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2015年10月

2015年10月30日 (金)

泣くな道真 ―太宰府の詩― 澤田瞳子

藤原時平の策略によって、京でナンバー2の右大臣菅原道真は太宰府権師(ごんのそち、長官)に就任させられた。左遷である。
憔悴しきった道真を、周りがあれやこれやと盛り立て自信を回復させ、ついには道真は京への仕返しとなる策略に奮闘するのだった。
小野小町を恬子(しずこ)として登場させている。
歴史学を専門とする著者ならではの資料を重視した傑作であるが、潔いことに文庫書き下ろしである。
Image_20201114172001泣くな道真 大宰府の詩

澤田 瞳子
集英社文庫 2014年 ✳︎9

太宰少典(しょうさかん)龍野穂積が、道真を世話する役を命じられる。穂積は昼近くになると居眠りをするうだつの上がらない男、「うたた寝殿」と陰口されている。
もうひとり、道真に深く関わるのは小野恬子。露骨な権力闘争に嫌気がさした括子は、京から赴任した叔父の太宰府大弐(だいに)小野葛絃(おののくずお)と兄の小野葛根(くずね)を頼って太宰府にやってきた。
才色兼備で自由奔放な恬子は頗る評判が悪い。何人もの官人との間に色恋絡みの騒動を起こしている。ところが悪評など気にする恬子ではなかった。
そんなふたりが道真の無聊を慰めることとなった。

道真は穂積がもっていた欠けた唐墨に目を輝かせた。
その唐墨は、博多津の悪徳唐物商のババア・幡多児(はたご)から穂積がもらったもの、一種の賄賂だった。欠けているとはいえ、その唐墨は青墨という高価なものだった。
唐の逸品に興味をもった道真は博多津の唐物屋に出向くことにする。
唐物屋に並ぶ品物は玉石混交。値打ちを次々に言い当てる道真に、幡多児は驚き、目利きとして雇いたいと提案する。そして道真は身分を偽って唐物屋で働くことになった。

一方、大宰府では経理不正事件が発覚する。
大帳司の算師・豊原清友が正税帳を改竄して、大金を使い込んだのである。
道真は安い唐物を買い、京に支店をもつ唐物屋に高く売りつけ、帳簿の穴を埋めようと思いついた。
京から派遣された豊原清友の不正に、京の貴族たちがまがい物に大金を叩いて穴埋めする。道真とってこれほど痛快なことはないだろう。
道真の唐文化に対する造詣の深さが、京に対する仕返しにつながったのだ。
ところで、恬子は唐突に太宰府から姿を消し陸奥に向った。→人気ブログランキング

月人壮士(つきひとおとこ)/澤田瞳子/中央公論新社/2019年
落花/澤田瞳子/中央公論新社/2019年
秋萩の散る/澤田瞳子/徳間書店/2016年
師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録/澤田瞳子/徳間書店/2015年
ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録//澤田瞳子徳間文庫/2016年
京都はんなり暮らし/澤田瞳子/徳間文庫/2015年
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記/澤田瞳子/光文社/2015年
若冲/澤田瞳子/文藝春秋/2015年
満つる月の如し 仏師・定朝/澤田瞳子/徳間文庫/2014年
泣くな道真 ―太宰府の詩―/集英社文庫/2014年

2015年10月26日 (月)

仏像図解新書 石井亜矢子 岩崎 隼

仏の種類(尊格)は数え切れないくらいあるという。それほど多い理由は、(大乗)仏教には釈迦に帰依した異教の神々も仏に組み入れるという、度量の広さがあったからだ。イラストは、それぞれの仏像の特徴を見事にとらえていてわかり易い。
Image_20201207124601仏像図解新書
石井亜矢子 岩崎 隼
小学館新書
2010年

日本の仏像は「如来・菩薩・明王・天」の4つのグループに大別することができる。
このグループ分けは、役割分担であり上下関係でもある。

如来には修行を完成した者という意味がある。仏教の称号の中で最高のもの。
釈迦を仏陀と呼ぶが、もともと仏陀という言葉は、釈迦だけでなく悟りを開いた者すべてを指すものだった。広い意味での仏陀の呼名のひとつが如来。ゆえに仏陀と如来は同義語と考えいい。
菩薩は如来になるための修行中の仏様、それゆえに若い。
明王は如来が化身した姿で悪人を従わせるため、恐ろしい顔をしている。
天は地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という六道にいる仏のこと。
八部衆は、釈迦に帰依した異教の神々、彼らはすべて古代インドの鬼神や邪神の類である。八部衆には阿修羅がいる。

それぞれの仏像の尊格について詳しく解説し、有名な仏像が安置されている寺社を紹介している。→人気ブログランキング

仏像図解新書/石井亜矢子・岩崎隼/小学館101新書/2010年
日本の10大新宗教/島田裕巳/幻冬社新書/2007年
現代アメリカ宗教地図/藤原聖子/平凡社新書/2009年
完全教祖マニュアル/架神恭介・辰巳一世/ちくま新書/2009年
ふしぎなキリスト教/橋爪大三郎・大澤真幸/講談社現代新書/2011年

2015年10月25日 (日)

京都・醍醐寺展@新潟万代島美術館

京都・醍醐寺展のチケットやパンフレットに使われている如意輪観音坐像は、顔をやや右に傾け頬を右手で軽く支えている。右肘は立てた右膝の上におかれていて、なんともくつろいだ姿勢である。穏やかな御顔は微睡んでいるように見える。
作者は不明であるが、藤原一族に愛された定朝様と呼ばれる様式で、平安時代に造られた仏像である。定朝様は、平安時代の仏師・定朝が大陸の唐朝様から脱皮し確立した和様式のことである。

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醍醐寺は、874年(貞観16年)、空海の孫弟子にあたる聖宝(しょうぼう)よって笠取山に開創された。この後、笠取山は醍醐山と呼ばれるようになった。
醍醐山の頂上付近の上醍醐は真言宗の霊場として発達し、麓の下醍醐は醍醐天皇(885?930年)の手厚い庇護のもと大伽藍が建設された。
しかし、応仁の乱で下醍醐は荒廃し、残ったのは五重塔だけだったという。
その後、豊臣秀吉の時代になって、秀吉が醍醐寺に肩入れしたことで蘇り、現代に至るというのが大まかな流れ。秀吉が「醍醐の花見」を催したことでも有名である。

まずは、醍醐寺創設にまつわる醍醐寺縁起、空海像、理源大師聖宝坐像が展示されている。これらは国宝や重要文化財である。

次は、チケットやパンフレットに使われている、如意輪観音坐像が鎮座していた。
快慶作の無動明王坐像も見事だった。

これらの仏像は地震や火事をどうかいくぐってきたのだろう。
仏像は木造で中は空洞で寄木造りになっていて軽い。いざという時に持ち運びができるように、パーツに分けることができる。
非常事態における僧たちの取るべき行動は緻密に訓練も行なわれてきたのだろう。
こうした知恵が仏像を天災や人災から救ったのだ。

織田信長や秀吉の直筆の書状が展示されていて、どちらも達筆であった。
それに比べ空海の字は、お世辞にも上手いとは言えないもの。歴史上の偉人が悪筆なのは、それはそれで親近感がわく。

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豊臣秀吉が催した醍醐寺の花見にまつわる品々が数多く展示されている。
秀吉は人を喜ばせることが無類に好んだという。
花見の当日に詠まれた歌をまとめた短冊帖の醍醐花見短籍(だいごはなみたんざく)が展示されていた。

グッズ売り場は、香の匂いが立ち込めていた。
急遽、『仏像図解新書』(石井亜矢子 小学館新書)、『醍醐寺の謎』(楠戸義昭 祥伝社文庫)を購入した。

京都・醍醐寺展
新潟万代島美術館
2015年9月19日〜11月8日

2015年10月22日 (木)

スクラップ・アンド・ビルド 羽田圭介

主人公の健斗は、5年間勤めた車販売の会社を辞め、仕事を持つ母親と介護を要する訳ありの祖父と暮らしている。行政書士資格試験に独学で挑もうとしているが、花粉症がひどくてさっぱり身が入らない。死にたいが口癖の衰えゆく祖父と、再生しようと奮闘する主人公の対比が本作品のテーマ。第153回(2015年7月)芥川賞受賞作。
介護小説といえば、モブ・ノリオの『介護入門』(第131回芥川賞受賞)がある。
Image_20201207151601スクラップ・アンド・ビルド
羽田 圭介
文藝春秋
2015年

花粉の季節が終わりかける頃から、健斗はやる気が出てくる。まずは、弛緩した体をランニングと独自の筋トレで鍛え始め、勉強にも打ち込むようになる。
定期的に性的関係を持っていた女性と、ちょっとした言い合いのあとデートを拒否されるようになるが、たいして後悔はしていない。

健斗は、老人を辛抱強く見守り、日常生活を自立させることで肉体も脳も鍛えることが、介護の本質と考えている。一方、老人に余計なことを考えさせない、自立を促さない、世話をやき面倒をみることは、老人を弱らせ究極の尊厳死に向かわせるという持論がある。

例えば、電車の中で老人に席を譲らないのは、席を譲らない他の若者たちの理由とは違う。意図的に譲らないのだと、健斗は苛立ちながら若者たちを見つめる。
祖父の88回目の誕生日に現れた姉が、祖父の要求に安易に手を貸すことに怒りを覚える。席を譲らなかったり手を貸したりすることは、行動は同じで結果が同じだとしても、行動理論が違うと健斗は理屈っぽく考える。

健斗のストイックなトレーニングは、厳しさを増していく。
そして、粉飾決算で摘発をされた医療機器メーカーに就職が決まった。健斗は若干不本意であるが、新しい生活に一歩を踏み出すのだった。→人気ブログランキング

→『』東山彰良 第153回直木賞受賞作
→『火花』又吉直樹 第153回芥川賞受賞作

2015年10月20日 (火)

満つる月の如し 仏師・定朝 澤田瞳子

時は、藤原道長が栄華を極めた平安時代(794~1192年)中期。天賦の才をもつ弱冠16歳の仏師・定朝(じょうちょう)と20歳代にして内供奉(ないぐぶ)の座についた僧侶・隆範(りゅうはん)を中心に繰り広げられる物語。
デビュー作『孤鷹の天』で中山義秀文学賞を受賞した澤田瞳子の第2作目。本作品は、第32回(2013年)新田次郎文学賞、第2回(2012年)本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞した。
タイトルの『満つる月の如し』は、定朝様式の仏像が「尊様満月の如し」と賞賛されたことによる。
Photo_20201217122601満つる月の如し 仏師・定朝
澤田瞳子(Sawada Touko
徳間文庫
2014年(←単行本2012年)

七条仏所の棟梁・康尚(こうじょう)の息子・定朝は並外れた技量の仏師と評価されている。隆範は、破損された仏像の顔をたちどころに修理した定朝の技に驚嘆し、延暦寺に安置する薬師如来像の造像を依頼するのだった。
はじめは、固辞する定朝であったが、七条仏所の仏師た定朝の彫る仏像は、見る者に仏の慈悲を感じさせた。

売れっ子仏師となった定朝であるが、大皇太后彰子の念持仏の造仏をよりも、盲の僧侶がいて孤児たちが住み着く貧乏寺の造像を優先したのだった。
隆範は、貧しい民のための造仏を優先した定朝に苛立つ自分を恥じていた。
隆範の後押しもあって、定朝は18歳の若さで仏師として初めて法橋位に就いたのだった。

一方、道長の権謀術数によって皇太子の座を追われた敦明(あつあきら)親王は、鬱憤を晴らすかのように狼藉の限りを尽くし、洛中の貴族たち誰もが恐る存在だった。
そんな敦明の妻が病床に伏すと、妻のための念持仏を彫るよう定朝を恫喝したが、定朝は要求に応じるつもりは到底ない。

やがて敦明を陥れようとする政治的謀略に、定朝と隆範は巻き込まれていくのであった。

奈良仏教史が専門の著者ならではの知識に裏付けられた描写と、多くの人物を登場させることによって生まれるストーリーの奥行の深さにより、読み応えがある傑作になっている。→人気ブログランキング

月人壮士(つきひとおとこ)/中央公論新社/2019年
落花/中央公論新社/2019年
秋萩の散る/徳間書店/2016年
師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間書店/2015年
ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間文庫/2016年
京都はんなり暮らし/徳間文庫/2015年
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記/光文社/2015年
若冲/文藝春秋/2015年
満つる月の如し 仏師・定朝/徳間文庫/2014年
泣くな道真 ―太宰府の詩―/集英社文庫/2014年

2015年10月13日 (火)

ニキ・ド・サンファル展@国立新美術館

展示室に入ると、「芸術家にならなかったら、テロリストになっていただろう」というニキ(1930~2002)の穏やかでない言葉が、音声ガイダンス担当の女優リュウの声で流れている。
ピストルやカミソリやクギなどをはめ込んだ、初期の作品に似つかわしいフレーズだ。
ニキの初期の作品は、「立体的なもの」を積み上げたり、貼り付けたり、結び付けたりする「アッサンブラージュ」と呼ばれる手法により制作されたものが多い。

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ニキ・ド・サンファルは、 1930年にパリ郊外で、フランス貴族の父とフランス系アメリカ人の母の間に生まれた。出生後、両親とともにアメリカで暮らすようになり、厳格なカソリックの学校で教育を受けた。19歳のときに音楽家を目指していた男性と結婚し、1951年には娘が生まれ、一家はパリに居を移した。
1953年に、ニキは精神的に不安定な状態になりニースの病院に入院する。2度の大戦で疲弊しきったヨーロッパで、平穏な精神状態を維持することは、ニキには難しかったのかもしれない。
治療に絵画やコラージュ作品の作成が取り入れられたことで、ニキは芸術家として生きて行こうと決意したという。
その後息子が生まれたが、30歳のときにニキは家族と別れた。
その後、ジャン・ティンゲリーと暮らすようになり、1971年にふたりは結婚する。
ちなみにティンゲリーはキネティック・アートの代表的な作家で、セゾン現代美術館に彼の作品『地獄の都市 NO1』が展示されている(→セゾン現代美術館)。

次に展示されている作品は、ジャクソン・ポロック(1912~1956)やジャスパー・ジョーンズ(1930~)から影響を受けたというより、ドリッピング技法のポロックや標的絵画のジョーンズの作品そのもの、およそパクリといっていい。

そして、ニキは射撃絵画を思いつく。
射撃絵画とは、石膏で作られた立体の絵画に向けて、缶や袋に入れた絵の具を銃で放ち、色をつけて作品を完成させていくパフォーマンスアート。
ニキは、射撃絵画には銃を撃っているうちに興奮してくる麻薬のようなところがあり、このまま続けると抜け出れなくなると思い、2年半で射撃絵画に終止符を打ったと言っている。

その後、ニキは女性の性を表現することに精力を注ぐようになり、カラフルで自在で豊満で解放的な「ナナ」シリーズを手がけるようになる。
ボーヴォワールの『第二の性』の影響を受け大いに受け、「ナナ」シリーズ以降は、魔女、娼婦、聖女、母といった女性たちが、ニキのテーマになったという。
キリスト教の気配がまったく感じられないのは、思春期に厳格なカソリックの学校で受けた教育への反発かもしれない。

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1980年代には、ニキの作品に衝撃を受け、ニキ信奉者となった増田静江と交流を持つようになり、ニキは日本と特別な関係を築いていった。
なお増田は、栃木県那須高原にニキ美術館(2011年に閉館)を創立した。
そのニキ美術館が所蔵していたブッダが今回展示されていて、写真撮影が可能との立て看板があった。
監視員の青年から、「この位置からの撮影が推奨されます」と声をかけられ、シャッターを押した(↑)。

ニキ芸術の集大成とも言われる「タロット・ガーデン」は、イタリアのトスカーナ地方に作られた、タロット・カードのシンボルをモチーフにした彫刻庭園である。20年かけて作られた、数々の巨大彫刻や建築作品からなるこの庭園は、1998年にオー プンし、その後もニキによって手が加え続けられた。

ニキには旺盛な好奇心となんでも吸収しようとする貪欲さがあった。
また、ニキは普通の人が抱く神とは異なるイメージの神に興味を抱いていて、そのことが自由な発想につながり、キングコング、ゴジラ、龍、ゴーレム、スフィンクス、ガネーシャ、ギルガメシュなどを題材にした作品が生まれたという。

2015年10月 4日 (日)

吉原花魁 縄田一男編

吉原の花魁にまつわる短篇を集めたアンソロジー。
著者は、隆慶一郎、平岩弓枝、宇江佐真理、杉本章子、南原幹雄、山田風太郎、藤沢周平、松井今朝子の、時代小説の達人8人。
読み応えのある傑作ぞろいであるが、『張りの吉原』(隆慶一郎)、『紫陽花』(宇江佐真理)、『爪の代金50両」(南原幹雄)の3作品が、吉原らしいストーリーで、メリハリがあり特に出来がいいと思った。
Photo_20201117142501吉原花魁
縄田一男編
角川文庫
2009年

『張りの吉原』隆慶一郎
「張り」とは、「突っ張っている」という意味。吉原花魁の「張り」を知りたいと、大阪の太夫だった花扇は思った。16歳で太夫になり18歳で堺の大商人に根引きされ内儀に収まり、20歳のときに旦那がぽっくり腹上死した。
花扇は店の者を集め、1年だけ暇をくれと大阪をあとにした。
「張り」がなんであるか知りたいとの花扇の申し出に、吉原の西田屋の又左衛門は、彼女を太夫・総角(あげまき)の番頭太夫にした。
そして、花扇は総角の秘密を知るにいたり、ついに「張り」がなんであるか突き止めた。

『紫陽花』宇江佐真理
花魁だったお直は、近江屋の半兵衛に身請けされ、なに不自由のない内儀の生活を送っていた。ある日、偶然に客引きの辰吉に出会い、奴女郎の梅ヶ枝の死を知らされ、棺を見送ると約束する。紫陽花の咲く雨の中、半兵衛とともにお直は梅ヶ枝を見送った。
そして、半兵衛からお直の知らない梅ヶ枝を知らされる。

『爪の代金50両』南原幹雄
木曾屋の徳次郎が花魁・豊鶴の身請けの 起請に剥いだ爪をもらい、50両を工面してやった。ところが強欲な豊鶴は自分の爪を送ったのではなかった。徳次郎と豊鶴が大喧嘩をして、徳次郎は大江戸への出入り禁止となる。徳次郎は50両の勘定が残っていた。
付き馬屋のおえんは借金の取り立て屋。おえんは大江戸やから50両の取り立ての依頼を受ける。引き受けた以上、必ずや取り立てるつもりだ。
しかし、徳次郎は一筋縄ではいかなかった。→人気ブログランキング

2015年10月 1日 (木)

元素生活 寄藤文平

日常生活では、存在を思い浮かることが皆無に近い元素について、固苦しい化学の発想にとらわれず、脱力系のイラストで楽しんでください、そして、暮らしを元素の目線に合わせて見ると、別の世界がありますよというのが、本書の要旨。
Image_20201206164001元素生活
寄藤文平(Yorihuji Bunpei
化学同人 文庫版 
2015年

「水兵リーベ・・・」の元素周期表は、縦にグループになるように配列されている。
グループは「族」と呼ばれ、「族」の構成メンバーを髪型、髭、衣服で序列つけている。
「族」が暴走族を連想させるので、イラストにヤンキーぽいキャラクターがいて、情けない裸やブリーフ姿やふんどし姿の下っ端に見える元素もいる。
元素の特徴を捕まえた説得力のあるイラストなので、ニンマリしているうちに、この時点でとりあえずの111個の元素たちが、頭に入ってくるかもしれないという寸法。

あとがきによると、日本のほか8カ国で外国語版が発売されているとのこと。
この本を世界の人たちに紹介したい気持ちに納得。
2009年発刊の単行本の文庫化。→人気ブログランキング

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