ファイアーウォール ヘニング・マンケル
ヴァランダー警部シリーズ第8弾。
ヴァランダーの同僚は、コンピューターや携帯電話を難なく使いこなしている。彼といえば、書類を書くときにパソコンを使うが、メールは送ったことがない。ケータイは電源を入れていなかったり、その辺に置き忘れたりして、機能していない。彼は、同僚たちとの間に世代の壁を感じている。タイトルのコンピュータ用語『ファイアーウォール』は、ヴァランダーと世間とを隔てる障壁でもあるのだ。
ファイアーウォール 上 ヘニング・マンケル 東京創元社文庫 2012年 |
ファイアーウォール 下 ヘニング・マンケル 東京創元社 |
イースタ署にタクシー運転手を襲ったふたりの少女が連行されてきた。19歳のソニャがハンマーで殴り、14歳のエヴァがナイフで刺し、運転手は死亡した。ふたりは単なる金欲しさの犯行だと自供するが、反省する様子がない。ヴァランダーには、少年ならまだしも、彼女たちがこうした犯罪を犯すことが理解できなかった。尋問の席で母親を罵倒し殴ったエヴァに腹をたてたヴァランダーは、思わず彼女に平手打ちを食らわせてしまう。まさにその瞬間を新聞記者に撮られ、写真をマスコミに流されてしまった。
少女を殴ったことで、ヴァランダーに対する仲間の信頼が揺らいでいる。ホルゲンソン署長はまずいことになったと、ヴァランダーを責めるようにいう。彼は心の中で、ホルゲンソン署長は部下をかばうべきだ、部下を窮地に立たせるべきでないと思う。彼は、ますます孤独感を感じるのだった。
ところで、最近、独り身が辛くなったヴァランダーは、別れた妻のエバをしきりに思い出す。心の安らぎがえられる話し相手が欲しいと思うようになった。孤独に苛まれる彼は、悩んだ末に交際相手紹介所に申込書を送ることにした。
だが、そんなヴァランダーの苦悩をよそに、事件は意外な展開を見せる。ソニャが警察から脱走したのだ。そして警察の必死の捜索もむなしく、彼女は変電所で死体となって発見された。
タクシーの事件が起こった頃、スーパーマーケットのATMで残高照会したあと、ITコンサルタント会社を経営する男が突然死する。病死だと思われたその男の死体がモルグから盗まれ、かわりにソニャとのつながりを疑わせる継電器が置かれていた。
男の周辺を調べ始めたヴァランダーは、男のコンピュータに侵入するために、周囲の反対を押し切って、軽犯罪を犯した天才的なハッカーの少年の手を借りることにする。これと似た話が映画の『ニュースの天才』(03年)に出てきた。
少女たちが引き起こした強盗殺人事件が、ファイアーウォールの向こうの巨大な陰謀につながっていく。こうしたコンピューターの闇の世界を、すでに1998年当時に描いたヘニング・マンケルには、先見の明があったといえるだろう。テクノロジーは進んでも、コンピューターやネットが抱える根本的な問題は、初期の頃から変わっていない。
→『ピラミッド』
→『霜の降りる前に』
→『北京からきた男』
→『ファイアーウォール』
→『リガの犬たち』
→『背後の足音』
→ ヘニング・マンケルを追悼する/2016年4月
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