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2014年9月

2014年9月22日 (月)

ひきこもりはなぜ「治る」のか? 斎藤 環

本書は、ひきこもりに対しきちんとした理論的な裏づけのもとに、アプローチしようとするもの。ラカン、コフート、クラインらの理論を用い、ひきこもりを人間の発育過程から分析し、家庭における彼らへの対処法を述べている。ちなみに、ひきこもり専門医を自認する著者は、ひきこもりを病気ととらえていない。

Image_20201112090801ひきこもりはなぜ「治る」のか? ―精神分析的アプローチ
斎藤 環(Saitoh Tamaki)
ちくま文庫 
2012年

大人であるということは、「自分の言動に責任をとれる」というのが一般的な見方であるが、精神医学的には、「コミニュケーション能力があり」かつ「欲求不満耐性がある」と考える。
アメリカでは、親は子供に言葉で愛していると言うが突き放す。日本では、小言を言いながら抱きしめている。アメリカと日本とでは逆であるが、ダブルバインドという状況には変わりない。
家の中に成熟した子供がいるというのは日本では珍しくないことであり、こうした日本の状況は子供が適応に失敗すると、不登校やひきこもりが起こりやすい。
しかし、ひきこもりを家庭が拒否すれば、ヤングホームレスとなり、アルコール中毒やドラッグ中毒になっていく。それがアメリカやヨーロッパ社会である。イタリアは日本に似ているという。どちらもマザコンの国である。
厚労省が定義するニート年齢は、15~34歳である。日本は若者に過度な自立性を求めていない、これは評価できるという。
ひきこもりになることが、メリットかデメリットかといえば、社会的にはメリットであると著者は考えている。若者が社会的弱者である今日において、いわばセーフティネットであるという。

ひきこもりを持つ家族は、常識や先入観を一旦ご破産にする必要がある。
ひきこもっている本人にとっては、家族関係イコール生活環境である。極端なことを言うと、安心してひきこめる環境を作ることが重要であるという。
子供がひきこもっている家庭では、いずれ追い出されるとおびえる本人と、ずっとすねをかじられると怯える親という組み合わせが、一番ありふれたパターンであるという。
まず、親が変わらなくては話にならない。親としての沽券は捨て、上から目線を止める。家族関係だけでは、ひきこもりの攻撃性の温床になりかねない、第三者を入れることが望ましい。暴力に暴力では向かわない。
試みる価値のあることは、挨拶、誘いかけ、お願い、相談、ちょっとした会話でも大事にすること。こうしたことはお祈りのようなもの。
祈りは通じないことが多いが、腫れ物に触れるが如く、同居者に低姿勢になれという。トラップをしかけない、正論より思いやりと共感、それでいて相手につけあがらせない毅然とした態度、それがひきこもりを導ていく方法だという。→人気ブログランキング

世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』斎藤 環/角川書店/2013年
ひきこもりはなぜ「治る」のか?』斎藤 環/ちくま文庫/2012年
生き延びるためのラカン』斎藤 環/2012年
関係する女 所有する男』斎藤 環/2009年
母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』斎藤 環/2008年

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2014年9月19日 (金)

北京からきた男 ヘニング・マンケル

スウェーデンの寒村で19名が惨殺される。
被害者の中にすでに亡くなった母親の養父母がいたことで、女性裁判官ビルギッタは事件と関わることになる。ビルギッタは事件が起こった家で古い手紙の束を発見する。それは100年以上前に、LAという男がアメリカのネヴァダ州から家族に宛てて送った手紙であった。
彼女は、その手紙や現場に落ちていた赤いリボンをもとに独自の捜査を行い、犯人は中国人であると推理するに至るのである。
Photo_20201114083301北京から来た男

ヘニング・マンケル
東京創元社
2014年 ✳10
Photo_20201114083401北京から来た男

ヘニング・マンケル
柳沢由実子訳
東京創元社

話は135年前に飛ぶ。
ワン・サンは、中国で拉致され船に乗せられアメリカに連れてこられ、ネヴァダ州で鉄道建設の仕事に従事させられた。現場監督のLAは北ヨーロッパから来た白人で、中国人や黒人たちを見下し奴隷のようにこき使った。虐待と過酷な労働と劣悪な生活環境に耐え兼ねて、多数の人間が命を落としていった。
しかしサンは生き残り中国に舞い戻り、ネヴァダでの過酷な日々を日記の形で書き残したのである。

話は、現在(2006年)の北京に戻る。
サンの子孫ヤ・ルーは、日記に綴られたサンの怨念を晴らすため復讐を誓っていた。
中国は急速に貧富の格差が広がり過ぎて、かつての毛沢東革命のような革命がいつ起きても不思議ではない状況にある。膨大な人口を減らし頻発する人民暴動を鎮静させる奇策を、ルーは為政者たちに進言した。ルーは中国政府の政策に影響を及ぼすほどの影の実力者となっていた。そして、ルーが同行する調査団は、アフリカのモザンビークへ向かうのである。

大学生の頃、革命を信じ毛沢東に心酔していたビルギッタは、学生時代の友人であり中国研究家のカーリンに誘われ北京に向かう。こうして、ビルギッタは事件の渦中に自ら飛び込んで行くのである。

著者の中国に対する思いはビルギッタやカーリンを通して綴られている。現代の中国がいびつな発展を遂げているとはいえ、著者はかつて憧れた毛沢東が果たした人民革命にシンパシーを感じているのである。

スウェーデン、アメリカ、中国、アフリカ、イギリスを舞台とし、しかも約130年前の手紙と日記が殺人事件につながるという、著者だからこそ書き得る、時空を超えた巨大なスケールの大傑作となっている。

ビルギッタの4人子供は家を出てしまい、かつて弁護士であり、いまは列車の運転手をしている夫と二人暮らし。その夫との間は、どこかしっくりしていない。こなさなければならない裁判の案件に追いまくられ、体調がすぐれない。他の登場人物たちも、それぞれが悩みを抱えた人間として描かれていて、そうした著者の描写の匠さに単なるミステリにとどまらない物語の広がりと深さが感じられるのである。→人気ブログランキング

霜の降りる前に』/『北京からきた男』/『ファイアーウォール』/『リガの犬たち』 /『背後の足音

2014年9月17日 (水)

現代アート経済学 宮津大輔

本書の帯に日産自動車の社長兼最高責任者であるカルロス・ゴーン氏の言葉が使われいる。その理由は、著者がゴーン氏に現代美術についてのレクチャーをしたことがきっかけで、ゴーン氏は現代アートに興味を持つようになったという。そして創業80周年をむかえた日産自動車が日本への恩返しとして、2013年に現代アートを対象とした日産アートアワードを創設したという経緯があったからである。
ゴーン氏にもそんな平和な時代があった。
Image_20201209095601現代アート経済学
宮津大輔(Miyatsu Daisuke
光文社新書
2014年

有史以来、戦勝国は敗戦国の美術品を略奪して持ち帰った。
その時代に最も繁栄している国に美術品が集まることは、昔も今も変わりはないという。
ナポレオンがヨーロッパの覇者となって戦利品を持ち帰り、芸術の中心はローマからパリに移った。その後2度の世界大戦でヨーロッパは疲弊し、ヒットラーが退廃芸術として前衛芸術を排除したために、近代芸術の中心はパリからニューヨークに移った。

こうしたナチスの歴史的な誤ちを取り戻すため、1955年にドイツの田舎町カッセルにおいて現代芸術のグループ展ドクメンタが開催され、その後世界最大級の現代芸術展として5年ごとに開催されているという。
一方、芸術のオリンピックと呼ばれるヴェネチア・ビエンナーレは、1895年にイタリアに加わったヴェネチアがイタリア国内での存在感を示す目的で国際芸術祭を開催し、22万人を集め大成功を収めた。これが現在、世界中で増え続けている、アートでの「都市起し」のはじまりであるという。
日本をみると、横浜トリエンナーレ2001年、あいちトリエンナーレ2010年、越後妻有トリエンナーレ2000年があるが、いずれも取り組みが遅れた。

先進国のアートにかける予算(2012年)は、1位は圧倒的にフランス、次にイギリス、韓国、ドイツ、アメリカ、日本と続く。フランスは日本の約5倍の5163億円である。アートは政治と関わりなしには語ることができない。
日本が国家規模での現代アートへの取り組みに遅れてしまった理由が二つあるという。それは、民主党政権下における「仕分け」による予算削減、もうひとつは東日本大震災であるという。

現代アート市場では、猛烈な勢いで経済成長を続ける東アジアの動きが活発であるという。とりわけ中国マネーが傍若無人にふるまっているのだが、ジャパンマネーが世界を席巻したバブル期の日本とダブって見える。

本書は、サラーリマンでありながら、現代アートの蒐集家として有名な著者ならではの幅広い視点で、深い考察がなされた好著である。→人気ブログランキング

現代アート経済学』宮津大輔(2014年)
キュレーション 知と感性を揺さぶる力』長谷川祐子(2013年)
現代アートを買おう!』宮津 大輔 (2010年)
現代アート、超入門!』藤田令伊(2009年)
セゾン現代美術館

2014年9月 9日 (火)

『少女は自転車に乗って』

サウジアラビア初の女性映画監督の作品。
圧倒的な男性優位のイスラム社会で、女性の社会進出や人権回復が進むだろう未来を期待させる、女性監督でなければ撮れない作品に思える。


少女は自転車にのって [DVD]

少女は自転車にのって [DVD]



posted with amazlet at 14.09.09
Wadjta
監督:アイファ・アル=マンスール
脚本:アイファ・アル=マンスール
音楽:マックス・リヒター
サウジアラビア ドイツ  2012年 98分 ★★★★★

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10歳のお転婆娘ワシダ(ワアダ・ムハンマド)は、仲良しの少年アブダラ(アブドゥラフマン・アル=ゴハニ)と自転車で競争することを夢見ている。そのためにミサンガを売ったりして小金を貯めているが、自転車の代金800リアルには到底届きそうにない。
ワシダの母親(リーブ・アヴドラ)は、外泊がちの夫が彼女を第一夫人に選ぶか、あるいは付き合っている女性を選ぶか、微妙な立場にある。
一夫多妻制のイスラム圏ならではの悲劇だ。

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ワシダが通う女子校は校則が厳しい。
校則を破る何人かの女生徒がいて、一匹狼のワシダは彼女たちの仲間ではないが、女性の校長から目を付けられている。

そんなおり、学校で「コーラン暗唱コンテスト」が行われ優勝者に1000リアルが贈られることを知ったワシダは、コーラン問題のDVDを買ってきて猛勉強する。
そしてワシダは優勝するのだが、賞金の目録が渡される段になって、校長に賞金の寄付を強要されて、泣く泣く校長に従うのだった。
家に帰ると第一夫人になれなかった失意の母が、優勝のご褒美に自転車をプレゼントしてくれたのだ。

ワシダはアブダラと自転車で風を切って走り回る。大きくなったら結婚して欲しいとアブダラがワシダにいうと、彼女はにこりと微笑むだけ。
この微笑みが、ワシダが大人になる頃には、女性たちにとって少し明るい社会になっているかもしれないことを予感させるのである。

2014年9月 7日 (日)

ハンナ・アーレント

哲学者ハンナ・アーレントの半生を描いた伝記映画である。
映画の冒頭、「ドイツ系ユダヤ人ハンナ・アーレントは、ハイデガーに師事、哲学を学ぶ。1933年ナチスの迫害を逃れて亡命先で夫ハインリヒと出会い、その後アメリカへ。物語は1960年ナチス戦犯アイヒマンが潜伏先で捕らえられたところから始まる。―」
とテロップが流れる。

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Hannah Arendt
監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
脚本:マルガレーテ・フォン・トロッタ/パメラ・カッツ
音楽:アンドレ・マーゲンターラー
ドイツ ルクセンブルグ フランス  2012年  114分 

ハンナ(バルバラ・スコヴァ)は、全体主義を産んだ政治思想を研究する著名な哲学者であった。
彼女は『ニューヨーカー』誌から、エルサレムで開かれるアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、記事を書く仕事の依頼を引き受ける。
記事の執筆者として彼女ほどの適任者はいないだろう。
書いた分から雑誌に載せたいという出版社の申し出に対し、彼女は全部書き上げてからと断っている。ハンナにすれば、苦悩の末に書き上げる記事はセンセーショナルなものになると承知していて、世間の雑音に惑わされることなく、書き上げたかったのだろう。
そして1963年に、『イエルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さについての報告』を発表する。

その内容は、まさに世界を揺るがすセンセーショナルなものであった。
まずイエルサレムの地方裁判所で行われ、アイヒマンを絞首刑と判決した裁判に正統性があるのかと問う。アイヒマンはただ上からの命令を伝達しただけであり、思考不能であったとした。凡庸な悪と根源的な悪とは異なるとし、アイヒマンは凡庸な悪に過ぎない。またユダヤ人の中には指導的な人物がいたとしている。そうでなければ600万人もの人間が殺されるはずがないとした。

ハンナはナチスの大量殺人行為を哲学的に理論づけたのである。それはモラルでは割り切れないものであった。
彼女には、恥知らず、アイヒマンと同等、傲慢、死者の魂を踏みにじる、民族の裏切り者といった、批判が浴びせられた。さらに、古くからの友人が離れていき、大学から辞職勧告されたが、批判する人は彼女のどこが間違っているのかを指摘できていないと、引き下がらなかった。
ハンナの同調者もいた。それは、最愛の夫や友人の作家メアリー、そしてハンナの講義に熱心に耳を傾けた学生たちであった。

彼女は思考することで人間は強くなれるという信念を持つに至った。
思考することは、彼女が哲学の道を歩み始めたときに、ハイデガーが繰り返し語ったことだった。皮肉にも、当時ハンナと不倫関係にあったハイデガーは、やがてナチ党員となりヒトラー総督を褒め称える演説を行っている。→人気ブログランキング

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