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2016年9月 2日 (金)

かぜの科学 もっとも身近な病の生態 ジェニファー・アッカーマン

人間は一生の間に200回ほど風邪をひくという。成人なら年に1〜2回、小児なら10回以上だ。
著者は、風邪に関する文献を渉猟し、風邪の研究者たちに直接インタビューし、時にはホテルで缶詰になり、スプレーで風邪ウイルスを鼻に噴霧する人体実験に参加し、あるいは風邪に効くとされる市販薬やグッズや、お婆ちゃんのチキンスープなどの民間療法に言及し、風邪の全容を明らかにしようとする。
Image_20210107190601かぜの科学:もっとも身近な病の生態
ジェニファー・アッカーマン/鍛原多恵子
ハヤカワNF文庫
2014年

アメリカでは、病院の年間外来患者数のうち風邪の患者はのべ1億人にもなる。風邪で緊急治療室に搬送される患者は150万人を超え、欠勤日数はのべ数億日にもなり、経済損失は推定年間600億ドルに上る。

アメリカの子どもたちでは、風邪の罹患率は他の病気すべてを合わせたより高く、のべ1億9800万日もの学校欠席につながっている。
平均的な生徒は風邪で11日間学校を休む。これは欠席理由の半分に近い。
風邪が子どもたちの間では、学校が始まる夏の終わりから秋のはじめに流行するということは、現在よく知られている(日本の事情とは異なる)。学校が始まって17日すると呼吸器感染症がピークを迎え、通常の4〜5倍となる。人々はバカンスに行ってウイルスを持ち帰り、それを子どもたちが友達全員と共有するわけである。

著者が参加した治験では全員がウイルスに感染したが、発症したのは75%、残りは無症候性感染だった。別の実験では、同じ屋根の下で暮らす夫婦間で風邪がうつるのは全体の30〜40%だったという。
信じがたいほど風邪に強い人がいる一方で、誰かがくしゃみをするのを見ただけで風邪をひく人がいるのはなぜだろう。この無症候性感染が理由のひとつである。

1950年代、イギリスのCCU(コモンコールド・ユニット)のデイヴィッド・ティレルは、人間の鼻が一番ウイルスの増殖に適していると考えた。培養器の温度を33℃に下げると、ウイルスの培養に成功した。のちに、鼻(rhinoラテン語)を好むことから、ライノウイルスと名付けた。

風邪の原因には少なくとも200種の異なるウイルスが関与する。
その風邪ウイルスには少なくとも5つの属がある。ピコルナウイルス(ライウイルスを含む)、アデノウイルス、コロナウイルス、パラインフルエンザウイルス、インフルエンザウイルスだ。

ウイルスによって居心地の良い場所が異なる。ライノウイルスは鼻咽喉、パラインフルエンザウイルスは声帯と気管、呼吸系シンチウムウイルスは肺の末梢気道を、インフルエンザウイルスは肺そのものを好む。ただし、インフルエンザウイルスが軽い風邪の症状のこともあれば、ライノウイルスが重症な肺症状を出すこともある。感染した場所、宿主の状態などの要素によるのだ。
空気感染するインフルエンザは、風邪と別の病気と考えたほうがいい。

風邪ウイルスが鼻に侵入してから、増殖を完了し新しいウイルスが鼻の分泌物内に放出されるのに、早くとも8〜12時間かかる。くしゃみと鼻汁の分泌は感染から12時間以内に始まり、48〜72時間のあいだにピークを迎える。

ライノウイルスは空気感染もするが、多くの場合、直接感染である。
私たちの大半は、無意識のうちに5分に1〜3回も顔を触る(1日に換算すると200〜600回)。この癖によって風邪ウイルスが鼻孔に侵入するのだ。風邪の予防は手洗いの励行である。

風邪をひいている人の鼻粘膜の生検を行ったところ、上皮細胞にはまったく傷がついていなかった。風邪の諸症状はウイルスに対する身体反応の結果である。ウイルスが侵入すると、体が一連の炎症過程を起こし始める。こうした炎症プロセスによって、ウイルスが撃退あるいは破壊される一方で、私たちは苦痛を強いられるのだ。風邪の症状は、サイトカイン産生と抗ウイルス反応によるのである。
換言すれば、風邪の症状を起こすのは、ウイルスではなく私たちの免疫機構である。

抗生物質は細菌が細胞壁を作ることを阻むことで細菌を殺す。ウイルスは細胞膜を持たないので、抗生物質は風邪にまったく効かない。殺菌効果をうたう石鹸、シャンプー、ローションが風邪の病原体に効果を持たない理由でもある。
それでもアメリカ疾病予防管理センター(CCD)によれば、風邪に抗生物質が出される処方箋は年間4000万件超という、適正さを書いた凄まじい勢いで、抗生物質は風邪患者に処方される。なぜか?
医学校では、患児の親には「これはただの風邪ウイルスです」と告げ、患者を家に返すように教えられる。しかしそうすると親たちは不満である。そこで医師は効く保証もない治療法を提供し始める。

ありふれた病気である風邪に対するワクチンや薬ができないのはなぜか?
ひとつは、何日かすれば治ってしまう風邪を、医療界全体が軽くみてきたこと。
もうひとつは、風邪を起こすウイルスの数が多く、さらにウイルスは簡単に変異を起こす。風邪があまりにも多数の病原体によって起きるために、現在までワクチンが完成していないことによる。→人気ブログランキング

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