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2016年10月

『関西人の正体』井上章一

本書は、『月刊 DENiM』に掲載された『関西学』(1993年1月〜95年2月)を中心にまとめられている。ベストセラー『京都ぎらい』(2015年刊)の底本といえる内容である。
およそ愚痴だらけだが、ユーモアあふれる理屈が次々と述べられるから、納得がいくのだ。そういえば、関西人ってそういうところあるわ、という「関西人あるある」を、独創的な視点で論じている。

たとえば、議論がもつれたときに、話の主導権を奪うために、関西弁を使う。絶好の武器になるという。この関西弁を、著者は「知をゆさぶる野生」と表現している。テレビのトーク番組で、関西の論客が使う常套手段だ。

関西人の正体 (朝日文庫)
関西人の正体
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井上章一
朝日文庫  2016年7月

あるいは、日本でいちばん助平な街はどこか?
東京の街頭取材で、5割強のひとびとが大阪を1位にあげた。大阪でのインタビューでは路上を行くひとびとの6割強が、大阪と答えた。大阪人自身が自覚している大阪助兵神話は根強く国民に浸透しているといえる。

関西という呼び名についての考察が面白い。
かつて、行政区分を表す用語として畿内や近畿地方が用いられた。それが最近は関西地方と呼ばれることが多くなった。その昔、関東は京から遠く離れた辺境の地という意味で使われた。辺境の地だった関東が首都圏へと格上げされたのだ。畿内から格下げされて関西地方と呼ばれている地方と、対照的であるという。

著者は、いわゆる大阪論、京都論の常套をこわすことをめざしているという。
頻回にテーマになっているのが、東京はえらい、没落した関西はえらくないという対比である。その理由を、歴史を紐解きつつ自虐的に分析している。それが、的を射ていてクスリと笑わせるのだ。

京都ぎらい
関西人の正体

『外来種は本当に悪者か?』フレッド・ピアス

人類が地球を痛め続けている今、外来種の力を借りながら新しい自然(ニュー・ワールド)を構成していくしかないというのが、著者の主張である。
ここ半世紀余り、環境保護主義者は固有種とその生態系を守り、押しよせる外来種を阻止しようと努力してきた。しかし環境保護とうたいながら、その実、根底にあるのは単なる差別意識であり、移民排斥運動にも似た、外来種嫌いの感情論ともとれるような内容であった。原理主義といってもいいほどだ。

外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD
フレッド・ピアス/藤井留美 訳
草思社
2016年7月

環境保護主義者は、外来種は在来種を絶滅させ、生物多様性を低下させると唱える。
その背景には、次のような考えがあるという。生態系は調和をとって動いている機械のようなもので、すべての在来種が食べたり食べられたり、受粉したり、廃棄物を処理したりと、それぞれの役割をつつがなく果たしている。生態系は在来種だけで完成された状態にあって、侵入者が入り込む余地はない。だから外来種が定着すれば、その分在来種が居場所を失うことになる。生態系から押し出された在来種は、その場所から消えていくしかない。

アセンション島(西大西洋に浮かぶイギリス領セントヘレナ諸島のひとつの島)、ハワイ島、オーストラリア、北アメリカについて紹介し、孤島や新大陸に人間が持ち込んだ動植物は、その地にとっては外来種であったが、結果的には、生物の多様性が育まれていったという。この事実に対し、環境保護主義者は関心を抱くどころか、見て見ぬ振りをしているという。

侵入生物を目の敵にする学者のデータの使い方は、古臭く詰めが甘いという。彼らの主張を追いかけていくと、曖昧さ、引用の誤り、根拠のない主観的な解釈、具体例からの強引な一般化、局所から地球全体への無茶な飛躍がこれでもかと出てくると指摘する。
基本的に、外来侵入種の90%はすぐに姿を消し、悪さをするのは残りの10%前後である。侵入者が危険だと騒ぎ立てることも、外来種の侵入は防ぐべきだとする結論も、科学ではなく科学の皮を被った神話創作だと強調する。

「手つかずの自然」「前人未踏の自然」をありがたがるが、アマゾンのジャングルもアフリカの奥地の森林にも、先住民の暮らした痕跡が発見されている。
森は数百年もすれば完全に再生し、老齢林か二次林か区別がつかなくなる。森以外の生態系も同じことが最近の研究でわかってきた。人類が破壊した自然は二度と蘇らないという主張には根拠がない。早ければわずか数十年で大部分が蘇るのだ。
自然が一定の状態を続けることはまずない。ダイナミクスこそが重要であるのに、研究者は長い間そのことを否定してきた。

気候変動が進む世界では、老齢林をはじめとする歴史ある自然、つまりオールド・ワールドは、人間の介入に頼らないと存続できなくなる。
動植物の多様性が失われつつある今は、あるものでやっていく、やりたいようにやらせる、自分の足でしっかり立つ、それがいずれニュー・ワールドとなる。外来種はときとして生態系復活の切り札にもなりうるという。

6度目の大絶滅/エリザベス・コルバート/NHK出版/2015年
サイボーグ化する動物たち/エミリー・アンテス/白揚舎/2016
外来種は本当に悪者か?/フレッド・ピアス/草思社/2016年
爆発的進化論/更科功/新潮新書/2016年
ゲノム編集とは何か?/小林雅一/講談社現代新書/2016
がんー4000年の歴史/シッダールタ・ムカジー/早川NF文庫/2016
破壊する創造者ーウイルスが人を進化させた/フランク・ライアン/早川NF文庫/2014
生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007
人はどうして死ぬのかー死の遺伝子の謎/田村靖一/幻冬舎文庫/2010
できそこないの男たち/福岡伸一/光文社新書/2008
二重らせん/ジェームス・ワトソン/講談社文庫/1986年

『ふぉん・しいほるとの娘』上 吉村 昭

江戸後期から幕末・明治に至る時代を背景に、シーボルトとお滝(公的な妾)、その子孫たち、そして関わった人々を描いた大作である。上巻はシーボルトとお滝を中心に物語が展開し、下巻ではふたりの間に産まれたお稲とその娘タダ(高子)を中心に語られる。詳細な資料を元にする著者の実証主義がつらぬかれている。
本作は吉川英治文学賞(第13回 1979年)を受賞した。

ふぉん・しいほるとの娘〈上〉 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮文庫
1993年年3月

1823年8月、オランダ商館付きの医官として長崎に着いたフランツ・フォン・シーボルトはドイツ人であり、オランダ語は日本人の通使より下手だったという。
シーボルトはオランダ政府から日本の国情調査を依頼されていた。つまりスパイの役割を担っていた。
シーボルトは、蘭方医の学習所兼診療所・鳴滝塾を開設する(1824年)。塾には、西洋の医学を吸収したいという日本の意欲あふれる医家たちが詰めかけ活況を呈した。
シーボルトは、門弟たちに惜しみなく医学を教え、日本の情勢をオランダ語で書かせレポートとして提出させた。優秀作品には賞を与えた。門弟たちにスパイ行為をさせていたことになる。

1825年(文政8年)2月、相次ぐ異国船の出没に、幕府は異国船掃攘令を発した。
4年に1回行われた商館長(カピタン)の江戸参府の旅に、シーボルトも同行した(1826年) 。
シーボルトは江戸に着くまで、各地で測量を行い植物を採取した。シーボルトの行く先々で、学者たちや大名たちがシーボルトに会いに宿舎に来訪した。
江戸では、シーボルトはさまざまな人物に会い、日本地図をはじめ数々の国禁の資料を手に入れた。

17歳の滝は「オランダ行き」と呼ばれるオランダ人向けの遊女で、27歳のシーボルトの妾になった。やがてお稲が生まれる(1827年)。
お稲が生まれて1年2ヶ月を経た頃、シーボルトは帰国の準備を始めた。
収集した1000種に及ぶ植物や日本地図を含めた膨大な資料を、オランダ船に乗せ長崎から持ち出そうとしたが、九州地方を襲った大暴風雨によって、シーボルトが帰国に使う船が坐洲してしまった。
これはシーボルトに疑いの目を向けていた幕府にとって好都合なことだった。

幕府の下知状が早飛脚によって長崎幕府にもたらされた。
シーボルトの所持している日本地図、蝦夷地図をはじめとする国禁の品々を取り戻し、シーボルト及び禁制の品々の譲渡に関係した者たちの取り調べを行うようにとの内容であった。
江戸では幕府の天文方・高橋作左衛門をはじめ、シーボルトに日本国の国禁の資料をわたした嫌疑で、シーボルトに接した人物が次々に捕まり、重罪となった(シーボルト事件1828年)。
したたかなシーボルトは、幕府の厳しい詮議をなんとかかわし、長崎を去ったのは、1829年12月であった。お稲は2歳半であった。

お滝は遊女の籍から解放され、関問屋俵屋の時次郎と結婚した。情が厚い時次郎はお稲を引き取った。お稲は寺子屋で評判になるほど聡明であった。
1840年、13歳のお稲は、お滝の反対を押し切って、シーボルトの弟子であった宇和島藩領卯之町で医業を営む蘭方医・二宮敬作に師事するために旅立った。
この時、お稲は混血児である自分は普通の結婚生活はできないと、悟っていた。

『人はなぜ不倫するのか』亀山早苗

ベッキー騒動に端を発し、マスコミは『週刊文春』を筆頭に、不倫報道合戦が過熱気味である。以前なら週刊誌の片隅に掲載されるにすぎなかった瑣末な不倫の記事が、大々的に取り上げられている。本書では、著者がインタビューする形で、8人の専門家がそれぞれの見地から不倫を論じている。宗教学者の島田裕巳は、不倫を罰するのは日本人特有の「世間体」であると指摘する。ベッキーは相手の両親に会いに行ったことで、この「世間体」という地雷を踏んでしまったという。
専門家の誰もが、不倫を否定できない根拠を提示している。

人はなぜ不倫をするのか (SB新書)
亀山 早苗
SB新書
2016年8月

・上野千鶴子(女性学・ジェンダー研究者):結婚を「自分の身体の性的使用権を生涯にわたってただ一人の異性に譲渡する契約のこと」と、身も蓋もない定義を披露している。不倫するのが当たり前、なんで不倫をしないのかとまでいう。
・丸山宗利(昆虫学者):人間は社会に適応しようとするあまり、自らの遺伝子を残そうとする本能が薄れていった。封印された本能の発露として不倫を位置づける。
・竹内久美子(動物行動学研究家):メスの本能として、今つがっている相手より質のいい相手がいれば、その遺伝子を取り入れたいと思うもの。女性はアラフォーになると女性ホルモンが激減し、相対的に男性ホルモンが増加することになり、性欲が増す。オスは常に交尾の機会を狙っている。中年の浮気は当然であるという。
・島田裕巳(宗教学者):宗教もなく家族制度が崩れた日本では、隠れた規範のひとつとして「世間体」がある。日本人が規則に厳しいのは、学校の清掃の時間にあるという説を唱えている。
・福島鉄郎(心理学者):「愛は4年で終わる」という(ヘレン・フィッシャー著『愛はなぜ終わるのか』)。恋愛は錯覚から始まることが多い。
不倫は独身同士と違って結婚という目的がないから、ふたりの愛情だけを頼りに進んでいく。ある意味、不倫は純愛だといえるという。
・宋美玄(産婦人科医・性科学者):中年期以降は、夫はライフパートナーでセックスパートではなくなっている。日本では数%が夫の子どもではないと、驚愕の数字をあげる。産婦人科という職業上、女性の目線で論じている。
・山元大輔(行動遺伝学者):人間の相性を判断するときに唯一根拠があるのは、100個の遺伝子が関わるMHCとよばれるタンパク質(ヒトではHLA抗原とよばれる)である。MHCの型が似ているカップルは子どもができにくい。妊娠を気づく前に自然流産してしまうという。MHCの型が異な者同士の相性がいい。
ヒトはそこそこ浮気しながら、一夫一婦制"風"で生きている。
・池谷裕二(脳科学者):恋愛には絶対的愛情が存在するが、絶対的愛情は基本的には子どもに向かうもの。恋愛感情は、子どもを愛する回路が転用された脳のバグだという。

『叛逆航路』アン・レッキー

ネヴュラ賞・ヒューゴー賞をはじめとする7冠に輝く話題作である。
遠未来の銀河系が舞台。人間は銀河系に広く居住している。
巻末に用語集あり。

本作にはユニークな設定がふたつある。
そのひとつは、ラドチ圏に暮らす人間のラドチャーイは性差を気にしないので、三人称単数は「彼女」が使われる。ところがラドチャーイ以外と会話をするときは、性を意識せざるを得ない。主人公のブレクがそのことを気にするあまり、言葉の選択に迷う場面がときどきあるのが面白い。
もうひとつのユニークな点は、レヴューの最後に記載する。

叛逆航路 (創元SF文庫)
叛逆航路
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アン・レッキー/赤尾秀子
創元SF文庫
2015年11月
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ブレクが、極寒の惑星にある酒場の近くに倒れていたラドチャーイのセイヴァーデンを助けるところから、物語ははじまる。セイヴァーデンは1000年前に死んだと思われていた。

アナーンダ・ミアナーイは、約3000年前から現在に至るまでラドチ圏を支配している皇帝である。
人間のふりをしているブレクの正体は、約2000年前に建造された戦艦〈トーレンの正義〉の装備のひとつであるAI・属躰(アンシラリー)である。
約1000年前、17歳のセイヴァーデンが、〈トーレンの正義〉の副艦長として着任した。やがて〈ナスタスの剣〉の艦長に昇進し転出したが、惑星ガルゼットの呑併さいに〈ナスタスの剣〉は破壊され、セイヴァーデンは行方不明となった。

今から19年前に〈トーレンの正義〉が、全乗組員ともに行方不明になる事件が起こった。
現在と19年前の出来事が交互に継ぎ目なく語られ、ストーリーは進んでいく。
はじめのうちは、腐れ縁で仕方なく一緒に行動するブレクとセイヴァーデンだったが、徐々に友情が芽生えていく。もちろん、わたし・ブレクからみたセイヴァーデンは、彼女である。

ラドチが併呑した属国との関係、ラドチの文化、家系による優遇、ラドチャーイのヒエラルキー、ブレクが仕えた副艦長の死、アナーンダの専制統治に対する不満、反乱・惨殺事件などが描かれている。
そして、ブレクがアナーンダに復讐しようとする理由は何かが、徐々に明らかにされていく。

ユニークな設定のもうひとつは、ブレクの素性は属躰(アンシラリー)と呼ばれるAIであり、複数で自我を共有している集団人格である。かつてブレクは20の体をもっていた。ラドチ圏を支配するアナーンダも何千もの体をもち、同時に何百か所にも存在すると設定されている。
ということは、アナーンダもブレクと同じようにAIなのだろうか?という疑問が浮かんでくる。しかし、解決されないまま物語は終わる。
謎は続編の『亡霊星域』『星群艦隊』にもちこされる。

『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル

本作は、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続く完結編。著者は前半でいくつかの布石をさりげなく打っていて、それらが後半に効いてくる。読み終わったあと、布石を確かめようと、つい読み返したくなる。

パリのショッピング・アーケードで、女が宝石店に押し入ろうとする強盗に出くわし暴行を受けた。女を狙って3発の銃弾が発砲されたが、運がいいことにいずれも外れた。強盗は宝石を手に入れ、女は顔に傷を負い前歯が折れ病院に運ばれた。

女は、パリ警察殺人課のカミーユ・ヴェルーヴェン警部の恋人アンヌだった。
5年前の妻の死からやっと立ち直ったカミーユにとって、アンヌは心の支えである。
前作『悲しみのイレーヌ』で、シリアル・キラーによって、カミーユの妻イレーヌは出産の寸前に殺されている。

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)
傷だらけのカミーユ
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ピエール・ルメートル /橘明美
文春文庫 (2016-10-07)

カミーユはタレコミ情報があって犯人をすぐに逮捕できると、上司に嘘をつき、強引に事件を担当した。カミーユは数日で犯人を逮捕すれば、違反行為がうやむやになるだろうと踏んでいた。カミーユにとって運が悪いことに、気心が知れた部長が警視長に昇進して、桁違いに肥った厳格でキレ者のミシャール女史が直接の上司になったばかりだった。140センチの身長のカミーユとは、対象的な体格である。

この事件の前に、1日に4店の宝石店が連続して襲われていて、犯人は逮捕されていなかった。カミーユは、前の事件と手口が似ていることから、今回の事件も同一犯の仕業とみていた。

カミーユがアンヌのアパルトマンに行くと、誰かが入った気配がした。アパルトマンの状況を、ミシャール部長には報告できない。いまさらアンヌの恋人ですとは言えない。カミーユはじわじわと窮地に追い込まれていく。

アンヌの話では、犯人の1人はセルビア語で話していて、もう1人は訛りのないフランス語で話したとのこと。カミーユは主犯はアフネルと確信した。アンヌの写真識別の結果も、犯人のひとりはアフネルだった。

カミーユは、共犯のセルビア人からアフネルの居場所を聞き出そうと、署員を総動員してセルビア人の一斉捜査を敢行するが、思惑は外れた。ミシャール部長に人種差別捜査を行ったと指摘され、カミーユは署内で孤立した。

アンヌの命を狙って犯人がアンヌの病室に現れた。カミーユは病院からアンヌのを連れ出し、母親がアトリエとして使っていた家にアンヌを匿った。
カミーユがやっていることは、もはや懲戒処分だけでは済まない犯罪行為である。
カミーユはアンヌと関わることで、署内の立場がどんどん危うくなっていく。これこそが、犯人の仕組んだ罠である。こうして、カミーユは犯人に追い詰められていく。

傷だらけのカミーユ
悲しみのイレーヌ
その女アレックス

『細川ガラシャ』安 廷苑

明智光秀の3女である玉(ガラシャ、1563年〜1600年8月25日)は、15歳のときに細川忠興に嫁ぐ。本能寺の変(1582年)のあと「謀反人の娘」の烙印を押された玉は、忠興によって丹波に幽閉されるが、忠興が玉をかくまったとの見方が有力だという。なにしろ、玉は戦国時代一の美女との誉れが高かった。

細川ガラシャ (中公新書)
安 廷苑(An Jonvon
中公新書
2014年4月

豊臣秀吉が天下を取り、晴れて玉の幽閉が解けるが、嫉妬深い忠興は玉の行動を厳しく制限した。
忠興の朝鮮出兵(文禄の役1592年)のさいに、夫の留守に乗じて妻をものにすることを目論む女好きの秀吉は、玉に謁見を命じた。玉は白装束の上に着物を羽織り、懐に短剣を忍ばせて秀吉に謁見し、事なきを得たという。
忠興は玉に和歌を送り、秀吉に貞操を奪われるなと忠告している。
〈なびくなよ 我がませ垣のをみなえし 男山より風は吹くとも〉
玉は次のように返した。
〈なびくまじ 我れませ垣のをみなえし 男山より風は吹くとも〉

玉は夫の九州遠征の隙を狙って、キリシタンの洗礼を受け、洗礼名ガラシャとなった。おりしも、バテレン追放令(1587年)が、秀吉によって制定された年である。
忠興はガラシャのキリスト教信仰を認めず、嫌がらせをした。ガラシャに近づこうとした下僕を斬り、刀に着いた血糊をガラシャが着ていた着物で拭った。ガラシャはその着物を幾日か着続け、根負けした忠興はガラシャに謝ったという。さらに、髪の毛の入った飯をガラシャに出した料理人の首を刎ね、その首をガラシャの膝の上においたが、ガラシャは動じることなく、膝の上の首をそのままにしたという。この時、忠興は事の収拾を父親に頼んだ。
こんな忠興に愛想をつかしたガラシャは離婚をしようとするが、カソリックは離婚が禁止されている。

秀吉が亡くなり(1589年)、徳川家康と石田三成の天下取りの争いが始まった。
関ヶ原の合戦の年(1600年)、家康が上杉景勝を責めているすきに、石田三成(豊臣側)はガラシャを人質に取ろうとした。石田軍に城を囲まれ絶体絶命のピンチに追い込まれたガラシャは、家臣の家老小笠原秀清の薙刀によって介錯された。ガラシャ38歳。
ガラシャは生前、忠興に正室を迎えることがないようにと釘を刺したという。忠興はガラシャの忠告どおり、生涯、正室を迎えなかった。

細川ガラシャの辞世の句は、〈散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ〉。肝がすわった句だ。

戦国時代は、女は男に認められてなんぼだから、残忍さやドメスティック・バイオレンスは目に余るものの、惚れた女に一途な忠興のような男の妻という座も、悪くはなかったのかもしれない。
イエズス会の宣教師が、ガラシャの宣教師に宛てた手紙や信者の行状を記載した資料を、ローマに送っていたことに、キリスト教伝道の執念を感じるのである。それと『細川家記』に、忠興とガラシャの「犬も食わない」夫婦喧嘩の顛末を事細かに記載されていることに驚く。

『爆発的進化論 1%の奇跡がヒトを作った』更科 功

進化論の真髄を最新のトピックスを交えて解説している。使われている専門用語が少なく、曖昧なところがなく、非常にわかり易い。

ウイルスは半生物であり、あえて生物か無生物かに二分すれば無生物である。
生物とウイルスは、タンパク質を作る道具「リボゾーム」の有無で、一線が引かれる。ウイルスは生物のリボゾームを借りないと、タンパク質を合成することができない。

動物が最初に作った硬い組織は「流体骨格」であった。哺乳類のペニスが典型的な流体骨格である。そもそも流体骨格を持っていない動物はいない。「鉱物化した骨格」の役割は、運動と保護と支持である。

カンブリア紀(約5億4200万年前〜約4億8830万年前)は10期に分けられ、第2期には生痕化石(動物が這った痕など)だけでなく、小さな化石が世界中の地層から見つかるようになる。第3期は、現在生きている多くの動物の祖先が化石として出現する。そのため、第2期から3期にかけての、約1500万年間を、慣例で「カンブリア爆発」と呼んでいる。

カンブリア爆発が起こった理由は、一つはこの時期に多くの動物が骨格を発達させたからであり、二つめは多くの動物の「ボディプラン」がこの時期に出来上がったことである。動物の体の基本的な構造を「ボディプラン」といい、同じ構造のグループを「門」と呼ぶ。

カンブリア爆発では捕食者が出現し、捕食者にとって有利な眼を発達させた。
カンブリア紀に眼を発達させたのは、アノマロカリスが属する節足動物門、ハルキゲニアが属する有爪動物門と、脊椎動物門であった。
「眼は知性ある何かによって作られた」と主張する「インテリジェント・デザイン」という考え方がある。眼が進化によるとすれば、半分しかできていない眼も存在するはずであるというのが根拠。

上腕骨1本、前腕骨2本、手根骨、中手骨、指骨という上肢の作りをたどっていくと、人類の祖先がわかってくる。四肢動物は、DNAなどのデータからハイギョの仲間から進化した。

鳥は恐竜の獣脚類から進化した。鳥は完全に恐竜なのだ。だから、恐竜は絶滅していないという。

チンパンジーと人類は同じ祖先を持つが、人類はチンパンジーから進化したわけではない。700万年前に現れたサヘラントロプス・チャデンシスからホモ・サピエンスまでに、およそ25種類の人類がいたことがわかっている。すべてが2足歩行していた。
ホモ・サピエンスは、およそ20万年前にアフリカで誕生した。これがすべての現生人類の祖先である。そして、約10万年前にアフリカを出て世界に散らばっていった。

「赤の女王仮説」とは、生物の種は絶えず進化していなければ絶滅するという仮説。
無性生殖よりもコストがかかるにもかかわらず、有性生殖が行われる理由として、有性生殖は絶えず新しい組み合わせの遺伝子型を作ることによって、進化速度の速い細菌や寄生者に対抗していると考える。ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』で、アリスが赤の女王に手をひかれて、全速力で走っていた。もうこれ以上走れないへとへとのアリスが、木に寄りかかってあたりを見まわすと、そこは元の場所だった。女王は言う。「ここでは、同じ場所にとどまるためには、絶えず全力で走っていなくちゃいけないのよ」

「DNA→RNA→タンパク質」 という遺伝情報の流れは、すべての生物が共有している特徴であり、これは生物学における「セントラルドグマ」と呼ばれる。
DNAとRNAの構造はよく似ているが、異なるところが1箇所ある。RNAでは「OH(水酸基)」という原子団が結合している箇所が、DNAでは「H」になっている。
OHとなっていることで、RNAは分解されやすい。RNAはタンパク質を作ったら役目は終わりで分解される運命にある。

『破壊する創造者 ーウイルスが人を進化させた』 フランク・ライアン