破壊する創造者 ーウイルスが人を進化させた フランク・ライアン
ウイルスは、ゲノムの中に入り込んで生物の進化に重要な役割を演じている「ヒトーウイルス共生進化論」が、本書のメインテーマである。
上橋菜穂子は、本書を読んで2015年度の本屋大賞に輝いた『鹿の王』のアイデアが芽生えたという。
破壊する創造者――ウイルスがヒトを進化させた フランク ライアン/夏目 大 訳 ハヤカワ・ノンフィクション文庫 2014年 |
ヒトゲノム(DNA)は全体で31億文字ある。設計図のDNAからタンパク質を作る過程で作業用のコピーであるメッセンジャーRNAが働く。この「DNA→mRNA→タンパク質」という流れは生命現象の基本で、「セントラルドグマ(中心教条、分子生物学の中心原理)」と呼ばれている。
ところが、「セントラルドグマ」に関わる機能遺伝子は、ゲノム全体のたった1.5%でしかない。そのほかは、過去に感染したウイルスの名残とされるHERV(Human Endogenous RetroVirus ヒト内在性レトロウイルス)が9%、何のために存在するのかわからない LINE(Long Interspersed Nuclear Element 長鎖散在反復配列)が21%、同じく存在理由がわからないSINE(Short Interspersed Nuclear Element 短鎖散在反復配列)が13%、さらに不明な部分が52%もある。
かつてはヒトゲノムの98%は、「ジャンクDNA」と不名誉な呼び方がされていたが、いまでは過去の遺伝子進化の名残、将来の遺伝子進化の予備軍、あるいは遺伝子機能のオン・オフ調節の役目を担っていると見直されている。
現時点で知られているウイルスは、同位種も含めて5000株ほどである。海もウイルスで満ちているとわかったのはほんの最近のことだ。現在では生物の大部分にウイルスが侵入していることがわかっている。その多くが、レトロウイルスと呼ばれるRNAウイルスの一種である。レトロウイルスは、自らのRNAゲノムを逆転写酵素と呼ばれる酵素によって同等のDNAに逆転写し、宿主のゲノムの中に入り込む。
こうした共生体によって進化が起こり、新たな種が生まれたり、器官が形成されることを「共生発生」という。
ネオダーウィニズム(1940年〜)の基礎となったのが「総合説」。「総合説」の3つの要素(自然選択説、突然変異説、メンデル遺伝学)のうち、科学的理論といえるのは自然選択説だけであり、あとの2つは理論ではなく事実の記述である。
進化遺伝学では突然変異以外にも「遺伝可能な変異」をもたらし得るメカニズムがいくつも見つかっている。例えば、遺伝子は親から子へと垂直に移動する突然変異だけでなく、種から種へと水平にも移動するという。
現在の進化遺伝学は、4つの推進力(突然変異や共生発生、異種交配とエピジェネティクス)と自然選択との相互作用で起きる現象として、進化を捉えている。
カンブリア爆発は、古生代カンブリア紀のおよそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に、突如として今日見られる動物の門が出揃った現象である。カンブリア爆発は、突然変異の時間的なスピードを上げる異種交配が盛んに行われた結果ではないかとの説が有力である。
エピジェネティクスとは、ジェネティクス(遺伝子の働き)を操作するメカニズムであり、本書では「魔神」と呼んでいる。この「魔神」により、個々の遺伝子や時には染色体全体のもつ機能が、DNA配列に変化を生じなくても、生物は変化し得るという。エピジェネティクなプロセスによって遺伝子のスイッチが適切なタイミングでオン・オフされているという。
DNA→mRNA→タンパク質の「セントラルドグマ」は、最近になって何通りもの流れがあることがわかってきた。その流れを決めるのがエピジェネティクスであるという。
また、進化の主体は個体ゲノムではなく、ホロゲノムこそが進化のユニットとする「ホロゲノム進化論(宿主と微生物を合わせて進化ユニットにする)」という仮説を著者は支持している。
なお、解説者によれば、著者が主張する「ヒトーウイルス共生進化論」には未だに賛否両論があり、また比較的新しい概念の「ホロゲノム進化論」は、「総合説」で否定された獲得形質が遺伝するという「ラマルクの進化論」が復活しかねず、根強い反対意見があるのが現状だという。→人気ブログランキング
→合成生物学の衝撃/須田桃子/文藝春秋/2018年
→ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃/小林雅一/講談社現代新書/2016年
→エピジェネティクス/仲野 徹/岩波新書/2014年
→破壊する創造者ーウイルスがヒトを進化させた/フランク ライアン/ハヤカワNF文庫/2014年
→生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007年
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