フェルメール帰属『聖プラクセディス』
国立西洋美術館の常設展に、今年の3月から『聖プラクセディス』(1665年ごろ)が展示されている。『聖プラクセディス』はヨハネス・フェルメール(1632~1675年)の作とされ、昨年7月に、ロンドンでのクリスティーズの競売で、日本人が約11億円で落札した。本作品のタイトルの下には、フェルメール「作」ではなく、「帰属」と書かれている。本作品は、フェルメールの作かどうか専門家の間で意見が分かれているため、国立西洋美術館が配慮して、「帰属」という見慣れない単語を使ったのである。
クリスティーズがフェルメールの真作として本作品を競売にかけたのは、白色絵の具に含まれる鉛の同位体比が、フェルメールの初期の作品に使われている白色絵の具と同じであったという分析結果による。フェルメールの作ではないとする専門家の主張は、本作品はイタリアのフェリーチェ・フィチェレッリが描いた『聖プラクセディス』と構図がまったく同じで、フェルメールではない誰かが模写したと思われるが、フィチェレッリの作品がイタリアから国外に出た形跡はなく、またフェルメールは恐らくイタリアを訪れていないはずだとする。ただし、フェルメール作では左手に十字架を持っている。
私の推測だが、フェルメールの真作と認めることに慎重な風潮は、もうひとつの理由があると思う。ヨーロッパで第2次世界大戦が終焉した1945年7月に発覚した、オランダのハン・ファン・メーヘレンによる美術史上最悪の贋作事件があるからではないだろうか。ファン・メーヘレンは、敵国ナチス・ドイツのナンバー2であったヘルマン・ゲーリングに、フェルメール作とされる『姦通の女』を売った容疑で国家反逆罪を問われ逮捕された。裁判の過程で明らかにされたのは、『姦通の女』はファン・メーヘレン自身が描いた贋作という仰天の事実であった。また、当時の高名な美術評論家がフェルメールの真作と褒め称え、オランダの国宝級の作品に祭り上げられた『エマオの食事』も、ファン・メーヘレンの手によるものだった。
この事件は、『フェルメールになれなかった男』(フランク・ウイン、ちくま文庫)に、詳しく書かれている。
殉教者の流した血を布でふき取り壺に入れる聖女が描かれた『聖プラクセディス』からは、気のせいかもしれないが、オーラが放たれているように見えた。
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