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2016年12月

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介

擬似科学を容易に受け入れてしまう人間社会の危うさがテーマ。事件を追いかけるジャーナリストの「わたし」が俯瞰的視点で語る。
著者の多岐にわたる豊富な知識、奔放な発想力、そして卓絶な表現力に脱帽である。

彼女がエスパーだったころ
宮内悠介
講談社
2016年4月

「百匹目の火神」The Biakiston Line
火を使うことを人から教えられたニホンザルの能力が、猿たちの間に広がっていき、猿による放火事件が起きた。空き巣のあと、火をつけたのだ。
猿たちは日本各地で集団放火事件を起こす。共時性の願いが伝播した現象と説明された。
人々は猿を殺傷したが、ニホンザルは天然記念物である。法律が障害となり対策は後手に回った。ある日、雨が止むように猿の放火が終焉する。
「彼女がエスパーだったころ」The Discoveries of Witchcraft
スプーン曲げで有名になった千晴は、大学の物理学教授と結婚した。
ところが、千晴の不在時に夫が非常階段で足を滑らして転落死した。超能力者とされた千晴に疑いがかかり、魔女狩りの事態にまで発展する。
「ムイシュキンの脳髄」The Seat of Violence
バンドのリードボーカルの網岡はなにかにつけ逆上した。
同棲相手で、同じバンドのベース担当のかなえは、網岡に対するオーギトミーに反対した。手術後、天使のように変わってしまった網岡に、かなえは違和感を感じた。
そして、網岡はかなえと別れ郷里に引退した。
オーギトミーの普及に努める医師を批判するフリージャーナリストが殺害される。
「水神計画」Solaris of Words
放射能汚染水に「ありがとう」と声をかければ浄化される話。
「薄ければ薄いほど」Remedy for the Remedy
ごくごく薄めてしまえば毒も薬になるというホメオパシーの疑似科学性が暴露される。
「沸点」The Budding Point
世の中を変えるには、一部の人たちが変わればいい。ある人数の人々が変われば、それが転換点(ティッピング・ポイント)となって、世の中は変わるという。

彼女がエスパーだったころ/講談社/2016年4月
アメリカ最後の実験/新潮社/2016年1月

『東京新大橋雨中図』 杉本章子

明治初期の激しく移り変わる世に、『東京新大橋雨中図』や『猫と提灯』などの名作を描き、最後の木版浮世絵師と称される小林清親の半生を描いた、杉本章子の時代小説である。直木賞(第100回、昭和63年度下半期) 受賞。
清親は、身の丈六尺のいかつい顔をした偉丈夫だったという。

Book

東京新大橋雨中図

杉本章子
文春文庫
1991年 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎




御家人であった清親は、明治時代の到来とともに職を失い、住み慣れた江戸をあとにし、幕臣たちとともに駿府に移った。財政が逼迫する静岡藩に定職があるはずもなく、清親は3年で東京に戻ってきた。
浮世絵や錦絵の版元屋の2階に居を構えた清親が、暇に飽かせて描いた絵が、有力な版元の大黒屋の目に止まり、一本立ちの浮世絵師を目指しての修行がはじまった。この時、清親29歳、絵の修行をはじめるには遅すぎる歳だった。
自ら「画鬼」と名のる天才絵師・河鍋暁斎の口利きで、写真家・下岡蓮杖の弟子・桑山が経営する写真館で色つけの修行をはじめ、めきめきと腕を上げていった。

そんな折、桑山から極秘で色つけを頼まれた写真の女性は、音信不通となっていた兄・虎造の妻・佐江であった。病に臥す虎造から、共同事業を持ちかけられた相棒に騙され借金を背負ったと聞かされる。清親は虎造の借金を返そうと、金を工面して佐江に渡すのだった。

Photo

自ら光線画と名付けた『東京新大橋雨中図』は、爆発的に売れた。雨の降る中を蛇の目傘をさした後ろ姿の女は、清親が淡い思慕の念を抱いた佐江を描いたものだった。
こうして光線画は脚光を浴び、清親は「明治の広重」と呼ばれるようになる。また、洋画の手法をとりいれた『猫と提灯』を、第1回内国勧業博覧会博覧会(明治10年)に出品し、好評を博した。
月岡芳年の弟子だという井上安治郎が、清親に弟子入りを願い出た。安治郎は「血まみれ芳年」の激しい画風についていけず、光線画に憧れているという。

やがて、光線画の人気も下火になり、西南戦争の錦絵や大久保利通と西郷隆盛の似顔絵などの、商業ベースの注文に応えざるを得なくなる。
さらに、版元から火事場に出向き臨場感あふれる絵を描くよう求められるようになった。この時、身重の妻と幼い娘を家において、火事の現場に出向いたことが原因となり、妻は実家に帰ってしまった。夫婦の関係は修復されず、ついには、清親が娘をひきとり離縁となった。

「火事場の絵なんぞ書く暇があったら、『猫と提灯』のようなこれぞという上質の絵を描くことだと言ったろう」という暁斎の言葉が、清親は気にかかって仕方がなかった。そうは言っても、背に腹を変えられぬ清親は新聞や雑誌のポンチ絵(風刺画)を描くようになる。

そんなある日、足をくじいて歩けなくなった老女を背負って家まで送り届けたことが縁で、清元の師匠・延世志(のぶよし)と親密な仲になるのだが、清親はひとり娘をかかえ、延世志は老いた母をかかえる上に3人の子持ちであった。

【絵師が主人公の歴史小説】
東京新大橋雨中図』杉本章子 1988年
眩(くらら)』朝井まかて 2016年
『ごんたくれ』西條加奈 2015年
ヨイ豊』梶とよ子 2015年
若冲』澤田 瞳子/2015年
北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ/2014年
フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン/2014年

『ボブ・ディラン解体新書』 中山康樹

ノーベル文学賞にボブ・ディラン(72歳)が選ばれた。いくら歌詞が素晴らしいからといって、シンガー・ソング・ライターが、なんで文学賞なんだという疑問は払拭されていない。当初、だんまりを決め込んでいたディランだが、世間がしびれを切らした頃に、受賞を快く受け入れ、12月10日の授賞式には出ると言った。しかし、やっぱり先約があったのでとキャンセルしたという。
出席してもお利口さんにしていられないだろう。
11月30日に、ホワイトハウスでオバマ大統領が主催したアメリカ人ノーベル賞受賞者の交流会を、すっぽかしたという。

ボブ・ディラン解体新書 (廣済堂新書)
中山 康樹
廣済堂新書
2014年2月

『ラブ・アンド・セフト』は久しぶりに充実したディランらしいアルバムとして評価された。しかも、リリースされたのが、のちに「9.11」と呼ばれる2001年9月11日であった。ところが、『ラブ・アンド・セフト』の歌詞に盗作疑惑が浮上した。日本人医師兼作家・佐賀純一の著書『浅草博徒一代』の英語版『あるやくざの告白(Confessions ofa Yakuza)』を、そのままコピーしたかのように見える箇所が14箇所もあったという。
裁判沙汰になってもおかしくなかったが、幸運なことにそうはならなかった。「盗用」と「継承」とは紙一重という曲解によって不問に付された。

〈フォークやジャズでは引用はあたりまえだ。伝統的な技法だ〉〈ちまちま文句をつけやがって、昔からそうなんだよ〉〈誰もやっていることだ〉〈そんなに簡単に盗用で作品が作れるなら、やって見せてくれ〉などと、ディランの回答は逆ギレだった。

新作が発表されるたびに原典探しが行われるような状況は、決して健全とはいえない。そして近年のディランの音楽にそのようなカラクリがあることを知らない多くの聴き手にとって、一種の裏切り行為でもあると、著者はディランを痛烈に批判する。ところが、著者は、ディランを無数の盗人といっしょに檻に収監できない理由は、ディランの「サウンド」と「視点」にあると、天才としてのディランを認めているのだ。
それにしても、ディランをノーベル賞に推挙した人物たちは、この盗作問題を知っていたのか。

ディランの伝説は捏造されている。たとえば、1965年、ニューポート・フォーク・フェスティバルのステージにエレクトリック・ギターをぶら下げて立ったところ、ブーイングが浴びせられ、ディランはステージから引き摺り下ろされた。再びステージに姿を見せたディランは、涙を流しアコスティック・ギターで歌ったと伝えられている。
しかし、真実はディランは即席バンドで登場したため3曲しか歌えなかった。あまりの短さにブーイングが起こり、そこで、アコスティック・ギターに持ち替えて現れたというのが真相である。

ディランが世界的に著名な存在でありながら、あまり聴かれていないという状況は、故意的なわかりにくさが大きく影響しているとする。「もっとも有名な無名のミュージシャン」と呼ばれる所以である。
ディランを知る方法として、カヴァー・バージョンから入る手がある。
カヴァー・バージョンには、ディランが名曲を量産した名作曲家であることを気づかせる効能がある。さらに、カヴァー・バージョンを聴くことによって、ディランの個性的な歌唱法のどこがヘンなのかがわかるという。
個人的な感想を述べれば、ディランの声は魅力がないことが、カヴァー・ヴァージョンがもてはやされるという不可思議な現象を生み出しているのだと思う。

本書は2014年の出版だが、ノーベル賞騒ぎで急遽増刷となった。著者が、ディランを持ち上げてはいないところがいい。残念なことに著者は昨年1月に亡くなってしまった。ディランのノーベル賞受賞をどう評価するのか、ぜひ聞いてみたかった。

ボブ・ディラン解体新書
現代ジャズ解体新書 村上春樹とウィントン・マルサリス
アイム・ノット・ゼア』(DVD)

『熊と踊れ』アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンべリ

本作は、1991年秋から1993年末にかけて、ストックフォルムで起きた連続銀行強盗事件を下敷きにしている。

長兄レオをリーダーとして、次男フェリックス、三男ヴィンセント、幼なじみのヤスペルの4人組は、軍の武器庫の床を爆破し、二個中隊分の武器と弾薬を手に入れた。それらの武器を、表向き長男が経営し弟たちが従業員として働いている工務店の倉庫に隠した。
そして、4人組はショッピング・センターで現金輸送車を襲い、なんの手がかりも残さず、まんまと現金を強奪した。

さらに、4人組は次々に銀行を襲い、警察を手玉にとった。1日のうちに続けてふたつの銀行を襲ったり、警察の捜査を分断するためにストックフォルム中央駅のコインロッカーに爆弾を仕掛けたり、そのスケールは徐々にエスカレートしていく。手口の無駄のなさ、防犯カメラに写った銃の扱い方、統率のとれた機敏な行動から、「軍隊ギャング」と呼ばれるようになる。

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)
熊と踊れ(上)
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アンデシュ・ルースルンド
ステファン・トゥンベリ
ハヤカワ文庫 2016年9月
熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)
熊と踊れ(下)
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ヘレンハメル美穂
羽根 由 訳
ハヤカワ文庫 2016年9月

もうひとつの軸として語らるレオたちの過去は、物語の重要な鍵を握っている。兄弟は、家族をドメスティック・バイオレンスで支配する父親イヴァンのもとで育った。家族はイヴァンの機嫌を伺いながらの生活が強いられた。

イアヴァンが幼いレオに喧嘩のやり方を教え込むくだりがある。
「相手がひとりでも、ふたりでも、3人でも関係ない。これはな••••••熊のダンスだ、レオ。一番でかい熊を狙って、そいつの鼻面を殴ってやれば、ほかの連中はみんな逃げ出す」タイトルの『熊と踊れ』は、このくだりからつけられた。

「絆」の語源は動物をつなぎとめる縄であるというが、本作のテーマはまさに語源どおりの意味でも「絆」である。
冒頭で、4年ぶりにイヴァンが帰ってきて母親を殴りはじめる。長男のレオが止めに入り、母親が家から飛び出していく。この出来事は、兄弟の精神的なトラウマとなっている。「あの時、ドアを開けてイヴァンを家に入れたのは誰だ」という問いに、兄弟たちはくりかえし苛まれるのだ。

事件を担当するストックフォルム市警察警部ヨン・ブロンクスは、犯人に近づく手がかりがまったくないまま、苦悩する。ブロンクスには父親を殺して服役中の兄とのあいだに、解決されていない問題があった。その兄から事件の手がかりを得ようと面会するが、兄は弟を拒絶するのだった。
ブロンクスは、銀行襲撃の手口はエスカレートしていき、いずれミスを犯し、捜査の糸口がつかめるだろうと読んでいた。

一方、4人組にとって、銀行襲撃で手にした現金に、行員によって赤い塗料をぶちまけられたことが、ケチのつきはじめだった。
そして、4人組の人間関係に不協和音が生じはじめていた。