フェルマータ ニコルソン・ベイカー
『中二階』『もしもし』で、瑣末な事柄をミクロな表現で饒舌に語り、詩的なコスモスを創り出したニコルソン・ベイカーの第3弾。
主人公のアーノルドは35歳、ボストンの中心街にある銀行で派遣社員として働いている。タイプ打ちが仕事だ。
アーノルドは「ひょんなこと」から時間を止める能力があることに気づいた。それを〈フェルマータ〉とか〈襞(フォールド)〉とか〈ドロップ〉と呼んでいて、〈フェルマータ〉を使って女性の裸を鑑賞することに情熱を燃やしている。
フェルマータ ニコルソン ベイカー/岸本佐和子訳 白水社 1995年 |
時間を止める能力は、長い間発揮できないこともある。
たとえば、〈ビー玉を6個、クッキングシートの上に並べて低温オーヴンで焼き、冷たい水を満たしたコップの中に一つ落としてみたこともあった。ビー玉がジュッと音を立てて水に沈み、内側からカチンとひび割れ模様を生じる瞬間、時間が止まるのではないかと、固唾を飲んで見守ったが、何も起こらずじまいだった。〉という涙ぐましい努力の結果ハズレのことがあるかと思えば、指をパチンと鳴らすだけで〈フェルマータ〉が訪れることもあるのだ。
アーノルドは周りの目につく女性すべてとセクシャルな関係を持とうと妄想するので、〈フェルマータ〉を使うのはほとんどの場合、性的な目的である。
ただし、アーノルドは節度をもって女性に接していると自負していて、女性の下着を脱がせて観察したり、乳房に触れたり陰毛に頬ずりしても、その女性に尊敬と愛情をもって接し、決して迷惑をかけないという姿勢を貫いているつもりでいる。自分が性的な喜びを得ることもさることながら、相手の女性にも喜びを味わってもらおうという、博愛精神を貫いている。
アーノルドは、〈フェルマータ〉で時間の止まった世界と通常の世界を行き来して、通販で取り寄せた性具を女性に使わせる算段をしたり、自らが渾身の力を注いで書いたポルノ小説(ロット)を女性が読むように画策したりする。
本文中にそのロットの2作品があますことなく紹介されている。
善良なアーノルドの実際の恋愛はどうかというと、恋人のローディに〈フェルマータ〉のことをそれとなく打ち明けると、あっけなく振らてしまう。
今や、アーノルドは正面に座っている正社員のジョイスに恋をしていて、デートに誘ことに〈フェルマータ〉を使って成功する。しかし、真の愛を勝ちとるには避けて通れないと、ジョイスに〈フェルマータ〉のことを打ち明けるのだが。。→人気ブログランキング
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