生き延びるためのラカン 斎藤 環
ラカンの入門書。フロイトの流れをくむジャック・ラカン(1901年~1981年)の理論は難解とされるが、それをわかりやすく解説した。強迫神経症や統合失調症などの精神疾患や、ひきこもり、ストーカー、フェチズム、おたく、腐女子、マザコンなどの現代社会の病理を、ラカンの理論は解き明かすことができるという。
著者は引きこもりを専門とする精神科医であり、母娘論やサブカルチャーのオタク、腐女子、ヤンキーなどに関する著作が多数ある。
生き延びるためのラカン 斎藤 環 (Saitoh Tamaki) ちくま文庫 2012年 |
著者はラカン理論の中核をなす「想像界、象徴界、現実界」をフルCGのディズニー映画で説明している。
画面に現れた人物たちの画像イメージが「想像界」にあたる。CG画像を作り出しているプログラミング言語のソースが「象徴界」。数字やアルファベットが並んでいるだけのプログラミングは何がなんだかわからない。このプログラミングが働くためにはパソコンのハードウェアが機能しなくてはならない。認識の埒外にあるハードウェアに相当するのが「現実界」。
この例えはわかりやすい。
「象徴界」は言葉だけの独自の世界、この世界をわれわれは知ることができない。つまり無意識。この無意識のなかで言葉どうしの関係が、人間の欲望を生み出したり、病気の症状をもたらしたりしているというのだ。
「シニフィアン」は単語の音、「シニフィエ」はイメージや意味。両者の結びつきに必然性はないという。つまり、あらゆる言葉は他の言葉との関連性のなかで成立する。意味を決定づけるのは、その言葉ではなく言葉どうしの関係とその背景にある文脈。
「シニフィアン」が喚起する言葉のイメージにはかなり幅がある。例えばハトには、鳥と同時に平和や祝福のイメージにもつながる。
「象徴界」は、「シニフィアン」で構造されている。ラカンは統合失調症は象徴界が故障した状態と考えたというのは理解できる。
著者はラカンの人となりにも触れていて、理論は最高だが性格は最悪だったという。表紙カバーは荒木飛呂彦が描いたラカンの似顔絵、その辺りの凄みがよく出ている。→人気ブログランキング
『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』斎藤 環/角川書店/2013年
『生き延びるためのラカン』斎藤 環/2012年
『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』斎藤 環/ちくま文庫/2012年
『関係する女 所有する男』斎藤 環/2009年
『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』斎藤 環/2008年
『一億総うつ社会』片田珠美/2011年
『若者の「うつ」ー「新型うつ病」とは何か』傳田健三/2009年
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ラカンの有名な言葉「欲望は他者の欲望である」を「たまごっち」や「ファービー人形」で説明していて、なるほどと思う。さらにブランド品もわかりやすい。猫も杓子も「ルイヴィトン」を欲しいと思うのは、他者の欲望であると理解できる。欲望はわれわれの内面にあらかじめ備わっているものではなく、常に他人から与えられるものである。
成長の過程で、いつどう自分という存在を認識するのか。それは「想像界」の起源であるが、「鏡像段階」という概念がある。生後6か月くらいから赤ん坊は鏡に映った自分の姿に関心を持ち始める。それが自分の姿であると知って赤ん坊は喜ぶ。それまでバラバラに感じていた身体のイメージを鏡の中でひとつのまとまったイメージに感じるらしい。この時期を「鏡像段階」と呼んでいる。この鏡の中の虚像を自分と思い込むことで、精神医学的なさまざまな事象が説明される。
「対象a」というラカンの用語は、 「欲望の原因」のことである。対象aは「小文字の他者」とも言われている。「対象a」を直接認識することはできない。なぜなら「欲望は他者の欲望である」からである。
「女は存在しない」とは「女性を言葉あるいは精神医学でまたは哲学でで明確に定義づけることができない」という意味。ラカンばかりでなく、哲学3000年の歴史において、女性は埒の外にあった。
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