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『エピジェネティクスー新しい生命像をえがく』

いま、エピジェネティクスについて、すごいスピードで研究が進んでいるが、あまり報道されず、本もあまり出ていないという。理由は、とっつきにくく理解が難しいからだという。本書はエピジェネティクスをわかりやすく解説する。

胎生前期に飢餓を経験した人は生活習慣病の罹患率が高い。また生まれたときの体重が低いほど、生活習慣病のリスクが高いという(バーカーの仮説)。
このことから、遺伝でもないDNAの塩基配列でもない、細胞におけるなにかが書き換えられそれが長期間にわたって維持するメカニズムが存在するのではないか。
さらに、一つの受精卵から、さまざまな細胞ができて器官を形成できるのはなぜか?
神経細胞や血液細胞のような細胞が、「それぞれの表現系を示すようになる過程において、遺伝子がどのように影響し合うのか」。
これらのメカニズムがエピジェネティクスである。

2008年に、〈エピジェネティックな特性とは、DNAの塩基配列の変化をともなわず、染色体における変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現系である〉という定義が提案された。
言い方を変えれば、エピジェネティクスとは遺伝子の働きをコントロールするメカニズムのことである。

分子生物学的には、エピジェネティクスは「ヒストンの修飾とDNAメチル化による遺伝子制御」である。
総延長1.8メートルにも及ぶDNAの2本の鎖が、わずか5マイクロメートル(1ミリメートルの200分の1)程度の直径しかない核の中にもつれずに収納されているのは、ヒストンという糸車に巻きついてコンパクトに折りたたまれているからである。
ヒストンは酵素による科学的修飾を受けることで、DNAの転写が活性化されたり抑制されたりしている。
エピジェネティックスな修飾とは、
①ヒストンがアセチル化を受けると遺伝子発現(転写)が活性化される。
②DNAがメチル化されると遺伝子発現は抑制される。
ことに集約される。

では、エピジェネティックな修飾はどういう場面で行われているのか。
遺伝子が動く現象には、DNA型トランスポゾン(転移)とレトロトランスポゾンがある。ヒトの遺伝子の40%はトランスポゾンされた遺伝子である。トランスポゾンは挿入先において突然変異を引き起こしうるので、その活性化は基本的に有害である。DNAのメチル化によって遺伝子発現が抑制された状態が保たれている。

アサガオの雀斑、小麦の春化、X線照射による突然変異の研究、ミツバチ社会における女王バチ、エピジェネティックな現象が関与している。
生後間もないラットを親がよく面倒をみるのとほったらかしのラットでは、ストレスに影響されにくい。セロトニンを介したエピジェネティック制御が影響を受ける。

エピジェネティクスで獲得した形質は、動物では遺伝しないが植物では遺伝子しうるという。つまり獲得形質が遺伝するということになる。
動物と植物の生殖細胞のできるタイミングの違いとDNA脱メチル化の違いから、植物では獲得されたエピジェネティックな変化が比較的容易に次世代に伝わりうるのである。実際に、環境ストレスなどによって生じたエピジェネティックな変化が、次世代に伝えられることが報告されている。

がんは突然変異が蓄積することによって発症する。突然変異を正常化することは不可能だが、エピジェネティックな異常は薬で操作が可能である。
DNAメチル化阻害剤だけでなく、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤も骨髄異形成症候群や急性白血病に治療に効果のあることが知られている。
エピジェネティックな状態を変化させることでがんを治療する、エピジェネティック創薬が脚光を浴びている。

エピジェネティクスについて、いまひとつ歯切れが悪いのは、〈言ってみれば、プレーヤーがわかり、それぞれのプレーヤーが何をするのかはわかっているが、ここのプレーヤーがゲノムのどの位置で働いているのか、どのようにしてそこで働くのかは、わかっていないのである。〉という。→人気ブログランキング

ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃 小林 雅一 講談社現代新書 2016年
エピジェネティクス――新しい生命像をえがく 仲野 徹 岩波新書  2014年
生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007年

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