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2016年4月

2016年4月30日 (土)

京都ぎらい 井上章一

洛中の京都人は中華思想に似た選民意識をもっている。
京都の嵯峨で育ち今は宇治で暮らす著者には、京都人の自覚はないという。洛中のひとは著者を、京都流で言えば「よそさん」と思っているという。
こうした京都人の選民意識は他の都市にも多少はあるだろうが、京都はえげつないくらいに露骨にそれを表に出す。
Photo_20220106081701京都ぎらい
井上章一
朝日新書 
2015年

日本の碩学である洛中出身の杉本秀太郎や梅棹忠夫も、洛外を見下していたという。

ところが、嵯峨は確かに洛中から外れているが亀岡ほどじゃないと、〈京都人のいやらしい偏見を縮小再生産させたようなおごりが、著者にないわけではない〉と語っている。著者はこのような表現を多用している。

同和や民族差別などの重い差別は社会の表面から見えないが、ハゲやデブを見下す言葉は溢れている。罪が軽そうなのでかえって溢れていく。京都における嵯峨や宇治は、ハゲやデブに当たるとする。

「物知り自慢の気(け)」があると自嘲しつつ、自説を展開する。
本能寺に逗留していた信長が明智光秀に襲われた本能寺の変から、寺は今のホテル業を兼ね備えていた。そこで客をもてなすための庭園美学も磨かれたと推論する。
精進料理の肉もどき料理はホテルのレストラン部門のアイディア商品であるとする。

冒頭で、著者は京都人の自覚はないと言っておきながら、七は「しち」ではなく「ひち」であるとこだわる。「上七軒(かみひちけんの)」ルビを「ひち」とするか「しち」とするかで、本書の編集人にかみついている。そのバトルの痕跡が69頁に書かれている。→人気ブログランキング
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京都まみれ/井上章一/朝日新書/2020年
京都ぎらい 官能編/井上章一/朝日新書/2017年
京都ぎらい/井上章一/朝日新書/2015年
関西人の正体/井上章一/朝日文庫/2016年
京都はんなり暮らし/澤田瞳子/徳間文庫/2015年

2016年4月27日 (水)

眩(くらら)

葛飾北斎の三女、浮世絵師のお栄を半生を描いた歴史小説。吉原の仲見世を描いた、お栄こと応為の作品『吉原格子先乃図』(表紙カバーの絵)は、レンブラントの作品と並び称されるほどの、光と影を巧みに操った傑作である。
お栄が絵師の吉之助に嫁いだのは22歳のとき。細かいことにこだわる吉之助は、家事をこなせないお栄を「女のくず」と罵り、お栄は吉之助の絵の才能をけなし、ふたりは別れた。
そして、出戻りの姉は息子の時太郎をおいて、あっけなく亡くなってしまう。後年この時太郎が北斎親子の厄介の種になる。
Image_20210221091701
朝井 まかて
新潮社
2016年

お栄は兄弟子の渓齋英泉こと善次郎に密かに心を寄せている。善次郎はお栄の才能を買っていて、ふたりは何でも話せる仲だった。ところが、善次郎は女に食わせてもらって寝床で尽くすようなタイプの男である。
そんな善次郎がお栄を連れて吉原に登楼する。
そこには善次郎の3人の異母妹たちがいた。妹たちの合奏する琴と三味線と胡弓の調べにお栄はいたく感激した。
後に、この感激の場面を描いたのが『三曲合奏図』である。

お栄は、工房で北斎の右腕として働きながら、絵のことしか考えていない自由気ままな北斎の面倒もみる生活を送っていた。なにしろ北斎は引越しを93回して、号を30回変えた「ぶっ飛んだ」人物である。お栄にしても女だてらに昼間っから酒を飲み、食べ物はしょっちゅう煮売り屋から買ってくるような浮世離れしたところがある。

北斎は60歳の時に卒中で倒れ半身麻痺になったが驚異的な回復を見せ、その後『富岳三十六景』で大ヒットを飛ばした。

著者は、晩年の北斎に次のようなことを言わせる。
「巧いことと絵の奥義を極めることとは別物だ。どうだ巧いだろうってぇ絵には品がねぇし、わざと無心を装ったような絵も見られたもんじゃねえ。俺ぁな、描けば描くほど、絵がよく分からなくなる。ただそれが苦しいからといって目指すところを低うしたら、己の目論見よりさらにひどいことにならあ。・・・つまり描き続けるしかねぇんだ」

Oui

後半は、応為の代表作『三曲合奏図』、『吉原格子先乃図』の完成に至るまでの過程が描かれている。
死ぬまで絵を究めようとした北斎と同じ道を、還暦を過ぎたお栄が歩もうとするところで物語は終わる。→人気ブログランキング

【絵師が主人公の歴史小説】
北斎まんだら』梶よう子 2017年
眩(くらら)』朝井まかて 2016年
『ごんたくれ』西條加奈 2015年
ヨイ豊』梶よう子 2015年
若冲』澤田 瞳子 2015年
北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ/2014年
フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン 2014年
東京新大橋雨中図』杉本章子 1988年

2016年4月23日 (土)

星を継ぐもの ジェームズ・P・ホーガン

長年にわたり答を見いだせずにいる人類の進化の謎に、説明をつけてしまう。
月面で真紅の宇宙服を着込んだ男の遺体が発見される。ルナリアンのチャーリーと名付けられたその遺体は死んでから5万年以上経過していると推定され、人間と同じ特徴を兼ね備えていた。
Photo_20201117082101星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガン /池 央あき訳
創元SF文庫 1980年

さらに、月の裏側で地下200フィートに建設された基地の廃墟が発見される。
その基地からは、ルナリアンの男女のばらばら遺体や食料とみられる魚や野菜も発見された。魚は地球上のものではなかった。

火星と木星の軌道の中間に、ルナリアンが住んでいた惑星ミネルヴァが存在していたことが判明する。
地球が最後の氷河期が最盛期にさしかかろうとした頃、それは太陽系全体にまたがる寒冷現象が起こった時期であり、ミネルヴァは生命滅亡の危機に瀕していた。この事態を回避するために、チャーリーよりずっと前の時代に、ルナリアンは他の惑星に移住する計画を実行していた。
チャーリーの手記が解読され、ミネルヴァが惑星間にまたがる全面的な核戦争で破壊されことが推測され、さらに、ルナリアンが月に到達した時期に、月面での大規模な核戦争が起きたとの結論に達した。チャーリーはその戦争で亡くなったのだ。

一方、木星の最大の衛星ガニメデの氷の底深くから、2500万年前の巨大宇宙船が発見された。その宇宙船の乗組員は人間とは似ても似つかぬ巨大な知的生物ガニメアンであった。さらに、まるでノアの方舟のように、太古の地球上の動植物が積み込まれていた。
ガニメアンの骨格とミネルヴァ産の魚の間には進化上の一致が見られた。

物理学者、生物学者、言語学者、技術者たちの懸命の解析が行われ、諸説が飛び交うが、どれもつじつまが合わず謎は深まっていくばかりであった。
そして30人ほどの研究スタッフを集めての会議で、調査委員会の責任者のひとり、原子物理学者のハントが謎を解き明かしてみせる。→人気ブログランキング

2016年4月21日 (木)

嵐のピクニック 本谷有希子

ブラックで可愛らしく予想を超える展開の11の短編集。大江健三郎賞(第7回、2013年)を受賞している。賞には賞金はなく、ご褒美は英語や独語への翻訳出版だそうだ。それにしても、著者の文体をまねた大江健三郎の解説文はどうしたんだろう、浮いている。
Image_20201117162801嵐のピクニック
本谷 有希子
講談社文庫
2015年

『アウトサイド』 いくつかのピアノ教室へ通ったものの、バイエルすら終わっていない私に、新しいピアノ教師は優しく教えてくれた。その甲斐あってめきめき上達したが、ピアノ教師の狂気によって一変する。

『私は名前で呼んでいる』会議中にカーテンの膨らみが気になり出しから始末が悪い、会議そっちのけで目がカーテンにいく。部下のプレゼンアド耳に入らない。

『パプリカ次郎』市場で野菜を売っているパプリカ次郎の屋台を吹き飛ばし、銃声が響かせて何人かの人がいく。そのあと市場の人々が後片づけをすることの繰り返し。

『人間袋とじ』足の指をしもやけを利用してくっつける話。

『哀しみのウェイトトレイニー』オーガニックストアでレジ打ちをしている妻が、夫が見ていたテレビに映るボクサーの肉体を見て、一念発起、筋トレジムに通うようになり、 筋肉ムキムキになっていく。

『マゴッチギャオの夜、いつも通り』サル山に入れられたチンパンジーがサルたちの洗礼を受ける。見守る若いサル・マゴッチギャオとの交流を描く。

『亡霊病』入賞したコンクールの授賞式でスピーチの順番が回ってくると、亡霊病の発作が迫ってる。

『タイフーン』 バス停で母と僕と汚い服を着たおじさんは、嵐の中傘をさして交差点で信号待ちしている男の人を見ている。人々は次々に傘で空に舞い上がっていった。

『Q&A』 創刊からの連載Q&Aのコーナーが終わることになり、最後の13の質問に答える。

『彼女たち』 恋人と決闘することになり彼女に連れられて河原にやってくると、同じ事情の男女が続々現れた。

『How to burden the girl』 高い塀に囲まれた家に住んでいた女は5人の弟と親父さんを悪の手下に殺されたが。。

『ダウンズ&アップス』 売れっ子デザイナーは対等の口をきく若者が気に入って雇った。やがて、デザイナーは気持ちのいいお世辞を聞いていないことに気がついた。対等な話をする若者にイラつくようになった。

『いかにして私がピクニックシートを見るたびに、くすりとしてしまうようになったか』 試着室に入った客が店の服をすべて試着しても試着室から出てこない。翌日に持ち越し試着室ごと建物の外に出たのだが。。→人気ブログランキング

→『嵐のピクニック
→『異類婚姻譚

2016年4月19日 (火)

羊と鋼の森 宮下奈都

新米ピアノ調律師が、試行錯誤を繰り返しながら、人間として成長していく過程を描いた作品。ピアノは、羊の毛でできているフェルトのハンマーで鋼の弦を叩くことで音が出る。タイトルは、ピアノの調律という森に足を踏み入れたという意味。
新しい世界に踏み出したときのどうすればいいのかわからない状況で、苦悩する主人公の様子がよく表現されている。2016年(第13回)本屋大賞受賞作。
9224010ddfa743929e3b52626c82eb23 羊と鋼の森
宮下 奈都
文藝春秋
2015年

ピアノに触れたこともなかった高校生の外村は、学校に来た調律師・板鳥さんの調律作業に魅了され、調律師になると決意した。
北海道の山の中で育った外村は、2年間の調律師養成の専門学校を卒業して、郷里の楽器店に勤めた。
調律に同行した日、板鳥さんから「君にとって祝いの日だから」とチューニング・ハンマーをプレゼントされ、外村はいたく感激する。

古いピアノをもう一度弾きたいという年配の女性の依頼、ドイツからの巨匠のコンサートで使うピアノの調律、ジャズピアニストの依頼に出向いた外村に見習いをよこしたとクレームがついた。オタクの若い男の依頼、双子の女子高生の依頼などを経験していく。

調律はどうしたらうまくできるようになるかと、板鳥さん質問すると、ホームランを狙ってはだめ、こつこつヒットを狙うという、わかるようでわからない説明をされた。
また、どんな音を目指しているか質問すると、原民喜の文章をあげた。
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体。夢のように美しいが現実のようにしたたかな文体」と言った。文体を音に変えると、板鳥さんの目指す調律を表している。著者は、余程この文章に思入れがあるとみえ、繰り返される。

後半は双子の女子高生との触れ合いがストーリーの中心になっていく。→人気ブログランキング

2016年4月16日 (土)

天と地の守り人 第2部 カンバル王国編 上橋菜穂子

バルサとチャグムは、タルシュ帝国の侵略を食い止めようと、ロタ王国とカンバル王国の同盟を実現させるため、ロタからカンバルに向かった。ふたりはタルシュの密偵の襲撃にあいチャグムは顔に刀傷を負ったが、その傷も治りつつあった。
かつて、チャグムはロタ王国の宮殿で、カンバル王の側近でありながらタルシュの内通者となった男の顔を見ている。そのためタルシュの密偵は、チャグムがカンバル王に会う前に、命を奪おうとするだろう。
Photo_20210129081801天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編
上橋 菜穂子
新潮文庫
2009年

国境警備兵にタルシュの手が回っていた。
バルサとチャグムはタルシュの刺客に襲われ、激闘の末バルサは脇腹と腕を負傷した。そこにカシャル(ロタ王国の密偵)を率いるシハナが現れ、ふたりを助け、イーハン弟王からの手紙をチャグムに渡す。
手紙には、カンバル王がロタ王国に援軍を送れば、同盟を結ぶという内容だった。

バルサはカンバル王に会えるよう取り計らってもらおうと、ジグロの甥〈王の槍〉の一員であるカームの館を訪れた。ところが、館に入るとふたりは拘束された。カームこそがチャグムに顔を見られた内通者であった。

カームはカームになりに、国を守る策を考えてきたという。王も、〈王の槍〉たちも思案してきたが、枝国になる道を選んだという。
チャグムはロタ王国やタルシュ帝国で見聞きしたことをカームに話した。枝国にされた国の民は、他国を侵略するための兵として親兄弟を徴兵される。自治権を与えるとは絵空ごとなのだと。

しかし、問題は面子を重んじるカンバル王であった。
すでにタルシュ帝国の要求を受け入れた以上、前言を翻すことは難しいという。チャグムは同盟を諦めて新ヨゴ皇国神に帰ると決めた。

一旦はカンバル王国とロタ王国の同盟を諦めたチャグムだったが、手柄争いをするタルシュ帝国のハザール兄王子とラウル弟王子が、協力し合うはずがないと考えた。ラウル弟王子が2万の兵を兄に融通するはずがないと、チャグムは思った。つまり、ロタ王国の内戦で南の大領主には援軍が行かないと、確信した。

そしてカンバル国の援軍をロタに向かわせようと、チャグムはカンバル王に謁見を願うのだった。→人気ブログランキング

精霊の守り人
闇の守り人
夢の守り人
虚空の旅人
神の守り人来訪編
神の守り人帰還編
蒼路の旅人
天地の守り人 第1部 ロタ王国編
天地の守り人 第2部 カンバル王国編
天地の守り人 第3部 新ヨゴ皇国編
獣の奏者1 闘蛇編
獣の奏者2 王獣編
獣の奏者3 探求編
獣の奏者 外伝 刹那
流れ行く者 守り人短編集
バルサの食卓
孤笛のかなた
鹿の王
水底の橋 鹿の王 

2016年4月14日 (木)

アイム・ノット・ゼア

ボブ・ディランは、時代の変遷とともに自らの音楽性を変化させてきた。その強引とも思える変貌ぶりはファンを戸惑わせたりあるいは怒らせたりした。
初期には、プロテスト・ソングを歌うフォーク・シンガーとして脚光を浴び、脱皮してロックン・ローラーになり、あるいは映画俳優として活動し、リズム&ブルースを歌い、ゴスペルに傾倒したりもした。一時は歌わなくなったこともあった。才能が豊かすぎる飽きっぽい人なのだろう。自分のイメージが固定してしまうのを嫌い、次々とイメージチェンジし、しがみつくファンに揺さぶって振り落とし、熱狂的なファンだけが残った。
Image_20201218175401アイム・ノット・ゼア
I'm Not There
監督:トッド・ヘインズ
脚本:トッド・ヘインズ/オーレン・ムーヴァーマン
音楽:ボブ・ディラン
アメリカ 2007年 136分
数日前(2016年4月)の新聞に、ボブ・ディランが「天国への扉」と名付けた鉄の彫刻の展覧会をロンドンで開いたと載っていた。「アイオワの鉄鉱山の町で育ち、毎日鉄の匂いを嗅いでいんだ」とインタビューに答えた。ともかく多才なのだ。表現のスタイルを変えただけでディラン自身の本質はおそらく変わっていないのだろう。

『アイム・ノット・ゼア』は、『千の風になって』の歌詞のようなタイトルだ。

13111811_2本作では、ボブ・ディランという固有名詞をまったく使わずに、6つのエピソードを別の人物が演じていて、それぞれがひとつのストーリーとして成り立つ構成になっている。変幻自在なディランを描くには、こうした手法がふさわしいかもしれない。

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映画は、19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボー(ベン・ウィショー)が「なぜプロテスト・ミュージックをやめたのか?」という質問を受けている場面から始まる。このランボーが詩的な的を射たようなあるいははぐらかしたようなことをごたごた話し、いかにもディランらしい話の内容なのだが、彼は6つのエピソードをつなぐ役割を担う。

1959年、憧れのウディ・ガスリーに会いに行こうと「ファシストを殺すマシン」と書かれたギターケースを持つ黒人少年ウディ(マーカス・カール・フランクリン)は、貨物列車に乗り込み、ある黒人ブルース・シンガーの家に転がり込む。そこで「今の世界のことを歌いなさい」と女主人に助言を受け、再び旅に出る。そして入院しているウディ・ガスリーの病室にたどり着き、ギターを弾きながら歌うのだった。望みがかなったのだ。

60年代後半、プロテストソングを歌うジャック・ロリンズ(クリスチャン・ベール)は時代の寵児として脚光を浴びていた。しかしパーティでJFKの殺害犯を称えるようなことを語り、反感を買い身を隠すことになる。
約20年後、彼は教会でジョン牧師と名乗ってゴスペルを歌っていた。

ベトナム戦争が本格化した1965年、俳優のロビー(ヒース・レジャー)は、美大生のクレア(シャルロット・ゲンズブール)と出会い結婚する。しかし2人の間は次第にぎくしゃくし始める。8年後、1973年、ベトナム戦争からの米軍撤退のニュースをテレビで見ていたクレアは離婚を決意する。

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1965年、ジュード(ケイト・ブランシェット)はロックバンドを率いてフォーク・フェスティバルに出演しブーイングにさらされる。その後、彼はバンドと共にロンドンに向かい、ライブで再びロックを演奏する。
このケイト・ブランシェットが演じるディランが、もっともディラン本人に似ているところに、監督の遊び心と目の確かさ表れている。

西部の町リドルでビリー(リチャード・ギア)はひっそり暮らしていた。道路建設のため町民に立ち退き命令が下る。ビリーはその黒幕がギャレットであることを突き止め、ギャレットの演説会で彼の悪行を批判する。町民たちはその言葉で一斉に蜂起する。
そしてビリーは安住の地を求めて放浪の旅に出る。彼のギターケースには「ファシストを殺すマシン」と書かれていた。少年ウディが持っていたギターである。→人気ブログランキング

ボブ・ディラン解体新書
アイム・ノット・ゼア』(DVD)

2016年4月12日 (火)

神の守り人 帰還編

ロタ王国のイーハン弟王は、チキサとアスラが、かつて愛した〈タルの民〉の美しい女性トリーシアの子どもであることを知る。ロタの密偵カシャル(猟犬)のシハナが、ふたりを弟王に会わせようとする目的はなにか?
Image_20210212170001神の守り人〈下〉帰還編
上橋 菜穂子
新潮文庫 
2009年

バルサは新ヨゴ皇国からロタ王国に向かう商隊の用心棒を、アスラも一緒に連れて行くという条件で引き受けた。
商隊が吹雪で足止めされて3日目に、ものすごい数の狼の群れに襲われた。バルサが短槍で応戦するも、劣勢であった。そのときアスラが「カミサマ、カミサマ」と唱えると、殺戮の神タルハマヤが現れ、白刃のようにきらめきながら狼を切り裂いていった。
アスラは月の光に照らされ点々と転がる狼の死骸を見回し、満ち足りた笑みを浮かべていた。
この時、バルサはアスラに、決して人殺しをさせてはならないと思った。

ロタ王国は南北格差という問題を抱えていた。
北部の貧しい領主たちは、狼や羊熱病による羊の被害に苦しんでいた。一方、肥沃な土地をもつ南部の大領主たちはタルシュ帝国との交易を望んでいた。隣国を侵略するタルシュ帝国の陰謀を恐れるイーハン弟王は、交易を許可しなかった。
南の大領主たちは不満を抱え、反乱を起こしかねない状況にあった。

シハナははアスラをあやつり、タルハマヤの力を借りて、国を治めるという妄想に取りつかれていた。トリーシアかアスラのどちらが神を呼び出せるのかを知るために、シンタダンでの公開処刑を仕組んだのはシハナであった。
シアナはイーハン弟王子に進言した。南部の領主たちが波乱を起こしてからでは遅い。タルハマヤの力を借りれば反乱を未然に防ぐことができると。

シハナは、ジタン祭儀場で開かれる建国ノ儀に、集まった領主たちの前で、アスラにタルハマヤを呼び出させようと罠を仕掛けた。
それをバルサは阻止しようとする。→人気ブログランキング

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2016年4月10日 (日)

神の守り人 来訪編

殺戮の神タルハマヤを呼び出すことができる少女アスラをめぐり、女用心棒バルサとカシャル(猟犬)の攻防がくりひろげられる。
ロタ王国のシンタダン牢城の広場で女の公開処刑が行われた。女の死体のまわりには、囚人や看守や兵士たちが、うなじや喉を裂かれて死んでいた。その惨状はまるで巨人が巨大な鎌をふるったような光景だった。
Image_20210212163501神の守り人〈上〉来訪編
上橋 菜穂子
新潮社文庫
2009年

バルサとタンダが、晩秋に開かれる〈ヨゴの薬草市〉で見かけたのは、シンタダン牢城で処刑された女の子ども、兄のチキサと妹アスラであった。ロタの商人は兄妹をヨゴの人身売買組織〈青い手〉に売ろうとしてるところだった。
その瞬間、バルサは何者かに襲われ負傷し、〈青い手〉の3人は惨殺された。まるで、シンタダン牢城での出来事を思わせる惨劇であった。「あの子らは普通でない。関わるな」と呪術師見習いのタンダはバルサに忠告した。

〈タルの民〉には恐ろしい神を招く力を秘めた異能者が生まれるという言い伝えがあった。その異能者がアスラである。
ロタ王に仕えるカシャル(猟犬)のスファルとその娘シハナは、アスラの能力に目をつけていた。バルサは危険な兄妹であっても見殺しにはできないと、ふたりを守ろうとする。

15年前、ロタ王国のイーハン弟王は、辺境の城塞に巡視に出かけ、突然の吹雪で凍死しかけたところを、〈タルの民〉に助けられた。イーハン王弟は、そのとき世話をしてくれた娘に恋をしてしまった。一途なイーハン弟王は娘に結婚を申し込んだが、〈タルの民〉の娘が、ロタ人と結婚することは許されることではなかった。

ロタ王国は国内問題を抱えていた。
北部の貧しい領主たちは狼や羊熱病による羊の被害に苦しんでいた。一方、肥沃な土地をもつ南部の大領主たちはタルシュ帝国との交易を強く望んでいた。
イーハン弟王は、王国の領主会議で南の領主に増税を提案すると、南の領主の猛反発にあった。

バルサとタンダ、兄妹が宿泊する宿が襲われ火をつけられた。バルサとアスラはなんとか逃げたが、タンダとチキサはシアナたちに捕まった。
そして、バルサのもとに手紙が届けられた。「シャーサム(新年の月の20日の朝)、ジタン祭儀場の門をくぐれ。現れぬのなら、タンダとチサキの命がなくなる。」

バルサはアスラも一緒に連れて行くという条件で、ロタ行きの商隊の用心棒となった。→人気ブログランキング

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2016年4月 9日 (土)

ヘニング・マンケルを追悼する

ヘニング・マンケルが昨年の10月5日に67歳で亡くなった。末期の肺癌だった。
マンケルは、翻訳ミステリ・ファンにはお馴染みのスウェーデン出身の人気ミステリ作家である。最近の北欧ミステリ・ブームの嚆矢となった大御所である。
マンケルは、1948年にストックホルムで生まれた。父方の祖父は作曲家、父親は裁判官であった。スウェーデンのように第2次世界大戦に参戦していない国でも、この時代はベビーブームだったという。学校とそりが合わなかったマンケルは、16歳で中退して船乗りになった。20歳のときに、ストックホルムで劇場の仕事に就いて、脚本などを書きはじめている。

マンケルは、1991年に、バツイチのさえない中年男クルト・ヴァランダー刑事を主人公にした『殺人者の顔』でブレイクした。『殺人者の顔』は、現在のヨーロッパ各国が頭を悩ませている移民問題をテーマにした作品である。その後は、現代社会が抱える闇を扱ったヴァランダー・シリーズを毎年出版し、数々の文学賞を獲得した。スウェーデンおよびイギリスでは、テレビドラマ化もされた。
日本語には、最近出版された『霜の降りる前に』を含めシリーズの11作中9作が翻訳されている。ヴァランダー・シリーズ以外も含めマンケルの作品は、ミステリ翻訳本の年間ランキングで上位を占める傑作ばかりである。
何年か前に知人に勧められて読みはじめ、扱うテーマのスケールの大きさと落ち着いた作風に魅了された。忘れた頃に出版される翻訳本を楽しみにしていたマンケル・ファンとしては、残念でならない。

マンケルは児童文学も手がけていて、『炎の秘密』で第49回産経児童出版文化賞を2002年に受賞している。また、アフリカのモザンビークに居を構え、劇場を建て舞台監督を務めたり、アパルトヘイト反対運動やエイズ撲滅に力を注いだ。アフリカはマンケルにとって幼い頃からの憧れの土地だったという。

2010年には、マンケルはイスラエル軍に拿捕されたパレスチナ自治区に物資を輸送する援助船に乗っていた。人道支援グループの一員として加わっていたのだ。マンケルはこうした多岐にわたる活動を黙々と続けていたのである。

4、5年前に、マンケルがスウェーデンの新聞社のインタビューに応えた長文の記事が日本の新聞に掲載されていた。その中で、将来はミステリ作家の中からノーベル賞受賞者が生まれることを願っていると語ったのが、強く印象に残った。それほど高い志で執筆していたのだろう。

マンケル作品の日本語翻訳を一手に引き受けている翻訳者によれば、「無口で温和な人」だったという。まだまだ書きたいことがあったと思う。ご冥福をお祈りする。

→『霜の降りる前に』 2016.03.19
→『北京からきた男』 2014.09.19
→『ファイアーウォール』 2013.04.10
→『リガの犬たち』 2012.01.02
→『背後の足音』 2011.12.20

2016年4月 7日 (木)

美術館の舞台裏 高橋明也

民間美術館である三菱一号館の初代館長という美術展の裏側を知り尽くした立場から、美術展の内情を書いている。
まずは、美術館の経済的窮状を訴える。

かつて、美術展は西ヨーロッパや北米の美術館を中心に、有名絵画の貸借りで成り立っていた。学究的な性格を強く持ちながら地道に作られてきた展覧会は、近年はアジアや中東南米などの新興国が加わることで、商業化路線へ大きく舵をとらざるをえなくなったという。
その原因のひとつが日本にあった。バブル期に、来場者数を増やす展覧会作りをを目指した結果、海外の美術館は日本の海外展を資金獲得に利用する方向に走り出した。
Image_20201122120801美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには
高橋 明也
ちくま新書  2015年

美術館が美術展を開催するには、海外との強いパイプを持っていることが重要であった。かつて、日本でこうしたことが可能なのは新聞社をおいてほかになかった。今も、新聞社が主催に名を連ねる海外展が多いのはその名残りであるという。

展覧会の企画は通常5〜6年前から立ちあがる。
〈展覧会作りがスタートすると、海外の折衝においては、展覧会コーディネータや画商、収集家、研究者をはじめ共催する美術館がある場合には、美術関係者との打ち合わせに追われるようになる。国内においては、「チラシ・ポスター・カタログデザイン」「音声ガイド」制作スタッフとの打ち合わせ、「内装デザイン・施工」「運送・展示業務」関係業者とのやりとり、そのほか「保険」「監視業務」に関わる取引先との交渉もあれば、「ミュージアムショップでの商品展開」をどうするかというさまざまな業務が発生する。〉
こうした美術展10本のうち1本くらい、収支がプラスになることがあるという。

ジャーナリズムの長というべき新聞社が展覧会に直接関わるという日本の特殊な構図により、マスコミは紹介はできても批評せずの風潮がすっかりできあがっていることに苦言を呈している。海外では時には痛烈に批判し、時には賞賛する。こうした緊張関係こそ、展覧会に関わる関係者に必要なものだという。

バブル期以降は、ルノアールやモネ、ゴッホ、さらにはシャガール、ピカソなど、日本人に馴染みの深い作家の作品ばかりが、貸し出しを求められるようになり、欧米の美術館は困惑したという。

これからの美術展は、無名作家をキャスティングすることも必要である。
トレンドはファッションブランドの回顧展、マンガやセクシャリティという今までにないテーマが取り上げられている。→人気ブログランキング

2016年4月 5日 (火)

腐女子化する世界 杉浦由美子

腐女子とは、「ボーイス・ラブ(BL)」を愛好する女性オタクのこと。腐女子という言葉は、最近ではオタク女性全般をさす言葉へと広がっているという。
腐女子というインパクトの強い単語は、女性オタクたちが、「私たち腐っているしぃ」と自嘲的に言ったことから生まれたという。
Image_20201116163201腐女子化する世界―東池袋のオタク女子たち
杉浦 由美子
中公新書ラクレ 2006年

「女性がオタクになりにくい」という通説に著者は反論する。ここで「萌え」がキーワードになる。女性の「萌え」る対象は、つまり興味や趣味の対象が広い。おたくになる素養は女性の方が強いくらいだという。精神科医の斉藤環も「おたくは男性より女性の方が多い」と指摘している。

名作と呼ばれる漫画『トーマの心臓』(萩尾望都)、『風と木の詩』(竹宮惠子)、『BANANA FISH』(吉田秋生)、『日出処の天子』(山岸凉子)などは男性同性愛を描いている。女性の妄想を刺激するものでしょうと、斎藤孝はいう。

腐女子には、既婚者も多いし恋人がいる人も多い。収入もそれなりにある。
腐女子たちは「現実の恋愛」とは別に「妄想の恋愛」を求める。その「妄想の恋愛」に自分は登場しない。妄想する余地を用意してある作品を好むのである。

だから「やおい」で十分なのだろう。
「やおい」とは、BL作品のうち、ほとんどが性描写のみで、物語を構成する「山場(や)」「落ち(お)」「意味(い)」の3つの重要な要素がないもののことである。アメリカでも、女性が男性の同性愛をパロディやファンタジーとして楽しむ文化があるという。
男性オタクは物語の中に自分を「介在」させるが、腐女子は自らを「介在」させない。男性の妄想と女性の妄想は基本的に違うのである。

BLを好むのは、読み手(腐女子)の多くが異性愛者であるため、男性が多く出てくる漫画や小説が楽しいからなのである。そこには女性性の否定などこれっぽっちもないという。つまり別腹なのだ。

女性のオタクたちの「腐っているしぃ」というのは、女性誌が煽ってきた「美しさ」や「恋愛体質」などの競争から外れることを意味した。男たちは女性を得ることがステイタスではなくなっている。女性の多様化が許されなかったがそれが許されるようになった。いわば腐女子でいられるのである。
著者は腐女子を、現代社会で女性がおかれた社会的な立場を解く鍵として捉えている。腐女子は格差社会を生き抜く知恵であると結ぶ。→人気ブログランキング
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→『少年の名はジルベール』竹宮惠子 2016/04/01
→『生き延びるためのラカン』斉藤環 2014/06/09
→『キッズ・オールライト』2013/06/15
→『一億総うつ病』片田珠美 2012/06/14
→『関係する女所有する男』斉藤環 2011/10/17

2016年4月 3日 (日)

天と地の守り人 第1部 ロタ王国編 上橋菜穂子

南の大国タルシュ帝国は、隣国を次々に侵略して枝国として操ってきた。いまや、海洋国のサンガル王国を手中に収め、新ヨゴ皇国に手を伸ばそうとしている。ロタ王国にも侵略の布石を打っていて、ゆくゆくは北のカンバル王国も手に入れようと企んでいる。
本作では、こうした国同士の関係に女用心棒バルサやチャグム皇太子の運命が翻弄される。
Photo_20201128083301天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編
上橋 菜穂子
新潮文庫  2009年

『蒼路の旅人』の最終章で、新ヨゴ皇国に向かう船から海に飛び込んだチャグムは、その思いを星読み博士シュガにしたためていた。「ロタ王は英明な方だ。わたしと同じ未来を夢みてくださることにかける」と。チャグムの夢とは、タルシュ帝国の侵略に抗するため、新ヨゴ皇国とロタ王国とが同盟を結ぶことである。

新ヨゴ皇国の帝はチャグム皇太子が海に身を投げたとの報せを受けとると、葬儀を済ませ第二皇子の立太子式を行った。
タルシュ帝国の使者は、すみやかにタルシュ帝国の枝国になるようにと、ことわれば新ヨゴ皇国を滅ぼすと伝えた。帝は皇国を汚れた敵から守るためという理由で、鎖国を宣言した。新ヨゴ皇国は神に守られた国であるから、天ノ子がだれかの下に位置することはあり得ないと。。

一方、バルサはロタ王国の港町の酒場でチャグムを探していた。売ったであろう宝石を手がかりに盗品を扱う店を訪れ、チャグムの痕跡をつかんだ。

ロタ王国では、タルシュ帝国の息がかかった南部の大富豪が、すきあらば騒乱を起こそうとしている。チャグムはその南部のスーアン大領主の城内に軟禁状態にあったが、逃走し、ロタ国王の弟イーハン王子に同盟の話を持ちかけたのだった。

前作『神の守り人』で、イーハン王子はロタ王国の建国ノ儀で、バルサに会っているので、バルサの目通りを快く受け入れた。
イーハン王子は、新ヨゴ皇国とロタ王国の同盟というチャグム皇太子の提案を受け入れられない理由がふたつあるという。ひとつはロタ王国が内戦の危機にあること、もうひとつはチャグムがすでに死者として弔われれていること。帝になりかわるためには、帝を殺すしかない。それをチャグムはできるか。
バルサは、イーハン王子に、カンバル王がロタ王国と同盟を結ぶことを承諾したらどうするかと迫る。カンバル王なら同盟を受けるとイーハン王子は応えた。

雪が降るなかバルサはチャグムを追いかけた。そしてタルシュの刺客の襲撃を受けるチャグムを助け、刺客を撃退したのだった。貴種流離譚の完結に向かって物語は進んでいく。→人気ブログランキング

→『精霊の守り人
→『闇の守り人
→『夢の守り人
→『虚空の旅人
→『神の守り人
来訪編

→『神の守り人
帰還編
→『蒼路の旅人
→『天地の守り人
第1部 ロタ王国編

→『天地の守り人
第2部 カンバル王国編


→『天地の守り人
第3部 新ヨゴ皇国編
→『流れ行く者
守り人短編集

→『バルサの食卓

→『孤笛のかなた
→『鹿の王 上下

 

2016年4月 1日 (金)

ガレの庭展@東京都庭園美術館

東京都庭園美術館は恵比寿からの直線距離は近いが、恵比寿と白金台の間に目黒川の崖があり迂回しなくてはならないと、遠回りする理由をタクシーの運転手が説明する。
庭園美術館の門から建物までの道は広く、道の両側のところどころに植えてあるソメイヨシノはまだ咲いていないが、梅は満開だった。美術館は灰色がかったクリーム色の落ち着いた造りである。

東京都庭園美術館は旧朝香宮邸であるとパンフレットに書かれている。
朝香宮邸は1933年に竣工、幾何学的なアール・デコ様式が存分に取り入れられた建物である。1947年朝香宮家が皇籍を離脱してからは、吉田茂が公邸として1954年まで使用した。赤坂迎賓館が改装されるまでの1955年から1974年までの間は、迎賓館として使われた。そして東京都に委譲され、1983年、東京都庭園美術館として一般に公開されるに至った。

160401

第一次世界大戦以降、アール・ヌーボーは世紀末の頽廃的なデザインとして廃れ、かわりに幾何学的模様を尊重するアール・デコへ移り変わる。1960年代にアメリカでアール・ヌーボーのリバイバルが起こるまでは、美術史上ほとんど顧みられることがなかったという。
そんな歴史を踏まえると、アール・デコ様式の朝香宮邸で、アール・ヌーボーの旗手であるエミール・ガレの美術展が行われるのは、味なマッチングと言えるだろう。

160401_

館に入ると、右に行くべきやら左に行くべきやら、順路が示されていない。あるいは示されていても、あまりにも控え目で目につかないから、まあ適当にというゆったりとした空気が漂っていた。

ガレの作品には、アイデアをものしようとする強い意図がみえる。植物や昆虫を題材にしたガラス工芸品は、それぞれに工夫が施され、悪趣味とされかねないくらいに派手である。ガレの特徴は、それぞれの動植物がもつ特徴を少し大げさに表現しているところにある。
ガレは、伝統的な様式の継承にはじまり、東方文化への憧景、特にジャポニズムへの強い関心があった。それらを独自に解釈し、豊かな想像力と遊び心で作品を作り上げた。
オルセー美術館所蔵の作品の下絵も展示されていた。
それぞれの作品の所蔵元が書かれていたが、多くが北澤美術館(諏訪市)の所蔵であった。まるで、北澤美術館の出張美術展のようであった。

 

ガレ(1846〜1904年)は陶磁器焼きと家具製造の家に生まれた。
1877年父親に代わって、フランス北東部の都市ナンシーにある工場の責任者となった。翌1878年のパリ万博には意欲的な作品を何点か出品し、銀賞と銅賞を受賞している。その後は毎年のように新しい作品を商品登録している。
おりしも、フランスではジャポニズムが流行していたころで、日本趣向を取り入れた作品を数多く手がけている。特に、1885年より、留学中の農商務省官僚高島得三と交流を持ち、日本の文化や植物などの知識を得たといわれる。

さらにガレは広大な庭で、約3,000種の植物(このうち400種以上が日本の品種、シーボルトから苗を購入した品種もあった)を育てる植物マニアであった。本作品展のタイトルにもなっている2ヘクタールの広大な庭の見取り図が示されていた(ガレの庭展 2015年1月16日〜4月10日)。

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