日の名残り カズオ イシグロ
館の新しい主人のアメリカ人が、スにイギリス旅行をすすめた。
旅の細々が語られ、スの過去が織り込まれる。
大戦の間に館では、国際会議や政府要人の会合が瀕回に行われ、スはそれらをとり仕切ってきた。
誇らしい充実した日々を送ってきたと思い返す。
かつて仕えた主人は品格のある貴族であるとスは敬服している、あるいは思い込もうとしている。
その主人はナチの協力者とマスコミや周囲から叩かれ、汚名を挽回することなく生涯を終えた。
日の名残り カズオ イシグロ ハヤカワepi文庫 2001年 |
感情を表に出そうとしないスは、女中頭のミス・ケントンに「どうしてあなたはいつも嘘をついていなければならないの」と言われる唐変木なのだ。
再三、語られる品格とは、自己抑制することで執事として役目を全うしてきたことだった。
元女中頭からの手紙で、彼女が不幸な状況にあるのではないかと思い込み、あわよくば仕事に戻ってもらえるかもしれないなどと、都合のいいことを考えるのである。
その女性と巡り会い打ち明け話を聞き、自分の生き方を嘆く。
執事としての人生が、欺瞞に満ちていたことを気づいくのだった。
イギリスの古き良き貴族文化が衰退していくなか、主人公が従ったのは古い因習でありやがて社会から消えていくものであった。そこに主人公の人生も重ね合わされている。
この旅行の目的は元女中頭に会うことにほかならず、とすれば本書のテーマのひとつは恋愛である。
著者の端正な筆さばきにより上等な作品になっている。→人気ブログランキング
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【カズオ・イシグロの作品】
『クララとお日さま』Klara and the Sun 早川書房 2021年
『忘れられた巨人』The Buried Giant 2015年
『夜想曲集』Nocturnes 2009年
『わたしを離さないで』Never Let Me Go 2005年→DVD
『わたしたちが孤児だったころ』When We Were Orphans 2000年
『充たされざる者』The Unconsoled 1995年
『日の名残り』The Remains of the Day 1989年→DVD
『浮世の画家』An Artist of the Floating World 1986年
『女たちの遠い夏』(日本語版は『遠い山なみの光』と改題)A Pale View of Hills 1982年
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