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『北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ (モーゲンスタン・陽子訳)

葛飾北斎(1760年~1849年)の三女・応為の生涯を、カナダ人女性作家が描いた異色の歴史小説。
応為は北齋が40歳くらいのときに生まれ、本書では還暦過ぎまで生きた設定であるが、実際は生没年不詳で資料は乏しい。
応為は雅号、お栄という名だった。
北斎がいつも「おーい、おーい」と呼んでいたので、応為が雅号になったと言われている。

北斎と応為 上
北斎と応為
キャサリン・ゴヴィエ
モーゲンスタン・陽子 訳
彩流社
2014年6月  ★★★★★

物語は、寛政の改革(1787〜1793年)の真っただ中から始まる。
老中松平定信は、御触れが大好きで、吉原嫌い、民が嫌い、それゆえ庶民の娯楽は次々と禁止になっていく。
お栄は北斎にくっついて幼少の頃から吉原通いをしていた。
北斎が吉原に行く目的は遊女と遊ぶことではなく、絵の題材を見つけるため。

そんなある日、うわさ通りに美人画の歌麿が投獄される。北斎も安泰ではない。美人画を書いていたし、春画も書いていた。
北斎はお栄を連れて、江戸を離れ、しばらく浦和に滞在する。
なにしろ北斎は、93回引越し、号を30回変えた「ぶっ飛んだ」人物である。

北斎は春画を描くときに、3人の娘を裸にして雛形にしたとか、お栄が16歳のときに式亭三馬の愛人になったとか、お栄とシーボルトとがシェクスピアについて語ったり、シーボルトが北斎を幕府のお抱え絵師と思っていたとか、極めつけは松平定信が北斎と応為のあばら家を訪れ、なにもかも禁止にしたことを詫びたとか、ありそうにないエピソードも交えて、北斎と応為を自在に描き出している。

北斎は60歳の時に中風で倒れた。
その後、驚異的な回復を見せ、『富岳三十六景』さらに『富嶽百景』を世に出した。
著者が強調したいのは、才能がありながら、表に出ようとしなかったあるいは出ることができなかった応為の葛藤である。
北斎も周りも応為の才能を高く評価していたが、儒教的男尊女卑の時代ゆえに、天才絵師応為は不遇だった。

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『吉原格子先之図』(葛飾応為作)の光と影の表現の巧みさは、天才と呼ばれるにふさわしい。 この絵は、明かりの中にいる遊女たちと格子を隔ててこちら側にいる客たちの心の内までが伝わってくる秀作である。人気ブログランキングへ

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