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2014年8月

2014年8月27日 (水)

「モナリザ」の微笑み  顔を美術解剖する 布施英利

著者の専門は美術解剖学。
レオナル・ド・ダヴィンチは人体解剖を手掛け顔面筋の正確なスケッチを残している。ダ・ヴィンチが人物を描くときに、解剖の知識を多いに活用したことは間違いない。著者には、ダ・ヴィンチと同じ解剖学を学んだという立場で絵を分析できる強みがある。
Photo_20201216084201「モナリザ」の微笑み
布施英利 (Fuse Hideto
PHP新書
2009年

そうした著者の視点からすると、モナリザの顔は合成されて描かれているという。
モナリザの顔は全体として斜めを向いていて、私たちは左斜めから見ている。ところが、左目や顎、鼻や人中を隠すと、顔の右半分は真正面を向いていると主張する。
この描き方はピカソの正面と側面の顔を同時に描くキュビズムの発想につながっていると、著者は大胆に持論を展開する。ピカソはモナリザの絵を見て、キュビズムのアイディアが浮かんだとまでいうのである。

美術史上、有名な「モナリザ盗難事件」の下りが面白い。
1911年、パリのルーブル美術館から「モナリザ」盗まれる。この時、スペインからパリに出てきて間もない29歳のピカソが警察に連行された。盗品の彫刻を買いヤバイと感じたピカソは、詩人のアポリネールを伴って、その彫刻をボストンバッグに入れセーヌ川に捨てるため夜のパリをうろついたものの、捨てずに帰ったという。このことで、ピカソもアポリネールも逮捕された。もちろん犯人は別にいた。
当時、アポリネールと付き合っていたマリー・ローランサンは、母親から泥棒と間違われるような男とは縁を切るように諭され、二人は別れたという。

この事件のあと、ピカソの絵はキュビズムへと変貌を遂げるという。

セザンヌ、レンブラント、アンディ・ウォホールらの作品の共通するところを分析し、さらにギリシャの彫刻とのつながりも挙げ、最終章で「世界は私たちが知っている以上につながっている」と、強引にまとめている。表面的でなく内面を描いている点で共通してるというのである。→人気ブログランキング

2014年8月20日 (水)

名画で読み解く ロマノフ家 12の物語 中野京子

『怖い絵』で一躍脚光を浴びた著書の「名画で読み解く・・・」シリーズ第3段、ハプスブルグ家、ブルボン家ときて、今回はロシアのロマノフ家である。
Image_20201123163601名画で読み解く ロマノフ家 12の物語
中野京子(Nakano Kyoko
光文社新書
2014年

ロマノフ家の呼称は、ロシアに移住したドイツの貴族の5代目ロマン・ユーリエヴィッチが、自らの名前をもとにロマノフ家と改名したことに始まる。16世紀はじめの頃である。
ロマノフ家の家督相続はすんなりいったためしがない。ロシアの最高権力者が、ある日突然失脚するパターンは、繰り返し行われていた。いつ引き摺り下ろされるかわからない、そんな疑心暗鬼な日々を送るなら、いっそ野心のありそうな相手は先に芽を摘んでしまうという発想は当然なわけで、権力の維持や継承に邪魔であれば、家族であろうと親戚であろうと、幽閉、シベリア送り、四肢切断、毒殺と手段を選ばなかった。
そんなロシアは、オーストリアやフランスなどの先進国にとっては、宗教的にも異なる、いつまでたっても垢抜けない野蛮な極寒地の三流国であった。

スペインのハプスブルグ家はいわば貴賎の婚姻を許さなかったゆえに、血族結婚を繰り返し跡継ぎが途絶えてしまった。
ロマノフ家の場合はこの点は実に大らかで、娼婦が玉の輿に乗って妃に登りつめ、さらに女帝となるという、ロシアン・ドリームが起こったのである。ピョートル大帝の妃マルタ(のちのエカテリーナ1世)の素姓は、そのような身分の女性だった。
だからこそ、エカテリーナ1世には日本からの漂流者・大黒屋光太夫の帰国を手助けしてくれるという、近所のオバちゃんのような面倒見の良さがあったわけだ。

ロシアの農奴制度は一部の貴族層に富が集中する仕組みになっていたので、ロマノフ家には金がたっぷりあった。ところが田舎者の汚名返上のためにヨーロッパの名家から妃を迎えようとしても、シカトされたり婉曲に断られたりする有様だった。
ピョートル大帝のヨーロッパ視察旅行では、美術品をごっそり買いあさり、それがエルミタージュ美術館の礎となっている。さらに、ドイツの画商がプロセンのフリードリヒ大王のために、225点もの絵画を集めたものの資金繰りがつかず、代わりにエカテリーナ1世が購入したものだから、大量の名画が非文明国ロシアに流れると抗議行動が起こった。ロシアも嫌われたものである。

Photo_2

後世にイリア・レービンによって描かれた皇女ソフィアの絵は凄まじい。姉弟の覇権争いに敗れ、ピョートル大帝に幽閉されたソフィアの姿は、首をやや反らせ憤怒に顔を膨らませ今にも怒号を発しそうである。見たことのある絵もない絵も、どことなく生々しい。それが今も昔もロシアにつきまとうイメージではないだろうか。→人気ブログランキング

2014年8月17日 (日)

スノーピアサー

2014年、地球温暖化対策として世界中で冷却物質が空中に散布された。これが予期せぬ結果を招き、2031年、地球は氷河期になってしまう。わずかに生き残った人間が生存できる空間は、永久機関によってユーラシア大陸をひた走る列車・スノーピアサーの中だけという設定のデストピアもの。
Image_20201120172501 スノーピアサー (Snowpiercer)
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ/ケリー・マスターソン
音楽:マルコ・ベルトラミ
2013年  韓国  アメリカ  フランス 125分

前方の車両では一握りの特権階級が贅沢な暮らしをしており、後方車両の庶民は厳格に管理されているというピラミッド社会。
まるで独裁国家の北朝鮮を風刺しているようである。
また、下層の乗客たちに配給される食料のプロテインブロックの原料は怪しく蠢く昆虫で、こじつければ、上海で期限切れやカビの生えた肉を混ぜた事件を彷彿とさせる。

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エド・ハリスが先頭車両で暮らす独裁者を、ティルダ・ウィンストンが特殊メイクで、権力を笠に着る三枚目の首相を熱演している。監督は『グエムル 漢江の怪物』(2006年)のボン・ジュノ。北朝鮮を風刺してると感じさせるのは、監督の意図するところかもしれない。

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これまでにも後方車両の住人たちが前方に進もうと、反乱を起こしたことがあったが、ことごとく阻止されていた。その度に警備体制は厳重になっていった。ある日、子供たちが理由を知らされずに連れ去られたことが引き金となって反乱が起こる。リーダー役のクリス・エヴァンスは、乗客を率いて先頭車両に向かう。

途中で、列車のセキュリティ解除のプロであるソン・ガンホを、冬眠から起こし、同士を壮絶な戦いで次々に失いながら、前へと進んでいくのであった。→人気ブログランキング

2014年8月10日 (日)

早熟のアイオワ

世界にひとつのプレイブック』(2012年)で、第85回アカデミー賞主演女優賞を受賞するジェニファー・ロレンス。この作品の後、『キック・アス』(2010年)で大ブレークする、この時9歳のクロエ・グレース・モレッツの魅力あふれる演技が見もの。
プリティー・リーグ』(1992年)で、ジーナ・デイビスの妹キット役を演じたロリ・ペティ自らが、少女時代の体験を元に脚本を書き、メガホンをとった作品である。
Image_20210118122301早熟のアイオワ
The Poker House
監督:ロリ・ペティ
原案:ロリ・ペティ/デヴィッド・アラン・グリア
脚本:ロリ・ペティ/デヴィッド・アラン・グリア
音楽:マイク・ポスト
アメリカ 2008年 93分 

1976年、アイオワ州の小さな町でのこと。

14歳のアグネス(ジェニファー・ロレンス)が、売春婦の母親(セルマ・ブレア)と、妹ビー(ソフィア・ベアりー)とキャミー(クロエ・グレース・モレッツ)と暮らす家は、ポーカー・ハウスと呼ばれる、夜になるとドラッグの売買や賭博や売春が行われる不法居住者が暮らすところ。牧師である夫の暴力に耐え兼ねて、サラが子どもたちを連れて家を飛び出したどりついたのがここだった。

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次女のビーは新聞配達と瓶の回収で小銭を稼いでいて、福祉相談所に里親を探してもらっていると、同じように廃品回収をしている飲んだくれのオヤジたちに話す。

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三女キャミーは友人の家で寝泊まりして、友人の父親に「パパだったらいいな」と甘えたりする。バーに連れてこられたキャミーはカウンターに陣取り、三姉妹の窮状を知っている女主人は、ポテトチップスだのジュースだのを振舞うのである。

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アグネスには地方紙に作品を載せるくらい詩のセンスがあり、さらに、学校のバスケットボール選手で州のセミファイナルの試合を控えている。
しっかり者の長女と、のんびり屋の次女、甘えん坊の三女、それぞれの性格の特徴がうまく演じられている。

母親は酔っ払っているかラリっていて、勉強するアグネスに買春を強要するとんでもない女になってしまったのである。
そして、起こるべくしてレイプ事件が起こった。

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この事件のあと、アグネスはバスケットの試合に向かい、彼女の八面六臂の活躍で相手校に勝ち、チームは決勝に進むことになった。
悲惨なスト―リーであるが、妹たちの屈託のなさとアグネスの精神的かつ肉体的なタフさに救われるのである。→人気ブログランキング

2014年8月 8日 (金)

キック・アス

ヒーローもののコミックを読んでいると、壁を駆け上がることができて対戦相手に後ろ回し蹴りを見舞うことができて、ひょっとすると銃弾を鷲づかみにできるかもしれない、と思ったりする。そんな妄想の産物が本作である。同名のコミックの映画化。

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デイヴ(アーロン・ジョンソン)は、なぜ誰もヒーローになろうとしないのかと友人に話すと、「マジにやったら死ぬ」とつれない返事。ならば自分がヒーローになろうと、ある日ネットでコスチュームを購入する。
コスチュームを身につけて、町に繰り出したデイヴは、車上荒らしの現場に出くわすが、腹を刺され車に轢かれ瀕死の重症を負う。コスチュームを着ていたことを隠すために裸になって救急病院に運ばれたことから、ゲイと噂が立ってしまう。
ゲイの噂が立ったことで、前から好きだった美少女のケイティ(リンジー・フォンセカ)に近づくことができた。

Image_20201203182901キック・アス
Kick-Ass
監督:マシュー・ヴォーン
脚本:ジェーン・ゴールドマン/マシュー・ヴォーン
原作:マーク・ミラー/ジョン・ロミータ・Jr(英語版)
音楽:ジョン・マーフィ/ヘンリー・ジャックマン/マリウス・デ・ヴリーズ/アイラン・エシュケリ
2010年 アメリカ イギリス 117分

その後もコスチュームに身を包み町を巡回する彼は、強盗に襲われている男を救う。そのとき、見物人から名前を尋ねられ、「キック・アス」と名乗った。男を助けた動画がYouTubeにアップされ、キック・アスは一躍有名になる。

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一方、元警察官のビッグ・ダディ(ニコラス・ケイジ)は、妻を自殺に追い込んだフランコ・ダミーゴ(マーク・ストロング)率いる犯罪組織を壊滅させようと、11歳の娘ミンディ(クロエ・グレース・モレッツ)とともに、日々、鍛錬を重ねていた。
ヒット・ガールに扮するクロエ・グレース・モレッツの、体が小さいがゆえに体操選手のようなキレのある動きがキュートだ。

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ケイティが麻薬の売人に付きまとわれていることを知ったデイヴは、キック・アスに連絡するよう助言する。キック・アスは無謀にも、売人のアパートに乗り込んだが、強面の敵が大勢いて、そこにヒット・ガールが助けに現れ、売人たちを皆殺しにし、ビッグ・ダディも登場する。
このあたりのビッグ・ダディとヒット・ガールの有無を言わせぬ残虐さ、成りきりヒーローが甘くないことを伝えるのだ。
売人たちを全滅させたのはキック・アスであると勘違いしたダミーコは、部下に彼を殺すよう命じる。

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ダミーゴの息子は、自らもヒーローになってキック・アスをおびき出す作戦をパパに進言し、彼を倉庫に連れていくが、倉庫ではすでにビッグ・ダディとヒット・ガールがギャングを皆殺しにしていた。

その後、ビッグ・ダディとキック・アスは、ダミーゴの策略にはまり捉えられ、拷問のシーンがテレビに放映されるが、ヒット・ガールが助けに現れる。しかしビッ・グダディは命を落とし、キック・アスはかろうじて助かる。→人気ブログランキング

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デイヴとミンディは、ダミーゴ一味を壊滅させようと誓う。
そして『夕陽のガンマン』のテーマが流れる中、ミンディは単独で敵のアジトであるビルディングに父と母の仇を取るべく潜入するのだが。。
まだ11歳のチビ娘なのに、ヒット・ガールは強い。→人気ブログランキング

→【2014.07.17】『キックアス/ジャスティス・フォーエバー』(2013年)

2014年8月 6日 (水)

長岡まつり大花火大会

日本一の長岡花火大会、2日目(8月3日)を満喫した。
友人のマンションは長岡花火のためと言っていいくらいの場所にあり、花火の日に限って柵のない屋上を開放する。
約1km離れたところに蛇行した信濃川が流れ、花火打ち上げ場の中央が真正面に見える特等席である。
数家族が集まっての花火見物が毎年恒例となっている。
ちなみに日本三大花火は、大曲、土浦、長岡で、参加人数で競っているが、長岡は2日間、ほかは1日だけである。
今年の長岡は2日間で103万人が集ったそうだ。

見所は、平原綾香の『Jupiter』の歌声にシンクロさせて、打ち上げられる「フェニックス10」という5分間の花火ショーである。
中越地震からの復興を祈念して10年間「フェニックス」が企画されてきたが、今年が最後だそうだ。
大拍手が起こる素晴らしい花火ショーであった。
歓声を上げたり拍手をしたり寝転んだりしながら、仕出し弁当と肴をつまみ、缶ビールをしこたま飲んだ。
長岡花火の別の目玉、二発の3尺玉も成功裏に上がった。

Photo

ところで、今年はことのほか行き帰りの新幹線が混みあった。
新潟発東京行きの新幹線17時51分発とき号は、自由席車両は言うに及ばず、指定席車両は指定席券を持っていても、座席にたどり着けないという混雑ぶりで、S切符なのでデッキで遠慮していたら、浴衣で着飾った若い女性も含め客がどんどん乗り込んできて指定席車両に進み、プラットホームの駅員は「止まらないで進んで下さい」と叫んでいるので、指定席がなくても指定席車両に入っていいという意味なのだが、すでに身動きが取れない状況になっていた。「指定席券ないけれど座っていていいの」という誰かの質問を、それどころじゃない女性駅員は無視した。

そんなわけで、立錐の余地なしの状態で、とき号は出発し、やがて、三条燕駅に着いた。
プラットフォームには各ドアのところに、まさかの20人以上が並んでいて、扉が開くとドヤドヤと入ってきた。少し苛立ったオバさんが「押さないでくださいよ、危ないから」と、きつめの口調で言ったものの、押さないで乗車できる状況ではなかった。並んでいる全員が乗車するのは無理だろうと思ったが、なんとか乗り込んだのは驚きだった。もちろん、限界の密度になっていて、例のオバさんのバッグが腿に当たって痛いので、足の位置を少しずらしたはいいが、楽な姿勢ではないので元の位置に足を戻した。
皆さん全くもって穏やかで、大きなキャリーバックを引きずる座席指定券を持っていそうな客は、長岡までは仕方がないと諦めている様子だった。

帰りがまたすごかった。
群衆が駅に向かって蠢くなかで、もし邪悪な誰かが無法なことを始めたら、かろうじて保たれているバランスが一挙に崩れて、カオスと化すのではないかという緊迫感があった。
プラットフォームに上がるとMAX号が停っていて、2階席に座れたのでほっとしたが、なにしろ汗をかきっぱなしでビールの飲み過ぎと相まって、熱中症のようなふらふら状態であった。

「規模もマナーも日本一の花火大会に」というキャッチフレーズは、私のまわりでは達成されていた。→ブログランキングへ

2014年8月 5日 (火)

希望の国

大地震による原発事故のあと、あたらしい環境に馴染むことができない老夫婦、新天地に移り住むもうすぐ子どもが生まれる若い夫婦、そして過去を断ち切り結婚して出発しようとする恋人同志、これら3組の男女を通して絶望と希望を描いた作品。

20××年、長島県大葉町(架空の町)を襲った大地震により、原子力発電所が事故を起こし、原発から半径20km圏内が警戒区域に指定された。
酪農業を営む小野泰彦(夏八木勲)は、東日本大震災のあと原発を抱える故郷に事故が起こるのではないかという不安をいだいていて、それが的中した形になった。
一家は泰彦と認知症の妻・智恵子(大谷直子)、洋一(村上淳)といずみ(神楽坂恵)の息子夫婦の4人暮らし。
家は警戒区域から外れたものの、道路を隔てた近所の鈴木家は避難の対象となった。

Kibounokuni希望の国
監督:園子温
脚本:園子温
日本 
2012年 133分

泰彦は、東日本大震災の行政の杜撰な対応に不信感を持っていて、息子夫婦を家から出るように説得する。

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息子たちは引っ越すが、妊娠中のいずみは放射能恐怖症となってしまい、防御服にゴーグルを着けて町に出るようになり、引っ越した町で噂になる。

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事故の状況は刻々と悪化していき、小野家の地域も警戒区域に指定されるが、泰彦は役場の職員や息子の説得に応じようとしない。
自衛隊の強制退去が迫る中、泰彦が退去に応じない理由は、先祖代々住み続けてきた土地を離れることができない、認知症の智恵子に慣れない避難生活を送らせたくないであった。
そして泰彦は殺処分を言い渡された牛たちを猟銃で射殺し、智恵子と心中する。

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一方、鈴木家の息子ミツル(清水優)は、家族が津波に流されて行方不明なった恋人ヨーコ(梶原ひかり)にプロポーズし、ヨーコはそれを受け入れる。

そして、洋一といずみはより安全な場所に向かった。
扱ったテーマが難敵なのか、園子温らしいダイナミックさが見られない。→人気ブログランキング
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2014年8月 4日 (月)

未来型サバイバル音楽論 津田大介×牧村 憲

CDが売れなくなっている。ピーク時の半分になったそうだ(2010年)。〈携帯電話やDVD、インターネットなどの普及によりコンテンツ市場自体が多様化したことで消費者の娯楽も多様化し、相対的に消費者の中でコンテンツ消費に占められる「音楽」の割合が下がったという考え方です。〉というのが、CDが売れなくなった理由だという。

Photo_20210714080801未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか
津田大介×牧村憲一
中公新書ラクレ
2010年

音楽界の従来型ビジネスモデルが崩壊していくなか、将来の音楽業界はどのようになるのかが本書のテーマである。
レコードが生産されなくなったように、CDもいずれは同じ運命をたどると予測される。
著者であるふたりは、すでにCDから直接曲を聴くことがほとんどないと言っている。
リッピング(楽曲をMP3形式ファイルに変換すること)して iTunes を経て聴くことが、あたり前になっている。
すでに、CDは音楽をCDショップからあるいは通販サイトから自宅に運ぶ、単なる媒体になっている。
CDが売れなくなっても、人々は音楽を聴くことを止めたわけではない。音楽を入手する方法が、多様化しているのだという。
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本書に紹介されている新しい試みを、以下に列挙する。
(1)ミュージシャンがCDを直販する
まつきあゆむは、10年1月に『1億円レコード』というタイトルのアルバムをリリースした。
銀行口座に支払いすると、ファイル転送サービスのURLがメールで送られてきて、そこからファイルをダウンロードすれば聴くことができる。
このアルバムをプロモーションするために、ツイッターやユーストリームを利用した。
(2)音楽業界とボーカロイドを接続
07年8月に、パソコン上で女性の声を人工的に合成して任意の歌詞で「歌わせる」ことができる、パソコン用音楽作成ソフト「初音(はつね)ミク」がヤマハから発売された。同年12月小林オニキスは、初音ミクを使用したオリジナル局『サイハテ』をニコニコ動画に投稿したところ、大ヒットした。その後ほかの歌手が、『サイハテ』のカバーヴァージョンをメジャーレーベルからリリースしている。
(3)新しいプロデューサー像を模索
島野聡はツイッターと自らの音楽活動をリンクさせ、ほかのミュージシャンと交流を深めたり、ユーストリームを使ってリスナーやミュージシャンとコミニューケーションしながらプロデュースの方法を模索している。
(4)ユーストリームで公開レコーディング
10年4月、向谷実は中西圭三とともにわずか3日間でレコーディングからトラックダウン、マスタリングに至る過程をユーストリームで前編生中継して、完成した楽曲を即座に音楽配信サイトで販売した。
(5)アーティストが自立できる環境を
七尾旅人は、10年6月に「DIY STARS」という音楽配信プラットフォームをプロデュースした。このシステムを、アーティストが自分のウェブサイトに導入すると、デジタルファイルの販売機能を組み込むことができる(2010年12月)。→人気ブログランキング

→『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 』井上智洋 2016年
→『未来型サバイバル音楽論』津田大介×牧村 憲 中公新書ラクレ 2010年
→『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』梅田望夫 ちくま新書 2006年

2014年8月 3日 (日)

現代ジャズ解体新書 村上春樹とウィントン・マルサリス 中山康樹

村上春樹の『誰がジャズを殺したか』(『やがて哀しき外国語 』講談社文庫 1997年)というタイトルのエッセイには、ウィントン・マルサリスのジャズは「燃えない」とか「面白くない」とか書かれている。その反面、村上はマルサリスをよく聴いていると煮え切らない。また、『ウィントン・マルサリスの音楽はなぜ(どのように)退屈なのか?』(『意味がなければスイングはない』文春文庫 2008年)というストレートなタイトルで、村上はマルサリスについて鼻持ちならない男であると、辛辣に書いている。

マルサリスはアートブレーキー&ジャズメッセンジャーの一員として18歳でデビューしたとき、久々に現れた逸材と歓迎された。1980年に入りアコースティックジャズの復興がマルサリスによってなされる。
クラシックもこなすという、何でもできてしまうマルサリスのあまりの天才ぶりゆえ、飽きられたというのだ。

Image_20201205143201 現代ジャズ解体新書 ~村上春樹とウィントン・マルサリス
中山康樹(Nakayama Yasuki
廣済堂新書 
2014年

そのあとマルサリスがジャズを教える立場になり、つまり彼が教えたミュージシャンたちが過去の巨匠たちのテクニックを教科書的に学んだのである。そうして、時間軸が消滅したという。時間軸の消滅とは、40年前の演奏者とジャズを始めて2年しかたっていない演奏者のテクニックが、変わらないということである。マルサリス以前のジャズメンにすれば、「余計なことやりやがって」というところだろう。

ジャズ・ミュージシャンたち自らが、演奏会の開催をツイッターで知らせ、演奏会が終わったらお礼をツイッターで流す。さらに演奏をYOU・TUBEに投稿する。それが今のジャズ・ミュージシャンたちの演奏活動だと著者は嘆いている。しかし、このスタイルが下層にいるミュージシャンたちの演奏活動の現実であり、ジャズに限ったことではない。CDが売れなくなった音楽界の現状なのだ(『未来型サバイバル音楽論』津田大介×牧村健一 中公新書クラレ 2010年)。

ジャズは演奏する個人もあるいはそのバンドも、その時その場所でしかできない一期一会のライブが使命であることを、評論家、リスナーも、ジャズの特許のようにひけらかしてきて、それに納得してきたのだ。それにはガラパゴス的な距離を感じるという。

最近、年間を通じて最も売れるアルバムが、なんとマイルス・デイビスの『カインド・オブ・ブルー』(1959年)やビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビイ』(1961年)だというのだから愕然とする。ジャズが死んだと嘆くのは当然だろう。
ジャズ界が壁にぶち当たってもがいていることがわかった。

60年代から70年代かけてモダンジャズが求道的になっていった時に、ついていけないと思ったジャズファンは多かったのではないだろうか。マイルスが全盛で、コルトレーンが続き、チック・コリアや、キース・ジャレットに、ジャズの未来が託された頃から、ジャズの運命がこうなると予想されたのではないだろうかと僕は思っている。→人気ブログランキング

生きているジャズ史』油井正一立東舎文庫 2016年
現代ジャズ解体新書 村上春樹とウィントン・マルサリス』中山康樹 廣済堂新書 2014年
ジャズに生きた女たち』中川ヨウ 平凡社新書 2008年

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