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2016年3月 1日 (火)

ヤマザキマリの 偏愛ルネサンス美術論 ヤマザキマリ

著者は映画『テルマエ・ロマエ』(2012年)の原作者。17歳でイタリアに渡り国立美術学校で美術史と油絵を学んだ。
ルネサンスは、普通であることに満足しない変人たちが成し遂げたムーブメントであるとする。美術史を扱っているにも関わらず、美術史特有の堅苦しさがない。

まずは、フィレンツェで起こった〈初期ルネサンス〉を、サンドロ・ボッティチェリ(1444/45〜1510)を中心にとりあげる。ボッティチェリの師は破天荒な修道士のフィリッポ・リッピ、息子のフィリッピーノ・リッピはボッティチェリの弟子であった。3人の共通点は少女漫画風と言っていいロマチックなところだという。
初期ルネサンスのパトロンは、フィレンツェのメディチ家に代表される資産家たちであった。
Image_20201120152101ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論
ヤマザキ マリ
集英社新書
2015年

次に、舞台はローマに移り、ラファエロ・サンティ(1483〜1520)、ミケランジェロ・ブオナロティ(1475〜1564)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)の三大巨匠が活躍する〈ルネサンス盛期〉となる。
この頃のパトロンは資産家たちから教会に変わる。

その画家がどのように女性像を描いたかを見れば、その画家の人格が推し量れるというのが、著者の持論。
ラファエロは、女性の美を一番認識した人物で、好感が持てるという。ミケランジェロが描く女性は、プロレスラーと見紛う筋骨隆々で色気も何もあったものではないと、筋肉フェチぶりを嘆く。ダ・ヴィンチは、マルチな才能を持った人物だが、人間嫌いでホモセクシャルであった。温かい母性や女性特有の柔らかさを感じられない女性を描いているが、芸術性の高さは認めている。

〈盛期ルネサンス〉の後をヴァザーリは〈マニエリスム〉と呼んだ。マニエリスムとはマンネリと語源となる言葉である。

フィレンツェやローマ以外のイタリアの都市、ヴェネチアやシチリアで活動した人物たちや、フランドルやドイツなどの北方地域で活躍した人物を紹介している。それらの人物の中には、自然描写の名手アレブレヒト・デュラー(1471〜1528)、北方のミケランジェロと呼ばれたハンス・ホルバイン(1497〜1543)、ジャーナリスティックな風刺画を描いたピーテル・ブュルーゲル(1525〜1569)などの特徴的な画風をもった人物がいる。

本書では、誇張と偏見があるといわれるジョルジュ・ヴァザーリ(1511〜1574)の『芸術家列伝』が、ところどころで引用されている。→人気ブログランキング

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