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『終の信託』

Photo終の信託
監督:周防正行
脚本:周防正行
原作:朔 立木 『終の信託』 光文社文庫
音楽:周防義和
挿入歌:種 ともこ キリ・テ・カナワ
製作国:日本 2012年 144分

尊厳死をテーマにした、あくまで精神的なつながりのラブストーリー、原作は朔立木の短篇小説『終の信託』。
重いテーマに、ラブストーリーを入れることによって、最後まで飽きさせないストーリーになっている。
医学の進歩により、治癒の見込みのない末期の患者を死亡させない状況が作り出されている。それは患者のためになっていないことを誰もがわかっていても、どうすればいいのか。われわれは答えの見つからない問題を抱えてしまっている。

主人公の折井綾乃(草刈民代)は呼吸器内科医。
綾乃は同僚の高井(浅野忠信)と不倫関係にあったが、綾乃が高井に結婚を迫るとあっさりと捨てられてしまう。

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傷心の綾乃は、病院の当直室で睡眠薬とウィスキーを飲んで自殺を計り、救急室に運ばれ胃の洗浄を受ける。胃洗浄を行った医師と看護師は事件を内密にしようとしたが、綾乃の自殺未遂の噂は病院中に広まってしまう。
高井がベッドで点滴を受けている綾乃に、った「狂言までやるとは思ってなかったよ。睡眠薬で自殺できないのは医者の常識だろう。きつい女だと思っていたけれど、そこまで嫌味な女だとはな」となじった。

綾乃は、美人で仕事熱心、患者から信頼される人気のある医師という設定だが、病室をラブホテル代わりに使うのはいただけない。
ただぐっすり眠りたかっただけと、綾乃は今回の騒動について語っているが、常軌を逸したことをやったのは確かだ。

この事件を期に、綾乃は長かった髪の毛をバッサリ切った。

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落ち込む綾乃に、喘息で入院している江木秦三(役所広司)が、オペラ「ジャンニ・スキッキ」のCDを貸す。江木は、そのなかのアリア「私のお父さん」を聞いて欲しいと言う。

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その歌を聴いて綾乃は涙を流すが、CDを返したときに、江木は「娘がヴェッキオ橋から身を投げると歌っているけれど、このオペラは喜劇なんですよ。父親にお金を出させようとしている歌なんです」と言う。綾乃はこのアリアを通して、彼女が失恋して自殺未遂をしたことは、他の者にとっては喜劇でしかないと、江木が彼女に遠回しに伝えようとしていることに気づく。彼女は江木の優しさを感じた。こうして、綾乃と江木は医者と患者の関係を越え、精神的に愛し合うようになる。
このあと、このアリアはBGMとして何回も流される。

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江木の病状は悪化する一方で、入退院を繰り返していた。
江木は自分が長生きすることで妻(中村久美)に、精神的にも経済的にも負担かけていると考えていて、少しでも妻に金を残してやりたいと、あたかも自分が早く死んだ方がいいというようなことを口にするのだった。
そして、「最期のときは、長引かせないでほしい。意志を伝えられなくなったら、先生が決断して欲しい」と江木は綾乃に託すのだった。

ある日、江木は心肺停止の状態で、病院に運び込まれる。
救急蘇生で一命を取り留めるものの、人工呼吸器につながれたままで意識は戻らない。何日かして人工呼吸器は外されたものの、気管内チューブはそのままとなる。
妻の話によれば、江木は最近薬を服用しておらず、倒れた日は財布も吸入器も持たずに散歩に出たという。江木は自ら命を絶とうとした可能性が高い。

江木が病院に運ばれてきて3週間経った頃に、「このままでは助からない、気管のチューブを外せば最期になりますが、いいですか」と綾乃は妻に訊いた。妻はうなづいた。さらに綾乃は妻に「最期になりますので、お子さんにいらしていただいて下さい」と告げた。
ここがあとで問題となる。「チューブを抜けば、最期になる」と綾乃は言った。チューブを抜けば江木が死ぬことを、綾乃は認識していたのだ。

翌日、妻とふたりの子供が見守るなか、綾乃はチューブを抜いた。
ところが、綾乃にとって予期しないことが起こる。江木は体を上下させ苦しみ痙攣し始めたのだ。慌てた綾乃は、看護師に鎮静剤のセルシン20mgを点滴チューブから入れるように指示した。薬が注入されても痙攣は収まらない。さらに鎮静剤のドルミカム30mgを入れるよう命じ、それでも痙攣が続いた。そこで、綾乃自らがドルミカムを注入した。やがて、江木は静かになり、しばらくして呼吸が止まった。

そして、2年後、綾乃のもとに検察庁から「呼び出し状」が届く。
ここから、検察官塚原透(大沢たかお)と綾乃の対決が始まる。
塚原は、「呼び出し状」に午後3時と記載されているにもかかわらず、綾乃を1時間以上待たせるのだった。塚原は専門家の綾乃と医学の知識では到底太刀打ちできない。心理的な揺さぶりをかけたのだった。

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女性としてはじめての呼吸器科部長となった綾乃に、院内のやっかみがあったのではないかと、塚原は切り出す。
家族はチューブを抜いたときの江木の状態から、綾乃から前もって説明を受けたような病状ではなかったと言っているという。病院内では、この件に関し院長が綾乃の行った医療行為はいきすぎであったと証言しているという。喘息が専門の鑑定医は、江木の病状は安定すれば自宅療養もできると証言していると塚原はいう。調書に記載されている投与されたドルミカムの量は、看護師の証言と綾乃の記憶では異なっていた。

塚原は、横浜で下された尊厳死事件の判例に基づいて、尊厳死が正当と認められる3つの条件を、綾乃に対して大声でまくし立てる。

1.治療行為を中止して死を待つためには、患者の状態として回復の見込みがなく死が不可避の末期状態であること。
本人の意思が明示されていること(場合により家族の意思から推測することも許される)。
2.間接的安楽死のためには、患者の状態として死が不可避で死期が迫り、耐え難い肉体的苦痛があること。
本人の意思が明示されていること(場合により家族の意思から推測することも許される)。
3.積極的安楽死のためには、患者の状態として、死が不可避で死期が迫り、耐え難い肉体的苦痛があることに加えて、苦痛を除くために、他に手段がないこと。
本人の意思が明示されていること(家族の意思から推測することは許されない)。

江木のケースは、このいずれにも当てはまらない。綾乃が殺人罪で逮捕されるのは妥当と思われる。

綾乃にとっての救いは、江木がつけていた『喘息日記』に、「綾乃に託す」と書かれていたことである。この一文がリビング・ウィルにあたると判断され、綾乃には禁錮2年執行猶予4年の実刑が下された。

検事と綾乃とのやり取りのなかで、検事が綾乃になり代わって部下に口述筆記させて作った調書に著名捺印をさせるところに、違和感を感じる。調書の文面は一人称になっている。綾乃が喋った微妙なニュアンスは排除されて、検事にとって都合のいい文章が作られる。
周防監督が、『それでもボクはやっていない』を撮ったときに、日本の裁判の問題点をいくつか挙げていて、そのひとつが一人称で書かれる調書のことであった。

周防監督は、スクリーンから立ち上がってくる濃密な空気に、映画を観ている自分自身のすべてが包み込まれてしまうような、「映画らしい映画」を作りたかったと言っている。確かにそのような空気がスクリーンから流れてくるような気がして、座っている姿勢を何度も変えた。

終の信託 (光文社文庫)
朔 立木
光文社 (2012-06-12)


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