゲインスト・アメリカ』(集英社)フィリップ・ロス
『愉楽』(河出書房新社)閻連科
『グルブ消息不明』(東宣出版)エドゥアルド・メンドサ

エルサレム賞
世界文学で、非常に有名かつ、ノーベル文学賞を獲っていなかったり、獲る直前の作家に与えられる賞といった感じだ。クールな作品が多いという。

エルサレム賞
恥辱』(ハヤカワepi文庫)J・M・クッツェー
『未成年』(新潮社)イアン・マキューアン
『アムステルダム』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『愛の続き』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『甘美なる作戦』(新潮社)イアン・マキューアン
『夢宮殿』(創元ライブラリ)イスマイル・カダレ

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→『ノーベル賞の舞台裏

『恥辱』 J・M・クツェー

J・M・クツェーは南アフリカ出身。本作『Disgrace』(1999年)にて2度目のブッカー賞を受賞している。1回目は、1983年『Life & Times of Michael K』(『マイケル.K』)。さらに、2003年にはノーベル文学賞を受賞している。

2度の離婚歴がある52歳の男が主人公。
デイヴィット・ラウリーは現代文学の教授だったが、大規模な合理化の結果、旧ケープタウン大学付属カレッジのコミニュケーション学部とやらの准教授に格下げされた。それで、やけになっているようなところがある。
デイビットは娼婦のもとに通っているうちに、その娼婦に入れあげてしまい、探偵を使って住所を調べ女の前に姿を現したが、けんもほろろに拒否されてしまう。

恥辱 (ハヤカワepi文庫)
恥辱
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J・M・クツェー/鴻巣友季子
ハヤカワepi文庫
2007年 ✴✳✳✳

この失態にも懲りずに、次にデイヴィットが手を出したのが教え子だった。
セクハラで訴えられ、学内の査問委員会での反省のないデイヴィットの態度に旗色は悪くなり、やがて新聞沙汰になり、しまいには、大学の職を失うことなる。
ここまでは、イントロである。

かつてすったもんだがあった娘・ルーシーは田舎で農地を所有していて、年長のドイツ人女性と一緒に住んでいる。市場で農作物を売ったり、犬を預かって世話をしたり、動物病院の手伝いをして生計を立てている。デイヴィットはルーシーのもとに転がり込む。
そして、ボランティアのような、懲罰のような、奉仕活動のようなことをすることになる。飼い犬の餌の肉を切ったり、犬の安楽死の助手をしたり、市場で農産物を売ったり、ともかく農家の暮らしを体験する。

そこてまかり通っているのは、力のあるものの庇護を受けなければ、女は生きていけないという土着の論理である。具体的には、地元の胡散臭い男の第3夫人になるという選択だった。デイヴィットは、理不尽な古い慣習のもとに、恥辱も何もかも受け入れて生きていくことを決意しているルーシーを、どう理解していいのか戸惑う。

一時、ケープタウンに戻ると、デイヴィットはメラニーが出演する演劇をそっと観劇したりする。反省していないような初老の男に周りの目は冷たい。

読後、殺伐とした気持ちになるのは、元教授の少しも好転しない転落の人生を見せられているからだろう。→人気ブログランキング

リムジン故障す

7月の連休に空路で新潟から鹿児島に向かった。連日、日本列島が火にかけたフライパンのような猛暑に見舞われた頃だ。乗り換えの伊丹空港では、「気温は36℃です。水分補給を…」と高温注意情報がアナウンスされていた。伊丹空港からはプロぺラ機になり、気流の乱れで機体は揺れたが、無事に鹿児島空港に到着した。気温は32℃で、36℃に比べれば納得がいく暑さだった。

リムジンバスを待つ列に並ぶと、先頭が老女とゴールデン・レトリバーの盲導犬、2番目が4歳くらいの男児と若い母親、私は3番目であった。盲導犬は毛につやがなく尻の肉が落ちていて若くはなさそうにみえた。男児がちょっかいを出そうと盲導犬に近づいていったが、母親に止められて残念そうに踏みとどまった。盲導犬はバスのステップを楽々と登り、老女は係員の手を借りて登った。男児は手摺りにつかまりながらひとりでなんとか登った。老女と盲導犬が運転席の後ろの優先座席に、私はその後ろの席にすわり、母子は反対側の優先座席に陣取った。その後に、乗客が次々に乗り込んできて、補助席を出して隣りの客と肩が触れ合うくらいの寿司詰め状態になった。バスが発車し、シートベルト装着のアナウンスが流れたが、シートベルトを探すだけで隣りの客にぶつかりそうなので、装着しなかった。高速道路に入る前に再びシートベルトのアナウンスが流れたが無視した。

快調に飛ばしているバスの中でブシュッという聞き慣れない音がした。前の席の盲導犬がくしゃみをしたと思った。いくら従順な盲導犬とはいえ不意に襲う生理現象にはお手上げだなと思った。程なく先ほどより控えめな音がした後、バスは高速道路の路肩に停車した。運転手がバスから降りて右前のタイアの周辺を点検した後、携帯電話を取り出して困惑顔で話しはじめた。乗客は誰も文句を言わず、ざわつきすらしなかった。唯一の例外は、男児が「パンク、パンク.‥」という歌らしきものをくりかえし口ずさみ、のべつ喋っていたことだ。

運転手がマイクで、このバスは電気系統の故障で走行できないので、乗り換え用のバス2台が向かっていると説明した。大事に至らなかったが、シートベルトを装着しなかったことを大いに反省した。バスが路肩に停まってから40分で代替のバスがやってきたて、乗客の乗り換えもバスの胴体部分に積んだ荷物の移動もスムースに行われた。

バスが高速を降りて市街地に入ると、街が火山灰で霞んでいることに気づいた。終点にバスが着くと、老女は尻尾を振る盲導犬に誘導されてゆっくりと歩きだした。男児は母親に手を引かれて飛び跳ねながら歩いていった。雨がポツリポツリと落ちてきて、かすかに硫黄の臭いを含んだ風が吹き、少しだけ涼しくなっていた。

『新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求』ドナルド・R・キルシュ/オギ・オーガス

新薬を生み出す手法は、植物を片っ端から口に入れて薬を見つけていた頃と変わらない。化学式やDNAの組み合わせからコンピュータをつかって見つけ出す今も、片っ端からローラー作戦を展開しているのだ。

新薬の開発には10年以上、1000億円の費用がかかる。ドラッグハンター(新薬研究者)が提案した創薬プロジェクトのうち、経営陣から資金が提供されるのは5%、そのうち発売にこぎつけるのは2%、つまりドラッグハンターが薬を生み出す確率は0.1%である。最先端の研究所で働くドラッグハンターのほとんどが、そのキャリアの中で、新薬を世に送り出せないというのが現状だという。

新薬の狩人たち――成功率0.1%の探求
ドナルド R キルシュ  オギ オーガス/寺島朋子
早川書房
2018年6月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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著者のドナルド・R・キルシュは、ベテランのドラッグハンター。スクイブ社(現ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社)、アメリカン・サイアナミド社、ワイス社(共に現在はファイザー社)、カンブリア・ファーマシューティカルズ社で薬の開発に関わってきた。著者の経歴からもわかるように、製薬会社が合併を繰り返して巨大になっていったのは、新薬開発に長い期間と膨大な資金がかかり、小規模の会社では体力がもたないからである。

病気を一気に治してしまう薬は製薬会社にとってうまみがない。製薬会社は患者が恒久的に使わなければならない薬は大歓迎なのである。
例えば抗菌剤。抗菌剤は化膿性疾患が治ってしまえばもう使う必要がない。また細菌は耐性株に変異することにより、それまで効いていた抗菌剤が効かなくなる。さらに医師は耐性菌の出現を恐れて新しい抗菌剤を保留する傾向がある。
薬剤会社は高血圧薬や高脂血症の薬などの、一度使い出したら一生使い続けなければならない薬の開発に力を注ぐのである。
世界最大の製薬会社であるファイザー社は今後、抗菌剤の開発を行わないというショッキングな決断をしたという。

人類は薬をどのようにして手に入れてきたのか。
まずは植物由来の薬を手に入れた。薬になりそうな植物を片っ端から口に入れて薬を見つけてきたのだ。最古の薬としてアヘンがある。次にマラリア治療薬のキニーネ、吸入麻酔薬のエーテル、合成化学による鎮痛剤のアスピリン、さらに設計された薬である梅毒治療薬のサルバルサン。土壌由来のペニシリンなどの抗生物質、人間を冬眠させる目的でたどり着いたクロルプロマジン、さらに現在はヒトゲノムのDNAから得られるバイオ医薬品の候補がある。

19世紀の半ばにチバガイギー社(現在はノバルティス社)の科学者たちが、この宇宙の中にある薬になるかもしれない化合物の総数を計算した。その数なんと3×10の62乗種類、理解不可能なくらいの膨大な数である。
本書では、新薬探索における試行錯誤の比喩として、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説『バベルの図書館』が、何回か引き合いに出される。図書館は無数の6角形の部屋があらゆる方向に無限に連なり、各部屋の棚にはランダムな文字の組み合わせのタイトルが書かれた本が並んでいる。本の中身は1冊ずつちがい、ほとんどはナンセンスである。しかし叡智に満ちた本も稀にあり、それは「弁明の書」と呼ばれている。司書たちが「弁明の書」を探して館内をさすらう。ほとんどは一生かっても「弁明の書」に巡りあえない。製薬会社は、さまざまな構造の化合物からなるコレクションを持っている。著者は、「化合物ライブラリー」をバベルの図書館になぞらえ、ドラッグハンターを司書になぞらえている。

新薬開発は製薬会社にとって一か八かの博打のようなもので、映画制作に例えている。緻密な計算のもとに、最高の俳優を配して、十分な資金も調達して、いわば万全の体制を整え、当たるはずだと踏んで作られた映画が、『ローン・レンジャー』のことだが、大コケすることがある。創薬も同じような危険がつきまとうという。→人気ブログランキング

『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』 門井慶喜

ミステリの誕生について、時差はあるが、イギリスの産業革命(18世紀半ばから19世紀にかけて起こった)と連動しているとする。またフランスの印象派の活動(19世紀後半)とも関連づけている。
著者の論法は、問題を投げかけてその反論を並べて整理しつつ着地する、スクラップ・アンド・ビルドである。言いかえれば「ヒトリノリツッコミ」。本書は第69回推理作家協会賞受賞作(評論その他の部門 2016年)。

マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代 (角川文庫)
門井 慶喜
角川文庫  2017年12月
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まずは、グラント警部シリーズの第1作、『時の娘』(ジョセフィン・ティ 1951年発表)から。グラント警部は大怪我をしていて、ベッドの周りを歩くことすらできない安楽椅子探偵(アームチェア・デイテクティブ)なのだ。もちろん有能な助手がいる。最悪の王だと信じられた15世紀のイングランド王リチャード3世が、この小説によってそう信じる人の割合が大幅に減少したというのだから、小説の影響は侮れない。歴史は確かな証拠がないにもかかわらず、でっち上げられていると言うこともできる。
ところで、リチャード3世の肖像画は、指輪をはめているのか外しているのか、著者は外しているとしてるが、はめているようにも思えるのだが。。

次は、シャーロック・ホームズ誕生の話。『緋色の研究』(コナン・ドイル 1887年発表)の背景は、産業革命によって都市の繁栄がもたらされ、人口が急激に増加し、ひいては、隣人に無関心である都市型の生き方が一般的になった時代である。
アメリカ合衆国から脛に傷を持つモルモン教徒の男2人がロンドンに逃げてきて、殺されるという話だ。イギリスの産業革命からこちら側でミステリは生まれたとする。

次は、アメリカ人エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』(1839年発表)。『アッシャー家...』は、ゴシック小説。ゴシックは中世の産物であるから、アメリカには中世はない。だから、時代も場所も特定されていない。
産業革命による時代の変革に不安を抱く人々の懐古主義がもたらしたのが、ゴシック(中世)への回避だとする。

ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』(1980年発表)は、1300年代のイタリアの修道院の物語。宗教とミステリが完全に融合した画期的歴史小説と高く評価する。宗教なら神学論争、ミステリなら数々の証拠の関係づけ、どちらももっとも根本的なところで同じものを追求しているとする。要するに神学論争は詭弁を弄することであり、ミステリにも似たところがある。

そしてミステリ小説の人称の話。
著者は一人称がミステリに好適だと述べている。視点を一つに固定することにより読者の視野にさまざまな死角がつくれる。それによって謎が成立しやすくなり、謎解きの展開も一層自然になるなどが、その理由である。三人称多視点では読者の視点が広すぎて、謎の顔を出す余地に乏しいという。
ミステリは、ワトソンに語らせて、作者自身がカバーするという「ホームズ-ワトソン」の一人称多視点が有利だという。→人気ブログランキング

『白墨人形』 C.J.チューダー

30年前の少年時代のノスタルジックな思い出のなかに、解決したはずの殺人事件が蘇る。
1986年と2016年の今を、行きつ戻りつ交互に書かれて物語は進んでいく。
現代ホラーの帝王スティーヴン・キングが本書を強力に推薦している。主人公たちが年上の不良に襲われるところは、キングの『スタンド・バイ・ミー』と同じ設定だ。

白墨人形
白墨人形
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C・J・チューダー/中谷友紀子
文藝春秋
2018年5月 ✳︎✳︎✳︎✳︎

12歳の夏、エディにはいつも行動をともにしている4人の仲間がいた。
その仲間とは、太り気味のファット・ギャヴ、歯列矯正中のメタル・ミッキー、ミッキーには不良の兄がいる。シングルマザーの息子ホッポ、牧師の娘である赤毛のニッキー。エディはニッキーに淡い恋心を抱いていた。
エディたちはチョークで棒人形の絵を書いて秘密のやり取りをしていた。

みんなで、移動遊園地に出かけたときに事故が起こった。「ワルツァー」の座席が外れて少女の顔に当たり、顔半分がえぐり取られ足は切断された。
その時、迅速に対応したのは、新任のハローラン先生だった。ハローラン先生は白墨のように真っ白なアルビノだった。

ファット・ギャヴの誕生パーティでエディの父親が牧師を殴りつけた。理由は、エディの母親の産婦人科診療所への堕胎反対運動を、牧師が煽っていたからだ。
パーティに集まったプレゼントの中に、色とりどりのチョークが入ったバケツがあった。チョークを送ったのはハローラン先生だった。

そして、ミッキーの兄が亡くなり、少女の妊娠騒ぎが起きた。エディたちは森で少女のバラバラ死体を見つけるが、頭部はついに発見されなかった。

30年たった今、エディは母校の英語教師となっていた。
そんなエディのもとに、事件のことを書きたいとミッキーが訪ねてくる。
そこから物語は急展開していく。

一人称で書かれたミステリの強引さが現れた作品といえる。
主人公しか知らない事件に関わる重大ななぞを、最後の最後になってから明らかするのは、フェアではないだろう。それを割り引いたとしても、少年の不安定な心の内や、バランスが崩れていく友達との微妙な関係が、実によく書けていて傑作である。→人気ブログランキング

『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター

アイデアがこれでもかというくらい盛り込まれていて、ストーリーはかなり強引に進む。1956年に発表されたSFの古典。
スティーヴン・キングは、『ジョウント』というタイトルで、テレポテーションに関するSFホラーの短編を書いている。本書に敬意を払うかのように、作中で『虎よ、虎よ!』について言及している。『神々のワードプロセッサー』(扶桑社ミステリー文庫 1988年)、『ミスト 短編傑作選』(文春文庫 2018年)に収録されている。

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)
虎よ、虎よ!
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アルフレッド・ベスター/中田耕治
ハヤカワ文庫
2008年

25世紀。人類にはテレポテーション(ジョウント)の能力が備わっていた。移動の能力は個人によって差があり、移動の範囲は惑星上に限られ宇宙を移動することはできないとされていた。
ジョウントにより人々の生活は激変し、古い秩序は壊れ、社会は著しく荒廃していた。
金星、地球、月、火星からなる内惑星連合と、木星、土星、冥王星の衛星からなる外衛星同盟との間で戦争が起こっていた。

火星と木星の中間地点で、戦闘艦からの攻撃を受けた、プレスタイン財閥の宇宙船《ノーマッド》が漂流していた。《ノーマッド》に、唯一生存していたのは本書の主人公ガリー・フォイル三等航海士である。
漂流して約半年がたったときに、プレスタイン財閥の輸送艇《ヴォーガ》が《ノーマッド》の近傍を航行したが、フォイルが放った信号弾を無視して飛び去っていった。
《ノーマッド》の無視を命令したのは誰なのか。フォイルはプレスタインへの強烈な復讐心を持つようになる。

《ノーマッド》をなんとか修理し地球に向かったフォイルは、火星と木系の間に広がるサルガッツ小惑星帯の野蛮民族に捕らえられ、本書のタイトルともなっている、顔全体に虎のような模様の刺青を彫られてしまう。
フォイルはサルガッツ人のロケット艇を奪って脱出し、内惑星連合の宇宙海軍に救助され地球に戻ってくる。
フォイルは苦難に遭遇するたびに、超人的な肉体と精神を兼ね備えていく。

一方、地球では、《ノーマッド》に積まれている2000万クレジットの膨大な白金と、戦争を一気に終わらせてしまうほどの破壊力を持つ物資の「パイア」を手に入れようと、フォイルの行方を追う者たちがいる。
それは、イグアナのような容貌をもつプレスタイン財閥の当主・プレスタイン、孟子の子孫である内惑星連合中央諜報局ヤン・ヨーヴィル大尉、原子爆発の事故にあい、自らが放射能を発する天才科学者のソール・ダーゲンハムの3人の怪物たちである。

物語には個性的な3人の女性が登場する。まずは、地球に帰還したばかりのフォイルにジョウント能力の再教育を施す美貌の黒人女性ロビン・ウェンズバリー。
フォイルは捕らえられ思想犯の教育施設・洞窟病院に送られるが、そこで「ささやきライン」を通じて知り合いとなり、病院からふたりで脱走することになるジスベラ・マックイーン。
そして、アルビノで目が不自由で氷の心を持つプレスタイン家の令嬢、オリヴィア・プレスタインである。

《ノーマッド》に積み込まれている2000万クレジットの白金はどうなるのか?「パイア」とは一体なんなのか?その威力は?
フォイルは、全身全霊を傾けて荒廃しきった世界を救う手段を模索するのだった。→人気ブログランキング

『西城秀樹のおかげです』森 奈津子

表紙カバーの椅子に腰掛けたセーラー服の少女とその右手に持っている器具を見れば、本書の内容はおよそ想像がつく。性倒錯や同性愛をテーマに、あっけらかんとした陽気な内容のSF短編集である。第21回(2000年)日本SF大賞にノミネートされた。
著者はクィア理論の実践者だという。クィア理論とは、性的マイノリティ(LGBT)から見て、性的マジョリティの考え方が正しいかを疑ったり、歴史上、クィアがどのように扱われてきたかを分析したりする理論のことである。クィアとは「queen」のことで、「奇妙な」という意味。
本書はそのクィア理論をまさに実践する内容である。

西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫JA)
森 奈津子
ハヤカワ文庫JA
2004年

「西城秀樹のおかげです」
地球が殺人ウイルスに襲われ、残されたのは日本人の男女2人だけ。
なぜ2人だけが生き残ったのか?当時日本で流行っていた「YMCA」を歌っていたからだという。元の楽曲は米国で男性ゲイを鼓舞する歌だという。そして、2人は人類の未来を決める選択を迫られる。
「哀愁の女主人、情熱の女奴隷」
地球行きシャトルの事故で亡くなった兄夫婦から、時子が受け継いだのはいくばくかの財産とアンドロイドのハンナ。10歳の遺児・絵美里を慰めるようとハンナに命ずるが、ハンナは兄夫婦に寵愛されたセクサロイドだった。
「 天国発ゴミ箱行き」
若い男は死後の世界にいる。人生プランナーが3通りの来世を男にプレゼンテーションするが、その中に、本書の著者・森奈津子の人生が含まれたという、自虐ネタ。
「悶絶!バナナワニ園!」
苦痛こそが快楽のマゾヒストの囚人の話。
「地球娘による地球外クッキング」
庭に洗面器ほどのUFOが落ちてきた。親指ほどの緑色の宇宙人の死体が2体。宇宙人をテンプラにして食べようとする。
「タタミ・マットとゲイシャ・ガール」
地球で最後の金髪の女吸血鬼が罠にはまり、電脳空間で蚊にされてしまう。蚊は山田家に忍び込み若い娘の血を吸い、もとの姿に戻ろうとする。
「テーブル物語」
天板の四角に女性器、脚に男性器が彫刻されたテーブルの物語。
「エロチカ79」
「後生だから」とは、呪縛プレイのはじまりの言葉であった。→人気ブログランキング

『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたか』更科 功

最近、遺跡の発掘と科学技術の発達、とりわけ遺伝子解析により、人類の来し方が解明されつつあるという。最古の人類は700万年前にアフリカで誕生している。その後、25種類もの人類がいたが、ヒト以外は滅びてしまった。その理由は何かが本書のテーマである。

人類の特徴は二足直立歩行と犬歯の縮小だという。
立位二足歩行は食料運搬を可能にさせ、高度な協力関係の土台となった。犬歯が縮小したのは争いが少なくなったからだという。
チンパンジーの男女比が4〜10:1、チンパンジーより争いが少ないボノボでは2〜3:1、ヒトでは1:1になる。ヒトには発情期がないから、争いはより少なく平和になる。
人類が生息していた疎林では、食べ物を手に入れるために、長い距離を歩かなければならない。それに二足歩行は有利だった。ホモ・エレクトゥスの時代に、歩き回ることが必要とされたため、発汗して体温を下げようと毛が薄くなったという。体毛がふさふさか体毛がほとんどないかの違いは、毛穴の数はそれほど変わらないが、毛の濃さと長さが違うだけだという。

絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか (NHK出版新書)
更科 功
NHK出版新書
2018年
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人類と同じ時期に何種類もの哺乳類がアフリカからユーラシアへ移動している。
約180万年前にホモ・エレクトゥスかその近縁種がアフリカからユーラシアに出て、生息範囲を広げた。それは人類が世界中に進出する第一歩となった。
ホモ・エレクトゥスがアフリカの外に広がったあと、アフリカで新たな人類が誕生した。ホモ・ハイデルベルゲンシスである。ヨーロッパに出て行ったホモ・ハイデルベルゲンシスからネアンデルタール人が進化し、一方、アフリカにとどまったホモ・ハイデルベルゲンシスからホモ・サピエンスが進化した。

ネアンデルタール人の脳の容量は平均1550ccで、人類史上最高である。一方、1万年ぐらい前までのホモ・サピエンスは1450cc、現在のヒトの脳は1350ccである。現代人は、使わない部分が整理されて脳の容量が減少したという。
脳は体の2%の重量で、体全体で使うエネルギーの20〜30%が必要であると言われている。むやみに脳が大きくないほうがいいのだ。

2010年にはネアンデルタール人のゲノムの60%が決定された。その結果ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが交雑していたことが明らかになった。ホモ・サピエンスはネアンデルタール人以外の人類ととも交配している。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは7000年にわたって共存していた。
ネアンデルタール人の物語は約30万年前に始まり約4万年前に終わる。ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスに比べ体が大きく、脳容量も多かったから、1.2倍の食料が必要だった。ネアンデルタール人は、寒冷な環境とホモ・サピエンスの出現によって絶滅したのだろうという。

ホモ・サピエンスは子孫を多く残すことができた。なんでも食べることができた。どこでも生きていけた。社会性があった。身体的な強さだけでなく衣服のような文化的工夫も行うことができた。それらにより生き残ることができたのだ。→人気ブログランキング

絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたか/更科功/NHK出版新書/2018年
爆発的進化論 1%の奇跡がヒトを作った/更科功/新潮新書/2016年

『許されざる者』レイフ・G・W・ペーション

時効を過ぎた未解決事件を退職し脳梗塞を患った男が捜査するというスウェーデン発の警察ミステリ。
国家犯罪調査局の元長官ラーシュ・ヨハンソンは脳梗塞で右半身麻痺になり、ストックフォルムのカロリンスカ医科大学病院に入院した。主治医は44歳の女医。その女医の願いで、25年前の少女強姦致死事件の犯人捜しを引き受けた。まだ、リハビリ中だというのに。。安楽椅子探偵の亜型である。
北欧ミステリは暗い印象だが、本作は明るい。

現役の頃のヨハンソンは、「角の向こう側が見通せる男」とか「歩く凶悪犯罪辞典」と言われるくらい頭が切れた。今は、脳の働きも記憶力も落ちて、涙もろくなって、根気が続かない。そんなヨハンソンの手足となるのは、ストックホルム県警の元捜査官の盟友ボー・ヤーネブリング。

許されざる者 (創元推理文庫)
許されざる者
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レイフ・G・W・ペーション/久山葉子
創元推理文庫
2018年2月
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25年前、9歳の少女ヤスミンが強姦され顔を枕に押し付けられ窒息死した。別居していた両親はイランからの移民で、父親は医者、母親は歯科衛生士だった。
事件を担当したのは、曰くつきのダメ警察官。パルメ首相暗殺事件(1986年2月)の捜査と重ったことも不運だった。事件は未解決のまま最近時効を向かえたばかりだ。

事件の後、両親は離婚し、父親はアメリカに渡り、製薬会社を何社も持つ大金持ちになった。それだけではなく、小児性犯罪者やチャイルド・マレスターを社会から排斥する団体を立ち上げていた。母はイランに戻ったという。

ヨハンソンは書類を時間をかけて読むことが困難だから、ヤーネブリングから事件の詳細が伝えられる。

ヨハンソンにはヤーネブリングの他にふたりの助っ人がいる。介護人のマティルダと丁稚のマックスだ。
マティルダの二の腕にはとぐろを巻いた蛇のタトゥーがあり、顔には鼻の穴にひとつ、下唇にふたつ、両耳たぶには3つずつ輪っかがついている。仕事はきちんとこなし申し分のない配慮をするタイプで、有能である。
ロシアの孤児院で育ったマックスはヨハンソンの身の回りの世話をする。自分より強い人間に出会ったことがないと頼もしいことをいう。
妻のピアは銀行の副頭取で、ヨハンソンに声をかけハグして仕事に出かけていく。

小児性愛者は必ず余罪があるはずだとヨハンソンは考えた。
捜査は順調に進むが、真犯人を見つけ出したとしても問題がある。事件はすでに時効を向かえていることと、犯人を見つけ出して世間の知るところになれば、父親が必ず私怨を晴らす行動にでることだ。

料理や食事の場面が多いのは著者の得意分野だからだろう。登場人物の際立った個性が見事に描き分けられている。第一級のミステリだ。
本作は、英国CWA(The Crime Writers' Association)ゴールドダガー賞、ガラスの鍵賞などを受賞している。レイフ・G・W・ペーションの作品は、これまで日本語訳されてこなかったが、北欧推理小説界の大御所だという。他の作品の翻訳を期待したい。→人気ブログランキング

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