トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

ハチはなぜ大量死したのか ローワン ジェイコブセン

ここ数年のあいだに、欧米の農作物の花粉交配を担ってきたミツバチに、蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder、CCD)と呼ばれる大量死あるいは失踪が起こっている。北半球のミツバチの四分の一がいなくなったという。

Image_20201125112901ハチはなぜ大量死したのか
ローワン・ジェイコブセン/中里京子
文春文庫
2011年

ミツバチは数万匹単位で統率の取れた集団として暮らす高度に社会的な昆虫である。人間は蜂蜜を採取する目的でミツバチを飼い始めたが、そのうちにミツバチの受粉によりそれまでの何倍もの収穫があることに気づいた。農業が大規模になり工業化されていくとともに、このミツバチの受粉能力を利用して商売をする受粉業者が生まれた。
例えばある受粉業者を追ってみると、2月にはカリフォルニアのアーモンド、3月にはワシントンのリンゴ、5月にはサウスタゴタのヒマワリとキャノーラ(菜の花)、6月にはメインのブルーベリー、7月にはペンシルベニアのカボチャと大移動する。受粉業者は数万匹のミツバチを閉じ込めた巣箱を何百個もトラックに乗せて、アメリカ大陸を西から東、南から北へと何千キロも移動し、ミツバチをこき使う。

CCDの犯人の候補を挙げると、遺伝子組み換え作物、イスラエル急性麻痺病ウイルスなどのウイルス、ミツバチへギイエダニなどのダニ、ノマゼ病微胞子虫、ダニの殺虫剤、ネオニコチノイド系農薬、抗生物質、地球温暖化などがある。
遺伝子組み換えトウモロコシには、「バチルスチューリンゲンシス(Rt)」と呼ばれる自然界に存在する土壌細菌が組み込まれている。Btには昆虫にとって毒性があるので、天然の殺虫剤がトウモロコシ全体にいきわたっているのと同じである。この遺伝子操作がトウモロコシに許されたのは、トウモロコシの受粉がおもに風に頼っているからだ。だからと言ってミツバチがトウモロコシの花粉を栄養にしないわけではない。
またネオニコチノイド系農薬は、昆虫のアセチルコリン受容体に作用して神経の伝達を交錯させ、人間におけるパーキンソン病やアルツハイマー病を起こさせる。この浸透性の農薬は種を浸しとおけばよい。つまり雨が降るたびに農薬を噴霧する必要がないので、手間いらずの夢の農薬である。
ミツバチの血を吸うダニに対しては、巣箱の中に殺虫剤がばら撒かれる。細菌に感染すれば抗生物質が投与される。栄養不足にはコーンシロップが与えられている。
そして長旅と過酷な重労働がミツバチたちを苦しめてきた。CCDを引き起こしている犯人探しは必死に行われてきたが、ピンポイントの犯人が判明したわけではない。ミツバチが生き残っているのが不思議なくらいだと嘆く蜂の研究者もいるくらいだ。

出たとこ勝負のつぎはぎだらけの対策が採られてきたが、何の解決にも結びつかなかった。根本的な解決を模索する動きもささやかながらある。有機農業により、ハチが自ら持つ抵抗力を引き出そうという試みが続けれている。あるいはロシア蜂などのCCDに陥っていないハチたちを、効率的なミツバチに育てようとする試みも行われている。しかし高度に工業化された大規模な農業に、それらの試みはあまりに非力だ。

著者が饒舌なディレッタンティズムで陽気な比喩を駆使したり、末尾で読者に趣味の養蜂を勧めているのは、取り返しがつかない問題をオプチミスティックなオブラートにでも包まなければとても論じられないということかもしれない。地球規模の危機を語るとき「すでに手遅れかもしれない」というフレーズがよく使われるが、「すでに手遅れな」ことを前にして、オプティミスティックに振舞う以外の方法など思いつかない。

原文のタイトル「Fruitless Fall」は、1962年に米国で発刊された『Silent Spring(沈黙の春)』(レイチェル・カーソン著)を下敷きにしている。→人気ブログランキング

メヌード(レイモンド・カーヴァー短編集『象』に収録)

『メヌード』は、レイモンド・カーヴァーの短編集『象』に収録されている。
離婚の危機に直面した中年の男が、眠れぬ一夜を過ごすストーリーだ。
Photo_20210125081401象 (村上春樹翻訳ライブラリー)
レイモンド カーヴァー
中央公論新社

男は自宅の前の家に住む中年夫婦の妻と不倫の関係にあり、その夫は数日前に離婚を決意し家を出て行った。
1週間ホテルで暮らすので、その間に荷物をまとめて出て行けと、その夫は妻に言い残していった。
主人公の妻も夫が浮気をしていることに気づいている。

以前、主人公の友人の家でパーテイが開かれ、そこで友人が夜中に突然メヌードを作り出したことがあった。
メヌードとはメキシコのモツ料理である。
メヌードは大雑把に作られていくが、なぜか旨そうなのだ。
ところが主人公はメヌードを食べそびれてしまう。
つまりどんな味か書かれていない。
主人公はこれから一生、メヌードを食べることができないだろうと嘆く。
メヌードの調理の話は唐突に割り込んでくるが、脈絡のなさを感じさせない。
2組の夫婦の苦悩よりもメヌードの調理と味のことが頭に残ってしまう。
メヌードについては次のように書かれている。

<メヌード、牛の胃(トライブ)。トライブと1ガロンの水で始まった。それから彼は玉葱を刻んで、それを沸騰しはじめていた湯の中に放り込んだ。チョリソ・ソーセージを鍋の中にいれた。そのあとで干した胡椒の実を沸騰した湯の中にいれ、チリ・パウダーをさっさっと振った。次はオリーブオイルだ。大きなトマトソースの缶を開け、それをどぼどぼと注ぎ入れた。にんにくのかたまりと、ホワイト・ブレッドのスライスと、塩と、レモンジュースを加えた。彼は別の缶を開けー皮むきとうもろこしだーそれも鍋の中にいれた。それを全部入れてしまうと彼は火を弱め、鍋に蓋をした。>

読み終われば、なんの話だっのか、そういえば、2組の夫婦の離婚の話だったくらいの印象である。
メヌードが割り込んでくることで、出口の見えない苦悩から主人公がいっとき開放され、読み手にひと息つかせる。→人気ブログランキング

2011年9月29日 (木)

ごく平凡な記憶力の私が 1年で全米記憶力チャンピョン になれた理由  ジョシェア・フォア

ジャーナリストである著者は全米記憶力選手権を取材をしていて、自らが記憶術に興味を抱くようになった。
著者が1年間かけて記憶術のトレーニングを重ね、全米記憶力選手権でチャンピョンになるまでの軌跡を描いたノンフィクションである。
Image_20210211141501ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由
ジョシュア・フォア/梶浦真美
エクスナレッジ
2011年

記憶術とは、パッと見ただけであるいは読んだだけで記憶できるということではない。
覚えることを何かにこじつけてイメージを作り、記憶する方法である。
大会で用いられる記憶術とは、いかに早くこじつけて覚えることができるか、こじつける手段をいくつ持っているか、それと最も重要なのはこじつけた記憶をいかに正確に蘇らせることができるかに集約される。

例えば記憶術のひとつに「記憶の宮殿」と呼ばれる方法がある。
この宮殿はよく知っている、つまり間取りがしっかり頭に入っている建物を選ぶことがポイントである。例えば自分の家。
次のような脈絡のないことを覚えるとする。

ガーリックのピクルス
カッテージチーズ
白ワイン6本
靴下3足
(このあと、30項目ほどが続く)
・・・・・・
これらを、自宅の入り口から順に置いていく。
家に入って玄関の靴箱の上に、ガーリックのピクルスを置く。印象深くするために、ピクルスは真っ赤な蓋の瓶に入っていると記憶する。
カッテージチーズは、上がり框に置いていたら誰かに踏まれてしまい、潰されていることにして記憶に刻む。
白ワイン6本は廊下に雑然と転がしておく。通るのに邪魔なくらい。
靴下3足は、うんざりするくらい汚れていて悪臭を放っている。
という風に、映像に置きかえて覚えていくわけだ。
なるべく印象深い映像とそして記憶することがコツだそうだ。
いきおい性的なことやおぞましい映像、あるいは逆に鮮やかな映像と結びつけると記憶に残るという。

記憶術の歴史をさかのぼると紀元前の文字の存在しない時代に遡る。
記憶のメカニズムに触れ、忘れることの生理について分析し、記憶がよすぎる人物を取材し、健忘症の患者を取材し、記憶を根底から分析している。

帯に「全米ベストセラー、映画化決定」と書かれていると、つい手が出てしまう。
記憶という形のないものがテーマだから、映像にしにくい内容に思える。
恋愛話はないし、女性といえば、記憶力選手権の出場者がバーで繰り広げる馬鹿騒ぎ、ランダムな単語50個を覚えて、ジョッキ2杯のビールを飲んで、店内にいる女性の膝に4回キスをして、覚えたことを披露するというような場面に出てくるくらいだ。

ところで、アインシュタインについてまったく書かれていないのに、原題は「Moonwalking with Einstein」。夢のような出来事ってことなんだろうか。→人気ブログランキング

2011年9月28日 (水)

MacBook Pro購入

仕事場で使っているNECのノートパソコンの蝶番が壊れて、蓋がスムーズに開かなくなった。画像の処理をしたりテキストやワードやエクセルを使うくらいなので、蓋がいびつに開くくらいはたいした支障にはならない。それに修理に出せばすむことである。家電量販店をうろついているうちに、今マッキントッシュのPCを使い始めなければ、一生使うことがないかもしれないと妙な考えが浮かんだ。そういえば、『ミレニアム』の主人公ミカエル・ブルムクヴィストもハッカーのリスベット・サランデルも、マックを使っていたじゃないか。

店員のマックについての説明を訊くと、「今までウィンドウズを使ってきたのなら、マックについて気軽に質問できる人が近くにいないと、使いこなすのは無理です」などと、背の高い店員は見下すように言うのだ。
「マックに替えるのは、使いにくさを受け入れることです」などと教訓めいたことも付け加えた。その一言が引っかかってしまい、上等じゃないか使いにくさを受け入れてやろうじゃないかと思った。
翌日もその量販店に行って、別の店員からあれこれ訊きだした。その店員は「私もマック使っているんですが、何しろマックはかっこいいんですよ。マックにウィンドウズのソフトを入れて使っています」などとニヤリと笑いながら言うものだから、絶対に買おうと決意してしまった。
早い話が、ふたりの店員にうまいことのせられたのだ。
問題がひとつあって、ホームページ作成ソフトのドリームウィーバーのマック用を買わなくてはならない。たかがソフトのくせに、ドリームウィーバーはかなり値段が高かった。

実は仕事場にあるデスクトップは瀕死の重態である。
うんざりするくらいすべての動作が遅く、メールを閲覧するまでに電源を入れてから、かなりの時間がかかる。
おまけに「仮想メモリが少ない」などという警告がしょっちゅう出る。
突然シャットダウンするし、逆に終了をコマンドしてもいっこうに電源が切れない。
本来は重要な役割を担っている臨終が間もないデスクトップの購入を優先すべきなのだが、店員の「近くにマックを使っている人がいないと使いこなせない」という脅し文句を見返してやろうと思い、デスクトップを後回しにすることにした。

そんなわけで、この文章は購入したばかりの「MacBook Pro」のテキストエデイットで打っている。
ワードとエクセルとパワーポイントが入ったマック用オフィスを買ってあるが、それをインストールしてしまうと、変な話だが、このパソコンが汚れるような気がしてインストールする気になれない。
おそらく切羽詰まらないとインストールしないと思う。
インターネットとテキストしか使っていないけれど、今のところ使い心地は快適そのものと言いたいが、本音はキーが指にまとわりつくような感じがしっくりこない。
そもそも変則打ちだから、それにキーの感触に病的にこだわったグレン・グールドじゃないんだから、そのうちに妥協するだろう。
ちょっとばかり正当な打ち方をしようと両手を正しい位置におくと肩が凝るが、慣れるしかない。

ネットで調べたら、マックの使い方についての動画付きチュートリアルがあった。
ほんの少しの機能しか使っていないわけだが、「気軽に質問できる人が近くにいないと、使いこなすのは無理です」とは、よくぞ見くびってくれたものだと今のところは思っている。

トップページ | 2011年10月 »

2022年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ