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2012年12月

2012年12月30日 (日)

それでもボクはやってない

日本の裁判の有罪率は99.9%。この数字には被告が犯行を認めた場合も含まれている。被告が否認した場合、無罪を勝ち取れるのは3%だという。この数字から警察や検察の力がいかに強いかが分かる。
Photo_20220507082701それでもボクはやってない 
I Just Didn't Do It
監督:周防正行
脚本:周防正行
音楽:周防義和
製作国:日本 2007年 143分

金子徹平(加瀬亮)は、就職試験を受けに朝の満員電車に乗った。スーツの上着の後ろが電車のドアに挟まれた。それを引き抜こうとゴソゴソやっていると右側にいる女性に手が当たり目が合い、徹平は「済みません」と言って頭を下げた。

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下車する駅の近くになって「止めて下さい」と目の前の女子中学生が言い、フォームに降りたところで、「触りましたよね」とその中学生に徹平は言われた。サラリーマン風の男が、反論する徹平を駅の事務所に連れいった。
駅の事務所には、先ほど徹平と言葉を交わした女性がついてきて、「この人は痴漢をやっていません」と証言してくれたものの、事務所の入り口でその女性は追い返されてしまった。これで徹平は孤立無援となってしまう。
痴漢はやってないと徹平は主張するものの、「中学生はあなたがやったと言っている」と、駅員に取り合わない。
警察に引き渡され警官(大森南朋)が徹平に対し、「やったといえばすぐに出られる」と高圧的な態度で言った。濡れ衣を晴らそうするが、主張は認めらず、徹平は逮捕される。
検察でも、やっていないとの徹平の主張は認められず、ついには起訴されることとなる。
起訴の根拠は被害者の証言だけである。

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いよいよ裁判が始まると、ベテラン弁護士の荒川(役所広司)の追求で、警察の杜撰な捜査内容が明らかにされ、公判の4回目までは被告の撤兵にとって有利に進んでいると思われた。
ところが、第5回目の公判から裁判官が交代した。
それまでの担当裁判官が無罪とした2つの裁判が上告審で有罪となり、裁判官は転勤を命じられたというのだ。
裁判官の交代で雲行きは変わった。

日本の法廷では、検察は証拠をすべて開示する必要はなく、自分たちに有利なものだけつまり被告の有罪に結びつくものだけを証拠とすればいいという。
被告弁護士が証拠の提示を求め、裁判官が提示を指示した場合は提示しなければならない。

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多くの痴漢事件には証拠がないため、無罪主張する場合、それを証明しなくてはならないという。
そこで、現場を再現しビデオに収め、徹平が痴漢をしていないことを証明する。
さらに、徹平が言葉を交わした女性が見つかり、証言台に立ち徹平の無罪を訴えたのだが、裁判官(小日向文世)はその証言を取り上げない。
荒川は最初に徹平に接見した弁護士を証人に立てようとするが、裁判官に却下されてしまう。

徹平の拘留は4ヶ月に及び保釈金は200万円だった。痴漢を認めた場合は、拘留は数日で罰金は50万円ほどだそうだ。
かくして、判決が言い渡される。結果は有罪。直ちに徹平は判決を不服として控訴した。

痴漢冤罪を晴らすことの難しさが描かれている。
さらに、日本の裁判のあり方の問題点が見えてくる。→人気ブログランキング
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2012年12月29日 (土)

『バッド・ティーチャー』

バッド・ティーチャー [DVD]
Bad Teacher
監督:ジェイク・カスダン
脚本:ジーン・スタプニツキー/リー・アイゼンバーグ
製作:ジミー・ミラー/デイヴィッド・ハウスホルター
製作総指揮/ジョージア・カカンデス/ジェイク・カスダン/リー・アイゼンバーグ/ジーン・スタプニトスキー
音楽:マイケル・アンドリュース
製作国:アメリカ合衆国  2011年  99分 ★★*☆☆

キャメロン・ディアスが扮するダメ教師のエリザベスは、恋人と結婚するため祝福されて学校を辞めるが、恋人の母親に本性を見抜かれ、結婚は破談になり学校に戻ってくる。

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やる気のないエリザベスは、授業はビデオを流し、生徒に隠れて飲酒して居眠りをする体たらく。マリファナを吸っているところを生徒に見つかると、「薬用大麻だ」と仰天な言い逃れをする。
エリザベスは反省しない不良教師、そのくせ玉の輿願望は人一倍強い。

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ある日、代理教師として現れたスコット(ジャスティン・ティンバーレイク)の実家が金持ちと知り、エリザベスは彼に狙いを定める。スコットが巨乳好きと知って、豊胸手術を受けることにする。その手術費用の1万ドルを貯めるために算段する。

ではこんな不良先生に受け持たれた生徒たちはどうなっているかというと、エリザベスの毒気に当てられて大した悪さもせずにいる。母親たちがエリザベスの授業態度を非難すると、あることないこと並べたて言い逃れするのだった。

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そんなエリザベスが俄然やる気を出したのは、学校行事のチャリティー。エリザベスの色気を振りまく体当たりの洗車は大繁盛して、洗車を待つ車の行列ができるほどになる。
ところが、エリザベスは集まった金をちょろまかして懐にいれてしまう、教師の風上にもおけないようなひどさ。
そして、エリザベスの策略どおり念願のスコットといい関係になるのだが、そうは問屋は下ろさない。
結局、振られてしまうのだ。

ダメ女性教師が、なんの反省もなく、ただただ猛然と欲望を追求するという救いのない、「どうにかしろ」と言いたくなるようなストーリー。
見所は、少し薹が立ったキャメロン・ディアスのスタイルぐらいだ。
ぎりぎり譲歩して、星ふたつ半。


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2012年12月28日 (金)

『今宵、フィッツジェラルド劇場で』

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A Prairie Home Companion
監督:ロバート・アルトマン
脚本:ギャリソン・キーラー
製作:ロバート・アルトマン 他
製作総指揮:フィッシャー・スティーヴンス 他
音楽:リチャード・ドヴォスキー
製作国:アメリカ合衆国  2006年  105分 ★★★*

Amazon.co.jp で詳細を見る

ミネソタ州セントポールのフィッツジェラルド劇場で、1974年の放送開始以来30余年続いた人気の公開ラジオ番組『プレイリー・ホーム・コンパニオン』が、終了することになった。
テキサスの企業がラジオ局を買収したのだ。
なお本作は、実際に放送されているラジオ番組の「打切り」を、脚本を書いたキーラーと監督のアルトマンがでっち上げたものである。

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今まさに、最後の公開生放送が始まろうとしているところから、映画は始まる。
口ひげを蓄えた保安主任のノワール(ケヴィン・クライン)、司会者キーラー(ギャリソン・キーラー)、娘を連れて現れたメリル・ストリープ扮するヨランダと姉のロンダ(リリー・トムリン)のジョンソン姉妹、ダスティ(ウディ・ハレルソン)とレフティ(ジョン・C・ライリー)らが、楽屋に姿を現す。
彼らはいつものように、挨拶を交わし、ジョークを飛ばし、雑談にふける。
最初の出演者であるダスティとレフティがなかなかスタンバイしない。臨月のおなかを抱えたステージマネジャー助手のモリー(マーヤ・ルドルフ)が、業を煮やし産気づいたような呻き声をあげて驚かせる。始まれば終わると思っているのかもしれない。
ふたりは重い腰を上げ、いよいよショーが始まった。

カウボーイソングが懐かしい。なにより舞台に上がる出演者それぞれが、歌手に負けなくらいに歌がうまい。
司会者キーラーが、歌の合間に読み上げるコマーシャルが、素朴で実にいい。
白いレインコートの謎の女(ヴァージニア・マドセン)が現れたり、歌い終わった歌手が倒れたりするが、ストーリーはドキュメンタリー風に淡々と進み、番組が終わってしまう寂しさを漂わせる。

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番組の最後を見届けようと、テキサスからやってきた新オーナーのアックスマン(トミー・リー・ジョーンズ)が劇場に到着する。
残り時間が少なくなり、ヨランダの娘ローラも母親譲りののどを披露して、ステージの上にはその夜のゲスト全員が集まって、最後の大合唱が始まる。
こうしてフィッツジェラルド劇場は役目を終えた。

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ある日の夜、取り壊されたフィッツジェラルド劇場の隣のダイナーに懐かしい顔ぶれが集まっている。彼らの新しい人生模索していた。
「みんなで別の形でやろう、各地を回ってさ」と、ヨランダが言って盛り上がるにだが、彼らはもう歳だ。
姉もヨランダも年金をもらう歳なのだ。ひとつの祭りが終わり、祭りの後の静けさに浸る、そんなペーソスが漂っている。

脚本を書いたギャリソン・キーラーは、『プレイリー・ホーム・コンパニオン』でも実際に司会を務めていたとのことだ。本作でも司会者として出演している。
番組のフィナーレでは、メルリ・ストリープとダンスを踊り、キスを交わした。役得というやつだ。
なお本物のラジオ番組『プレイリー・ホーム・コンパニオン』は、今も続いて放送されている。
また、2006年11月、ロバート・アルトマン監督は81歳で亡くなり、本作が遺作となった。

【メルリ・ストリープ主演作品】
マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』The Iron Lady/2011年
ジュリー&ジュリア』Julie & Julia/2009年
ダウト ~あるカトリック学校で~』Doubt/2008年
アフター・ザ・レイン』Dark Matter/2007年
今宵、フィッツジェラルド劇場で』A Prairie Home Companion/2006年
めぐりあう時間たち』The Hours/2002年

【2012.04.25】『ロング・グッドバイ』 (1973年)ロバート・アルトマン(サイト内リンク)

2012年12月26日 (水)

テルマエ・ロマエ

古代ローマの浴場設計士が、ひょんなことから現代の日本にタイムスリップして、日本で得た風呂に関するノウハウをローマで再現するというストーリー。ヤマザキマリの漫画の映画化。
レスリングをしたり、泳いだりする者がいるローマの公衆浴場に疑問を感じ、浴場をやすらげる場所にしたいと、ルシウス(阿部寛)は考えていた。そんなルシウスが風呂に潜って考えていると、平たい顔の男たちがくつろぐ日本の銭湯にタイムスリップする。

Photo_20220412075801テルマエ・ロマエ
監督:武内英樹
脚本:武藤将吾
原作:ヤマザキマリ
音楽:住友紀人/主題歌:ラッセル・ワトソン「誰も寝てはならぬ」
製作国:日本  2012年 108分 
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彼はアイデア溢れる銭湯に驚嘆する。
壁に描かれた富士山、プラスチックの洗面器、籐の脱衣カゴに感激し、フルーツ牛乳のまろやかな味に舌舐めずりをした。銭湯では湯上りのフルーツ牛乳が不可欠だ。
ローマに舞い戻り、それらのアイデアを公衆浴場に取り入れる。

次は家庭の風呂に現れて、シャワーとシャンプーハットと垢すりに目を奪われ、会社のトイレでは、ウォシュレットお尻シャワーに「うひょっ」と感涙むせび泣き、さらに、テレビ付き風呂、ジャグジーに感嘆の声をあげる。

そうこうしているうちに、ルシウスの評判が皇帝の耳に届き、皇帝専用の風呂の設計を命じられる。

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一方、OLのかたわら漫画を描いている上戸彩が演じる真美は、漫画家として目が出ず、失意のうちに温泉旅館である実家に戻ってくる。
そこに、ルシウスがタイムスリップして現れ、温泉の薬理効果を目の当たりにするのだった。

今度は、真美や温泉旅館の常連客とともにローマに戻ったルシウスは、湯治場を作り始める。その頃、外敵との戦いで劣勢にあったローマ軍は、傷ついた兵士たちをこの湯治場に送り、温泉治療を施すことで兵士たちは回復し再び戦場に向かい、やがてローマ軍に勝利がもたらされる。

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奇想天外ストーリーだが、筋立てがしっかりしているので、つい引き込まれてしまう。こういうの好きだなあ。
それにしても、阿部寛といい、皇帝の市村正親、次の皇帝の座を狙う北村一輝と宍戸開たちの顔が濃い。エキストラの古代ローマ人たちに、勝るとも劣らず顔が濃いのだ。それに比べると、アイロンの底のようなのっぺりとした平たい顔の上戸彩が、かえって目立つ。

タイムスリップするたびに、ジャコモ・プッチーニの歌劇『トゥーランドット』のアリア『誰も寝てはならぬ』が高らかに流れ、古代ローマを彷彿とさせるのにぴったりのBGMになっている。→人気ブログランキング
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2012年12月24日 (月)

エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン

エル・ブリは、スペインのカタルーニャ州ロザスにあったレストラン。
かつて、ジョエル・ロブションが、何をおいても行ってみたい店にエル・ブリを挙げたと、『エル・ブリ 想像もつかない味 (光文社新書)』の著者山本益博が書いていた。一流の料理人をも魅了するレストランであった。
世界の食通たちを魅了したエル・ブリは、2011年7月に惜しまれながらも閉店し、今後は料理研究財団として時代の最先端の料理の開発していくという。
本作は、オーナーシェフであるフェラン・アドリアと彼が率いるチームのおよそ1年にわたる料理との格闘のドキュメンタリーである。
Image_20201209104501エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン
監督:ゲレオン・ヴェツェル
出演:フェラン・アドリア/オリオール・カストロ/エデュアルド・チャトルック
製作国:ドイツ 2011年 113分

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エル・ブリは、世界中から年間200万件もの予約の希望が殺到するタイトル通り「世界一予約のとれないレストラン」であった。
1年のうち半年しか営業しない。レストランの閉店中は、バルセロナに移り、翌年に出す料理の開発を行っていたという。

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バルセロナの料理開発厨房には、冷凍粉砕機、冷凍蒸気過熱器、乾燥機、サーモミックス、ジューサー、泡立て器、ハンドブレンダー、液体窒素、その他細々としたものが持ち込まれる。科学と化学の手法で料理の開発に取り組み、斬新で前衛的な料理を開発していた。厨房は前衛芸術家のアトリエのように見える。
日本の柚子を世界に紹介したり、醤油を使ったり、日本では粉薬をオブラートに包んで飲むと説明したりするところをみると、フェランはかなりの日本通であるようだ。
40の新作メニューを開発し、約200種類の料理を出すという。席数は45席、コースを4時間かけて食べるという。食べてみたかったなあ。

最後に、以下のメニューが画像とともにクレジット風に映し出される。→人気ブログランキング
下の画像は左から、「モヒート カイピリーニャ」「カボチャのドライメレンゲのサンドイッチ アーモンドとサマートリュフ添え」「消えるラビオリ」。

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モヒート カイピリーニャ
針の木
ゴルゴンゾーラの球体
イミテーション ピーナッツ
アメリカーノ カクテル
パルメザン クリスタル
チェリーウメボシ
バニラチップス
ブロウサム その花蜜漬け
ココナッツ スポンジ
ハムとジンジャーのカナッペ
花とマカデミアンのオイルウォーター
骨髄のタルタル オイスター添え
マドラスカレー風味のモンジョイ産ヒラマメ
柚子の器のトリ貝 グリーンオリーブとフェンネル
アーモンドプレート
キノコのヘーゼルナッツ油漬け赤スグリとピーチの藻
カボチャのドライメレンゲのサンドイッチ アーモンドとサマートリュフ添え
ミカンと青オリーブのアイスビチグレット
バラのアーティチョーク
脳みそ入り兎のシチュー
肉汁に漬けた兎のリブ
消えるラビオリ
西洋タマゴ茸のカネロン
仔牛の肩の軟骨 広東風
鳥の皮と腱のカナッペ ルリチシャ添え
種の金箔包み パルメザンラビオリ添え
サツマイモのニョッキ
氷の湖 ミント風味
パイナップルフィロ
アフターエイトのマシュマロ
フローズンローズ
貝の盛り合せ

 

2012年12月23日 (日)

冬うどん 料理人季蔵捕物控 和田はつ子

一膳飯屋塩梅屋(あんばいや)の主人、季蔵(としぞう)が師走限定で昼餉に出したのは、鶏団子入り稲庭うどん。出羽の国で作られる高価な稲庭うどんが安く手に入るというのだ。
鶏団子うどんは瞬く間に評判になり、昼時の塩梅屋には長蛇の列ができた。
Image_20201120093101冬うどん 料理人季蔵捕物控
和田 はつ子
ハルキ文庫
2012年

甲州商人の谷長屋長右衛門が神隠しにあう。江戸では神隠しが珍しくないため、普段はなら奉行が動くことはない。ところが北町奉行烏谷椋十郎が事件の解決を買って出たので、季蔵は何かあるなと睨んだ。案の定、烏谷が惚れた女が絡んでいた。
そして、谷長屋長右衛門は江戸一の廻船問屋の長崎屋の寮の蔵で亡くなっているのを発見された。蔵の中に閉じ込められ、心臓に病を持っていた長右衛門は発作を起こし亡くなったらしい。長崎屋の庭にあるカラタチの植え込みに桐生紬の切れ端が残されていた。
やがて、反物屋の京屋の若旦那が撲殺される。
京屋と丸高屋はいずれ一軒に絞られる大奥出入りをめぐって対立していた。
烏谷椋十郎の手の者である季蔵が事件の謎を解いていく。

『料理人季蔵捕物控』には、同じように料理がよく出てくる『鬼平犯科帳』のような毒気がないので物足りない。
しかし、料理については詳細に書かれている。
鶏団子うどん、牡蠣飯、里芋の鍬焼き、太刀魚の八幡巻き、ほうとうの作り方がこと細かく書かれ、さらに、季蔵たちによってねぎ尽しの料理が考案され、タルトやクッキー、薄皮まんじゅうまで作ってしまう。
料理好きでミステリ好きで江戸物好きには、応えられない内容になっている。→人気ブログランキング

2012年12月21日 (金)

宇宙兄弟

同名のコミックの映画化。
小学生の頃、南場兄弟は、家の近くの野原でUFOを見たときに、将来宇宙飛行士になろうと硬く誓いあった。ふたりはJAXA宇宙センターに通い、放映されるビデオの内容をそらで言えるくらいの宇宙通になる。
Photo_20210206080901宇宙兄弟
監督:森義隆
脚本:大森美香
原作:小山宙哉
音楽:服部隆之
主題歌:コールドプレイ「ウォーターフォール〜一粒の涙は滝のごとく」
製作国:日本 2012年 129分

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弟の日々人(岡田将生)は、少年の頃の夢を追いかけ宇宙飛行士を目指し、念願かなってNASAから打上げられる日本人初の月着陸メンバーに選ばれた。

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一方、落ちこぼれ気味の兄六太(小栗旬)は車のデザインメーカーに勤めていた。
月への出発の準備に追われる日々人は兄に「約束したじゃないか、宇宙飛行士を目指せよ」とエールを送る。
六太は、子供の頃の思い出の品々を引っ張り出して眺めていると、宇宙飛行士に憧れた少年の頃のめくるめく思いが蘇ってくるのだった。
そして、六太は俄然やる気になる。

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かくして六太の宇宙飛行士選抜試験挑戦の日々が始まる。
六太は難関を乗り越えて最終メンバーの6人に残り、宇宙センターでの最終試験に望む。
最終試験は閉鎖室での1週間の共同生活である。
閉鎖室での試験は過酷、理不尽な難問が次々に出される。

無事に月に着陸した日々人は任務に当たるが、探査自動車に乗っていて崖から転落し遭難してしまう。
こうして遭難した月面の日々人と閉鎖試験の最終段階で奮闘する六太、話は同時進行で進む。

ところで、『私を宇宙に連れてって』の著者メアリー・ローチによれば、日本人は宇宙飛行士に向いているという。忍耐づよく、自己主張が少なく、協調性があり、真面目、さらに器用で、宇宙飛行士として申し分のない資質を備えているという。

ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』(大鐘良一、小原健右著)によれば、宇宙飛行士に必要な能力は、「ストレスに耐える力」「リーダーシップとフォロワーシップ」「チームを盛り上げるユーモア」「そして危険を乗り越える力」である。宇宙空間でほかの宇宙飛行士とうまくやっていける人物でなければならない。
兄弟はどちらも飄々としていて底抜けに明るい、宇宙飛行士向きだ。
閉鎖試験が終わると、六太にはそれらが備わっていると、試験官は判断した。

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そして、数年後、ついに兄弟で月へ向かうことになる。
夢のある話だ。→人気ブログランキング

2012年12月19日 (水)

奥様は魔女

かつて、日本のお茶の間でも人気を博したアメリカのテレビ番組のリメイク版。
もう亡くなってしまったけれど、エリザベス・モンゴメリーが演じるサマンサの鼻ぴくぴくは、鼻だけが動く特殊技能と思っていた。ところが、作中にテレビ番組『奥様は魔女』が流れるのを観ると、鼻ぴくぴくは口も一緒に動く大雑把なものである。周りに確かめてみると、鼻だけが動くと思っていた人がほとんどである。
ところで、サマンサ役は鼻がちょっと上向き加減で、鼻の穴が見えないといけない。そこは、とりあえずニコール・キッドマンはクリアしている。
なお、監督のノーラ・エフレンは『首のたるみが気になるの』(阿川佐和子訳)というタイトルのエッセイ集を書いている。
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監督:ノーラ・エフロン
脚本:ノーラ・エフロン /デリア・エフロン/アダム・マッケイ
音楽>ジョージ・フェントン
製作国:アメリカ  2005年  103分 

ストーリーは、落ち目の男優ジャック(ウィル・フェレル)が、かつての人気テレビ番組『奥様は魔女』のリメイク版でダーリンを演じて、人気を挽回しようとするところから始まる。サマンサ役には無名の新人を起用して、ダーリン役のジャック自身が目立とうという魂胆だ。
リメイク版のストーリーがリメイク版を作るという内容だから、文章にするとややっこしいが、映画はややっこしいことはない。

ニコール・キドマンが演じるイザベラは、人間社会でひとり暮らしを始めようとしている魔女。魔術を封印しようと決意するものの、つい使ってしまう。なにはともあれ生活していくためには、仕事につかなくてはならない。
そんなイザベラが本屋で鼻ぴくぴくをするところをジャックが見かけ、白羽の矢を当てる。

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サマンサ役に抜擢されたイザベラは、またたく間に茶の間の人気者になる。ところがジャックの好感度は犬より低いというもの。怒り心頭に発したジャックは、自分が目立つように脚本を書き換えさせる。
ジャックに好意を寄せていたイザベラは、そんなジャックの横暴さに腹を立て、番組を降りてしまう。

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見かねたイザベルの叔母さんがジャックに呪いをかけると、魔法が効きすぎて、ジャックはイザベルに心を奪われ追い掛け回すようになってしまう。そしてジャックのたっての願いで、イザベラは番組に復帰する。

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ニコールキッドマンを取り囲むのは父親のナイジェル(マイケル・ケイン)。娘に恋路をあれこれ忠告するが、ナイジェル自身は女とみれば言い寄る浮気男。
テレビの上での母親役のアイリス>シャーリー・マクレーン)に、ナイジェルはちょっかいを出している。隣のおばさん(>クリスティン・チェノウェス)がイザベルの家にちょくちょく現れて、なんやかにやとイザベラを応援する役目。
周りはこうした味のある俳優で固められている。

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イザベラはニコール・キッドマンにぴったりの役柄である。ジャック役はコメディアンだというが、今ひとつぱっとせず、異議あり。

それはおいて、サントラがまあいい。
フランク・シナトラ、エラ・フィッチジェラルド、ナタリー・コール、ポリス、ピング・クロスビー、ルイ・アームストロングといったところが歌っている。→人気ブログランキング

2012年12月18日 (火)

宇宙飛行士選抜試験 大鐘良一 小原健右

2008年にJAXA(宇宙航空研究開発機構)は10年ぶりに宇宙飛行士を募集した。本書は、NHK取材班がその選抜試験の過程を、受験者たちに密着して取材したドキュメンタリーである。

Image_20210202153101宇宙飛行士選抜試験
大鐘良一 小原健右
光文社新書
2010年

選抜試験受験資格は、「自然科学系の大学を卒業し、実務経験が3年以上あること」という至って大雑把なもの。応募者は963人であった。
応募者は、子供の頃からの宇宙飛行士になる夢を抱き続けてきた人たちである。
一次試験は英語の筆記とヒアリングで、その結果230人が残る。さらに、心理テスト、5教科および一般教養試験が行われ、48人に絞り込まれる。
そのあと1週間かけて、最終選抜試験に進む10人が選ばれる。
10人はいずれも才能豊かな強者達である。女性は、35歳の産婦人科医師がひとり残った。
最終選抜試験は、まず2週間かけて競う。最後の1週間は閉鎖環境施設に入って共同生活を送る。
本書には、極限のストレスがかかる閉鎖環境施設の受験者たちの様子が事細かに書かれている。

宇宙飛行士選抜試験はどのような試験なのか。それは前書きに書かれているように、「どんなに苦しい局面でも決してあきらめず、他人を思いやり、その言葉と行動力で人を動かす力があるか、その人間力を徹底的に調べ上げる」試験なのである。

閉鎖環境施設での試験が終了すると、一行はNASAへ飛び最終段階の試験に臨む。行き先は、テキサス州ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターだ。
ここで、宇宙飛行士は死と隣り合わせであること、今までの生活を捨てなければならないこと、家族も含め宇宙飛行士として生活する覚悟ができているかを徹底的に問われるのである。
宇宙飛行士候補に選抜されると、JAXAの職員として公務員並の給料が支払われる。そして宇宙飛行士になるためには、NASAで最低でも2年間の訓練が必要となる。

テレビに映る日本人宇宙飛行士のインタビューを聞いていると、どの飛行士も爽やかで明快な話し方をする印象を受ける。そもそも備わった資質、あるいは性格が、陽気でサービス精神旺盛、広い心を持つ人物たちであるということが本書によってわかった。さらに彼らが厳しい訓練を乗り越え過酷な宇宙旅行を経験すると、千日業を達成した阿闍梨のような向こう側の人間になるのだろうなと思った。→人気ブログランキング

【2011.11.09】『わたしを宇宙に連れてって』 by メアリー・ローチ

2012年12月14日 (金)

マッチポイント

野心を抱く男が上流階級に成り上がろうとする話。
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Match Point
監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
製作国:英・米  2005年 124分

ロンドンの会員制テニスクラブのコーチ、元プロテニスプレーヤーのクリス(ジョナサン・リース=マイヤーズ)は、資産家の息子トムと仲良くなる。
トムの妹クロエはクリスに好意を抱き、父親の会社への就職を斡旋する。野心家のクリスにとっては、願ったり叶ったりの展開となる。
上流階級の優雅な生活は、レストランで豪華な食事をして、ダンスやオペラ行ったり、狩りに出かけたり、クリスはそんな生活に足を踏み入れる。

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トムの恋人ノラ(スカーレット・ヨハンソン)はクリスに挑発的な態度をとり、ふたりは関係を結んでしまう。
クリスは貧困の代名詞アイルランド出身。ジョナサン・リース=マイヤーズ自身がアイルランド出身だから、ウッディ・アレン監督は訛りも計算に入れたのだろう。
ノラは米国のコロラド出身で、母親はアル中、姉は薬物中毒。おまけに本人はバツイチ。クリスとノラを貧困層の出身とすることで、ふたりが手に入れようとしている上流階級の生活とのギャップを際立たせようとしているのが監督の意図だろう。
監督は、作中、ノラに「私はセクシー、姉はブロンドで正統派の美人」と言わせていて、その通りスカーレット・ヨハンソンの妖艶な魅力が見所のひとつだ。
トムの母親にすれば、そんな素性の知れない女と大事な息子が結婚することなど、許せない。トムは母親の反対でノラと別れさせられる。

やがて、クリスはトムの父親の会社に入り仕事を始める。仕事でのクリスの評価は上々、やがてクロエと結婚し、義父から与えられた高級マンションで暮らし始める。トントン拍子だ。

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そんなおり、クリスはアメリカから戻ってきたノラと再会し、強引に性的関係を続ける。
クリスは妻には愛をノラには愛欲を感じると、身勝手なことを言うのであった。
そして、ノラが妊娠してしまう。クリスは絶対に生むと言い張るノラの殺害を画策する。

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BGMは最初から最後までオペラが流れていて、ロンドンの上流階級「らしい」雰囲気が醸し出されている。

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テニスネットに引っかかったボールが、こっちのコートに落ちるのか相手コートに転がるのかの、そんな一瞬息を呑む結末が用意されている。捻りの効いた結末に、「監督のコント趣味にやられてしまった」という印象が残る作品である。
本作は、ウディ・アレンの最高傑作と評されているとのこと。

「マッチポイント」オリジナル・サウンドトラック
1. ヴェルディ:オペラ『イル・トロヴァトーレ』より「激しく襲いかかり」 1910年の録音
2. ヴェルディ:オペラ『椿姫』より「思い出の日から」
3.カルロス・ゴメス:オペラ『サルヴァトール・ローザ』より「私のかわいい人」 1919年録音
4. ヴェルディ:オペラ『リゴレット』より「慕わしい人の名は」
5. ビゼー:オペラ『真珠採り』より「耳に残る君の歌声」 1904年録音
6. ロッシーニ:オペラ『ウィリアム・テル』より「何に気をとられて」
7. ヴェルディ:オペラ『マクベス』より「ああ、父の手は」 1916年録音
8. ヴェルディ:オペラ『オテロ』より「罪を犯したデスデモーナ」
9. ドニゼッティ:オペラ『愛の妙薬』より「人知れぬ涙」 1911年録音

サウンドトラックに収録されたオペラのいくつかは、なんと100年前に録音されたもの。映画では処理されているのか気づかなかったが、サウンドトラックを聴くとプツプツという雑音が耳に触る。そこまで監督が思い入れるエンリコ・カルーソー(1873~1921年)は、イタリアが誇る不出世のテノール歌手だそうだ。

2012年12月11日 (火)

極北

舞台は、年間10か月は極寒、残りの2か月は蝿や蚊や虻などの害虫が飛び交い土埃が舞う極北のシベリア。
地球温暖化をはじめ環境汚染や人心の荒廃を逃れて、主人公の両親は米国のシカゴからこの地に移住してきた。両親は平和な暮らしが送れるようにとの願いを込めて、生まれた子供にメイクピースと名づけた。
しかし、次々に移住してくる人々が災難をもたらした。食料が十分に生産されているわけでなく、生活必需品にも限りがあった。生き残るためには法もモラルも無視され、力のある者が武器を持つ者がそうでない者を奴隷のように支配する、町はそんな状況になっていった。
Photo_20210215084801極北
マーセル・セロー/村上春樹訳
中央公論新社
2012年

秩序を失った町で生き残るには、無法を働く者に立ち向かう強靭な体と精神が必要だった。さらに、食料の調達と保存、極寒の冬を乗り越える燃料の確保など、サバイバルの術に長けた者だけが生き残こることができる。やがて両親も妹弟も死に、ついに町にはメイクピース以外誰もいなくなった。

ある日、メイクピースは双翼の飛行機が山の方角に飛んで行くのを目にした。飛行機が発着するところには、まだ機械文明を再興することのできる人々が暮らしているのではないかとの期待を胸に、メイクピースは放浪の旅に出ることにした。

メイクピースは、人類が生きる世界の最終章にいることを知っている。しかし、その一章がどれくらいの長さかはわからない。そんな中でメイクピースは、未来への糧をつかもうとする。そして絶望感が漂う中にわずかな明かりが灯る結末へと向かう。
次々に起こる予想を覆す展開にグイグイ引き込まれ、スケールの大きさに圧倒された。

訳者村上春樹のあとがきによれば、著者のマーセル・セローはウクライナのチェルノブイリ原発周辺やシベリアを旅しているときに、本書の構想を思いついたという。
原書は3.11以前に発刊されているが、3.11以降、本書は一段とリアリティーをもつ未来小説となった。→人気ブログランキング

2012年12月 8日 (土)

グルメの嘘  友里征耶

雑誌や本の飲食店を紹介する記事に、店をけなす内容が書かれているのを目にしたことがない。歯の浮くような誉め言葉が並んでいるのが常である。その理由は、店の欠点が載っている本や雑誌は売れないからだ。
テレビも同じだ。出演者が不味そうに食べたり、「旨くない」と評価したりするグルメ番組は、番組として成り立たない。
こうして批評のないグルメの世界が形作られているという。
Photo_20201124141901グルメの嘘
友里 征耶
新潮新書)
2009年

著者は飲食店を覆面取材し、辛口の評価をブログに載せ雑誌や本に書いている。著者は業界内で恐れられあるいは目の敵にされているライターである。
本書は、今の日本のグルメ界を切って切って切りまくる、超辛口のグルメ論である。

美味しいとしか書かないフード・ライターを、著者はヨイショ・ライターと呼ぶ。グルメの世界は、このヨイショ・ライターでもっている世界だ。
雑誌に連載コラムを持つグルメ界の大御所は「私はこういうものです」と名乗って店に入る。店側は一番いい部屋を用意し、素材をえりすぐり、調理は手を抜かずにもてなす。さらに「御代は結構です」ということになる。こうなれば、大御所はその店を賛美する文章を書くことになる。

料理人の半生を書いた本に対して、著者は次のように切る。
ヨイショ・ライターは、エピソードをでっち上げ、あるいは誇大に膨らませ、料理人を努力の人や天才などと褒め称えるのだ。

グルメ関連ブログについても、手厳しい。
氾濫するブロガーの一番の問題点は、賞賛するだけで、まったく検証や疑問を書き綴っていないことであると指摘する。
身につまされる指摘だが、店の悪口はなかなか書けない。
せいぜい、旨くないと思った料理を旨いとは書かないことだろう。

グルメの世界に喧嘩を売るような過激な内容です。
要は、グルメを語るなら顔を洗って出直せってことでしょうか。

 

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ブタがいた教室

人騒がせなことに、新学期のはじめに、生後2カ月の子豚を抱えて教室に現れた星(妻夫木聡)先生は、「豚を飼育して卒業の時に皆で食べましょう」と言い出した。先生は、命の大切さと、それを奪い生きていかなかればならない人間の抱えた矛盾を、子供たちに知ってほしいと思ったのだろう。熱血型の新米先生の思いつきそうなことだ。
Image_20201225095601ブタがいた教室
監督:前田哲
脚本:小林弘利
音楽:吉岡聖治
主題歌:トータス松本「花のように星のように」
製作国:日本  2008年  109分

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子供たちは、豚を育てることには賛成なのだが、食べるとことには大いに戸惑う。
職員会議では、教頭(大杉漣)は食べるのはどういうものかと苦言を呈し、校長(原田美恵子)は子供たちの自主性に任せるという寛大な意見を述べた。さすが校長である。

子供たちによってグラウンドの片隅に豚小屋が建てられ、子豚は「Pちゃん」と名付けられた。
星先生は、「食べる豚にニックネームをつけるのは、ちょっと」と難所を示した。殺して食べなければならない動物に名前をつけると、過剰に感情移入をしてしまうと思ったが、先生は折れた。
われわれの数世代前までは、家で豚や鶏を飼い、祝い事があると潰して食べた。名前をつけると、殺すことが忍びなくなる。

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かくして、クラスの子供たちの学校生活は、Pちゃんが中心となる。

やがて、豚の世話をして子どもがケガをした、服に豚の臭いが染み込んで帰ってくる、学校の話題は豚のことばかりだと、母親たちが先生に苦情を言うが、それは当然なことだろう。何しろやりすぎなのだから。

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さて、年が変わると、Pちゃんはやって来た頃の何倍にも大きくなり、丸々と太っった。
そのPちゃんを食べるのか食べないのかで、クラスは喧々諤々の論争となる。さらに、畜産センターに送るか、飼育を買って出た下級生に任せるかで、大議論となるのだった。

議論する子供たちは、演技と思えないほど真剣に見える。
こういう突飛なことを子供たちに押し付ける先生は、少し常軌を逸したところがあるようなイメージがするが、星先生はいつも冷静で淡々としていた。
本作は大阪であった実話に基づいているという。
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2012年12月 6日 (木)

スタンドアップ

炭坑で働くシングルマザーを演技派の美人女優シャーリーズ・セロンが熱演している。
アメリカで、初めてセクハラ訴訟に勝利した女性の実話に基づく話。
フランシス・マクドーマンドが、同僚のグローリーを演じて脇を固め、セロンの父親役のリチャード・ジェンキンスと母親役のシシー・スペイセク、弁護士のウディ・ハレルソン、高校の同級生のジェレミー・レナー、それぞれが味のある演技を披露している。
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North Countory
監督:ニキ・カーロ
原作:クララ・ビンガム/ローラ・リーディ・ガンスラー
脚本:マイケル・サイツマン
音楽:グスタボ・サンタオラヤ
製作国:2005年 アメリカ合衆国 126分 

夫のたび重なるDVから逃れ実家に戻ってきたジョージーは、仕事に就いてふたりの子供を養わなければならない。父親が働いている炭鉱で働こうと思い立つ。

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炭鉱を経営する社長も上司も現場で働く同僚の男たちも、ジョージーの父親ですら、炭鉱の仕事は、女には体力的に無理な仕事であると思っているし、そもそも女に仕事を奪われるという危機感がある。

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男たちは、同僚の女に対して言葉による暴力や嫌がらせをして、セクハラを繰り返している。女たちは仕事を続け報酬を得るために、セクハラに耐えてきた。
しかし、ジョージーに対する嫌がらせは度が過ぎていた。

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おりしも、テレビでは、かの有名な「アニタ・ヒル事件」の公聴会が放映されている。

「アニタ・ヒル事件」は、アメリカの連邦最高裁判事のクラレンス・トーマスが、雇用平等委員会委員長時代に、部下のアニタ・ヒルにセクハラを行ったというもの。1991年に、上院で公聴会が開かれ、全米にテレビ中継された。

嫌がらせは息子にも及び、アイスホッケーの試合中、ジョージーの息子にパスを出すと父親に殴られるというのだ。
そのホッケーの試合で、弁護士のビルとジョージーが観客席で話をしていると、突然女が大声で「アバズレ」と罵しり大騒ぎになる。これを見た息子は、母親に強い嫌悪感を抱いてしまう。

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ジョージーはセクハラを放置する会社を訴えようと女たちに働きかけるが、誰一人として協力しない。組合の委員長であったグローリーですらのってこない。仕方なく一人で戦うことにした。

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会社側弁護士は、ジョージーが「わからない」と答えるのを承知で、長男の父親が誰かと訊く。ジョージーは、高校生のときに妊娠し長男を生んだ。相手を明かさなかったことで、誰とでも寝るふしだらな女というレッテルが貼られている。

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しかし、弁護をかって出たビルが、ジョージーと高校時代に付き合っていた証人のボビーを問い詰めると、意外な事実が明らかになる。そのことをきっかけに、傍聴席の女たち、そして一部の男たちも、セクハラの告発に立ち上がるのだった。

2012年12月 5日 (水)

コールド マウンテン

南北戦争を背景にした純愛の物語。
牧師の父と共にエイダ(ニコール・キッドマン)は、ノースカロライナのコールドマウンテンに引っ越してくる。
インマン(ジュード・ロウ)は、エイダと一度だけ口づけを交わし、必ず戻ってくると約束して、南北戦争(1861~1865年)に南軍兵士としてジョージア州に出征した。
Image_20210131083501コールド・マウンテン
Cold Mountain
監督:アンソニー・ミンゲラ
脚本:アンソニー・ミンゲラ
原作:チャールズ・フレイジャー
製作:ルバート・バーガー/ウィリアム・ホーバーグ/シドニー・ポラック/ロン・イェルザ
製作総指揮:ボブ・ワインスタイン/ハーヴェイ・ワインスタイン/ボブ・オシャー/イアイン・スミス
音楽:ガブリエル・ヤレド
製作国:アメリカ合衆国   2003年 154分

1

戦争が始まって3年が経った1864年、友人を殺され自らも重症を負ったインマンは傷が癒えると、捕まれば死罪に問われるのを覚悟で軍を脱走した。故郷のコールドマウンテンでインマンの帰りを待つエイダに会いたい一心で、徒歩で旅を続けた。

2

戦争は国を荒廃させ人を疲弊させる。秩序を失った軍人たちの一部は、民家に押し入り食べ物を略奪し強姦を繰り返すようになっていた。

一方、エイダは女性と子供と老人だけが残されたコールドマウンテンで、ひたすらインマンの帰りを待っていた。
そんな中、病弱な父親が亡くなると、エイダは明日の食べ物にも事欠く苦境に陥いり、痩せ細っていった。

3

見るに見かねた隣人のサリー(キャシー・ベイカー)は、ルビー(レネー・ゼルウィガー)を連れてきて、ルビーはエイダと一緒に暮らすようになる。ルビーはエイダに生きる術を教える。
ふたりは力を合わせ、家の周りの柵を直し、野菜を植え、牛の乳搾りをし、パイを焼き、という自給自足の生活が始める。エイダは徐々にたくましくなっている。
ニコール・キッドマンは、こういう可憐で弱々しいかと思わせておいて実はたくましい役柄を、上手にこなす女優だ。

その頃、インマンは黒人を妊娠させて追放された牧師(フィリップ・シーモア・ホフマン)と出会う。フィリップ・シーモア・ホフマンのダメ牧師ぶりがぴったりだ。
気の良さそうな農夫に招かれて夕食を食べさせてもらったはいいが、インマンたちは義勇軍に売り飛ばされてしまう。脱走兵には賞金がかけられているのだ。
なんとか義勇軍から逃げおおせたインマンは、そのあと未亡人のセーラ(ナタリー・ポートマン)に助けてもらい、さらに老婆マディ(アイリーン・アトキンス)に負った傷を治療してもらう。そうして体力を回復したインマンは、再びコールドマウンテンを目指すのだった。

そしてインマンはついにコールドマウンテンに戻ってきた。

4

ひと癖あってタフで魅力的な女性ルビーを演じたレネー・ゼルウィガーが、アカデミー賞助演女優賞を受賞した。→人気ブログランキング

2012年12月 3日 (月)

百万円と苦虫女

鈴子(蒼井優)は、バイト仲間のリコと部屋をシェアして借りることになった。リコは恋人も一緒に住むと言い出し、予定外のことに鈴子は愕然とする。ところが、入居寸前にふたりは別れてしまい、あろうことか男だけが鈴子と一緒に住む事態になってしまう。
ある日、拾ってきた子猫をその男が捨ててしまったことに腹を立てた鈴子は、部屋にあった男の持ち物を捨ててしまう。そのことで、彼女は警察に逮捕されてしまう。まったく予期しないことで、鈴子は人生につまづいてしまった。

Photo_20210414080901百万円と苦虫女
監督:タナダユキ
脚本:タナダユキ
製作:前田浩子/木幡久美/田中正
製作総指揮:前田浩子(企画)
音楽:櫻井映子/平野航
製作国:日本  2008年  121分 

拘置所を出て実家に帰ったものの、両親は夫婦喧嘩をするし、成績が優秀だった小学生の弟拓也は、鈴子が家にいると勉強の邪魔になるという。鈴子には居場所がない。彼女は100万円貯めたら出ていくと宣言するのだった。

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家を出た鈴子は、浜辺の「海の家」に勤める。そこでかき氷、焼きそば、フランクフルトソーセージなどを売る。

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そのあと、山あいの「果実農家」に住み込み、桃の収穫の手伝いをする。

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次は、東京近郊の「園芸店」に勤め口を見つける。
それぞれの場所で、鈴子は、ちょっとした意に沿わないことに巻き込まれる。

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鈴子が家を離れて金を稼いでいるあいだ、東京では拓也がクラスメートの執拗ないじめに耐える日々を送っていた。
やられっぱなしの拓哉は、いつかどうにかしなくてはならない。
鈴子がその拓也に手紙を書き近況を知らせる形で、物語が進行していく。

特徴ないのが特徴と自身が言っているように、どこにでもいそうな若い女性を、肩肘張らずに蒼井優が好演している。
強烈なキャラクターの人物は登場せず、しつこくなりすぎない程度にストーリーが抑えられていて、あとに清涼感が残る作品。→人気ブログランキング

2012年12月 2日 (日)

生物と無生物のあいだ  福岡伸一

はじまりには、ハドソン河を南下する観光船サークルラインから見たマンハッタン島の情景が描かれていて、重大事件が起こった現場へ駆けつける刑事になったような錯覚に陥る。その現場とは、著者がポスドクとして過ごしたロックフェラー大学である。かつて野口英世が研究に明け暮れたところでもある。数々の病原体の正体を突き止めたという野口の主張は、今ではほとんど省みられていない。千円札で毎日お目にかかる我らがヒーローの業績は、コンタミネーションの陥穽にはまり込んだ誤謬であった。著者は病原体特定のステップを、野口の研究やウイルス発見の歴史を追いながら解説している。
Photo_20210110171001生物と無生物のあいだ
福岡伸一
講談社現代新書
2007年

話は英国のケンブリッジ大学に場所を移し、ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見を取り上げる。この二十世紀最大の発見には疑惑がある。ライバル研究者の未発表のデータを剽窃した疑惑である。作為的にか無作為にかデータを手に入れてしまい、ライバルの許可を得ずに使ったというものである。ワトソンとクリックは自ら実験を行ってデータを収集したわけではない。そのかわりに、ボール紙や針金を組み合わせて作った分子モデルを動かしながら、議論を繰り返した。1953年、『ネイチャー』に発表されたおよそ1000語からなる論文の最後は、「It has not escaped our notice that the specific pairing we have postulated immediately suggests a possible copying mechanism for the genetic material.(この対構造が直ちに自己複製機能を示唆することに私たちは気がついていないわけではない)」と、ひかえめにかつ啓示的に結ばれている。論文発表のおよそ10年後の1962年に、著者が疑惑にかかわったとする二人の共犯者とワトソンとクリックにノーベル賞が与えられた。
ここで生命は自己複製するシステムと定義される。しかし自己複製する能力を持つウイルスは生物と言えるのだろうかと、著者は疑問を投げかける。ウイルスは細胞に寄生することでしか自己複製できない。ウイルスは細胞の表面に付着すると細胞内部に向かってエイリアンのようにDNAを注入する。宿主細胞は何も疑わず、そのDNA情報をもとにせっせとウイルスの部材を多数作り出す。細胞内でそれらが再構成されて次々とウイルスが生産される。やがて新たに作り出されたウイルスは、細胞膜を破り一斉に外に飛び出して次のターゲットを探す。
電子顕微鏡に映し出されるウイルスは、幾何学的な絵画や無機質でメカニカルなプラモデルのように見える。そして同じ種類のウイルスは、大小や個性の偏差がなく、まったく同じ形をしている。ウイルスが生物かどうかは長いあいだ論争の的であるが、著者の考えは否である。最近では、ウイルスの正体は、なんらかの理由で生体から脱落したゲノムの破片という説が有力のようだ。

ルドルフ・シェーンハイマーは、水素や炭素や窒素に同位元素でラベルした飼料をラットに与え、時間の経過とともにラットの体内の原子が入れ替わることを証明した。著者はこの研究を踏まえて、「生命は動的平衡にある流れである」といささか哲学的に定義する。ここで言う動的平衡とは、生物を分子レベルでみれば絶えず分子は入れ替わっていて、摂取されたものは吸収され生物の構成物となり、排泄により生物の体外へ出ていくという意味で動的ということである。さらに、常に生物として秩序のある状態を保っているという意味で平衡であるとしている。
話は脱線するが、高校の物理の授業にエントロピーが出てきてから、物理がすっかり私の苦手科目になってしまった。エントロピーの数式に私が難渋しているのを見て、のちに京都大学理学部物理学科に合格する同級生のF君は、「エントロピーの数式は無視していいよ、概念だから」と言ったのだ。確かに、著者の「生命は動的平衡状態にある流れである」に関するエントロピーの概念に基づいた記述は文学的であるが、すこぶる明快である。
それを要約すると、エントロピーは乱雑さを表す尺度であり、全ての物理的プロセスはエントロピー最大の方向に働き、そこに達して終わる。エントロピーを乱雑さの尺度とすると、負のエントロピーの概念は秩序を維持することを表す。生物が原子から成り立っている以上、物理学の法則に従わざるをえない。生物は絶えずエントロピーを増大させつつあり、それは死を意味するが、生物は自分でエントロピー増大に陥ることから免れているようにみえる。生物は周囲から負のエントロピーを取り入れること、つまり食べることで生きている。たえず原子を入れ替え動的平衡にあることで、エントロピー増大から免れている。この記述でエントロピーの概念がなんとなく頭に入ったような気になった。

さて、著者は米国でどのような研究をしていたのだろうか。ハーバード大学の研究チームに移ってからのテーマは、「膵臓の消化酵素分泌細胞の分泌顆粒を取り囲む膜にあるGP2の働き」についてである。ライバルチームとの研究競争を、著者は新種のアゲハチョウの発見にたとえている。発見者には蝶の学名の末尾に名前を連ねる栄誉が与えられる。研究の熾烈な先陣争いは、一位のチームだけがチャンピョンフラッグを手にする権利を主張することができる。二番目のチームには何の報償もない。
フェルメールの名画『合奏』がボストンの美術館から盗まれた1990年の秋に、著者のチームはGP2遺伝子の特定とその全アミノ酸配列を、米国細胞生物学会において発表した。ライバルチームもこの学会で同じ内容の発表を行った。研究競争の結果は同着であったが、それはとりもなおさずお互いの仕事が正しいと証明されたことでもあった。
不幸なことに『合奏』はいまだに行方不明である。しかし幸か不幸か、ヒトゲノムは2004年におよそ32億個の塩基配列がほぼ解読され、さらに30年後には、地球上のほぼすべての生物のゲノムが解読されるところまで進んでしまった。

本書が細菌学や遺伝子学さらに物理学や分子生物学などのとっつきにくいテーマを扱っているにもかかわらず、この種の本としては異例のベストセラーになっているのは、プロットや文章のうまさもさることながら、そこかしこに散りばめられた比喩の的確さにあると思う。
 
著者は、1959年生まれ、京都大学農学部を卒業した後、米国に渡り、ロックフェラー大学、ハーバード大学でポスドクとして分子生物学の研究に携わった。帰国後、京都大学助教授を経て、現在は青山学院大学理工学部教授の職にある。
ところで、ポスドク(post doctoral fellow)とは博士号を取得したての研究者の卵が企業や大学に就職せず、ある組織と契約を結び研究を続ける働き方をさす。著者の自虐的な表現を借りれば、「ポスドクは、独立研究者がグラントで雇い入れる研究戦争の最前線に立つ傭兵、もしくは研究室の奴隷」である。
なお著者は『週刊文春』に、私が毎週楽しみにしている「パラレルターン ・パラドクス」というタイトルの少しばかりドグマの強いコラムを連載中である。→人気ブログランキング

2012年12月 1日 (土)

終の信託

尊厳死をテーマにした、あくまで精神的なつながりのラブストーリー、原作は朔立木の短篇小説『終の信託』。
重いテーマに、ラブストーリーを入れることによって、最後まで飽きさせないストーリーになっている。
医学の進歩により、治癒の見込みのない末期の患者を死亡させない状況が作り出されている。それは患者のためになっていないことを誰もがわかっていても、どうすればいいのか。われわれは答えの見つからない問題を抱えてしまっている。

Photo終の信託
監督:周防正行
脚本:周防正行
原作:朔 立木 『終の信託』 光文社文庫
音楽:周防義和
挿入歌:種 ともこ キリ・テ・カナワ
日本 2012年 144分

主人公の折井綾乃(草刈民代)は呼吸器内科医。
綾乃は同僚の高井(浅野忠信)と不倫関係にあったが、綾乃が高井に結婚を迫るとあっさりと捨てられてしまう。

4_2

傷心の綾乃は、病院の当直室で睡眠薬とウィスキーを飲んで自殺を計り、救急室に運ばれ胃の洗浄を受ける。胃洗浄を行った医師と看護師は事件を内密にしようとしたが、綾乃の自殺未遂の噂は病院中に広まってしまう。
高井がベッドで点滴を受けている綾乃に、った「狂言までやるとは思ってなかったよ。睡眠薬で自殺できないのは医者の常識だろう。きつい女だと思っていたけれど、そこまで嫌味な女だとはな」となじった。

綾乃は、美人で仕事熱心、患者から信頼される人気のある医師という設定だが、病室をラブホテル代わりに使うのはいただけない。
ただぐっすり眠りたかっただけと、綾乃は今回の騒動について語っているが、常軌を逸したことをやったのは確かだ。

この事件を期に、綾乃は長かった髪の毛をバッサリ切った。

1

落ち込む綾乃に、喘息で入院している江木秦三(役所広司)が、オペラ「ジャンニ・スキッキ」のCDを貸す。江木は、そのなかのアリア「私のお父さん」を聞いて欲しいと言う。

5

その歌を聴いて綾乃は涙を流すが、CDを返したときに、江木は「娘がヴェッキオ橋から身を投げると歌っているけれど、このオペラは喜劇なんですよ。父親にお金を出させようとしている歌なんです」と言う。綾乃はこのアリアを通して、彼女が失恋して自殺未遂をしたことは、他の者にとっては喜劇でしかないと、江木が彼女に遠回しに伝えようとしていることに気づく。彼女は江木の優しさを感じた。こうして、綾乃と江木は医者と患者の関係を越え、精神的に愛し合うようになる。
このあと、このアリアはBGMとして何回も流される。

2

江木の病状は悪化する一方で、入退院を繰り返していた。
江木は自分が長生きすることで妻(中村久美)に、精神的にも経済的にも負担かけていると考えていて、少しでも妻に金を残してやりたいと、あたかも自分が早く死んだ方がいいというようなことを口にするのだった。
そして、「最期のときは、長引かせないでほしい。意志を伝えられなくなったら、先生が決断して欲しい」と江木は綾乃に託すのだった。

ある日、江木は心肺停止の状態で、病院に運び込まれる。
救急蘇生で一命を取り留めるものの、人工呼吸器につながれたままで意識は戻らない。何日かして人工呼吸器は外されたものの、気管内チューブはそのままとなる。
妻の話によれば、江木は最近薬を服用しておらず、倒れた日は財布も吸入器も持たずに散歩に出たという。江木は自ら命を絶とうとした可能性が高い。

江木が病院に運ばれてきて3週間経った頃に、「このままでは助からない、気管のチューブを外せば最期になりますが、いいですか」と綾乃は妻に訊いた。妻はうなづいた。さらに綾乃は妻に「最期になりますので、お子さんにいらしていただいて下さい」と告げた。
ここがあとで問題となる。「チューブを抜けば、最期になる」と綾乃は言った。チューブを抜けば江木が死ぬことを、綾乃は認識していたのだ。

翌日、妻とふたりの子供が見守るなか、綾乃はチューブを抜いた。
ところが、綾乃にとって予期しないことが起こる。江木は体を上下させ苦しみ痙攣し始めたのだ。慌てた綾乃は、看護師に鎮静剤のセルシン20mgを点滴チューブから入れるように指示した。薬が注入されても痙攣は収まらない。さらに鎮静剤のドルミカム30mgを入れるよう命じ、それでも痙攣が続いた。そこで、綾乃自らがドルミカムを注入した。やがて、江木は静かになり、しばらくして呼吸が止まった。

そして、2年後、綾乃のもとに検察庁から「呼び出し状」が届く。
ここから、検察官塚原透(大沢たかお)と綾乃の対決が始まる。
塚原は、「呼び出し状」に午後3時と記載されているにもかかわらず、綾乃を1時間以上待たせるのだった。塚原は専門家の綾乃と医学の知識では到底太刀打ちできない。心理的な揺さぶりをかけたのだった。

3

女性としてはじめての呼吸器科部長となった綾乃に、院内のやっかみがあったのではないかと、塚原は切り出す。
家族はチューブを抜いたときの江木の状態から、綾乃から前もって説明を受けたような病状ではなかったと言っているという。病院内では、この件に関し院長が綾乃の行った医療行為はいきすぎであったと証言しているという。喘息が専門の鑑定医は、江木の病状は安定すれば自宅療養もできると証言していると塚原はいう。調書に記載されている投与されたドルミカムの量は、看護師の証言と綾乃の記憶では異なっていた。

塚原は、横浜で下された尊厳死事件の判例に基づいて、尊厳死が正当と認められる3つの条件を、綾乃に対して大声でまくし立てる。

1.治療行為を中止して死を待つためには、患者の状態として回復の見込みがなく死が不可避の末期状態であること。
本人の意思が明示されていること(場合により家族の意思から推測することも許される)。
2.間接的安楽死のためには、患者の状態として死が不可避で死期が迫り、耐え難い肉体的苦痛があること。
本人の意思が明示されていること(場合により家族の意思から推測することも許される)。
3.積極的安楽死のためには、患者の状態として、死が不可避で死期が迫り、耐え難い肉体的苦痛があることに加えて、苦痛を除くために、他に手段がないこと。
本人の意思が明示されていること(家族の意思から推測することは許されない)。

江木のケースは、このいずれにも当てはまらない。綾乃が殺人罪で逮捕されるのは妥当と思われる。

綾乃にとっての救いは、江木がつけていた『喘息日記』に、「綾乃に託す」と書かれていたことである。この一文がリビング・ウィルにあたると判断され、綾乃には禁錮2年執行猶予4年の実刑が下された。→人気ブログランキング

検事と綾乃とのやり取りのなかで、検事が綾乃になり代わって部下に口述筆記させて作った調書に著名捺印をさせるところに、違和感を感じる。調書の文面は一人称になっている。綾乃が喋った微妙なニュアンスは排除されて、検事にとって都合のいい文章が作られる。
周防監督が、『それでもボクはやっていない』を撮ったときに、日本の裁判の問題点をいくつか挙げていて、そのひとつが一人称で書かれる調書のことであった。

周防監督は、スクリーンから立ち上がってくる濃密な空気に、映画を観ている自分自身のすべてが包み込まれてしまうような、「映画らしい映画」を作りたかったと言っている。確かにそのような空気がスクリーンから流れてくるような気がして、座っている姿勢を何度も変えた。

 

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