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2014年3月

2014年3月30日 (日)

二重らせん ジェームス・D・ワトソン

<本書は、フランシス・クリックと共にDNAの二重らせん構造を発見したジェームズ・ワトソンが書いた。1953年に論文を科学雑誌『ネーチャー』に投稿するまでの数年間が、スピード感のある少し興奮気味の文章で綴られている。論文の発表当時、ワトソンは弱冠25歳、週末にはパーティで女の子を物色するような年頃だった。
1962年に、ワトソンとクリックはDNAのX線写真を解析したモーリス・ウィルキンズとともにノーベル生理学医学賞を受賞している。
Image_20201206162101二重らせん
ジェームス・D・ワトソン(江上不二夫/中村桂子訳)
講談社文庫
1986年

このDNAの二重らせん構造の発見にはデータの剽窃疑惑があり、その観点から本書を読むのも一興である。
疑惑とはワトソンとクリックがDNAの構造解明に、ウィルキンズの同僚であったロザリンド・フランクリンが撮影したDNA結晶のX線写真を正当でない手段で手に入れたことである。彼女が撮った鮮明なX線写真はDNAの構造を解明するには不可欠であった。
ワトソンが書くロザリンドは、かなり癖のある女性で、ウィルキンズとの関係はうまくいっていなかったという。ワトソンに対しては攻撃的で暴力をふるおうとしたこともあったと書いているが、果たしてそうだったのか。彼女は1958年に37歳の若さで亡くなっている。

ワトソンとクリックには剽窃疑惑の他にも批判される点があったと思う。
彼らはコツコツ実験を積み重ねたわけではない。ワトソンはヘモグロビンのX線写真を撮るために馬の血液を採取し凍結させる作業をしたことがあったが、失敗に終わってしまい、X線を撮る作業ができなくなった。そのことについて、無駄な実験をしなくて済んで、失敗して良かったと不埒なことを書いている。
彼はDNAの構造解明に役立ちそうな研究をしている研究者のところに顔を出し、おしゃべりをして情報を集めていた。
一方、クリックは大声で一日中でもしゃべっているような人物であると書かれている。クリックはアイディアを他の研究者に盗用されたと大騒ぎし、主任教授との仲が険悪になったこともあった。
ふたりは分子模型を業者に作らせて、ああでもないこうでもないとやって、あるときワトソンがひらめいたのが二重らせん構造だった。このキリギリス的な研究姿勢にライバルたちは反感を抱いたのではないだろうか。

本書は1968年に発刊された。草稿の段階でクリックをはじめ、ワトソンが席をおいた研究室の教授であったローレンス・ブラッグ卿、ウィルキンズ、DNAの構造の研究で先陣争いを繰り広げた物理化学者の大御所ポーリング・ライナスたちが、事実と異なるとして書き直しを求めたという。特に共同研究者のクリックは書かれた内容に対し怒りをあらわにしたという。
また、ウィルキンズとともにDNA結晶のX線写真の研究をしていたロザリンドについては、この時すでに他界していたが、記述に悪意が感じられ事実と異なるとの指摘がされた。
ワトソンは幾分修正を加えたものの、ロザリンドに関する箇所は書き換えることなくそのまま出版したという。
本書が発刊された後、本書の登場人物や伝記作家らが剽窃疑惑に言及した書籍を出版している。→人気ブログランキング

『ダークレディと呼ばれて 二重らせん発見とロザリンド・フランクリンの真実』ブレンダ・マドックス(鹿田昌美訳/福岡伸一監訳)化学同人 2005年
『二重らせん第三の男』モーリス・ウィルキンズ(長野敬/丸山敬訳)岩波書店 2005年
『DNAに魂はあるか―驚異の仮説』フランシス・クリック(中原英臣訳) 1995年

生物と無生物のあいだ』福岡伸一 講談社現代新書 2007年

2014年3月26日 (水)

とことん!とんかつ道 今柊ニ

とんかつは料理法がそう難しくないから、まだ敗戦の名残がそこかしこで感じられる昭和の頃にも、家庭の食卓に上がった。揚げたかつにポテトサラダを添えれば、豪華メニューであった。何しろあの頃は、肉を食べることが大イベントだった。
そんなとんかつは今もご馳走の部類に入っている。
4a46e5f52042494295059ea47c37dd6dとことん!とんかつ道
今 柊二(Kon Toji
中公新書ラクレ
2014年

とんかつを俎上に上げれば、まず肉はロースがいいかフィレがいいかが問題になる。

次は肉の厚み、厚いのがいいのか肉叩き器で伸ばしたのがいいのか。筋を切って食べやすく処理したのがいいのか。一口サイズがいいか。
パン粉はキメが細かいのか粗いのか、生パン粉はどうか。
油は、サラダ油だけかラードを混ぜるか、ラードの分量を多くするか、最近流行りのカロリー控えめか。
添え物は、千切りキャベツがいいか、ポテトサラダはどうか。レモンは添えるか。
とんかつソースかウスターソースか味噌入りソースか。辛子は添えるか、添えるとすれば和か洋か。
みそ汁は赤だしか普通のみそか。みそ汁の中身はどうするか。
漬物はお新香か、白菜漬けか、キュウリ漬けか、キャベツ漬けか、などとどんどん広がっていって楽しい。

国民的な人気の食べ物の本には、せめて県庁所在地の代表店を載せたいところだ。そこまでいかなくとも、首都圏だけでなく地方の店をある程度カバーするのがお約束なのだが、本書は網羅度が低いのが少し残念だ。

話はそれるが、およそパン粉をつけてあげたフライに属するおかずの面々は、ウスターソースをかければ美味しくいただける。フライの味にやや難がある場合でも、ソースをドバドバと多めにかければ、何とかなるものだ。

第4章では、とんかつ発展史としてとんかつ誕生からの簡単な歴史が書いてある。
東京でとんかつ店を探すときに大いに役立ちそうな一冊。
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【食に関する本】
とことん!とんかつ道/今柊二/中公新書ラクレ/2014年
美食の世界地図
料理の最新潮流を訪ねて
/山本益博/竹書房新書/2014年
クスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力/にむらじゅんこ/平凡社 新書/2012年
冬うどん 料理人季蔵捕物控/和田はつ子/ハルキ文庫 2012年
ラーメンと愛国/速水健朗/講談社現代新書/2011年
世界ぐるっと肉食紀行/西川治/新潮文庫/2011年
高級ショコラのすべて小椋三嘉/PHP新書/2010年
チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石/武田尚子/中公新書/2010年
グルメの嘘/友里征耶/新潮新書/2009年
吉田類の酒場放浪記/TBSサービス/2009年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社新書/2004年
食べるアメリカ人/加藤 裕子 /大修館書店/2003年
至福のすし「すきやばし次郎」の職人芸術/山本益博/新潮新書/2003年
フグが食いたい!―死ぬほどうまい至福の食べ方/塩田丸男/講談社プラスアルファ新書/2003年
カラ-完全版 日本食材百科事典/講談社プラスα文庫/1999年
インスタントラーメン読本/嵐山光三郎/新潮文庫/1985年
アメリカの食卓/本間千枝子/文春文庫/1984年

2014年3月24日 (月)

なぜ人を殺してはいけないのか? 永井均×小泉義之

10年くらい前に、「なぜ人を殺してはいけないのか?」というテーマがマスコミで取り上げられたことがあった。神戸の少年殺人事件が起こったあとである。喧々諤々とやった末に「殺していいという理由も、殺してはいけないという理由も、それぞれ100ぐらいもあげられる」と言って議論を打ち切った評論家がいたが、説得力があると思った。
Image_20201122093501なぜ人を殺してはいけないのか?
永井均 (Nagai Hitoshi)×小泉義之(Koizumi Yoshiyuki
河出文庫
2010年1月(←単行本1998年10月)

本書の哲学者同士の対談は話がかみ合っていない。
それを補うために、後半は自らの見解をお互いが相手に対し少しばかりの批判を込めて語っている。噛み合っていないからといって対談が失敗とはいえない。考えが異なればかみ合わないのは当然である。小泉氏は永井氏の哲学理論を予習してきたらしいが、永井氏に言わせれば理解されてないという。

哲学は数学的な思考の進め方をするところがある。ある結論に導くために付属する余分な考えをそぎ落としていく。永井氏はそうした数学的な思考過程を示しているのでわかりやすい。一方、小泉氏は哲学と倫理や道徳との線引きがはっきりしていないところがあり、あるいは多少宗教的な考えが根底にあるのか曖昧さがある。

永井氏は、道徳が関わる項目は少ない方がいいという考えである。
例えば、性差別がなければ性的暴力は単なる暴力である。現在の性に対する道徳や倫理がなければ援助交際は単なる男と女の交渉ごとになる。ただし、道徳批判をする人も必ず道徳の中にいる二重性を知っておくべきだという。

朝日新聞のコラムに、大江健三郎氏が「なぜ人を殺してはいけないのか?という質問することは品がない」と、封じ込めようとする意見を述べたことがあった。小泉氏も大江氏と同じ立場のように思える。
永井氏は公の場の議論においてこの疑問を封じ込めることに異を唱えているわけではないが、人を殺してもいいということを哲学的に導き出すことができるといっているのである。 →人気ブログランキング

〈PS〉
勉強ができない子に対し、教師は「君は努力が足りないもう少し頑張れ」という。その子は自分に能力がないことに気がつかずに、頑張れない人間と思い込む。教師は能力がない子を頑張れない生徒にしたてあげるわけである。
永井氏が主張する「善なる嘘」とは、事実に反していることは知っているが、それが事実であるかのように語ることで世の中がよくなるような言説のことである。教師は「善なる嘘」を語らざるを得ない存在である。教師はニーチェの「道徳の系譜学」でいう僧侶に当たる。
なお、永井氏は『これがニーチェだ』(講談社現代新書 1998年)を執筆中であることに再三触れ、ニーチェを引用していると述べている。学校化された思考が哲学的思考の足を引っ張っているともいっている。

2014年3月20日 (木)

六つの星星 川上未映子対話集 川上未映子

対談は聞き手が相手の話を引き出すというパターン、つまり「インタビュー型」と、対談者がおよそ同等の立場で話すことによって話が広がったり横にそれたり、あるいは予期せぬ展開になったりする「化学反応型」があると思う。
本書は対談ではなく対話集だから、はじめから化学反応を狙っている。
Image_20201209201101六つの星星 川上未映子対話集
川上未映子(Kawakami Mieko
文春文庫
2012年

斉藤環(精神科医)とは、斎藤が自説を展開し川上を精神分析の俎上にのせようとするものだから、それはちょっと困ると川上が躊躇する。話がかみ合っていない印象がある。

福岡伸一(分子生物学者)とは、先生と生徒の関係。福岡には散文的な抱擁力あるから質問に臨機応変に応じている。生命も言葉も破壊を必要とする。新しい生命を生み出すために古いものは死滅するし、新しい文体を生むには、文章をまずバラバラにしてみるというあたりで話が一致する。

松浦理英子(作家)とは、松浦の現代語訳『たけくらべ』の話題からジェンダーの問題になり、話は化学変化を起こす。

穂村弘(歌人)とは、種村の「ワンダーとシンパシー」という尺度で話が進む。「川上さんはわりといつも同じようにしゃべるでしょう。相手が詩人でも、たぶんホステス時代のお客でも」という、川上のフラットで壁を作らない話し方を指摘する。

多和田葉子(作家)とは、ことばについて語り合う。ことばや漢字の持つ不思議なイメージをそれぞれが披露。他人の書いた文章は読みにくいのは当たり前、「読みにくかったとか読みやすかったと評するのは的が外れている」というのは納得できる。

永井均(哲学者)とは、前半では永井の哲学と倫理学についての話が進み、後半は川上の小説『ヘブン』について分析する。川上の意図するところと相手の理解が異なる点を掘り下げているところが面白い。→人気ブログランキング

乳と卵』(2008年 文藝春秋)→文春文庫
わたくし率 イン 歯ー、または世界』(2007年 講談社)→講談社文庫
オモロマンティック、ボム!』(新潮社文庫)
六つの星星 対話集』(2010年 文藝春秋)→文春文庫
世界クッキー』(2009年 文藝春秋)→文春文庫 
そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(2006年 ヒヨコ舎)→講談社文庫

2014年3月16日 (日)

美食の世界地図   料理の最新潮流を訪ねて 山本益博

かつて、世界の料理をフランスが牽引していた。その伝統はポール・ボキューズ、ジョエル・ロブション、アラン・デュカスと引き継がれていたが、フェラン・アドリアのエル・ブリ(あるいはエル・ジブ)が閉店したあとは、求心力のある料理人がいなくなったという。
今や、エル・ブリで修行したアドリアの弟子たちが、ヨーロッパやアメリカの各地で活躍している。著者はそれらの料理店を食べ歩いて最新情報をレポートしている。
Image_20201208163001美食の世界地図 料理の最新潮流を訪ねて
山本益博(Yamamoto Masuhiro
竹書房新書
2014年

食はファッションと似たようなところがある。
最先端では、ある意味で実験的で斬新な料理が提供されるし、驚くほど高価な料理がある。一方、家庭では普段着を着るように、日常の食卓にのるありふれた料理がある。
パリコレで絶賛されたファッションが庶民におよそ縁がないように、最先端をいく料理店や超高級店は庶民には全く縁がない。ただし、ユニクロを代表とする低価格帯のファッションブランがあるように、料理にはB級グルメの愛すべき世界がある。
料理界のトレンドは、最先端を食べ歩く著者のような人物たちに任せておけばいい。そこからこぼれてくる情報で庶民は十分である。

本書の中盤では、日本料理の最先端の店に触れ、すきやばし次郎を誉め、ミシュランガイドの不可解な採点基準に疑問を投げかけている。
参考までに、すし飯がの良し悪しはかんぴょう巻を食べると一番わかるという。

最後は、日本の食に関しての説教めいたことを書いている。かつては鼻持ちならない自慢こきの美食おやじとレッテルを貼っていたのだが、本物を追求して洗練されてきたのか、説教が的を射ているように思う。
そんなわけで、著者の食に関する集大成といえる本である。→人気ブログランキング

【食に関する本】
とことん!とんかつ道/今柊二/中公新書ラクレ/2014年
美食の世界地図
料理の最新潮流を訪ねて
/山本益博/竹書房新書/2014年
クスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力/にむらじゅんこ/平凡社新書/2012年
冬うどん 料理人季蔵捕物控/和田はつ子/ハルキ文庫 2012年
ラーメンと愛国/速水健朗/講談社現代新書/2011年
高級ショコラのすべて小椋三嘉/PHP新書/2010年
チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石/武田尚子/中公新書/2010年
グルメの嘘/友里征耶/新潮新書/2009年
吉田類の酒場放浪記/TBSサービス/2009年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社新書/2004年
食べるアメリカ人/加藤 裕子 /大修館書店/2003年
至福のすし「すきやばし次郎」の職人芸術/山本益博/新潮新書/2003年
フグが食いたい!―死ぬほどうまい至福の食べ方/塩田丸男/講談社プラスアルファ新書/2003年
カラ-完全版
日本食材百科事典
/講談社プラスα文庫/1999年
インスタントラーメン読本/嵐山光三郎/新潮文庫/1985年
アメリカの食卓/本間千枝子/文春文庫/1984年

2014年3月13日 (木)

わたくし率 イン 歯ー、または世界 川上未映子

主人公は身体のどこに存在しているのか?という問いで始まる。脳ではなくて奥歯に存在すると主人公つまりわたしは思う。
Image_20201120115001わたくし率 イン 歯ー、または世界
川上未映子(Kawakami Mieko
講談社文庫 2010年

わたしは歯科医院の助手として就職し、先輩から謂われのない嫌がらせを受けるいじめの日々を送る。ある日、奥歯に穴が開いた青木がやってきてセメントを詰める治療が行われる。
中学生の頃、『雪国』の「トンネルをぬけると雪国だった」の主語は何か?と青木に訊かれて一緒に考えた。わたしはその答えを告げに青木のアパートに出向く。そこには厚化粧の女がいて、立て板に水の大阪弁でまくしたて、泣きながら引き返えさざるをえない。本書のテーマの半分はいじめだ。
奥歯がなくなると、わたし自身がいなくなるかを確かめるようと、無麻酔で奥歯を抜いてもらうことにする。そして口の中が血だらけになるのだった。→人気ブログランキング

大阪弁の独創的な文体で、シュールでアナーキーなストーリーが展開される。第137回芥川賞候補(2007年)になった。→ブログランキングへ

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【川上未映子の作品】
〈小説〉
『愛の夢とか』(2013年 講談社)
『すべて真夜中の恋人たち』(2011年 講談社)
『ヘヴン』(2009年 講談社)→講談社文庫 
乳と卵』(2008年 文藝春秋)→文春文庫
わたくし率 イン 歯ー、または世界』(2007年 講談社)→講談社文庫
〈随筆・対談集〉
『安心毛布』(2013年 中央公論新社)
『人生が用意するもの』(2012年 新潮社)
『魔法飛行』(2012年 中央公論新社)
『ぜんぶの後に残るもの』(2011年 新潮社)
『発光地帯』(2011年 中央公論新社)→中公文庫
『夏の入り口、模様の出口』(2010年 新潮社)→『オモロマンティック、ボム!』と改題(新潮社文庫)
六つの星星 対話集』(2010年 文藝春秋)→文春文庫
『世界クッキー』(2009年 文藝春秋)→文春文庫 
そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(2006年 ヒヨコ舎)→講談社文庫 
〈詩集〉
『水瓶』(2012年 青土社)
『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』 (2008年 青土社)

2014年3月 8日 (土)

乳と卵 川上未映子 

著者の文章は主語がなかったり述語を省略したり、句点を打たずに長々と続けたり、大阪弁をつかったり、自由だ。詩的な表現が魅力。徹底して男の視点が排除され、テーマである女性「性」を、女の視点で赤裸々にしている。
著者のサイト純粋悲性批判をのぞいたら、乳と卵は二大アレルギー物質と、なるほどねー。
第138回芥川賞(2008年1月)受賞作。
Photo_20201120144701乳と卵(らん)
川上未映子(Kawakami Mieko
文春文庫
2010年

40歳の姉とその娘が、姉の豊胸手術の目的で大阪から東京に出てきて主人公のアパートに滞在する3日間を描いたもの。思春期の娘は言葉を発せず筆談でコミニュケーションをとるようになっていた。

豊胸手術は誰のために受けるのか。男のためではないかという厚化粧女と、手術を受けるのは自分のためであり、そもそも化粧をすることそのものが男に迎合しているという胸の平たい女との言い争いの場に、主人公がいあわせたエピソードが書かれている。やり取りは、白熱してやがて関西弁になるのだが、いわば女性に関わる古典的かつ哲学的な問題であって、愛読書として『子供のための哲学対話』(永井均/講談社文庫/2009年)を挙げる著者が、本書でもっとも力を入れたところではないか。哲学と関西弁の相性のよさは、『ソクラテスの弁明 関西弁訳』(プラトン 井口裕康訳/パルコ/2009年)で、目からウロコものくらいに、証明済みである。厚化粧女と胸平板女が繰り広げる会話にはユーモアがありテンポがよくて、まるでコントのよう。このあたりは大阪人である著者のサービスかもしれない。

姉は乳房に異常なこだわりを持ち、だから豊胸手術を受けようと考えるのだが、主人公と出掛けた銭湯では、選り取り見取りのサンプルを目の前にしての乳房談義あれこれを繰り広げる。乳房が膨らむことに異常な嫌悪を持つ娘は、母親が豊胸手術を受けることがどうにも許せず反抗的になっている。主人公は早まって始まった月経にうんざりしている。

後半に、母娘がいくつもの卵を頭で割り身体中がベトベトになる場面がある。女性「性」の根元である卵子を破壊する象徴と捉えることができるが、いささか突飛である。
ともあれ、肉体的にであれ精神的にであれ、三者三様の逃れようのない、なんとも鬱陶しい女性「性」との格闘が緻密に描かれている。

ほかに、『あなたたちの恋愛は瀕死』が収録されている。→人気ブログランキング

2014年3月 6日 (木)

ソクラテスの弁明 関西弁訳 プラトン 井口裕康訳

本書は、哲学のわかりにくさをどうにかしようと関西弁を使っている。
関西弁と哲学の相性は目からウロコが落ちるほどいい。
Image_20201208120401ソクラテスの弁明 関西弁訳
プラトン 井口裕康訳
パルコ
2009年

70歳ちょい過ぎの関西のおっさん(ソクラテス)が、500人ほどの裁判員のまえで、身の潔白を証明しているというシチュエーションが、ありありと浮かんでくる。なんでまた500人も裁判人がいるのだ?
おっさんの関西弁が桂米朝の言い回しを想定しているというのだから、年恰好もちょうどはまって、親しみがわいて、すらすら入る。落語の人情噺のようにも思えてくる。
関西弁はオチあっての言語だから、関西弁を使うことは、話にオチがつくこと。わかりにくいグダグダした「弁明」にオチありそうなので、それを期待しながら読むとすんなり頭に入るわけだ。
目のつけどころが卓絶(2009年9月)。→人気ブログランキング

ソクラテスの弁明 関西弁訳/プラトン 井口裕康訳/パルコ/2009年

2014年3月 1日 (土)

オモロマンティック・ボム! 川上未映子

同名のコラムを、『週刊新潮』でみかけたとき、何げないことをさりげなく書いているのに深いなと思った。こうしてまとまったのを読むと、著者の独創性がみえて、未映子ワールドが魅力的だと再認識した。
Photo_20201120123901オモロマンティック・ボム!
川上未映子(Kawakami Mieko
新潮文庫 2012年 

日常の話題を、力の入ってなさそうな語り口で、ぐんぐん広げていき、テーマのの本質の周辺にたどり着いてしまう。著者の独特な見方は決して定石通りの捉え方ではないから、そんな見方もあったかと感心させられる。また低血圧で脱力的、力強くないところが読み手には心地いい、かといってネガティブでない。あまり力を入れず物事をポジティヴに捉える思考手順がいい。

『オモロマンティック・ボム!』は『週刊新潮』のコラムとして、はじめは1年という期限付き始まったという。それが延長になるとき、著者は担当者に「こんなんでいいんですかね」と質したという。『週刊新潮』にすれば、著者の異質の才能は、余人に代え難いものがあると判断したと思う。1年で打ち切るなんてことはあり得ないことだっただろう。まあ、使い古された言葉でいえば荒削りだけれど奥が深く光るものがある感じです。

哲学の匂いやスピリチャルの匂い、どちらも強引さが特徴であるから、少しアナーキーなニュアンスもあって、さらにフェミニンであり若干ノスタルジックでありピュア、そんなことをすべて含めて、魅力的なエッセイ集です。→人気ブログランキング

大阪弁の独創的な文体で、シュールでアナーキーなストーリーが展開される。第137回芥川賞候補(2007年)になった。→ブログランキングへ

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【川上未映子の作品】
〈小説〉
『愛の夢とか』(2013年 講談社)
『すべて真夜中の恋人たち』(2011年 講談社)
『ヘヴン』(2009年 講談社)→講談社文庫 
乳と卵』(2008年 文藝春秋)→文春文庫
わたくし率 イン 歯ー、または世界』(2007年 講談社)→講談社文庫
〈随筆・対談集〉
『安心毛布』(2013年 中央公論新社)
『人生が用意するもの』(2012年 新潮社)
『魔法飛行』(2012年 中央公論新社)
『ぜんぶの後に残るもの』(2011年 新潮社)
『発光地帯』(2011年 中央公論新社)→中公文庫
『夏の入り口、模様の出口』(2010年 新潮社)→『オモロマンティック、ボム!』と改題(新潮社文庫)
六つの星星 対話集』(2010年 文藝春秋)→文春文庫
『世界クッキー』(2009年 文藝春秋)→文春文庫 
そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(2006年 ヒヨコ舎)→講談社文庫 
〈詩集〉
『水瓶』(2012年 青土社)
『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』 (2008年 青土社)

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