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『関係する女 所有する男』 斎藤 環

本書のテーマは、生物学的な性差(セックス)ではなく、社会文化的な性差(ジェンダー)である。男は所有を追求する、女は関係を欲する、これが著者の基本的な主張であり本書の結論である。

関係する女 所有する男 (講談社現代新書)

関係する女 所有する男

斎藤 環
講談社現代新書
2009年10月

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ジェンダーフリーの名のもとに、かつて一部の教育現場では行き過ぎた男女平等を目指したことがあった。
性別の完全な撤廃や男女平等の杓子定規な押しつけが、行なわれた。

こうしたジェンダーフリーや男女共同参画の政策に対する反動として現れたのが、バックラッシュである。
行き過ぎは、バックラッシュ陣営にとって、格好の攻撃目標となった。
彼らはあからさまな男女差別はしない。
人間の男らしさ女らしさは身体のレベルで決定済みなのだから、それぞれが自らの身体性を受け入れ生きなければならない、とさりげなく主張する。
たとえば、多くの女性は結婚して子供を生むことに幸福を感ずるという事実がある。
だから、女性は早く結婚して子供をたくさん生むべきである。
一見、筋が通っていそうな伝統の無根拠性に論拠をゆだねているのである。

著者の立ち位置は、ジェンダーセンシティブである。
ジェンダーセンシティブとは、ジェンダーの差異を十分に認識しつつ、ジェンダーによる差別や格差が生じないようにするというようなジェンダーにことさら敏感な視点のことであるとする。

結婚生活において、ジェンダーの根本的な違いが如実に現れる。
女性は結婚を新しい関係のはじまりと考えるが、男性は性愛関係のひとつの帰結と考える。
その結果、釣った魚には餌をやらないなどという心情を、男性は抱いてしまう。
そこまで極端ではなくとも、多かれ少なかれ既婚男性は、結婚生活に所有の発想を抱いている。
男性にとって妻子は所有物であり、自分の思い通りになっているうちは何もいうことはない。
しかし一度妻子が所有される立場に甘んじることなく自己主張はじめると、男性たちのとる行動は決まっている。
切れるか逃げるか、あるいはその両方か。
さらに、典型的な逃げの行動はひたすら耐えることである。

著者は精神科臨床医の立場から精神疾患における性差について分析することが、ジェンダーの本質をとらえる上で多いに役立つと考えている。

引きこもりは男性に多い。
ほとんどの男子は、広い意味での社会的立場を、自信とアイデンティティのよりどころにするようになる。
日本社会はいまだに男尊女卑の抑圧構造を持つがゆえに、そのよりどころの危うさが引きこもりの引き金となる。

摂食障害は女性に多い。
女性のダイエットが拒食症といった形で強迫的にまで過剰なものになるのは、女性が身体に対して持っている違和感の排除が根底にあるからである。
拒食症の女性はほとんど骨と皮ばかりであるのに、まだ太り過ぎと考えている。
中性的な身体に近づこうとするのは女らしさの拒否と見てとれる。
これは、男性側からみた所有の対象となる女性らしさに対する拒否ではないかと、著者は推論している。

男性のおたくにおける「萌え」は、所有の追求に他ならない。
一方、腐女子が性的興奮を得ることができる少女漫画のボーイズラブの「やおい」作品について、腐女子の賛同がえられるかは別として、「関係」において説明が可能であるとする。
セクシャルマイノリテイーに関する分析はほとんど行われていないが、この分野に関しても、著者は所有と関係によって説明がつけられると考えている。

本書に紹介されている「(思い出を)男はフォルダ保存、女は上書き保存」とは、アーティストの一青窈の言葉だそうだ。
男女の恋愛観の違いをうまく言い得ていて、なるほどとうなづいてしまう。

前著『母は娘の人生を支配するーなぜ「母殺し」はむずかしいのか』で分析された、女性特有の身体イメージについて触れている。
娘は母親の支配に悩まされるが、母親は娘を支配していることにしばしば無自覚である。
女性が女性らしくあるためには、まず母親から、女はかくかくしかじかであると教えられる。
ところが、身体は他者の欲望をより引きつけることを、本質においては自分の欲望を放棄することが、つまり「分裂」が求められる。
この「分裂」が、女性に、空虚さ、憂鬱さ、倦怠、孤独を感じさせていると指摘している。

人間関係における所有と関係を把握すれば、もはや、ジェンダーセンシティブな視点は不要であるとしている。

→『無頼化する女たち』 水無田気流
→『関係する女 所有する男』 斎藤 環
→『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』 斎藤 環

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