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2016年1月

2016年1月29日 (金)

古い骨 アーロン・エルキンズ

人類学者のオリヴァー教授は、骨を見ただけでその人物の生前の職業や病気や死因までも言い当ててしまう凄腕の人物である。これまでに、いくつかの事件を解決に導き、「スケルトン探偵」と呼ばれている。今回の事件の舞台はフランス。
A4c1290fdad342bbac918975a9f8e8e7古い骨
アーロン・エルキンズ 青木久恵 訳
ハヤカワ文庫
1989年

モン・サン・ミッシェルの干潟で、レジスタンス運動の英雄だった富豪のギヨームが溺れて死ぬ。ギヨームは自らの館をホテルに売却する話をするため、一族を呼び集めていた。
葬式が営まれた後、遺言状が公表されたが、何も手に入らない親族の男が遺言状の信憑性に疑問を投げかけた。
その直後に、館の地下室から白骨死体が発見された。骨はばらばらに切断されており、ナチス親衛隊員の可能性が浮かび上がった。
たまたまフランスを訪れていたスケルトン探偵が、白骨の鑑定を依頼されて館に呼び寄せられた。
そして、その夜、遺言に異をとなえた男が、青酸カリ入りの赤ワインを飲んで殺された。
こうして、スケルトン探偵は、時制の異なる三つの殺人事件に取り組むのだった。

新婚一年余のオリヴァーは、愛する新妻に毎夜電話をかけている。オリヴァーは、周りの人間に気さくに声をかけたり、自らの推理の誤りを指摘されると素直に認めたり、気のおけない性格である。FBIのジョン・ロウ捜査官が助手役を務め、シャーロック・ホームズを彷彿とさせる設定になっている。

1988年アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作。→人気ブログランキング

2016年1月26日 (火)

異類婚姻譚 本谷有希子


専業主婦の主人公は、ある日、夫婦の外見が似てきたことも、目の前にいる旦那のようなものも、受け入れられないと感じた。そんな思いに至る主婦は、世の中に多くいるだろう。マザコンの国・日本に棲息するぐうたら旦那に同化してしまう専業主婦の見込み違いを描いた作品。
第154回(2016年1月)芥川賞受賞作。
異類婚姻譚とは人間と人間以外が結婚する話のことで、例えば『雪女』や『鶴の恩返し』、『美女と野獣』や『奥様は魔女』など、世界中にあまたある。
Image_20201117163701異類婚姻譚
本谷有希子 (Motoya Yukiko
講談社
2016年

サンちゃんは、子供なし持ち家あり、バツイチの旦那の稼ぎは人並み以上の専業主婦。ある日「自分の顔が旦那とそっくりになっていることに気がついた。」
家にいるときの旦那は、もっぱらハイボール片手にバラエティー番組を見ている。
サンちゃんは夫の顔が臨機応変に変化していることに気づく。
旦那は人といるときちんとしているが、二人だけになると気が緩むらしく、目や鼻の位置が適当になる。
ある朝、鏡を見ると、自分の顔が全体に間延びし旦那の顔に近づいていた。

二匹の蛇がお互いの尻尾を食べていく。同じだけ食べて頭にだけの蛇ボールになり、最後まで食べて何もなくなってしまう。夫婦はそんなものかなと、弟の同棲相手はいう。

なにを思ったのか旦那が毎日のように天ぷらを揚げ、ゲームに明け暮れるようになった。サンちゃんは旦那は無理して人の形をしていなくてもいいのじゃないかと思うようになった。
そして夫のようなものに大声で命令した。

サンちゃんと同じ思いにかられる主婦は、マザコンの国・日本にはごまんといるのではないだろうか。

他に収録されている、『〈犬たち〉』、『トモ子のバームクーヘン』、『藁の夫』の3篇も、テーマが異類婚姻譚に類似した物語。→人気ブログランキング

→『嵐のピクニック
→『異類婚姻譚

 

2016年1月22日 (金)

巨大化する現代アートビジネス ダニエル・グラム&カトリーヌ・ラムール

緻密なフィールド・スタディと何人かのキーパーソンに対するインタビューをもとに、現代アートビジネスの現状をおよそ余すところなく伝えている。

1998年に、クリスティーズが、それまで戦後からとされていた現代アートの境界線を、1960年代から現代までと定義した。これにより、若手のアーティストを前面に押し出すことができ、市場が活性化したという。ある意味で、この定義付けが現代アートビジネスを象徴している。市場が活性化するなら、定義すら変えてしまうという姿勢である。ビジネスから見た現代アートは、もはや投機の対象や資産の隠し場所でしかないのかもしれない。
作品を買い上げ倉庫に保管しておいて、高値が付きそうな頃合いを見計らってオークションにかける。アーティストを無視したことが、平然と行われているのが現状である。

E03b43da8aef4a65b6e1ed3c96cd8105 巨大化する現代アートビジネス
ダニエル・グラム&カトリーヌ・ラムール/鳥取絹子 訳
紀伊國屋書店
2015年

名のあるアーティストのまわりには彼を支える星雲のような一群がいて、それはギャラリーであり、コレクターであり、一部の美術館やメディアからなっているという。
つまり互助機能が働く集団ということであろう。

変化し続けるアートの世界を、先頭集団の100人が牽引している。
彼らはメガコレクターであり、大画商であり、中には美術館の学芸員やアートフェアのディレクターや展覧会のコミッショナー、アートアドバイザーや批評家もいる。重要なのは「彼らはアートの世界で力を持っている」ことであるという。
イギリスの『アート・レヴュー』誌ではアート業界で最も影響力のある100人「パワー100」を、アメリカの『アート・ニューズ』誌では200人のトップコレクターの人名録を発表している。

社会学者アランクマンは次のように語っている。
評価を守るためには、幻想を維持しなければならない。売れなくなれば、下支えする。何をするのかはさておき、先頭を走るアーティストの凋落は阻止しなければならないのだ。

ニューヨーク・メトロポリタン美術館の元館長の現代アートを取り巻く環境を危惧するインタビューが、切実である。
美術館がだせる金額では、 いまのトップアーティストの作品を買うことは不可能である。それほど値段が釣りあがっているということなのだ。

中国市場が活発な理由は、中国人アーティストの作品を、中国人が評価し購入するという内向きの流れが出来上がっているからである。
また、芸術大国フランスの凋落について解説している。原因は国の政策の立ち遅れにあった。

こうしたアートの世界を、すでに1世紀も前に、マルセル・デュシャンが指摘している。つまり、「我々には貨幣に代わるものが沢山ある。貨幣としての金、貨幣としてのプラチナ、そして今や貨幣としてのアートだ!」→人気ブログランキング

2016年1月21日 (木)

ヨイ豊  梶よう子

黒船来航以来、日本国中が浮足だち徳川幕府の屋台骨が揺らいでいた。
浮世絵(錦絵)の世界も大きな曲がり角にさしかかっていた。そんななか、三代目歌川豊国が亡くなり、画号の相続をめぐり入り婿の清太郎は苦悩する。
第154回(2016年1月)直木賞候補作。
A6cd55c357344fdf917e0ecc8337ce7aヨイ豊
梶 よう子
講談社 
2015年

名所の歌川広重、武者の国芳、そして似顔の三代豊国。歌川の三羽烏と呼ばれた三人は同時代に活躍したが、すでに、広重、国芳が亡くなり、さらに豊国を失ったいま、誰が歌川を率いていくのか。版元たちも弟子たちも固唾を飲んで見守っている。

清太郎は真面目が取り柄。画力がありそこそこ売れるのだが、これぞとういう光るものがない。絵を描く力は修練である程度上達するが、見る目は天賦の才であり、清太郎にはそれがないことを自覚しているのだ。
清太郎の一回り下の八十八(やそはち)には、誰もが一目置くずば抜けた画力がある。ところが、兄弟子であろうと師匠であろうとずけずけものを言う。住む所も女房もころころ変える落ち着きのなさ。それに、版元や役者と平気で喧嘩するような男だが、憎めない性格ときている。

版元も弟子たちも清太郎が豊国を継ぐことを願っている。豊国一門の安泰のためという大義の要素が色濃い。鷹揚な性格の妻でさえ、いつまでたっても煮え切らない清太郎をせっつくのだった。それを百も承知の清太郎は、悩みに悩みぬくのだ。

江戸末期から明治にかけての変わり目の時代に、やがて消え去る運命の浮世絵師たちの生き様を描く力作。最後のたたみかける短い文章の連続は、激動の時代に生きる人々の息遣いを感じさせる。→人気ブログランキング

【絵師が主人公の歴史小説】
北斎まんだら』梶よう子 2017年
眩(くらら)』朝井まかて 2016年
『ごんたくれ』西條加奈 2015年
ヨイ豊』梶よう子 2015年
若冲』澤田 瞳子 2015年
北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ/2014年
フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン 2014年
東京新大橋雨中図』杉本章子 1988年

2016年1月14日 (木)

プラド美術館展@三菱一号館

プラド美術館展(2015年10月10日〜2016年1月31日)には、ハプスブルグ家とブルボン家が所有していた美術品の数々を所蔵する、世界に冠たるプラド美術館が提供した作品群が展示されている。こんな機会はまたとないだろうと、嫌が上にも期待は高まってしまう。

160114

ポスターには、「エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤ、ムリーリョなど日本初86点が初来日!」あるいは、「世界に20点しか存在しない奇跡の画家ボスの直筆が初来日!」との宣伝文句が踊っている。えっ、ここで「直筆」という言葉を使うのとツッコミを入れたくなった。

160114_

まずは、ヒエロニムス・ボス(1450頃〜1516年)の『愚者の石の除去』である。
ネーデルラント(オランダ)では、頭の石が大きくなると愚か者になるため、石を切除する手術が必要だと信じられていたという。
この絵で患者の頭から出ている石ではなく青い花。
手術をする外科医は漏斗をかぶっていて、本を頭に乗せて頬づえをついているのは患者の妻。隣にいる司祭は妻の間男だという。異能の作家ボスらしい、人を食った絵だ。
ちなみに、マイケル・コナリーのミステリ『シティ・オブ・ボーンズ』などの主人公ハリー・ボッシュ刑事は、母親がヒエロニムス・ボッシュからとって名付けた。

160114__2

ポスターになっている『ロザリオの聖母』(バルトロメ・エステバン・ムリーリョ作)は、キリストを抱き慈愛に満ちた清楚な表情のマリア像であった。サイズが166×112cmで大きい分、迫力があった。

エル・グレコの『エジブトへの逃避』『受胎告知』は、女性の描き方にグレコらしさが見られた。ゴヤの『傷を負った石工』は労災事故の1コマを描いた大作である。
ティツィアーノの『十字架を背負うキリスト』は臨場感が感じられ、流石だと思った。

ポスターに採用されている髪をアップにした貴婦人は、『マリア・ルイサ・デ・パルマ』(アントン・ラファエル・メングス作 )である。化粧が現代風で数種類の頬紅を使い分けているとのこと、艶やかだ。

三菱一号館は、美術展にはいささか狭い。
空間を最大限に使って、まずエレベーターで3階に上がりいくつかの展示室を回る。次に2階に降りるといくつかの展示室があり、さらに廊下を通り別の展示室に行くという順路になっている。廊下の床は木製で、靴の音がコツコツと響く。明治に建てられた洋館ならではの造りゆえに靴の音が大きく響くのだろう。

昨年の11月に本美術展に来たが印象が薄かったので、もう一度見ることにした。しかし、印象は変わらなかった。→人気ブログランキングへ

2016年1月13日 (水)

アクロイド殺し  アガサ・クリスティー

数日前のBS放送で、案内役を女優の寺島しのぶが務め、『アガサ・クリスティーを探して〜ミステリーの舞台裏への招待状〜』をやっていた。アガサの大フアンである寺島が、イギリスの生家を訪れ、アガサの研究家たちにインタビューし、アガサへの思い語るという番組であった。→
本作は著者の10作目の長編で、この作品を機にアガサは有名作家となったという。本書が出版された当時、トリックがフェアかアンフェアかで論争が巻き起ったというが、一体どっちに分があるのだろう。
Photo_20201119081001 アクロイド殺し
アガサ・クリスティー
早川書房

村の資産家ロジャー・アクロイドが、自室で背後から短剣の一突きで殺された。
アクロイドは、亡くなった年上の妻の連れ子ラルフ・ペイトン、弟の妻で未亡人となったセシル・アクロイド、その娘フロラと一緒に暮らしていた。
そのほか、館で寝起きする秘書、執事、小間使いがいて、アクロイドの友人などが登場し、登場人物のほとんどにアクロイドを殺す動機あるという設定である。

村の医師ジェームズ・シェパードが語り部となって物語は進んでいく。
シェパード宅の隣に引っ越してきた男は、よりにもよって引退したエルキュール・ポアロであった。
シェパードと同居する姉のキャロラインは、お喋りで詮索好きで、何にでも首を突っ込もうとする。ところが、情報収集に優れているキャロラインの推理は、あながち的外れでない。ポアロはキャロラインに一目置いているような節がある。

ポアロには、すべてを見通しているように周りに思わせる威圧感があり、登場人物たちに精神的なプレッシャーをかける。そのプレッシャーに負けて、精神的な苦痛から逃れようと、登場人物は次々にポアロに本音を打ち明けてしまう。

語り部のシェパード医師が犯人と深く関わっていれば、あるいは犯人であれば、犯人をひた隠しにして、最後まで話を進めることができるわけだが、そのトリックはフェアなのだろうか?というのがかつて起こった論争である。
シェパード医師は、99.9%は真実を語り、少し省略しようとしたかもしれないが、ぽアロに見破られそれがままならなかった。それをアンフェアとすると本書が成り立たなくなる。→人気ブログランキング

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アガサ・クリスティ(1890〜1976年)は、母親クララの考えで正規の学校で学ぶことがなく、クララの教育を受けて育った。友人がいないアガサは使用人と遊んだり、空想の世界で一人遊びをしたり、父親の書斎の本を読みふけったりして、過ごした。
1914年に、アーティボルト・クリスティ大佐と結婚し、第一次世界大戦中に薬剤師の助手として勤めたことがあり、毒薬の知識を培ったという。
1920年、『スタイルズ荘の殺人事件』でデビューした。
1926年に母が死去しアガサは謎の失踪事件を起こした。
1928年にアーチボルトと離婚。
1930年に中東を旅行したさいに、14歳年下の考古学者マックス・マーロンと出会い再婚した。その後、夫の遺跡発掘調査に何度も同行したという。『ナイルに死す』(1937年)はそうした経験から生まれた作品である。
アガサ・クリスティーは、生涯に長編小説66作、中短編小説156作、戯曲15作を書いた他、別名での小説や自伝なども書いている。

ナイルに死す』/アガサ・クリスティ/加島祥造 ハヤカワ文庫 2003年
ねずみとり』1950年
さあ、あなたの暮らしぶりを話して』1946年
そして誰もいなくなった』1939年
アクロイド殺し』1926年

小泉今日子書評集 小泉今日子

かつてのアイドルが書いたものと高をくくって読みはじめたら、数ページでただ者ではないと感嘆した。自らの本音を吐露しつつ、さりげなく本の紹介をしている。その構えていない本音がなるほどと納得させる内容で素晴らしい。
著者がアイドルであったということを含めて、余人をもって替え難い才能の持ち主といっていいだろう。
タイトル通りの本物の書評集である。
取り上げている本は著者と同年代の女性作家のものが多い。
Image_20201124092501小泉今日子書評集
小泉今日子 
中央公論新社
2015年

アイドルのころ、現場で人に話しかけられるのが嫌で本を読んでいたことが、本を好きになったきっかけであると書いている。
読売新聞の日曜の書評欄を担当することを打診され、担当者と酒を酌み交わしているうちに、いつの間にか承諾してしまったという。
そして10年間(2005年〜2014年)も、読書委員を務めた。
発掘した担当者も褒め称えられるべきだ。→人気ブログランキング

2016年1月 9日 (土)

サザビーズ 石坂泰章

外からは決して知りえない、画商の仕事や絵画オークションの内側が書かれている。
帰国子女の著者は、大学卒業後、三菱商事に勤務し、その後画商として独立して成功したのち、サザビーズ日本の代表取締役に就任した。
著者は、画商時代、丸ビルと丸の内全体をウォホールの作品で飾るイベントを手がけ成功を収めた。さらにウォーホルのユニクロTシャツを販売にこぎつけ大成功を収めている。
Image_20201221095801サザビーズ  「豊かさ」を「幸せ」に変えるアートな仕事術
石坂泰章
講談社
2009年

画商の立場からすると、絵画を美術館に納めてしまうと、それでビジネスチャンスは失われてしまう。通常の売買なら、あと何度か訪れるはずのビジネスチャンスを補充する意味で、普通より高く買ってもらうことになるという。
画廊にしろオークション会社にしろ、絵画の売買で利益を得ることが目的であるから、控えめに語られているものの、突き詰めるとシビアな姿勢が貫かれている。

オークション会社が鑑定機関も兼ねていると思っている人が多いが、オークション会社に鑑定書は義務づけられていない。
買う場合、頼りになるのは作品のたどってきた来歴や展覧履歴のほかはない。最終的には自分の目である。
オークション会社が贋作を扱ったとなれば信用に関わる。贋作を排除しなければならない。
本物でない作品に出会った場合、何かが違うと直感が働くという。人物画の場合だと「よく手足を見ろ」と言われる。うまい贋作家でも顔は一生懸命描いても、ほかでふと手を抜くことがあるからだ。
作家の特徴がテンコ盛りになっている作品も危ない。シャガールで言えば、花、サーカス、故郷、花嫁、エッフル塔すべてが入った作品は、注意を要する。絵はいくらまねて描いても、その人間の心情が表れる。この作品の場合、贋作者の欲が現れたのだ。

オークションを仕切るオークショニアは資格が必要である。
オークショニアは、値段が決まりそうになっても、まだ値が上がると見るや言葉で煽って、やりとりを活発にするテクニックを持っている。
アートは価格があってないようなものなどと言われるが、そうではないという。もしそうなら資産として持てるはずがない。さまざまな要因で価格は変動するが、やがて落ち着くところに落ち着くのである。→人気ブログランキング
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