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2017年1月

『ヌメロ・ゼロ』ウンベルト・エーコ

昨年2月に亡くなった、イタリアの知の巨人、ウンベルト・エーコの遺作である。
50歳の男・主人公のコロンナが、ある朝目覚めるとシャワーが出なかった。
寝ているすきに誰かが部屋に忍び込み、重要な情報が詰まったフロッピー・ディスクを持ち去ろうとしたに違いないと、コロンナは思った。フロッピー・ディスクは無事だったが、再度、奪いにやってくるに違いない。コロンナがもっている情報が公表されると、窮地に追い込まれる勢力が存在するのだ。という巻末と同じ状況のエピソードから本書ははじまる。

ヌメロ・ゼロ
ヌメロ・ゼロ
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ウンベルト・エーコ/中山エツコ 訳
河出書房新社
2016年9月

『ドマーニ(明日)』というタイトルの新聞を発行する計画のメンバーに、コロンナが選ばれた。メンバーは6名で、いずれもジャーナリストととして挫折した過去を持つ。メンバーがアイデアを出しあい、『ドマーニ』のパイロット版『ヌメロ・ゼロ』を編集しようとする。
いまや、ニュースはテレビやネットにより瞬時に大衆に知られてしまい、新聞に勝ち目がない。『ドマーニ』は週刊誌のような内容の新聞を目指すという。コロンナは『ドマーニ』の試作の経過を、本にまとめるように命じられていた。

読者には、どこまでが真実でどこからがか当てずっぽうなのか見当がつかないまま、イタリアで起こった事件が、メンバーのなかで嫌われている男によって旺盛に語られる。それは取りも直さず、エーコの見解なのだ。「ムッソリーニの最期にまつわる事件」、フリーメイスンが絡んだ「P2事件」、「ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件」などのイタリア近代史の闇について、著者は大胆な見解を述べている。

その嫌われ者のメンバーが、プロの手口で殺害されるに至り、ストーリーは急展開をみせる。
指示を出すだけで姿を見せない新聞社主は、誰からか電話を受けとり、『ドマーニ』紙の発刊が彼にとって危険になったと、企画のとりやめを命じた。社主のモデルとなっているのは、起業家から身を転じスキャンダルにまみれながら9年間もの長きにわたり、イタリアの政権の座にいたベルルスコーニ首相である。→人気ブログランキング

自分を含めた他のメンバーにも魔の手が及ぶのではないかとの疑心暗鬼のコロンナは、わが身の安全のために国を出るべきか思案するところで、巻頭のエピソードにつながり、物語は終わる。

イタリア国民はなぜ「反知性」の象徴のようなベルルスコーニを首相に選んだのかと世界から揶揄されたことがあった。著者が本書で警鐘を鳴らしたこの事象は、いまやフィリピンのドゥテルテやアメリカのトランプの登場によって、増幅された感がある。

『モーターサイクル・ダイアリーズ』エルネスト・チェ・ゲバラ

1951年12月、エルンスト・チェ・ゲバラは、ブエノス大学医学部在学中に、夏の南アメリカ大陸を、友人のアルベルト・グラナードとともに旅した。
本書は、オートバイにまたがり、ブエノス・アイレスを出発したところからはじまり、アルゼンチンを大西洋岸沿いに下り、パンパを横切り、アンデス山脈を越えてチリに入り、チリを北上し、ペルー、コロンビアを通り、ベネゼイラの首都カラカスに到着したところで終わる。

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)
エルネスト・チェ・ゲバラ/棚橋加奈江 訳
角川文庫  2004年9月

あるときは知人を訪ねて歓待され、あるときは医学生であることで病院に泊めてもらい、あるときは詐欺まがいの手口で食事にありついたりする。さらに、無銭宿泊までしてしまう。旅は、常に「行き当たりばったり」という大まかな方針があるだけだ。空腹と金がない状態は常につきまとい、ゲバラは持病の喘息に悩まされる。

悪路を行くバイクはしょっちゅう転倒を余儀なくされ故障を繰り返し、ついに壊れてしまう。そこから、ふたりは交渉能力を発揮し、トラックを利用してヒッチハイクで移動する。チリの中部では航路で北上するために密航を企てるが、きつい便所掃除の任務を課せられるなどして、なんとかペルーのリマにたどり着く。
リマでは、アルベルトがらい病研究者と偽り、ハンセン病療養所を見学させてもらい、病院に泊まることができた。数日間滞在し、騙された患者たちは集めた現金を渡してくれた。

崖っぷちの道路を転落の恐怖と戦いながらトラックに揺られ、山越えでは寒さに震え、河に浮かぶ船の上では、大群の蚊がゲバラたちの肉を刺しまくった。コロンビアでは軍の兵士の検閲を何回も受ける羽目になるが、何とかベネゼエラのカラカスにたどり着いた。
グラナードはカラカスのハンセン病患者の村に留まり、ゲバラは医学部を卒業するため帰国するところで手記は終わる。→人気ブログランキング

巻末の年表によれば、1953年、ゲバラは通常なら6年かかる医学部の課程を3年で終えて、医師の資格を取得した。

ゲバラの人間的な魅力を大いに感じさせる手記だ。それにしても、母親にあてた手紙からは、ゲバラのマザコンぶりがうかがわれる。
本書に掲載されている「チェ・ゲバラ」ラテンアメリカ・センターの文書によると、この体験記録は、後年、ゲバラ自身が物語風に書き直したものである。

『チーム•バチスタの栄光』海堂 尊

東城大学医学部附属病院の臓器統合外科・桐生助教授は、アメリカ帰りの凄腕心臓外科医。桐生率いるチーム•バチスタは、成功率60%といわれる拡張型心筋症に対する心臓小型化手術「バチスタ手術」の成功率100%を誇ってきた。その偉業はマスコミでも報道されたことがある。
それが、ここへきて3例の術中死が起こった。

新装版 チーム・バチスタの栄光 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
海堂 尊
宝島文庫  2015年10月

卒後15年目の神経内科田口講師は、病院長に呼び出され、バチスタ手術の術中死がリスク•マネジメント委員会の検討事案に値するかどうかの予備調査をして欲しいという。田口は不定愁訴外来、通称「愚痴外来」で1日限定5名の患者を細々と診療する窓際医師だ。
外部監査は、桐生自身が要請したものだった。

田口が、桐生を筆頭にチーム•バチスタのメンバー7名の聞き取り調査を順次行うなか、再びバチスタ手術が行われ、4例目の術中死が起こった。
田口はもはや手に負えないと、病院長にリスク•マネージメント委員会に委ねるべきだと進言した。

そこに現れたのが、厚生労働省大臣官房秘書課付技官・白鳥。
病院長が同級生の厚生労働省の局長に相談したところ派遣されたという。ぶっ飛んだ男・白鳥はアメリカ3泊4日、弾丸出張の帰国後その足で病院に駆けつけた。
白鳥が田口とともに、聞き取り調査を行うこととなった。

手術のビデオをすべて見たあとに、白鳥は事故ではなく殺人だという。
白鳥は、常識的な接し方をせず傍若無人。相手を傷つけても反省は皆無だ。白鳥は、論理を純粋に追求できる資質の持ち主で、そのことから「ロジカル•モンスター」の異名を持つ。白鳥が通った後はぺんぺん草も残らないことに由来し「火喰い島り」とも呼ばれている。
田口からすると、白鳥には論理に一貫性がないように思えるが、勘所は抑えている。

白鳥が留守にしている間に、バチスタ手術の予定患者が心臓発作を起こし緊急手術が行われた。白鳥の予告どおり、術中死となってしまった。
白鳥は死亡した患者の「Ai」を強く要求する。
そして死亡患者のMRI検査が行われ、犯人が突き止められる。→人気ブログランキング

「Ai」とは、オートプシー•イメージング(Autopsy imaging)・死亡時画像診断のこと。画像診断によって死因を検証する。
本作が発表された当時、日本ではAiの概念は浸透しておらず、Aiに目をつけた著者の慧眼は鋭い。そういう事情だから、白鳥はAiを行う前準備として、病院長に承諾を取り、病院長が放射線科部長を説得し、検査の際はMRI撮影室の周囲を人払いしている。

第4回「このミステリーがすごい!」(2005年)大賞受賞作。海堂尊の快心のデビュー作。
登場人物のキャラクターが巧みに描かれていて、アイデアに満ちあふれ、展開は緻密、医療ミステリーの傑作と評されるにふさわしい。

「このミステリーがすごい!」大賞受賞作
がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木 一麻(2016年)
女王はかえられない』降田 天(2014年)
チーム•バチスタの栄光』 海堂 尊 (2005年)

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』

第15回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。巻末の選評では、4名中2名の選者が、「医療本格ミステリーの大傑作」と賛辞を送っている。
登場人物が描き切れていない感があるとしても、幾重にも仕掛けが施され、最後の1行にも驚きのトリップが仕組まれていて、ミステリの醍醐味を満喫できる。

がん治療の分野で学会では無名に等しい湾岸医療センターが、有名人や有力者たちに支持されている。その理由は、がんの早期診断と進行がんに対する独自療法により、飛びぬけた治療成績を上げているからだ。
呼吸器外科医の宇垣玲奈が手術を担当している。

【2017年・第15回『このミステリーがすごい!大賞』大賞受賞作】 がん消滅の罠 完全寛解の謎 (『このミス』大賞シリーズ)
岩木 一麻
宝島社   2017年1月
売り上げランキング: 74

日本がんセンターに勤務する呼吸器内科医の夏目が末期がんで余命半年と診断したシングルマザーが、完全寛解したという。夏目が書いた診断書によって保険給付金を受け取った末期がんの患者のうち完全寛解したケースは、このシングルマザーを含め4人いると告げられ、夏目は「ありえない」と思った。
高校時代からの友人で保険会社に勤める森川は、夏目に疑いの目を向けたが、夏目は潔白だった。
保険に加入して時間をおかず、保険金の支払い請求がされるケースを、保険会社は「早期事故」と呼び、慎重な調査を行う。いずれのケースも不正は見つからなかった。

湾岸医療センターの理事長は、10年前に夏目が大学に在籍していたときに、師事していた西條教授だった。教授が、突然、大学を辞めると言い出したとき、夏目が辞職の理由を尋ねると、「医師にはできず、医師でなければできず、そしてどんな医師にも成し遂げられなかったことをやるためです」と答えた。
教授室のホワイトボードに、「neoplasm(がん)」、「救済」、「TLS(腫瘍崩壊症候群)」という字が書かれていた。TLSとは、抗がん剤が著しい効果を発揮した際などに、腫瘍内部に蓄積されていた核酸、リン酸、カリウムなどが一気に血中に流れ出し、重度の電解質異常や急性腎不全を引き起こす病態のことである。これらの言葉に謎を解く鍵が隠されている。

森川が、湾岸医療センターに絡んだ保険金請求事例の社内データを調べると、二つの謎が浮かび上がった。
ひとつは、低所得者が末期がんと診断され、高額の保険金を手にしたあと、がんが完全寛解しているケースがいくつもあること。もうひとつは、早期がんと診断された有名人や社会的地位の高い患者が手術を受けたあと、転移が見つかり、抗がん剤治療を受ているケースが多いことである。
夏目たちは、二つの謎のからくりを解明しようと、湾岸医療センターの西條理事長と宇垣医師を探りだす。→人気ブログランキング

「このミステリーがすごい!」大賞受賞作
がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木 一麻(2016年)
女王はかえられない』降田 天(2014年)
チーム•バチスタの栄光』 海堂 尊 (2005年)

『神々のワード・プロセッサ』スティーヴン・キング

スティーヴン・キングの短編集。
「しなやかな銃弾のバラード」のなかの次の一文が、本著の内容を大まかに表している。
〈本当にあったとこだと断言するつもりもない。わたしが言えることは、そういうことがあったと、わたしが今でも信じているということだけた。大して違いはないようだが、わたしにとってはすこぶる重要なことでね。〉

スケルトン・クルー〈2〉神々のワード・プロセッサ (扶桑社ミステリー)
スティーヴン キング
扶桑社ミステリー文庫
1988年5月

「神々のワード・プロセッサ」
亡くなった甥がくれた手作りのワープロは、「実行」や「削除」を押すと、書いたことが、その通りになった。
「実行」と「削除」を繰り返すうちに、ワープロは煙を発して悲鳴をあげる。
「オットーおじさんのトラック」
酔っ払ったオットーおじさんとマカチャンが無茶な運転をして、車をお釈迦にした。
マカチャンはトラックに踏み潰されて亡くなった。
マカチャンが車から降りて、車の前に座り車の状況を調べようとしたときに、車をオットーおじさんが押して、下敷きにしたらしいのだ。
車は野原に放置された。
マカチャンと組んで土地の売買をし、大金持ちだったオットーおじさんは、道路を挟んで車のまん前に建てた学校を村に寄贈したが、受け取りを断られた。
オットーおじさんはその家に住みはじめたのだ。
そして、徐々に車が家に近づいてくると、オットーおじさんは言いだした。
「ジョウント」
転勤で火星行きのジョウント・サーヴィスに、オーツ一家4人がやってきた。
ジョウントとはテレポテーションのこと。
ジョウントの開発のエピソードと、ジョウントの順番を待つ一家の様子とが、交互に語られる。父親は子どもたちがパニックに陥らないようにと、気を紛らわすかのようにジョウントの安全性について説明する。
そして、オーツ一家に順番が回ってきた。
「しなやかな銃弾のバラード」
編集者が、銃で自殺した小説家レグ・ソープの短編の出版に関するすったもんだを、小説家夫婦とエージェント夫婦に聞かせる。
著者が狂っていくと同時に、語る編集者も狂っていった。
「猿のシンバルン」
30年前に、井戸に放り込んだ香港製の猿のおもちゃが出てきたのだ。
ぜんまい仕掛けの猿のおもちゃが災いをもたらす話。→人気ブログランキング

神々のワード・プロセッサ
ミスター・メルセデス
ジョイランド
11/22/63
書くことについて
幸運の25セント硬貨
1922
ビッグ・ドライバー
スタンド・バイ・ミー』(DVD)

『開かせていただき光栄です』皆川博子

第16回(2012年度)日本ミステリー文学大賞(光文社主催)の受賞作。
舞台は18世紀前半のロンドン。
私的解剖教室を開いている外科医のダニエル・バートンが弟子たちと、妊娠6ヶ月の若い女性の解剖を手がけているところに、警察が踏み込んでくる。墓から違法に盗み出された屍体を探しているのだ。弟子たちは屍体を隠し、犬を解剖していたようにとり繕った。
警察の追求はかわしたものの、次に現れたのが、盲目ながら鋭い感と推理力で知られる治安判事のジョン・フィールディングだった。ジョンには有能な助手である姪のアンがついていて、ふたりのコンビに孫助手のアボットが加わって謎を解いていく。

開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU― (ハヤカワ文庫 JA ミ 6-4)
皆川 博子
ハヤカワ文庫
2013年9月

女性の屍体は、いつの間にか四肢を切断された少年と、顔を潰された男に変わっていた。女性の屍体は、準男爵の娘、16歳のエレインであることが判明した。エレインは妊娠を儚んで、ヒ素による服毒自殺に及んだのだった。
エレインに関する謎は決着がついたが、手足を切断された少年と顔を潰された男の正体は?少年の手足が切断された理由は?と、謎は尽きない。

ダニエルの兄である内科医のロバートは解剖教室の経営者である。ロバートは、上流階級の患者しか相手にしない金の亡者で、ダニエルたちを危機に追い込むような胡散臭い行動をとる厄介な存在なのだ。

解剖教室のハンサムな一番弟子のエドワードや、解剖の写生を一手に引き受ける天才絵書きのナイジェルらの素性や行動が描かれるにともない、謎は少しずつ解けていくが、新しい謎が出てきて読者は煙に巻かれるのだ。

17歳のネイサンの詩人としての才能に目をつけた仲買人のエヴァンスは、ネイサンが羊皮紙に古語で書いた古詩集を、古書の稀覯本として売ろうと企んだ。さらに、エヴァンスは、ネイサンに詩を書かせ儲けようとネイサンを監禁した。
エヴァンスは株価操作を行い、市長や議員などの有力者に多大な利益をもたらして、見返りにうまい汁を吸っている人物である。

ナイジェルとエドワードは、ネイサンの自殺の痕跡を隠すために左手を切断したが、左手だけでは、偽装がバレてしまうと両手足を切断したのだと打ち明けた。
弟子たちは、赤貧に甘んじるダニエル先生をいたく尊敬していて、解剖の標本がどうなるのか、それを守ることが使命だと考えている。

真相が見えてきても事態はひっくり返り、行き着くところが見えないまま、ストーリーは進んでいく。
18世紀前半のロンドンというなじみの薄い舞台設定が、違和感なく受け入れられるのは、著者の巧みな筆の力による。さらに、人体解剖という特殊なテーマが扱われていて、舞台設定と相まって幻想的な雰囲気が醸し出されている。 →人気ブログランキング

『移動祝祭日』アーネスト・ヘミングウェイ

1920年代前半に、作家として駆け出しだった20歳代前半のヘミングウェイが、妻ハドリーとパリで暮らした数年間を綴った回顧録。その当時、パリで生活した著名な人物が数多く登場する。
とくに、自らも小説家で詩人であり、パリに集まる芸術家たちに自宅をサロンのように解放していたミス・ガートルード・スタインと、すでに『グレート・ギャツビー』を発表し、有名になりつつあったスコット・フィッツジェラルドについて多くのページが割かれている。
移動祝祭日とは、年によって日付が変わる祝祭日のこと。

移動祝祭日 (新潮文庫)
移動祝祭日
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アーネスト・ヘミングウェイ/高見 浩 訳
新潮文庫
2009年

"ユヌ・ジェラシオン・ペルデュ"というタイトルの項では、「ロスト・ジェネレーション」という言葉が生まれた経緯について書いている。
ミス・スタインのフォードが故障して、自動車整備工場に修理に出した。整備工場の若い整備工は、第一次世界大戦に従軍した経歴の持ち主だが、車の修理に当たって手際が悪かったのか、他の車より先回しにしなかったのだろう。ミス・スタインから抗議を受けた整備工場の主人は整備工をきつく叱った。「おまえたちはみんなだめなやつら(ジェネラシオン・ペルデユ)だな」と主人は言ったという。
ミス・スタインがヘミングウェイを前にして、「こんどの戦争に従軍したあなたたち若者はね。みんな自堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)なのよ」と言った。「あなたたちは何に対しても敬意を持ち合わせていない。お酒を飲めば死ぬほど酔っ払うし・・・」
へミングウェイは反論したが、ミス・スタインは譲らなかった。

ヘミングウェイは家に帰ってからミス・スタインに毒づくが、ちゃっかり、最初の長編『日はまた登る』のエピグラムに、ロスト・ジェネレーションという言葉を採用し、それと釣り合いをとるべく旧約聖書の一節を並べたと、舞台裏を明かしている。

ミス・スタインとの良好な関係が崩れたことについて書かれている。それは、ミス・スタインと恋人の女性との痴話喧嘩を耳にしたことだった。そのあと理性的な付き合いができなくなったという。

スコット・フィッツジェラルドの妻ゼルダは、米国南部の資産家の令嬢だが、スコットを振り回す難儀な性癖の持ち主であった。スコットはセルダにベタ惚れで、ゼルダはスコットの嫉妬心を煽るような行動を平気でとるのだった。
スコットが、アルコールの量を減らし体調を整え執筆に取り組むような生活が軌道にのると、ゼルダはスコットを自堕落なパーティーに引き込もうとした。スコットはセルダの派手好きで節操のない行状に嫉妬し、ゼルダはスコットの仕事に嫉妬した。一時は、夫婦は落ち着くが、ゼルダは徐々に正気を失っていった。

ゼルダに指摘されたと、スコットがペニスのサイズについてヘミングウェイに悩みを打ち明ける話が出てくる。ヘミングウェイは、「ゼルダの嫌がらせだ。鏡に映して確かめろ、上から見ているから短く見えるんだ」とアドバイスする。このエピソードから、スコットの頼りない性格や、当時スコットがヘミングウェイをいかに信頼していたかがわかる。

そういえば、ウッディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)には、新婚旅行でパリを訪れた小説家を志す青年が、1920年代のパリにタイムスリップして、本書に登場する何人かの有名人たちと出会うシーンが出てくる。青年は自作の小説を読んでくれるようにヘミングウェイに頼むが、ミス・スタインに見てもらいなさいと断られるのだ。アレンは映画の脚本を練るにあたり、本書を参考にしたに違いない。

『ねずみとり』 アガサ・クリスティー

本作は、1952年に、ロンドンのアンバサダーズ劇場で初演され、1974年まで21年間わたり同劇場で公演が行われた。同年、隣のセントマーティンズ劇場に公演の場を移し、今なおロングランを続けているアガサ・クリスティの戯曲。
『ねずみとり』は、シェイクスピアの『ハムレット』の劇中劇と同じ題名だという。

ねずみとり (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
ねずみとり
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アガサ・クリスティー/鳴海四郎訳
ハヤカワ文庫
2004年3月

大雪のなか、若夫婦が山荘に客を迎える準備をしているところから始まる。 ラジオは殺人事件のニュースを伝えている。
イカれた若い男、クレーマーの熟年夫人、厳格そうな少佐、男っぽい若い女性、さらに雪で車が動かなくなった飛び込みの外国人の5人が、順に到着する。
そこに、スキーを履いた刑事が現れる。

刑事は、ラジオで流れた殺人の現場に手帳が残されていて、殺人現場と山荘の2つの住所の下に〈3匹のめくらのネズミ〉と書かれていた、と言う。
さらに、〈1匹目〉と書かれた紙が死体の上あって、文字の下に〈3匹のめくらのネズミ〉の楽譜が書いてあった。
そして、大雪で密室となった山荘で〈2匹目〉の殺人が起こる。 →人気ブログランキング

本作は、王太后メアリー・オブ・テックのの80歳の誕生日を祝うラジオ・ドラマとして、BBCの依頼により執筆された。メアリー・オブ・テックはジョージ5世 の妃。映画『英国王のスピーチ』(2010年)の主人公ジョージ6世の母親。

ねずみとり』1950年
さあ、あなたの暮らしぶりを話して』1946年
そして誰もいなくなった』1939年
アクロイド殺し』1926年

『現代美術コレクター』高橋龍太郎

著者は精神科開業医。現代アート、特に日本人作家の作品のコレクターである。
ひりつくような同時代感覚を作家と共有できること、これが現代アートを購入するときの喜びであると、著者はいう。
著者の現代アートとの出会いは、草間彌生の追っかけからはじまった。

現代美術コレクター (講談社現代新書)
現代美術コレクター
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高橋 龍太郎
講談社現代新書
2016年10月

著者は自らのコレクションについて、
〈バブル崩壊後の日本という比較的アートに買い手がつかなかった時代背景のなか、購入してきた高橋コレクションは、ある程度、日本の現代アートの概要を示すものになっている気持ちもある。〉と書いている。
それゆえ、これまで、日本国内で計3回、「ネオテニー・ジャパン」(2008〜10年)、「マインドフルネス!」(2013〜14年)、「ミラー・ニューロン」(2015年)と銘打って、高橋コレクション展が行われてきた。各展覧会の名称は著者が命名している。

日本の現代アートのキーワードは、ネオテニー、職人的技巧、なぞらえ(ミラーニューロン)、貧、一瞬の美、だという。ネオテニーとは、発生学上の幼形を保ったまま性的に成熟してしまう現象のこと。

日本は美術展に集まる観客は非常に多いが、美術品の購入となると低調であるという。
現代アートの買い方で絶対損しない方法は、1作品あたり、国際価格で500万円以上、できれば1000万円以上が必要だという。金を持っていないなら、手を出すなということだ。
毎年、1万5千人くらいが、美術学校や美術の専門学校を卒業する。10年後も100年後も作品に値がちゃんと付くのは、そのうちの1人くらい。日本では作品を売るだけで食べていけるアーティストは、せいぜい50人くらいだという。

国の文化予算の低さ、現代美術に対する理解のなさ、現代美術を購入している美術館の少なさ、日本のアートシーンの風通しの悪さ、つまり、日本画、洋画、現代アートという奇妙な分け方、が日本の現代アートの発展を阻んでいるという。

日本の現代アートにコレクターとして関わっている著者の視点は、愛情に満ちていると同時に、日本の現代アートの抱える問題点を的確に分析し、有効な処方箋を示しているように思われる。→人気ブログランキング

現代美術コレクター』高橋龍太郎 2016年
"お金"から見る現代アート』小山登美夫 2015年
巨大化する現代アートビジネス』ダニエル・グラム&カトリーヌ・ラムール 2015年
現代アート経済学』宮津大輔 2014年
キュレーション 知と感性を揺さぶる力』長谷川祐子 2013年
現代アートを買おう!』宮津 大輔  2010年
現代アート、超入門!』藤田令伊 2009年
現代アート入門の入門』山口裕美 2002年

『炎路を行く者』 上橋菜穂子

ヒュウゴはいかにしてタルシュ帝国の密偵になったのか?バルサの女用心棒としての出発点は?
「文庫あとがき」では、著者が最近作品を発表できない理由について述べている。

炎路を行く者: 守り人作品集 (新潮文庫)
上橋 菜穂子
新潮文庫
2017年1月

「炎路の旅人」
南のタルシュ帝国がヨゴ皇国に攻め上がる。ヨゴ皇国の近衛兵〈帝の盾〉を父に持つヒュウゴは、追っ手から逃れようと炎の中をくぐり抜け、気を失ったところで助けられた。ヨゴ皇国はタルシュ帝国の枝国となった。
マール酒場で下働きの仕事についたヒュウゴの真面目な仕事ぶりが、料理人や仕事仲間の少年たちに認められていく。
マール酒場の最年少のライにノルアン酒場の連中が暴行したことの仕返しに、ヒュウゴはノルアン酒場の連中を叩きのめした。こうして、ヒュウゴはならず者の頭になった。
謎の男がヒュウゴの前に現れ、〈帝の盾〉の息子であることが見破られる。
男はタルシュ帝国の内情をヒュウゴに語り、タルシュ軍に入っての帝国を内側から見てみないかとヒュウゴを誘った。ヒュウゴは、国も民も幸せにするために生きていると思える仕事に就きたいと願っていたのだ。
そして、ヒュウゴはタルシュ帝国の密偵となった。

「十五の我には」
商隊の警護についた父・ジグロと15歳になったバルサは、盗賊に襲われた。
ふたりは盗賊が多すぎて、勝ち目がないことを悟った。誰かが内通していたのだ。
矢がバルサの腿を貫き、やがて気を失ったが、ジグロに助られた。
バルサは内通者を突き止め、ひとりで闘いを挑むが、返り討ちにあい命を落としそうになる。
ジグロは、詩の一節を口ずさんだ。
「・・・十五の我には 見えざりし、弓のゆがみと 矢のゆがみ、二十の我の この目には、なんなく見える ふしぎさよ・・・」と。→人気ブログランキング

炎路を行く者 守り人作品集
精霊の守り人
獣の奏者 Ⅰ 闘蛇編
孤笛のかなた
鹿の王 上下