ハチはなぜ大量死したのか ローワン ジェイコブセン
ここ数年のあいだに、欧米の農作物の花粉交配を担ってきたミツバチに、蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder、CCD)と呼ばれる大量死あるいは失踪が起こっている。北半球のミツバチの四分の一がいなくなったという。
ハチはなぜ大量死したのか ローワン・ジェイコブセン/中里京子 文春文庫 2011年 |
ミツバチは数万匹単位で統率の取れた集団として暮らす高度に社会的な昆虫である。人間は蜂蜜を採取する目的でミツバチを飼い始めたが、そのうちにミツバチの受粉によりそれまでの何倍もの収穫があることに気づいた。農業が大規模になり工業化されていくとともに、このミツバチの受粉能力を利用して商売をする受粉業者が生まれた。
例えばある受粉業者を追ってみると、2月にはカリフォルニアのアーモンド、3月にはワシントンのリンゴ、5月にはサウスタゴタのヒマワリとキャノーラ(菜の花)、6月にはメインのブルーベリー、7月にはペンシルベニアのカボチャと大移動する。受粉業者は数万匹のミツバチを閉じ込めた巣箱を何百個もトラックに乗せて、アメリカ大陸を西から東、南から北へと何千キロも移動し、ミツバチをこき使う。
CCDの犯人の候補を挙げると、遺伝子組み換え作物、イスラエル急性麻痺病ウイルスなどのウイルス、ミツバチへギイエダニなどのダニ、ノマゼ病微胞子虫、ダニの殺虫剤、ネオニコチノイド系農薬、抗生物質、地球温暖化などがある。
遺伝子組み換えトウモロコシには、「バチルスチューリンゲンシス(Rt)」と呼ばれる自然界に存在する土壌細菌が組み込まれている。Btには昆虫にとって毒性があるので、天然の殺虫剤がトウモロコシ全体にいきわたっているのと同じである。この遺伝子操作がトウモロコシに許されたのは、トウモロコシの受粉がおもに風に頼っているからだ。だからと言ってミツバチがトウモロコシの花粉を栄養にしないわけではない。
またネオニコチノイド系農薬は、昆虫のアセチルコリン受容体に作用して神経の伝達を交錯させ、人間におけるパーキンソン病やアルツハイマー病を起こさせる。この浸透性の農薬は種を浸しとおけばよい。つまり雨が降るたびに農薬を噴霧する必要がないので、手間いらずの夢の農薬である。
ミツバチの血を吸うダニに対しては、巣箱の中に殺虫剤がばら撒かれる。細菌に感染すれば抗生物質が投与される。栄養不足にはコーンシロップが与えられている。
そして長旅と過酷な重労働がミツバチたちを苦しめてきた。CCDを引き起こしている犯人探しは必死に行われてきたが、ピンポイントの犯人が判明したわけではない。ミツバチが生き残っているのが不思議なくらいだと嘆く蜂の研究者もいるくらいだ。
出たとこ勝負のつぎはぎだらけの対策が採られてきたが、何の解決にも結びつかなかった。根本的な解決を模索する動きもささやかながらある。有機農業により、ハチが自ら持つ抵抗力を引き出そうという試みが続けれている。あるいはロシア蜂などのCCDに陥っていないハチたちを、効率的なミツバチに育てようとする試みも行われている。しかし高度に工業化された大規模な農業に、それらの試みはあまりに非力だ。
著者が饒舌なディレッタンティズムで陽気な比喩を駆使したり、末尾で読者に趣味の養蜂を勧めているのは、取り返しがつかない問題をオプチミスティックなオブラートにでも包まなければとても論じられないということかもしれない。地球規模の危機を語るとき「すでに手遅れかもしれない」というフレーズがよく使われるが、「すでに手遅れな」ことを前にして、オプティミスティックに振舞う以外の方法など思いつかない。
原文のタイトル「Fruitless Fall」は、1962年に米国で発刊された『Silent Spring(沈黙の春)』(レイチェル・カーソン著)を下敷きにしている。→人気ブログランキング
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