レイモンド・カーヴァーは、ありふれた日常を、短いセンテンスで簡潔に描いている。独特の味わいをかもし出すミニマリズムが、カーヴァーのスタイルだ。
『短編小説のアメリカ52講』(青山 南著)にショッキングなことが書かれていた。〈1998年、ニューヨーク・タイムズ紙に、カーヴァーの作品のほとんどは、ゴードン・リッシュとの合作だったと、D・T・マックスが調査記事を発表した(8月9日付)。リッシュは、1969年から77年まで、『エスクァイア』の凄腕の編集長だった人物である。カーヴァーの作品にはリッシュの手がかなり入っていて、それは改竄にも等しい。カーヴァーはリッシュが手を加えることを嫌がったという。〉
著者が書いているように、カーヴァーの作品には、長さが違うふたつのヴァージョンがあったり、タイトルがふたつあったりなどの違和感があったが、カーヴァーとリッシュとの関係がわかると理解できる。
それにしても、「改竄にも等しい」といわれる作品群に、どう向きあったらいいのか、カーヴァー・ファンとしては複雑である。
頼むから静かにしてくれ〈1〉 レイモンド カーヴァー/村上春樹訳 中央公論新社 2006年 |
「でぶ」fat
私はリタにダイナーで、でぶの男にサーブした話をする。
でぶの男はときどきプフッと音をたてる。シーザーズサラダとボールいっぱいのスープ、ラムチョプ、サワークリームをかけたベイクトポテト、そしてスペシャルデザートを注文した。パンとバターは4回運んだ。プフッといいなからきれいに平らげた。
家に帰ってシャワーを浴びてベッドに横たわると、恋人がことに及ぼうとすると、自分が突然でぶになったように感じがして、恋人がどんどん小さくなっていく気がした。
そんな話をリサにした。
「隣人」Neighbors
その夫婦には、隣に住む夫婦が自分たちよりも充実した輝かしい生活を送っているように思えた。隣の夫婦が旅行に出かけるので、猫の世話と芝生の水撒きを頼まれた。
他人の生活の場を目の当たりにすると、性的に興奮するのか夫は妻をいつもより求めた。夫は隣の家の戸棚を開けたり、ウィスキーを飲んだり、夫の服を身につけたり、エスカレートしてその妻の下着を身につけたりしていた。
妻が鍵を燐家のなかに置き忘れたまま扉を閉めてしまう。
「人の考えつくこと」The Idea
夫と私は、隣の家の中を覗く男が現れるのを待った。覗いている男が見ているのは、服を脱ぐ女だろう。ベッドルームの電気が消え、男が家の脇に沿い戻ってきて、残った灯りも全部消えた。「マーケットであの女に会ったら思っていることを言ってやる」と私は息巻いた。
そのあと、夫と私は夜食を食べて夫はベッドに入った。夜食の後片付けをしていると蟻が列をなして流し台のパイプのところにいた。そこに殺虫スプレイを撒いた。
「最低の女」と、私ははつぶやいた。「なんてことを思いつく女だろう」。もっとひどいことも言った。
「そいつらはお前の亭主じゃない /ダイエット騒動」They're Not Your Husband
男は、妻がウェートレスとして働いている24時間営業のコーヒーショップに寄ってみた。ふたりの男が妻の後ろ姿を見て太りすぎだと言っている。
仕事から帰った妻に痩せたらどうかと提案すると、妻はダイエットに取り組み4キロ減らした。
仕事場で急に痩せたのはどこか悪いのじゃないかと言われたと妻が言う。そいつらはお前の亭主じゃないんだ、余計なことをいうなと男は言う。
ある夜、妻の働くコーヒーショップに立ち寄り、夫は妻でないウェートレスに、あのウェートレスの感じが変わったとさりげなく言う。さらに、夫は隣の男の客にどう思うと妻のことを尋ねる。そのうちにウェートレスが妻に「あの男は変だ」と言い出す。妻は亭主だと明かす。
「あなたお医者さま?」Are You A Doctor ?
女から会いたいとアーノルドに電話がかかる。電話番号はベビーシッターのメモに書かれていたという。よく日その女の家に行くと子どもがママは薬を買いに行ったという。女が帰ってきて、あれこれ話し、アーノルドは何も問題のないことを知り帰る。家に帰るといつものことだが妻から電話がかかってきた。妻はいつののアーノルドらしくないという。アーノルドはドキドキするのを感じた。
「父親」The Father
生まれて間もない赤ん坊を3人の姉妹と母親と祖母が取り囲んでいる。赤ん坊が誰に似ているかという話から、父親が誰に似ているかと話題は広がる。
椅子に座っていて振り向いた父親の顔は蒼白だった。
「サマー・スティールヘッド(夏にじます)」Nobady Said Anything
思春期の男の子の1日を描いた作品。弟との喧嘩に始まって、ズル休み、巨大な坂のを捕まえて家に持ち帰ったというのに、母親は気持ち悪いから捨てろというし、父親は気が狂ったかと罵る。
「60エーカー」SixtyAcres
誰かが土地に入って猟をしていると、電話があった。リーはうっすら積もった雪の中を、銃を携え車で出かけた。着くころにはいなくなっているだろうと思いながら。ところが、コートのポケットに獲った鴨をつっこんでいるふたりの子どもがいた。そいつらに銃を向け鴨を奪い、姓名を訊き逃がしてやった。
家に帰ると妻に土地を鴨撃ちのクラブに貸そうかと言い出す。妻は貸すだけだよねと確かめるように繰り返す。
「アラスカに何があるというのか?」what's In Araska ?
マリファナ用の水パイプを買ったという夫婦にさそわれて、カールとメアリ夫婦は出かけていく。カールは新しい靴を買った。メアリが見つけた仕事の都合でアラスカに行くことになるかもしれない。マリファナを吸ったあと、4人がなんとか理性を保とうとする様が描かれる。
「ナイトスクール」Night School
私がバーでビールを飲んでいると、「車を持っている」かと2人組の女が話しかけてきた。ふたりは、州立大の夜の購読クラスの学生だという。私も同じ大学の授業を受けていた。ふたりはビールをおごってくれて、購読クラスの先生の家に行こうと私を誘った。
車は実家にある。バーを出て歩いて家に着くと、車は仕事で母が使っている父がという。
しばらく、外にふたりを待たせていると、「あのインチキ野郎」という声が聞こえた。
「収集」Collectors
雨の降る日、前に住んでいた夫人がアンケートに答えて、懸賞に当選したので景品を届けにきたと男が訪ねてきた。男は家に強引に入ってきて、バッグを開けその景品を組み立て始めた。なんのかんのと言いながら、帰った方がいいのではないかという忠告を無視して、出来上がったのは真空掃除機。そして、吸塵の性能を証明するかのように、掃除を始める。カーペットに液体を撒き散らし吸引する。
1ドルも払えない、金がないと男に伝えた頃には、掃除機をバッグの中にしまいこんでいた。男は、最後に、この掃除機は要りませんかと訪問の目的を明らかにした。
「サンフランシスコで何をするの?」What Do You Do In San Francisco?
私は郵便配達員だ。
この田舎町では、その夫婦のように職にもつかずぶらぶらしている人間を見かけなかった。夫婦は3人の子どもと、サンフランシスコから越してきたという。妻は絵を描いていた。夫も似たようなことをしていた。
男は郵便受けの名前を変えなかった。
まず妻が出て行った。数日して夫の母親が子どもを連れていった。
その後、夫は毎日のようの郵便物の配達を待っていた。ある日、くるくるとした女文字で書かれたポートランドからの封書を手渡すと、夫は顔面蒼白になった。そして、男はそこからいなくなった。その後、彼の奥さんだったり彼宛の手紙が届くことがあると、1日保管してから差出人に送り返す。それが仕事だから。。
「学生の妻」The Student's Wife
彼がリルケの本を朗読していると妻は彼の枕に頭を乗せたまま眠ってしまった。
そのうちに目覚め、夫にサンドイッチを作ってくれるように頼む。サンドイッチを食べたところで、夫が眠りにつくと、妻は起きて動き回り、さめざめと涙を流した。→人気ブログランキング
象/レイモンド・カーヴァー/中央公論新社/2008年
大聖堂/レイモンド・カーヴァー/中央公論新社 2007年
頼むから静かにしてくれ〈1〉/レイモンド カーヴァー/中央公論新社/2006年
短編小説のアメリカ 52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史/青山 南/平凡社ライブラリー/2006年