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『母は娘の人生を支配する』 なぜ「母殺し」は難しいのか

「ひきこもり」を専門とする精神科臨床医の著者は、母娘関係には錯綜した愛憎関係があると確信している。母娘関係の泥沼は、ほとんどの女性が潜在的に抱えているという。

男児は3歳から5歳の間に、母親を取られまいと父親に敵意を抱く。これがフロイトのいうエデイプスコンプレックスである。「父殺し」とは父親を乗り越えることであり、「父殺し」は可能であるばかりか、むしろ避けることのできない男性の成長過程と考えられている。
しかし、女性において「母殺し」はおそらく不可能であると著者は説く。

1998年9月2日付の朝日新聞朝刊に、2名の読者の投書が紹介された。「どうする あなたなら 母と娘」というタイトルの読者に意見を求める問題提起型の連載のはじまりであった。その投書のひとつは東大生のもので、母親による過干渉、束縛について書かれていた。カバンも机の中も私信すらつねに検閲され、電話は聞き耳を立てられ、友好関係にも口を挟む、服装や髪型さえも、母親が決めていたというもの。
最終的には1196通の投書が朝日新聞に寄せられた。
これだけ多くの反響があったことは、母娘問題の普遍性を物語っていると著者は指摘する。

臨床心理学者の高石浩一氏は、母親の娘に対する過干渉、束縛をメラニー・クラインの「投影性同一視」の概念で説明している。母親は自分の中にある母親の部分と娘の部分を実際の母娘関係に置き換えて満足を得ようとしている。自分の弱さを見せつけることで娘を縛ろうとし、娘は母親への罪悪感から主体的に生きることが困難になる。
さらに、高石氏は、現代は女性にとって「母親」として生きる以外の選択肢が乏しい。母親を否定すると自分自身を見失ってしまうとする。

父と息子の組み合わせは、はるかに単純なものである。父と息子は、一般的には、単純な対立関係や権力闘争になりやすい。父は息子を押さえ込もうとし、息子はそれに反発するか従うかだ。
母親は娘に対して、「あなたのためを思って」という大義面分を掲げながら、実際は自分の願望と理想をおしつけようとする。そして娘は母親の欲望を先取りするかのように、そうした支配に逆らえなくなる。

インナーマザーは精神科医の斎藤学氏の理論である。インナーマザーとは「世間様」といってよい。父親も母親も自分の考えで教育する前に、「世間様」にひれ伏している。子どもも親の意向を汲み取り、「世間様」を取り入れる。
日本では、いまだに儒教的な「家族主義」が根強く残っていて、男尊女卑的な側面をもっている。この価値規範と「世間様」の考えは深いところでつながっている。非婚の成人女性が、世間から「負け犬」と冷遇されるのも、このためである。

斎藤学氏は、「一卵性母娘」について次のように述べている。
母親にとって娘は息子以上に距離がとりにくく、密着関係を打ち破る緊張が生まれにくい。
娘を自分の分身扱いし自分と同じ考え方を強要し、夫への愚痴などをきっかけに感情を共有することによって、母娘の密着関係(カプセル化)はますます強化されていく。
この関係に従順に仲良し親子演ずるのも、カプセルを破ろうと暴れ回るのもカプセル化の結果としては同じことである。この密着感は、あくまでも心理的距離感であり、たとえ母と娘が物理的に離れても強い作用を及ぼす。
従って、家出、別居結婚、出産、留学、などの手段が必ずしも解決策とはなりえない。

子供たちは、献身的に支えてくれる母親への「申し訳なさ」ゆえに、母親の呪縛から逃れられない。こうした自己犠牲的な奉仕による支配のことを、高石氏は「マゾヒスティック・コントロール」と呼んでいる。「申し訳ない」と感じる感性は、息子たちの多くは希薄である。
マゾヒスティック・コントロールに反応できるのは、圧倒的に娘たちである。これが、著者がいう「母殺し」は不可能であるという理由のひとつである。

精神分析家であるキャロリーヌ・エリアシェフが指摘する概念として、「プラトニックな近親相姦」というものがある。これは「ゆき過ぎた親密さ」、ないしは日本でよくいわれる「一卵性母娘」のようなもの。この母娘の近親相姦的な親密さは父親を疎外することで成立する。
母娘は身体的同一性を持つがゆえにより過度な「親密さ」が成立することになる。

拒食症は女性に多い疾患である。
女性たちは自らの身体性に対して、どこかつねに居心地の悪さを感じている。女性は身体という着ぐるみを着ているような感覚を持っているところがある。
女性のダイエットが拒食症といった形で強迫的にまで過剰なものになるのは、身体の違和感の排除が根底にあるからである。そしてダイエットの基準となるのは異性や同性からの視線ではなく、彼女のうちなるボディ・イメージのみである。

母娘関係の問題は母娘の両側からアプローチすることが理想であるが、母親が加害者、娘は被害者という図式に見えがちである。
娘は母親の支配に悩まされるが、母親は娘を支配していることにしばしば無自覚である。
娘たちに「女らしい」身体性を正確に教えられるのは、母親である。女性が女性らしくあるためにはまず母親の支配から始まらざるをえない。
母娘関係が特別なものになってしまうのは当然である。

母親は娘を女性らしい身体を持つようにしつけるが、これを言いかえると、他者の要求に応え、他者に気に入られるような受け身的な存在であるように教育することを意味する。
女性の教育には、分裂が含まれている。
つまり、外見(身体)は他者の欲望をより引きつけることを、本質においては自分の欲望を放棄することが求められる。
性の空虚感はこの分裂によって生まれているのではないか。
女性は、空虚さを、憂鬱さを、倦怠を、孤独を男性よりずっと強く感じているし、それをつねに訴えようとする。
それゆえに自分の喜びを犠牲にしてまで他人に尽くそうとする。

娘の身体をつくるのは母親から発せられる言葉である。娘へと向けられた母親の言葉は、しばしば無意識のうちに母親自身を語る言葉となる。娘へと向けられた言葉が、実は願望も含めた自らを語る言葉であること、母親の身体性は、この言葉の回路を通じて、娘へと伝達されていく。
娘の体には母親の言葉がインストールされており、娘がどれほど母親を否定しようとしても、与えられた母親の言葉を生きるしかないのである。

無頼化する女たち』 水無田気流
世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』斎藤 環/角川書店/2013年
生き延びるためのラカン』斎藤 環/2012年
ひきこもりはなぜ「治る」のか?』斎藤 環/ちくま文庫/2012年
関係する女 所有する男』斎藤 環/2009年
母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』斎藤 環/2008年

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