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2012年1月

2012年1月17日 (火)

卵をめぐる祖父の戦争 デイヴィッド・ベニオフ

作家のデイヴィッド・ベニオフ(著者)は、祖父のレフから戦時下の体験を取材して小説を書くことにした。

1941年6月、ナチスドイツ軍がレニングラード(愛称ピーテル)に侵攻した。ドイツ軍はピーテルを包囲し兵糧攻めにした。10月になると食べるものがなくなって、飼い犬を丸焼きにして食べたという噂が広がった。11月になると燃やす物がなくなった。猫を食い尽くしネズミを食い尽くし、何しろ食べ物がない。ピーテルのそこら中に死体が転がっていた。人食いまで現れる始末だった。
95044fefe8aa4898beef19bd847201ec卵をめぐる祖父の戦争
デイヴィッド・ベニオフ
田口俊樹 訳
早川書房
2010年

それは、レフが17歳のときだ。夕方に、パラシュートにぶら下がったドイツ兵の死体が空から降ってきた。レフは死体からナイフを手に入れた。夜間外出禁止の時間になっていることを忘れ、死体を取り囲んでワイワイやっているうちに、警邏のロシア兵にレフは捕まって連行された。法を犯した者は拷問を受け処刑される。

監房では、口から生まれてきたように饒舌なロシア兵のコーリャと同室となった。翌朝になると、どういう訳か拷問も銃殺もまぬがれて、ふたりは秘密警察の根城となっている貴族の邸宅に連れていかれた。そこで、朝食を振舞われ、大佐から娘の結婚式のケーキを作るのために、1ダースの卵を木曜日の夜明けまでに調達しろという命令が下されたのだった。今日は土曜日だ。

ピーテル内を探し回っても、飢餓状態の町には卵などあるはずもない。ピーテル周囲を包囲しているドイツ軍は、郊外の農家から家財道具から農産物に至るまで略奪したのだ。ついに、ふたりはドイツ軍の包囲網をかいくぐりピーテルの外に出ることにした。

寒くて空腹で不潔でやりきれない逆境にもかかわらず、ユーモアがあり悲壮感を感じさせない。
友情と愛と冒険の青春小説である。→人気ブログランキング
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2012年1月12日 (木)

ブラッド・ブラザー ジャック・カーリイ 

サイコパスのシリアルキラー、ジェレミー・リッジクリフは、「僕」ことアラバマ州モビール市警のカーソン・ライダー刑事の6歳年上の兄である。飛び抜けてIQが高いジェレミーは、15歳の時に父親を惨殺し、26歳の時には暴力的かつ象徴的な方法で5人の女性を殺害し逮捕された。それ以後は、アラバマ州逸脱行動矯正施設の中で厳重な監視下にある。兄弟は父親の壮絶な虐待にあっていた。
Photo_20220208075801ブラッド・ブラザー
ジャック・カーリイ/三角和代 訳
文春文庫
2011年

上司からカーソンに緊急の呼び出しがかかり、直ちにニューヨークに向かうように命令がくだされた。カーソンは空港に向かえ来たニューヨーク市警察のウォルフ刑事とともに、レンガ造りの倉庫に向かった。倉庫には、下腹部が切り裂かれそこに切り取られた頭部が突っ込まれた、アラバマ州逸脱矯正施設の所長ヴァンジー・ブロウズの遺体があった。ブロウズは死の前に撮影されたビデオで、カーソンに捜査を指揮させるようにと訴えていた。カーソンには、反社会的人格障害者にガードを緩めさせる才能があるというのが理由である。

空港の監視カメラに、ブロウズに追い迫る施設に閉じ込められているはずのジェレミーが映っていた。ジェレミーはどうやって施設を脱出したのか。ブロウズを殺害したのはジェレミーなのか。カーソンがニューヨークに滞在し始めたその夜に、ふたり目の女性の惨殺死体が発見される。

カーソンは、事件の責任者フォルジャー警部補や捜査班のメンバーから田舎者扱いされながら、捜査を進めることになる。そして、3人目の女性が惨殺された。カーソンは、犯人がジェレミーではないのではと考え始めていた。ジェレミーが手にかけるのは30代から40代初めの白人、母親の身代わりになるような女性のはずである。3人目はラテン系の女性だった。やがて、フォルジャー警部補やカーソンの周囲に犯人の影がちらつき始める。

前半はバラバラであった事件が、後半は一点に向かって畳み掛けるように集約していく。超人的なサイコパスのシリアルキラーのきわめつきは、トマス・ハリスのハン二バル・レクターである。レクター博士には拭いきれない不気味さが終始つきまとうが、同じように超人的なジェレミーは当初の不気味さが徐々に影を潜め、愛すべきキャラクターに変わっていく。→人気ブログランキング
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2012年1月 8日 (日)

三つの秘文字 シャロン・J・ボルトン 

夫の故郷のシェトランド島に引っ越してきたばかりのトーラ・ガスリーは新米の産科専門医、自らも不妊で悩んでいる。
医師としての腕は申し分ないが、気が強く、妥協しない、人と気軽に会話を交わすことが苦手である。
シェトランド島の病院に勤務しはじめて半年になるが、病院に馴染めずに悩みを抱えている。
Image_20201205194001三つの秘文字
S・J・ボルトン
法村里絵 訳
Image_20201205193901三つの秘文字
創元社推理文庫 
2011年

5月の雨の日に愛馬を埋葬するために、トーラはショベルカーで自宅の庭に穴を掘っていて、若い女性の遺体を発見した。遺体には多数の刺し傷があり、心臓は切り取られ、背中には3つの秘文字が刻まれ、手首と足首には拘束されたと思われる傷があった。子宮の大きさから出産後2週と経たずに殺されているとトーラは指摘した。

トーラは進展しない警察の捜査に業を煮やし周囲の忠告を無視して、事件に首を突っ込んでいく。医師としてのモラルに反しても真相を究明しようとする。やがて、病院の名簿から遺体の身元が判明するが、検死官が示した死亡推定時期との間に1年ものずれがあった。心臓がえぐり取られた理由、秘文字の意味するところ、出産後に殺されたのはなぜか、赤ん坊の行方は、こうした謎を解明しようとトーラは深みにはまっていく。

トーラには、人間関係が濃密て保守的なシェトランド人たちは、誰もが通じているように思える。関わっているのは誰なのかではなくて、関わっていないのは誰なのかというくらいまで、疑心暗鬼になった。男性避妊薬を服用していた夫にも疑惑を抱かざるを得なくなる。本土から来たデーナ・タクラ巡査部長は警察署内で阻害感を感じていた。デーナは同じような立場のトーラに親近感を抱き、上司の妨害にめげず、トーラと連絡を取りながら事件に挑んだ。
何者かがトーラの家に忍び込み動物の心臓を置いていった。こうして知りすぎたトーラ自身にも危険が及びはじめる。

後半は、予想だにしない方向にストーリーは進み、息もつかせない展開から怒涛のクライマックスへと向かう。
産科医という設定であるからこそ成り立つストーリーである。
トーラがあまりにもタフで勇敢すぎるきらいがあるが、そのスーパーウーマンぶりは痛快である。→人気ブログランキング

【シェトランドに舞台にするミステリ】
大鴉の啼く冬』(07年7月)、『野兎を悼む春』(11年7月)、『白夜に惑う夏』(09年7月)、『青雷の光る秋』(13年3月) アン・クリーブス著〈シェトランド四重奏〉
三つの秘文字』 (11年9月) シャロン・J・ボルトン著 

2012年1月 4日 (水)

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 田沼 靖一

「死」を研究する意味は、「生きている」ことの現象がよりはっきりとらえられるようになること、さらに遺伝子を起点とした新しい死生観を教えてくれるのではないかと、著者は指摘する。
Image_20201210171601ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎
田沼 靖一(Tanuma Seiichi
幻冬舎文庫
2010年

細胞の死には3つタイプがある。
それは、アポトーシス、アポビオーシス、ネクローシス(壊死)である。
アポトーシスは再生系細胞の制御された死、アポビオーシスは再生しない細胞の自然死、ネクローシスは細胞の事故死つまりケガや疾患によってもたらされる細胞の死である。

分裂・増殖する機能を持つ細胞は「再生系」と呼ばれ、増殖せずに生き続ける細胞は「非再生系」である。

ほとんどの細胞が再生系細胞である。
非再生系の細胞の代表として挙げられるのは、脳の中枢神経細胞や心臓の心筋細胞である。
人間の非再生系細胞の寿命はおおよそ100年、人間の寿命に一致している。

人間の再生系細胞は細胞分裂を50~60回繰り返すと、それ以上は分裂ができなくなり死を迎える(ヘイフリック限界)。
DNAの末端には、テロメアと呼ばれる「TTAGGG」の6文字の配列が1000~2000回繰り返し続いている。
細胞分裂のたびにこの配列の20個分ずつがなくなり、細胞分裂を繰り返しテロメアが半分くらいの長さになると、その細胞はアポトーシスを迎える。つまりテロメアは、細胞分裂のカウンターと考えられている。

成人の身体は約60兆個の細胞でできていて、1日に死ぬ細胞の数は3000億~4000億個、約200分の1が死んでいることになる。その重さは約200グラム、毎日ステーキ1枚分の細胞が死に、新しい細胞に置き換わっている。

<オスとメスの染色体が、ランダムな遺伝子の組み換えによって新しい遺伝子組成を持った受精卵は、・・・・・・2倍、4倍、8倍と分裂して8細胞期になったあたりで、・・・・・・“不良品”である場合、アポトーシスのスイッチを入れることで、その有害な遺伝子組成を除去しているのです。P143>
つまり受精卵には、自らが生きるべきか死ぬべきかの判別能力が備わっているということである。

生物の進化は遺伝子の突然変異によったもたらされる。
その突然変異がその種にとって望ましくない突然変異を起こした場合、その遺伝子を持つ受精卵が自ら死んでいく必要がある。アポトーシスにより、その種にとって都合のよい突然変異を選別して進化を調整しているのである。

<地球の環境が変わりゆくなか、生物の個体を通してしか存続できない遺伝子にとって、生物を環境に適応させていくには「性=遺伝子の組み換え」と「死=遺伝子の消去」を伴う仕組み以上によい方法はないのかもしれません。P148>
地球上の生物は、死によって生を更新することにより、生命を遺して伝えることができるのである。

アポトーシスという面から見ると、ガンとはどういうものなのか。
<実は日々、みなさんの身体のなかでもガン細胞はできています。ガン細胞がひとつやふたつあるだけでガンを発症するわけではありませ。ガン細胞にアポトーシスを起こす力が残っていれば、異常な細胞として免疫細胞によってアポトーシスが起こされ、消去されます。
・・・・・・腫瘍には良性のものと悪性のものがあり、良性のものはガンとは呼びません。
では良性と悪性を分けるものは何かと言えば、「アポトーシスを回避して“不死化”できるかどうか」。ガンには必要条件として「細胞が異常に増殖できること」、十分条件として「細胞がアポトーシスを抑制できること」が挙げられ、必要十分条件がそろった場合に初めてガンになるわけです。P84>

細胞死をコントロールする薬を研究することにより、ガン、アルツハイマー病、AIDS、糖尿病などの治療薬が開発につながる可能性がある。→人気ブログランキング

2012年1月 2日 (月)

リガの犬たち  ヘニング・マンケル

1991年2月、ふたりの若い男の死体を乗せた救命ゴムボートが、スウェーデンの南海岸に打ち上げられ、イースタ署のクルト・ヴァランダーたちが捜査を開始した。
やがて、遺体の身元がラトヴィアの犯罪組織にかかわる人物と判明した。
ラトヴィアの首都リガから、調査のためにカルリス・リエパ中佐が派遣される。
ところが、リガに帰ったその日に、リエパ中佐は何者かに殺されてしまう。
そしてヴァランダー警部は、リガの警察署からリエパ中佐殺害捜査の協力のために招聘される。
スウェーデンの田舎町イースタとは勝手が違う警察の捜査体制に戸惑うヴァランダーに、地下組織から接触が図られる。
Photo_20201112134701リガの犬たち

ヘニング マンケル
柳沢由実子 訳
東京創元社
2003年

一度は帰国したヴァランダーであったが、中佐の未亡人から懇願されて、身分を偽ってラトヴィアに再び潜入する。
ヴァランダーは、いつの間にか命の危険にさらされる謀略の渦中に身を置くことになってしまった。
そうしたなかであっても、ヴァランダーは未亡人バイバに恋心をいだくという、バツイチ中年男ぶりを発揮するのだ。

旧ソ連から分離独立した直後であるラトビアの政治状況は、いまだにソ連に通じる人脈によって掌握されているというものだった。
そうした状況下で、地下に潜り命がけで自由を求め独立運動に身を投じる人々に、ヴァランダーは頼りとされる。
そこでヴァランダーが垣間見たのは、かつての社会主義大国ソヴィエト連邦が崩壊する瀬戸際で起きた、ソ連支配下の国における独立運動とそれを阻もうとする旧勢力の壮絶な戦いだった。
途中からは、もはや警察小説を離れてしまい国際政治サスペンスものの趣になる。

スケールの大きい展開のなかにも、イースタ署の警察官たちの苦悩が語られる。
スウェーデンは、手のほどこしようがないほど犯罪が先に行ってしまい、かつて経験したことのない種類の犯罪を生み出す社会になってしまった。
これは、先進国の多くが抱える共通の社会問題であり、ヴァランダーシリーズで繰り返し指摘されることである。

クルト・ヴァランダー警部シリーズ第2作目。→人気ブログランキング

霜の降りる前に』/『北京からきた男』/『ファイアーウォール』/『リガの犬たち』/『背後の足音

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