忘れられた巨人 カズオ・イシグロ
アーサー大王(ブリテンの王)がサクソン人との戦いに勝ち、イングランドが平穏を保っていた頃を舞台にしたファンタジー小説。
作品を発表するたびに読者を驚かせるテーマに挑戦してきた著者は、今回もまったく新しい世界を披露している。
寓意がこめられた老夫婦の愛情物語である。
![]() カズオ・シグロ(土屋政雄 訳) 早川書房 2015年 |
ブリトン人のアクセルとベアトリスの老夫婦は、村会で蝋燭の使用を禁止され、夜は暗い家で過ごしていた。子供がいたころは、村の中心のもっと暖かいところに家があったはずだ。
ふたりは村で大切にされていないと感じていた。
そして、ふたりは東の方の村に住んでいるはずの息子に会いにいくことにした。
記憶がはっきりしないのは、この国が忘却の霧に覆われているからだ。しかし、記憶が不確かなのは必ずしも不幸なことではない。このことは本作の重要なテーマである。
ふたりは廃墟で船頭と老婆に出会った。
老婆は、夫を船に載せて別の島に連れていった船頭に恨みつらみを並べている。その島では、強い絆がなければ夫婦といえども一緒に暮らせないと、船頭は含みのある言葉を口にする。
夜は、サクソン人の村に泊めてもらうことになった。
その夜、村から連れ去られた少年が戦士に助けられて戻ってきた。少年は竜に傷を負わされていた。村人は竜の傷を負った者は災いをもたらすと信じている。村に残れば、少年は間違いなく村人に殺されることになる。
翌朝、老夫婦は戦士とともに少年を隣町のキリスト教徒の村に連れて行くことになった。
途中でアーサー大王時代からの生き残り、大王から雌竜クエリグを命じられ、未だに成し遂げていない、老いたガウェイン(アーサー王の甥の円卓の騎士)が甲冑をつけて、老馬とともに 現れれた。
アーサー王がもたらした平和を、サクソン人のブレヌス卿が踏みにじろうとしている。
ブレヌス卿はクエリグを手なずけ軍の勢力に加えようとしている。実現すると、ブレヌス卿の野望も実現の芽が出てくる。
サクソン人の戦士ウェスタンには、命尽きるまでブリトン人と戦う使命が課せられている。
ウェスタンはブリトン人のガウェインとかつて戦ったことがあったかもしれない。
ベアトリスはウェスタンから、霧の正体が雌竜がはきだす息であることを知らされ、大いに納得するのである。
竜が退治されれば霧が晴れ記憶はもどってくる。
しかし、記憶が戻ると過去の遺恨が人々の心によみがえってきて、いさかいが再燃するのではないか。それは老夫婦にもあてはまるかもしれない。
忘却が平穏をもたらすのではないかと、幾度も読者に問いかけながら物語の結末がやってくる。→人気ブログランキング
【カズオ・イシグロの作品】
『クララとお日さま』Klara and the Sun 早川書房 2021年
『忘れられた巨人』The Buried Giant 2015年
『夜想曲集』Nocturnes 2009年
『わたしを離さないで』Never Let Me Go 2005年→DVD
『わたしたちが孤児だったころ』When We Were Orphans 2000年
『充たされざる者』The Unconsoled 1995年
『日の名残り』The Remains of the Day 1989年→DVD
『浮世の画家』An Artist of the Floating World 1986年
『女たちの遠い夏』(日本語版は『遠い山なみの光』と改題)A Pale View of Hills 1982年
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