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2016年5月

2016年5月27日 (金)

あをによし奈良東大寺

ホテルの新米ベルガールが、「東大寺まではタクシーで移動する距離ではありません。途中に見どころがあるので、ぜひ歩いて行ってください」と、ずり落ちる眼鏡を指で押し上げながら説明してくれた。

ホテルの敷地を出て、車が行き交う道に沿う歩道を行く。
やがて左手に猿沢池が現れ、池の向こうに興福寺の五重の塔の上半分が見えた。猿沢池は、749年(天平21年)に造られた人工池だという。
東大寺の盧遮那仏は、聖武天皇により743年に造像が発願され、実際の造像は745年から準備が開始された。752年に開眼供養会が行われたというから、大仏作像の間に猿沢池が掘られたことになる。

狭い歩道を、すれ違う人を避けながら10分ほど歩くと、東大寺の辺縁地区に着いた。大仏殿まではまだかなりの距離がある。東大寺の守備範囲は広い。

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杭で囲われ土盛りされた「鹿寄せ」の区画は草で覆われていて、何頭もの鹿が寝そべっていた。若い外国人の男が木の枝を折って葉っぱを鹿に与え、連れの女性たちに得意げにポーズをとっていた。鹿は肥りぎみだ。
東大寺の参道に入ったときに、ポツポツと雨粒が落ちてきた。本降りにならないことを願いながら、ゴールデンウィークでごった返す夕方の参道を、南大門をくぐり大仏殿を目指して進んだ。
そういえば、昨日京都の観光バスのガイドが、「京都が一番混むのは明日5月3日です」と言っていた。ここは奈良だけれどかなり混み合っている。

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大仏殿と大仏は大きな火災に2度見舞われているという。
1度目は、1180年、平重衡(たいらのしげひら)の兵火によるもの。
2度目は、1567年、下克上の代名詞とも言われ、稀代の大悪人とされる松永弾正久秀による兵火で、大仏殿と盧遮那仏の首から上が燃えたという。仮堂が建てられたものの、1610年の大風で吹き飛んだ。
大仏の頭部は仮修復の状態で、数十年の間雨ざらしのままだったという。さぞや殺伐とした眺めだっただろう(→『伊賀忍法帖』山田風太郎)。
幕府の許可が下りて資金集めがはじまったのが1685年、1692年に大仏が開眼供養され、1709年に大仏殿が落慶したという。それが今に伝わっている。

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東大寺はその巨大さのとおり大らかだ。
大仏殿の中は写真取り放題だし、大仏の鼻の穴と同じ大きさの柱の穴をくぐらせるサービスは、なんともユーモアがある。柱の穴の前には長蛇の列ができていた。
高校の修学旅行で訪れたときに潜り抜けたので、今回はパスだ。

どれくらいの人々が大仏建立に携わったのだろうか。労働は過酷だっただろう。事故でケガした人や亡くなった人もいただろう。と、巨大な伽藍を目の前にして、天平の世に思いを馳せた。
そのあたりのことは、澤田瞳子の歴史小説『与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記』に描かれている。盧遮那仏建立にたずさわる人々の息遣いを感じさせる好著である。直木賞候補になったが、惜しくも受賞を逃した。

雨はポツリポツリと降り続いていた。
信号の交差点で待機している人力車のイケメン車夫に料金を訊くと、「ひとりは4000円、2人は6000円」だという。「観光スポットの説明もしますから」とのことだったが、躊躇っていると空のタクシーが近くに止まった。
タクシーはホテルまでワンメーターだった。

2016年5月25日 (水)

天と地の守り人 第3部 新ヨゴ皇国編 上橋菜穂子

「守り人シリーズ」の完結編。各国がおかれた状況は次の通りである。
タルシュ帝国のラウル王子は北(ロタ王国、カンバル王国、新ヨゴ皇国)への侵攻を目論んでいた。
海洋国サンガル王国はすでにタルシュ帝国の枝国になっていた。しかし、タルシュ帝国は、多くの島からなるサンガル王国を掌握できていなかった。
ロタ王国では、タルシュ帝国と結びついた南部の大領主が、いつ反乱を起こす秒読みの状況にあった。
体面を重んじるカンバル王国のラダール国王は、すでにタルシュ帝国の枝国になることを受け入れていた。
一方、新ヨゴ皇国の帝は、タルシュ帝国から突きつけられた枝国か戦争かの要求に、「神の国」が負けるはずがないと、鎖国を選択をした。
Image_20210117170601天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編
上橋 菜穂子
新潮文庫
2011年

南からはタルシュの侵略軍、北からは青弓川の氾濫、新ヨゴ皇国は二つの災いに見舞われようとしていた。

チャグムの仲介により、ロタ王国とカンバル王国は同盟を結び、北の大陸をタルシュ帝国の侵略から守るために総力をあげるという宣言を発した。
そして、チャグムはロタとカンバルの兵3万を率いて新ヨゴ皇国に向かうことになったのである。

チャグムひきいるロタとカンバル軍は、タルシュ軍を打ち破り、王都に帰還した。
早速、チャグムは帝に謁見し、天が青弓川を氾濫させて扇ノ上を押し流そうとしていることを報告した。しかし、帝はチャグムを血で穢れた体で謁見するとは何事かとののしり、光扇京の館からは一歩たりとも出ないと宣言した。

一方、バルサはタンダの生死を確かめるためにタラノ平野に向かった。タルシュ軍との戦いで負傷したタンダの腕は壊疽に陥り、瀕死の状態にあった。バルサはタンダに腕の切断を承諾させ、自らが手術を行った。

そしてついに、占い師トロガイの予言どおり、青弓川が氾濫し、帝がおわす光扇京もタルシュ軍も激流に飲まれた。
懸命の捜索にもかかわらず、帝の遺体は発見されなかった。
タルシュ帝国は侵略を諦め大陸から撤退した。新ヨゴ皇国は侵略を免れたが、洪水の被害は甚大なものだった。
そしてチャグムは帝の位についたのだった。→人気ブログランキング
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2016年5月23日 (月)

生誕300年記念 若冲展@東京都美術館

東京都美術館で開催されている「生誕300年記念 若冲展」(2016.4.22〜5.24)は、ウィークデイの5月18日(水)に、主催者が「320分待ち」の掲示を出したとニュースで取り上げられていた。
無謀にも、5月22日(日)に出かけた。
9時30分開場なので、9時前に着けばなんとかなるだろうという目論見は甘かった。8時45分に着いたものの、チケットを買う長蛇の列ができていて、最後尾が動物園の入り口まで伸びていた。
きょうは日本中が高気圧に覆われて好天だという。昼過ぎには30℃を超えそうな気配だ。チケットを手にするのに1時間半かかった。

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チケットを手にすると早足に移動し入館の列についた。
列は、上野公園内の同じ所を何回か蛇腹のように折り返し、あるいはぐにゃぐにゃと曲がり、トイレの周りをカーブして、美術館の真裏に当たる荷物搬入搬出口にまで達していた。ここが全行程の折り返し点である。あとは先ほどのトイレを再びカーブして、美術館の敷地に沿って正面の門に至る。

まるでマラソンだった。
係員が「水分補給と体温調整に気をつけてください」とアナウンスをして回り、給水所が何か所か設けられていた。日傘の貸し出しもあった。
けたたましいサイレンを鳴らし、救急車が熱中症でやられたおばさんを運んでいった。
門に入って一安心と思いきや、そこから1時間待ち入館してからも待ち、展示室に入ったのは、12時を10分過ぎていた。

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若冲の魅力を一言で表せば「いまでも斬新さを感じさせる独創性とユーモア」だろう。

展示室内も凄まじく混雑していて、係員は「立ち止まらないでください」、「この会場は混んでいるので、別の階から見てください」と言う。そんなこと言われても炎天下で4時間近く並んだ客には、もはや順路に逆らってまで移動する気力はなく、ただ流れに逆らわぬよう鳴りを潜めているのが精一杯なのだ。
「音声ガイドを聞きながら鑑賞すると停滞しますので、音声ガイドは後で聞いてください」などと、神経を逆撫でするような言葉をひきりなしに口にしていた。

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そんな無体な状況のなか、若冲の鶏たちはそこかしこで鳴き声をあげて閲覧客を歓迎してくれてるようであったし、『象と鯨図屏風』は「よく来たな」と迎えてくれるようであった。『鳥獣花木図屏風』は「パラダイスへようこそ」と言っているようだった。
『釈迦三尊像』は、「苦行を乗り越えてお集まりのみなさん、極楽にいけますよ」と優しく語っていた。

→『若冲』澤田瞳子

 

2016年5月21日 (土)

「早弁禁止です!」

柔道部顧問の渡辺先生に張り倒されるので、誰も早弁をしなくなっていた。なにしろ渡辺先生はネアンデルタール系の強面で矢鱈がっしりしている。
進級して担任が西部先生に代わってから、早弁が横行するようになった。
「最近、午前中の休み時間にお弁当を食べる人がいますが、いけません」と、白いブラウスの襟を立て濃いグレイのタイトスカートをはいた西部先生は、体を上下に揺すりながら教室をぐるりと見回した。リズムをとるように体を揺するのは西部先生の癖だ。こほんと小さな咳払いをしてから、「職員会議で、このクラスが問題になっています。規則を守ってください。禁止ですよ!いいですね!」と、最後のところで語気を強めて声が裏返った。新婚の西部先生は生徒に舐められないようにと大きな声を出すが、それが裏目に出てしまう。あえて早弁という言葉を避けていた。

ご飯は弁当箱に詰められるだけ詰めた。
夏場はご飯の中央に腐敗防止の効果がある梅干がのせられた。アルマイトの弁当箱の蓋が梅干で腐食されると言われていたが、表面に腐食防止の加工が施されているらしく、そんな変化は一向に見られなかった。
弁当の包み紙は新聞紙だった。カバンの中でおかずの汁が染み出して教科書やノートにシミを作ったことがあってからは、厳重に包んだ。

底なしの食欲をもっていた年頃だから到底昼までもたず、2時間目の授業が終わる頃には空腹を覚え、10分間の休み時間に弁当を三分の一ほど腹に詰め込んだ。未来はなんとかなるとしか考えていなかったから、3限の終わりで弁当が空になることもしばしばであった。そういう時は友達の弁当をあてにした。
早弁する奴はひとりではないから、教室は弁当の臭いがこもって、誰かがたまらず窓を開けるのだった。
こうした状況に、不規則分子を摘み取ろうと、学校側は「早弁禁止令」を出したものの、効果は数日だけだった。
理由なく何かにつけむしゃくしゃする年頃で、「早弁禁止です!」と品行方正な女子が言ったところで、早弁を止めるはずもなかった。

ところが、ある朝、教室に西部先生とともに渡辺先生が現れた。
学年主任から教頭に昇格した渡辺先生は、風紀維持に圧倒的な強制力を持っていた。なにしろ有無を言わせずぶん殴るのだ。
「早弁禁止は、わかっってるな」と渡辺先生は普通のトーンで言った。誰も返事をしない。朝だというのに爛々と光る出目金気味のギョロ目で教室を見回し「早弁は禁止だ。わかったな!」と力でねじ伏せるように語気を荒めた。このままでは、鉄拳制裁に発展しかねないと判断した幾人かが、「はーい」と間が抜けた声をあげた。
西部先生は体を上下に揺すっている。渡辺先生は再度教室全体を見回し、数度うなづいて出ていった。
その日はわがクラスで早弁する者はいなかった。

2016年5月18日 (水)

流れ行く者 守り人短編集

『守り人』シリーズの外伝。
バルサの父は、従医として遣えたカンバル国王殺害の陰謀に手を貸すことを拒んで弟王に殺された。
父の弟ジグロがバルサをひきとるが、義父娘は故郷カンバルを追われることになった。卑劣にも弟王はジグロの同僚である「王の槍」を刺客に仕立て、ジグロの命を狙わせた。ジグロは涙を飲んで、友人たちをことごとく返り討ちにした。そしてジグロとバルサは流れ者の暮らしをしていた。
バルサ13歳の時の話。いずれも心が温まる話である。
Photo_20210216084101流れ行く者: 守り人短編集
上橋 菜穂子
新潮文庫
2013年

11歳のタンダとバルサとの交流を描いた作品。
呪術師のトロガイおばさんのところに行けばバルサに会える。バルサはおっかないオジちゃんと、いつも槍の稽古をしている。タンダはバルサが好きだった。
おんちゃんの霊が悪さをするとの噂がだった。タンダは、可愛がってくれた死んだおんちゃんが悪人だとは到底思えなかった。おんちゃんは村の嫌われ者になっていた。
タンダが発見したのは油紙に包まれたの着物。それは、おんちゃんが嫁いで村を出た妹に渡す晴れ着だった。

「ラフラ(賭事師)」
『守り人』シリーズとは関係のない第三者が主人公の話。
賭け事のススットの勝負は短いものもあれば、長年にわたるものもある。
老いた女賭事師は、久しぶりに長年続けてきた長老との勝負を再開した。続きの勝負を、公開で金をかけて孫と戦って欲しいと、長老に頼まれた。
長老は女賭事師に勝って欲しいという。そして勝負が始まる。

「流れゆく者」
酒場の用心棒をしていたジグロは、7人のならず者を倒したときに右腕を負傷した。
そのあとジグロは何日か寝込んだが回復した。
そして数か月逗留した酒場を後にし、ジグロはバルサを伴って高価な薬酒を運ぶ商隊の護衛士の仕事を請け負った。新ヨゴ皇国のトロガイのところに行こうという。バルサはジグロが健康についてなにか隠しているように思えてならなかった。
ジグロは盗賊と死闘になって死ぬことになっても親子一緒ならまたそれもよしと思っている。
ジグロの予想通り盗賊に襲われ、バルサははじめて人を殺し号泣した。

「寒ふるまい」
タンダが、冬山の動物たちに食べ残しを与える「寒ふるまい」に熱心な理由は、ジグロとバルサが山で暮らすトロガイ婆さんのところにやって来るのを、心待ちにしているからだ。→人気ブログランキング
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2016年5月16日 (月)

もしもし ニコルソン・ベイカー

会員制の電話サービスで、若い男女が「いま何を着ているの」ではじまり、性的な体験や妄想を語り合い、エスカレートしていく、いわば「電話小説」。ふたりはアメリカの東と西に暮らし、フルネームさえ知らない間柄。
ニコルソン・ベイカーがデェビュー作『中二階』で繰り広げたディテールにこだわり抜く手法が、本作で踏襲されている。
Photo_20201202140401 もしもし
ニコルソン・ベイカー/岸本佐和子 訳
白水社 1993年

「ぼくはワイセツ電話にはあんまりむいていないってことだね。イキそうなのを相手に悟られないようにするなんてできない」
「あーら、わたしにはできるわよ」
なんて会話が交わされ、やがて性的にもっとも興奮することを包み隠さず話すことが、会話の「決まり」になる。

ジムは、会社の 同僚のエミリーと一緒に自宅でAVを観たエピソードを語る。
さらに、ビデオの『ピーターパン』のティンカーベルが引き出しに閉じ込められて、鍵穴から出ようとしたときに、ヒップが大きすぎてひっかかるところがセクシーだという。
夜空に高く浮かび、アメリカ中のマスターベーションしている女性が発するチカチカする光を眺める空想を語る。

一方、アビィも負けじと、シャワーの浴び方を事細かに話し、別れた恋人とのことや、誘惑した男についてしゃべる。3人のペンキ職人とのからみや、サーカスでストリップを演じる妄想を語る。

ジムは、空想にも熾烈な生存競争があり、ちゃんと機能するものに進化しなければ、空想は生き残れないという。ジムの言葉どおり 、エロティックな空想をふたりで進化させて、ついに一緒に絶頂に到達する。
ここまであっけらかんと性を謳歌する物語は、アメリカでなければ生まれない。→人気ブログランキング

→『中二階』(2013/3/24)
→『もしもし』(2016/5/16)

2016年5月14日 (土)

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? フィリップ・K・ディック

最終世界大戦の後、アンドロイドと人間の見分けがつかなくなった世界が舞台。
人間とはなにかを問いかける作品である。
放射線で汚染された荒廃した地球に取り残されたのは、他の惑星へ移住できない負の事情を抱えた人たちである。生きた動物を飼うことがステータスとなっている。
主人公のリックは電気羊を飼っていて、本物を飼うことが望み。
100000086600176661_10204アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック/朝倉久志 訳
ハヤカワ文庫
1977年

下級警察官のリックは、火星から脱走してきたお尋ね者の人型アンドロイドを殺して賞金を手に入れる賞金稼ぎである。同僚のディブが、脱走したアンドロイドに脊椎をレーザー銃で撃たれて負傷した。脱走した8人のうち2名はすでに廃棄処分になり、残るは6名。リックはデイブの情報を手掛かりに追跡捜査を開始する。

リックはオペラ歌手のプリスを仕留めようとしたところ、逆にレーザー銃を突きつけられ、リックが所属する警察署とは別の警察署に連行さる。危うく有罪にされそうになるが、なんとか逃げ切った。

世界最大のアンドロイド・メーカー、ローゼン協会の娘18歳のレイチェルから、アンドロイド殺しの手助けをしたいとの申し出があった。レイチェルは感情移入度テストで、アンドロイドと判定されている。
アンドロイドと関係を持つことは禁じられているにもかかわらず、リックはレイチェルの誘いにのってしまう。
そして、自ら感情移入度テストを受けると、芳しい成績とは言いい難い結果だった。リックは迷いを感じはじめた。

その後、リックはプリスのほか2人を仕留める。
いよいよアパートの立てこもった最後の3人をやっつける段になった。3人は、放射能で脳をやらたピンボケのイジドアをアゴで使っていたが、これが裏目に出てしまい、リックに殺される。

リックは懸賞金で、やっと望みの本物の山羊を手に入れるが、何者かに殺されてしまう。

見分けがつかない人間と人型アンドロイドの違いを著者はどう描き分けているのか。リックにしても、不満ばかり並べる妻にしても、ピンボケのイジドアにしても、相手を思いやる気持ちがある。つまり優しさがあるということだ。アンドロイドは自分や自分たちの利益を追求するだけで、思いやる気持ちは希薄である。
先の見えないリックの人生、分裂症気味の登場人物あるいはアンドロイドたち、そして解決しない結末を、さらりとした表現で描いている。→人気ブログランキング

2016年5月12日 (木)

アメリカ最後の実験 宮内悠介

主人公の櫻井脩は、ジャズの名門〈クレッグ音楽院〉の入試試験を受けるため、アメリカ西海岸にやって来た。脩には、母親と自分を棄てた父親の俊一を探す目的もあった。
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宮内 悠介
新潮社
2016年(→2019年 文庫)

試験は、音楽院が開催するジャズ・フェスティバルに飛び入りで演奏するというもの。このコンペティションは学校側の宣伝も兼ねていた。
一次試験に合格した脩は、同じく合格したマフィアの跡取り息子ザカリーとスキンヘッドの心優しい大男マッシモに出会う。

脩の前に、かつて俊一と同居していた先住民の女・リューイが現れ、父が使っていたシンセサイザー〈パンドラ〉を渡される。〈パンドラ〉はブルーノート・コードを弾けるように改造されていた。
俊一は、売春婦でヘロイン中毒だったリューイを椅子に縛り付け、禁断症状が出るとピアノを弾いた。音楽に人を救う力があるか試すと言って。そしてリューイを救った。

3人は、遠距離バスに乗り込み、二次試験に向かう。
試験会場で音楽院の学生証を持った男の死体が発見され、「アメリカ最後の実験」とホワイトボードに書かれていた。その学生証の人物は俊一が親しくしていた人物であった。
そして、「第二の実験」と書き残す殺人事件が起こり、「第三」「第四」と全米で連続殺人事件が起こる。

実業家のヨハン・シュリンクが先住民の保留地で企てた「アメリカ最後の実験」とは、終末世界の市場調査であった。心を老いさせるには、絵や音楽といった芸術が介入する余地のない世界を作り出せばいいというものだった。俊一の行動はこれに抗するものだった。

アメリカは実験国家である。白人が先住民を殺戮し入植していった。アフリカから連れてきた奴隷がジャズを生み出し、物が溢れる社会ができ上がった。
アメリカの歴史と音楽論を重層的に絡めながら、物語の後半が形作られていく。→人気ブログランキング

彼女がエスパーだったころ/講談社/2016年4月
アメリカ最後の実験/新潮社/2016年1月

2016年5月10日 (火)

京都はんなり暮し 澤田瞳子

奈良時代の仏教史が専門の著者は、歴史や古典のうんちくを挟み込みながら、京都の四季の行事を中心に紹介していく。

成人式といえば三十三間堂の通し矢だったが、ハッピーマンデーになって成人式が別の日に行われるようになった。成人式は年が明けての15日満月の日に元服を行った習慣に由来するもの。来歴を無視して祝日を移動させてもらいたくないと苦言を呈する。

Image_20201110165001京都はんなり暮し

澤田 瞳子
徳間文庫 2015年

陰陽師・安倍晴明が祀られた晴明神社はかつて閑散としたところだったという。
夢枕獏の『陰陽師』や同作を原作とした岡野玲子の漫画で、人気のスポットとなった。安倍晴明は平安時代に、いまで言うならば公務員として高い地位まで上り詰め、当時としては珍しいくらい長生きしたという。そんな、ありがたい神霊スポットと期待して先日訪れたが、まるっきりこじんまりした所だった。
安倍晴明がユダヤ教徒だとする珍説は、鳥居の真ん中を飾る星のマークが、ダビデの星と同じであることからきている。

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京都では、町名の数え歌を迷子のならぬように幼稚園から教えるという。
また、京の町はコンパスを持って歩くのがいいという。百均で売っているような安いコンパスで十分。京の町は道路が碁盤の目になっていて、京都御所が北にある。

京都で京都と認識されているエリアと、現在の行政地区・京都市の間には相当なズレがある。ちなみに一般に京都人がイメージする「洛中」は、天正19年(1591)に豊臣秀吉が築かせた「お土居」の内側の地区である。東西約三キロ、南北6.5キロ。
京都人のイケズの代名詞〈京都の茶漬け〉は、こうした狭い土地での人間関係を穏やかにしようとする京都人の気遣いと京都を擁護する。

明治天皇以降の天皇陛下は東京にお住まいだが、遷都の詔は発布されていないから、日本の首都は今でも京都なのだと言い張る人がいる。京都御所はいまだに皇居で、「天皇はんはちょっと江戸に行っていはるだけ」という感覚があるという。
洛中の人らしい発想である。→人気ブログランキング

月人壮士(つきひとおとこ)/中央公論新社/2019年
落花/中央公論新社/2019年
秋萩の散る/徳間書店/2016年
師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間書店/2015年
ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間文庫/2016年
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記/光文社/2015年
若冲/文藝春秋/2015年
満つる月の如し 仏師・定朝/徳間文庫/2014年
泣くな道真 ―太宰府の詩―/集英社文庫/2014年

→『京都ぎらい』井上章一
→『京都はんなり暮らし』澤田瞳子

2016年5月 5日 (木)

ウェブ小説の衝撃 ネット発ヒットコンテンツのしくみ 飯田一史

出版業界が低迷するなか、唯一、成長している文芸書のジャンルがある。ウェブ小説の書籍化である。いまや日本の小説市場で、ウェブ小説が売上の半分近くを占めているという。
ウェブ小説の投稿プラットフォームが必要とされている理由は、紙の小説雑誌に影響力がなくなったこと、出版社は自前で新しい書き手を発掘し育て売り出すことが難しくなっていることによる。
Photo_20210529082301ウェブ小説の衝撃: ネット発ヒットコンテンツのしくみ
飯田 一史
筑摩書房
2016年

さらに、小説雑誌の新人賞はもはや形骸化している。
新人賞を獲得しても単行本化してもらえない、出版社から依頼を受けて雑誌に連載したのに単行本にしてもらえない、新人賞をとったのに次の作品を雑誌に載せてもらえない、こうしたことが常態化しているという。
出版業界には、ほんの20年前までは存在していた、自前の雑誌メディアを使って人気に火をつけたり、書き手を育てるという発想はなくなった。出版社がリスクを取らなくなったからだ。
そもそも、月間ユニークユーザー(雑誌購入者)がたった1万人の小説雑誌媒体に、宣伝力があるわけがない。

ウェブ小説の投稿・閲覧プラットフォーム「小説家になろう」は、月間10億PV以上、ユニークユーザーは400万人以上を誇るサイトである。作家登録者は68万人を超え、投稿作品数は36万以上。ユーザーの男女比は6対4。
なお、『君の膵臓をたべたい』(住野よる 双葉社 2015年6月)は「なろう」に投稿され、ベストセラーになった。
「なろう」を運営するのは京都生まれの株式会社ヒナプロジェクト。代表の梅崎祐輔氏が学生だった2004年にサービス開始、2009年に大幅リニューアル、2010年法人化を果たした。
2014、15年には、「小説家になろう」書籍化作品が無視できないほどの売上規模になった。100億円の市場であり、さらなる伸長が期待されている。

既成の出版社が小説投稿プラットフォームを作れない、うまく運用できないのはなぜか。
出版社は有料の電子書籍をどう売るかばかりに注目してきた。そのため、出版業界には「紙の書籍」と「電子書籍」の二択という発想しかなかった。
さらに、意思決定やプロダクト提供に関する考え方の違い(失敗を許さない体質)、エンジニアを採用できない人事制度上の問題、新規事業を展開してこなかったツケ、だという。→人気ブログランキング

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