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2012年4月 4日 (水)

ニッポンの書評 豊崎由美

書評は情報だけでいいとか、作品へのオマージュになっていればいいという意見があるが、著者はどちらも大事であり、面白みも必要と考えている。
批評と書評の違いは、書評は読む前に、批評は読んだあとに読むものとする。
批評は小説の構造を精査するにあたって、その作品のキモにも触れなくてはならない。つまりネタばらしは仕方がない。
一方、書評は読者の初読の興をなるべく削がないような細心の注意をもって書かれるべきとしている。したがって、ネタをバラしてはいけない。書評は8割は読者のため、2割が作家のためとは著者の考え。
例えば1600字の書評とすると、600字くらいは粗筋を書いて残りは自分の意見を書くのが一般的だった。いまは、読ませる粗筋それだけでけでも、書評として成り立つ思うと著者。
もう少し書評が評価されてもいいのではないだろうかという。
Image_20201129195301ニッポンの書評
豊崎 由美
光文社新書
2011年

では、プロの書評と素人の感想文の違いはなにか。「背景」があるかどうかということ。書評するのはその一冊でも、プロの書評家には本を読むたびに蓄積してきた語彙、物語のパターン認識、個々の本が持っている様々な要素を他の本の要素と結びつけ、星座のようなものを作り上げる力があるあると、著者は今のところ思っているそうだ。
あるいは800字の書評なら2000字書いて削っていくようなことをする。素人は、はじめから800字のものを書く。

ネットにおける劣悪なブロガーたちによる、小説を貶める行為は許し難いという。返り血を浴びる覚悟はあるのかと著者は迫る。
自分が理解できないだけなのに難しいとかつまらないとする、読み違え、登場人物の名前を間違え、論理性のかけらもなく、文章自体がめちゃくちゃ、取り上げた本に対する愛情もリスペクトのかけらもない、匿名という安全地帯から小説という芸術に悪意に満ちた感想文のアップするのは止めて欲しいという。中川淳一郎の 『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書 2009年)にも、同様の指摘がある。

日本の書評は800~1200字が多い。英仏独米などのG8の国では、書評に十分な字数4000字くらいが与えられている。
外国の書評は長いし、批評と書評がさほど判然と別れていない。また書評、批評の地位が高いという。
日本では書評と批評が分かれて発達してきた。このあたりが、いい意味で日本のガラパゴス的なところと指摘する。→人気ブログランキング

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