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『フェルメール 静けさの謎を解く』 藤田令伊

アートライターの著者はフェルメール好きとしては人後に落ちないと豪語する。
「静謐の画家」と呼ばれるフェルメール作品の静けさについて、アカデミックな研究者と違った著者ならではの切り口を披露できるという。

中世の終わり頃になって、青色の顔料としてアフガニスタン産の希少な鉱石であるラピスラズリが使われるようになった。ラピスラズリは地中海航路でヨーロッパに運ばれ、ウルトラマリンブルーと呼ばれた。
そして、ウルトラマリンブルーは、聖母マリアの上着を書くための特別な顔料として使われた。

フェルメールの時代、オランダではウルトラマリンブルーが絵画に使われることは稀だった。同時代のオランダの画家たちと比較すると、フェルメールの作品には驚くほどの量のウルトラマリンブルーが使われている。
フェルメールは、なぜ金と同じくらい高価なウルトラマリンブルーをふんだんに使いえたのか。裕福な義母から経済的な支援がを受けていたからとされているが、なぜフェルメールは青色にこだわったのか。フェルメールは青を使うことによって、静けさを表現できることを知っていたに違いないと、著者は分析する。
現代の色彩心理学からみると、青の持つ普遍的なイメージは、静けさや超越性である。

ヨハネス・フェルメール(1632-1675)は、画家として先輩格のヘーラルト・テル・ボルフ(1617-1681)とピーテル・デ・ホーホ(1629-1684)を模倣したと言ってもいいくらいの影響を受けている。
ふたりはすでに静かな風俗画を描いていた。
フェルメールが影響を受けたとはいえ、ふたりの絵はフェルメールとは異なり、素材が多く、赤や黄色の暖色系が使われ、強い光が描かれている。
一方、フェルメールの絵は青を基調とし、素材を省略し、紗がかかったように霞んで、一層の静けさが表現されている。

フェルメールの絵を赤外線で分析すると、書き込まれていた作中画や地図、置物などを塗りつぶしたり、カーテンで隠したりしてたあとが多数発見される。
余計な部分を削除することによって、簡素化し静謐さを出している。
フェルメールは、なにも現実をそのまま描かずともよいのだということに気づき、ルネッサンス以来の写実から逸脱し、現代絵画のもつ非現実性の要素を取り入れたのだ。
例えば、《牛乳を注ぐ女》では机が、遠近法からすると矛盾した描かれ方をしていることはよく知られている。
フェルメールは、徐々にフィクショナルな視点で描くようになっっていった。

Photo

《デルフト眺望》は、実施の景観ではなく、水平性が強調された構図にアレンジされていると考えられている。また、《青衣の女》では、望遠レンズを覗いたような狭い空間に描くことによって、静謐さを際立たせている。

フェルメールは、マーケットの将来性を見越して宗教画家から風俗画家に転身したとよくいわれているが、ただ単に題材を変えただけでなく、現実の再現描写に飽き足らず、独自の絵画世界に創造画家と変貌したのがこと本質であると、著者は指摘する。
これらをフェルメールが試みたのは、写実からの脱却を試みた印象派のマネが出現する200年も前であることが、驚きである。
フェルメールがそぎ落として描いた作品は、20世紀になって現代アートが到達したものと相通ずるものであるとも指摘する。
美術史は書き換えられるべきではないかと、著者は主張する。

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フェルメールは「光の画家」あるいは「光の魔術師」とも呼ばれている。
その光の使い方にはふたつの特徴がある。
ひとつは、《牛乳を注ぐ女》や《首飾りの少女》に見られるように、ポワンティエの多用である。
ポワンティエとは光が当たって輝いているところを、白い点で描写する方法のことである。

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もうひとつは、《青衣の女》や《真珠の首飾り》に見られるように、淡い光、霞んだ、メリハリの効いていない「漂う光」を用いる点である。
時代が下がるにつれて、ポアンティエを抑制し淡い光や霞んだを用いるようになり、作品の静謐感は頂点に達していった。
しかし、晩年になると静謐さは影を潜め、粗く大雑把になり、作品の質が落ちていく。

はじめに
第一章 フェルメールブルー
第二章 構図と素材の秘密
第三章 女たちの姿態
第四章 剥奪される意味
第五章 穏やかな光、霞む空気
第六章 静けさを描くことの理由
第七章 静かでないフェルメール
あとがき

フェルメールの生活は必ずしも静かなものではなかった。
当時オランダは、小国であるが故に、スペインやイギリスやフランスと戦争を繰り返していた。
また、フェルメール自身には14人もの子供がいたという。
実母や姉が亡くなり、その相続問題に頭を悩ませた。
こうしたわずらわしい現実から、フェルメールは逃げたかったのではないか。
見たものを描いたのではなく見たいものを描いたのではないかと、著者は分析するのである。

絵の色彩や構図のみならず、17世紀のオランダおよびヨーロッパの社会や文化をも分析しながら、静謐という一点からフェルメールの作品にアプローチした本書は、フェルメールに関する新しい解釈を披露してくれたと言っていい。
現代アート、超入門!』もおすすめである。

消えたフェルメール/朽木ゆり子/インターナショナル新書/2018年
恋するフェルメール  37作品への旅/有吉玉青/講談社文庫/2010年
フェルメールになれなかった男  20世紀最大の贋作事件/フランク・ウイン/ちくま文庫/2014年
真珠の耳飾りの少女(DVD)
深読みフェルメール/朽木ゆり子×福岡伸一/朝日新書/2012年
フェルメール 静けさの謎を解く/藤田令伊/集英社新書/2011年
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フェルメール 光の王国/福岡伸一/木楽社/2011年

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