移動祝祭日 アーネスト・ヘミングウェイ
1920年代前半に、作家として駆け出しだった20歳代前半のヘミングウェイが、妻ハドリーとパリで暮らした数年間を綴った回顧録。その当時、パリで生活した著名な人物が数多く登場する。
とくに、自らも小説家で詩人であり、パリに集まる芸術家たちに自宅をサロンのように解放していたミス・ガートルード・スタインと、すでに『グレート・ギャツビー』を発表し、有名になりつつあったスコット・フィッツジェラルドについて多くのページが割かれている。
移動祝祭日とは、年によって日付が変わる祝祭日のこと。
![]() アーネスト・ヘミングウェイ/高見 浩 訳 新潮文庫 2009年 |
"ユヌ・ジェラシオン・ペルデュ"というタイトルの項では、「ロスト・ジェネレーション」という言葉が生まれた経緯について書いている。
ミス・スタインのフォードが故障して、自動車整備工場に修理に出した。整備工場の若い整備工は、第一次世界大戦に従軍した経歴の持ち主だが、車の修理に当たって手際が悪かったのか、他の車より先回しにしなかったのだろう。ミス・スタインから抗議を受けた整備工場の主人は整備工をきつく叱った。「おまえたちはみんなだめなやつら(ジェネラシオン・ペルデユ)だな」と主人は言ったという。
ミス・スタインがヘミングウェイを前にして、「こんどの戦争に従軍したあなたたち若者はね。みんな自堕落な世代(ロスト・ジェネレーション)なのよ」と言った。「あなたたちは何に対しても敬意を持ち合わせていない。お酒を飲めば死ぬほど酔っ払うし・・・」
へミングウェイは反論したが、ミス・スタインは譲らなかった。
ヘミングウェイは家に帰ってからミス・スタインに毒づくが、ちゃっかり、最初の長編『日はまた登る』のエピグラムに、ロスト・ジェネレーションという言葉を採用し、それと釣り合いをとるべく旧約聖書の一節を並べたと、舞台裏を明かしている。
ミス・スタインとの良好な関係が崩れたことについて書かれている。それは、ミス・スタインと恋人の女性との痴話喧嘩を耳にしたことだった。そのあと理性的な付き合いができなくなったという。
スコット・フィッツジェラルドの妻ゼルダは、米国南部の資産家の令嬢だが、スコットを振り回す難儀な性癖の持ち主であった。スコットはセルダにベタ惚れで、ゼルダはスコットの嫉妬心を煽るような行動を平気でとるのだった。
スコットが、アルコールの量を減らし体調を整え執筆に取り組むような生活が軌道にのると、ゼルダはスコットを自堕落なパーティーに引き込もうとした。スコットはセルダの派手好きで節操のない行状に嫉妬し、ゼルダはスコットの仕事に嫉妬した。一時は、夫婦は落ち着くが、ゼルダは徐々に正気を失っていった。
ゼルダに指摘されたと、スコットがペニスのサイズについてヘミングウェイに悩みを打ち明ける話が出てくる。ヘミングウェイは、「ゼルダの嫌がらせだ。鏡に映して確かめろ、上から見ているから短く見えるんだ」とアドバイスする。このエピソードから、スコットの頼りない性格や、当時スコットがヘミングウェイをいかに信頼していたかがわかる。
そういえば、ウッディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)には、新婚旅行でパリを訪れた小説家を志す青年が、1920年代のパリにタイムスリップして、本書に登場する何人かの有名人たちと出会うシーンが出てくる。青年は自作の小説を読んでくれるようにヘミングウェイに頼むが、ミス・スタインに見てもらいなさいと断られるのだ。アレンは映画の脚本を練るにあたり本書を参考にしただろう。→人気ブログランキング
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