マンモスのつくりかた ベス・シャピロ
映画『ジュラシック・パーク』(1990年)のなかで、琥珀に閉じ込められた蚊の腹部から血液が採取され、恐竜のDNAが抽出される。抽出されたDNAをカエルのDNAで補完したのち、ワニの未受精卵に注入し孵化させ、クローン恐竜が誕生する。このようなことは可能なのか。
著者は米国の進化生物学者。カリフォルニア大サンタクルーズ校の准教授。専門は古生物のDNA解析。20世紀初頭に絶滅したアメリカリョコウバトや、3700年前に絶滅したとされるマンモスのDNA解析の第一人者である。
脱絶滅(de-extinction)の試みについての議論は、喧々諤々であるという。
本書では、脱絶滅に関して「科学」と「空想科学」を切り離すことを目指すという。
マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる ベス・シャピロ/宇丹貴代実 筑摩書房 2016年 |
脱絶滅の対象となる種は慎重に選択されるべきだ。
復活に成功したときに、個体群にふさわしい生息地があり、餌動物や食料があり、捕食者は排除されていると同時に、食物網を不安定にさせないような食物連鎖が働き、病気・寄生体・汚染は取り除かれていて、その種がもともと生息していた環境に気温や降水のパターンが近く、自給の個体群を許容できる広さがあるかなどを、クリアしなくてはならない。結構、条件は厳しいのだ。
厚かましい条件だが、絶滅を引き起こした張本人の人間の生活を脅かされないことも求められる。
以上の条件に照らしあわせると、マンモスは脱絶滅に適している。
すでに、ロシアのシベリア北東部にあるロシア科学アカデミー北東科学局は、脱絶滅が成功したあかつきにマンモスが住む更新世パークを準備しているという。
マンモスが寒冷地に住んでいたおかげで、保存状態の良い骨からDNAの分析ができる。
マンモスの最近縁種はアジアゾウで、およそ500万〜800万年前に枝分かれした。変化の速度がほかの哺乳類とほぼ同じとするなら、この種間はおよそ7000万箇所の遺伝子の相違があると予想される。これはゾウのゲノム全体のうちの2%未満だが、それでも7000万は途方もない数だ。
凍土の中から発見される保存状態の良いマンモスから抽出されるDNAといえども、7000万のゲノムの変更点を到底訂正できないだろう。とすれば、核移植によるクローン作製は今のところ難しい。現在可能なのは、マンモスの遺伝子の断片が組み込まれたゾウを作製することだという。
マンモスの形質や行動を復活させるのに必ずしもマンモスのクローンを作製する必要はない。たとえば、マンモスの毛深さを指定(コード)するDNA配列を突き止めたうえで、ゾウのゲノム配列に組込み、ゾウをもっと毛深くすることは可能である。もちろんマンモスを復活させることと同じではないが、その方向へ一歩進むことではある。
そんな大雑把なことでいいのかと思うが、そのあたりが今のところの限界なのだ。
今後も、著者たちによりマンモスのゲノム解析は地道に続けられるだろう。そして、クローン種作成の技術的なハードルはどんどん下がっていくに違いない。
なお、2016年中にマンモスのクローンを作製すると宣言している勇敢な学者が複数いて、しのぎを削っているという。→人気ブログランキング
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