古書の来歴 ジュラルディン・ブルックス
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992~1995)のあと間もない1996年の春、古書鑑定家のハンナ・ヒースは国連の平和維持軍が駐留するサラエボを訪れる。
ハンナがサラエボを訪れた理由は、100年前に行方不明になり最近発見されたサラエボ・ハガダーの鑑定と修復を国連から依頼されたからである。
古書の来歴 ジュラルディン・ブルックス 森嶋マリ 訳 武田ランダムハウスジャパン 2010年 |
ハガダーはユダヤの春の祝い事、過越(すぎこ)しの祭の聖餐で使われる書物である。祭の次第や出エジプトの物語などが書かれている。ユダヤの教えを、親から子供に伝えるために不可欠な本である。
サラエボ・ハガダーには、蝶の羽が挟まっていて、ワインと思われる染みが付いていた。また、塩と思われる結晶物が見つかり、絵の具に付着している動物の毛も見つかった。これらの物質について科学的な〈捜査〉が行われる。
本書は、ハンナが登場する現代とハガダーの来歴とが一章ずつ交互に構成されていて、ハンナの知らないハガダーの秘密、つまり蝶の羽が挟まった理由、ワインの染みが付いたエピソード、結晶物の塩がなぜ付着したのかなどの物語を、読者は知ることができる。
本書は、ヘブライ語で記述された実在の古書に着想を得たフィクションである。
古書は500年前にスペインで作られた。
1894年、サラエボで困窮したユダヤ人一家がそれを売りに出し、学者たちの注目を集めるようになり、サラエボ・ハガダーと呼称された。
第二次世界大戦中は、ナチスドイツから守るためにイスラム教徒が博物館から持ち出した。
またボスニア紛争のさいに爆撃が加えられたサラエボ国立図書館から持ち出し、銀行の金庫に保管したのも異教徒のイスラム教徒であった。
現在はサラエボの国立図書館が所蔵している。
以上は、史実であり、ほかは著者の創作による架空の部分である。
こうした史実に基づいた部分があるからこそ、ハガターの、まさに時空を超えた500年の数奇な来歴が生き生きと伝わってくるのである。
本書は、2010年の翻訳ミステリー大賞を受賞している。→人気ブログランキング
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【ジュラルディン・ブルックスの作品】
『ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン』柴田ひさ子/平凡社/2018年
『古書の来歴』森嶋マリ/武田ランダムハウスジャパン/2010年
『マーチ家の父 もうひとつの若草物語』高山真由美/RHブックス・プラス/2012年
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