ハンナ・アーレント
哲学者ハンナ・アーレントの半生を描いた伝記映画である。
映画の冒頭、「ドイツ系ユダヤ人ハンナ・アーレントは、ハイデガーに師事、哲学を学ぶ。1933年ナチスの迫害を逃れて亡命先で夫ハインリヒと出会い、その後アメリカへ。物語は1960年ナチス戦犯アイヒマンが潜伏先で捕らえられたところから始まる。―」
とテロップが流れる。
ハンナ・アーレント Hannah Arendt 監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ 脚本:マルガレーテ・フォン・トロッタ/パメラ・カッツ 音楽:アンドレ・マーゲンターラー ドイツ ルクセンブルグ フランス 2012年 114分 |
ハンナ(バルバラ・スコヴァ)は、全体主義を産んだ政治思想を研究する著名な哲学者であった。
彼女は『ニューヨーカー』誌から、エルサレムで開かれるアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、記事を書く仕事の依頼を引き受ける。
記事の執筆者として彼女ほどの適任者はいないだろう。
書いた分から雑誌に載せたいという出版社の申し出に対し、彼女は全部書き上げてからと断っている。ハンナにすれば、苦悩の末に書き上げる記事はセンセーショナルなものになると承知していて、世間の雑音に惑わされることなく、書き上げたかったのだろう。
そして1963年に、『イエルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さについての報告』を発表する。
その内容は、まさに世界を揺るがすセンセーショナルなものであった。
まずイエルサレムの地方裁判所で行われ、アイヒマンを絞首刑と判決した裁判に正統性があるのかと問う。アイヒマンはただ上からの命令を伝達しただけであり、思考不能であったとした。凡庸な悪と根源的な悪とは異なるとし、アイヒマンは凡庸な悪に過ぎない。またユダヤ人の中には指導的な人物がいたとしている。そうでなければ600万人もの人間が殺されるはずがないとした。
ハンナはナチスの大量殺人行為を哲学的に理論づけたのである。それはモラルでは割り切れないものであった。
彼女には、恥知らず、アイヒマンと同等、傲慢、死者の魂を踏みにじる、民族の裏切り者といった、批判が浴びせられた。さらに、古くからの友人が離れていき、大学から辞職勧告されたが、批判する人は彼女のどこが間違っているのかを指摘できていないと、引き下がらなかった。
ハンナの同調者もいた。それは、最愛の夫や友人の作家メアリー、そしてハンナの講義に熱心に耳を傾けた学生たちであった。
彼女は思考することで人間は強くなれるという信念を持つに至った。
思考することは、彼女が哲学の道を歩み始めたときに、ハイデガーが繰り返し語ったことだった。皮肉にも、当時ハンナと不倫関係にあったハイデガーは、やがてナチ党員となりヒトラー総督を褒め称える演説を行っている。→人気ブログランキング
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