ヌメロ・ゼロ ウンベルト・エーコ
昨年2月に亡くなった、イタリアの知の巨人、ウンベルト・エーコの遺作である。
50歳の男・主人公のコロンナが、ある朝目覚めるとシャワーが出なかった。
寝ているすきに誰かが部屋に忍び込み、重要な情報が詰まったフロッピー・ディスクを持ち去ろうとしたに違いないと、コロンナは思った。フロッピー・ディスクは無事だったが、再度、奪いにやってくるに違いない。コロンナがもっている情報が公表されると、窮地に追い込まれる勢力が存在するのだ。という巻末と同じ状況のエピソードから本書ははじまる。
ヌメロ・ゼロ ウンベルト・エーコ/中山エツコ 訳 河出書房新社 →文庫(2018年) 2016年 |
『ドマーニ(明日)』というタイトルの新聞を発行する計画のメンバーに、コロンナが選ばれた。メンバーは6名で、いずれもジャーナリストととして挫折した過去を持つ。メンバーがアイデアを出しあい、『ドマーニ』のパイロット版『ヌメロ・ゼロ』を編集しようとする。
いまや、ニュースはテレビやネットにより瞬時に大衆に知られてしまい、新聞に勝ち目がない。『ドマーニ』は週刊誌のような内容の新聞を目指すという。コロンナは『ドマーニ』の試作の経過を、本にまとめるように命じられていた。
読者には、どこまでが真実でどこからがか当てずっぽうなのか見当がつかないまま、イタリアで起こった事件が、メンバーのなかで嫌われている男によって旺盛に語られる。それは取りも直さず、エーコの見解なのだ。「ムッソリーニの最期にまつわる事件」、フリーメイスンが絡んだ「P2事件」、「ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件」などのイタリア近代史の闇について、著者は大胆な見解を述べている。
その嫌われ者のメンバーが、プロの手口で殺害されるに至り、ストーリーは急展開をみせる。
指示を出すだけで姿を見せない新聞社主は、誰からか電話を受けとり、『ドマーニ』紙の発刊が彼にとって危険になったと、企画のとりやめを命じた。社主のモデルとなっているのは、起業家から身を転じスキャンダルにまみれながら9年間もの長きにわたり、イタリアの政権の座にいたベルルスコーニ首相である。
自分を含めた他のメンバーにも魔の手が及ぶのではないかとの疑心暗鬼のコロンナは、わが身の安全のために国を出るべきか思案するところで、巻頭のエピソードにつながり、物語は終わる。
イタリア国民はなぜ「反知性」の象徴のようなベルルスコーニを首相に選んだのかと世界から揶揄されたことがあった。著者が本書で警鐘を鳴らしたこの事象は、いまやフィリピンのドゥテルテやアメリカのトランプの登場によって、増幅された感がある。→人気ブログランキング
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