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2015年10月25日 (日)

京都・醍醐寺展@新潟万代島美術館

京都・醍醐寺展のチケットやパンフレットに使われている如意輪観音坐像は、顔をやや右に傾け頬を右手で軽く支えている。右肘は立てた右膝の上におかれていて、なんともくつろいだ姿勢である。穏やかな御顔は微睡んでいるように見える。
作者は不明であるが、藤原一族に愛された定朝様と呼ばれる様式で、平安時代に造られた仏像である。定朝様は、平安時代の仏師・定朝が大陸の唐朝様から脱皮し確立した和様式のことである。

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醍醐寺は、874年(貞観16年)、空海の孫弟子にあたる聖宝(しょうぼう)よって笠取山に開創された。この後、笠取山は醍醐山と呼ばれるようになった。
醍醐山の頂上付近の上醍醐は真言宗の霊場として発達し、麓の下醍醐は醍醐天皇(885?930年)の手厚い庇護のもと大伽藍が建設された。
しかし、応仁の乱で下醍醐は荒廃し、残ったのは五重塔だけだったという。
その後、豊臣秀吉の時代になって、秀吉が醍醐寺に肩入れしたことで蘇り、現代に至るというのが大まかな流れ。秀吉が「醍醐の花見」を催したことでも有名である。

まずは、醍醐寺創設にまつわる醍醐寺縁起、空海像、理源大師聖宝坐像が展示されている。これらは国宝や重要文化財である。

次は、チケットやパンフレットに使われている、如意輪観音坐像が鎮座していた。
快慶作の無動明王坐像も見事だった。

これらの仏像は地震や火事をどうかいくぐってきたのだろう。
仏像は木造で中は空洞で寄木造りになっていて軽い。いざという時に持ち運びができるように、パーツに分けることができる。
非常事態における僧たちの取るべき行動は緻密に訓練も行なわれてきたのだろう。
こうした知恵が仏像を天災や人災から救ったのだ。

織田信長や秀吉の直筆の書状が展示されていて、どちらも達筆であった。
それに比べ空海の字は、お世辞にも上手いとは言えないもの。歴史上の偉人が悪筆なのは、それはそれで親近感がわく。

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豊臣秀吉が催した醍醐寺の花見にまつわる品々が数多く展示されている。
秀吉は人を喜ばせることが無類に好んだという。
花見の当日に詠まれた歌をまとめた短冊帖の醍醐花見短籍(だいごはなみたんざく)が展示されていた。

グッズ売り場は、香の匂いが立ち込めていた。
急遽、『仏像図解新書』(石井亜矢子 小学館新書)、『醍醐寺の謎』(楠戸義昭 祥伝社文庫)を購入した。

京都・醍醐寺展
新潟万代島美術館
2015年9月19日〜11月8日

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