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2013年11月

2013年11月30日 (土)

ゴスフォード・パーク

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1932年11月、バシャバシャと氷雨が降るなか、トレンサム伯爵夫人(マギー・スミス)が屋敷から出てきて車に乗り込むまで、メイドのメアリー(ケリー・マクドナルド)は、ずぶ濡れで車のそばに立っている。車が走り出ししばらくすると、後部席の夫人が「水筒の蓋が開かないのよ」と、助手席のメアリーにいう。運転席と後部席の間はガラスで仕切られているので、メアリーは車を降りて、またもや雨に打たれながら水筒の蓋を難なく開ける。本作のテーマである身分の上下を歴然と表すシーンである。

 

 

28c7adf6a015412d92824303542a4f8dゴスフォード・パーク
Gosford Park
監督:ロバート・アルトマン
脚本:ジュリアン・フェロウズ
音楽:パトリック・ドイル
イギリス 2001年 137分 

車はロンドン郊外のマッコードル卿とシルヴィア夫人(クリスティン・スコット・トーマス)のゴスフォードパークにある館に向かっている。
館に招かれたのは、シルヴィアの叔母トレンサム伯爵夫人の他、夫人のふたりの妹とその夫たち、マッコードル卿の又従弟にあたる俳優やその友人など。招待客の車がゴスフォード・パークの玄関口に着くと、愛犬ヒップを抱いたマッコードル卿がお愛想の挨拶で客たちを迎い入れる。客は階上にお連れのメイドは階下の地下室へと分れる。

同じように、この時代の英国のメイドや従僕たちを描いた『日の名残り』(1993年)の冒頭で、晴れ上がった眩しい新緑のなかを、次々と車が到着する晴れやかなシーンとは対照的である。

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優雅そうに振舞っている階上の貴賓たちの間には、その実、見栄を張ったりほかの客を値踏みしたり夫婦がいがみ合ったり、妬みや憎しみが渦巻いている。何ともおどろおどろしい。

 

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そんな階上とは対照的にメイドや従者たちは休む暇もなく動き回る。仕事の合間に、自分たちに頼り切りでこき使うばかりの虚飾にまみれた主人たちのゴシップをしゃべりまくる。メイドや従僕たちは主人の名前で呼ばれ、主人たちの身分のままに彼らの食事の席も序列がつけられている。あくまでも主人の付属物なのだ。メアリーが末席に座ると上座に座るよう促されるところが面白い。
ちょっとした自己紹介が行われるが、これがあとに起こる事件の謎を解く布石になっている。

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マッコールド卿にはお手つきのメイド(エミリー・ワトソン)がいて、シルヴィア夫人といえば夜な夜な若い男を連れ込んでよろしくやっているし、階下の尻軽女は厨房に貴賓を引っ張り込んでいる。メアリーは男の部屋に強引に引っ張り込まれ、貞操の危機にさらされたりする。

二日目の午前中にキジ撃ちが行われ、マッコードル卿の頬を弾がかすめる事件が起こる。このあたりから、貴賓たちの間に不穏な空気が漂いはじめる。晩餐の席では、アメリカ人映画プロデューサーが、カントリー・ハウスを舞台にした殺人事件の構想を披露する。そんななか、まさにマッコードル卿が殺される事件が起きる。

さっぱり要領を得ない警察の捜査に対して、メアリーの感が鋭く冴え事件の核心に迫っていく。敵の多いマッコードル卿には殺されて当然の忌まわしい過去があった。殺人の動機は、階下の者のマッコードル卿に対する復讐であった。

『日の名残り』では、執事が晩餐のテーブルに並べられた食器を細心の注意を払ってチェックするシーンがあった。本作では、初日の晩餐会の準備のさいに、汚れているフォークにペッペッとつばを吐いて拭くという階下の者のささやかな抵抗ともいえるシーンが出てくる。アルトマンが描きたいのは、こうした虚飾の裏側で行われている、まやかしでない本音の部分なのだ。→人気ブログランキング

2013年11月28日 (木)

ダーティハリー3

シリーズは3作目となり、定式化している。
冒頭で、ハリーが44口径マグナムで事件を強引に解決して、上司の逆鱗に触れる。
新しい相棒が現れ、相棒は危険な目にあう。
本題の事件が起こり、ハリーは危機一髪で犯人を駆逐する。マグナムは犯人に奪われることが多い。
というのが、大枠であり、本作ではロサンジェルス市の行政を司る〈わかっちゃいない〉人物たちの能天気ぶりが加わる。
行き合ったリカーショップの強盗事件で、ハリーは犯人から要求された車ごと店につっこみ、44口径マグナムをぶっぱなす。またもや強引すぎるやり方を叱責され、ハリーは人事課へ異動になった。
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The Enforcer
監督:ジェームズ・ファーゴ
脚本:スターリング・シリファント/ディーン・リーズナー
原案:ゲイル・モーガン・ヒックマン/S.W.シュアー
音楽:ジェリー・フィールディング
アメリカ 1976年 96分

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陸軍の兵器庫に強盗が押し入り、バズーカ砲など大量の武器や弾薬を略奪する事件が発生する。人民革命攻撃隊から犯行声明が届くが、実は人民革命グループとは名ばかりの凶悪な強盗団であった。
この事件で相棒のフランクが殺され、ハリーは殺人課に呼び戻される。新しい相棒は、面接試験でハリーが「100メートルを何秒で走れるか?」と質問したケイトだった。

警察署内で爆発事件が起こり、署の前にいた怪しい黒人男性をハリーとケイトが追いかける。BGMのジャズがガンガンと流れる中、100mを11秒で走るケイトは、爆弾入りとは知らず男が手放したカバンを片手に持って走る走る、大追跡の末に逮捕した。「走る」が、キーワードの場面である。ケイトの行動にハリーは「泣ける」を連発する。

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ハリーはスラムの顔役の家へ乗り込むが、事件に関係がないことがわかる。

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しかし、ハリーが帰った後に、刑事課長が顔役を逮捕してしまい、この逮捕で市長は刑事課長とハリーとケイトを表彰するが、ハリーは表彰を拒否してバッジを外した。

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そのあと、市長が誘拐され莫大な身代金を要求してくる。
一味はベトナム帰りの殺人狂ボビーをリーダーとする過激派グループで、彼らは、かつてアル・カポネ送り込まれたアルカトラス刑務所の廃墟にたてこもっているという。
ハリーはケイトとともに廃墟へ乗り込んだ。
過激派グループとの激しい銃撃戦が始まり、ケイトは市長を無事救出に成功したかに思えたが、市長の無謀な動きでケイトは射殺されてしまう。ボビーは市長を人質にとって海岸添いの塔を登っていく。
ハリーはバズーカ砲を塔へ向けて構え容赦なく発射した。→人気ブログランキング

ダーティハリー Dirty Harry』 1971年
ダーティハリー2 Magnum Force』1973年
ダーティハリー3 The Enforcer』1976年
ダーティハリー4 Sudden Impact』1983年
ダーティハリー5 The Dead Pool』1988年

2013年11月27日 (水)

『かぞくのけんか』

 

 

かぞくのけんか [DVD]

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A Night for Dying Tigers
監督:テリー・マイルズ
脚本:テリー・マイルズ
音楽:エイコ・イシワタ
カナダ  2010年  90分 ★★★*☆

Amazon.co.jpで詳細を見る

1年前に3人の兄弟と養女の両親が不幸な亡くなり方をした。そのことが兄弟たちに精神的なトラウマとして重くのしかかっている。
今は誰も住んでいない両親の家に兄弟たちが集まって、24時間後に刑務所に収監される長兄との最後の晩餐をするというシチュエーションで話は始まる。晩餐を準備する友人、兄弟たちのパートナー、長兄の不倫相手も加わわる。物語が進むにつれて兄弟と養女、パートーたちのおかれた状況が徐々に明らかになっていく。
飲み過ぎ、はしゃぎ、喧嘩になり、誤解が溶け、一夜が明けていくという『ヴァージニアウルフなんて怖くない』を彷彿とさせる夜っぴいての飲み会が行われる。感情が高ぶった兄弟たちが、傷を舐めあって過ごす丸一日を描いた映画である。『かぞくのけんか』よりは、原題のA Night for Dying Tigers 〈瀕死の虎たちの夜〉がしっくりくる。

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メラニン(ジェニファー・ビールス)の15年間連れ添った夫のジャック(ギル・ベローズ)は、殺人罪で刑務所に収監される。
これから、兄弟たちやそのパートナーが、かつて兄弟たちが暮した家に集まり、最後の晩餐が始まろうとしている。

1311273集まったのは長兄のジャック夫婦、次男の教授で作家のラッセルは19歳の恋人と同伴で現れた。さらに、末弟の映画製作をに関わっているパトリック、養女のカレンがやってくる。カレンは情緒不安定な問題児とレッテルが貼られていたが、彼女の気遣いで兄弟たちを支えていたところがある。3兄弟は神童としてかつてこの町の新聞に載ったこともあった。
パトリックとカレンに肉体関係があるのは、家族には周知の事実である。それにメラニンは「自重しないとダメよ」と注意を与える。

 

1311274ジャックは3人無断で家を売りに出しすでに買い手がついたから、大金が入ると打ち明ける。ところが3人は思い出の家が他人の手に渡ることに承服できない。晩餐には、ジャックの不倫相手ジュールス(キャスリーン・ロバートソン)が加わって、タイトル通りの喧嘩が始まり、ついにはカレんが薬を飲みすぎて救急車が出動する騒ぎまで起こる。
兄弟もメラニンもジャックの相手がジュールズであることを知っていて、ジャックはジュールスをレイプしようとした男を殺したのだった。

 

 

 

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メラニンは、家を買ったのは自分であること、妊娠していることを皆の前で発表する。兄弟たちにとってはこれ以上ない朗報だ。
兄弟たちは、両親の死と長兄の監獄収監を除けば、いい方向に行っているのだ。
こうして冒頭のシーン、レコードショップで試聴するメラニンの顔が映り、嬉しさと悲しみが入り混じっているように見える意味がわかる。→ブログランキングへ

2013年11月21日 (木)

ダーティハリー2

かつて「ワイアット・アープ症候群」として知られた、新米警官が自らを勇ましく見せるために容疑者に対して過度の暴力を振るう傾向は、『ダーティハリー』の爆発的人気で、「ダーティハリー症候群」と呼ばれるようになった。本作の新人交通係の4人は、社会悪は殺戮をもって制裁するという重症の「ダーティハリー症候群」に罹っている。
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Magnum Force
監督:テッド・ポスト
脚本:ジョン・ミリアス/マイケル・チミノ
音楽:ラロ・シフリン
アメリカ 1973年 124分

ハリーの相棒はどのシリーズでも受難の運命にあるが、今回の相棒は黒人の妻帯者アーリー・スミス。

ハイジャック事件を、ハリー・キャラハン(クリント・イーストウッド)刑事は機長に成りすまして、犯人を容赦なく射殺して事件を解決する。例によって、ハリーは「お前が現れると市民が混乱する、無駄な行動をとるな」と、上司のブリッグス警部補(ハル・ホルブルック)から釘を刺された。

そんな中、裁判で無罪となったマフィアのボスを乗せた車が襲われ、白バイの警察官の男に射殺される事件が起こる。そのあとも、賭博や売春や麻薬の大物が「処刑」される殺人事件が相次ぐ。

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警察の射撃大会で優勝が常連のハリーと決勝戦で対戦したのは、新人交通係のデイヴィス(デイヴィッド・ソウル)。ハリーはデイヴィスの拳銃を借りて的を外して撃ち、あとでその弾を取り出し調べる。友人のチャーリーを撃った弾とデイヴィスの弾が一致し、4人の新人警官が犯人であることを突き止める。
彼らは悪びれることなく、自分たちはなまぬるい法律にかわって悪を裁いただけだとファシスト的な主張をし、逆にハリーを自警団に引き込もうとするが、ハリーは一蹴した。
一転して、犯人たちはハリーのアパートに爆弾を仕掛け、間一髪でハリー助かるも相棒アーリーは即死だった。

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ハリーは上司のブリッグスに新米刑事たちが犯人であることを伝えるが、自警団の黒幕はブリッグス、まさに獅子身中の虫であった。
ブリッグスに44口径マグナムを取り上げられたハリーは4人の襲撃を受ける。
素手で戦っても、ダーティハリーは強い。→人気ブログランキング

ダーティハリー Dirty Harry』 1971年
ダーティハリー2 Magnum Force』1973年
ダーティハリー3 The Enforcer』1976年
ダーティハリー4 Sudden Impact』1983年
ダーティハリー5 The Dead Pool』1988年

2013年11月20日 (水)

ダーティハリー

ハリー・キャラハン刑事(クリント・イーストウッド)は、犯人との決着をつけるためには法も上司の命令も無視するという姿勢を、シリーズ5作のいずれでも貫いている。悪に立ち向かうこの論理は、警察国家としてアメリカがとったその後の対外政策に、影響を及ぼしていると指摘されている。強引だが、なんとなくうなづける話だ。第4作でのハリーの言葉「ゴー・アヘッド メイク・マイ・デイ」は、共和党大統領をはじめ右派の人物が演説などで使った有名なセリフである。人権保護やフェミニズムの立場をとる人たちからは、批判を受けた曰く付きのセリフであった。計らずもそうした政治的な意味合いを持ってしまったのが、ダーティハリー・シリーズである。先が見えなくなったベトナム戦争(1965年~75年)下で、シリーズ第1作の本作が撮られた。
0401c670512a42078db398f8212f99adダーティハリー
Dirty Harry
監督:ドン・シーゲル
脚本:ハリー・ジュリアン・フィンク/R・M・フィンク/ディーン・リーズナー
音楽:ラロ・シフリン
アメリカ 1971年 102分

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コーヒーショップにいたハリーは、近くで起こった銀行強盗の現場に駆けつけ、強盗に有無を言わさず44口径マグナムをぶっぱなし、事件をなんなく解決させるが、上司からやり方が手順を踏んでいないと小言をくらう。
犯罪者にも権利があるというのだ。ハリーは被害者の権利はどうなる?と言い返す。

 

ビルの屋上のプールで若い白人の女がライフルで狙撃される事件が起こる。
犯人のベトナム帰還兵スコーピオンと名乗る男から届いた市長あての10万ドルを要求する脅迫文には、無差別殺人の予告が書かれていた。
金の調達が遅れると新聞広告を出すと、犯人は黒人少年を殺しカソリック神父を殺した。
さらに14歳の少女を誘拐したと下着と歯が送りつけられてくる。今度は20万ドルを持って指定された場所にひとりで届けろと書かれていた。

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ハリーはメキシコ人のチコとコンビを組むことになる。身代金が入ったカバンを持ったハリーがピンマイクをつけ、チコが車でハリーを追うという方法をとるが、犯人は引渡し場所を次々に変え、チコは追いつけなくなる。
ハリーは公園の巨大な十字架の前で犯人と対峙した。銃撃戦の末、追いついたチコが撃たれてしまう。ハリーが犯人の太腿にナイフを刺し奪われたカバンを取り戻すが、犯人を取り逃がしてしまう。
そして少女は遺体で発見される。

ハリー・キャラハン刑事(クリント・イーストウッド)は、犯人との決着をつけるためには法も上司の命令も無視するという姿勢を、シリーズ5作のいずれでも貫いている。悪に立ち向かうこの論理は、警察国家としてアメリカがとったその後の対外政策に、影響を及ぼしていると指摘されている。強引だが、なんとなくうなづける話だ。第4作でのハリーの言葉「ゴー・アヘッド メイク・マイ・デイ」は、共和党大統領をはじめ右派の人物が演説などで使った有名なセリフである。人権保護やフェミニズムの立場をとる人たちからは、批判を受けた曰く付きのセリフであった。計らずもそうした政治的な意味合いを持ってしまったのが、ダーティハリー・シリーズである。先が見えなくなったベトナム戦争(1965年~75年)下で、シリーズ第1作の本作が撮られた。

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犯人の住居がわかりハリーは踏み込んで捕まえるが、捜索令状をとっていないとの理由で、4人のシリアルキラーにもかかわらず、スコーピオンは釈放されてしまうのだった。
再び殺人を犯すと踏んだハリーは尾行するが、それすらも違法であるとハリーは捜査から外されてしまう。
怒りに駆られたハリーは単独で動き出す。

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スコーピオンはスクールバスをジャックして20万ドルを要求し、ジェット機で高飛びしようとする。
空港に向かうバスを橋の上で待ち受け、屋根にに飛び降りて犯人を追い詰めていく。
最後は44口径マグナムで犯人を撃ち、「犯人の人権?そんなもの糞喰らえ」とばかり、バッジを川に投げ捨てる。→人気ブログランキング

ダーティハリー Dirty Harry』 1971年
ダーティハリー2 Magnum Force』1973年
ダーティハリー3 The Enforcer』1976年
ダーティハリー4 Sudden Impact』1983年
ダーティハリー5 The Dead Pool』1988年

2013年11月19日 (火)

ディア・ブラザー

1980年に起きた「マサチューセッツ州対ウォーターズ事件」をもとに作られた。終身刑となった無実の兄の冤罪を晴らそうと、高校すら卒業していない妹が、一念発起してロースクールに入り弁護士となって、無罪を勝ち取るという、アメリカ版ど根性物。無謀とも思える一念を貫く役を演ずるのはヒラリー・スワンク、芯の強い女性を演じたらピカイチなのは、『ボーイズ・ドント・クライ』(1999年)、『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)で証明済み。
日本未公開にて、DVDスルーの作品。
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監督:トニー・ゴールドウィン
脚本:パメラ・グレイ
音楽:ポール・カンテロン
アメリカ  2010年  107分 

兄妹は、母親が育児放棄するような貧しい家で育った。妹ベティ・アン・ウォーターズ(ヒラリー・スワンク)と兄ケニー(サム・ロックウェル)は幼いころから仲が良かった。要するに助け合って生きてきた。

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ある日、といっても大人になって兄妹がそれぞれ結婚してからのことだが、素行が悪いケニーが身に覚えのない女性殺人の罪で終身刑となる。冤罪を主張するが、弁護士を雇う金ないためどうすることもできない。そこで高校を卒業していないベティ・アンは、まず高校を卒業して、それからロースクールに入学して弁護士になって、兄の冤罪を晴らそうという遠大な計画を兄に話す。「何年かかっても必ず無罪を晴らすから、短気を起こさないでね」とベティ・アンはいう。

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ベティ・アンには夫とふたりの息子がいて、夜はバーの共同経営者として働いていた。やがて夫とは離婚することになり、ふたりの息子と暮らすものの、あまりの忙しさで息子たちの面倒をみることがおろそかになっていく。そしてついに息子たちは夫と共に暮らすことを選択する。

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ベティ・アンが、ロースクールの授業を遅刻をしたり、休んだり、レポートを出し遅れたりする度に、友人のエイブラ(ミニー・ドライヴァー)が励まして力になってくれた。そして苦節16年、ベティ・アンはついに司法試験に合格した。
ある日、DNA鑑定により冤罪と証明され釈放になった受刑者の新聞記事を読んで、ベティ・アンは希望を見出す。

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ところが、警察に出向くと10年以上経過した事件の証拠嬪は破棄したと言われる。しかし、諦めないベティ・アンは、裁判所にいきそこで幸運にもウォーターズ事件の証拠一式を見付け出すのだった。
さらに、殺害当時ケニーと付き合っていた女もそして妻も、ケニーを逮捕した女性警官テイラー(メリッサ・レオ)に脅され偽証したことを掴むのだった。当時の警察署長とテイラーが仕組んだケニーを陥れる罠だった。

DNA鑑定の結果、証拠品に付着していた血液はケニーのものではないことが判明し、苦節18年でケニーは晴れて自由の身となる。

字幕には、DNA鑑定が導入され無罪となった冤罪は200例近くになると出る。犯罪の母集団が桁外れに多いとはいえ驚くべき数だ。→人気ブログランキング

2013年11月18日 (月)

特捜部Q キジ殺し ユッシ・エーズラ・オールスン

前作でミレーデ事件を解決し大手柄をたてた特捜部Qは、国内外で有名になっていた。オスロから視察が来ることになり、それに新人とはいえ警察学校を優秀な成績で卒業した変わり者の女ローセが配属されてきた。ところがこのローセが、カールの気持ちを逆なでする厄介な女だった。

ある日、カールの机の上に、20年前に起こった高校生の兄妹が撲殺された事件のファイルが置かれていた。動機は不明、寄宿舎の少年グループに容疑がかけられた。有力者の息子5人と娘ひとりが調べを受けたが誰も起訴されなかった。
ファイルには、6人が関係したと思われる未解決の襲撃事件が20件も挙げられていたのである。
奇妙なことに9年前にそのうちのひとりが事件の犯人として自首している。
また猟銃の暴発事故で男のひとりが亡くなっている。

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ユッシ・エーズラ・オールスン
吉田薫・福原美穂子訳
ハヤカワ文庫
2013年

唯一の女キミーは、銀行に困らないくらいたっぷり金があるというのに、路上生活者である。キミーは男を欲情させる体をしていて、めっぽう腕っ節が強いということになっている。
残る3人は、チェーン民間病院経営、ファッション業界、証券業界のそれぞれで、デンマークを代表する著名な経済人として活躍している。
政界や経済界、警察組織に弱味を握ったり賄賂で人脈を作り上げていて、法務大臣や警察署長官からの圧力がかかり、特捜部Qの捜査が一時的に停滞もした。
彼らは暴力や殺人により性的に興奮するという性癖の持ち主なのである。
3人は定期的に殺戮を目的とする狩り「キジ殺し」を楽しんでいるという、得体の知れない気味の悪い連中なのだ。
キミーは男たち3人を男たち3人はキミーを、命を奪って口封じをしなければならない理由がある。

一方カールは、撃たれて脊髄損傷で入院しているハーディのたっての願い、家に引き取り介護するかどうかで悩んでいる。

最初の5分の1くらい読んだところで、結末が見えてくる。さらに、現実には到底ありえない犯罪者たちが描かれているが、ミステリ小説として違和感なくすんなり受け入れられるのは、構成や話の運びの上手いからだろう。作者のユッシ・エーズラ・オールスンは、小説を書く前は、映画の製作やコメディやコミックの研究をしていたというから、読者を飽きさせないコツを心得ているのではないだろうか。そういえば、大胆かつ突拍子もない話の内容はコミック的である。→人気ブログランキング

特捜部Q 檻の中の女
特捜部Q キジ殺し

2013年11月 9日 (土)

特捜部Q ―檻の中の女― ユッシ・エーズラ・オールスン

警察ミステリの主人公たちは、妻〈運〉が悪い。本書のカール・マークも例に漏れず、妻は家を出て若い男と暮らしている。同僚からは煙たがれるカールだが、人のいい面もあって義理の息子と暮らしている。その息子は数学の成績が悪すぎて大学進学がおぼつかない。芸術家気取りの妻は突拍子もない時間に電話をかけてきて金をせびったりする。カールは家庭の悩みを抱えているのだ。
92704cdbd2f04f65b4b38deb924d5e66特捜部Q ―檻の中の女―
ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
2013年

アマー島の銃撃戦で部下のひとりが亡くなり、もうひとりは脊髄損傷となり、カール自らも撃たれ意識不明となった。部下を救えなかったことに彼は罪の意識を感じている。傷が癒えて警察署に復帰した彼を待っていたのは、特捜部Qへの異動であった。

おりしも、デンマーク国会では、未解決事件が増えていることが取り上げられ、警察の捜査能力の低下が問題になっていた。そこでコペンハーゲン警察署内に未解決事件の再捜査にあたる部署を新設し、予算をつける案が浮上した。
この案に、殺人捜査課長と副課長はほくそ笑んだ。殺人捜査課の連中は、カールを辣腕捜査官と認めるものの嫌っている。遅刻はするは、他人の捜査に首を突っ込むは、居留守を使うはと、協調性にかけるからだ。
課長たちの考えは、警察署の地下倉庫を特捜部Qに割当て、カールを昇進させて特捜部Qの長にする。そして、予算を殺人捜査課で使ってしまおうというもの。そうすれば、やっかい者のカールを地下に追いやることができるし、殺人課が経済的に潤い一挙両得になる。
そもそも特捜部Qには再捜査の成果なぞ期待していないから、部下はシリア人のアサドひとりが割り当てられた。カールは予算獲得の方便として署内左遷させられた形になった。

アサドは身上調査書に触れられると拒否反応を示し、自らの過去をひた隠している。警察官としての訓練を受けていない彼だが、能力は極めて高い。ファイルを読む速度は驚異的に早いし的確に情報を把握している。いつの間にか署内の女性係官と仲良くなって、データの検索などを優先的にやってもらっているのだ。また友人にはコンピュータに長けたハッカーもいるようだ。1日2回のメッカに向いての祈祷や得体のしれない食べ物を持ち込んで署内を悪臭で充満させる、そんな特異なキャラクターのアサドの存在が本書を一層面白くしている。

カールとアサドが再捜査の対象に選らんだのは、7年前起こったミレーデ・ルンゴー失踪事件。船上で行方不明となり、死体は上がらなかったものの溺死として片付けられた。ミレーデ民主党副党首は、国民的人気があり、記者たちにも好かれ、政敵ですら彼女に好意をもつ、将来の首相候補と目されるような女性である。しかも美人、そんな非の打ちどころのないミレーデはなぜ失踪したのか。
調べれば調べるほど、当時の捜査の杜撰さが明らかになっていく。
そして、カールたちはミレーデがなんらかの事件に巻き込まれたと確信するに至るのだった。

2002年に拉致され監禁され続けるミレーデが2009年に至るまでと、事件を捜査するカールとアサドたちの2009年現在の、ふたつの時間軸でストーリーが進み、最後に軸が集約する構成になっている。

ミレーデを監禁する犯人の目的はなにか。その答えはミレーデが14歳のときに、一家が巻き込まれた交通事故にまで遡る。
ミレーデを監禁する犯人の動機に、サイコパスとはいえ飛躍はない。監禁されている部屋はの仕組みは、意表つくアイデアで専門的であり飽きさせない。そうしたところが、本書を抜群に面白いミステリにしていると思う。

協調性に欠けるとされるカールの行動には、そのような気配はなかった。アサドの素姓は不明のままだ。ミレーデ監禁事件を解決し大手柄をたてたふたりだが、特捜部Qのコペンハーゲン署内での今後の処遇は?翻訳されているシリーズの中で、そのあたりはどうなるのだろう。

ところで、主人公の結婚運の悪さについてであるが、ジャック・フロスト警部は愛妻に先立たれている。クルト・ヴァランダー警部は離婚した元妻に未練たらたらであった。レイキャヴィックのエーレンデール捜査官(『湿地』)は20年も前に離婚して妻とは音信不通である。→人気ブログランキング

2013年11月 7日 (木)

カイユボット展@ブリジストン美術館

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1311071 本展のポスターの絵〈ヨーロッパ橋〉は、多くの画家たちが題材にしている当時造られたばかりの鉄製のヨーロッパ橋を描いたもの。パリのサン・ラザール駅構内にかけられた橋である。労働者が欄干にもたれて物思いにふけり、向こうからは上流階級の男女が談笑しながら歩いてくる。首輪をつけた犬が尻尾を振りながら、だいぶ先に行ってしまった飼い主のあとについていく。はるか向こうには汽車から舞い上がった白い蒸気が見える。近代化された都会の息吹が感じられる作品である。
カイユボットはパリの街や人々の姿を多く描いた。本展のサブタイトルは、「都市の印象派  日本初の回顧展」。カイユボットを知らなかったので、本展には新鮮な感激があった。

1311072_2〈室内、読む女〉
極端に大きく描かれた手前の女性は椅子に座って雑誌を読んでいる。ソファーに寝転んでいる男性も同じように何かを読んでいる。本作は近代化された都市に住む人々の孤独を描いているとされる。
手前を大きく描き遠近法を強調する構図は、浮世絵の影響を受けているといわれている。


1311073〈パリの通り、雨〉
エレガントに着飾った男女が手前に配置され、雨が描かれていないものの濡れている傘や石畳に光沢があり、雨が降るパリの街がシックに描かれている。今回展示されたのはエスキス・下絵であるが、右は完成品。


1311074ギュスター・カイユボット(1848年~1994年)は、パリの裕福な家に育った。ふたりの弟は音楽の道に進んでいる。30歳のときに相続した遺産で、売れなかった頃のモネの絵を買って経済的に支えたという。印象派のなかでもモネとは特別な友好関係にあった。モネはカイユボットの左の絵〈ピアノを弾く姉妹〉を生涯持っていたという。カイユボットは、その他、シスレー、ルノワール、ピサロ、ドガ、セザンヌらの印象派の作品を購入している。また印象派展の開催にも経済的なバックアップをしたという。
自らも、第2回印象派展(1876年)以降、5回出品したが、印象派展の運営をめぐってドガと意見が合わなくなり、その後は印象派から身を引くようになった。
晩年は、パリ西北部のセーヌ川畔に居を構え、ヨット遊びやヨット作り、切手収集、園芸などに興じたという。

1894年、45歳の若さで亡くなったときに、遺言に従い収集した印象派の作品が国に寄贈されようとしたが、印象派と対立する官展派や国の美術行政機関から寄贈が反対された。国がカイユボット・コレクションの約半数の38点を受け入れるまでには2年を要し、ルノアールが尽力した。この寄贈交渉は「カイユボット事件」としてパリの新聞を賑わせたという。もちろんパリ市民の多くはルノアールを応援した。

カイユボットを通して印象派をみると、当時パリの美術界を牛耳っていた古き体質のサロン(官展派)と苦悩する印象派グループのせめぎ合いがかいま見える。

本展には、カイユボットの弟マルシャルが撮影した写真が数多く出展されている。ブログランキングへ

カイユボット展
ブリジストン美術館
2013年10月10日~12月29日
→【2014.01.24】モネ展@国立西洋美術館

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