特捜部Q ―檻の中の女― ユッシ・エーズラ・オールスン
警察ミステリの主人公たちは、妻〈運〉が悪い。本書のカール・マークも例に漏れず、妻は家を出て若い男と暮らしている。同僚からは煙たがれるカールだが、人のいい面もあって義理の息子と暮らしている。その息子は数学の成績が悪すぎて大学進学がおぼつかない。芸術家気取りの妻は突拍子もない時間に電話をかけてきて金をせびったりする。カールは家庭の悩みを抱えているのだ。
特捜部Q ―檻の中の女― ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2013年 |
アマー島の銃撃戦で部下のひとりが亡くなり、もうひとりは脊髄損傷となり、カール自らも撃たれ意識不明となった。部下を救えなかったことに彼は罪の意識を感じている。傷が癒えて警察署に復帰した彼を待っていたのは、特捜部Qへの異動であった。
おりしも、デンマーク国会では、未解決事件が増えていることが取り上げられ、警察の捜査能力の低下が問題になっていた。そこでコペンハーゲン警察署内に未解決事件の再捜査にあたる部署を新設し、予算をつける案が浮上した。
この案に、殺人捜査課長と副課長はほくそ笑んだ。殺人捜査課の連中は、カールを辣腕捜査官と認めるものの嫌っている。遅刻はするは、他人の捜査に首を突っ込むは、居留守を使うはと、協調性にかけるからだ。
課長たちの考えは、警察署の地下倉庫を特捜部Qに割当て、カールを昇進させて特捜部Qの長にする。そして、予算を殺人捜査課で使ってしまおうというもの。そうすれば、やっかい者のカールを地下に追いやることができるし、殺人課が経済的に潤い一挙両得になる。
そもそも特捜部Qには再捜査の成果なぞ期待していないから、部下はシリア人のアサドひとりが割り当てられた。カールは予算獲得の方便として署内左遷させられた形になった。
アサドは身上調査書に触れられると拒否反応を示し、自らの過去をひた隠している。警察官としての訓練を受けていない彼だが、能力は極めて高い。ファイルを読む速度は驚異的に早いし的確に情報を把握している。いつの間にか署内の女性係官と仲良くなって、データの検索などを優先的にやってもらっているのだ。また友人にはコンピュータに長けたハッカーもいるようだ。1日2回のメッカに向いての祈祷や得体のしれない食べ物を持ち込んで署内を悪臭で充満させる、そんな特異なキャラクターのアサドの存在が本書を一層面白くしている。
カールとアサドが再捜査の対象に選らんだのは、7年前起こったミレーデ・ルンゴー失踪事件。船上で行方不明となり、死体は上がらなかったものの溺死として片付けられた。ミレーデ民主党副党首は、国民的人気があり、記者たちにも好かれ、政敵ですら彼女に好意をもつ、将来の首相候補と目されるような女性である。しかも美人、そんな非の打ちどころのないミレーデはなぜ失踪したのか。
調べれば調べるほど、当時の捜査の杜撰さが明らかになっていく。
そして、カールたちはミレーデがなんらかの事件に巻き込まれたと確信するに至るのだった。
2002年に拉致され監禁され続けるミレーデが2009年に至るまでと、事件を捜査するカールとアサドたちの2009年現在の、ふたつの時間軸でストーリーが進み、最後に軸が集約する構成になっている。
ミレーデを監禁する犯人の目的はなにか。その答えはミレーデが14歳のときに、一家が巻き込まれた交通事故にまで遡る。
ミレーデを監禁する犯人の動機に、サイコパスとはいえ飛躍はない。監禁されている部屋はの仕組みは、意表つくアイデアで専門的であり飽きさせない。そうしたところが、本書を抜群に面白いミステリにしていると思う。
協調性に欠けるとされるカールの行動には、そのような気配はなかった。アサドの素姓は不明のままだ。ミレーデ監禁事件を解決し大手柄をたてたふたりだが、特捜部Qのコペンハーゲン署内での今後の処遇は?翻訳されているシリーズの中で、そのあたりはどうなるのだろう。
ところで、主人公の結婚運の悪さについてであるが、ジャック・フロスト警部は愛妻に先立たれている。クルト・ヴァランダー警部は離婚した元妻に未練たらたらであった。レイキャヴィックのエーレンデール捜査官(『湿地』)は20年も前に離婚して妻とは音信不通である。→人気ブログランキング
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