マグダラのマリア エロスとアガペーの聖女 岡田温司
マグダラのマリアは、マグダラで生まれ育ったマリアという意味である。マグダラはイスラエル北東部ガリラヤ湖北西岸にあった町で、現在はミグダルとよばれる。
イエスによって回心した罪深い女、聖女にして娼婦、このマグダラのマリアのイメージは、固定されたものではなく時代とともに揺らいでいたという。それはジェンダー間の葛藤の産物だという。このマグダラのマリアに対するステレオタイプなイメージが、いつ頃どのようにできあがったのかが、本書のテーマである。
![]() 岡田温司 (Okada Atsushi) 中公新書 2005年 |
マグダラはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書で、おもに磔刑、埋葬、復活に関わる場面に登場している。しかし、回心した娼婦という彼女の核心に関わるアイデンティティについての記載はまったくないという。4人の福音書記者たちの間には、マグダラに対する評価に違いがある。ルカはマグダラに対して手厳しい。率直にいえば、イエスの復活に最初に立ち会ったのが女のマグダラというのは、男の信徒として認めがたいということなのだろう。
原始キリスト教において、マグダラが娼婦であったという記録はないという。
マグダラの人物像が、今のように「娼婦から改悛して熱心な信徒になった」という濡れ衣を着せられるのは、14世紀からだという。これは男性が女性信徒に説教するときに都合が良かった。「いにしえの娼婦よりも昨今の女性の振る舞いには目に余るものがある。マグダラを見習って信仰に身を捧げなさい」というふうに利用されたのである。マグダラは美しく品格があったから、そのような筋書きが受け入れられたのだという。
罪深い生活を送ったマグダラが改悛し、聖女として聖母マリアに近づくことができた。いくら罪深くとも改悛すれば何とかなる。娼婦と聖女、落差が大きければ大きいほど説得力があるのだ。
当時、女子修道院は恵まれない女性たちの避難場所であった。そこには、娼婦、夫に先立たれた妻、家庭内暴力から逃れる女、レイプされた女、父に連れらてきた娘、孤児、病人など、マグダラに共感を持つ女性は大勢いた。
さらに、16世紀のローマでは、コルティジャーナ(高級娼婦)たちが、貴族や皇帝や教皇たちの愛人として囲われた事実がある。マグダラはコルティジャーナたちにとって、信仰の対象として必須の存在だったのである。彼女たちのアイドルといってもいい。
華美な服装を身にまとい多数の装飾品を身につける姿も許されるし、身体の線をあらわにし恍惚の表情でエロティックな姿も許される。そんな聖女マグダラは、絵を依頼する貴族や教会にとっても画家たちにとっても、恰好の題材であったに違いない。
悪魔の化身であるエヴァは忌避の対象であり、聖母マリアは近づき難い天上人である。いつの間にか濡れ衣を着せられたマグダラのマリアは、その間を埋めるグラデュエーションの存在として、人びとに受け入れられたのだろう。→人気ブログランキング
→『不思議なキリスト教』 (講談社現代新書)2011年
→『新約聖書 ~イエスと二人のマリア~』2012年
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